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モグラとその母


昨日は想いも掛けずモグラを生け捕りにしましたので、今日は余り知られていないイソップ寓話の「モグラとその母」を皆様にご紹介してみます。

 エミールシャンブレー版の326番です。 

★以下は先ず直訳です。 

モグラと(そして母)

モグラは (彼が存在し続けている も この その 生きているは 盲)彼が言った 方に その 自分自身の 母 それは 彼が見続けている。 すると彼女は  彼は試験した 彼を 塩の塊を 乳香の 与えたは 彼は要求している 何が 何時 彼が存在し続けろ 。その も 言ったは 丸小石 、彼は言った。 その 実子よ、 無い 唯一 その 見ること 彼が固くされた、反対に そして その 香りを 離れ冒涜した事。 この様に いくらか その 尊大振る(浮浪者)らの、[迄 する所の]その 非出来る 下に上に知らせるらは、そして 中で その 一番小さいら 彼らは外に咎められている。

★次に翻訳にしてみます。

モグラとその母

 目の見えない生き物のモグラが自分のお母さんに言った。「ぼくは目が見えるよ。」するとその母は乳香の塊を息子に試しに与えた。彼女は「何が在るのかね?」 そしてその子は言った 「丸い小石さ。」彼女は 「オー 実子よ、その 見え無い事 が確かなだけでなく、反対に その嗅ぐ事も 酷く冒涜した事。」
 こんな風に 出来もしない事を無理して尊大振って吹聴するのは、その人は一番つまらない存在である事を暴露しているのさ。

  ★簡単な寓話なので解説は不要かと思います。 

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犬に噛まれた男

犬に噛まれた男(エミール・シャンブレー篇、イソップ寓話177番)

  先日は、我が家のラブちゃんが散歩中に大きな犬に襲撃され、それをかばった私も酷く犬に噛まれてしまいました。そこで思い出したのが昔読んだイソップ寓話「犬に噛まれた男」です。

  今日はこの寓話を皆様にご紹介する事にします。★初めての方は★の意訳からお読みください。■の原典直訳はギリシャ語の素養のないかたには全く意味不明かと思います。●の翻訳は原典の言っている事を忠実にしかも分かる様に日本語にしてみました。

  最後の▲は原典をギリシャ語の語順をそのままに▲オオサカベンにしてみました。

■イソップ寓話ギリシャ語原典直訳。

 噛まれているは ある 下に 犬 彼が周囲求め続けている 探すは その 癒される事を。言ったは も ある者が この様に 様に ではないか 必要は 彼を パンに その 血を 外にこねたを その 噛んだに 犬に 投げる事、 下に打ち当たる 彼は言った 反対に もし この事 私が確かに行う 彼が確かに必要する 下に 全てら その 中で その 町 犬らの 噛まれること。
 この様に その 人間らの 邪悪は おびき寄せられるは 尚 より多く 悪する事 彼が自分の為に側で鋭くされる。

 ●翻訳 

 犬に噛まれたある男がどうしたら傷が直るかと色々尋ね探していた。するとある者がこんな事を言った。
血でこねたパンを噛んだ犬に投げ与えてやることが必要なんだ。この言葉に傷ついた男はこう言い返した。
  もしもそんな事を私がしたら、町中の全ての犬に噛まれることになるは。
  こんなふうに邪悪な人間に近づくと、ますます悪につけ入れられる。

 ★意訳

 犬に噛まれた傷が化膿し神仏に加護を求める以外に無いほど酷い状態になった。それを見たある宗教家がこういった。それは犬神様のたたりだよ。おなだめする為に傷から流れる膿と血でこねた上等のパンを焼いて、それを噛んだお犬にお供えして食べていただけは、犬神様の祟りが去ってすぐに直ります。それを聞いた男はこう言い返した。「そんなことをして見ろ、それを見ていた町中の犬に噛まれる羽目になるわ。」
 これと同様に悪い人間におとしめられて、ヤクザに落とし前を頼んだらもっと酷い目に合う物なんだよ。

 ▲オオサカベン訳 ▲犬にかまれよったオッサン▲

 噛まれよったんや で 酷く 犬にや そんで手当たり次第に頼んだんや、探しはったんや どなんしたら 直るねんや! ほんだら いわはった。あんな こうすんねんや。パンを 血で しっかりこねるんや そい で 噛みよった犬にな ぶつけたれ。 そんなアホな よう言うは。ホンマにそんなことわてがやってみいな。 えらいめにあうわ ぎょうさんのな 町中の犬に噛まれるわ。
 こんなふうに わるもんに かまってたら えらいめにあわなあかんで。

▲語順は原典のギリシャ語そのまま。単語を逐語的にオオサカベン=会話体にしてあります。お分かりの様にギリシャ語は会話体にすると翻訳不要で意味が通じます。勿論ヘブル語とギリシャ語は原典では何方も語順は全く同になっています。翻訳っていったいなんなんでしょうね?  

