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陥没骨折死

陥没骨折死 

今日はダビデとゴリアテの一騎討ちの箇所でした。早速直訳です。

旧約聖書 ヘブル語原典 第Ⅰサムエル記 17章49節 直訳 

49 ・ そして彼は送った ダビデ を 手彼 に その備品 そして彼は取った からそこ 石 そして彼は徹底的に投石した そして彼は撃ち殺さした を そのペリシテ に 額彼 そして彼女は沈んだ その石 中で額彼 そして彼が落ちた 上 顔ら彼 地へ

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 第Ⅰサムエル記 17章49節 直訳
 
49 ・ そして 彼は外に伸ばした ダビデ その 手を 彼の 中へ その 容器 そして 彼は取った そこから 石を 一 そして 彼は投石した そして 彼は打った その 他部族を 上に 額 彼の、 そして 彼が通し沈んだ その 石 通して その 周囲頭(兜) 中へ その 額 彼の、 そして 彼は上に落ちた 上に 顔 彼の 上に その 地。

  ダビデがゴリヤテに放った石は額にめり込みそして沈んだと言うのです。おそらく石の重さは500g程度で一m程の投石器を振り回して放たれた石は野球のピッチャーの投げたよりも遥に早い速度で飛んで行った事でしょう。そして、最も弱い眉間に命中したのですからゴリアテが即死したのも無理はありません。おそらくゴリアテのかぶっていた青銅の兜の開口部は唯一目の部分であった事でしょう。しかもきっと大きな顔の男でありその上鎧や槍の重装備ですから動作が鈍く格好の的になったに違いありません。ですからさほどコントロールが良くなくとも勝負は初めから着いていた様なものなのです。 

 しかも、顔が大きければ額はそれだけ平らな部分が多く、額の全面の眉間の部分には前頭洞という空洞がありその部分は骨が薄くなっているのです。明らかにダビデの作戦勝ちと言う事です。

  今日はダビデとゴリヤテの一騎討ちで見かけとは裏腹にダビデに勝算があったと言う事のご紹介でした。

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戦慄の膏塗

戦慄の膏塗 

今日は預言者サムエルがダビデに膏をなすり付けた箇所でした。早速直訳です。

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記第Ⅱ 16章13節 直訳 

13 ・ そして彼は取った サムエル を 角の その油 そして彼はなすりつけた を彼 中で内蔵の 兄弟ら彼 そして彼女が急いだ 霊の ヤハウエ 上 ダビィド(愛されている) からその日 その彼 そして上部 そして彼が立った サムエル そして彼が歩いた そのラマトへ 

旧約聖書 ギリシャ語原典 サムエル記第Ⅱ 16章13節 直訳 

13 ・ そして 彼は取った サムエル その 角 その オリーブ油の そして 彼は宛て擦り付けた 彼を 中で 真中 その 兄弟らの 彼の、そして 彼が上に飛び上がった 霊 主の 上に ダビテ から その 日 しの そして 上方に。 そして 彼は上に立った サムエル そして 彼は離れ来た 中へ アルマタイム。

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記第Ⅱ 16章13節 意訳 

13・サムエルは軟膏の詰まった羊の角から膏(あぶら)を手で掘り出し、兄弟達の真ん中に立っているダビデに擦り付けた。その日のその時から神の霊はダビデの上に迫った。サムエルは立って自宅のラマに帰った。

 この日以来兄弟たちは恐怖の日を過ごす事になります。サムエルがベツレヘムに出向く事さえ命懸けでした。(2節参照)そしてかねがね「神様がサウル王を廃止して新しい王を探している。」噂を聞いていたベツレヘムの指導者達もサムエルの来訪を疑心暗鬼で望んだほどでした。(4節参照)

  まして、分別の有るエッサイやその子=ダビデの兄たち7名と姉妹たち(おそらく5~6名)もサムエルに膏を注がれたら、サウル王が一族皆殺しに軍隊を送って来る事は重々承知の上でした。

 そして、末の弟ダビデにサムエルは膏を塗り付けて神様の任職は完了してしまったのです。 そして、これ以降ダビデの一族郎党はサウル王によって凄まじく憎悪され、ダビデ同様、家にも畑にも戻れず、羊の群れも見捨て、サウルが死ぬまでのほぼ10年間の国家を上げての熾烈な迫害を経験されられるのです。

  と言う事で、今日はその端緒となるダビデに対するサムエルの膏(あぶら)の擦り付けの状況を克明に記した聖書箇所のご紹介でした。余分ですがこのアブラを塗った後はおそらく頭はこってりポマードを擦り付けた様なありさまで、お世辞にも、カッコイイとは言えない見苦しい姿にダビデが成ったであろう事は自明です。

罪に時効無し

罪に時効無し(400年前の報復) 

 今日も随分と考えさせられる聖書箇所でした。早速直訳です。

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記15章2節3節 直訳 

02 ・ こう 彼が言った ヤハウエ 戦争 私が巡視した を 所の 彼が作った アマレク にイスラエル 所は 彼が置いた に彼 中でその道 中で上る事の彼 からエジプト
03 ・ 今 あなたは歩け そしてあなたは撃ち殺せ を アマレク そしてあなた方は根絶(破門)させるを 全て 所の に彼 そして無い あなたが倹約する 上彼 そしてあなたは死なす から男 まで 女 から幼子 そしてまで乳飲み子 から去勢牛 そして迄群れ(山羊) から 駱駝 そしてまで驢馬

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 サムエル記15章2節3節 直訳 

02 ・ こう 彼が言った 主は 万軍の 今 私は確かに義する する所は 彼が作った アマレク そのイスラエルに 、様に 彼が離れ合った 彼に 中で その 道 上に来るは 彼の 出て エジプト。
03 ・ そして 今あなたは行け そして あなたは確かに打つ その アマレクを そして イエリム そして全て その 彼 そして 無い あなたが確かに周囲作る 出て 彼 そして あなたは確かに外に滅ぼす 彼を そして あなたは確かに上に置く(呪う) 彼を そして 全て その 彼の そして 無い あなたが確かに惜しむ から 彼 そして あなたは確かに離れ殺す から 男 そして 迄 女 そ から 喋れない(=嬰児) まで 乳を飲ませる(=乳児) そして から 子牛 間で 羊 そして から 駱駝
まで 驢馬。

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記15章2節3節 意訳

02・ヤハウエはこう言われる。私は昔イスラエルがエジプトからでてきた時、アマレク人達がした事の決着をつける。
03・あなたは進軍し、アマレク人を男も女も子供も乳飲み子も皆殺しにしろ。特に彼らの財産は神の報復がいかに熾烈であるかを全世界に知らせる為に、絶対に惜しんだり戦利品にしてはならない。

  ★まあ、いわゆる一般のキリスト教イメージとはほど遠い聖書の原文の記録です。こんな箇所から教会で説教したらきっと9割の信者は行き場を失って路頭に迷う事かと思います。

  さて、ここから分かる事は大変重要な事ばかりです。先ず第一に「罪に時効は無い」という聖書の基本原則です。先祖の罪で400年後に一民族が滅ぼされると言う点も重要です。罪は個人だけに関するものではなく「集団の罪」もあると言う事なのです。

  さらに、重要な事も随分と教えられています。サウル王がその報復を任されるのですが、初めから神様は彼がこの命令を完全履行しない事を予定しておられました。戦争に参加したイスラエルの民は当然の事として勝ち戦の戦利品を期待していました。それを厳禁されていたサウル王は26節に記されているように、「王から罷免」されたのです。 そして、これ以後は王権の座に着いていますが、神様は他の人=ダビデを早々と次期王に任命してしまうのです。 36節には神様が 「そしてヤハウエ 彼が悔やまされた として 彼が王さした を サウル 上 イスラエル 」と「神様が悔やむ」という事が言われているのです。

  まあ、今日の箇所も他の聖書の箇所と同様で、一体聖書は何を教えているのかと言う事について色々と考えさせられる事ばかりです。そして、聖書が処々で教えている一般のキリスト教のイメージとは全く正反対の聖書の教えはあまり聖書の教えに感心のない方やごく普通の信者さんや聖職者などと言われる人々には特にお話ししたりしない方が賢明だと言う事です。

祝一周年

祝一周年 

思いつきで始めたブロク「原典聖書研究」今日で満一周年です。今日の箇所は昔(30年前)に読んだウエルネルケラーの「歴史としての聖書」の235~6ページに詳しく記されている箇所でした。早速直訳です。

旧約聖書 サムエル記14章4節5節 ヘブル語原典直訳 

04 ・ そして 間 その 渡るら 所は 彼が徹底的に探した ヨナタン に越える事の 上 自立場の ペリシテら 歯の その険しい岩山(崖) からその越えて から此処 そして 歯の その険しい岩山(崖) からその越えて から此処 そして歯の その一 ボツエツ(断ち切る) そして歯の  その一 セネ(茨)
05 ・ その 歯 その一 融けた支え(マツーク) から北 正面(割礼) ミクマシ(貯蔵) そしてその一 から 南 正面(割礼) ガバー(丘or増大) 

 今日は70人訳は省略しておきます。

要するに、第一次世界大戦でイスラエルに遣わされたクリスチャンの兵士がミクマシと言う地名を聞いて、聖書を開き、ヨナタンが登ったと言う絶壁の小道を探し、まさかと思った崖の小道を見つけ出しその路を登り切ると敵陣にいきなり突入出来奇襲に大成功したと言う記録です。

  おそらく、それと同様に絶壁に隔絶された高地に陣取って安心しきっていたペリシテ軍によもやと思った意表を突いた少数のイスラエル軍のヨナタンの出現に狼狽し先陣が崖の反対側に逃げようとして同士討ちを起こした事がイスラエル軍の大勝利をもたらしたと言う事の様です。

  と言う事で今日はミクマシの戦いの勝因を記した、書物の解説のご紹介でした。

サムエルの苛め

サムエルの苛め サムエル記第Ⅰ 13章10節 

 今日はなんとも言えない、サムエルとサウルの行き違いの箇所です。早速直訳です。

旧約聖書 ヘブル語原典サムエル記第Ⅰ 13章10節 直訳 

10・そして彼が存在した として 徹底的に使い尽くす事の彼 にその上らせる事の その全焼犠牲 そして見よ サムエル 来た そして彼が出て来た サウル に呼ぶ事の彼 に徹底的に祝福する事彼

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典サムエル記第Ⅰ 13章10節 直訳 

10・そして 彼が起きた 様に 彼が共に終わった 上に運ぶは その 全焼犠牲を、そして サムエルは 彼が到着し続けている。そして 彼が外に来た サウル 中へ 離れ合う 彼に 祝福した事 彼を。

  今日も翻訳は不要でしょう。以前ご紹介した「ギルガルで7日待て」というサムエルを命令を王になったばかりのサウルがサムエルの到着を待ちきれずに、祭司が捧げるべき生贄をサウル王が献げてしまいったと言う箇所です。 

  その結果、サムエルはサウルの王権が一代で終わる事を通告するのです。(13節)一見するといかにもサウルが越権行為をした様ですが、サウル王の立場に立ってみるとそんな単純な物ではありません。

  何しろ、自分が王になって最初の本格的戦争です。相手はペリシテの正規軍、戦車が3万両、騎兵が6千、それらに加えて歩兵が数十万と言う大軍です。これに立ち向かわされたサウル軍にはまさしく屯田兵で剣も鉄器も無く、鋤やくわを手にしたにわか仕立ての3千名と言うありさまです。

  勿論イスラエルには、もっと多くの人々が居ました。しかし、彼らは目の前の質量共に圧倒的なペリシテ軍の軍勢をみて逃げ隠れして、誰も若い30才そこそこの新米王サウルに加勢するものはいなかったのです。それは誰でも自分の命は惜しいものだからです。

  そして、その僅かの手勢もサウル王がサムエルの到着を待っている間に震えだし浮足立ち、いま将に遁走しようと言う現実に直面していたのです。

  夕刻まで待ちに待ったサウル王も「もはやサムエルも恐れをなして逃亡した」と判断したのです。 そしてサウルは、決死の覚悟でサムエルの代理となり、イスラエルの戦勝を神様に祈願すべく、全焼の犠牲を自ら献げたのです。

  そして、その献げ終わるのを見計らった様にサムエルが到着します。そしてお詫びの言葉も、ねぎらいの言葉も無くいきなり「サウルを断罪し、王権の一代限りを通告」したのです。サウル王の身になってみれば本当に酷い話です。 

 これが老預言者であり祭司でも有るサムエルによる「新米王サウル苛め」あるいは「いびり」といわざるを得ない現実があったのです。

  しかし、結局明日見る様に、この戦争はサウル王の息子ヨナタンの大活躍によってイスラエル軍は劇的な大勝利を圧倒的な装備を誇るペリシテ軍から勝ち取るのです。

  そして、このサムエル(祭司権)とサウル(王権)の確執は執拗に拡大し、やがてサムエルはサウル王を廃位させ、神様の命令によりダビデ王朝が樹立されるべく、事が進捗するのです。そして、この事件で、サウル王はサムエルと神様がサウル王家を断絶させる事を予感し、ダビデの大活躍を嫉妬し、ダビデ王朝の到来を予感したサウル王は徹底的にダビデを迫害し、その苦難が皮肉な事にダビデを大人物に成長させ結果的にダビデ王朝の樹立に最も貢献する働きをするのです。

