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戦闘ラッパ

戦闘ラッパ 民数記10章9節 

今日はイスラエルの軍団の指揮に戦闘ラッパが用いられた箇所を読みました。早速原典の直訳です。 

旧約聖書 民数記10章9節 ヘブル語原典直訳 

09 ・ そしてとして あなた方が来る 戦闘 中で地あなた方 上 その 敵 そして敵するはを あなた方 そしてあなた方は叫ば(警報)さす 中でその良く響くラッパ そして 彼らが思い出される に顔(面)らの ヤハウエ 神らあなた方 そして あなた方は救われる から敵(意)するらあなた方 

旧約聖書 民数記10章9節 70人訳ギリシャ語原典直訳 

09 ・ もし も あなた方が外に来た(為) 中へ 戦争 中で その 地 あなた方の 方に その 敵対するら その 敵対しているらを あなた方に、そして あなた方が確かに印する その 戦闘ラッパらにそして あなた方が確かに思い起こされる 面前に 主の そして あなた方が確かに通し救われる から その 敵

旧約聖書 民数記10章9節 ヘブル語原典直訳 

09・あなた方が敵対する敵に戦いを挑む時にはあなた方はよく響くラッパを吹き鳴らさなければならない。そうすれば神があなた方を思い出して、あなた方は敵から救われる。 

 翻訳の悪口は言いたくありませんが此の聖書箇所の戦争を始める主体は明らかにイスラエル人達です。殆どの翻訳が改竄して訳出している様に侵略を受けた場合の防衛に関する規定ではありません。まあ、あんまり聖書があからさまに戦争を仕掛けるように記している箇所はやはり、そのまま訳出してしまうのは気が引けたのでしょう。

  特にキリスト教国と言われるローマ帝国を初めとする歴代の覇権国家にとってあまりに如実に国家の侵略行為の記述は良心の咎めを覚え、周辺諸国に警戒されたては不都合であったためでしょう。

  と言う事で今日は聖書が記している戦争を仕掛ける場合の金属製の戦闘ラッパを使って軍隊を動員した戦術の記録の御紹介でした。

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最初の過越の祭り

最初の過越の祭り 民数記9章11節12節 

今日は最初の過越の祭りの記録を読みました。早速直訳のご紹介です。

旧約聖書ヘブル語原典民数記9章11節12節直訳

11 ・ 中でその 新月 その二 中で4 10 日 間 その 日暮れら 彼らは作る を彼 上 パン種の無いパンら そして苦いら 彼らは食べる彼 
12 ・ 無い彼らが残される から真ん中彼 迄 明け方 そして骨 無い 彼らが砕く 中で彼 として全て

の 規定の その 過越 彼らは作る を彼

旧約聖書70人訳ギリシャ語原典民数記9章11節12節直訳

11 ・ 中で その 月 その 第二に 中で その 4そして10に 日に その 方に 夕方 彼らは確かに作る 彼を、 上に パン種の無い そして 苦いらの 彼らは確かに食べる 彼を、
12 ・ 無い 彼らが確かに残す から 彼 中へ その 日 そして 骨らは 無い 彼らは確かに共に押しつぶす から 彼。 下に その 法律 その 過越 彼らは確かに行う 彼を。

旧約聖書ヘブル語原典民数記9章11節12節翻訳

11・エジプトを出て第2年目の最初の月の14日の日暮に酵母を入れないで焼いたパンと苦菜をたべる。
12・そして、その日の明け方迄に定め通りに過越(の食事)をする。その骨(小羊)は砕いてはならない。

モーセに率いられてエジプトを脱出した日の前日に旅支度に食べた屠殺された小羊の肉と酵母を入れないパンの食事はイスラエル民族の起源であり一番大切なお祭りと定められました。そしてこの出来事から1470年後のAD30年のニサンの月のその日にキリストは最後の晩餐をしてユダに裏切られ十字架に処刑されたのです。 
 
 その日付に関しては様々な学説がありますが木曜の夜に一日早い過越の食事(最後の晩餐)を食べ、金曜朝に処刑され午後に息を引き取り死んで金土日と3日目の朝正味(金の午後2時から日曜早朝5時=約40時間後)キリストが復活されたと聖書は記録しています。

 そして、十字架で処刑された時、本来であれば砕かれるはずのキリストの脛の骨は「聖書が成就するために砕かれなかった」と新約聖書のヨハネの福音書19章33節は記録しています。

  と言う事で今日ご紹介したのは今から約3400年前の出エジプトの翌年の年に行われた最初の過越の祭りの記録のご紹介でした。

戦争奴隷の定年

戦争奴隷の定年 レビ記8章24節から26節

今日はエジプトを出たイスラエルの民の最初の一年の一番最後の部分を読みました。早速気になる箇所をご紹介します。  

旧約聖書 ヘブル語原典直訳 レビ記8章24節から26節

24 ・ これが 所は に レビら から息子の 5 20 年 そして 上部 彼は来る に戦争する事 戦争 中で奴隷の 天幕 会合
25 ・ そして から 息子の 50 年 彼は戻る から 戦争の その 奴隷 そして無い 彼が奴隷する 繰り返す 
26 ・ そして彼が徹底的に奉仕する を 兄弟ら彼 中で天幕の 会合 に見守る事 見守り そして 奴隷 無い 彼が奴隷する としてこの様に あなたが作る にレビら 中で 見守りら彼ら

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典直訳 レビ記8章24節から26節

24 ・ この事 彼が存在し続けている その 関して その レビら。から 5そして20年ら そして 上 彼らは確かに中に来る 中で仕事する事 中で その 天幕 その 目撃証言の。
25 ・ そして から 50年ら 彼が確かに自分のために離れ立つ から その 公民奉仕 そして 無い 働き人 尚、 
26 ・ そして 彼は確かに公民奉仕する その 兄弟が 彼の 中で その 天幕 その 目撃証言の 見守る事 見守り、 仕事ら も 無い 彼が確かに仕事する。 この様に あなたは確かに行う その レビらに 中で その 見守りら 彼らの。

旧約聖書 ヘブル語原典意訳 レビ記8章24節から26節

24・レビ部族の男子は25才から会合用天幕の奴隷として戦争を戦争する。
25・しかし50才になるとその戦争の奴隷から戻り最早奴隷となってはならない。
26・それ以後は会合用天幕で奴隷として奉仕する同僚のレビ人らを見守り指導する。

  70人訳は奉仕や仕事として訳出いますが、ヘブル語の原典は「戦争を戦争する」となっています。以前見た様に祭壇で祭司の補助をする事は大変危険で重労働ではありますが、やはり戦争という言葉が示しているのはもっと別の意味ではないかと思います。

  イスラエル国家の戦争の勝利の為に民の罪を贖い、神に祈願する中央聖所の祭壇で犠牲が焼かれる煙をごうごうと立ちのぼらせるのはやはり凄まじい物があります。パレスチナは空気が乾燥し視界を遮る障害物もなく、従軍する敵味方の兵士達から丸見えの状態でレビ人達の働きが成された事を思うと、本当に戦争を戦争する奉仕と言う表現が大変的確であると思えるのです。

  そしてその様な戦争の為の働きは50才で定年を迎え、その後は後進の指導にあたる様に定められているのです。と言う事でレビ人は戦争奴隷として50才定年を定めた聖書箇所のご紹介でした。

祭壇奉献式

祭壇奉献式 民数記7章2節 

今日は大変長い箇所でした。早速その中から一カ所をご紹介します。

旧約聖書民数記7章2節ヘブル語原典直訳 

02 ・ そして彼らは近づかした 担がれたらの イスラエル 頭らの 家の 父ら彼ら  彼らは 担がれたらの その杖(部族) 彼らは その自立するらは 上 その巡視されたら 

旧約聖書民数記7章2節70人訳ギリシャ語原典直訳 

02 ・ そして 彼らは方に運んだ その 司らは イスラエルの、12 司らは 家らの 父らの 彼らの、これらは 司ら 部族らの、 これらは その 側に立っているらは 上に その 監督、 

旧約聖書民数記7章2節ヘブル語原典意訳 

02・イスラエルの父の家毎に指揮官達が献げ物をした。彼らは部族に担ぎ出された指揮官で部下達を閲兵した。

 今日の箇所は各指揮官毎に全く同じ献げ物が部族の数の12回も繰り返される箇所です。何故同じ記述か長々と12回繰り返され、更にご丁寧にその纏めまで記されています。その為民数記の7章が一章が89節もあり他の箇所の節数の平均30節の3倍となっています。

 大変長い箇所ですが全く同じ単語が13回繰り返されていますので原典で読むのはさほどの苦労はありません。しかし毎回この箇所を読む度に不思議に思う事が在るのです。「何故もっと簡略して記さなかったのだろうか?」と言う事です。全く同じ単語が全く同じ順に指揮官の名前丈が変わって記されているのです。 纏めて記せば書く方も、紙数(当時は高価ななめし革)そして読む方も随分と節約になると思うのです。

しかし、現実これだけくどくどと同じ事が13回も繰り返されるのです。 「全くの無駄」と思えるのですがしかし、これが高価な物を献げる側に立って見るとそうではない事に気づくのです。そう、聖書はその意味で実際にこの場に居て沢山の献げ物をした者の立場で記されている。だから読むものには多くの時間を費やすが、当事者達には自分達の献げ物が文字通り「十把一絡げ」で纏められるのは耐えられない感情が生じるからだと考えられるのです。

今日は、読むものには全く意味不明な全く同じ献げ物の記録が13回も連続する箇所の意味のご紹介でした。

良心的兵役拒否人

良心的兵役拒否人 民数記6章6節

今日も昨日に引き続いて戦争に関する記述です。早速直訳を記します。

旧約聖書民数記6章6節 ヘブル語原典直訳 

06 ・ 全ての 日らの 神聖にさした事彼 にヤハウエ 上 生活 死ぬは 無い 彼が来る

旧約聖書民数記6章6節 70人訳ギリシャ語原典直訳 

06 ・全てらを その 日らを  その 祈りの 主に 上に 全てに 生活に 死んでいるに 無い 彼が確かに中に来る。

旧約聖書民数記6章6節 ヘブル語原典翻訳

06・ナジル人(神聖にする)がヤハウエに神聖にさしたの期間には、側で死んだ人間が起きてはならない。

何故、こんな所にナジル人の記録が挿入されているのかお分かりでしょうか。昨日の箇所は「銃後の妻達の操」と言う事で戦争に出かけている男達の心配を無くすために記されていました。その前は軍隊の数や進軍に関する規定でした。そしてこの後続く聖書の箇所は行軍に使う車両に関する規定なのです。

