FC2ブログ

1コリント3章12節~15節

リクエストをありがとうございました!! 

※早速直訳です!! 

12・もし も 誰か 彼が上に建て続けている 上に その 基礎 金、銀、石らを 価格ら、木、草、藁、
13・各々 その 業を 明らかな 彼が確かに起きさせられる、その そして 日が 彼が確かに明らかにする。それは 中に 火 彼が覆いを取らされ続けている。そして 各々 その業を どんな所の 彼が在る その火(彼を)彼が確かに本物審査する。
14・もし 誰か その業が 彼が確かに留まる 所の 彼が上に建てた、報いを 彼が確かに受け取る。 
15・もし 誰か その業 彼が確かに焼き尽くされる、彼が確かに損害を与えられる、彼は も 彼が確に救わされる、この様に も 様に 通して 火。


※翻訳にしてみます。

12・誰かがもし基礎の上に(教会を)建てる、金銀宝石木草藁で
13・それぞれの仕事は明らかです。起きるでしょその日が、明らかにする。火の中で覆いが取り払われる、それぞれに仕事がどの程度かはその炎が精錬するからです。
14・もし後にその仕事(教会)が建ったまま残っているなら、彼は賃金がもらえます。
15・もし後にその仕事(教会)が焼け落ちたら、彼は大損害です。でもその結果彼自身は火を潜って救われる。

 ※※コメント※※※

分かる事は教会には必ず神様によって火の試練(精錬)を受けると言う事です。

 だから、教会を建てる時にその神の試練に耐え得る不燃物で構築したなら、その人の働きは評価され天国で報酬が待っています。

 しかし、神様の試験に合格しない可燃物で教会を建てたら、神様の試験で教会は炎上し何一つ野古来菜で天国には何一つ報いが無いと言う事です。

 では火を通る建築材料とは何でしょうか?

 教会を建て上げる時の動機付けでは無いでしょうか。

 ■教会をグループ分けして互いに競わせ、教派だ、神学だ、同じ教団だなどと言う動機で協力したり、敵視したりするコリントの様な教会形成が問題にされているのです。

 安易な動機付け、自分に取って満足や利益の多少や有無を根拠に人集めをしたり、

 外側から見える建築や美術や音声に芸術で人を魅了して集客効果を演出する人集め、

 経済的利益に地上的満足に人格や学位を動員して形成される教会のあり方、

 それだけでも教会は地上では成長し人が多く集い立派に見えるでしょう。

 ★しかし、その様な動機で作り上げられる教会の働きでは天国には何一つ報いは無いと言う事ではないでしょうか?


 ■逆に、神様を愛し、神様の御言葉を真摯に学び、御言葉に従った行為のみをめざして教会が形成されるならそれは神様の精錬の炎に焼かれても焼け落ちることなく微動だにせずその働きが天国に報われると言う事では無いのでしょうか?

 あなたの教会とそこでの奉仕等は神様の御言葉の火の試験に合格して建ち続けて行きますかそれとも炎上して焼け落ちてしまいますか?

 それがあなたの天国での報いを左右するので心するように聖書は教えているのでは無いでしょうか? 
スポンサーサイト



第1コリント3章16~17節

第1コリント3章16~17節

リクエストをありがとうございました!! 早速以下に直訳です。

16 ・無い あなた方が知っている それは 宮 神の そして その 霊 その神の 彼が建て続けている 中であなた方?
17 ・もし 誰か その 宮を その神の 彼が壊し続けている、彼が確かに壊す これを その神が。その そして 宮 その神の 聖 彼があり続けている、懸かる所の者は あなた方が在り続けている あなた方が。


翻訳にしてみますね。

16・あなた方はわかってない。それは神の宮を神の霊が建設中ですよ、あなた方の中に。
17・もしも、誰かが神の宮を壊しているなら、必ず壊しますよその人を神が。神の宮が聖所ですから。こんな事をしているのがあなた方ですよ!! そうあなた方です。

 大変な点がいくつか有りますね!!

★基本一・神の宮が建設されているのは「あなた方の中」です。そう教会の事ですね!! 決して個人の身体の中に神の宮があると言うのでは有りません。

★基本二・建設中です。天国にいくまで地上の教会は完成しないし聖くも有りません。

★基本三・壊しているのはクリスチャン達です。それは自分達の中に神の宮がある事を認識していないからです。

 特に基本第三の17節の冒頭のギリシャ語「エイ=もし」のかかる動詞は現在形が使われており導入される条件を話者が肯定している事を示しています。

 だから、教会の中にある神の神殿を壊しているのがコリントの教会のクリスチャン達だと叱責しているのです。

 具体的にはコリント人への手紙の3章にある教会を分裂させている行為を指しているのは明確です。(3章の3節4節22節等)また当然5章1節の売春、6章信者間の訴訟、7章不品行、8章偶像崇拝、9章パウロ批判、10章市場の肉と偶像礼拝、11章愛餐会の無秩序、12章異言の乱用と礼拝の混乱、13章愛の欠如、14章賜物の混乱、15章復活の否定、16章献金ボイコット...