  と言う事で、今日は実に複雑なイスラエルの祭司権とサウル王権と更なるダビデ王朝の登場の端緒となる預言者サムエルによる新米サウル王に対する酷い仕打ちのご紹介でした。 

第三の御心その2

第三の御心その2 サムエル記12章13節 

今日はサムエル記の12章でした。早速直訳です。

旧約聖書  ヘブル語原典直訳 サムエル記12章13節

13 ・ そして今 見よ その王 所は あなた方が選んだ 所は あなた方が請うた そして見よ 彼が与えた ヤハウエ 上あなた方 王

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典直訳 サムエル記12章13節

13 ・ そして 今 見よ その 王、 する所を あなた方が自分のために選んだ、そして 見よ 彼が与えた 主は 上に 私たち 王。

今日の箇所も翻訳は不要でしょう。今日の箇所でポイントは、「簡潔に言うなら、神様がしてはならないと言われ事(=王を置く)を人間が無理矢理神様に要求してそれが御心となった。」と言う第三の御心の典型的場所です。 以前にこの第三の御心はお話ししました。

第三の御心 URL: http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/19108995.html

聖書が教える御心というものには三種類があり、第一の御心は「神様が言われた御心。」第二の御心とは 「神様の言われた事を人間の都合で変更してもらった修正御心」そして、第三の御心とは、「神様が禁止された事を人間が神様に要求した為神様が許して下さった御心」の三種類です。

注意して欲しいのですが、聖書が言っている事は「現実に起こった事は全て神様の御心である。」とう言う事が大前提なのです。だからどうしても第三の御心が必然的に存在するのです。

大切な事は、王を求めた事自体が「第三の御心」ですから。当然王が成した全ての事は「第三の御心。」と言う事になります。サウル王の行為一切、ダビデ、ソロモンを初めとするイスラエル王朝全体の一切は第三の御心だと言うのです。

神殿建設も、貿易による繁栄も、王国の興亡も、聖書は所詮神様の意に叶わないものとして初めから記しているのです。 だから今日の箇所の最後の結論は25節に有る様に。

25節ヘブル語原典直訳 ・ そしてもし 邪悪さした事 あなた方が邪悪さした さらに をあなた方 更に 王あなた方 あなた方が取り除かれる 

25節意訳・あなた方が邪悪を行うならあなた方イスラエルの国家もまた王も地上から抹殺される。

と言う事なのです。そしてこの事が必然的に示している事は、「歴史上の教会やキリスト教国や個人のキリスト者が神の名において行った全ての行為も、この第三の御心である。」という結論なのです。

そして、こちらの論に敵帰結の明白です。そう「天地は滅びる。」と言う新約聖書が幾度も記している結論が正当で有る為に必要な聖書の大前提ナノです。

何故なら、もし人間が「第一の神様が願われている御心を行う」なら、神様が正しい事の存在するこの地上と全世界をを滅ぼす事は「正当化されえない」からなのです。

これは聖書の基本中の基本です。しかし、この基本程教会やキリスト者の間で全く認識されていないことも無いかと思います。

そして、まことしやかに「御心だ、御心だ、と無知な人々が宗教家に踊らされて現実の信仰の世界や教会や教団が事業展開が成されている」のです。そしてややこしいのは、この事そのものが御心(神様の第一の御心)を損なう事が現実となり第三の御心が満ちあふれているので「神様が世界を滅ぼす事が=第一の御心が正当化される結果を導いている」言うのが「聖書の教える世界の実際の現実」なのです。

今日は、すこし「ややこしい」ですが聖書が教えている基本中の基本のご紹介でした。

公然の嘘

公然の嘘 サムエル記第Ⅰ 11章10節 

今日は以前から大変気になる箇所です。早速直訳です。 

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記第Ⅰ 11章9節10節直訳 

09 ・ そして彼らは言った にその使者ら その来ているらは こう あなた方はいう に男の ヤベシュ(干上がる) ギルアデ(山地) 明日 彼女が存在する にあなた方 救済 中で暑い事の その太陽 そして彼らが来た その使者ら そして彼らは布告さした に男らの ヤベシュ(干上がる) そして彼らは喜んだ  
10 ・ そして 彼らは言った 男らの ヤベシュ(干上がる) 明日 私たちは出て来る にあなた方 そしてあなた方は作る に私たち として全ての その善 中で目らあなた方 

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 サムエル記第Ⅰ 11章9節10節直訳 

09 ・ そして 彼は言った その使者らに その 来ているらに こう あなた方は言え その 男らに ヤビス 明日 あなた方に その 救い 通し温められているの その 太陽の。そして彼らは来た その 使者ら 中へ その 町に そして 彼らは離れしらした その 男らに ヤビス、 そして 彼らは喜はされた。
10 ・ そして 彼らは言った その 男らは ヤビス 方に ナア その アモライ 明日 私たちは確かに外に来させられる 方に あなた方、 そして あなた方が作った(為)  私達に その 善を 面前に あなた方の。

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記第Ⅰ 11章9節10節意訳

09・サウル王からの使者がヤベシュギルアデの男達に告げて言った。明日の日の暑い内にあなた方に援軍が到着する。この知らせを聞いたヤベシュギルアデの男達は喜んだ。 
10・そしてヤベシュギルアデの男達は、対峙しているアモン軍の王ナハシュにに言った。「私たちは必ず明日町を開け放って、あなた方に降参します。あなた方の良い様にして下さい。」

 ・以前士師記の19章から21章で起きたベニヤミン一族の皆殺し騒ぎの折り、唯一イスラエル軍に人を送らなかったヤベシュギルアデの人々がアモン人に攻め込まれ、窮地に陥ったのです。そして、ベニヤミン人であったサウル王の祖父母あたりはヤベシュギルアデの女でした。当然サウル王がヤベシュギルアデ(乾燥山地)に援軍を差し向けるのは当然の事でした。

  さて気になるのは゛その折り、援軍が来る事を聞いたヤベシュギルアデの人々が公然と嘘をついて、アモン人の王ナハシュに降伏すると見せかけて、不意打ちを喰わせると言うのが今日の聖書の箇所の出来事です。

  聖書が公然と嘘を記し、しかもそれを当然としていることが中々興味が有ります。まあ国際関係や、利害が対立する時には嘘が大手を振ってまかり通る事を聖書が教えていると言う事です。

サウルの試み

サウルの試み Ⅰサムエル記10章8節  

今日はサウルが王に任職された所です。早速直訳です。 

旧約聖書 Ⅰサムエル記10章8節 ヘブル語原典直訳  

08 ・ そしてあなたが下る に顔(面)ら私  そのギルガル(転がす) そして見よ 私は 下るは にあなた に上らさした事の 全焼犠牲ら に屠殺する事の 屠殺らの 平和ら 7の 日ら あなたが待たさした 迄 来る事の 私 にあなた そして私は知らさした にあなた を 所の あなたが作る

旧約聖書 Ⅰサムエル記10章8節 70人訳ギリシャ語原典直訳  

08 ・ そして あなたが確かに下に下る 面前に その ガルガラ、 そして 見よ  私が下に下り続けている 方に あなた 上に運ぶ事 全焼犠牲らに そして 犠牲らを 平和らを。 7 日らを あなたは確かに通し残す まで その 来る事 私 方にあなた、 そして 私は確かに知る あなたに するところは あなたが確かに作る。

 今日の箇所はこの後Ⅰサムエル記の13章でサウルを試すために「ギルガルに到着したら7日待て。」と言う指示が記された箇所です。 そしてサウルは見事にこの試験を失敗し、7日目の夕方には待ちきれ無くなって、祭司が捧げる犠牲を自分の手で捧げて、神様から頂いた王を罷免すると通告されるのです。

  かわいそうなのはサウル王です。初めから神様はサウルを罷免するつもりで王に任じられていると言う事が自明である事が分かるからです。 

  そして、面白いのは、最初の人間アダムとエバも神様は初めから神様の言いつけに背く事を知った上で「この木から取って食べてはならない。」と言われているのです。(参照新約聖書エペソ1章4節等)

 そして、これ「=神様の言いつけに人間が逆らう事」は全ての人間にも当てはまる事だと言うのです。「全ての人は罪を犯した」(ローマ3章23節)言う事なのです。と言う事で誰も完全な人間はいない。全ての人は神ま前にこぞって罪人だという一つの証例=サウルのご紹介でした。

アンフイクチオニー(12部族連合)

アンフイクチオニー(12部族連合)

今日は王制以前のイスラエルの体制の分かる箇所でした。早速直訳です。 

旧約聖書 ヘブル語原典 第Ⅰサムエル記9章21、22節 直訳

21 ・ そして彼が答えた サウル そして彼は言った 何故 無い ベン(息子) ヤミン(右手) 私は から小さいらの 棒(部族)らの イスラエル そ 氏族私 その 無価値な から全ての 氏族らの 棒(部族)の ベンヤミン そしてに何故 あなたは徹底的に言葉した に私 として その言葉 そのこの 
22 ・ そして彼は取った サムエル を サウル そしてを 少年彼 そして彼は来さした彼ら に★事務所へ そして彼は与えた 彼ら 場所 中で頭の その呼ばれたら そして彼らは として ■30 男ら 

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 第Ⅰサムエル記9章21、22節 直訳

21 ・ そして 彼は答えさせられた サウル そして 彼は言った 決して無い 男は 息子の イエミナイウ 私は 私は存在し続けている その 小さいの 支持の 部族の イスラエル そして その 部族の その 最も小さいの 出て 全体の 支持の ベニヤミン? そして 為に 何 あなたは言った 方に 私 下に その 言葉 この?
22 ・ そして 彼は取った サムエル その サウルを そして その 子供を 彼の そして 彼は中へ導いた 彼らを 中へ その 宿泊 そして 彼は置いた 彼らに 場所を 中で 第一ら その 呼ばれていたらの まるで ■70らは 男らの。 

 今日の箇所で分かる事は、王が選ばれる時にサムエルが招集したイスラエル各部族の代表たちの集まりの中でサウル王が選ばれていると言う事なのです。この時代の12部族連合による国家の運営をアンフイクチオニーと言います。ヘブル語原典で30名となっている代表者数が70人訳ギリシャ語原典ではイスラエル王制後の正式議会人数70(■印を比較、だから70人訳と言う意味は正式且つ公式のな翻訳と言う意味がその数に有る)に改竄されて訳出されています。

またヘブル語原典では珍しく事務所と言う言葉が使われている。この事ははヘブル語でリシュカハと言う言葉で、第Ⅱ列王記23章11節=宦官ネタンメレクの部屋(=あのヨシュア王の宮清めで粛清された宦官の部屋=王国事務室の意) や歴代誌Ⅰ9章33節やエゼキエル書40章17節~46章にかけて30回程登場する面白い言葉で、この言葉の意味は王国事務室をさす。サムエルの時代にも国家としての機能があり事務官が任命(=おそらくはレビ人の書記や出納かかりと思われる。)されていたことが分かる。

王権民願説

王権民願説 サムエル記第Ⅰ8章7節

今日は聖書を読む中で中心となる非常に重要な箇所でした。早速直訳です。 

旧約聖書 サムエル記第Ⅰ8章7節 ヘブル語原典直訳 

07 ・ そして彼は言った ヤハウエ に サムエル あなたは聴従しろ 中で 声の その民 に全て 所の 彼らが言った にあなた として 無い あなたが 彼らが拒否した として を 私 彼らは拒否したから王する事の 上彼ら 

旧約聖書 サムエル記第Ⅰ8章7節 70人訳ギリシャ語原典直訳

07 ・ そして 彼は言った 主は 方に サムエル あなたは聞け その 声の その 民の 丁度通りに とにかく 彼らが喋った(為) あなたに。それは 無い あなたを 彼らが軽視していた、 反対に それとも 私を 彼らは無視していた その 無い 王する事 上に 彼ら。

今日の箇所の翻訳は不要でしょう。イスラエルの民が神様の御心を損ね、サムエルの願いも拒否して王を欲しがった箇所です。じつはこれが聖書全体とキリスト教会の全歴史を読み解く為に決定的に大変重要な聖書箇所なのです。

 そう、「王=支配者は神様の御心を損ねたもので、神様を信じる人々が、神の言葉に従って神の国=御心を地上に実現するのではなく。反対に神様を信じている人々が『神様の言葉に従う事が嫌』なので神様をないがしろにし、人間の自己(願望)実現をする為に民衆の総意によって王権を創設した」と言う聖書の王政の最初の記録なのです。 

  だから、これから後のサウル王権もダビデ王権も破綻し、その後のヘロデ王権も破綻してイスラエル国家が消滅してしまったのです。なぜなら初めから王国は神様をないがしろにするものだからです。そして新約聖書の時代も、さらにそれに続く西ローマ帝国やその後の東ローマ帝国、さらに東ローマ帝国の消滅後15世紀に復活した西ローマ帝国=今日のローマンカソリック、そして大英帝国を初めとする現在のキリスト教国の全ては聖書から見て根本的に反聖書的な存在だと言うわけです。勿論その様な事はキリスト教国としても教会としても認めるわけにはゆきません。しかし信者さんや他国に認めてもらい王権の自己正当化の為に聖書の翻訳や御用神学を総動員して、見事な詭弁で王権神授説なるご立派なお説ができて重宝している次第なのです。  

  しかし、今日の聖書箇所が明確にしているのは王政その物が初めから反聖書的「=聖書や神様にとって人々の願望を受け入れ神さまの御心を損ねたもの」として消極的に導入を強要されたと記録されているのです。ですから分かる事は王権神授説などと言う主張は、全くの非聖書的な妄信と言う事なのです。そしてその事は必然的に教会間の優劣や教職者聖職者たちの上下関係の根拠に演繹的に適用されているこの神様がある人を人間あるいは信者や牧師や神父の上に任じられたと言う思考も全く根拠が無くなるのです。国家だけではなく、教会も信者もそして教える人も神様の前に悉く同等の立場にあると言うのが聖書の教える大切な基本だからです。