 こんな所に神様に一定期間自分自身にの身に物絶ちを課して自分自身を神様に献げる「ナジル=神聖にする」人の定めが記されているのです。なにか変だと思いませんか? 今日の箇所のポイントは6節に記された記録です。

  そう、ナジル人として自分自身を神様に献げる期間は死人が側で起きてはならないのです。と言う事は人を切り殺す戦争には従軍できません。と言う事でこれは「良心的兵役拒否」が出来る仕組みなのです。

  誰でもこの「ナジル人=神聖にする」期間は兵役が公に免除されるのです。しかし、そう簡単な事ではありません。先ず第一にナジル人の誓願には食事制限が生じます。葡萄で作られたもの一切が禁じられるのです。これは日本人が想像する以上に厳しい規定です。何故ならこの地方では安全な水は少なく、消毒に使えるアルコールを含む物は葡萄酒意外に全くありません。またそれは重要な調味料(ビネガー)であり同時に食事に不可欠な飲料であり果実は甘いため嗜好品で生活に不可欠な食材なのです。

  葡萄から生じたものが一切食べれないということは更なる問題を引き起こします。この地方の主食のパンは非常に堅くそしてパサバサしています。だからビネガーに浸して始めて食べれる様になるのです。

 ビネガーが使えないと上に葡萄酒も飲めないのでは食事の楽しみは半減どころか苦痛を伴うほどでしょう。これ以外にも一切のアルコールも禁止です。と言う事は当然殆どの会食には参加出来ません。会食丈ではなく全ての宴会にも参加不可能です。そして、両親兄弟を初め誰の葬儀にも参加が禁じられます。そしてその期間が終わる時には三頭の家畜と大量のパンを祭司に捧げて自分の頭も丸める事が義務づけられているのです。

  これだけの犠牲を払えばその期間中は兵役を拒否出来るのです。勿論平時にこのナジル人になる事も出来ますがそれは特別の誓願(神様への願掛け)などの場合に限られました。

 と言う事で今日は今から3400年前の時代にあった良心的兵役拒否=ナジル人(=神聖にする意味)のご紹介でした。

銃後の操

銃後の操 旧約聖書民数記5章12節~14節

今日は随分と深刻な聖書箇所を読みました。早速直訳をご紹介します。

旧約聖書民数記5章12節~14節 ヘブル語原典直訳 

12 ・ あなたは徹底的に言え に 息子らの イスラエル そして あなたは言う に彼ら 男 男 として 彼女が迷う(誘惑される) そして彼女が裏切る 中で彼 裏切り 
13 ・ そして彼が寝る 男 共に彼女 性交するの 子種 そして 彼が隠される から目らの 男 彼女 そして彼女が秘密にされる そして彼女は汚される そして 証言 無い 中で彼女 そして彼女は  無い 彼女が使われた 
14 ・ そして彼が通り過ごす 上彼 霊の 妬み そして彼が徹底的に妬む を 女彼 そして 彼女 彼女が汚される 又は 彼が通り過ごす 上彼 霊の 妬み そして 彼が徹底的に妬む を 女彼 そして彼女 無い 彼女が汚される

旧約聖書民数記5章12節~14節 70人訳ギリシャ語原典直訳 

12 ・ あなたは喋れ その 息子らの イスラエル そして あなたは確かに言う 方に 彼ら 男は 男は もし 彼が側を行か(犯)した(為) その 女 彼の そして 彼が側で見た(為) 彼を 上に見る(認識)したは 
13 ・ そして 彼が寝させられた(為) 誰かが 共に 彼女 寝床を (子)種の そして 彼が隠した(為) 出て 芽ら その 男 彼女の そして 彼が隠された(為)、彼女は も する所に 汚されているは そして 目撃証人は 無い 彼が存在していた 共に 彼女 そして 彼女は無い 彼が存在し続けいてる(為) 共に取られているを、
14 ・ そして 彼が上に来た(為) 彼に 霊が 妬みの そして 彼が妬んだ(為) その 女を 彼の、彼女は も 汚されていた、それとも 彼が上に来た(為) 彼に 霊が 妬みの そして 彼が妬んだ(為) その 女を 彼の、 彼女は も 無い する所に 汚されていた、 

旧約聖書民数記5章12節~14節 ヘブル語原典意訳

12・あなたはイスラエルの兵士たちにしっかりと言いなさい。あなた方の中の男に男のある女が誘惑され、夫を裏切り13・その男と寝て種蒔きの性交をした。そして夫には隠した、そして夫に真実を告げるものも無かったとする。14・しかし、夫は妻が信じられなくなっ場合や、事実無根なのに夫が妻を疑う様になった場合は...

 面白いでしょう、聖書にはこんな事も赤裸々に記されているのです。このあとどうなるか興味のある方はご自分で聖書を読まれると良いかと思います。

 ここでこのことをご紹介するのは「何故この事が聖書に記されているか?」という点だけに留めたいと思います。今日の表題から分かる様に戦争の最中の問題だからです。以前に聖書は戦争の事ばかりが記されていると申しましたが今日の箇所もその事が分かるとよく理解できる所です。

参考 http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/18497545.html

  モーセに率いられてエジプトを脱出したイスラエルの民は正規軍丈で60数万の大軍でパレスチナを奪取する為に、いま正に北に向かってシナイ半島を進軍している所なのです。民数記の最初の部分はその事の記録です。

  とすると徴兵された男(実際に20才以上50才までの健康な全男子)の殆どは家に彼女や妻を残して従軍していたのです。しかし、そんな体制では戦争が長引けばイスラエルの民族から子孫が絶えてしまいます。

 だから、非番の兵士達が決められて彼らは、交代で自宅に帰宅し子作りに励むようになっていたのです。とすると自宅(と言っても天幕生活で女と子供丈のテント村)に数少ない男だけが帰宅を許可されることに成るのです。男の側にも、銃後の守りをする女達の側にも欲求不満の誘惑は相当なものがあったでしょう。そうして、そのような戦時体制がどれだけ続くのか全く分からない状態だったのです。

  その事を思う時、従軍する兵士が留守宅の妻の操の心配までしなければならないなら戦争遂行はかなり阻害されるでしょう。それゆえこの問題が解決されなければならなかったのです。 

  と言う事で今日は「銃後の操」の事が記されている聖書箇所のご紹介でした。

50才定年

50才定年 民数記4章23節  

旧約聖書民数記ヘブル語原典4章23節直訳 
23 ・ から息子の 30ら 年 そして 上部 迄 息子の 50ら 年 あなたは巡視する を彼ら 全て その来るは に 戦争する事 戦争 に奴隷する事 奴隷 中で天幕の 会合

旧約聖書民数記70人訳ギリシャ語原典4章23節直訳 

23 ・ から 5そして20年らを そして 上に 迄 50年ら あなたは監督しろ 彼らを、全て その 中へ来させられたは 公民奉仕する事 そして 作ること その仕事ら 彼の 中で その 天幕 その 目撃証言の。

 特に翻訳の必要はないかと思います。この箇所は中々、面白い聖書箇所です。神の幕屋での奉仕が「戦争を戦争する」と原典で記されているのです。それゆえその職務に従事する年齢に制限がありました。ヘブル語の方は30才から50才迄の20年間でギリシャ語の方は25才から50才までの25年間のレビ人の奉仕期間の記録です。どうしてヘブル語が五年少ないのが気になる所です。同じ民数記の8章の24節には「25才から」となっているのでこちらに合わせて訳出したものかもしれません。此の整合の問題はおそらく25才は試用期間で30才に正式に登録こされると理解すると良いかと思います。そして同じ8章の26節には定年後は後輩の指導にあたる様にきて入れれています。
 
  このレビ人とは祭司の補助者で動物を祭壇で焼くために、屠殺し解体して枝肉にしてそれぞれの部位に従った処置をして在るものは祭壇で焼き、また在るものは祭司の取り分にして、さらに残りは捧げた人にお下がりとして与え、また自分たちの取り分も聖書の規定に従って配分していたのです。分かる事ですかかなり危険な重労働でした。最も危険な作業はおそらく雄牛の屠殺です。体重は5百キロを軽く超えて中には一トンの物も合ったでしょう。これが屠殺される直前に暴れると人間の力ではどうする事も出来ません。
 
  家内の実家が牧場なので以前牛の出荷を手伝った事が有りました。400キロぐらいの雌牛でしたが搬送車に乗るのを嫌がり逃げ出したのです。私が鼻環に通じた手綱を手にしていたのですが最初放さなかったので軍手がすれて煙が出ました。慌てて手を離しましたがそのまま握っていたら摩擦で発火し火傷をする所でした。ものすごい力です。

 解体した動物を焼くためにの火の取り扱いや燃料の調達から後始末までレビ人の仕事でした。当然燃料は断崖絶壁にもよじ登って行かなければまかないきれなかったに違いありません。

  それだけではありません。イスラエルの出エジプトの民が進軍=移動ずく時には幕屋の備品を担ぎました。祭壇、契約の箱、等は大変な重量物です。それ以外に幕屋の枠板や天幕等の多数の備品も運ぶのはレビ人の職務でした。シナイの荒野を移動するのはかなり危険できつい作業で合ったでしょう。

 実際上の必要からレビ人はある程度の人生経験が必要でしかも体力的に限界の来る50歳定年と決められていたのです。まさしく「戦争を戦争する」激務であったためこう記されたのだと思います。

  このレビ人の登録年の、30才は当時のイスラエルの社会では一人前と見なされる年代でした。それゆえサウル王(1サムエル13章1節)ダビデ(2サムエル45章4節)キリスト(ルカ3章25節)の記述はその事を明示しているのです。 レビ人には定年があり50才でしたが、王や大祭司に関しては定年が無く終身でした。(民数記35書25、28節)

  おそらく当時の平均寿命は50才程度であったため老後の福祉は全く心配無用であったでしょう。今日は興味深い今から3千400年前の社会にあった定年の制度のご紹介でした。 