・どないでっしゃろ、わてはオオサカベンが一番ようでけてるとおもうねんけど。

羊飼いと狼

  今日は有名なイソップ寓話の「羊飼いと狼」をギリシャ語の原文から訳してみる事にします。
羊飼いの悪ふざけ(No318)

直訳  羊飼いが引き出していた、彼の群れを村から前の方に。止まっていた、気晴らしを利用することに。そして、村人たちに「たすけて」と叫んで言った。「羊たちに狼らが入りこんだ。」そして二度三度、驚いて村を出た、そして飛び出した。その上、笑って解散した。

  最後が起きた、真実に狼が臨んだ。そして引き裂いた彼らの群れを、そして羊飼いは助け求めた。村人たちを呼んだ。その人々は彼に答えて何時ものようにふざけた。関心を示さなかった。そして、こうして彼らの羊たちが奪われることが起きた。

  この言葉が示しているのは、この事を受ける、嘘つきはまた真実を言うときも信じられない。

意訳   

 羊飼いが羊を村の囲から放牧地の方に連れだす時に、よく悪ふざけをした。それは「助けてくれ!狼が羊を襲っている」と言って村人を驚かして、駆けつけた人を馬鹿にすることであった。しばしば騙されていた村人も次第に馬鹿らしくなっていた。そんなときに突然、狼の群れが出てきて羊に襲いかかった。羊の群れは散々に食い荒らされた。羊飼いは慌てふためいて村人たちに叫び助けを求めたが、誰一人耳を貸すものはなかった。そうしてとうとう羊飼いは群れの羊を全て失ってしまった。              
 この話が教えているのは「いつも嘘をついているひとは、真実を話すときにも信じてもらえない」と言うことです。

兎と亀

今日は有名なイソップ寓話の「兎と亀」ギリシャ語の原文では「亀と野兎」(No352)を味わう事にしましょう。

「亀と野兎」直訳    

  亀と野兎が速さに関して論争しました。そして、そこで指定された日と場所を立てて、解散しました。一方野兎は本性の速さの故に、早く走ることを怠けた。道の側に倒れて眠った。しかし、亀は自分が遅いことを自覚していたので休まないで走った。そして、野兎がまだ寝ているのを走りすぎ勝利の栄誉の上に到着した。

この言葉は示す、しばしば天性は不注意で努力が勝つ。

「亀と野兎」意訳     

  亀と野兎が言い争って喧嘩になりました。日時と場所を決めて何方が先に行けるかで決着する事にしてその日は別れました。野兎は走ることには大変自信があったので、亀に負けるはずがないと考えました。亀を馬鹿にしてこれ見よがしに道端に横になっていました。そうしていつの間にか眠りに落ちていきました。一方亀はよくよく自分の欠点を知り抜いていました。定められた日までに未だ間があったのに、その場所に向かってたゆみなく走りました。ほどなく寝ている野兎の側を通り抜け早々と約束の場所に着いてしまいました。こうなっては野兎が約束に間に合っても勝ち目はありません。

この話は「どんなに才能があっても努力がなければ無駄になる」事を教えています。

蝉と蟻

   今日は有名なイソップ寓話の「蟻とキリギリス」原文では「蝉と蟻」を訳してみました。 
一般にキリギリスとされているのはヨーロッバアルプス以北には蝉(=原文ではテェティクス=ツクツクボウシの事)生息しなので便宜上「キリギリス」と訳出した事に因るのです。

蝉と蟻(日本語→蟻とキリギリス・No336)            

直訳
  冬の季節(雨期)に穀物が湿ったので蟻たちか乾かしていた。そこで飢えた蝉が彼らに養ってくれと要求した。すると蟻たちは彼に言った。「収穫の間に取り入れもしないで、養えだって?」彼は言った「暇がなかったのでね。歌と宴会でね」すると彼らはあざ笑いながら言った「なんと、収穫時に笛を吹くのなら、冬に踊るがいい」                   

 この寓話が明らかにしているのは、「全ての行為において何かを見下さないことが必要です。酷い苦痛や危険にあわないために。」

意訳  
  冬の晴れ間に、貯えていた穀物が嵐ですっかり湿気てしまったので、蟻たちが乾燥させていた。するとそこに飢えて死にかけている蝉がやって来て「一冬でいいからおれを養え」と要求した。そこで蟻たちは「長い収穫時期があったのに、何もしなかったあんたをどうして俺たちが養わなければならないのかね。」といった。すると蝉は答えた「なにしろ、社交音楽会で歌うのに忙しくてそんな暇があるわけがないだろう。」すると蟻たちがあざ笑いながら言い返した。「へえー、収穫時を気にせずに笛が吹けるなら、寒さも気にせず踊ったらどうかね。」

この寓話が教えているのは「大事ではないと思っていても、先ずやらなければならないことをしないと、酷い目に合わなければならないと言うことです。」

コメント

 この寓話が教えているのは王や貴族が国政を放置して虚栄の満ちた社交パーテイにのめり込んでいる頽廃した古代のギリシャポリス社会を批判したものです。順調な国家の財政収入が飢饉やその結果引き起こされる戦争等によって緊迫すると、安易に増税によって自分たちの生活レベルを維持しょうとする安易な財政改革を批判した物なのです。

  「蝉」は大きな声で民意民意等と号令だけをかけて遊びほうけている為政者や官僚、財界人などを象徴し、「蟻」は、実際の労働者で農民や産業従事者をさしています。厳しい産業の冬=飢饉や戦争(デフレや経済恐慌)ょき嵐が一度吹き荒れるとたちまち社会状勢は疲弊して国家のあらゆる部分に歳入不足が発生しそのしわ寄せは全て社会の底辺を支えている弱者(蟻たち)に過大な負担が課せられるのです。

  その様なありさまが続くとその先がどうなるかは自明です。労働者達いずれ納税拒否か革命に活路を見いだす事でしょう。そして国家が衰退し燐国による侵略の結果(ギリシャの場合はローマや回教国)国家体制は崩壊するのです。 

 

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