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アベサロームの最期

アベサロームの最期 

今日はアブシャロムの最期でした。早速直訳です。

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記18章14節15節 直訳
 
14・そして彼は言った ヨアブ 無い こう 私が待ち受けささる に顔(面)らのあなた そして彼は取った 3 棒(部族or槍) 中で手の平 彼 そして彼は押し込んだ 彼ら 中で心の アブシャロム(私の父は平和)繰り返す彼 生きる 中で心の そのテレビン(樫)の木
15・そして彼らは周囲した 10 少年ら 担ぎだしたはの 備品らの ヨアブ そして彼らは撃ち殺さした を アブシャロム(私の父は平和)そして彼らは殺さした彼

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 サムエル記18章14節15節 直訳 

14・そして 彼は言った ヨアブ この事 私が 私が確かに自分のために支配する。 無い この様に 私が確かに留まる 面前に あなた。そして 彼は取った ヨアブ 3 投げ槍 中で その 手 彼の そして 彼が中で立てた それらを 中で その 心 アベサローム。尚 彼の 生きているは 中で その 心に その 樫の木
15・そして 彼らは環状した 10 奴隷ら 取ったらは その 備品らを ヨアブ そして 彼らは打った その アベサローム そして 彼らは死なした 彼を。

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記18章14節15節 意訳

14・ヨアブは言った、お前さんを相手にしてぐずぐすしてはおれない。彼はこう言うと手に3本の槍掴み、樫の大木の心に、吊り下がっているアブシャロムの心の中に槍をねじ込んでとどめを刺した。
15・そしてヨアブの道具持ちをしている10人の若者もアブシャロムを串刺しにして撃ち殺した。

  あれほどダビデ王が命乞いをしていたアブシャロム(70人訳はアベサローム)王子は、腹心の家来でダビデの実の姉の子でもある将軍ヨアブによって容赦なく殺害されてしまいました。 

  そして、ダビデ王はその後、長男アブシャロムの為にいくつもの巨大な墓を建立し今もそれらが残っています。ダビテに取ってアブシャロムは大切な息子でしたが無残な最期でした。 

  ダビデの嘆きを記した33節(原典は19章1節)は、ダビデ王が自分自身の命を狙った、アブシャロム王子の死んだ知らせを聞き狂い嘆く姿が記されています。ダビテは悲しみの中で「自分が死だ方が良かった。」と言い切るのです。勿論それは、神様がウリヤを殺害した犯人であるダビデの罪にたいする刑罰でその結果自分自身の死以上に悲しい愛する息子の死という刑罰を受けたという深い悲しみが表されているのです。

さらに、ダビデ王が悲しむ様子から分かる事はアブシャロムこそ王国を受け継ぐ資質の有る王であるいう現実の厳しさです。ダビデは自分の王国をアブシャロムに委ねる事を願っていたことが分かります。もし彼が反乱を起こしさえしなければ、間もなく彼は皆に祝福され王に即位し王国はさらなる繁栄を維持できた事でしょう。ダビデ自身の不徳の結果によって結果的に招来された王子の死は大きな嘆きと痛みをダビデとその王国にもたらしたのです。その痛みの中でダビデは自分が行ったウリヤを殺害した時のウリヤの親にとって何を意味していたかを自分の身をもって神からの報復である厳罰の公平さを思い知らされたのです。

  アブシャロムの死によってダビデの作り上げた王国は、王国で最も大切な王位を譲るべき王子が死に果ててしまったのです。長男アムノンはアブシャロムによって殺され、また次男アブシャロムも反乱に乗じてヨアブに殺されてしまったのです。そして末子ソロモンはまだ幼児でその資質は未確定だったのです。最初の王位継承がスムースに行かなかった結果、ダビデ王国はこれ以後王位の継承で荒れすさみ、その後継者問題が世代交代毎に噴出し、王国は衰退の一途を辿るのです。

  また、アブシャロムを殺害したヨアブは、思えばダビデの意に反してサウル王家のアブネル将軍も殺害してしまいました。彼もサウル王家から王国とその軍隊をスムースにダビデ王家に移すためにダビデが画策に用いようとした大切な人物でした。しかし、その企てもヨアブは破綻させていたのです。ヨアブによってウリヤも実際には殺されていたのです。この後、ヨアブはダビデ王の意に反して第五夫人アドニヤの産んだ第四王子のアドニヤの反乱にも加担してとことんダビデ王の意向をないがしろにし最後にはダビデによってソロモンに粛清(報復?)を指示しています。(Ⅰ列王記2章5、6節)

ヨアブ将軍はダビデ王にとって最も貢献して人であると同時に、ダビデの非常に重要な企てを悉く灰塵にきさした最悪の家来でも有ったのです。その最悪の出来事が今日のアブシャロムを死惨殺すると言う出来事なのです。確かにこれは、現実には家来ウリヤの妻バテシエバを盗るためにヨアブが殺してくれたウリヤの一件に対する神様から報われたダビデに対する罪の刑罰でありその刑罰はウリヤ殺害の実行者であるヨアブの手によってダビデに報復されたという事なのです。

  そうして注目しなけれはならないのは「樫の木の大木の心に吊り下がっているアブシャロムの心を突き刺した。」と言う原文の特異な表現です。「アブラハムを始め歴代の族長が神を瞑想した大木アロンバクテ(樫の霊木=教師を意味する)の心に己が失意の中で部下や兵士達に見捨てられ一人ぶら下がって(何かを深く反省して)いたアブシャロムの心をヨアブが突き刺した」と言うのが原文の特異な記述なのです。基本的にこの心(ヘブル語=ラブ、ギリシャ語=エルデイア)という語は臓器ではなく人間の感情の座である心を刺します。その「心をヨアブは突き刺しずたずたにした」というのがこの箇所の原典の主張なのです。

 これらの一連の出来事から聖書が教えている事は、神様はいつの時代にもこの地上に理想や、健全と言う物が存在する事はないと言う事だと思います。現実の世界は、たといどんなに信仰が篤く、神が罪を赦されていたとしても、人間は何処までもおぞましい存在で、地上はどこもかしこも欲望が渦巻く修羅場であり、天国にこそ望みを託すべきであると言う事が教えられていると言う事ではないでしょうか。

というわけで今日はダビデの最愛の息子アブシャロム(ギリシャ語訳=アベサローム)の最期とその意味する事のご紹介でした。

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逃亡町野営(マハナイム)

逃亡町野営(マハナイム)

今日も神様の報復について考えさせられる箇所でした。早速直訳です。 

旧約聖書 ヘブル語原典 第二サムエル記 17章24節 直訳 

・ そして ダビデ 彼が来た マハナイム(比Gn32:3,2S2:8)へ そしてアブシャロム(私の父は平和) 彼は越えた を そのヨルダン 彼 そして 全て 男の イスラエル 共に彼