髑髏の贖金

髑髏の贖金 民数記3章47節

今日は民数記の3章を読みました。今日気になった箇所をご紹介します。

民数記3章47節ヘブル語原典直訳

47 ・ そして彼は取る 5の シケルら にその髑髏 中でシケルの その聖 あなたは取る ゲラ(1/20)そのシケル

民数記3章47節70人訳ギリシャ語原典直訳

47 ・ そして あなたは確かに取る 5 シケルらを 下に 頭、 下に その  2ドラクマ その 聖を あなたは確かに取る、20 1/6 その シケルの 

民数記3章47節ヘブル語原典意訳

47・アロンはイスラエル人民のレビ人より多い分の髑髏から贖いの金としてゲラ銀貨で55g相当の銀を徴収しなさい。

 今日も髑髏(シャレコウベ)が登場しました。ヘブル語には頭ならロオシと言う単語があり、人にはイッシもアダムと言う単語が在るのですか、どういう訳か民数記にはこのシャレコウベと言う不気味な言葉が登場するのです。やはりこれは荒野にシャレコウベをさらす人々である事がほのめかされているのです。

  大切な事、神様がエジプトの奴隷から救い出された全ての人(ヨシュアとカレブの除いた青年男子)は悉く荒野に屍となって倒れ、そのシャレコウベを晒ものにしたのです。

  そして、最初から神様はそのつもりであったと言う事がこの言葉によって知られるのです。その意味は新約聖書の第1コリント人への手紙に10章に詳しく記されています。

 特にコリント人べき手紙の11節にはその目的が「今の時代のクリスチャンに戒め=警告である」と言う事なのです。警告ですから決して脅しなのではえありません。今日のキリスト教会が聖書の言葉に聞き従わないことをことさらに続けると「実際に天国に行き着かずに地状で滅ぼされる」と言う事を意味しているのです。

 今日は、興味深いシャレコウベ(ヘブル語でゴルゴダ)と言う言葉が執拗に使われている事の意味を考えました。(先日の箇所も参考にして下さい。http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/18436472.html

戦争聖書

戦争聖書 民数記2章32節 

今日は聖書の本質を知るために大変良い箇所です。早速直訳です。

旧約聖書民数記2章32節ヘブル語原典直訳 

32 ・ これら 巡視されたらの 息子らの イスラエル に家の 父ら彼ら 全ての 巡視されたらの その野営ら に戦争ら彼ら 6百ら 千 そして 3の 千 そして 5の 百ら そして 50ら 

旧約聖書民数記2章32節70人訳ギリシャ語原典直訳 

32 ・ 彼女が その 監視(督) その 息子らの イスラエル 下に 家ら 父らの 彼らの。 全てらその 監視(督) その 宿営らの 共に その 内在力する 彼らの 600 千 そして  3 千 500 50。

旧約聖書民数記2章32節ヘブル語原典意訳

32・イスラエルの先祖の家系毎に閲兵されたのは戦争の為の師団で全軍の兵員数は60万3千5百50であった。

お分かりになりますか? 70人訳は監督とか宿営と訳出していますが、ヘブル語の原典は明白にイスラエルの正規軍総兵力の記録で総指揮官モーセによる観閲の記録となり、その総兵力は60万という途方も無い軍事力の記録です。

 これを何故70人訳や歴代の翻訳はそのまま正しく正規軍の総数の記録として明白に訳出しなかったのかが気になる所です。 

  聖書は宗教書という視点で平和で繁栄する時代に翻訳されました。その宗教家たちにとってもまた、翻訳の資金を出資している王にとっても平和を強調したい時代に露骨な軍事力の記録をそのまま翻訳することは王さまに取って好ましくなかったからと思われます。

  しかし、実際聖書は殆どが戦争の記録なのです。そして聖書に登場するかなりの人々が軍事の専門家であった事はあまり表沙汰にされていません。
  
  たとえて言えば、アブラハムは古代都市ウルの王族で、おそらく専門の軍事教育を受けていました。証拠に創世記の14章の14節15節では僅か3百名の手勢で正規軍を急襲し見事な戦略を展開して圧倒的な勝利を得ています。アブラハムはどう見ても戦争のプロでした。他にモーセは当然エジプトの正規に最高の軍事教育を受けていました。当然彼がその後継者のヨシュア(70人訳はイエス)にそれを伝授していた事は自明です。

 そして、聖書は殆どの記述が戦時の記録なのです。確かに新約聖書には戦争の記録はありませんが、登場するヘロデ大王はエジプトに勝利したローマ軍に貢献した功績で王となっています。イエスキリストの処刑に関わったローマのユダヤ総督ピラトは在パレスチナローマ駐留軍の総司令官と言う立場でした。またキリストの十字架から40年後にはイスラエルはローマに対して独立戦争を開始して国家が消滅しているのです。

 ですから聖書は旧約聖書も新約聖書も戦争に継ぐ戦争の記録で、そこに登場する多くの人々は戦争の専門家であった事を知らなければ成りません。その様な聖書を幼い時代から原典で読み親しんでいるイスラエルと言う国が滅法戦争に強いのは当たり前の事なのです。

  その様な観点から聖書は戦争について教えている部分が平和や愛について語っている部分よりも遥に多いのです。と言う事で今日は聖書の本質について知るしる為に大変適切な聖書箇所のご紹介でした。余分ですか以下のリンクは昨日と今日読んだ箇所を一枚の絵にしたものです。

古代イスラエル正規軍60万の配置図 http://bible.co.jp/tabernacle/camp.htm

参考・聖書は戦争の記録 http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/4358259.html

荒野の髑髏(シャレコウベ)

荒野の髑髏(シャレコウベ) 民数記1章1-2節

今日から毎朝のデボーションに読んでいる聖書の箇所が民数記に入りました。さっそく気になる箇所をご紹介します。

旧約聖書 民数記 1章1節から2節 ヘブル語原典直訳 

01 ・そして彼は徹底的に言葉した  ヤハウエ に モシエ 中で荒野の シナー 中でで 天幕の 会合 中で 一 にその 新月 その 第二 中でその 年 その 第二 に出て来ること 彼ら から 地のエジプト に言うこと  
02 ・ あなたは担ぎ出せ を 頭の 全ての 会合の 息子らの イスラエル に 氏族ら彼ら に家の 父ら彼ら 中で数の 名前ら 全ての 雄 に髑髏ら彼ら

旧約聖書 民数記 1章1節から2節 70人訳ギリシャ語原典直訳 

01 ・ そして 彼は喋った 主は 方に モーセ 中で その 荒野 その シナ 中で その 天幕 その 目撃証言 中で 一 その 月 第二の 年の 第二の その 出て来たらの 彼らの 出て その エジプト 言っているは 
02 ・ あなた方は取れ 最初を 全ての 会衆の 息子らの イスラエル 下に 全親族の 彼らの 下に家らを  父らの 彼らの 下に 数 出て 名前らの 彼らの 下に 頭 彼らの、全て 男を

旧約聖書 民数記 1章1節から2節 ヘブル語原典翻訳

1・ヤハウエはシナイの荒野でこれらの言葉をモーセに話した。エジプトから出た第二年目の最初の月の1日であった。
2・あなたはイスラエルの先祖の彼らの髑髏(ゴルゴダ)のついた男の氏族の数に従って選ばれた頭らで会合を招集しろ。

  翻訳困難な箇所です。しかし興味在るのは髑髏(シャレコウベ=ヘブル語では「ゴルゴダ」)と言うヘブル語です。勿論これはイエスキリストが処刑されたゴルゴダの丘とは直接の関係はありません。しかし、不気味な言葉である事は否めません。

  所で、日本語の「民数記」という名称は70人訳聖書のこの書のギリシャ語の書名「アリスモス=数」から来ています。しかし、ヘブル語の原典では「ベミドバール」となっていて「荒野にて」と言う事なのです。そう此の民数記を一言で言ってしまうと、出エジプトを経験したイスラエルの全ての民の成人男子はヨシュアとカレブの二人を除いて悉く荒野に髑髏を晒す結果となったのです。

  その事を思うと此の民数記の1章の1節と2節二つの言葉 「荒野にて+髑髏」はその事を暗示する重要語句である事が分かります。まあこれ以上の詳しい説明はここでは止めておきましょう。

 と言う事で民数記の最初の出だしに登場する荒野の髑髏のご紹介でした。

破門の呪い

破門の呪い レビ記27章9節 

今日はレビ記の最終章でした。早速気になる箇所を御紹介します。 

レビ記27章9節 ヘブル語原典直訳  

29 ・ 全ての 根絶(破門) 所は 彼が根絶(破門)される から その人 無い 彼が贖い金される 死ぬ事 彼は死にされる 

レビ記27章9節 70人訳ギリシャ語原典直訳 

29 ・そして 全て、する所は もし  彼が上に置く(為) から その人間らの、 無い 彼は確かに身代金される、 反対に 市に 彼は確かに死なされる。  

レビ記27章9節 ヘブル語原典翻訳

29・呪われたものは全て呪われる。その呪われた人の贖いをしてはならない。彼は死ぬ。 

 旧約聖書の中で大変重要な信仰生活のあり方が記されたレビ記の最後は「呪い」によって締めくくられました。多くのキリスト者は聖書の祝福ばかりを見ている様ですが、一方にはその対局としての「呪い」がはっきりと記されているのです。祝福か呪いかの二者択一が聖書の基本原則なのです。

 このレビ記に記されていた事は見てきた通りに「そのままで現在にも大変優れている」ものでばかりでした。この優れた聖書の教えに聞かないものが呪われるのは必然です。と言う事で旧約聖書は初めからその言葉に従う人には祝福を備え、聞き従わないものには呪いを用意して在るのです。それゆえ破門=今日の教会では除名と言う厳しい規定ですが、新約聖書と同様に旧約聖書もこの除名=呪いを明示しているのです。教会にとっては大変重要な規定なのです。あのコリント人への手紙第一16章22節「主を愛さないものは誰でも呪われよ」とある通りです。余分ですが呪いとはギリシャ語アナテマ=上に置かれたもの=祭壇で焼き尽くされた犠牲の意味(=献げる犠牲にまず罪を犯した人が手を置き次にその犠牲を殺害して祭壇で焼いた。)です。ヘブル語はヘレムで破門の意味です。そして、現実にこの様な呪の規定が当てはめられる様なキリスト教会の不祥事が様々に頻発しています。それはこの厳粛な聖書の規定を教会とそこに集う人々が実際に適用しない所に根源が在るのです。

  最近マスコミを騒がした京都の聖神中央教会の金牧師を初めとして頻発するキリスト教関係者の犯罪に対してキリスト教会はこの聖書の規定である破門=呪いを公に布告することが聖書の規定なのです。それが出来ないのは公にされず、内密に処理されている今の教会指導者たちの様々な不祥事の存在がどれほど多いかを暗に示しているのです。

  今日は素晴らしい聖書の教えが明示している祝福とその対局の呪い=破門と言う掟のご紹介でした。

人食罰

人食罰 旧約聖書レビ記26章29節 

あと少しでレビ記を読了します。今日は今まで記されてきた聖書の言葉を守らない時に与えられた警告の場所でした。早速気になる箇所を一カ所御紹介しましょう。 

旧約聖書レビ記26章29節 ヘブル語原典直訳 

29 ・ そしてあなた方は食べる 肉の 息子らあなた方 そして肉の 娘らあなた方 あなた方は食べる 
旧約聖書レビ記26章29節 70人訳ギリシャ語原典直訳 

29 ・ そして あなた方は確かに食べる その 肉らを その 息子らの あなた方の そして その 肉らを その 娘らの あなた方の あなた方は確かに食べる。

 簡単な記述なので翻訳は不要でしょう。最初に説明下た通り、神さまの言葉=聖書に従わない場合に神さまが下される刑罰で最終的に起きる事はこの事です。即ち「親が自分たちの子供を肉として食べる」と言う事なのです。

 それがどれほど悲惨な事であるかは説明不要でしょう。こんなおぞましい出来事ではありますが、過去に幾度も起きてきました。手元に「中国食人史」なんていう本もあり、その中に胎児や胎盤の干物の写真があります。手元にある「おろおろ草子」なる書には天保の大飢饉では親が川原に棄てた実の子の腿がえぐられている記述があります。また南米のサッカー選手の搭乗した旅客機のアンデス山中墜落事故の記された書にもやはり、生命を繋ぐために死んだ仲間の肉を食べた事が記されています。他に「光苔」と言う小説も人肉を食べる記述があります。

  しかし、やはり一番凄まじい人肉を食した記録としては聖書が一番です。その中でも第2列王記6章26節から31節にはアラムの王ベンハタデに包囲されたイスラエルの首都サマリヤで飢饉が酷くなり「二人の女が互いの子供を煮て食べる事で欺き争っている様子」が記録されています。

  聖書には幾度もその様な悲惨な状況が記されていますが、それは聖書の今日の記述で分かる様に神さまの言葉に従わない人間に下される裁きだと言うのです。 

  その事を思う時、最近日本で頻発する親が子を殺したり、子が親を殺す事件が後を絶ちません。これなどはこの聖書の箇所が明示している様に人間の罪が最高潮に達した結果下される神さまの裁きであると言う事です。

  そして、この状態が継続されると聖書はその国家が滅ぼされ、歴史から消滅する事を教えているのです。その例がモーセに率いられてエジプトから脱出し、パレスチナに建国されたイスラエル王国です。紀元前721年にアッシリャのテイグラセピレセルによって完全に破壊され全住民は奴隷に売り飛ばされ国家は完全に消滅し、歴史から消えてしまいました。

そして今日残っているイスラエルと言う国は、その時かろうじて滅亡を免れた南部の一分族であるユダ部族を中心にしたユダヤ人の国イスラエルです。

と言う事で、今日は神さまの御言葉の教えに従わない国家に対して下される聖書の判決の記された箇所のご紹介でした。

所有権移転禁止

所有権移転禁止 レビ記25章16節

今日は聖書の中でも特に面白い箇所を読みました。早速原典をご紹介します。

ヘブル語原典 レビ記25章16節直訳 

16 ・に口の 豊富なの その 年ら あなた方が多くさした 獲得彼  そしてに口 少ない事 その年らあなたは少なくさした 獲得彼 として から数の 産物ら 彼 売る にあなた

70人訳ギリシャ語原典 レビ記25章16節直訳 

16 ・ に従って ともかく より多量は その 年らの、あなたが確かに多くする  その 中で相続 彼の、 そして に従って ともかく 少ないを その 年らの、 あなたは確かに自分のために少なくする その 相続を 彼の。それは 数を 生じたらの 彼の この様に 彼は確かに離れ引き渡す あなたに。 

ヘブル語原典 レビ記25章16節意訳

16・あなた方の相続地は絶対に売ってはならない。あなた方が売れるのは50年毎に巡って来る解放の年までの年数に応じた収穫丈である。

  面白い聖書の規定です。こんな規定は今は何処の国も実施していません。共産主義とも違います。土地はモーセの指示にしたがってヨシュア(ギリシャ名イエス)が配分しました。そして聖書の規定ではその土地は永遠にイスラエル民族の所有とされた約束の地で、その子孫だけに土地の所有権が相続されるのです。

  聖書の規定では土地の私有は認められるのです、が所有権の移転を伴った売買は法律=聖書で一切禁止されているのです。日本の戦後の農地改革で大地主から小作に移転した所有権によって大都市周辺の土地が流動化し、ある部分は無計画に都市化し、また都市計画法によって国策による大規模開発も行われ、発生した遊休資金を資本市場に還流させ見事な経済発展をなし遂げた、戦後日本の復興はやはり大化の改新以来連綿と続いている土地本位制に基盤があったのではないでしょうか。

  しかし、聖書の中ではこの土地の所有権売買が禁止されているのです。と言う事は、もしこの規定を守ったら少なくとも戦後日本の経済発展は起きえなかったと言う事なのです。

  私は聖書の此の規定の目的はこの点に在ると思っています。土地が売れなければ、誰もまとまった現金を手にする事が出来ません。当然土地を担保にした事業は展開できず資本の集積も大規模農業も発生出来ないのです。そんな制度の国家が各地に存在し貿易も商業も工業もそれらの国家によって細かく分断されていては世界規模の貨幣経済は現世紀に至ってもおそらく成り立たず、物の流通丈が経済活動と成りつづけていたことでしょう。そんな世界状勢では陸路も海路も当然空路もそして通信も大変阻害されます。とうぜんその様な世界情勢下では覇権=植民地も発生しえず、防衛戦争の名を借りた侵略戦争も不要です。

  これが、聖書の目指している世界平和戦略であり、資本の集積=富者が生じないのですから当然貧乏人が発生しないと言う事に成ります。各種生産物は売り手と買い手の直接交渉で価格が決定し、当然流通は成り立たず大量生産は無意味ですから当然耕作されない土地がそこかしこに放置され、誰でも自由に土地を開墾して自立した生活を確立する事が努力次第で可能になるのです。当然その様な経済状勢下では貧困層は生じえず当然その為の福祉事業も不要です。またその様な状勢下では領地を所有するメリットは少なくなり、武力による領地抗争が無くなれば王制も生じません。

  しかし、残念な事にサムエルの時代に、この優れた神さまの世界平和戦略も全く理解しえない神の民=イスラエル民族は神の御言葉を放棄してしまったのです。その結果イスラエルの国は罪本位制の国家存続基盤を喪失し、弱体化し他国の侵略を受け、その対策に事もあろうに、他国の真似をして王を求めて行ったのです。

  まあ、聖書の教えなど金持ちになろうとする人間には「百害あって一利無し」の典型ですからまあこうなるのも当然であったのでしょう。

  今日は、聖書が教えている土地の売買禁止とその目的の簡単なご紹介でした。

初期の法則

初期の法則 レビ記24章14節 

 今日はレビ記の24書を原典で読みました。いくつか重要な箇所が在りましたが一番大切な事を今日はご紹介する事にします。早速何時もの様に直訳です。 

旧約聖書レビ記24章14節ヘブル語原典直訳 

14 ・ あなたは来させろ を その徹底的に軽蔑する 上 から外側 にその宿営 そして彼らはもたれる 全て その 聞いたらは を 手ら彼ら 上 頭彼 そして彼は石打ち刑する を彼 全て その会合 

旧約聖書レビ記24章14節70人訳ギリシャ語原典直訳 

14 ・ あなたは外に導き続けろ その 下に言(呪)ったを 外に その 宿営の、 そして 彼らは確かに上に置く 全てらは その 聞いたらは その 手らを  彼らの  上に その 頭 彼の、 そして 彼らは確かに意志投げにする 彼を 全てらは その 会衆。

旧約聖書レビ記24章14節ヘブル語原典意訳

14・あなたは神を呪った男を野営地から引きずり出して、その言葉を聞いたものがその男の頭に手を於いて罪を負わせ、出席者全員で手をくだしてその男に石を投げつけて処刑しろ。

  ものすごい事が記された聖書の箇所です。神様に逆らい神様を罵倒した男に対する処刑を神様が指示された箇所です。きっとこんな事を今日の教会にそのまま適用したら、聖職者と呼ばれる人々の過半数と信者たちも殆ど石打ちにされてしまうだろうと私は確信しています。

  だからといってその様な事が成されるべきだと私か言いたいのではありません。この箇所から聖書の大切な原則を皆様にご紹介したいのです。それは聖書を理解するために大変重要な「初期の法則」です。これは聖書を理解する時に知っておくと大変有用な原則なのです。

  たとえば、聖書に使われているヘブル語やギリシャ語の単語が聖書の一番最初に登場する場所の意味が、その後その単語が登場する場合の意味を規定していると言う事なのです。

  有名な聖四文字のテトラグラマトロン=ヤハウエと言う言葉ですが、聖書の最初に登場するのは出エジプト記当3章です。14節ではその意味が説明されていて「エヒエ アシエル エヒエー=私が存在している 所の 私が存在している。」と言う意味のヘブル語なのです。

注:聖書の中で最初にモーセによって記されたものは創世記では無く、出エジプト記です。何故なら出エジプトの後にモーセが出エジプトの以前のイスラエル民族の系譜である創世記を荒野の40年間の放浪の期間中にか記したのです。ですから最初に登場するヤハウエと言う聖四文字は出エジプト記の3章になります。 

 この初期の法則は、単語の意味だけではありません。神さまの掟に違反した場合の罰則も実は最初丈しか神さまの決定は記され無いのです。今日の箇所以降「神さまの御名を呪って処刑された人間」を聖書は記していないのです。勿論これ以後御名を呪った人間が起きなかった訳ではありません。神さまは御心=御名を呪うものを神さまは本気で殺すと言うことをこの箇所で表明されただけなのです。