  まとめると、コリント人への手紙に書かれているコリント教会の信者さんの問題行動その物がコリントの人々の中に神様が建設中の聖霊の宮である神の教会を破壊する行為と言う事です。 
 
以上です。
 

地上の生活と永遠の命

リクエストを有り難うございました。 

新約聖書ヨハネによる福音書 12章25節直訳 

・ その 友愛するは その 生活を 彼の 彼が滅び続けている 彼女を、そして その 憎んでいるは その 生活を  彼の 中で その 世 この事に 中へ 命 永遠 彼は確かに監視する 彼女を。

これを正確に翻訳にしてみます。

新約聖書ヨハネによる福音書12章25節翻訳

・生活を大事にして見返りを期待しても生活は滅びるだけです。逆にこんな世の中で生活を粗末にしてこそ永続する命をその人は監視します。

コメント

 ここで比較されているのは前半の生活(原文プスーケ)と後半の命(原文ゾーエ)の相違です。

だから前半で言われているのは永遠の命の事ではありません。

前半で言われているのは「普通の地上の生活(原文プスーケ)を大切にしても所詮地上の生活は何時か消える」と言う当たり前の事です。 

 そして後半は、こんな世界の中で自分の生活(原文プスーケ)を粗末にした方が返って永遠の命(原文ゾーエ)を見いだし命(原文ゾーエ)を失わない様に監視することに成る。」というしごく当たり前の事なのです。

以上

イザヤ書53章10節

リクエストを有り難うございました!! 

イザヤ書53章10節 ヘブル語原典直訳

そして ヤハウエ 彼が喜んだ 徹底的に潰す事の彼 彼が弱くさした彼 もし 彼女が置いた 違反 生活彼 彼が見る 種蒔 彼が縦さした 日ら そして喜びの ヤハウエ 中で彼 彼が成功する。

イザヤ書53章10節 70人訳ギリシャ語原典直訳 

そして 主は 彼は企てた 清くする事 彼を その 打撃。もしあなた方が与えた(為) 関して 罪、その 生活 あなた方の 彼が見た 子孫 遠命。そして彼が企てた 主は 離れ取る事 

 ヘブル語の方を翻訳にしてみます。
イザヤ書53章10節 ヘブル語原典翻訳

ヤハウエは彼をぶち壊し 彼を病気にさせた。もし彼の生活が違反を置いたなら 彼は子孫を見、日を連ね ヤハウエの喜びの日で彼が成功する。


ギリシャ語の方を翻訳にしてみます。

主は彼の打撃を清くしょうと企てた。もしあなた方が罪について出来るなら、あなた方の生活は遠い命の子孫を見る。 彼が企てたのは 主が特別扱いする事。

コメント 

 メシャの受難を預言したとされる有名な聖書箇所ですね!!ここで何が言われているのかは難しい物がある様に思います。

  「彼」をキリストに置き換えて読んでみると分かりやすくなるのでは無いでしょうか!!

ヤハウエはキリストをぶち壊し キリストを病気にさせた。もしキリストの生活が違反を置いたなら キリストは子孫を見、日を連ね ヤハウエの喜びの日でキリストが成功する。

 以上!! 


  

コリント人への手紙第一 10章4節

リクエストを有り難うございました。

早速直訳です。

新約聖書第一コリント人への手紙 10章4節 ギリシャ語原典直訳 

04・そして 全てらは その 彼が(orらを) 霊に属する 彼らが飲んだ 飲料。彼らが飲んでいた そして 出て 霊に属する 同行していたの(or否+分離)岩の。その 岩が また 彼がであった そのキリスト。 

翻訳にしてみます。

04・そして彼ら自身は霊に属する 彼らが飲料を飲んだ。そして 彼らが飲んでいたのは霊に属して分離しない岩で。その岩こそがキリストでした。


  コメント 

 ここでパウロが主張している事は明白です。旧約の時代の出エジプトの人々が過越の贖いに与かり、紅海を渡り、キリストの水(ここでいわれているのは聖霊)に与かっても、偶像崇拝や姦淫や神様を試みたが故に約束の地=天国に行き着く前に、荒野(この地上)で神様によって滅ぼされたのと同様に、新約の時代にキリストの十字架の贖いに与かり、水で洗礼を受け、神の霊の満たしを受けたとしてもコリントの教会の様に、偶像礼拝(1コリント8章全体)姦淫(5章6章7章全体)さらに神を試みる(4章他)を教会ぐるみでし続けると天国に入れず荒野で滅んだ出エジプトの民同様に教会ごと神様に滅ぼされると言う事です。

勿論これは今日21世紀の世界や日本のキリスト教会にも当てはまります。 きっと旧約聖書の時代にヨシュアとカレブ以外の全ての人が約束の地に入れなかった様に現在の諸教会も新約の時代や旧約の時代と全く同様であるということです。

しかし注意してくださいね、モーセは地上では約束の地に入れませんでしたがそれを望み見た事で天国には行けた様ですから!! 参照ヘブル13章7節~ら17節他) そして、彼らが殺されると言った幼子達も約束の地に行けた様ですから。と言う事で教会に属する事や洗礼を受ける事や聖霊体験などは全く救いの保証にはならないということかと思います。

必要な事は「神様の御心にかなう=聖書(教理や翻訳聖書ではなくあくまでも原典の主張)に従う」ということですね!!
 以上 

プロフィール

油食林間

Author:油食林間
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR