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聖書の結論

聖書の結論

 聖書が何を言っているのかは中々難しいテーマかと思います。しかし、聖書の主張は単純明解であると思うのです。

 創世記で神様が天地を創造され、最初の人間はたちまち堕落し。神様は当時の世界をノアの洪水(原文はマブール=衝撃波=巨大水星か隕石の衝突)で滅ぼされました。

 そして、聖書は「やがて、今在る天地は滅びる。」と主張しています。その原因が「罪」と言う事なのですが、その基本的定義は「神様に対する不信頼」となりその罪の具体化は神様の言葉である「聖書に対する不従順」と言う事なのです。

 だから、聖書は世界を断罪し世界の全ての人間に「有罪」を宣告し、同時にその刑罰である「破滅」を全世界と全人類の全てに宣告していると言う事なのです。だから聖書を翻訳ではなく原典で読めば実に厳しい断罪の連続です。

  そして、人類と世界の破滅から救われる方法を人間に教える事が聖書が記された本当の目的となります。

 ですから旧約聖書も新約聖書も何処を読んでも「人間の罪はそこ知れず深く、誰一人神の有罪の宣告を免れる事は出来ない」と繰り返し批判的且つ消極的断罪と絶望が繰り返し記されています。 

  人類も、個人も全て自己救済は望み得ないので、神様に救っていただく以外に救いの望が無い事を悟りる事が救いの基本です。

  その救いの基本が分かれば後は、「人となられたキリスト=救い主を信頼するだけで後は一切の条件はなく、神様が用意される新しい天と地に救い入れられる。」と言う事なのです。 

  そして、当然の事ですが「救われても人間は罪人である」事に変わりは無く、全ての人間は、罪の刑罰である死を持って地上の生涯を閉じ、神が新天新地に導き入れて下さるのを待つのが死の意味となります。

 これ以外救いには何一つ条件はありません。以上が簡単ですが聖書を原典で読んだ結論です。

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初めに

さて今まで様々に聖書に付いてお話ししてきました。ここらでぼちぼち原典聖書研究の結果をご紹介していきましょう。

今日はその手始めに今までの纏めとなる聖書研究の三つの基本を記しておく事にします。


基本その一★ 聖書>神学  (聖書は神学に優先する。)

    多くの方が様々な教派の神学に合わせて聖書を翻訳したり、また理解する傾向があります。しかし、基本的に聖書は神学に影響されたり支配されるのではなく、聖書が神学に優先する事が聖書研究の原則です。詳細は以下リンク参照。 http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/31220997.html

基本その二★ 霊感は原典のみ (翻訳は霊感されていません。)

    聖書解釈に対する誤解や問題などに関する議論は大抵原典ではなく翻訳された訳語や文章が正しいと誤認して混乱を招いています。聖書解釈や神学などキリスト教や教会に関する全ての基本は原典によって評価されなければなりません。 

基本その三★ 歴史的文法的解釈 (聖書の啓示は当時の普通の言葉で記された。)

    聖書は当時の人間が普通に読んで理解できる言葉で記されています。特別な言葉の意味や霊解などと言う人間理性を無視した解釈は正当ではありません。だから旧約聖書が記された当時のヘブル語やアラム語、新約聖書はコイネーギリシャゴとして当時の普通の言葉で記されており、その当時の文法(実際には話法)と単語の意味を当てはめてのみ理解が可能です。

 以上です。この聖書解釈の基本となる三点が認識されないと聖書の研究は成り立ちません。このほかにも様々な聖書研究方法が有りますが聖書を理解するには無用な物ばかりですのでここでは取り上げません。

見せしめ 

見せしめ 

  今日は第三回捕囚の箇所を読みました。原文で読むと荘厳で悲しく、しかも大変美しい韻文の名文です。翻訳にするのは惜しいほどで、文字で理解出来るのは原文が表している事のほんの一部分に過ぎません。残念ですが意味だけを直訳にしてみます。