参考 王権人求説 URL: http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/21168703.html

王権神授説  http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/1294750.html

サムエルの苦悩

サムエルの苦悩 サムエル記7章16、17節 

今日はサムエル記の7章でした早速直訳です。 

旧約聖書 サムエル記7章16、17節 ヘブル語原典直訳 

16 ・ そして彼が歩いた から十分 年 中で年 そして彼は周囲した ベト(家の) エル(神) そしてそのギルガル(転がす) そしてそのミズパ(見晴台) そして彼は裁いた を イスラエル を 全てのその場所ら そのこれら
17 ・ そして戻った(or答えた)彼 そのラマ(高い)へ として そこ 家彼 そしてそこ 彼が裁いた を い そして彼が建てた そこ 祭壇 にヤハウエ 

旧約聖書 サムエル記7章16、17節 70人訳ギリシャ語原典直訳 

16 ・ そして彼が来ている  下に 年 年 そして あなたは自分の為に周囲している(ヘブル語=彼は周囲した) バアイセエル そして その ガルガラ そして その マセフアト そして 彼は義した その イスラエルを 中で 全てに その 聖とされたらに そのらに、
17 ・ その も  離れ戻ったは 彼の 中へ アルマタイム、それは そこに 彼が存在している その 家 彼の、そして 彼は義した  そこに その イスラエルを そして 彼は建設した そこに 祭壇を その 主に。 
旧約聖書 サムエル記7章16、17節 ヘブル語原典意訳

16・サムエルは一年中イスラエルの町を廻り歩いた。ベテルに始まり、ギルガルに移り、さらにミズパに来てイスラエルを盛り上げた。
17・そして彼の家があったラマにも戻り、そこでも休むことなくイスラエルの国の為に祭儀をしなければならなかった。

■・聖書とはかなり不親切な書物だと思います。 今日の箇所を理解する為には随分と沢山の事を知っていなければ成りません。その第一は今まで中央聖所がシロと言う城塞都市におかれ、そこには幕屋と言われるモールの作った可動神殿といわばイスラエルの御本尊様にあたる神様の契約の箱が安置されていました。

人々はこのシロの町に出向き祭司たちはそこで待っていれば職務が完遂出来たのです。しかし、この前の戦争でこのシロの町は完全に破壊され祭司たちも殆どが殺されてしったのです。

その結果祭司エリの下働きをしていたサムエルがエリ一族が死に果て、中央聖所がペリシテ人の手によって完全に破壊し尽くされていたのです。その頃にサムエルが成人して祭司の務めを任されたころには何も無い状態で0からのスタートだったのです。 神の宮が無いのですから誰もサムエルの所にやっては来ません。だから彼の方からイスラエルの町に出向いて祭司の務めに勤しんでいたのです。

自宅を離れ、様々な不自由を忍びながら巡回祭司をやって、自宅の有るラマに帰っても仕事が待っていて気の休まる暇も無く、その上生活もままならない悲壮な毎日を送ったのです。

その様な父不在家庭に育った彼の子供たちが、父親の道に進まないのは当然の結果でした。その事は明日見るサムエル記8章3節に記されています。

と言う事で今日は聖書を読み込んでいくと面白い事が色々分かるけれども、表面を読んでいるだけでは何も分からない不親切な書物である事のご紹介でした。

ペスト

ペスト Ⅰサムエル記6章5節 

今日の予定箇所の5章が短かたったので6章も一緒に読みました。早速直訳です。

旧約聖書 ヘブル語原典 直訳 

05 ・ そしてあなた方は作る 似姿(or切り出し)らの 吹き出物らあなたがた そして似姿(or切り出し)の 鼠らあなた方 その破滅に向かわさしたら を そき地 そしてあなた方は与える に神らの い 栄光 たぶん 彼が軽くさせる を 手彼 から上あなた方 そしてから上 神らあなた方 そしてから上 地あなた方 

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 直訳 

05 ・ そして 鼠らを 金らを 同様に その 鼠らの あなた方の その 通し腐らすらの その 地を。そして あなた方は確かに与える その主に 栄光を、 この様にして あなた方が確かに軽くする その 手を 彼の から あなた方 そして から その 神らの あなた方の そして から その 地 あなた方の。

旧約聖書 ヘブル語原典 意訳

05・あなた方がひどい目にあった吹き出物とその病をもたらしたネズミを金の鋳物にして神の箱と一緒にイスラエルに返せば、きっと疫病が軽くなるに違いありません。

 ★今日の箇所は昨日ご紹介した戦争に神を担ぎ出した結果、神様と不心得なイスラエルと祭司たちを滅ぼし敵軍のペリシテ人たちが神の箱を戦利品にして彼らの神(ダゴン=魚)の宮に捧げたのです。その結果ペリシテ人の国は神様の手による疫病でたちまち壊滅状態になったと言うのです。

  そうして、人々は神を恐れて、自分たちがひどい目にあったペストのブボ(リンパ節に生じるペスト菌による大腫物)の形をした金の鋳物とペストを媒介するネズミの形の金の鋳物を添えて神箱を戻したというのが今日の箇所の概略です。

  聖書を見ると神様は幾度もペストをイスラエルや周辺諸国に起こされ、たちまち数十万人の死者が出た様子が沢山記されています。

  ペストに関しては以下も是非ご覧ください。

腺ペスト URL: http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/14416179.html 

担ぎ出された神

担ぎ出された神

今日はイスラエルの祭司がエリ一族からサムエルに変わる所です。早速直訳です。 

旧約聖書 サムエル記第Ⅰ 4章4節 ヘブル語原典直訳

04 ・ そして彼が送った その民 シロオ そして彼らは担ぎ出した からそこ を 櫃の 契約の ヤハウエ 戦争 仮住まいしているは そのケルビム(ケルブら) そして そこ 2らの 息子らの エリ 共に櫃の 契約の その神 ホフニ そして ピネハス

旧約聖書 サムエル記第Ⅰ 4章4節 70人訳ギリシャ語原典直訳

04 ・ そして 彼らは離れ遣わした その 民は 中へ セーロム、 そして 彼らは取り上げ続けている そこから その 櫃を 主の 座っているの ケルビム。そして 両者らは その 息子らの エリ ともに その 櫃、ホフニ そして フイネハス。

旧約聖書 サムエル記第Ⅰ 4章4節 ヘブル語原典意訳

04・ヘリシテ軍の前に敗走したイスラエルの指導者たちはシロの町に軍隊を送り、戦争の神ヤハウエの契約の箱その上のとケルブ(有翼天使像)を担ぎ出してエリの二人の息子も連れ出して戦地に連れてきた。

  この「担ぎ出した」と言う言葉はヘブル語ではナシャーと言う言葉です。良く選挙で言われる「担がれる人、担ぐ人」と全く同様の意味を持っている言葉です。

  自分の利益の為に誰かを自分たちの利益代表者として議員にしたてる場合に使いますが、それと全く同じです。自分の利益の為に無関係の神様を担ぎ出して都合より利用しようと言う魂胆がこの言葉で的確に表現されているのです。

  本来であれば、イスラエル民は神様のしもべと成って、神様の御心を行うのが健全なのです。しかし、今日ご紹介した様に全く反対になってしまう事が多々あるのです。

  それは、議員と選挙民の関係が逆転して、一度議員になって味をしめた人が、金儲けの為に金に物を言わせて派閥や会派を作り、再度の当選を目指す有権者=国民不在の選挙のようなものです。 

 そこには本末転倒が隠されているのです。 本来僕となって仕えるべき神様を、自己目的の達成の為に担ぎ正すという、いわゆる御利益信仰は聖書の教えによれば「最も唾棄すべき背信行為」と言う事です。

価値ある言葉

価値ある言葉 サムエル記第Ⅰ 3章1節 

今日はサムエルが神様に言葉を頂く様になった最初の箇所です。早速直訳です。

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記第Ⅰ 3章1節 直訳 
 
01 ・ そして その少年 シエムエル 徹底的に奉仕しているは を ヤハウエ に顔(面)らの エリ そして言葉の ヤハウエ 彼が存在した 稀(or価値ある) 中で その日ら その彼 無いの 見たもの 破れ出されているは 

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 サムエル記第Ⅰ 3章1節 直訳 

01 ・ そして その 子供は サムエル 彼が存在している 公民奉仕するは その 主の 面前を エリ その 祭司。そして 話された言葉は 主の 彼が存在している 価格 中で その 日ら あの、無い 彼が存在している 見える(幻) 通し遣わされている(女)は(ヘブル語=破れ出る)

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記第Ⅰ 3章1節 意訳

01・少年サムエルは祭司エリの前で神様の奉仕を手伝った。その頃はヤハウエの言葉が非常に価値があった。しかし、だれも神様の言葉を見たものは居なかった。

  変わった言い回しが有ります。神様の言葉が「価値ある」と言う事と、「神様の言葉が破れ出るのを見たものは誰も無い。」と言う 表現なのです。

  価値があると言う言い方は、一つの前提が有ります。探している人がいたが持っている人が居なかったと言う事です。 もう一つの「破れ出る」と言う言い方は「神様が人から言葉を隠してため(or集め) ておられる」と言う事なのです。

  何方にしても分かる事は、「神様の言葉は隠されている。」と言う事なのです。 そして隠す目的は「人々がその言葉に興味を持ち、捜し求める様になる事が期待されている。」と言う事なのです。 

  そして、この事は21世紀の今日においても普遍であると思います。 

割込祷

割込祷 サムエル記第Ⅰ 2章25節 

今日はサムエルが育った中央聖所の町シロのありさまの記された箇所でした。早速直訳です。

旧約聖書 サムエル記第Ⅰ 2章25節 ヘブル語原典直訳  

25 ・ もし 彼が罪する 男 に 男 そして彼が徹底的に割り込みする彼 神ら そしてもし に ヤハウ

エ 彼が罪する 男 誰が 彼が割り込みさせる に彼 そして無い 彼らが聴従する に声の 父彼ら と

して 彼が喜ぶ ヤハウエ に殺さした事の彼ら 

旧約聖書 サムエル記第Ⅰ 2章25節 70人訳ギリシャ語原典直訳  

25 ・もし 罪したは 彼が罪した(為) 男 中へ 男、そして 彼らが確かに自分の為方に祈る 越えて 彼 方に 主。そして もし その 主に 彼が罪した(為)、誰が 彼が確かに方に祈る 越えて 彼? そして 無い 彼らが聞いている その 声の その 父の 彼らの、 それは 企てるは 彼が企てている 主は 通し荒廃する事 彼らを。

  今日の聖書箇所は神様が老祭司エリに子供たちについて苦言をいわれ、エリが50才近くなった自分の子供達(祭司の後継者)を諫めている箇所です。

  注目したいのは祈りと訳出されている言葉なのです。 ヘブル語はパラールで割り込みと言う意味で一般に祈りと訳出します。 

と言う事は聖書が明示している祈りの基本的意味はお願いや祈願と日本語の祈りの意味は殆ど無いと言う事なのです。

  聖書が教えている祈りとは、基本的に人と人、あるいは神と人の間に割り込む事を言っているのです。

と言う事は基本的に祈りは自分以外の人や「神の為」に自分が割り込む事であって、自己実現を目的とする願いや嘆願では決して無いと言う事なのです。

三つ子の魂

三つ子の魂 サムエル記第一 1章24節 

今日からサムエル記第一です。早速直訳です。

旧約聖書 サムエル記第一 1章24節 ヘブル語原典 直訳 

24 ・ そして彼女が上った彼 共に彼女 として所の彼女が離乳さした彼 中で若い雄牛ら 3 そしてエパ 一 良質粉 そして皮袋の 葡萄酒 そして彼女は来さした彼 家の ヤハウエ シロオ そしてその少年 彼が少年した(?少年?ヘブル語=ナアール=彼が吠える=彼が揺すぶる)

旧約聖書 サムエル記第一 1章24節 70人訳ギリシャ語原典 直訳 

24 ・ そして 彼が上に来た 共 彼  中へ セエロオーム 中で 子牛 3歳 そして 小羊 そしてオフイ(エパ) 良質小麦粉 そして ネベル(ヘブル語=革袋の音写) 葡萄酒の そして 彼は中へ来た 中へ 家 主の 中で セエレーム、 そして その 子供を 共に 彼ら。

旧約聖書 サムエル記第一 1章24節 ヘブル語原典 意訳

24・その幼子サムエルは離乳し母と神の町へ登った。三才の雄牛と23ℓの良質小麦に革袋に入れた葡萄酒も持参した。そしてその母はその子どもをシロの町の神の宮に連れてきた。

 有名なハンナが幼子サムエルを祭司エリに預けた箇所です。おそらくこの時サムエルの年齢は3才と思われます。そして、祭司の下働きは水汲みや火の番などの辛い仕事の上に、祭司のエリの息子たちは札付きの悪で、その周囲は酒と女と御馳走の溢れる不道徳にあふれた環境であったのです。そのうえにおとなしく真面目なサムエルにとっては残酷な上に陰湿ないじめの世界だったのです。

 しかし、不思議な事にこのサムエルは健全に育ちました。そうして成人してから、強大な隣国のペリシテの執拗な侵略の中、敗戦につぐ敗戦を乗り越え国家の滅亡の淵からサウル、ダビデ両王朝を建てあげ続く500年間のイスラエルの独立と繁栄の基礎を確立させたのです。押しも押されもしない旧約聖書最大の預言者サムエルとして大活躍したのです。