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 第二サムエル記 17章24節 直訳 

24 ・ そして ダビデ 彼は通し来た 中へ マナイム、 そして アベサローム 彼は通し来た その ヨルダンを 彼は そして 全て 男 イスラエル 共に 彼。

旧約聖書 ヘブル語原典 第二サムエル記 17章24節 意訳

24・ダビデが漸くマハナイムの城塞に着いた時には、アブシャロムは父を殺す為に早ヨルダンを渡河しイスラエルの全軍が彼に従っていた。

  人生には考えもしない事が起きるものではないでしょうか。ダビデにとって、「まさか自分があのサウル王朝終焉の地マハナイムの城塞に落ちぶれて辿り着く」とは夢想だにしていなかった事でしょう。そして、早くも最愛の息子アブシャロムは父ダビデを殺す為に、皮肉にもダビデが手塩にかけて育て上げたイスラエルの精鋭を率いてダビデに追い迫っていたのです。 

  35年前サウル王家は対ペリシテ戦に破れ、首都ギブアを追われました。あの戦争で生き残れたのはサウル王の末子イシュボシエテ(恥の人)と王子ヨナタンの息子メフイボシエテとその子供達や家族でした。特に痛ましいのは老いた女性たちです。そこに妾達や家来達もその子供達を従え、取るものを取り敢えず、空腹をかかえて辿り着いたマハナイムに、35年後にダビデも全く同じありさまで多くの家族を引き連れ、無残に汚れ果てた着の身着のままの姿で女達や子供達を従えて、飢えと渇きに苛まれながらサウル王が死んだ時と同年代になっていたダビデもそこに漸く辿り着いたのです。

  彼の脳裏には当然、自分が35年前にお世話になりながら見捨てたサウル王家の経験が自分の身の上と完全に重なっていた事でしょう。あの時ダビデはペリシテ軍の陣営に身を置き、戦後情報を察知したダビデは王権を創設すべくヘブロンに居を変えてサウル王家に大きな脅威を与えたのでした。その時に、サウル王家の人々が味わった経験が全く同様に自分の上に再現したのです。ダビデには「この事の意味する事」がよくよく分かった事でしょう。「あなたがした様にあなたもされる。」と言うオバデヤ書15節の言葉そのままの経験をダビデは経験させられたのでした。

  またこのマハナイムの町は、イスラエルの族長ヤコブがハランに追いやられた20年後に帰途に昔騙して長子の権利を奪った兄エサウとの再会を前にして怯えて宿営したのもこの場所(マハナイム=野営の意味)でした。

  本当に、自分がした行為をそのまま自分に返して下さる神様を恐れて生きる事の大切さを教えられる所です。と言う事で今日は逃れの町として多くの不幸な人達が逃れ住んだマハナイムにダビデもまた追ってを避けて逃れ住み、人生について深く考えさせられた町=逃れの町マハナイム(=野営)であるとう言う事のご紹介でした。

二つの真実

二つの真実

今日は昨日のアブシャロムのクーデターの続きの箇所を読みました。早速直訳です。

旧約聖書 ヘブル語原典第二サムエル記 16章8節16節直訳 

08 ・ 彼が戻させた にあなた ヤハウエ 全ての 血ら 家の サウル 所は あなたが王した 下部彼 そして彼が与えた ヤハウエ を その王国 中で手の アブシャロム(私の父は平和) 息子あなた そして見よ 中で邪悪あなた として 男の 血ら あなた
22 ・ 彼らが伸ばさした にアブシャロム(私の父は平和) その 天幕 上 その屋上 そして彼が来た アブシャロム(私の父は平和) に 側女らの 父彼 に目らの 全ての イスラエル

旧約聖書 70人訳 ギリシャ語原典第二サムエル記 16章8節16節 直訳

08 ・ 彼は上に戻した 上に あなた 主は 全てらを そして 血らを その家の サウル、 それは お前は王した 対して 彼、 そして 彼は与えた 主は その 王国を  中で 手 アベサローム その 息子 お前の。 そして 見よ お前 中で その 悪 お前の、 それは 男 血らの お前。
22 ・ そして 彼らが固定した その 天幕を その アベサロームに 上に その 屋上、 そして 彼は中へ来た アベサローム  方に その 側女ら その 父の 彼の 下に 目らの 全ての イスラエル。

旧約聖書 ヘブル語原典第二サムエル記 16章8節16節意訳

08・ヤハウエはお前が流したサウルの家の血をお前に報復した。お前はサウルに後に王になれたが、ヤハウエは王国をお前の息子アブシャロムの手に渡された。血の男よ、お前の邪悪がお前に来た。
22・彼らはアブシャロムの為に寝室の有る屋上にわざわざテントを張り、そこに父の妾たちを収容した。準備が整うと全てのイスラエルの見ている前でアブシャロムはテントに入った。

 まあ、考えさせられる事が聖書に書かれています。8節はサウル王家の生き残りのシムイが息子のアブシャロムに追われ裸足で落ち延びるダビデにかたった呪いです。シムイはダビデを盛んに呪いました。主人サウルの家来であったダビデに対する恨みと憎しみを憎悪を込めて上から大きな石を投げつけながら呪ったのです。ダビデは一言の言い返しも無くこの言葉に甘んじたと聖書は記しています。最愛の実の息子に命を狙われる身のダビデにとってシムイの呪いは神からの呪いの言葉として甘んじて受けたのです。

 そして22節はダビデからアブシャロムに寝返ったアヒトフエルが最初に行った新王アブシャロムに対する進言です。そこで重要な事が分かります。そう、これはあのウリヤを殺害して横取りした美人のバテシエバの一件で預言者ナタンが報復として語った言葉が早速実現したと言う事なのです。 
 
 「白昼公然とダビデの妻と他人(実際には実子)が寝る」(12章11、12節)そして、この中には12章8節に有るように、前王のサウルの妻や妾もその中に含まれていたと言う事なのです。

 その女性たちは若くしてサウル王の妾や妻となり、サウル王家の没落後はその中の多くが更にダビデの妾にされました。(12章8節) ダビデが自分がイスラエルの王である事をイスラエルの人々に見せる為に先王サウルの妾を自分のものにしていたのです。皮肉な事に、その35年が過ぎようと言う時に、今度はクーデターを起こしたアブシャロムがその歴代の王の妾を自分のものにして見せたと言うのです。勿論これはアヒトフエル助言により、国民に対して見せる為に成されたパーフオマンスで、30代半ばのアブシャロムにしてみれば父ダビデの老いた妾たちで顔見知りのおばさん達と言う感覚で有ったと思われます。

 そしてこれは当然、ダビデ自身が死んだサウル王に変わって自分がイスラエルの王である事を国民に分からせる為に行った行為そのものが、今度は自分が被る順番がやって来たと言う事なのです。

 聖書は繰り返して、自己の行為がその身にそのまま返される事を記しています。その事を思うと、第一の真実としてダビデが前王サウルの妾とウリヤの妻を公然と自分のものにした。そして第二の真実はダビデが自分の妻や妾を他人に取られたと言う事です。それは原因=第一の真実=ダビデが行った事がダビデに成された=第二の真実となったという言なのです。今日も神様の報復と言う事を一昨日に引き続いて記している箇所であると言う事のご紹介でした。

http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/25636833.html 

改竄訳

改竄訳

今日は聖書翻訳とは何かを考えさせられる箇所でした。早速直訳です。

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記 第二 15章7節 直訳  

07 ・ そして彼が存在した から終わりの 40ら 年 そして彼は言った アブシャロム(私の父は平和) に その王 私は歩く どうか そして私は徹底的に平和する を誓い(祭) 私 所は 私が誓った に ヤハウエ 中でヘブロン(同盟)