  これ以後も、もし神さまが御名を呪った者を処刑しつづけられたら、おそらく現在の地上には人間は一人も存在しなくなった事でしょう。同じように安息日の禁令を犯した人間も最初に禁を犯した人間だけが処刑されているだけなのです。民数記15章32節)  

 と言う事で今日は神様は「最初に神さまの御心を明確にされる」と言う聖書を読む時の重要な原則の一つ「初期の法則」のご紹介でした。

ペンテコステ

ペンテコステ レビ記23章16節 

 今日はイスラエルの例祭について記された箇所を読みました早速何時も様に直訳です。

旧約聖書レビ記23章16節  ヘブル語原典直訳 

16 ・ 迄 から翌日の その 休み その 第七 あなた方は数える 50ら 火 そしてあなた方は近づかせる 献げ物  新しい にヤハウエ  

旧約聖書レビ記23章16節  70人訳ギリシャ語原典直訳 

16 ・ まで その 翌日 その 最後の 第七の あなた方は確かに数える 50を 日らの そして あなた方は確かに方に運ぶ 犠牲を 新しいを その 主に。

旧約聖書レビ記23章16節  ヘブル語原典翻訳

過越の祭りの翌日からから第七の安息日を数えなさい。その第50日目の日には新しい小麦で作った火祭(パンの供物)をヤハウエに献げなさい。

  この50日目と言う言葉が70人訳ギリシャ語ではペイテコンタと訳出されています。数詞は中性でコンタですが日は女性で主格になるとペンテコステとなります。そう、モーセがシナイ山で神様から十戒を頂いた記念日に当たります。 
  
  新約聖書ではキリストの復活後のこの律法授与記念日に使徒達が神様の霊を受けた事が記されていて、この日=ペンテコステは聖霊降臨日の事だと思われています。しかし、聖書の中ではやっぱりモーセの十戒授与記念日が正確な意味になります。 

 そしてこの両者には実は深いかかわりが存在しているのです。それは新約聖書のヨハネの福音書の16章8節に記されています。以下はその直訳です。

08 ・ そして 来ているは これは 彼が確かに咎める その 世を 関して 罪 そして 関して 義 そして 関して 判決。

  「これ」は神の霊=聖霊を指していますので、聖霊の働きの第一は「罪」に関して世=全ての人を咎めると言う事が聖霊=神の霊の第一の働きなのです。そうそれはモーセの十戒の第一の目的と完全に合致するのです。

と言う事で今日はペンテコステの意味のご紹介でした。

日没食事

日没食事 レビ記22章7節 

今日も祭司の福利厚生関連の記述の箇所を読みました。早速直訳です。

旧約聖書レビ記22章7節ヘブル語原典直訳  

07 ・ そして彼が来る(沈む) その太陽  そして 彼は清潔 そして 後 彼は食べる から その 聖ら として パン彼 彼

旧約聖書レビ記22章7節 70人訳ギリシャ語原典直訳  

07 ・ そして 彼が確かに沈む その 太陽、そして 清い 彼が確かに存在する そして その時 彼は自分の為に食べ続ける その 聖らの、 それは パン 彼が存在し続けている 彼の。

 今日の箇所は祭司の夕食に関して記された箇所です。前後の文脈から分かる事を先ずご紹介しましょう。

今日の箇所は「祭司で汚れた人は日没後に夕食を取れ。」と言う命令なのです。古めかしい因習で非科学的迷信だと言う風に誤解しないで下さい。

  古代の常識をまずご紹介したいのです。聖書のこの箇所が記された今から3400年前は勿論電気もガスもありません。当然日の出と共に起き、日没と共に眠るのが当時の常識です。とすると当時の家族団欒の食事の時間帯は当然日の出の後にパンを焼きそれから朝食で、日が西に傾くと当然夕食になり、黎明のある内に片づけを終えて翌日の朝食の下ごしらえをして日没後にはもう皆眠ってしまいます。

  当時の人々には長い長い12時間近い夜が連日あったのです。おそらく日没後の活動は照明用の灯火かたき火が頼りです。しかし、そんなに長時間起きている事は燃料の制約上困難でした。月明かりのない日が多いのですから当然、日没後は家族で子供たちにお話を聞かせながら眠りの床についていた事でしょ。

  もしこんな時代に日没後に食事をしろと言われたら、当然他の人とは一緒に食事をとる事は不可能です。特に祭司は様々な病気の人に関わる訳ですから結構汚れた人に関わる機会が多かったのは自明です。

  そして、その様な汚れた人に関わった日には家族、特に幼い子供たちや老人たちとは一緒に食事が取れないと一人だけ別に食事をする結果になったでしょう。

  聖書が記された地域は乾燥した地域ですから、伝染の危険が在る感染症の人に関わっても手や衣服を清浄に洗う事など不可能です。もしそんな手もろくに洗えない状態で幼い子供たちと一緒に食事をしたら、抵抗力の無い子供たちに、父親=祭司から恐ろしい感染症が伝染するリスクが大変大きいのです。しかし、もし日没後に食事をすれば、抵抗力の無い子供たちやお年寄りとは食事時間の折り合いがつかず、祭司=父親だけ一人で個別に食事することになり、結果として家族に危険な伝染性疾患の感染リスクが殆ど無くなるのです。

 本当にその様な衛生上の観点から大変優れた規定を聖書はここに記しているのです。

と言う事で今日は聖書の記録は聖書が記された当時としては大変実用的且つ合理的な教えであった事のご紹介でした。

祭司の忌引

祭司の忌引 レビ記21章1~3節

ヘブル語聖書 レビ記21章1~3節原典直訳 

01 ・ そして彼は言った ヤハウエ に モシエ あなたは徹底的に言え にその 祭司ら 息子の アロンら そしてあなたは言う に彼ら 
02 ・ として もし に内肉彼 その近い に彼 に母彼 そしてに父彼 そのに息子彼 そしてに娘彼 そしてに 兄弟彼 
03 ・そしてに 姉妹彼 その処女 その近い に彼 所は 無い 彼女が 存在する に男 に彼女 彼は汚させる

70人訳ギリシャ語聖書 レビ記21章1~3節原典直訳 

01 ・ そして 彼は言った 主は 方に モーセ 言っているは 彼は言った その 祭司に その 息子らの アロン そして あなたは確かに言う 方に 彼は 中で その 生活らに 無い 彼らが確かに汚される 中で その 異邦人 彼らの 
02 ・ 反対に それとも 中で その 家に その 最も近いらを 彼らの、上に 父 そして 母 そして 息子ら そして 娘ら、上に 兄弟 
03 ・ そして 上に 姉妹 処女に その 彼が近づいた(為) 彼に その 無い 彼が外に引き渡した(為)男に、上に これらに 彼は確かに汚される。

  今日は大祭司や祭司が神様の宮での仕事を休んで良い場合の唯一の規定です。それは2親等の親族で姻族は含みません。まあ自分の実の親と実子の葬儀に出るために(=古代は忌引と言わずに「身を汚す」と言う表現を

用ました。)

 その期間ですが当然一連の葬儀=埋葬が完了するまでと言う事です。と言う事はまあ2~3日と考えて良いでしょう。勿論普通は同居親族になりますが遠距離の移動が必要であればそれが加算されます。

  と言う事で聖書は祭司の服装から労働条件や報酬に加えて忌引まで随分と詳しくその労務を規定していることが分かるのです。今のどこかの国の大多数の企業よりもよほど労務厚生面で進んだ福祉規定が記されているのには驚きです。

  今日は、聖書の意外な側面のご紹介でした。

   

王に与える子種?

王に与える子種? レビ記20章4節 

聖書を読んでいて分からない箇所によく出会います。今日はその様な箇所のご紹介です。早速何時もの様に直訳です。

 旧約聖書レビ記20章4節 ヘブル語原典直訳 
04 ・ そしてもし 隠さした事 彼らが隠さした 民 その地 を 目ら彼ら から その男 その彼 中で与えること彼 から(子)種彼 にモレク(王) に無い 死 なした事 を彼 

旧約聖書レビ記20章4節 70人訳ギリシャ語原典直訳 

04 ・ もし も 彼が確かに上に見た 上に見ること 彼らが上に見た(為) その 産まれつきらは その 地の その 目らに 彼らの から その 人間の そのの 中で その 引き渡すこと 彼を その (子)種 彼の 支配者に(ヘブル語はモレク=王) その 無い 殺すこと 彼を、

旧約聖書レビ記20章4節 ヘブル語原典翻訳 

04・もしその地の民がその目から支配者に人間の子種を与える事を隠したなら....

神様が死刑にする事を定めた条件に登場するのが上記の言葉なのです。難しい言葉は登場しないのですが、「「王=支配者に子種を与える。」と言う意味が意味不明なのです。一般の翻訳ではこれをモレク(=ヘブル語の王)と言う偶像と翻訳しているのですが、再古代訳の70人訳はこの王を司=支配者と訳出しているのです。

  その翻訳が間違っている事は考えられませんからやはりヘブル語聖書の主張は王=支配者と取るべきなのが順当なのです。

  とすると王=支配者に子孫(=子種)を与えるとは一体何を意味しているのか意味不明となります。分かる事はこの後では、霊媒や口寄せの禁止が記されています。さらにその後ろには淫行の禁止が記されています。当然この箇所も淫行や霊媒などの降霊術と合体した不道徳を禁じていると思われるのです。

  まあ、カナン=今日のパレスチナの古来土着宗教の不道徳は顕著ですから、それらに関わる事の禁止であると言う事ぐらいしか分からないのです。 

  今日は具体的に何を禁じているのか意味の分からない聖書箇所のご紹介でした。

不当通報禁止

不当通報禁止 旧約聖書レビ記19章 11節

今日は大変重要な箇所を読みました。何処をとっても大変興味深く全体をご紹介出来れば幸いなのですが、残念ながらこのブロクでは5千字しか投稿できないので一つだけご紹介します。全体は以下を参考にして下さい。

ヘブル語原典直訳 http://bible.co.jp/bible/ot/lv/lv19.htm
70人訳ギリシャ語原典直訳 http://bible.co.jp/bible/lxx/lv/lv19.htm

特に大切な黄金律は18節ですがここは以下リンクを参考にして下さい。
黄金律→ 参考URL http://bible.co.jp/bible/nt/goyaku.htm
http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/5725705.html

、今日、ご紹介するのは11節です。以下ヘブル語原典直訳
旧約聖書レビ記19章 11節
11 ・ 無い あなたは盗む そして無い あなたが徹底的に騙す そして無い あなたが徹底的に欺く 男 中で仲間彼 
 