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第二25章7節 直訳 

07・そしてを 息子らの ゼデキヤフウ(ヤハウエは義) 彼らは畜殺した に目ら彼 そしてを 目らの ゼデキヤフウ(ヤハウエは義) 彼は徹底的に盲した そして彼は縛った彼 中で両青銅ら そして彼は来さした彼 バベル(神の城門)

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 列王記第二25章7節 直訳 

07・そして その 息子らを ゼデキウの 彼は屠殺した 下に 目ら 彼の そして その 目らを ゼデキヤの戸と戸と戸と戸とと 彼は外に盲した そして 彼は縛った 彼を 中で  足ら そして 彼は導いた 彼を 中へ バビュローナ。

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第二25章7節 意訳 

07・そしてバビロン人らはゼデキヤ王の面前で彼の子供達全員を惨殺した。その直後ゼデキヤを失明させ、両足は青銅の鎖で縛った。そして彼は反逆者への見せしめとしてバビロンに引き立てられた。

  今日は、ユダヤの国の全ての人々が経験した事を象徴する、バビロン王に反逆するものへの見せしめが一体どんな物であったのかが記されている箇所でした。ここに書かれている事は現実に起きた事のほんの一部分です。聖書の他の箇所を読んでみると、驚くほど残忍な事がこの時に起きていた事が分かります。

 その一例は詩篇の137篇で8節9節にはこう記されています。

 「バビロンの娘よ。荒れ果てた者達よ。お前の私たちへの仕打ちを、お前に仕返しする人は何と幸いな事よ。 お前の子供達を捕らえ、岩に打ちつける人は、何と幸いな事よ。」

  当然女達は輪姦され、男達はなぶりものにされ裸になって綱で一列に縛られて裸足でバビロン迄の約1000㎞を歩かされたのです。おそらく百万人を越える人々が家も家族も仕事も服も剥奪されて、素っ裸で沿道の諸国民に対して、バビロンに逆らうものへの見せしめとされたのです。歩けない子供達は皆親達の面前で崖に投げ落とされて惨殺されたのです。若く逞しい者たちは奴隷に売り飛ばされたでしょう。 

  若い女達の多くはバビロンの兵士達の子を宿し、バビロンに到着してからは、在る者は妾に、そして他の者は遊女にされたのです。彼らが入植した捕囚の地は住む家さえ無く最初は野宿で酷暑と寒波の中強制労働に駆り出されたのです。帝国の治水や道路建設等の辛い土木事業や開墾に加えて牧畜や農業のきつい労働で、しかも無償労働に従事させられたのです。そこで国家を失った彼らが嘗めた辛酸を思うと、殺された子供達はまだ幸せであったかもしれません。 

  北王国イスラエルの消滅と南王国ユダの人々でアッシリヤやバビロンに移住した人々はどう見ても7~800万人です。そして、それから70年後に祖国パレスチナに無事帰還出来たのは僅か5万人(エズラ記2章64節65節)にしかすぎなかったのです。他の殆どの人々は死に果てたか、あるいは自分が何処の民族の者であるかすら教えられる機会も無く。無産の農奴として歴史に消えて言ったのです。

  今日の箇所にはあのヨシュアの子供達の複雑な家族関係も記されています。図式にしてアップしておきますが、良く見るとこの中には近親相姦や母に孕ました子が有ったりで本当に浅ましい限りです。ダビデ王以来歴代の王がこぞって、聖書が禁じていた多くの妻(申命16章17節)の禁止令を破った結果、すっかり王家内が腐り切ってしまっていたと言うのが、この様な敗北を帰した最大の理由の様に思われます。 

  と言う事で今日はイスラエルと南王国ユダが歴史から消えた旧約聖書の最後の部分のご紹介でした。

  ★明日からは皆様からのご希望の聖書の箇所「一節」を指定頂いて、その箇所の直訳とその箇所の訳をご紹介する内容で暫くこのブロクを進めたいと思います。何処でも良いですから聖書の箇所1節をゲストブックにお書き下さればその箇所の原典と翻訳と簡単なコメントをさせて頂きます。大抵、聖書の原典は皆様の期待とは違った意味であるかと思いますので、余り期待はしないでください。