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 サムエル記 第二 15章7節 直訳  

07 ・ そして 彼が起きた から 終わり 40 年らの そして 彼は言った アベサローム 方に その 父 彼の 私は確かに行く それだから そして 私は確かに離れ終わらす その 入りのを 私の、 する所は 私が祈っている その 主に、 中で ヘブロオーン。

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記 第二 15章7節 翻訳

07・そして、40年が終わり、アブシャロムは王に言った。私はヤハウエに誓願の平和祭を献げる事を願ったのでヘブロンにいきます。

 大抵の翻訳を見てもこの箇所は4年になっています。しかし、ヘブル語原典もギリシャ語原典も間違いなく40年になっているのです。そして、新共同訳はアブシャロムの40才の終わりと解釈して訳出しています。

以下は参考の為のWEBの訳文です。(WEBは public domain) 
15:7 It happened at the end of forty years, that Absalom said to the king, “Please let me go and pay my vow, which I have vowed to Yahweh, in Hebron. 

 しかし、この原文を40才とするには問題があります。普通のヘブル語では「息子の40年」と記されるからです。更に、この箇所を40才と訳出するともう一つの別の問題が発生するのです。

  それはダビデ王の三男アブシャームはダビデがヘブロンでユダ部族の王になって後に生まれました。(第二サムル3章2節)そしてダビデの王としての統治期間はヘブロンが7年6ヶ月(2章11節)そしてエルサレムで王で有った期間は33年(5章5節)で30才でヘブロンで王となり、全統治年数は40年間(5章4節他)なのです。

 その統治年おそらくBC1010からBC970年までの40年間です。アブシャロムが反乱を起こしたのはダビデ王権の末期ですが、後5年を残すBC975頃と言うのが定説です。すると最大でもアブシャロムは34才と言う事になります。

もしこれをアブシャロム40才の時に父ダビデに反逆したとすると年齢計算が5年あわないのです。今から3千年も昔の年代計算の5年や10年は問題にならないと思われる方が多いかもしれません。しかし、聖書の年代に関してはかなり正確に判明しており、先述のヘブル語の年齢の記述の一般例からみても相当無理が残るのです。

まして、ヘブル語原典や70人訳ギリシャ語原典が主張しているアブシャロムが40年間も民の心を父から盗む準備をして反乱を起こしたと訳出してもおかしいのは事実です。それ故に文語や口語新改訳が訳出している様に「4年」とするのが一番聖書年代学的には問題が少ないのです。そして古代の旧約聖書のシリヤ語訳もその様に訳出しているのです。

しかし、原文は「40年の後に」なっているのです。まあ何れの訳も「4年後」としている訳も、又「アブシャロムが40才に成った」も、ヘブル語原典を改竄して訳出していると言う事になるのです。

今日は、聖書翻訳と言うのは原文通りに訳出すると言う宣伝文句(=理想)とは裏腹に相当改竄されていると言う現実の御紹介でした。

政略(血族)結婚

政略(血族)結婚 

今日は、アブシャロムの復権の箇所でした。早速直訳です。 

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記 第二 14章27節 直訳 

27 ・ そして彼らが生まされた に アブシャロム(私の父は平和) 3 息子ら そして娘 一 そして名彼女 タマル(椰子の木) 彼女は 彼女が存在した 女 美しいの 見目

旧約聖書 70人訳 ギリシャ語原典 サムエル記 第二 14章27節 直訳

27 ・ そして 彼らが産まされた その アベサローム 3 息子は そして 娘 一、 そして 名 彼女に タマル。 彼女は 存在している 女 良い 非常に そして 彼が起き続けている 女は その ロボアム 息子に サルモオーン そして 彼が子を産んだ 彼に その アビア。

  今日はややこしい事(アブシャロムの娘のタマルの後の結婚)が追記されている70人訳の方を意訳にしてみます。

旧約聖書 70人訳 ギリシャ語原典 サムエル記 第二 14章27節 意訳

27・復権しエルサレムに戻ったアブシャロムは結婚し3人の息子と一人の娘が与えられた。その娘はタマルという名で非常に美しく、ソロモンの息子レホベアムの妻となりアビアの母となった。

 聖書と言うのは中々手ごわい書物です。何故ならば相当複雑に編まれているからです。今日はその様な典型的な箇所をご紹介しましょう。

 先ず第一に、アブシャロムの3人の息子です。第二サムエル記の18章18節を見ると「私の名を覚えてくれる息子が私にはいない。」と有ります。今日の箇所には3人息子が有り、18章の所ではどうも息子が無いと言うのです。3人とも死んだと言う可能性がかなりありますが、まあ何らかの事情が隠されている様です。またアブシャロムの娘のタマル(椰子の木)は王子アムノンに強姦遺棄された実の妹と同名です。同じ名を付けた事から考えられるのは、実の娘タマルが生まれた時にはおそらく妹のタマルは他界していたと思われます。でなければ同名を実の娘に付けるのは考えられません。まあ想像ですが。

  そしてこのアブシャロムの娘タマルは、父アブシャロムが父ダビデに反逆して将軍ヨアブに殺害され、父ダビデの後を継いだアブシャロム(父)の異母弟ソロモンの実子レハベアムの妻に成り、レハベアム王にアビヤ王子を産み彼が父レハベアム王の後を継いでダビデ王朝第4代のアビヤ王となるのです。

  しかし、ややこしいのはこの「ダビデの3男アブシャロムの娘のタマルがアビヤ王の母である」と言う事です。

 列王記第一の15章1節ではアビヤの母はアブシャロムの娘タマルでは無く、マアカとなっているではありませんか。更に 平行記事の歴代誌第二13章2節ではアビヤの母はギブアの出のウリエルの娘ミカヤとなっているのです。

 纏めるとこう言う事です。アブシャロムの妹はタマルで彼は一人娘にもタマルと言う名を付けた。娘の方のタマルは在る所ではアマカと呼ばれ、また別の所ではミカヤと呼ばれており、彼女の母の名は(=アブシャロムの妻)ウリエルだと言うのです。 

  聖書を単純に読むとタマル=マアカ=ミカヤという3人が同一人物の様な印象を受けるのです。しかし、聖書では子も孫も、更に日曾孫に至るまで「息子」あるいは「娘」と言う言葉を使うので要注意です。そして基本年代情報はアムノン殺害から逃亡が3年+自宅謹慎2年+復権後4年=6~9年?でアブシャロムのクーデター、そして1年でほぼ鎮圧され4年後にダビデ死去、そしてソロモンの治世が40年でレハベアムが41才で即位です。とするとレハブアム20才のおりに結婚出来るアブシャロムの娘タマルも年頃と推定されます。ソロモンの王即位の直後にレハブアムは生まれておりその20年後にタマルも年頃と言う事は年代的に見て、アブシャロムの娘タマルの子や孫ではなく、タマル本人がが数才年下のソロモンの子レハベアムの妻(or妾) になったとする可能性が高いと思われます。 
 