旧約聖書レビ記19章 11節 70人訳ギリシャ語原典直訳。

11 ・ 無い あなた方が確かに盗む。 無い あなた方が自分の為に確かに嘘を言う。無い 彼が確かに誤った非難を(無花果を口にする?=不当通報)する 各々が その 近いを。 

翻訳は止めておきます。聖書がこの節で言っているのは不当通報と言う事なのです。 私が翻訳のために作った造語ですが、端的に聖書の教えを明解に示しています。

聖書がここで禁じているのは「知人の事を誰かに不当に通報する。」事なのです。いわゆる陰口、悪口、丈ではなく、ありもしない事や出鱈目をさも事実らしく装って、人に喋る事の全般です。

よく、「誰かと親しく成りたかったら、共通の知人の悪口を言え。」と言われますが、そういった事の禁止です。そして、言い換えるならば悪い物を良いと伝える事も、この神様の教えに抵触します。食品産地の偽装や学歴詐称に加えて、不当表示全般もこれに該当します。企業が陥り易い粉飾決算に加えて、良い商品を生産する事ではなく、商品の外側=パッケージや会社のイメージアップの為に社屋を立派に見せる事。それらに加えて商品に保存料、着色料、ワックスなどを塗布して商品をよりよく偽装する事も神様の前には犯罪なのです。

そして、もしかしたら自分を美しく見せるために化粧する事もこの神様の禁令に抵触するでしょう。ろくでもない自分を人格者やエリートに見せるために高価な服に投資し、良い車に乗り、人に見せるために立派な家を建て、必要もないのに来客に見せびらかす為に高価な家具を揃える事や、高価な装身具にこだわるひとも、この命令に違反している神様の前の罪人と言う事になります。

 きっと大抵の方は何故自分や自分の会社等を実際以上によく見せる事が「何故不当通報で罪」なのか理解もしたくないし、納得も出来ないでしょう。簡単に説明しておきます。聖書が言っている大切な教え=今日のレビ記19章18節=隣人を自分と同じように愛せよ=黄金律と同等(→説明は上記リンクを)にあるように、人間には隣人を自分と同等に愛する事が課せられているのです。これが神様の人間を作られた目的であり人間存在の基本なのです。
 
  もし自分を立派に見せるなら、それは単に自分の利益の為に周囲を欺く事に繋がるのです。他者に不利益を押しつけ、自分が不当に利益をえると言う自分だけを愛して、自分と自分以外の間に差別を行う事になる神の前の重大犯罪であるからです。
  
  これを説明するために一例を上げれば、食品の産地偽装は消費者の不利益の上に事故の利益を得ていると言う事で神様の前にも、また現実の世界でも犯罪に相当するのです。すこし納得頂けたでしょうか?

と言う事で、こんな聖書の教えをまともに実行すると、この世界から追い出されてしまう事請け合いです。しかし、真実、聖書は不当通報に該当する全ての見せかけを禁じているのです。まあ、この様な基準で人間を見れば、全人類の全的堕落と言う聖書の主張は納得して頂けるのではないでしょうか。

今日は大切な、不当通報禁止の教えのご紹介でした。

近親相姦禁止令

近親相姦禁止令  レビ記18章9節 

今日読んだ箇所レビ記18章は凄まじい箇所でした。早速直訳です。

レビ記18章9節ヘブル語原典直訳 

09 ・ 裸(外陰部)の 姉妹あなたの 娘の 父あなたの又は 娘の 母あなたの 血縁の 家又は 血縁の 外側 無い あなたが徹底的に裸にする 裸(外陰部)彼女ら

レビ記18章9節 70人訳ギリシャ子語原典直訳 

09 ・ 非外形する(不作法ヘブル語は裸又は外陰部)を その 姉妹の あなたの 出て 父 あなたの それとも 出て 母 あなたの、内側に産まれたらを (ヘブル語は血縁) それとも 生まさせられているの 外、 無い 彼は確かに覆いを取る 非外形する(不作法ヘブル語は裸又は外陰部)を 彼女の。

レビ記18章9節ヘブル語原典翻訳

09・あなたはあなたの女兄弟、異母姉妹、異父姉妹、姻族、血族を問わず2親等の女性の陰部を露出させ(=性交し)てはならない。

  原典では大変露骨な表現で解釈不要で実に明解な記述なのです。聖書の性交に関しての記述は殆どの場合今日の箇所の様にズバリそのものの言葉で記しています。一切隠したり、ほのめかしたりする曖昧な表現は原典にはあまり見かけないのです。

 別の箇所では性交と言う言葉も「種蒔き」と書くほどてあっけらかんとして、何となく微笑ましい夫婦生活を明確に記しているほどです。

 まあ、どの国の言語に翻訳される時も原典はあまりに露骨なので、そのまま訳出する事には憚りが強く働き、曖昧に表現されるようです。

  しかし、表現の問題ではなく、やはり今日の聖書箇所で言われている事の重要性に着目する事が肝要です。近親間で成される性の暴力は当事者に深刻で立ち直り不可能なトラウマを残します。そしてこのような近親間性暴力は殆どの場合部外者に秘匿されより深層に問題を深刻化して居る様です。

  そして、聖書の中に禁じられていると言う事は、いずこの時代のいずこの国にも取り上げられ無ければならない現実だと言う事です。そしてそれは教会の外だけではありません。往々にしてクリスチャンホームやキリスト教会、また聖職者の間にも近親間性暴力が一見あり得ないかに見えていても実際に沢山存在している事を見てきました。そして、それらが隠されるが為に解決される事が無く、世代から世代へと継承されているのが実体です。

  本当に、聖書が禁じているこの近親相姦は今日にもホットな戒めである事は大変悲しい現実です。

今日は、聖書が執拗に禁じている近親相姦のご紹介でした。

半人半獣森神

半人半獣森神  レビ記17章7節 

今日は聖書が教えている土着信仰行事参加の禁止を命じた聖書箇所です。

早速、何時もの様に直訳です。

旧約聖書 レビ記17章7節 ヘブル語原典直訳 

07 ・ そして無い 彼らが屠殺する 繰り返す を 屠殺ら彼ら に 毛深いら(シャイーラ?半人半獣森神or山羊 ) 所は だけれども 私通するらは 後ろ彼ら 規定の 永遠 彼女か存在する これ に彼ら に世代ら彼ら 

旧約聖書 レビ記17章7節 70人訳ギリシャ語原典直訳 

07 ・ そして 無い 彼らが確かに屠殺する なお その 犠牲 彼らの その 虚しいらに の様な 彼らが 彼らが確かに外へ売春する 後に 彼らの。 法習慣を 永遠を 語る 貴方がた 中へ その 世代 あなた方の。

旧約聖書 レビ記17章7節 ヘブル語原典翻訳 

これ以上彼ら(イスラエル人)がシャイラー像に屠殺をしてはならない。若しやったなら永遠の神の規定に違反し、姦通したものと見なす。

 イスラエル民族がエジプトから出て後、シャイラ像に生贄を献げる事が繰り返されていた様です。これがどの様な神様であるのか定かではありませんが「半人半獣森神」という事でおそらく上半身は人間で下半身が鹿の様な獣の形をした偶像礼拝を禁止しているのが今日の箇所なのです。

  そしてその宮の儀式には屠殺した動物の鮮血を飲む事が常態化していた様です。 おそらくそれは精力剤としてそのあとの淫乱な宗教儀式に繋がったと思われます。

 それゆえに今日の聖書の箇所は、以前学んだペスト感染予防の血や獣脂の食用禁止とはかなり趣が異なります。と言う事で今日は不道徳な宗教儀式に加わる事を禁じた聖書箇所のご紹介でした。

大贖罪日(ヨムキプル)

大贖罪日(ヨムキプル) レビ記16章29節 

今日は聖書の中で最も重大な記述の一つである大贖罪日(ヨムキプル)の箇所を原典で読みました。早速直訳です。

レビ記16章29節 ヘブル語原典直訳 

29・ そして 彼女が存在する にあなた方 に規定の 永遠 中でその新月 その第7 中でその第10 にその新月 あなた方は徹底的に身を低くする を 生活らあなた方 そして全て 占領 無い あなた方が作る その出生 そしてその滞在 その滞在するは 中であなた方 

レビ記16章29節 70人訳ギリシャ語原典直訳 

29 ・ そして 彼が確かに存在する このこと あなた方に 法習慣 永遠 中で その 月 その 第七 10 その月 あなた方は低くしろ その 生活 あなた方の そして 全て 仕事を 無い あなた方が確かに造る、その 産まれつきの者は そして その 方に来たは その 方に置かれているは 中で あなた方。

レビ記16章29節 ヘブル語原典翻訳

生まれつきのイスラエル人は誰でもそして何処ででも、第七の月の十日はあなた方は身を悩ませ、どんな仕事もするな。

 これは、イスラエル国家にとって最も重要な大贖罪日(ヘブル語=ヨムキプル)に関する聖書の規定です。1973年10月6日(=ユダヤ歴=陰暦10月10日に相当)のヨムキプルの日にエジプト軍とシリヤ軍によって開始された第四次中東戦争=ヨムキプル戦争はまさに、此の聖書の規定を逆手に取って作戦が展開されました。

 聖書に従う事を大事にするイスラエル軍は殺されても仕事=反撃を加えなかったのです。その結果エジプトシリヤ連合軍はイスラエル軍に大打撃を加えて快進撃をなし遂げました。その後、10月10日(こちらは太陽暦)に反撃に出たイスラエル軍によってシリヤ軍はたちまち壊滅して首都ダマスカスが陥落寸前になり、エジプトはシナイ半島全域をイスラエルに奪還される結果と成り、さらにソ連の参戦が取り沙汰されアラブ諸国は石油危機を惹起して世界経済を震撼させました。

詳細はこちら http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E5%9B%9B%E6%AC%A1%E4%B8%AD%E6%9D%B1%E6%88%A6%E4%BA%89

 そして、この箇所は実は私が神学校在学中に始めて読んだ70人訳ギリシャ語の箇所なのです。祭司論と言う科目の最終試験で、いきなりこの箇所の70人訳のギリシャ語が手渡され2時間かけて必死で全節(1節から34節迄)をかろうじて解読した聖書の箇所でした。