  旧約聖書には、もう一人の偉大な働きをした人物が登場します。イスラエルをエジプトから導き出し、無からイスラエル国家の基礎を作りあげたあのモーセです。彼については説明不要でしょう。そして、興味深い事には旧約聖書に登場するこの偉大な二人の人物=モーセとサムエルには一つの共通点が有るのです。

  そう、二人とも3才まで実の母に大切に育てられただけで後は親元を離れて悪い環境で育てられたのです。確かに、かれら二人の育った環境は豊かな階級でした。しかし同時に、底知れない、不道徳な環境で酷い扱いを受けて育ったのです。

モーセもサムエルも両者共、その劣悪な環境には全く感化されず、気高く立派に成人し、さらに誰も成しえない偉業=国家存亡の危機に国の最重要ポストに付き、しかも歴史に輝く業績を残したのです。

 どう考えても、その原因は、三才までのお母さんの教育にあった。と考える以外に無かったと言わざるを得ないのです。何故ならそれ以外に良い影響を受ける様な状況はどこにも存在しなかったのです。そして、その三年間に集中して両親から最大限の育児を受ける事が出来たのです。

私が、聖書を読んでこの「3才までの教育が人間形成の最重要事項」であると気づいたのは35年以上前の20才そこそこの独身時代でした。まだ結婚する相手も居なかったのに、この聖書の記述に気づきさらに育児書を数十冊読破し、自分なりの育児指針を確立していました。

 いろいろな事を調べましたが、それらの中で育児に一番参考に成ったのは聖書以外には次の事柄です。私がたまたま出席していた東京の有る教会にT大学の法科を出て厚生省のキヤリアとなっていたKさんの育児です。毎日帰宅は午前様であるため、子供の顔を見るのは日曜日だけと言う方でした。彼は毎週0才の子供と教会の床に一緒に寝っころがってぎゃあぎゃあわめいて子供と触れ合っているのです。親が寸暇を惜しんで子供と遊んでやっていたのです。彼にはこの僅かの時間しか子供に関われなかったのです。

周囲の目も場所柄もわきまえず育児に専念している父親の姿でした。そう彼は、こんなふうにして育てられたが故に、自分の子供に同じようにしているのだと思いました。出来る限り多く密接に小さい子供に関わってやる事の大切さです。

次の参考は、宣教師の子供英語クラスに来ていた1才のNMちゃんです。宣教師の先生がその英語の吸収力に舌を巻いていました。 言った事をたったの一回だけで次から100%そのまままねる事が出来たのです。そして、年齢と共に英語を教えるのが困難になるといつも言われていた事です。

その様な周囲への観察や書物を通して「育児、教育、躾けで大切なのは3才までである。」という揺るぎない確信をもって、与えられた二人の子供の育児に望みました。 二人とも3才まで全力を尽くして私と家内で力の限り遊び相手をしてやりました。そして幼稚園、小学校、中学校と成長するにつれ親が子供に関われる時間は確実に減少しやがて全く無くなってしまいました。

親が子供と遊んでばかりいた為か、子供たちは二人とも全く勉強しないで遊んでばかりいる子供に成長しました。しかし、成績で困った事は一度もありませんでした。 全く勉強なんかしなくとも普通に、いや大変良い成績が取れて来るのです。 頭が出来ていたのです。特に社会や国語や英語は全く勉強しなくとも二人とも全国レベルで常に最上位に位置していました。 偏差値では80ぐらいです。

やっぱり聖書の教えている育児や教育のあり方の基本「3才までが大切である。」 という原則は普遍なのだと思います。親がもっと資質が有ればもっといろいろしてやれたでしょうが、一緒に遊ぶ事いがいは出来ませんでした。しかしそれで十分であった様です。子供たちはスボーツでも芸術でも、学問でも自分でしたいと思った事は出来る資質を持ってしまっていたのです。

今日は、聖書が教える乳児や嬰児に対する育児の大切さのご紹介でした。

 参考 http://bible.ne.jp/ikuji/

遊女の系譜

遊女の系譜 ルツ記4章18節~22節 

今日でルツ記は終わりです。その結論の箇所の直訳です。 

旧約聖書 ルツ記4章18節~22節 ヘブル語原典直訳 

18・そして これら 系図 ペレツ  ペレツ 彼は産ませた を ヘヅロン
19・そして ヘヅロン 彼が産ませた を ラム そして ラム 彼が産ませた を アミナダブ 
20 ・そして アミナダブ 彼が産ませた を ナフション そして ナフション 彼が産ませた をシャルマー 
21 ・そして シャルモン 彼が産ませた をボアズ そして ボアズ 彼が産ませた をオベデ
22 ・そしてオベデ 彼が産ませた を イシャー そして イシャー 彼が産ませた を ダビデ  

旧約聖書 ルツ記4章18節~22節 70人訳ギリシャ語原典直訳 

18 ・そして これらは その 系図ら フアレス。 フアレス 彼が子を産んだ その エスロオーンを、
19 ・エスロオーンは も 彼が子を産んだ その アルラアン、 そして アルラアンは 彼が子を産んだ その アミナダブ、
20 ・ そして アミナダブは 彼が子を産んだ その ナアスソオーン、 そして ナアスソオーンは 彼が子を産んだ その サルマン、
21 ・そして サルマンは 彼が子を産んだ その ボオス、そして ボオス は 彼が子を産んだ その オベデを、
22 ・そして オベデは 彼が子を産んだ その イエスサイを、 そして イエスサイは 彼が子を産んだその ダビド。

 今日はイエスキリストの先祖にあたるダビデ王の系図の箇所でした。ここには書かれていませんが当然名が出るべき4名の女性を紹介したいと思います。

第一はペレツの母です。そうペレツの父のユダが「死んだ自分の息子の嫁タマル」に産ませた子がペレツと言う事です。ペレツの母は父の息子の嫁でもあると言う事なのです。はっきり言うと「ペレツの母はペレツの義理の姉でもある」と言う事です。彼女は遊女のなりをして舅ユダを誘惑して夫の父の子=ペレツを懐妊したのです。 

第二はボアズを産んだレルマンの妻ハラブです。新約聖書のマタイの福音書の1章の5節に記されているラハブと言う名の女性です。このラハブはどうやらヨシュアがパレスチナの地に送った斥候と売春した売春宿の女主人で遊女です。

第三は、ルツ記の主人公モアブの女ルツです。聖書は事の是非を一切論評していませんが、今日風に言うと、「妻子ある男のボアズ(死んだ夫の叔父さん)といきなり関係を結んだ女」と言う事になります。

第四はこの系図の最後に登場するダビデの妻バテシエバです。彼女はダビデの忠実な家来、ウリヤの妻でしか。彼女は夫の留守に王ダビデと浮気をします。相手の男ダビテ王は部下の妻バテシエバを横取りする為に夫ウリヤを将軍のヨアブに殺させます。その偽装殺人の後、バテシエバはダビデの8番目の正妻となります。そして、この女がダビデに産んだソロモンが熾烈な権力闘争を勝ち抜いてダビテの後継者となります。

  聖書は本当にあっけらかんと人々の秘め事を暴いています。父嫁の近親相姦、遊女妻、大胆なモアブ女、そして夫を裏切って権力の座を得た女。大抵の国の歴史書には決して記されない、罪の数々が記されている所が聖書の本当の素晴らしさだと思うのです。それらが悉く真実だからなのです。

 なぜなら人間の不都合、不利益こそが神様の都合であり、利益だからです。

43.2ℓ×0.8=34.5Kg

43.2ℓ×0.8=34.5Kg ルツ記 3章15節

今日は随分と考えさせられる箇所が有りましたが一カ所のみご紹介します。

旧約聖書 ルツ記 3章15節 ヘブル語原典直訳

15 ・そして 彼は言った あなたは提供しろ その覆い 所は 上あなた(女)の そして あなたは 取得しろ 中に彼女 そして 彼女は取得した その中に彼女 そして 彼は升した 6 大麦ら そして 彼は置いた 上 彼女 そして 彼女は来た その城塞  

旧約聖書 ルツ記 3章15節 70人訳ギリシャ語原典直訳 

15 ・ そして 彼は言った 彼女に あなたは運べ その 周囲帯び その 上に上方 あなたの。 そして 彼はつかんだ 彼を、 そ 彼は升した 6 大麦らの そして 彼が上に置いた  上に 彼女。 そして 彼は中に来た 中へ その 町。 


旧約聖書 ルツ記 3章15節 ヘブル語原典直訳

15・ボアズはルツに言った。あなたは自分の服をつけなさい。そしてその服をしっかりと握りなさい。彼女が服を纏ったのでボアズは大升(7.2ℓ)で6ぱいを服の中に注ぎ込んだ。そしてルツはそのままベツレヘムの城塞まで戻った。

何故、ルツが服を着たのか、そのわけはそれまで裸であったからです。そしてボアズはその服に大麦6パイを注ぎ込みました。その分量は約35㎏になります。そしてルツは尾根にある町の打ち場からベツレヘムの市内までそのまま歩いたと言うのです。

凄いですね。これだけの重い物を身につけたままおそらく数キロを歩いたと言うのです。 その事からルツとう言う女性が相当逞しい女性である事が分かります。

と言う事で今日はルツが打ち場でボアズにもらった麦の重さのご紹介でした。

23ℓ

23ℓ ルツ記2章17節

今日はルツ記の第2章です。早速直訳です。

旧約聖書 ヘブル語原典 直訳 ルツ記 2章17節

17 ・そして 彼女が徹底的に拾った 中でその野 まで その日暮れ そして 彼女が打った を 所の 彼女が 徹底的に拾った そして 彼が存在した として エパ(23L) 大麦ら    

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 直訳 ルツ記 2章17節

17 ・ そして 彼は共に集めた 中で その 野 迄 日暮れ。そして 彼が杖で打った するところらを 彼が共に集めた 、そして 彼が起きさせられた 様に エパ 大麦らの。 

旧約聖書 ヘブル語原典意訳 ルツ記 2章17節

17・そしてルツは一生懸命に落ち穂拾いをした。日暮に脱穀してみると何と大麦が23ℓにもなった。

 ルツが落ち穂拾いをしたのが、死んだ舅の兄弟のボアズ(性急)の麦畑でした。ボアズは使用人たちに破格の待遇をルツに与える様に指示したが故に、たったの一人が一日に23ℓにも拾えたと言うわけなのです。

 因みにこれがどれぐらいの生活が出来るかを、かなり大雑把に試算してみましょう。 

 全て仮定ですが以下の様になります。
   
●女二人の一日の食料として主食の麦で食パンを作ったとして

●食パン一斤に麦が約200g(当時はⅡ、一日2食で主食を一回に2枚として二人で8枚=一斤)

●麦の比重は1ℓ=0.8として1ℓで800gで4日分 ×23ℓ=約100日分。

●麦の収穫は最初が大麦で次が小麦なので収穫期間は約30日から50日有る。30日としても 

★ルツはボアズの好意によって、一シーズンに「1000日分=3年分の食料を得た。」

と言う事になります。勿論、これは試算に過ぎませんが、老いた母ナオミとやもめルツが人並み以上に暮らせる分量です。おそらく余った分の(2年分?)を売れば路上生活から抜け出し、人並み以上に生活が成り立ったと言う次第です。

  と言う事で、今日はモアブの女ルツの落ち穂拾いの成果のご紹介でした。

からかわれたナオミ

からかわれたナオミ ルツ記1章19節 

今日からルツ記に入りました。早速直訳です。 

旧約聖書ルツ記1章19節ヘブル語原典直訳 

19 ・そして 彼女らは歩いた 2(女)ら まで彼女らが来る事 彼女らの 家 パンの(ベツレヘム)そして そこに在った として 彼女らが来る事 家 パンの(ベツレヘム) そして彼女はからかわれた 全てその城塞 上彼らの そして 女たちは言った それ これの  ナオミ  

旧約聖書ルツ記1章19節70人訳ギリシャ語原典直訳 

19 ・ 彼らは来させられた も 両者らは まで その 側に起きさせられる事 彼女らを 中へ バイセレエム。そして 彼らは音を出した 全てらは その 町 上に 彼女ら そして 彼らは言った 彼女は 彼が存在し続けている ノオエミイン? 