  そんな事を言われると、いったい何が何だか分からないで、混乱させられるのが聖書と言う書物の恒なのです。まあ今日の所で明確に分かる事はアブシャロムの美しい娘タマルは複雑な王家の権力闘争に巻き込まれ、父アブシャロムの政敵ソロモンの息子レハベアムと政略結婚させられ血族結婚の恒として、改名や複数の名で呼ばれていたと言う事の様です。

 まあ、聖書を読み解くのはかなり煩雑で相当読み込んで自在に関連箇所が脳裏に浮かばないと全く手がつけられないほどに複雑であると言う事です。 

 と言う事で今日は聖書を読み込む面白さと、煩雑さの一端のご紹介でした。 

愛に優る憎しみ

愛に優る憎しみ

今日は、昨日ご紹介したダビデ王の部下の妻との不倫の果ての夫殺害と妻横領事件に対する神様の報復が記された箇所でした。早速直訳です。

旧約聖書 ヘブル語原典 第Ⅱサムエル記 13章15節16節 直訳   

15 ・ そして彼は憎んだ彼女 アムノン(信頼できる) 憎しみ 大きい 非常に として 大きい その 憎しみ 所は 彼が憎んだ彼女 から愛 所は 彼が愛した彼女 そして彼は言った に彼女 アムノン あなた(女)は立て あなたは歩け
16 ・ そして彼女は言った に彼 無い 故にら その邪悪 その大きい そのこれ から後ろ 所はあなたが作った 共私 に徹底的に送る事の 私 そして無い 彼が同意した に聴従する事のに 彼女 

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 第Ⅱサムエル記 13章15節16節 直訳
 
15 ・ そして 彼は憎んだ 彼女を、越えて その 愛、するところを 彼が愛した 彼女を。そして 彼は言った 彼女に アムノオーン あなたは上に立て そして あなたは行け。
16 ・ そして 彼は言った 彼に タマル 無い、兄弟よ、それは 大きい その 悪 その 終わりは 越えて その 第一、する所を あなたが作った 共 私、その 外に離れ遣わした事 私を。そして 無い彼は願った アムノオーン 聞くこと その 声の 彼女の。

旧約聖書 ヘブル語原典 第Ⅱサムエル記 13章15節16節 意訳

15・異母妹のタマルを強姦したアムノン王子は、豹変し憎しみに苛まれた、その憎しみは彼女を愛した愛より遥に大きかった。そしてアムノン王子は妹に言った。「いつまで寝てる気だ、さっさと立って帰れ。」  
16・驚いたタマルは兄に言った。「それは無いでしょう。乙女を強姦しておいて。あなたは私を妻にするのが掟よ。追い返す気?」そういわれても王子アムノンは聞く気は全くありませんでした。

  聖書は本当に分かりやすい書物です。昨日ご紹介したダビデの罪に対する刑罰がちゃんと次の章に記されているのです。

  ご理解いただき易い様に先ず背景をご紹介しましょう。王子アムノンはダビデの第二夫人(実質は第一、第一夫人のサウルの娘ミカルは子が無い)アヒノアムの第一子でダビデ王権の第一王位継承権者=いわば皇太子でした。そして強姦されたタマルは第四夫人マアカ(燐国ゲシュル王との政略結婚の妻)の娘で、兄は後にダビデにクーデターを起こすアブシャロムです。

  そして、王子アムノンは父ダビデが30才の子。昨日のバテシエバとの不倫がダビデ57才で今はおそらく60過ぎと言う事で、アムノンも30才を過ぎていました。タマルはおそらく花の盛りで17~8才と思われます。王家の中で特にアムノンは王位継承者として特別待遇で彼は王国内で王に継ぐ最高位でした。そして、王宮中の関心事は王子アムノンのお妃選びでした。 

 普通にいけば王女のタマルは、政略結婚で外国に嫁ぐが、王族外の男子に嫁ぎダビデ王家を離れる運命でした。彼女は自分の行く末に一抹の不安を背負いながら美しく成長したのです。そして、彼女が王子アムノンの寝室に呼ばれた時には、「お兄様の手付けになれば、ファーストレデイになれるかも!」という禁断の秘められた願いが彼女の心の奥に隠されていたのです。だから二人っきりで寝室に入り、王子様の口に「アアン!」と言って寄り添うおままごとも何のためらいも無く成しえたのです。

 お手付けまでは想定通りの展開でした。しかし、誤算が起きました。折角の既成事実の後、兄アムノン王子は妹タマルに酷い嫌悪感を懐き「外に追い出せ」と家来に命じ、彼女は衆目の中、王子に飽きられ捨てられた女の烙印を押される悲劇に見舞われたのです。

 浅はかなタマルは、美しさの絶頂から突然に心も体もずたずたに切り裂かれ、奈落の底に落とされ、誰かに合う勇気を喪失し兄アブシャロムの家で見るかげもなく惨めな日々を送らされたのです。

 当然の事ですが、次期王となる予定の第一王子アムノンの大スキャンダルを断罪し罰を与え得る人は、あの不倫と殺人で衆目を集めた父ダビデ以外には王国内には存在せず、当然父ダビデもその子をとがめ罰する資格が無いたっため何のお咎めも無かったのです。

  収まらないのはアブシャロムです。妹タマルは結婚の望みを無残に絶たれ、自分の部屋から出様ともしない不憫な妹を目の当たりにしています。アブシャロムはダビデ王の三男である為、いつも兄アムノンとは格段の差別を受け、苦々しい思いの上に妹の恨みつらみが重なり、何のお咎めも無い兄が王位を継承する時が刻一刻近づいていたのです。

  そして、ある日アブシャロムは妹タマルに対するアムノンの罪を報復し第一王子アムノンを殺害してしまうのです。

  お分かりでしょうか、これはダビデ王のバテシエバとその夫を殺害した罪に対して神様が与えられた刑罰であり、報復なのです。そう、聖書は罪の赦しを教え本来であれ地上で死刑にされまた永遠の滅び持って償うべきダビデの罪を神様は赦されたのです。しかし神様はダビデに行った罪に対して「罰と報い」を与えなければならなかったのです。

  この一連の出来事を王ダビテの立場に立ってみるとよく分かります。ダビデは娘タマルを強姦された父の苦しみ、さらに、強姦した息子アムノンの親としての世間体の無い恥、更に、最愛の長男アムノンを殺された怒り、さらには、兄弟を殺した極悪人のアブシャロム父であることの恥がやって来たのです。神様がこんな酷い出来事をダビデ王家に起きさせられたのはダビデに罪の刑罰とその報復を学ばせる為であり、それは聖書は全ての人々にも知る事としてこの事が起きる事を許されたのです。 