 あれから30年近くも聖書を原典で読み続けていますが、必死になってギリシャ語に取り組んだのはあの時が最初で最後でした。今ならより短い時間でより正確に読めますがあの時は自分の能力の限界を感じた瞬間で本当に懐かしい思い出です。

と言う事で、今日は感慨深い聖書箇所のご紹介でした。 

性感染症予防

性感染症予防 レビ記15章2節 

今日は今から3400年前の性感染症予防の記録を記した箇所です。早速直訳です。

レビ記15章2節 ヘブル語原典直訳 

02 ・ あなた方は徹底的に言葉しろ に 息子の イスラエル そしてあなた方は言う に彼ら 男 男 として 彼が存在する ほとばしる事 から 肉彼 ほとばしる 汚れる 彼 

レビ記15章2節 ヘブル語原典直訳 

02 ・ あなたは喋れ その 息子の イスラエル そして あなたは確かに言う 彼らに 男に 男に、する所に もし 彼が起きた(為) 流出 出て その 体 彼の、その 流出 彼の 汚れ 彼が存在し続けている。

レビ記15章2節 ヘブル語原典意訳

02・イスラエルの人々によくよく言って聞かせなさい。男で体のどこかから(膿や血が)流れ出る者は自分が汚れている事を自覚しなさい。

 聖書のこの箇所は感染症の伝染を防ぐ為に記されました。そして、これらの病名は今日のどんな病名に当たるのかは定かではありません。しかし、その様な患部のある人が夫婦生活や異性関係をもったならどの様な感染症であっても伝染する危険が非常に大きい事は自明です。

 その為男であっても女であってもその様な性行為を自粛する様に教えているのが今日の箇所なのです。

 今日の箇所にはどうも性病と思われる人に対する規定や、女性の生理不順等も含まれて一緒に性行為の自粛が要請されています。今日の衛生観念と比べ合わしても何ら遜色ない、大変実用的な性行為感染症の具体的予防方法です。何故ならどんな感染症でも患部やその漏出物との接触を避ければ感染のリスクは減少するからです。そして、不道徳による家庭や子孫への恐ろしい感染症の進入を未然に防ぎ家族や子孫が健康であり続ける為に、不品行や不道徳な性関係とかかわりを避ける様に聖書は教えているのです。

 と言う事で今日は大変古いけれども現代の人々と同じように性行為感染症の蔓延を防止するために明文化した規定が聖書の中に存在していると言う驚くべき記録の簡単なご紹介でした。興味のある方はぜひ旧約聖書のレビ記の15章をお読みください。 

退化論

退化論 レビ記14章21節、22節

今日は昨日の「打撃」病からいやされた人が献げる生贄のお話です。早速気になる箇所をご紹介しましょう。

旧約聖書レビ記14章21節、22節ヘブル語原典直訳

21 ・そして もし 貧しい 彼 そして 無い 手彼 届かした そして彼は取る 小羊 一 違反祭 に 揺祭 に徹底的に覆う事 上彼 そして 1/10 小麦粉 一 混ぜられた 中で 油 に 献物 そして

 ログ(1/2L)の 油 
22 ・そして 2らの 山鳩 又は 2らの 息子の 鳩 所は 彼女が届かした 手彼  そして彼が存在する 一 その罪祭  そして そしてその一 全焼犠牲 

旧約聖書レビ記14章21節、22節70人訳ギリシャゴ原典直訳

21 ・ もし も 彼が自分のために貧乏している そして その て 彼の 無い 彼が見つけた(為)、 彼は確かに取る 小羊を 一 中へ する所は 彼が調子を外した(ヘブル語違反祭) 中へ 上に取った その結果  外に宥められたる事 関して 彼 そして 十分の一 小麦粉 練粉されているの 中で オリーブ油 中へ 犠牲 そして カップ(ヘブル語はログ=1/2 ℓ) オリーブ油 一  
22 ・ そして 2 山鳩らを それとも か 2 若い 家鳩らの、全体を 彼が見つけた その 手 彼の、 そして 彼が確かに存在する その 一 関して 罪 そして その 一 中へ 全焼犠牲。 
旧約聖書レビ記14章21節、22節ヘブル語原典翻訳

21・もしその人が貧しいなら、無理が無ければ小羊を違反祭として小麦を2㎏とオリーブ油500㎖を献げる。22・もし、無理なら山鳩2羽かあるいは小鳩2羽でも良いから罪の為の生贄として焼き尽くす生贄にしなさい。

考えさせられます。昔のイスラエルと言う国は罪本位性と言って良いかと思います。即ち国家の財政収入は唯一、聖書の規定に反した罪の贖いの為に神の宮で献げられる生贄でした。お金持ちは雄牛や羊に加えて山羊にそれぞれ相応しい量の小麦粉やオリーブ油を添えて祭司に献げていました。これによって祭司=当時の司法、行政、律法府=の必要経費として公平に分配して国家の上に立つ人々の生活経費=人件費として支出されていたのです。

まあ、今日の公共料金+税金と言う事です。そしてそれらは聖書に記された規定に違反した時に生贄として神殿でささげられ、それが祭司(上級官僚)やレビ人(下級官僚)に配分されました。それがあって初めて古代のイスラエル国家は成り立っていたのです。

そして、この病気が直った人の献げ物は、いわば国民健康保険税の様な物でした。当時は貨幣経済がありませんでしたので物品が貨幣と同等の交換可能な有形資産であったからです。

この、公共料金でもあり、また同時に税金でもあった生贄が、献げる人の経済事情によって牛、羊か山羊、鳩、子鳩と選択可能でした。また貧富に関わらず公共サービスの質には変化が無かったことがここに記されているのです。

いまから3400年前の聖書の規定と今日の近代国家の財政問題や税のあり方と公共料金の一律値上げの凄まじさを目の当たりにする時に、人類は退化したという退化論者が正しい歴史観を持っているのではと思わされます。

今日は、聖書に記された古代イスラエル国家の公共料金のシステムのご紹介でした。

天打症

天打症  レビ記13章59節 

今日は一般の邦訳ではライあるいはハンセンシ病などと訳出されている箇所をよみました。早速何時もの様に直訳です。 

旧約聖書 レビ記13章56節 ヘブル語原典直訳 

59 ・ これは うつ 打たれた 中で長服 その羊毛 又は 亜麻 または全て 備品の 皮 に徹底的に清潔する事 又は に徹底的に汚す事彼

旧約聖書 レビ記13章56節 ヘブル語原典直訳
 
59 ・ これは その 法律 発火の 全ては 皮むき病 衣服の 羊毛の それもと ステイププイノー(原意不明丈夫な綿? ヘブル語は亜麻)  それとも 縦糸 それとも 横糸 それとも 全て 備品らを  皮の 中へ 清くするらは 彼らを  それとも 汚す事  彼らを。 

 旧約聖書 レビ記13章56節 ヘブル語原典翻訳

ウールや麻の長服や家具に打たれた症状について清潔かあるいは不潔かについてです。

 なんか変ですね! レビ記の13章に登場するのはヘブル語では「打撃」と言う言葉でこれを70人訳ギリシャ語訳はレプラとして、これを英訳や邦訳が癩病とした所から何か変になった様です。

  聖書の原文が言っているこの「打撃」は人間だけではなく、石造りで土壁の建物や衣類や備品にまで感染を広める「打撃」でそれが一体今日のどの病気に当てはまるのかは全く未解明なのです。

  ここに使われている打たれたと言う意味のヘブル語はヘブル語のツアラーとナガーで後者の同じ言葉がヨブ記の2章5節などで用いられています。それゆえに、おそらくヨブと言う人が罹患した中東の風土病の像皮病ではないかと思われます。症状は様々ですが酷くなると人間の皮膚が堅くなり、あかぎれの様になり剥がれ落ちる痛ましい病気の様です。そしてこの病気は土中の菌類によって引き起こされるため時として土や漆喰で塗られた家や木や衣類や材木に加えて素焼きの備品などにも菌糸が生息する様です。 

  まあ、今日では菌の特定もまた病名の解明も出来ていないために特定の病名に翻訳するの無理かと思います。何しろ新約聖書でも2千年、旧約聖書のこの部分では3400年も大昔の病の事なのですから。

 聖書には分からない、解明されていな箇所が沢山在り、今日はその一つのご紹介でした。

産休

産休 レビ記12章5節 

今日もレビ記を読みました。今日ご紹介するのは古代の主婦の産休です。

レビ記12章5節 ヘブル語原典直訳 

05 ・ そして もし 雌 彼女が産んだ そして 彼女は汚れる 7日間ら(双数) として 身を引く彼女 そして 60ら 日 そして6 日ら 彼女は留まる 上 血らの 清潔

レビ記12章5節 70人訳ギリシャ語原典直訳 

05 ・ もし も 女を 彼が子を産んだ(為)、そして 汚れが 彼が確かに存在する 二度 7 日ら 下に その 離名誉座(or忌避)を。そして 60を 日らを 6 彼は確かに下に食する(ヘブル語は彼女は座る) 中で 血 汚れ 彼女の。

  まあ、様々に解釈される聖書の記述ですが、分かる事は女性が子供を出産した場合、その子が男子でも女子でも2週間は「こもる=寝て過ごす」と言う事であり「66日間は全ての仕事から開放される」と言う事です。

 それを、「宗教的な汚れ」と言う形で表現していますが、女性にとってみれば安心して全ての営みから開放されて自分の体力の回復と、さらに産まれたばかりの赤ちゃんのそばにいて育児に専念できる訳ですから大変結構な仕組みです。

  今日の女性の出産を取ります様々な制度と比べて、より具体的でしかも、主婦が2ヶ月以上も全ての雑務から開放されるのはたすかるかと思います。

  しかも、以前見た様に座分娩(  http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/13832964.html )で母体の消耗も少なかったのですから至れり尽くせりです。国家が強くなる戦略の基本が何処に在るのかを教えられる思いです。イスラエル民族が多産で頭脳明晰な民族である事の一因がこんな所にもあるかと思います。

少子高齢化に加えて教育レベルの低下に歯止めのかからない(教育問題は以下を参照 http://bible.ne.jp/ikuji/ )で財政難にあえぐ非文化的頽廃国家には望みえない優れた国家戦略かと思います。