バビロン捕囚

バビロン捕囚

  今日はあのカルケミシの戦いから3年後のエルサレムの第一回捕囚とさらに9年後の第二回捕囚の箇所を読みました。早速直訳です。 

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記 第二 24章 1節 直訳 

01・中で日ら彼 彼が上った ネブカデネザル 王の バベル(神の城門) そして彼が存在した に彼 イエホヤキム(ヤハウエが上に上げる) 奴隷 3年ら そして 彼が戻った そして彼が謀叛した 中で彼 

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 列王記 第二 24章 1節 直訳 

01・中で その 日ら 彼の 彼が上に来た ナブコドノソル 王は バビューローノス、 そして 彼が起きさせられた 彼に イオアキム 奴隷は 3 年ら。そして 彼は上に戻った そして 彼は無効にした中で 彼。

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記 第二 24章 1節 意訳

01・このころバビロンの王に即位したばかりのネブカデネザルが攻め寄せてきた。もはやユダには対抗する気力も無く、降伏して莫大な臣下の貢を取られる結果となり、耐えかねて反逆した。

  ★この当時は偽預言者の花盛りで、気休めの神の守りが安売りされていました。詳細はエレミヤ書の23章の25節から40節、さらに27章を見て頂くと、当時のユダの王国の中がどうなっていたかが分かります。そう、厳しい預言をする本物の預言者達は投獄され次から次へと殺され、偽預言者が羽振りよく王や国民全てに愛され喜ばれていた様子が記されています。 

  そして、エレミヤはそのバビロン捕囚は70年以上の長期に渡ると語ったのです。(エレミヤ25章11節=ダニエル9章2節、比ゼカリヤ7章5節、イザヤ23章17節)だから、そこで家を建て畑を作る様に人々を説得したのです。(エレミヤ29章5節) しかし、偽預言者達は激しくこのエレミヤの言葉に反撃したのです。(28節) 

  その結果が神の国ユダ王国の3度に渡る完全な敗北と消滅でした。今日ご紹介した24章の1節で、エホヤキン王の第3年にあの預言者ダニエルたちが人質としてバビロンに連れて行かれたのです。(ダニエル1章1節)彼は王族でしたが王宮で育った腹違いの兄弟たちと一緒にバビロンのイシュタル門での凱旋の行列の見せ物とする為に、引かれていったのです。これは、あのヒゼキヤ王の時代に預言者イザヤを通して語られた神さまの言葉が実現したのでした。(20章18節)彼らは主の言葉通り去勢され宦官となって生涯を独身で過ごすのです。

  そして続く第二回の捕囚14節では今度は祭司を初めとする国家の官僚や有力者が捕囚となります。その中にはあの祭司のエゼキエルが含まれていました。そして、神さまがその地で奴隷となって苦しんでいる民に彼らを用いてエルサレムへ帰還し国家を再建する望を失わない様に励ましと慰めの言葉を語られたのです。

  と言う事で今日はイスラエル(正確にはユダ)のバビロン捕囚の記された聖書箇所のご紹介でした。

ネコとハルマゲドン(イスラエル最終戦争)

ネコとハルマゲドン(イスラエル最終戦争)

今日は大変有名なハルマゲドンの戦いを読みました。早速直訳です。

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記23章29節 直訳  

29 ・ 中で日ら彼 彼が上に来た フアラオ ネコ 王の エジプト 上 王の アシウル 上 激流の ペラテ そして彼は歩いた その王 イオシアフウ に呼ぶ事の彼 そして 彼は殺さした彼 中でメギド(略奪) として 見る事の彼 を彼 