  ダビデが殺害した妻をダビデに強姦され挙げ句に自分が殺され、妻を奪われたウリヤには、当然母も父も有ったでしょう。ダビデは平和で健全なウリヤの家族を破壊し、妻バテシエバやその両親に対してダビデの身勝手によってどれだけ苦めたのかを味わう為にこの刑罰と報復を与えられたのです。彼が人に加えた苦悶を、神様はダビデに二倍返しにして与えられたのです。

  聖書は明確に言っています。「人は種を蒔けばその実を刈り取る」(新約聖書ガラテヤ6章7節)「あなたがした様にあなたもされる」(旧約聖書オバデヤ15節)。預言者ナタンに罪を指摘されて漸く自分の罪を認め悔い改めてその罪を赦されたダビデ王ですが、神様は容赦なく行った罪が何であったのかをダビデに教える為刑罰を授けられ、また、ダビデが自己の欲望を満たす為に人に加えた害に対して義なる神様が死んだウリヤに変わって正当な報復をされたのです。しかも、被害者や当事者の周囲の人々の苦しみ合算され、しかも数倍になっています。

 ここに、聖書の原則が明確になります。そう人は罪を赦されてもその刑罰と報復を免れる事は出来ないのです。聖書は明確にそう記されています。神が罪に対して罰と報復を与えるのは、世界を裁かれる神として当然の義務なのですう。その目的は地上に罪が蔓延し、罪人が再犯を犯し、更に模倣犯を抑止し、被害者の心情を思う時罪の罰と加害に対する報復は「神様の責務」であることが頷けます。 聖書を少し読めば誰でも分かる事ですが、最初の人アダムとエバの罪がやがて、自分たちの長子カインによる弟のアベルを殺害にって殺人の加害者と被害者の両親として自分の罪の意味を悟らされたことにはじまる聖書の根本原則なのです。

何故か、残念な事に聖書の翻訳そのものも随分とこの原則を出鱈目に訳出しているのが大変気になる所です。以下はその参考リンクです。今日は以上です。 

  黄金律の誤訳
http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/611722.html
URL http://bible.co.jp/bible/nt/goyaku.htm 

罪と罰と報復

罪と罰と報復

今日デボーションに読んだ箇所は重要な事が多く大変考えさせられる箇所でした。色々有るのですが一点だけご紹介しましょう。

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記 第Ⅱ 11章10節 直訳

10 ・ そして今 無い彼女が逸れる 剣 から家あなた 迄 永遠 故に として あなたが蔑んだ私 そしてあなたが取った を 女の ウリヤハ そのヒティ に存在することの あなた に女

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 サムエル記 第Ⅱ 11章10節 直訳

10 ・ そして 今 無い 彼が確かに自分の為に離れ立つ 幅広長剣 出て その 家 あなたの 迄 永遠 対して する所らの それは  あなたが無視した 私 そして あなたは取った その 女 その ウーリア その ケタイの その 存在し続けている事 あなたに 中へ 女。

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記 第Ⅱ 11章10節 意訳

10・それ故、お前の家の内部は末代までも剣ざたが続く。それはお前が私を蔑み、異国住まいをしていたヒッタイト人の権利を踏みにじり姦淫の挙げ句に女を自分のものにしたからだ。
 
  キリスト教や聖書は愛と赦しの信仰を教えていると誤解している方も多いかと思います。今日はそれとは正反対の「罪とその刑罰と加害者への報復」という聖書の基本原則のご紹介です。昨日ご紹介した部下の妻との不倫に加え夫を殺害し自分の女にしてしまったダビデの3つの犯罪の結果が今日の箇所です。

 良く知られている様に罪を犯したダビデに対して神様が預言者ナタンを遣わしダビデは罪を悔い改めます。そして、ダビデは詩篇の51篇で罪を赦してくださる神様を讃えています。しかし、注意して今日の聖書の箇所を読んで下さい。

 確かにダビデの姦淫、殺人、そして妻の横領の3つの死刑相当罪は赦されました。だからダビデは即座に裁かれ死刑にならなかったのです。しかし、このあと姦淫で出来たウリヤの妻が産んだダビデの子は死の裁きを受けます。更に、ダビデの家庭には永遠まで家庭内に殺し合いが起き、その剣は永遠にその家を離れないと言う呪いの刑罰が記されます。更に重要なのはダビデが自分の女にしている多くの妾を自分以外の男が白昼公然と肉体関係を結ぶ。と言うダビデの罪に対する報復(二倍返しぐらい)が定められていると言う事なのです。

 聖書は罪人を愛して罪の赦しを語りますが、同時に罪人に対しそ罪の罰は与え、成した行為の報復も与える事が明記されているのです。 

  勿論これは旧約聖書丈ではありません。新約聖書も寸分違わず罪を悔い改めて、罪を赦されてもその罰と罪の報復は免れえないことを記しているのです。(参考使徒5:1-6、ローマ2:3Ⅰペテロ4:1、17、黙示22:12等)

 残念な事に余り教会ではこの基本原則が話されることは無い様です。私の僅か30数年の信徒3年+新学生8年+牧師生活26年の中で一度も聞いた記憶がありません。当然の事なのですが、こんな事を話すと信者が教会を去って、教会がさびれるので大概の教会では分かっていてもお話する人がいないのでしょう。しかし、今日の箇所で聖書は明確に語っています、神様は人が罪を犯して、その罪を認め悔い改めで罪を止めるなら、その罪は赦し罪の無いものだけが行ける天国に入れて下さいます。しかし、行った罪に対する刑罰と報復は信仰の有無に関わらず、この地上でもまた死後にも受けなければならないということなのです。罪は当然犯罪に通じます、そして被害者の立場に立ってみると当然であることが分かるでしょう。神は愛である以前に「義なる神」であるからです。

 そしてこの事は裏返して言えば、罪の反対にあたる「善や正しい良い事」を行えば当然その人に「神の栄誉や良い報いがこの地上でも、また天国でも与えられる」と言う事も聖書は教えています。更に、「善を行って悪い報いを受けた人は天国の報いが増加し、逆に悪を行って良い報いを得たものは死後地獄の苦しみが倍加する事」も教えているのです。 

  頭を冷やして考えると「 当たり前の事=聖書は罪の刑罰と行った罪に報復が在る」事を明確に教えていると言う事なのです。

  と言う事で、きょうはダビデの罪を通して明確に教え記されている「罪に対する罰と加害者への報復の存在は永遠不変」である事のご紹介でした

ダビデの不倫

ダビデの不倫 

今日は大変有名なダビデ王と配下の武将の美人妻バテシエバの不倫の箇所でした。早速直訳です。

ヘブル語原典 第Ⅱサムエル記 11章4節直訳 

04 ・ そして彼は送った ダビデ 使者ら そして彼は取った 彼女 そして彼女は来た に彼 そして彼は寝た 共に彼女 そして彼女 聖さしていたは から汚れ彼女(参Lv15:19) そして彼女は戻った に 家彼女