旧約聖書ルツ記1章19節ヘブル語原典直訳 

19・夫に死なれて落ちぶれたナオミとルツは恥を忍んでベツレヘムの城門をくぐった。彼らが町の広場に来ると町の女たちが二人をみてナオミでに気づき「これ本当にナオミ様かしら! 」とからかって言いふらした。

10年あまりまえ飢饉に見舞われたベツレヘムの町を見捨てて、財産を全てお金に換えて夫と二人の息子ともども意気揚々と出かけたのでしか。その捨てた町が勢いを盛り返し、その最も喜びに溢れた麦の収穫の最中に突然見すぼらしいみなりで現れたナオミと嫁ルツは耐え難い屈辱の視線と心ない言葉に迎えられたのです。

モアブの野でナオミから執拗に実家に戻る様に言われたルツは原典ではけなげにも「一緒に路上生活します」と言い放っていました。(16節の住むには野宿を意味する言葉が使われている) 実際に異国の町にきたとたんにうけたこの心ない女たちの嘲りの言葉はさぞ応えたさぞ辛い思いを忍んだ事でしょう。

いつの時代にも落ちぶれた者が味わう屈辱ですが、その事が原典で見ると随所に記されているのはたいへん考えさせられる所です。

ヤベシュギルアデの残党

ヤベシュギルアデの残党(士師記21章12節) 

今日で士師記は終わりです。早速直訳をご紹介します。

旧約聖書士師記21章12節 ヘブル語原典直訳。 

12 ・そして彼らは見つけた から仮住まいするらの ヤベシ(干上がる) ギルアデ(山地)  4 百ら青年(女) 処女ら 所は 無い 彼女らが知った 男 に 寝かす(性交)の 男 そして彼らは来さしたを彼ら にその野営 シロ(静かなor引き出す) 所は 中で地の カナン

旧約聖書士師記21章12節 70人訳ギリシャ語アレキサントリャ写本原典直訳。 

12 ・ そして 彼らが見つけ出した から その 下に住んでいるらの ヤビス ガラド 400らを 若い女らを 処女らを、するところらは 無い 彼らが知った 男ら なかへ 寝床 男の、 そして 彼らは導いた 彼女らを 中へ その 宿営 中へ セエロー、するところは 彼が存在し続けている 中で 地 カナン。

旧約聖書士師記21章12節 70人訳ギリシャ語バチカン写本原典直訳。 

12 ・ そして 彼らが見つけ出した から 住んでいるらの ヤビス ガラド 400らを 若い女らを 処女らを、するところらは 無い 彼らが知った 男ら なかへ 寝床 男の、 そして 彼らは運んだ 彼女らを 中へ その 宿営 中へ セエローン その 中で 地 カナン。

旧約聖書士師記21章12節 ヘブル語原典意訳

12・そして兵士達は 対ベニヤミン戦に参加しなかったヤベシュギルアデの全住民を惨殺した。ただし、女たちを殺す時に性交渉を経験していない処女だけを調べ出して、生かし中央聖所に連行した。

  昨日お話しした様にレビ人の妾の輪姦殺害事件は、イスラエル12部族の中で最も勇猛なベニヤミン部族の皆殺しによって収束しました。しかし、このころになると、人々には悪かったのはベニヤミン族の青年たちばかりではなくレビ人自体にも宗教家にあるまじき妾に対する行き過ぎた扱いが会った事も判明していた様です。

  それゆえ、ベニヤミン部族を絶滅させる事を回避し、生き残った600人の若者たちに、あてがう妻達を今回の招集を無視したヤベシュギルアデの乙女達中央聖所に連行したのです。

  ここに書かれている事は本当に女性達には大変屈辱ですが、聖書は正直にその事をありのまま記されています。 

  聖書が教えているのは、やはり人間の本質の淫乱さ、残忍さ、そして一つ間違うとどこまで堕落してしまうか分からない人間の残虐性であると言う事だと思うのです。

  と言う事で今日は士師記にふさわしい結末が記された箇所のご紹介でした。

イスラエルの内紛

イスラエルの内紛 士師記20章13節 

 今日は士師記の20章でした。早速直訳です。 

旧約聖書士師記 20章13節ヘブル語原典直訳 

13 ・ そして今 あなた方は与えろ を その男ら 息子らの 価値の無い(ベリアル) 所は 中でそのギベア(丘) そして私たちは死なす彼ら そして私たちは徹底的に燃やす 邪悪 からイスラエル そして無い彼らが同意した ベニヤミン に聴従する事の 中で声の 兄弟ら彼ら 息子らの イスラエル  ゛

旧約聖書士師記 20章13節70人訳ギリシャ語アレキサンドリャ写本原典直訳 

13 ・ そして 今 あなた方は与えよ その 男らを その 非敬神らを そのを 中で ガバア その 息子らを べリアル、そして 私たちは確かに死させる 彼らを そして 私たちは確かに外に取る 悪を 出て イスラエル。 そして 無い 彼らが願った その 息子らは ベニヤミン 中へ聞く事 その 声の その 兄弟らの 彼らの その 息子らの イスラエル。

旧約聖書士師記 20章13節70人訳ギリシャ語バチカン写本原典直訳 

13 ・ そして 今 あなた方は与えよ その 男らを 息子らを 周囲法律らの そのらを 中で ガバア、 そして 私たちは確かに死させる 彼らを そして 私たちは確かに外に清くする 邪悪を から イスラエル。 そして 無い 彼らが良しとした その 息子らは ベニヤミン 聞く事 その 声の その 兄弟らの 彼らの 息子らの イスラエル。

旧約聖書士師記 20章13節ヘブル語原典意訳 

13・だからお前たちベニヤミン族は、あのギベアにいる無価値な男達を俺たちに引き渡せ。イスラエルの中から邪悪な連中を焼き殺すてしまうのだ。 しかしベニヤミン族は同意しなかった。 

昨日のレビ人の妾が輪姦殺人された結末が今日の箇所です。中央聖所から一方的に全国に使いを送り、欠席裁判でギベアの若者グループを引き渡すように、ベニヤミン部族に通告されたのです。

  当然ベニヤミン族もそれを拒否するために、当事者たちから事情聴取を行ってたでしょう。

  その結果の彼らの結論は「青年たちだけを一方的に処刑するには忍びない。」と言うものでした。 しかし、事はレビ人の一方てきな主張だけが記録に残され、事は進んで行ったのです。 

  その結果は、イスラエル民族からベニヤミン部族に戦争を仕掛け、ベニヤミン部族が存亡の危機に落とし入れられる結果をもたらしました。

 この続きは明日にご紹介します。 

縛られた妾

縛られた妾 士師記19章10節 

今日は士師記の19章です。早速直訳です。

旧約聖書士師記19章10節ヘブル語原典直訳。

10 ・ そして 無い 彼が同意した その男 に夜を過ごす事の そして彼は立った そして彼は歩いた そして彼は来た まで 直面 イエブス(彼が踏みつける?) 彼女 イエルシャラム そして共に彼 繋ぐの 驢馬ら 縛られているらは そして側女彼 共に彼

旧約聖書士師記19章10節 70人訳ギリシャ語 アレキサンドリヤ写本原典 直訳。

10 ・ そして 無い 彼が願った その 男 野営(宿泊)させられる事 そして 彼は上に立った そして 彼は離れ来た、そして 彼らは側に起きた 迄 面するに イエブス (彼女は 彼が存在し続けているイエルサレム)、そして 共に 彼 軛の 下に軛ら 上に荷されているらの、そして その 側女 彼の共に 彼。

旧約聖書士師記19章10節  70人訳ギリシャ語 バチカン写本原典 直訳。

10 ・ そして 無い 彼が気に入った その 男 野営(宿泊)させられる事 そして 彼は上に立った そして 彼は離れ来た、そして 彼が来た 迄 面前に イエブス (彼女は 彼が存在し続けている イエルサレム)、そして 共に 彼 軛の 驢馬らの 上に荷されているらの、そして その 側女 彼の 共に彼。

旧約聖書士師記19章10節ヘブル語原典意訳。

10・そしてその日の午後レビ人は逃げ帰った妾の家でこれ以上宿泊する事が嫌だったので家に向かって出発した。そしてこの時はまだエブスと呼ばれていたイエルサレムの城塞に来た。彼と一緒に驢馬が繋がれ、さらに縄で縛られた側女が彼の横にいた。 

  今日の出来事にはすこし背景の説明が必要でしょう。おそらく中央聖所(シロ)に住んでいた祭司の一族(レビ)人の側女がベツレヘムの実家に逃げ帰った為、そのレビ人は女を取り返しに出かけたのです。その女の親は身売りさしたも同然な娘が不憫で、取り返しに来た男を何とか5日間止めたのです。しかし、その5日目の午後遅く彼は父の願いを退け、家に向かって出発したのです。 

  当然、もう逃げ出さない様に側女は縄で縛られて嫌いな男に無理やり連れられていたのです。 

  そして、それを見たベニヤミン族の若者たちがこの男の泊まっている家を取り囲んで、輪姦殺人事件が発生するのです。一見するとベニヤミン族が一方的に悪い様ですが、このレビ人もかなりの悪人です。白昼事も有ろうにいい年をした祭司(レビ人)が若く美しい妾を縄で縛って自宅へ連行していたのですから。それを見かけたベニヤミン族の青年たちがこの男に言いがかりをつけるのは致し方のない事でした。たしかに酷い事件が起きるのですがその発端は、レビ人が嫌がる女を無理矢理連れ帰る所に最初の問題があったのです。

  いやしくも、神に仕えるレビ人が自分の欲望を満たす為に金に物を言わせて女を意のままにしていたのですから、誰もそんなあさましい祭司やレビ人の教えにまともに聞く事は無かった事でしょう。 

余分ですが、今日の聖書箇所が何故原典に従って忠実に訳出されていないか気になるかたもお有りでしょう。参考の為に権威と定評ある有名なハーレーの聖書ハンドブックの巻末にある教会史のページを読まれると納得出来るかと思います。少し古いですが1974年版のp728一番下の箇所から一部抜粋して見ましょう。

「教皇セルギウス3世904-911,は★マロツイアと言う情婦を持っていた。彼女とその母テオドラとその妹は「教皇の椅子と情夫と不義の子で見たし、教皇の宮廷を盗賊の巣窟とした」これは歴史上「売淫政治」あるいは「売淫婦の統治」として知られる。
ヨハネス10世,914-928年はテオドラ(彼女は他にも情夫を持っていた)の情欲を満たす為にラヴエンナからローマにつれて来て教皇に任ぜられた。彼(教皇は)★マロツイアによって窒息死させられ、彼女は続いて自分の子供を教皇にした。レオ6世,....
ヨハネス12世,955-963年,★マロツイアの孫に当たり「あらゆる罪を犯した。地位の高低をとわず、処女、未亡人を犯し、父の情婦と同棲し、教皇宮廷を売淫の館とした。彼は姦淫の現場で怒り猛った女の夫によって殺された。
上記は、この聖書ハンドブックに記された記録の一部分です。いつの時代も地位と権力と富が宗教家を腐敗させる真理は普遍です。

キリストの様に地位も財産にも無縁で貧しく無産の本物の宗教者が尊ばれる時代は過去も現在も未来にも存在しないのです。(キリストも民衆に死刑を要求された) 何故なら多くの人が地位と富と権力を宗教に与え、また人々は宗教から自分の現世利益(神の呪い)を得る為に宗教を利用する意外に関心がないからです。

そんな人々に聖書を正しく翻訳したら、殆どの宗教家自身が己が身に詰まされ、しかも聖書を読む信者さんに宗教家に対する不審を増長させ事は自明だからです。

  と言う事で、今日は聖書が正直に記している当時の宗教家たちの(今も昔もあまり変わらない)退廃ぶりのご紹介でした。 

祝呪の逆転

祝呪の逆転  士師記17章13節、18章27節 

今日はサムソンの次に聖書が記している混迷の時代の記録の箇所を読みました。17章が短かったので18章と合わせて読みました。早速直訳です。

●旧約聖書 士師記17章13節、18章27節 ヘブル語原典直訳 

13 ・ そして彼は言った ミカハ 今 私は知った として 彼が善さした ヤハウエ に私 として 彼が存在する に私 そのレビ に祭司
27 ・ そして彼らは 彼らは取った を 所の 彼が作った ミカハ そしてを その祭司 所は 彼が存在した に彼 そして彼らは来た に ライシ に 民 平静している そして 安心する そして彼らは撃ち殺さした を彼ら に口の 剣 そして を その城塞 彼らは焼いた 中で大火災

●旧約聖書 士師記17章13節、18章27節 70人訳ギリシャ語アレキサンドリヤ写本原典直訳 

13 ・ そして 彼は言った ミカ 今 知っているは それは 彼が善作りした 私を 主は、 それは 彼が起きさせられた 私に その レビ 中へ 祭司。
27 ・ そして 彼らは 彼らは取った 全体らを 彼が作った ミカ、そして その 祭司を、 するところは 彼が存在している 彼に、 そして 彼らが来た まで ライサ 上に 民 静かにしているを そして 承服さしているらを そして 彼らは打った 彼らを 中で 口 幅広長剣 そして その町を 彼らは焼き払った。 

●旧約聖書 士師記17章13節、18章27節 70人訳ギリシャ語バチカン写本原典直訳 

13 ・ そして 彼は言った ミカイア 今 知っているは それは 彼が確かに善する 主は 私に、 それは 彼が起きた 私に その レビ 中へ 祭司。
27 ・ そして その 息子らは ダン 彼らは取った その 彼が作った ミカイアス、そして その 祭司を、 するところは 彼が存在している 彼に、 そして 彼らが来た 上に ライサ 上に 民 静かにし

ているを そして 承服さしているらを 上に 希望 そして 彼らは打った 彼らを 中で 口 幅広長剣 そして その町を 彼らは焼き払った 中で 火。 

■ 旧約聖書 士師記17章13節、18章27節 ヘブル語原典意訳

13・そこでミカはこう言った。「ヤハウエが私を素晴らしく祝福した。何故なら私専属の祭司を神様が下さった。」
27・ダン族はミカが自分の為に任命した祭司と銀の彫像を奪い、平和に暮らしているライシの城塞都市に来た。その町は無防備であったのでたちまち皆殺しにしてその町を手に入れた。

●聖書に書かれている今日の箇所の是非はおいておいて、ミカの言葉に注目したいのです。彼は自分専用の神様を作らせて自分の家に安置し、その上に自分が念願の祭司を任命できた事を喜んで「神様の祝福」と思い込んでいたのです。

  少しでも聖書を読んだ方なら、「自分の為の神や祭司を作る事がとんでもない呪い」である事がお分かりになるでしょう。何故なら神様が人間を作り、その人間が神様の言葉を守る為に神様が選ばれるのが祭司だからです。全く反対になっている事をミカは全く気がつかなかったのです。