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 列王記23章29節 直訳  

29 ・ 中で その 日ら 彼の 彼が上に来た フアラオ ネカオー 王は エジプトの 上に 王ら アススリオーン 上に 川 エウフラテー。 そして 彼は行かされた イオシア 中へ 離れ合う 彼の、そして 彼は死なした 彼を ネカオー 中で マゲド 中で その 見る事 彼を。

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記23章29節 意訳

29・エジプト王のファラオ・ネコは対バビロン戦線で同盟しているアッシリャのサルゴン二世にの要請に応えてユーフラテス河畔のカルケミシに向かっていた。それを阻止する為にヨシュア王はメギドでファラオ・ネコを迎え撃とうとしたが、逆襲され退却途中で息絶えた。

 ★あのダビテ王朝以来約450年続いていたダビデ王朝の滅亡の瞬間です。この当時、東方にはネブカデネザル(この時は王子)率いる新バビロニヤが起こり、北方にはサルゴン二世の治める衰退途中のアッシリヤ帝国があり。さらに南方にはかっての大帝国エジプトが覇権を狙っていました。この、三大世界勢力がカルケミシで大衝突したのが今日の箇所の背景です。 勝者は新バビロンのネブカデネザル只一人でアッシリヤのサルゴン二世は戦死しアッシリヤは消滅、二大勢力の浮沈をみて漁夫の利を狙ったエジプトは大敗北を帰します。 

  この渦中に勇敢にもパロネコの北進を阻んだヨシュア王でしたが、呆気ない最後でした。あれだけの善政を行い、神さまを愛したヨシュア王の死は実質的な南王国の消滅をもたらしたのです。

  確かにこの後3人の王がユダ王国に建てられますが、主権はありません。最初はエジプトに牛耳られその後はバビロンの傀儡政権にしか過ぎませんでした。 

  このヨシュア王の戦争に関しては、聖書は随分と沢山の記録を残しています。直接にはこの列王記第二の28節から30節、歴代誌第二35章20~27節、エレミヤ書46章、です。その他にも、かなり関連しているのがナホム書やゼパニヤ書、ハバクク書、ダニエル書に加えてエゼキエル書などです。

  当然の事ですが30年程前にこのバビロンに負ける事を預言しマナセ王に鋸で引き殺された預言者イザヤの預言もこの日の事と深い繋がりが在るのです。それにエレミヤの哀歌を加えれば、聖書がどれ程ヨシア王の死の瞬間を重視しているかが分かります。

  そしてそのヨシュア王が死んだ場所がメギドと言う事なのです。この場所は士師記の時代のバラクのシセラが死闘し(士師5章19節)ソロモンが大要塞を建設し列王記第一9章15節、ヤラベアムがエジプト王シシャクと戦った場所列王記第一14章25節、そしてヤロベアム二世がここでアッシリヤの王テイグラテピレセルに敗北したのでした。

  そして今ここで、南王国ユダの王ヨシュアが戦死したのです。しかも彼はイスラエル、ユダ王朝の歴代45人の王の中で最善最良の王であったのです。(列王記第二23章25節) 

 本当に悲しい戦争の町がメギドなのです。そして新約聖書の黙示録の16章16節はこのメギドの山=ヘブル語で=ハル(山)マゲド =ハルマゲドンの戦いが成されると言われているのです。

  そこは、「神の民の敗北の記念山」ナノです。と言う事は世界最終戦争は善が悪に敗北すると言う意味になるのです。そしておそらくこの善が悪に敗北すると言う聖書の教えの基本が為政者や宗教家にとって聖書が読まれると不都合な点その物だと言えるでしょう。

何故なら「自分が悪に勝った正義だ」という王権の基盤が瓦解し「悪人である故に善人を滅ぼして王になった事」が暴露されてしまうからなのです。当然高位宗教家や企業の経営者や学問の権威者にも同様の事が言えるのです。だから、聖書が正しく翻訳されその事が露顕するのは何としても避けなければならないのです。

  と言う事で今日はヨシュアがネコに敗北したハルマゲドンの戦いのご紹介でした。

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