70人訳ギリシャ語原典 第Ⅱサムエル記 11章4節直訳 

04 ・ そして 彼は離れ送った ダビデ 使者らを そして 彼は取った 彼女を、 そして 彼は中に来た 方に 彼、 そして 彼は寝させられた 共に 彼女、 そして 彼女は 自分の為に聖していたは から 汚れら 彼女の そして 彼は離れ戻った 中へ その 家 彼女の。

ヘブル語原典 第Ⅱサムエル記 11章4節意訳

04・ダビデは部下の妻と知った上で使者に口上を授けた。ダビデは彼女を射止め、彼女は自らダビデの寝室に来た。ダビデは彼女と一緒に寝た、その日は月の物が終わり7日目の沐浴の日であった。そして彼女はダビテの側を去り自宅に戻った。

 まるで下品な週刊誌のゴシップ記事の様なお話です。先ず背景から説明する事にいたしましょう。今日の出来事の背景は、昨日ご紹介したアモン人の王ハヌンに送った弔問使節に対する虐待事件の直後です。あっと言う間にイスラエルと燐国アモンの両国は戦争に突入しました。

今日の所はその戦争の真っ最中のお話です。ダビデとの関係悪化を知ったアンモンのハヌン王は燐国アラムに援軍を要請します。その事を知ったイスラエルはヨルダ川を渡河して、アモンに侵略を開始したのです。迎え撃つアモンシリヤ連合軍は急峻な崖の上に陣取り最初は激しい戦闘になりましたが、同盟したシリャは呆気なく敗走し、残されたハヌン王の率いるアンモン軍は敗走に敗走を重ね、しもはや首都アンマン(当時はラバ=水の都)に立てこもる意外に、強力な軍事国家イスラエルに対抗し得る統べは無かったのです。

  首都アンマン(ラバ)も回りの断崖絶壁を利用した難攻不落の大城塞都市でした。攻めるイスラエルの将軍ヨアブは持久戦を強いられていたのです。イスラエルの勝利は時間の問題では有りましたが気の抜けない膠着状態であったのです。

 戦争は長引き、内政問題や外交課題も山積していた事でしょう。その様ななか首都エルサレムに留まった王国の最高権力者ダビデは外の敵には強かったのですが、自分の内側にいる欲望という敵にあっさりと負け、権力の頂点で頽廃的な乱れた生活にすっかり染まりきってしまっていたのです。

聖書によると、この日ダビデは日暮に起き出すありさまでした。宴会、遊興、酩酊の酒池肉林の、なんとも自堕落な生活に陥っていた様です。ダビデに唯一物申す事が出来たダビデの実の姉ツエルヤの長子ヨアブ(おそらくダビデより年長)も先述の敵首都のアンマン包囲に出払ったままでした。妻たちや子供たちは王国のプリンスやプリンセスとして社交界に迎えられ、手が離れダビデ回りには苦言を呈す者も無くしたい放題であったのでしょう。 

 この時、ダビデは57才、若く美しかった8人の妻たちも早50代となりその子供たちは続々と成人し、ダビデの王宮には世代交代の時期がひしひしと迫っていたのです。おそらくこのころにはダビデの周囲にはべっていた大勢の身の回りの世話をかねた佳麗な妾たちも相当に加齢が進んでいたと思われます。

 その様なダビデの目の前に、突如裸で現れた若いバテシエバの美しい沐浴姿にダビデはすっかり目を奪われてしまったのです。一方の、バテシエバは鉄器文明の先進国からやって来た王の側近の新妻でした。夫のウリヤは外国人としては異例に出世したエリート軍人でした。当時の最先端の鉄器武器による最新兵器の技術者のスキルがその事を可能にしたと思われます。素敵な技術将校ウリヤと新妻の間にはまだ子供も無く、バテシエバはどうみてもまだ二十歳そこそこの若さであった思われます。

彼女の夫ウリヤはイスラエル軍の中枢に抜擢され(ダビデの勇士の中にウリヤの名が見られます、23章39節)、その期待に答えるべく職務に没頭していた様です。鉄器文明の先進国ヒッタイト=ヘテ人からエリート技術将校としてダビデ軍に迎えられたウリヤは猛烈軍人、わき目もふらず、仕事一筋と言う所であったでしょう。

 一方留守を守る新妻のバデシエバは何不自由ない新婚生活です。しかし、唯一最大の問題は夫が長期不在と言う事でした。その上、夫が戦っている戦争は何時終わるかも知れないありさまでした。ですから待ちに待っている夫は元気で出征中で長期不在の、別居状態が続いていました。

その生活は何時果てるとも無く、後数年は夫の帰宅が望めないと言う絶え難く侘しい孤独の毎日であったのです。その様な寂しい新婚生活に耐えていたバテシエバの許に、突然王宮からの使者たちが夫ウリヤの留守宅に到着するのです。それは、権力の頂点に立ち、夫の上司のそのまた上司であり、権力絶頂期を迎えたダビデ王から誘惑の誘いを託された使者達が来たのです。そしてバテシエバは躊躇することなく王の誘いを受け入れ、自ら王の所に出向いて行った事を聖書は記しているのです。

  おそらく、二人とも最初は浮気のつもりで有った様です。しかし、バテシエバが身ごもり、その妊娠を衆目から隠し、ウリヤの実子に見せかけて事を収めようとしたダビデのもくろみは見事ウリヤによって拒否されたのです。

  夫ウリヤが折角ダビデ王が画策したまやかしの帰宅許可に載らなかった事には原因が有ります。その根拠は、ダビデとウリヤの浮気は初めからかなりおおっぴらに成されていたと思われます。第一に、ダビデがバテシエバに送った使者は複数でした。しかも、バテシエバも一人暮らしではなく夫の使用人達の目が有ったでしょう。またバテシエバを迎えたダビデの王宮には沢山の宦官や妾たちという大勢の目が有りました。当然、二人のスキャンダルは尾ひれ背鰭もついて、さまざまなルートから夫ウリヤに伝えらたことでしょう。何故なら当時は出征兵士に家族が食糧や上司への付け届けをする事はあたり前の事であり、当然ウリヤの所にも息のかかった僕が通っていたからです。(参考サムエル記第Ⅰ、17章17節他) 

  考えてみるとすぐに分かる事ですが、バテシエバが自分の懐妊を疑い、それが紛れもない妊娠である事を確信するまでに3月は要したでしょう。「私は孕んだ。」と言うバテシエバからの連絡がダビデ王にもたらされ、ダビデ王が将軍ヨアブに伝令を飛ばし、急遽夫ウリヤが戦場から帰国出来たころは早妊娠4か月に入っていたと思われます。もしそうだとすると、バテシエバはウリヤが帰国させられた時には、その懐妊は誰の目にも疑いようは無かった事でしょう。素晴らしいプロポーションであったバテシエバが夫の不在中に懐妊してしまった事実はもはや誰の目からも隠しようはありません。

事も有ろうに、夫ウリヤがダビデ王と妻バテシエバの為に命を賭して戦っている最中の二人の火遊びと、その結果の新妻の太鼓腹を見せられて、その上に見え透いたダビデ王の稚拙な隠蔽工作に加担するほどウリヤはお人好しでは無かったのだと思われます。彼なりの上司に対する精一杯の抵抗でした。 