それどころか、自分専用の神を作る事が聖書が最も忌避する罪であるという基本原則も分からず、独りよがりに「祝福」と思い込んでしまっていたのです。 しかも、ミカ個人だけではなく周囲の全ての人々もヤハウエの神の祝福と勘違いしていたのです。

  こんな酷い罪を犯した、ミカが呪われおり、それらを失う事が神様の意志であり祝福であるのは当然の結果です。彼はダン族の兵士によって作った銀の神も、祭司も高価な祭司の装束も奪われたのです。

 と言う事で、ミカにとって「何もかも失った事」が「神様の御心=祝福」であったのですが、おそらくミカはその事を「呪い」と認識していた事かと思います。

  恐ろしいと思うのはミカの「祭司と神」を奪ったダン部族です。彼らはミカの間違いを個人ではなく部族で犯して、しかもそれを祝福と勘違いして長い年月を過ごしていたのです。 18章の30節に捕囚人の日=北王国イスラエルの滅亡の日まで(=おそらくBC1200~721年=400年近く)、この罪にダン部族は気づかなかったのです。それ故に神様はイスラエルを滅亡させたと言えるでしょう。

  これが単に旧約聖書の時代のお話であれば良いのですが、同様の祝福と呪いの反転した信仰者や信仰者の集団(=部族=教会や教団)が結構今の時代にも多いのではないでしょうか。私は「呪い」を「祝福」と思い違いしている人々がキリスト教会全体に蔓延し、しかもそれが常態化していると思っています。

具体的に言うと、ミカと同じように信仰や教会に自己の安逸や恵みに加えて自己実現を求めて集う人々が殆どです。さらに教会はそれらの人々に神の言葉を語って改悛を勧めるのではなく、正反対にその気持ちを汲み、同情し、積極的思考方やカウンセリング等と言う低俗な心理療法というイカサマによって人心を掌握し、教会に来る人々の願いや必要に答える事を通じて宗教家の自己実現を目指しているのではないでしょうか。その様な自己の利益を神として礼拝しているのがキリスト教も含めた現代の諸宗教の真相では無いのでしょうか?

聖書の基本は人間否定=全的堕落であり、その人間否定を教えている聖書こそ教会成長の妨げとばかりに聖書の明確な主張を受け入れず。反対に人間が喜び問題なく納得出来る人間肯定解釈に従った改竄邦訳を容認歓迎してすっかり神様の呪い(=人間の求める神のでっち上げと)が蔓延しています。 その様な、会衆や、周辺地域の必要とする事を言葉にした「かゆい所に手が届く様な頽廃説教」(気持ちの良くなる話し)をしてくれる偽教師たちを歓迎する風潮は地上の教会や諸宗教に蔓延しています。

聖書が行っている全的堕落が意味している事は、「人間には何一つ確かで正しい物は存在しない」と言う事であり、その様な人間の希望や満足を目指す事が結果的に聖書を否定する事になるのです。反対に、人間と人類を否定している「神とその言葉である聖書の主張に聞く」と言う事が聖書の基本なのです。人間が理解し易い様に聖書を解釈=改竄すると言う事の反対で聖書の主張を受け入れる事が聖書の教える救いの第一歩なのです。

そして、この★「人間の全的堕落」と言う聖書の★基本的教えも、聖書原典を歴史的文法的理解を踏まえる時にのみ認識できる、聖書の基本主張なのです。逆にいうと、いい加減な翻訳や、人間の解釈や説明では分かりえないと言うことになります。

聖書の最初に記されているエデンの園での人間の堕落=禁断の木の実を食する行為は、明確な神の言葉(=善悪の木の実を食べるな)の否定です。 これが聖書の人間=人類=全世界に対する根本主張なのです。別の言い方をすれば「人間の考え=視覚聴覚理性感性による判断」は悉く神の判断に逆行する事を聖書は主張しているのです。

★その様な聖書に記されている神の言葉の否定に対する聖書の帰結は明確です。エデンの園でアダムとエバにかたられた「あなたは必ず死ぬ」と言う事です。その言葉が意味している事は「地上における人類(=エダムとエバの子孫)の滅亡」と言う事なのです。

それゆえ、聖書の黙示録が天地の消滅で終わっているのは当然です。その事は聖書の最後の黙示録の結論が聖書の最初の創世記の結論と完全に同一になっているのです。

●そして、聖書が教える救いとはその様な個人や人類の滅亡を越えて、神が再創造される新らしい世界に入れられる事が「キリストの贖いによる救い。」の意味する事なのです。

その結果当然の事ですが、聖書が主張している事は人間の理性や感情や意志(=もっと生きたい、願いを叶えたい等と言う自然の欲求)に逆行(=人間の判断は聖書に敵対)するというごく当然の帰結を導くのです。

  と言う事で、今日の時代と全く同様に堕落の極みに達していたた士師記の時代と、その時代を象徴するミカとダン部族の祝福と呪いの逆転とのご紹介でした。

サムソンとデリラ

サムソンとデリラ 士師記16章4節 

今日は映画にも成った有名なサムソンとデリラの箇所を読みました。早速直訳のご紹介です。 

旧約聖書士師記16章4節ヘブル語原典直訳 

04 ・ そして彼が存在した 後ろ この そして彼は愛した 女 中で激流の 葡萄の蔓(ショレク) そして名彼女 デリラ(思わせぶり?)

旧約聖書士師記16章4節70人訳ギリシャ語アレキサンドリヤ写本直訳 

04 ・ そして 彼が起きた 後に これら そして 彼が愛した 女を 上に その 冬増水 ソレク、 そして 名 彼女に ダリラ。

旧約聖書士師記16章4節70人訳ギリシャ語バチカン写本直訳 

04 ・ そして 彼が起きた 後に このこと そして 彼が愛した 女を 中で アルソルケ、 そして 名 彼女に ダリダ。

旧約聖書士師記16章4節ヘブル語原典意訳

04・サムソンがガテの城門をヘブロンに運んでから、彼は一人の女を愛した。その女は葡萄の蔓と言う名の涸れた谷に住むデリラ(思わせぶり)と言う名であった。

 最初に愛した女性が昨日ご紹介した様に、サムソン故に親子で焼き殺されたのは彼にとって衝撃であったのでしょう。その苦悶ゆえにか、サムソンは次から次へと女を変え、最後は遊女デリラに入り浸りとなってしまいました。 

  おそらく最初に愛した女性が忘れられず、その女性に似た面影のある女性に惹かれたのだと思います。そして、そのデリラと言う女性はお金にしか感心の無い場末の遊女で会ったのです。それが故に彼は、自分の力の秘密を明かし、捕らえられて両目をえぐられ足かせに繋がれる身となったのです。そして彼が第二番目に愛した女の町であるガテにあったペリシテ人の神ダゴン(魚神)の神殿で石臼挽きをして見せ物となっていたのです。

  そして、最後はその神殿で行われたお祭りの日に、余興で引き出されたサムソンが神殿の巨大な大黒柱を引き倒して大勢のペリシテ人を殺して、彼の生涯は閉じられるのです。

  興味深いのはそのサムソンの死体を引き取りに来たのは彼の弟たちでした。何故なら彼の父は既に他界ししおりその父の墓にサムソンも葬られたと聖書は記しているのです。

  不幸な出会い故に女遊びに明け暮れて父に心配を書けたサムソンが、父の墓に葬られたと言う聖書の記録には本当に考えさせられます。

  と言う事で今日はサムソンを上手く騙してその結果死に至らせた一人の遊女の名がデリラ(=思わせぶり)であったと言う事のご紹介でした。

豊川海軍工廠大空爆に関する補足説明

以下は現在の豊川海軍工廠や関係のホームページへのリンクです。
http://underzero.net/html/tz/tz_253_1.htm

http://www1.linkclub.or.jp/~oya-wm/toyokawafile/toyokawa.html

http://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/kusyu-toyokawa.htm

http://www2.ttcn.ne.jp/~heikiseikatsu/index.html

豊川海軍工廠の犠牲者数に関しては以下の豊川市平和都市宣言「二千五百余名」に異議あり大島信雄氏の言葉をご覧ください。 (残念ながらこのページは最近削除されてしまいました。)

http://www02.so-net.ne.jp/~oshimamd/kaika/t7616.html#TOP

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 豊川大空襲犠牲者総数に関しての私見 

豊川工廠大空襲の犠牲者2500余名は豊川稲荷に隣接する「豊川海軍工廠戦没者供養塔」の台座に刻まれた犠牲者名の数にすぎない。その氏名を挺身隊や学徒動員名簿の実数と比較すると実際の犠牲者数の1/10以下と推測される。私が、清水市在住のおり1983年に豊川市を訪れその数を確認した。その旨を父に話したが、言下にその犠牲者数を否定した。「豊川空襲の犠牲者はその程度の軽微な被害ではなく、実際に自分が犠牲者の遺体埋葬に携わった日数から換算して2万あるいは3万名を越す甚大な被害であった。」と証言した。様々な犠牲者名簿の比較に加え、工廠幹部の敵前逃亡の隠蔽工作を勘案すると、犠牲者の実数はやはり3万名を下らないと推論される。

犠牲者2から3万人の根拠
その根拠を上げると、爆死した八南国民学校の児童22人のうち、供養塔に名が記されているのはたったの2名のみである。他にも同様の例があり、それらを参考にして犠牲者の実数は大本営発表の2500名の10倍以上で約3万人と結論するのが妥当と思われる。大本営発表の恒として戦果は拡大粉飾され、被害は過少どころか常に軽微とされた。ミッドウエー海戦の戦果発表を初めとする、大戦中の日本国民に開示された全て過大な戦果と実体を無視した僅少な被害報道の例を見れば自明である。3万名が過大であるというご意見に対して、その内訳として次の事を勘案したい。当時の工廠は国家総動員体制下にあって、昼夜3交代勤務による24時間操業中であった。当日の工廠勤務者中の日勤者総数のみで約3万名であった。彼らの殆どは工廠から退避する事が出来ずに工廠内で死亡したと思われる。犠牲者はそれだけではない、周辺施設や宿舎に加えて豊川市街には夜勤の4万人近い交代要因も居住していた。その中にかなりの重複はあるが、父の様に豊川市は空き家は皆無でやむなく遠隔地の豊川市域外に住居を余儀なくされた人も相当数あった。空襲時点に豊川市街と工廠に置ける昼間総人口は、当時の豊川市の人口と市外からの通勤者の合計であるから、10万名をかなり超過していたと見るべきである。勤務中で無い方々の多くは工廠の周辺で投下爆弾で犠牲となった事が知られている。それらの勤務時間外に被害を受けた方々も犠牲者総数に加えられなければならない。特に第二波の爆撃以降は猛爆の爆煙で目標が視認できず、かなり広範囲に爆弾が投下される結果となった。実際、工廠内に投下された爆弾は投下総数の約1/2程にすぎない。投下総数3253発中工廠内に確認された爆裂孔1537と二俣市に投下された14発を引いた1602発は豊川市街に投下されたと推計される。空爆当時、工廠関係者を加えた昭和19年末の豊川市人口は9万2千人に膨れ上がっていた。仮に不発弾を数%見込んだとしても、莫大な量の高性能新型爆弾が防空体制が不備で、無防備な市街地に空襲警報発令とほぼ当時に投下炸裂したのだ。それゆえ、豊川市内での犠牲者もかなりの数に上ったことは自明だ。

豊川市による空襲犠牲者調査がされない理由
不思議な事に豊川空襲の被害実体は、一度として市当局によっても、また工廠側によっても調査されていない。終戦のどさくさがあったので致し方ない面もすこしはある。実際豊川海軍工廠空襲の前年(昭和19年末)の豊川市人口は91916人で翌年(昭和20年末)には49538名に半減している。この時点では工廠の関係者がかなり市域に残留していたと思われる。さらに、空襲の犠牲者総数は市外からの工廠通勤者も加えなければならないが、空襲の当該年度の豊川市自体の人口減少数は42278名である。その内訳は、ほぼ豊川海軍工廠の閉鎖による転出と空襲による死亡者である。豊川市には当時の死亡届けと、転入出届けの記録が残されているのだ。その存在は多くの人に知られ、史実の確認に閲覧が個人情報保護法施行前に幾度か要請された。しかし、いまだに空襲時の死亡届けと転入出届けは調査も開示もされていない。誰も不利益を被るはずの無い戦死者数に関する基礎情報の開示ができない正当な理由など在るはずが無い。豊川海軍工廠の門前町として成立した豊川市が工廠の意向に沿わない市政は行い得なかったという当時の事情は理解できる。しかし、終戦後も長年豊川市は大変重要な戦争犠牲者の調査をあからさまに忌避し続けている。当局が当然成すべき空襲犠牲者の正確な調査も開示もできないと言う事は、公表されている犠牲者総数が実体とかけ離れている事を示している。その様な嘘を市が長年公表してきたという責任問題に発展することを恐れる以外に理由は考えられない。

結論
以上を全て勘案して、豊川海軍工廠大空襲における犠牲者総数は全く解明されていないと結論されなければならない。豊川大空襲の実体は軍事機密の壁に守られて歴史に記録をとどめられる事は無く、当事者らの利益の為に抹殺されたのだ。

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    誤解の無い様に最後に一言付け加えたい。豊川大空襲で無責任に持ち場を放棄して多くの人から生きる機会を奪った戦争犯罪を断罪するつもりはない。
所詮、人間は全て罪人。神の前に罪の無い人は無いと聖書は教える。もし、私が当時の工廠の警報発令責任者であったら、同様の行動を選んだ。私は、その行為によって、貧困を嘗め様々な苦しみを味わったが故に、その原因となった行為を非難する資格があるに過ぎない。