きょうは上手な国家の安全保障は子を産む女性の産後のケアから始まっていると言う聖書の教えのご紹介でした。

最も優れた教え

最も優れた教え レビ記11章3節  

今日は聖書の中でも最も優れた教えの記された箇所を読みました。早速中心的な箇所をご紹介します。

レビ記11章3節 ヘブル語原典直訳   

03 ・ 全て 分かれている その蹄 そして分ける 分かれたの 蹄ら 登らしたの 反芻 を 彼女 あなた方が食べる

レビ記11章3節 70人訳ギリシャ語原典直訳   

03 ・全てを 家畜は 裂けたらを  蹄(オプレーン) そして 蹄(オニクス)の  彼が蹄(オニクス)した 2 蹄(ケーローン) そして 彼が上に導く 引き出すを(又は釣瓶井戸、ヘブル語は反芻) 中で その 家畜ら、これらを あなた方は確かに食べる。

 今日ご紹介する箇所は翻訳の必要は無いかと思います。 簡単な事が書かれています。

★偶蹄目の反芻する動物は食べて良い。

と言う事です。哺乳類ではそれ以外の動物は食べてはならないと言う事なのです。なんと非文明史的な迷信だ! と思わないで下さい。前後関係を見てみるとさらに面白い事が分かります。魚では鱗と鰭のあるものは食べて良い。鳥類もまた昆虫類にも同様の禁止項目が羅列されています。 

 今日のレビ記11章の言っている事で分かる事は以下の事なのです。

★動物でも、魚でも、鳥でも、昆虫でも★草食は食べて良いが★雑食や★肉食は全て食べてはならない。

と言う事なのです。勿論その根拠は此の地方の風土病である恐ろしい「ペスト=黒死病の感染リスク」が問題なのです。  (参考URL http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/16810970.html )

  その意味で今日の聖書箇所は現代でも寸分変わることなく、土壌がペスト菌で汚染されているパレスチナでは大変有用で大切な規定で本当に優れた教えなのです。しかも、レビ記の11章はこれからペスト汚染地域であるパレスチナにイスラエル民族が足を踏み入れる直前に記されているのです。

  そして、興味ある事に新約聖書の使徒の働き11章でこれらの汚れた動物の飲食の禁止が解除されています。イエスキリストの弟子ペテロによってパレスチナ西端の港町ヨッパで示された幻です。そう使徒ペテロはこの直後同じ地中海の面した巨大な港都市カイザリヤに向かい、やがてキリスト教はペスト汚染地域を離れて新世界=地中海世界に進出する瞬間であったのです。 

  そう、そこから先はもうペストに感染するリスクは無かったのです。と言う事で今日は大変意義深いペスト汚染地域では、感染リスクの高い雑食性の動物や魚介類や鳥類を食料にする事を禁じた、大変重要な教えのご紹介でした。

飲酒祭司

飲酒祭司 レビ記10章9節 

旧約聖書 レビ記10章 9節ヘブル語原典直訳 
09 ・ 葡萄酒 そして 酔わせる 無い あなた方が飲む を貴方 そして 息子ら貴方 を貴方 中で来る事あなた方 に 天幕の 会合 そして無い あなた方が死ぬ 規定の 永遠 に世代らあなた方 

旧約聖書 レビ記10章 9節70人訳ギリシャ語直訳 

09 ・ 葡萄酒 そして 発酵蒸留酒 無い あなた方は飲み続けるな、 あなたは そして その 息子らは あなたの 共に あなた、 の時に ともかく あなた方が確かに中に来る 中へ その 天幕 その 目撃証言、 それとも 方に来ているらの あなた方の 方に その 祭壇、 そして 無い 決して あなた方が離れ死に続ける(為) (法習慣 永遠 中へ その 世代 あなた方の)

ヘブル語の方を現代語訳にします。

旧約聖書 レビ記10章 9節ヘブル語原典現代語訳 

祭司ともあろう物がワインやブランデーに酔いつぶれて神殿で奉仕する事の無い様に。もし従わないなら私は大祭司であってもその息子でも容赦しないで殺す。

 まさか、神様の祭司やそのご子息に限ってそんな事はあり得ないと思う様な聖書の記録です。しかし、現実は違いました。昨日、大祭司が罪を犯す事が当然の前提として記されていると申しました。今日はその現実のご紹介です。

 もしお手許に邦訳聖書をお持ちでしたらレビ記の10章の1節と2節をご覧ください。(ない方は直訳で恐縮ですがこちらをクリックして冒頭をご覧ください。以下リンク参照)

ヘブル語原典直訳→http://bible.co.jp/bible/ot/lv/lv10.htm

70人訳ギリシャ語原典直訳→http://bible.co.jp/bible/lxx/lv/lv10.htm 

昨日にご紹介した大祭司とその子供たちの祭司への任職が終わり、最初の奉仕の勤務が今お読み頂いたレビキの10章の1節と2節ナノです。大祭司の長男と次男が祭壇で生贄をささげていると突然神様の祭壇から炎が吹きあがり大祭司の二人の息子の祭司を同時に焼き殺してしまったのです。

なぜこのような恐ろしい災いが祭司に降りかかったのか、その回答が記されているのが今日ご紹介する聖書箇所なのです。そう揃いも揃って酔っぱらって神様の務めをこなしていたのです。

不埒な祭司の二人の息子は当然の裁きをその身にうけて一瞬にして焼死してしまったのです。何故この二人の祭司がこんな体たらくを神の会衆の面前で真っ昼間に演じたのか分かりません。おそらく祭壇が完成し祭司にされたのは出エジプトを経て一年後以降の事でした。とすると時は5月ごろとなります。この季節のシナイ半島は強烈な日差しの炎天下、その中での火の取り扱いは実に危険できつく嫌な仕事であったのでしょう。だから彼らは暑気飛ばしにと一杯酒を浴びてそして神様の奉仕に臨んだのではないでしょうか。

何と不心得なとは思いますが、まあその心境も察するべきかと思います。 そしてこれは遠い昔のお話丈ではありません。私が牧師となって同業者の牧師や神父さんと言われる聖職者の友人たちの中のある人たちの事が目に浮かびます。以前、私が牧師をしていたある町の教会の道路向かいの大きな由緒あるお御堂でミサをささげられていた神父さんの事を思い出します。ミサの直後赤い顔をしながら我が牧師館を尋ねて下さり、「おい森脇さん一杯飲まないか!」とのたまわれたのです。聞けば尚5分程歩いたところに在る○公○の教会の牧師さんの所で飲み会をすると言うのです。丁重にお断りしましたが後日にその○公○教会の牧師さんは「酒でも浴びなきゃ馬鹿らしくって説教なんかできるか」とのたまわれたのが忘れられません。
今日は記されてから3500年立った、今日にも教会にとって大変重要な意味を持っている聖書の箇所のご紹介でした。

祭司の罪

祭司の罪 レビ記9章8節

今日は祭司の任職が終わった所でした。早速気になる箇所をご紹介します。

旧約聖書ヘブル語原典 レビ記9章8節直訳 

08 ・ そして彼が近づかせた アロン に その祭壇 そして彼は屠殺した を 子牛の その罪祭 所はに彼

旧約聖書70人訳ギリシャ語原典 レビ記9章8節直訳 

08 ・ そして 彼は方に来た アロン 方に その 祭壇 そして 彼は屠殺した その子牛を その 関して その 罪。

 翻訳は不要でしょう。祭司の任職には自分の罪が赦されるために子牛を犠牲にする必要がある事を教えているのです。 そして、このことは新約聖書のヘブル書7章27節に引用されています。

新約聖書 ヘブル書7章27節原典直訳 

27 ・これは 無い 彼が持ち続けている 下に 日々ら 強制を、の様に その 大祭司らは(を)、より前の方の 越えて その 自分の 罪らの 生贄の(らを) 方に運ぶ事、その後 そのら その 民の。この事は そして 彼が作った 一度限り 自分自身を 方に運んだは。

これは旧約の大祭司と新約のキリストの贖罪の対比を記した箇所です。人間から選ばれた大祭司は人間であるためにまず自分の罪の為の生贄が必要だが、神の子=息子=相続権者として神として選ばれたキリストには罪がなくその必要が無いと言う事を記した箇所です。 

  これは、大切な事を教えていると思います。それは人間がやはり全て罪人で大祭司も罪を犯すのは当然だと言う事なのです。勿論、生ける全ての人間、具体的にいうと、国家も学会も組織も宗教家も信者も未信者もまた死刑囚も大統領も、教皇様も、牧師も神父もシスターも罪を犯すのは当然で全て罪人なのです。

今日は聖書が教える全ての人の罪という極当たり前の事が明記されている聖書の基本原則のご紹介でした。

最初の教会

最初の教会 レビ記8章3節

今日はモーセが兄のアロンとその子供達を祭司に任命した箇所です。早速気になる箇所を御紹介します。

レビ記8章3節 ヘブル語原典直訳 

03 ・そしてを 全て その会合 あなたは集会させろ 上 入り口 天幕の 会合 

レビ記8章3節 70人訳ギリシャ語原典直訳 

03 ・ そして 全てらを その 会衆を あなたは外へ呼べ 上に その 戸 その 天幕の その 目撃証言の。

レビ記8章3節 ヘブル語原典翻訳 

・あなたはイスラエルの全会衆を会合の天幕の入り口に招集しろ。

レビ記8章3節 70人訳ギリシャ語原典翻訳

・そしてあなたは神の証言の天幕の戸口に全会衆を外に呼び出せ(ギリシャ語エクレシア=キリスト教会)

 キリスト教関係の牧師達の中では、「旧約聖書の教会」の是非がかなりホットな話題です。どの教派がどうであるかは論外ですが、その議論に対して聖書が何と言う回答を出しているかが明白なのが今日のこの聖書箇所ナノです。 今日のこの箇所に初めて「教会する事」=エクレシアと言う言葉が登場するのです。

 これ以外にも70人訳聖書には名詞が96回 動詞(不定法)7回 名詞で7回の合計110回登場してきます。新約聖書には115回登場していますので聖書には合計225回登場し新旧両訳聖書における重要性はほぼ同格と言う事が言えるかと思います。 勿論ヘブル語原典では「カハール=集会」と言う単語でこれが70人訳ギリシャ語聖書でエクレーシア=教会となっている次第です。

  はっきりと分かる事は旧約聖書も新約聖書も神様の会合を教会=エルレシアと表現していることに代わりはありません。勿論、旧約聖書に教会は無かったと主張している人々は自ら70人訳ギリシャ語が読めないと言う事を表明していると言う事になります。

 ということで今日は旧約聖書にも神様の教会がある事をご紹介しました。

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