 その一途なウリヤの抵抗によって窮地追い詰められたダビデは、ウリヤの手にウリヤ自身を殺害するように指示した手紙を持たせ将軍ヨアブ元に送り帰したのです。そして、ダビデの指示に従った将軍ヨアブの作戦で夫ウリヤは戦死させられてしまうのです。

  問題はそのあとです。このウリヤの妻バテシエバは夫がダビデの謀略によって戦死させられた後、心を痛めながらもダビデの妻になる事を承諾します。 そして、また次の子供を妊娠し60才近くなった老けた王に王子ソロモンを産み落とすのです。そして、すっかり容色の衰えたダビデ王の8人の正妻たちと張り合い、居並ぶ王子王女を押し退けて凄まじい権力闘争を乗り越えて、わが子でありダビデ王の末子であるソロモンを王位後継者に仕立て上げたのです。バテシエバはどう見ても貞淑な静かな女性とは考えられません。自分の魅力を最大限に活用し、機会さえ有れば富と権力の場にしゃしゃりでる様な野心有る女性であったのです。

  と言う事で、今日はダビデの不倫とそのお相手を務めた部下の新妻バテシエバの生きざまが見据えられる聖書のシビアな記録のご紹介でした。

謀略


謀略

今日はダビデの国防政策についての箇所でした。早速直訳です。

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記 第Ⅱ 10章 2節 直訳

02・ そして彼は言った ダビデ 私は作る 誠実 共に ハヌン(慈悲深い) 息子の ナハシュ(蛇or陰険な人) として 所の 彼が作った 父彼 共に私 誠実 そして彼が送った ダビデ に 徹底的に悔やむ事の 彼 中で手の 奴隷ら彼 に 父彼 そして彼らは来た 奴隷らの ダビデ 地の 息子らの アモン

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 サムエル記 第Ⅱ 10章 2節 直訳

02 ・ そして 彼は言った ダビデ 私は確かに作る 哀れみ 共に アンノオーン 息子の ナアアス、するところを やり方を 私が作った その 父 彼の 共 私 哀れみ。 そして 彼は離れ送った ダビデ 側に呼ぶ事 彼 中で 手 その奴隷らの 彼の 関して その 父 彼の。 彼らは離れ起きた その 奴隷らは ダビデ 中へ その 地 息子らの アムオモーン。

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記 第Ⅱ 10章 2節 意訳

02・ダビデは家来たちにこう言った。「燐国アモンの新王に同盟を勧めてはどうか? ハヌンは慈悲深いと言う、彼の親父のナハシュは訳ありではあったが随分と昔は私を好意的に援助をしてくれた。礼儀を尽くせば何とかなるだろう。」そしてダビデの家来たちは使者を燐国へ遣わした。

随分と意訳にしましたがこのような意味だと思います。前王サウルとアンモンは中が悪く、その当時サウルに命を付け狙われていたダビデとは友好関係が保てたのです。何故なら元々アモン人の王ナハシュはイスラエルのサウル王権と領土紛争がありいがみ合い、ヤベシュギルアデの争奪戦を展開していました。 そんなおり、サウル王権の妨げとなる可能性を秘めたダビデを援助するのは見え透いたアモン人ナハシュ(陰険)王の謀略だったのです。

その経緯で、ダビデとナハシュは過去には友好関係を保てました。しかし、今はすっかり事情が違います。アモン国のハヌン王にとっては強大なダビデ王国は目の上のたんこぶのようなもの。強力な軍事国家となったダビデ王朝イスラエルはアンモンの安全保証に対する大変な脅威として認識されていたのでした。隣の国(イスラエル)の繁栄はアモンの国にとってもはや妬みと憎悪の対象となりきっていたのです。

そんな中に、ダビデが父に弔意を表して使者を遣わしても、気を許せる様な情勢では無かったのです。

ナハシュの懸念は的中し、この後イスラエル軍は大挙アモンの首都アンマンに押し寄せ、2年程の包囲の後に首都は陥落し、アモン人の築き上げた全ての富はイスラエルに奪われてしまうのです。

聖書のこの記録から学ばなければならない事は明白です。 燐国や隣人とは行き違いが多く、土地や権利の利害が対立して紛争の絶えないのが世の常だと言う事です。そしてナハシュの息子ハヌンの懸念が間違っていなかった事を歴史は記録しているのです。 

確かにダビデには燐国アモンへの侵略や植民地化の他意は無かったのかも知れません。しかし、アモン人たちはダビデの侵略とその恐怖に戦き友好なんてとんでもない情勢だったのです。もしダビデがそんな隣国人の心の中の状態も知らなかったと言う事はおそらくあり得ないでしょう。その事は承知で何方に転んでも(=友好関係が維持されても、また代が変わった事によって戦争になっても)自国の利益は確保すると言う打算があって始めてダビデの弔問使節が送られていると言うのがおそらく真実だと私は思います。

このような燐国間の謀略が他山の石で有れば良いのですが、21世紀の極東の繁栄する国家とその近隣の国家も、全く同じ轍を踏む事が無い様に心しなければならないかと思います。その為には良く聖書に学んで現実を直視し自分たちの地上の生活も見据えなければならないかと思います。

と言う事で聖書が教えている国際紛争の解決の難しさのご紹介でした。

参考リンク

聖書の戦争教育 http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/23099279.html

聖書は戦争の記録  http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/4358259.html

植民地用キリスト教  http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/4271044.html

The Longest Day http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/4443865.html

南部占領作戦  http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/22398490.html

戦争神ヤハウエ http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/25316312.html

言葉も無い (ロデバル)

言葉も無い(ロデバル) 

 今日はおそらくダビデ55才の頃の出来事です。彼が30才で王となって早25年、もうすっかり王権は安定し最もゆとりのあったダビデ王権の絶頂期でした。親友であり妻の兄のヨナタン王子の遺族の消息を知ろうとした時のダビデの言葉です。その中で考えさせられる箇所をご紹介します。 

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記第Ⅱ 9章4節 直訳   

04 ・ そして彼は言った に彼 その王 何処 彼 そして彼は言った ツイバ に その王 見よ 彼 家の マキル(売り買い) 息子の アミエル(私の親戚は神) 中で ロ(無い) デバル(言葉)

旧約聖書 70人訳 ギリシャ語原典 サムエル記第Ⅱ 9章4節 直訳   

04 ・ そして 彼は言った その 王 何処に これは? そして 彼は言った  シバ 方に その 王 見よ 中で 家に マキル 息子の アミエル 出て その ラダバル。

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記第Ⅱ 9章4節 意訳

04・ダビデ王は「サウル王家の生き残りは今何処にいるのか」と問いただすと、元王家の使用人ツイバは、「マキルの息子アミエルの家に身を寄せ、場所はロデバル(言葉も無い)です。」と答えた。