私は、全ての人が神の前に自分の罪を認め、人の前にその罪を告白し、私の父と同様に罪から救われた者となり、死の後に天国へ迎えられる様に願っている。
       
  もし、豊川工廠で敵前逃亡して守った大切な命が、今もながらえていたら、高齢で残りは僅か。この地上で天国を味わえても、真の地獄に落ちては大損害だ。足腰が立たなくなる前にキリスト教会の門戸を叩き、赦されざる大罪を告白し、罪を赦されて「天国へ招かれる資格」を得ていただきたい。

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概略  http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/23515336.html
その一 http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/23536425.html
その二 http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/23608816.html
その三 http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/23634168.html
補足 http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/23634234.html

豊川海軍工廠での被爆とその後(その3)

空襲警報発令の遅延に起因する犠牲者数の増大とその隠蔽

海軍工廠は技術将校たちの管理する組織であった。それゆえ、彼らは工廠内で唯一海軍の通信網を介して、空襲情報を知る立場にあった。また同時に、民間人の退避を指示できる唯一の立場にあった。

しかし、彼らは自分が助かりたい一心で、避難する人々によって工廠の通路という通路が避難する人々で塞がれ自分達が軍用車両で広大な工廠出口に到達する時間が無くなるのを恐れたのだ。

また当然、軍の上層部から「空襲時は一銭五厘で徴用された工員などどうでもいいから、軍の機密情報や設計図面などの持ち出しを最優先せよ。」との指令があったであろう。しかし、機密情報の疎開等は、いくらでも事前になす機会があった、当時既に豊川海軍工廠は疎開を開始していた、また他の工廠の空爆状況も十二分に把握していたのだ。如何なる事情を考慮しても、工廠空襲の通報を受けてすぐ、空襲警報を発令し自分達と同様に総員廠外退避の指示をするべきであったのは自明だ。もし、敵爆撃機の進路が判明し、その通報を受けた段階で即座に空襲警報を発令していたら、第一波到来まで約5分、そして最後の第12波爆撃が始まるまでに30分を越える時間があった。爆撃が始まる前であれば一斉放送による総員工廠外退避を拡声器で一斉放送する事が出来たのであった。しかし、空爆が起きてからでは拡声設備による放送は爆撃機の騒音で掻き消され、サイレンによる空襲警報では単に通常の簡易な防空壕退避だけとなるのであった。工廠の防空壕は一般の物よりは堅固であった。しかし、焼夷弾や機銃射撃は避けらても、高性能500ポンド爆弾の凄まじい破壊力の前にもろくも崩れて、生き埋めによる犠牲者を多くする為に役立っただけであった。

一度鳴りかけて止まった空襲警報のサイレン
空襲警報に関して父は気になる一言を残した。それは、豊川海軍工廠大空襲の当日、始業まもなく「一度空襲警報のサイレンが鳴りかけて止まった」と言うのだ。今の途切れたサイレンを何事かと思ったが気にしながら作業を続けたと言うのである。その、空襲警報が鳴りやんだ直後、技術将校らが乗り込んだ軍用車両が急発進して工廠出口に走り去ったのであった。途中で鳴りやんだ空襲警報のサイレンは工廠首脳部の空襲に対する対応の混乱の実体を解明している様に思える。技術将校達の中には事態の緊迫を認識し、上官の指示を無視するか、あるいは指示を待たず急いで総員退避を指示すべく空襲警報のサイレンを起動した方がいたのだ。しかし、当然その近くで操作を見ていたであろう上官がサイレンを停止させたのだ。その理由は明白だ。自らの命が助かるには、空襲警報を停止させ、自分の工廠外退避を優先する以外にあり得無いからだ。当然そのことを認識して、直ちにサイレンの停止を命令したのではないだろうか。これはあくまでも私の想像だが、空襲警報の誤報や誤操作などは起こり得ないのであるから、その様な混乱が工廠中枢部に起きていたと見る事は適切だ。その事は爆撃による犠牲者に対して重大な責任が工廠中枢部に存在している事を示している。空襲警報の停止を命じた者は自分が恐ろしい爆撃から助かる為に、広大な工廠出口に至る長い避難路の確保が最優先出である事を十分理解していたのだ。自分が助かるか、3万人を越える工廠勤務者の退避を優先するかと言う瀬戸際に追い詰められたのだ。自分が助かるには工廠に勤務する全員の命を重爆撃下の恐怖に晒し、その結果多大な犠牲者が出る事は必要だと判断したのだ。これは軍規上の問題を越え、人間としての最低限の規律である人道に背く悪魔的な背信行為だ。多くの人の生きる権利を奪うべく、空襲警報を停止させた司令官は豊川爆撃の全犠牲に対する責任を自ら進んで背負い込んだのだ。あえて言うが、もし神様がおられるなら、当然その行為によって生じた全ての地獄の苦悶に匹敵する報復をされていることだろう。聖書によればその報いは30年あるいは60年を経て2倍、3倍となり、当人ではなく最愛の家族や親族への不幸となって、肉体や精神がむしばまれる生き地獄が周囲に生じている事であろう。

早期に空襲警報が発令され総員が退避出来ていたら
もし、総員工廠外退避が適切に指令されていたら、空襲の初期の段階で殆どの人々が避難を完了できたであろう。そうすれば本当に、大本営発表程度の2500名たらずの犠牲数で爆撃の被害をとどめる事が出来たであろう。そのことを思うと豊川海軍工廠の工廠長をはじめ以下技術将校全員は敵前逃亡犯として軍法会議に付されるのが相当だ。敵前逃亡罪なのだから、当然死刑の判決が下されてしかるべきである。しかし、彼らにとって被害があまりに甚大で殆どの人が爆撃で死滅した事が幸いした。彼らが敵前逃亡したのを目撃した証人は、ほぼ死に絶えたのだ。証人がいなけれは、敵前逃亡が発覚する事は無い。そして、酷い被害とその責任が自分に在る事を認識したくない深層心理は被害者の実数確認をしたくないという誘惑を起こさせた。犠牲者の総数が過少に報告されている事は、助かった数少ない人々の手記を見ると明らかだ。実際、助かった人々の手記には必ず犠牲者名簿に記載されていな同僚が多くあったと記している。彼らは、実際の犠牲者は公式の記録を遙に越えていると随所で告発している。父の部署では空襲の後に登廠を確認できたのは爆撃前の1/10に満たなかったと言う。殆どの仲間は爆撃の犠牲となったのだ。父は自らあの大惨事の中多少の打撲と擦り傷だけで生還したことが不思議だと言っていた。工廠幹部は関係書類が爆撃で全て消失してしまったのを良い事に、自分の犯罪の証拠となる犠牲者を隠蔽したのだ。さらに終戦のどさくさに便乗して、自己の不利益になる全ての事に「頬被り」を決め込んだのだ。その結果、彼らの悪質な戦争犯罪が白日の元に晒される事は免れたのであった。そうして、この事実は闇から闇へと葬り去られた。

敵前逃亡した者のその後と生涯における父の苦悶
 当時の工廠幹部はやがて派遣元の企業に召還され、また企業や様々な研究機関に招かれた。在る者は持ち合わせた機密情報を占領軍に引き渡して保身に腐心した事であろう。その後、彼らの多くは文字通り出世し、地位も名誉も得、めざましく発展する戦後日本を代表する企業の経営者や、研究者として名を馳せた事だろう。輝かしい自己の戦中の業績は言いふらしても、その欺瞞によって犠牲となった多くの人々の惨劇は躊躇なく忘れたのだ。そして、戦中に大罪を犯した人に限って、戦後も世渡りが上手く出世し、軍部から仕入れた様々な情報や技術を無断盗用して企業業績を上げ、莫大な利益を創出したことであろう。しかし、その影で戦争の犠牲とされた多くの者は、悲壮な日々を過ごす事を余儀なくされた。当時はまだPTSDなどという概念は一般には知られていなかった。その為、父はいつまでたっても豊川での断末魔の恐怖の体験から抜け出すことが出来なかった。想像を絶する悲壮な事件や犯罪の犠牲者は、自らその現実を直視し、それを受容し、治療に向かう事は出来得ない物なのだ。自らも、そして周囲からも何の理解も得られ無かった。そして、父は幼子を三人抱えながら働く意欲のわかない自分自身のふがいなさをどうすることも出来ずに苦しんだ。その原因が豊川で遭遇した断末魔の極限状態の後遺症であるという認識も無く、84年の人生を静かに終えた。

あれは、忘れもしない平成11年11月11日の事であった。父は以前私が通っていた自宅近くの教会に集い、入信し洗礼を受け、それからはや20年の歳月が過ぎた時であった。風邪をこじらして肺炎を併発して近くの市民病院に入院した。10日程の患いの後、呼吸困難となったのだ。息を引き取る間際の時であった。父は苦しい息の中から、看病していた家族や病院の方々に「有り難う」と言う一言を残して天国に帰って行った。葬儀は、かって私も通っていた自宅近くの小さな教会でささやかに行った。

 もし、父がこのような悲惨な経験をしなければ、戦後も今まで通り普通に商売をして、我が家も普通の家庭となっていたであろう。もし、我が家があのような貧困に投げ込まれなけれは、おそらく家族は皆普通に生活し、学歴を得て普通の社会人と成りえたであろう。そうして父も、何不自由なく生活し孫に囲まれて、社会や生活に何の疑問ももたず生涯を終えたであろう。

父の生涯の苦渋がもたらした家族のキリスト教入信
しかし、神様は父にあえて壮絶な戦争体験を与え、その中で、死と生の狭間を通らした。そして、更に戦後の復興と繁栄の中、周囲の人々の華やかさの影に、戦争の悲惨さを体験したが故に取り残されてしまう惨めさを嘗めさせた。その過程で、様々な人間の身勝手や浅ましさをつぶさに見させられた。貧困の中で多くの悲しい体験を家族全員は否応なしに経験した。忘れられないのは小学や中学の担任の教師の偏見の数々である。見すぼらしい私に対する心ない差別的で非礼な言葉の数々は今も多く脳裏に焼きつき思い出す毎に怒りと悲しみが染み出してくる。親戚や近所の人々の仕打ちも殺伐としていた。強者にはおもねるが弱者に対しては牙を剥く人間の残酷な内心のおぞましさである。そのような積み重なる体験の中で、自然と人間不信の確証が育まれた。そして、その人間への不信は、神様への信頼へと向けられるように心が変えられた。その結果、私も、また母も、そして父も、聖書を読み、その中に書かれていることに目を止めるように仕向けられた。人間の罪深さは聖書の主張通りである。そして神様の言葉は真実その物で、「慰めと義しさ」に溢れてる。これらを悟らされたのは、父の戦争における悲惨な体験が原点になっている。そして同時に、人間の罪さえもご自身の目的をなし遂げるために用いられる、「神様の御業が父の上に起きたのだ」と今思わされる。 

概略  http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/23515336.html
その一 http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/23536425.html
その二 http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/23608816.html
その三 http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/23634168.html
補足 http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/23634234.html

怪力サムソンの300匹の狐

怪力サムソンの300匹の狐

士師記14章3節4節  ヘブル語原典直訳  

03 ・ そして彼は言った に彼ら シムショオーン 私が徹底的に●潔白した そのたたく からペリシテイム として 作るは 私 共に彼ら 邪悪
04 ・ そして彼は歩いた シムショオーン そして彼は捕獲した 3 百 狐 そして彼は取った 松明らそして彼は回転した 尻尾 に 尻尾 そして彼は置いた 松明 一 間 二の その尻尾ら 中でその真中
 
士師記15章3節4節 70人訳ギリシャ語アレキサンドリヤ写本直訳  

03 ・ そして 彼は言った 彼に サアンプソオーン ●非罰 私が存在し続けている その 一度 から その 他民族らの、 それは 私が 私が確かに作る 共に あなた方 悪ら。
04 ・ そして 彼が来た サアンプソオーン そして 彼は共に取った 300 狐らを そして 彼は取った 松明らを そして 彼は共に縛った 尻尾を 方に 尻尾 そして彼は置いた 松明を 一を 上に 真中 その 二ら  尻尾らの 中で その 真中。

士師記15章3節4節 70人訳ギリシャ語バチカン写本直訳  

03 ・ そして 彼は言った 彼らに サアンプソオーン 私が●非罰し続けている(or語形から=私は自分のためにピンと張り続けている、ヘブル語=私は徹底的に潔白した) そして その 一度 から その 他民族らの、 それは 私が確かに作る 私が 共に 彼ら 邪悪を。
04 ・ そして 彼が来た サアンプソオーン そして 彼は共に取った 300 狐らを そして 彼は取った 松明らを そして 彼は上に戻らした 尻尾を 方に 尻尾 そして彼は置いた 松明を 一を 上に 真中 その 二ら 尻尾らの そして 彼は縛った。

士師記14章3節4節  ヘブル語原典意訳

03・サムソンは妻が知り合いにあてがわれた悪に対して、「お前たちの民族に邪悪を報復するがそれは当然の権利だ」と宣告した。
04・サムソンは出かけて行って狐を300匹捕獲した。そして松明を準備して狐の尻尾を逆向きに縛りそこに松明をくくり付けた。

  このあと、サムソンはこの150組の狐の松明に火を付けては、ペリシテ人たちの収穫直前の麦畑や、葡萄や、イチジク畑で暴れさして彼らの作物を片っ端から焼き払ったのです。パレスチナでは小麦の収穫期からイチジクの実がなり、そして葡萄がなる初夏から初秋は乾燥期で、火を付ければ生木でもひとたまりもなく燃えてしまいます。

  その結果は、ペリシテ軍がイスラエルに大挙して押しかける戦争になってしまうのです。そしてサムソン一人で驢馬の顎骨を武器に千人を殺害してしまったのです。その結果ペリシテ人たちはサムソンに恐れをなしてイスラエル侵略を中止してイスラエルは20年間の平和が訪れたと聖書は記しています。

  いざこざでサムソンの妻を事もあろうにサムソンの知人に与えた事が、怪力サムソンを怒らせたと言うわけで。そして今日注目したいのが●印の着いた言葉です。ヘブル語はナカッハ=潔白、ギリシャ語はアソオオス=非罰と言うわけです。

 免責と言う意味で罪が問われない。と言う事で、この潔白とは「罪は罪なのですが、その罪に刑罰が免責される事」を表しています。これは新約聖書の教える「キリスト者の罪の赦し」と全く同質です。即ち、キリストを信じたものは、罪人なのですが「非罰」=免責=罪の放置が成されると言う意味なのです。

 新約聖書で一般に「罪の赦し」と訳出されているアフイエーミは放置すると言う意味です。この言葉は「妻を行かせる」等と訳出されていてどう曲解しても「消える」と言う意味ではありません。だから、新約聖書の「罪の赦し」は正しくは「罪の放置」と言う意味で旧約聖書と全く同じ意味なのです。ちなみにこの言葉は70人訳には創世記の4章13節(別訳参照)と18章26節のソドムの罪の赦しなどを初めとして133回「罪の赦し」として登場しています。ちなみに最も対応するヘブル語はハダールで「だらしない」と言う意味になります。 

  と言う事で今日は、旧約聖書が教える事と新約聖書が教える事は基本的に同質である事の一例を、一つの言葉からご紹介しました。

豊川海軍工廠での被爆とその後(その2)

郷里に帰省してからの悪夢の日々
しかし、戦争が終わり、平和な日々が戻っても、豊川大空襲の経験は父を苦しめ続けた。降り注ぐ高性能250キロ爆弾の恐怖は、一時も父から離れる事は無かった。その本物の爆弾の恐怖は、何処までも毎夜の悪夢となって父に襲いかかって来たのだ。私が、父から豊川での被爆体験をを聞いた時、幼い日々真夜中によく父が大声で「うおぉーーうわーーおー」と大声でうなされていたのを思い出した。あの恐怖のうめきは、父が豊川で体験した恐怖の被爆体験の悪夢だったのだ。夜毎に、眠りに入ると恐怖の体験が脳裏にフラッシュバックされるのだ。そのころ、父は病気で倒れ半身付随となり寝たきりになっていた。それが故に、以前住んでいた祖父が建ててくれた家を追われ家族が一室で寝る様になっていたのだ。その結果、私が父の悪夢の絶叫を聞く様になったのだ。夜中に突然大声で叫び出す父を見ても、飛び起きたのは私一人であった。母も二人の兄たちも、全く無視して眠り続けていたのが不思議でならなかった。今思えば、父の悪夢は毎夜の事であり、誰も気にも止めない様になっていたのだ。やがて私もそのことになれて意に介さなくなってしまった。そうして、初めて父の悪夢の絶叫を聞いてから、更に20年近いの歳月が過ぎ、父から壮絶な豊川での被爆体験を聞かされたのであった。その時、初めて父の悪夢が何の原因によっているのかを悟ったのであった。

私が目撃した被爆後の父の苦悶
被爆から5年して私は産まれた。そのころ我が家は疎開先で父の実家の納屋を改造した粗末な家に住んだ。慣れない山仕事や開墾した畑でかろうじて一家は生計をたてていた。嫁いだ娘の苦労を見かねた母の実家は、小さな店舗付き住宅を豊中市本町の国道沿いに用意してくれた。田舎から僅かの家財道具を運んでそこに移り住み、開店費用まで助けられて人らいし暮らしがなんとか出来るようになった。しかし、父はそのころ、眠ろうとすると空襲の悪夢にうなされ何も手につかないありさまとなっていた。努力しても喪失した意欲は戻らず、仕事に集中することすら出来なかったのだ。その為、自宅ではじめた商売はこと悉く失敗した。そして我が家は、貧困のどん底に投げ込まれていた。商売に失敗した父は、郷里の山村を巡りながらの行商をはじめた。きっと山の緑や懐かしい人々との語らい、小川のせせらぎが心を癒したのであろう。しかし、家族は養えなかった。

親戚が経営する豊中機械製作所での業務災害と放置

そのころ近所には同じように家をもらった母の兄弟たちが住んでいた。彼らは父の豊川海軍工廠での経験を知って、その技術をあてにし一儲けを目論み、池田市の自動車会社の下請けとして豊中機械製作所を始めた。有無を言わさぬ強引さで父はその職工にされた。工作機械の技術を持っていたのは父一人であった。頼りにされ、無理をして働いた。盆も、正月も休めずに、自分勝手に作った中古の工作機械の借金を返済する為と期限を切って納期を定め、馬車馬の様に来る日も、来る日も、来る日も、早朝から深夜11時まで休むことなく働き続けさせられたのだ。騒音に近所からの苦情も受け、牢獄の様な裸電球一つの薄暗い工場に痩せこけた父は働く事を余儀なくされた。その町工場の雰囲気、旋盤の切削音や油の焼ける匂いは、忘れようとしていた忌まわしい豊川の出来事を想起させたのであろう。母はその状況を見て何度か休養をとる事を勧めた。しかし、小さな町工場の経営状態は、一日の納期の遅延も許されない状況であった。そして、子供の目にも父のやつれ方は、痛ましかった。5年の歳月が過ぎようという冬のある日のことであった。突然意識を喪失した父は、せまい工場で倒れ、頭部を強打して病院に担ぎ込まれた。脳内出血をおこし、44歳にして半身不随となり寝たきりとなった。父が定職を得た事による仄かな希望がふき消え、細々とした生活が暗転した。零細町工場故に補償どころでは無く、解雇の通知も医療費の補償も無しのつぶてであった。母は育ち盛りの3人の男の子と寝たきりの病人を抱える事となった。母が祖父からもらったはずの家も、零細工場に父の代わりの熟練工を居つかす為、宿舎として近くて便利だからと、是が非でも明けろと借金の連帯保証人になっていた親族一同に迫られた。実家の近くに祖父が持っていた廃屋同然の小さな空き家があったので、そこを「代わりに上げる」と騙されてリャカーで家財荷物を運び引っ越し仮住まいとしたのであった。後に、その家は事情が変わったとして、追い出される羽目になるのであった。

寝たきりの父の介護と母の苦悶
収入が無く、その上に重い医療費の負担が母の肩にのしかかった。母は実家が所有する店の一つを手伝う事にした。娘時代には一人で任されて切り盛りしていた店であった。しかし、今は兄弟がそれぞれ独立し、母は微妙な立場に置かれてしまったのだ。しかし、その店のおかげで漸く父の介護のかたわら生計を維持することができた。お給金はその日に売れ残った現物を持ち帰る事であった。複雑な事情の中で、親の情けに縋り、かろうじて病人と育ち盛り3人の男の子が飢えをしのいだのだ。しかし、現金収入は閉ざされ、小学生であった私の月300円の給食代も支払い得なかった。そのような状態の中で、三人の子供は成長した。母は、是が非でもせめて高校は出させたいと心に決めていた。育った兄弟らは高校の授業料は各自でアルバイトをしてその全額を当てたのだ。ようやくの事で末っ子の私が工業高校の基礎工業科を卒業し無事就職する事が出来た。その時、母が大層喜んでいたのを思い出す。

豊川海軍工廠での被爆体験を聞いた私の心境の変化
父の被爆体験を知らなかった私は、我が家の貧困は、甲斐性の無い父に原因があると思っていた。そして父を尊敬する思いは微塵もなかった。30歳近くになって、豊川海軍工廠での父の被爆を聞いた時、初めて父の苦しみを理解した。父はあの豊川の地で重爆撃の直中を逃げ回る為に、神様から人間に与えられたエネルギーの全てを、悉く使い果たしてしまったのだ。この話を聞いて以来、あれほど蔑んでいた父に対して「あの惨劇の中をよく生き延びてくれた」と感謝の気持ちを持つようになった。そして我が家の惨憺たる貧困は戦争のなせる業であった事を知った。壮絶な重爆撃に被爆した、その時のトラウマが父の人格を回復不可能な迄に破壊させていたのだ。戦争はその終結後も数十年に亘る長い期間、本人とその家族を苦しめる程に破壊力の在る恐ろしい悲劇であったのだ。父は、豊川海軍工廠で経験した壮絶な被爆の苦しみの体験を家族にも、また誰にも一度として話すことがなかった。おそらく豊川での被爆は、壮絶に過ぎたが故に、人には話せなかったのだ。父が海軍工廠での被爆体験を話したのは、不用意な私の発言が原因だったのだ。それは、父の壮絶な被爆体験を知らない私が、得意気に語った東京大空襲で焼夷弾の恐怖の誇張が、重爆撃の恐怖を話せないほどに恐れる父の琴線にふれ、その怒りを引き起し重い口を開かしたからであった。

被爆体験を語った父の話ぶりは大変具体的で鮮明であった。父の記憶はかくまで鮮明でかつ大変リアルで迫力があった。父はよどむことなく2時間近く一気にその体験を吐き捨てるかの様に話し切った。口べたな父がそのように話せたのも毎夜うなされフラッシュバックするその爆撃の光景が鮮明であった為なのであろう。

日本光学に勤務する元工廠技術将校からの求人と父の拒否
その話の最後に語った父の一言が忘れられない。 徴用解除後郷里の実家にもどり炭焼きをしていた翌年3月の事だそうだ。あの時、自分たちだけが軍用車で工廠出口に逃げ去った光学部の技術将校の一人からであった。今は日本光学と言う会社の者と言うことで田舎の父に連絡があったのだ。「東京の品川で新しい工場を作るから工員として働かないか?」というお誘いであったという。父は迷うことなく断った。

最終回は明日8月7日(豊川海軍工廠大空襲記念日)に掲載します。

概略  http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/23515336.html
その一 http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/23536425.html
その二 http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/23608816.html
その三 http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/23634168.html
補足 http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/23634234.html

ダマリス

ダマリス 士師記14章18節 

 今日はサムソンが結婚に失敗して転落を始める箇所を読みました。早速直訳です。

士師記14章18節 ヘブル語原典直訳  

18 ・ そして彼らは言った に彼 男らの その城塞 中でその日 その 第七 中で以前に 彼が来る その太陽(ヘレス)へ 何故 甘い から蜂蜜 そして何故 激しい から獅子 そして彼は言った に彼らもし無い ■あなた方が技巧した 中で若雌牛私■ 無いあなた方が見つけた 想像私 

士師記14章18節 70人訳ギリシャ語アレキサンドリヤ写本直訳  

18 ・ そして 彼らは言った 彼に その 男らは その 町の 中で その 日 その 第七 前に 沈む事 その 太陽 何 より甘い 蜂蜜 そして 何 より強い 獅子? そして 彼は言った 彼らに サムプソオンー もし 無い ★あなた方が下に征服した 私の その 若い雌牛★、 無い とにかく あなた方が探し堕している その 前に投げられた(障壁=英語のproblemの語源 ) 私の。

士師記14章18節 70人訳ギリシャ語バチカン写本直訳  

18 ・ そして 彼らは言った 彼に その 男らは その 町の 中で その 日 その 第七 前に 上に上る事 その 太陽 何 より甘い 蜂蜜 そして 何 より強い 獅子? そして 彼は言った 彼らにサムプソオンー もし 無い ●あなた方が耕した 中で 若い雌牛 私の、● 無い とにかく あなた方が知り続けている(為) その 前に投げられた(障壁=英語のproblemの語源 ) 私に。

士師記14章18節 ヘブル語原典意訳

18・約束の七日目の太陽の沈む前にペリシテ人たちがその要塞都市に来た。そしてサムソンがかけた謎を解いて言った。「何か甘い?蜂蜜より、何が猛烈か?獅子より。」そこでサムソンは言った。「何故お前たちは私の若い雌牛をたぶらかしたのか。それさえ無ければ私の思いつきを見つけられなかったくせに。」

今日、注目したいのは70人訳のアレキサンドリヤ写本です。(比較し易い様にヘブル語は■ アレキサンドリャ写本は★ バチカン写本は●でマークしました。)

興味深い事に★の下に征服した=ギリシャ語でカテ ダマサテ そして若い雌牛=ダマリン★となっているのです。このギリシャ語の語根はダアムで動詞にすると征服あるいは飼い馴らす 女性名詞にすると「若い雌牛」男性名詞にすると「雄の去勢牛」となります。

この語の基本的な意味はどうやらに飼い馴らすと言う意味のようです。ですから民族に対して使えば「征服」という意味なります。

アレキサンドリヤ写本がこの語を使ったのは、「サムソンが反抗的な女性を力ずくで征服する事に喜びを覚えた」と言うふうにヘブル語の原典を解釈した事を意味しています。

そしてバチカン写本はこれを「耕した」言う単語に解釈しました。本来のヘブル語は技巧したと言う言葉で出エジプト記などで幕屋の垂れ幕に成された綾織りや刺しゅうに加えて打ち物作りの金のケルビムや七枝の燭

台に用いられた職人業を指して用いられている言葉です。

と言う事で今日は大変困難な技量を以て始めて成される征服=飼い馴らしという言葉のご紹介でした。

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