 色々と不可解な事がこの出来事には隠されています。第一に、何故ダビデはダビデ王家の生き残りでいつも自分の側にいる第一夫人の「サウル王家の次女ミカルに問わなかったのか?」と言う事です。当然昔の使用人のツイバよりは確かな情報を得る可能性が高かったでしょう。それが出来なかった理由が気になります。

 ミカルは例の神の箱エルサレム搬入の折(6章20-23節)の夫ダビデへの蔑みの言葉の一件で、大奥のような場所の監視場所=言い換えれば座敷牢の様なところに閉じ込められていた様です。おそらく、王の前に出る事は禁じられ、身の自由も無い幽閉状態だったでしょう。そうでなければ、ミカルが一番知っていた筈の事をサウル王の使用人のツイバを探し出して尋ねる必要がいったい何処に有ったのでしょう。

  ミカルが再婚(重婚?=10年程)していた元夫パルテイエル(3章15節)の元から先夫ダビデに無理矢理引き戻されてから早18年程が過ぎていました。おそらくダビデにとってのミカルの価値はダビデ王朝の敵対者に対して「サウル王家の姻戚である」という正統性の表看板に過ぎず、「王権の確立したいまはもはやミカルに用は無い」と言うのが真実であったように思えます。

 ミカルはダビテ王朝の中で唯一旧サウル王家の身内でした。当然旧王朝の消息は現王朝の第一王妃である彼女に寄せられるべきだったのです。ミカルにこそ実の姉や兄ヨナタンの一族の消息が伝えられるべき立場に有ったのです。しかし、現実は反対で彼女には全くその様な可能性は無かったのです。

 いったい何故こんな事になったのでしょうか? その事から分かる事は聖書に一切記されていない王妃ミカルの身の上の現実が判明します。おそらくミカルはダビデ妻とはなばかりで王朝内には自分の身の置き所とて無く家族の身の上どころか不遇の日々を送っていた事が思いはかられます。この件に関しては、また別の機会(21章)でミカルについての詳細をご紹介する事になるでしょう。

 昔、青年ダビデは親友ヨナタン王子に、その家族の保護を約束しました。(Ⅰサム20章15節)あれからもう30数年が過ぎていたのです。あれほど栄えたサウル王家は敗戦とサウル王の死によって凋落しました。あっと言う間にダビデが王にのし上がり、さらには頼りにしていたサウル王家の将軍アブネルが事もあろうかダビデに通じ、サウル王家を見捨てようとした矢先にダビデの家来ヨアブに暗殺されます。落ち延びて再興を目指していたサウル王家は混乱の坩堝に落とし入れられてしまうのです。

 その時、かろうじて王家を継いでいたサウルの末子イシュボシエ王はダビデに寝返った部下に殺害されるのです。唯一サウル王家の正当な後継者サウル王の王子ヨナタンの長子であるイシュボシエテには成す統べはありませんでした。長い間落ちに落ちぶれて頂点から奈落の底に落とされ、思いもよらない不遇の憂き目を見ていたのです。サウル王家は完全に没落してしまい、下肢の重度障害者である彼には人望も無く、ますます落ちぶれ、王家を見捨てる人々の後ろ姿ばかりを見ながら彼は人の情けにすがってかろうじて生きていたのです。そのイシュボシエテが住んでいた場所がロデバル(=言葉も無い)と言う事なのです。

 と言う事で今日は、筆舌に尽くし難いサウル王家の王位継承権者のイシュボシエテの惨たんたる境遇のご紹介でした。

使い回し

使い回し 

今日も考えさせられる聖書箇所でした。早速直訳です。 

旧約聖書 ヘブル語原典直訳 第Ⅱサムエル記 8章7節 

07 ・ そして彼は取った ダビデ を 支配(or楯、シエレト)らの その金 所は 彼らが存在した に 奴隷らの ハダデエゼル(嵐神は助け) そして彼は来さした彼ら イェルシャラィム(基平和?)

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典直訳 第Ⅱサムエル記 8章7節
 
07 ・ 彼は取った ダビデ その 贅沢三昧(ヘブル語=支配or楯、シエレト、ギリシャ語=ギリドーナス比Nu31:50=腕輪) その 金らを、するところらは 彼らが存在している  上に その 奴隷らの その アドラザル 王の スバ、そして 彼は運んだ それらを 中へ イエルサレム。 そして 彼は取った それらを スウサキム 王は エジプトの 中で その 上に来る事 彼を 中へ イエルサレム 中で これらロボアム 息子の ソロモンの。

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 第Ⅱサムエル記 8章7節 意訳

07・ダビデはシリヤの王宮から見事な純金の飾り楯を奪い取って、主の宮の宝物庫に運び込み儀仗兵の楯にした。これらはダビデの孫のレハベアムの治世にエルサレムに攻め込んできたエジプト王のシシャクに奪われてしまった。

 本当に考えさせられる記録です。ダビテ、ソロモン王朝の栄華は所詮全て略奪品と言う事です。そして大切な事はこれらがエジプトに行き、またローマに行き、そして世界を巡っているだけの事なのです。きっとこの金の楯は融かされて形を変え、王冠になったり、また金貨になって株券に化けたりしていることでしょう。ひょっとして誰かの指輪や耳輪になっていたり、オーデイオのメッキプラグやあなたのパソコンに使われてICの金線になっているかもしれません。

 勿論、ダビデがシリヤ王ハダゼエルからこの金の楯を奪ったのが最初の略奪ではありません。太古からこれらの貴金属や宝石は権力者の手か手へと移動して、そこに僅かの自前の産出物が追加されて分量が増大しているだけの事なのです。

 これらの貴金属や宝石ばかりではありません。ソロモンが神殿建設に用いた青銅もやはり、略奪品で戦車や攻城機を始め、槍や刀に至るまで殆どが敗走したり、行き倒れになった敵からの略奪品でした。

 国家や企業の資金や技術も突きつめれば、何れも何処からか盗み取ってきた物ばかりで、自前のものなど無に等しいのではないでしょうか。世界中のどの国を見ても国土や土地は過去の戦争で殺し合って奪ったものです。たまたま今その場所にその民族があと少し住んでいる丈にすぎません。いずれ時代と共に国境は移り、力得るものが良い地を手中におさめ、敗者は政治や経済や宗教難民となって放浪と衰退を余儀なくされてきたのです。

ご存じの方も多いかと思いますが知的財産の所有権などもその最たる物です。例えばこのパソコンのOS等は略奪物の塊では無いでしょうか。新しいインターフェースと言われるGUIのマックやウインドウズもその典型です。1981にゼロックスのパロアルト研究所が発明したスターという全く斬新なワークステーション( 参考 http://www.thocp.net/hardware/xerox_star.htm )をアップルのステーブジャブスがアイデアと研究者を丸ごと盗み取り商品化し、それをステイーブが発明権者と認めてやる見返りに盗用を黙認させたマイクロソフトのビルゲイツの辣腕と実母の弁護士事務所の後ろ楯と資金力があって今日のパソコンソフト市場が成り立っています。何れのソフトウエヤにも逆コンパイラの禁止(注)がうたわれていますが、当然です。そんな事を容認しては盗用がバレバレになってしまうからです。

[注:逆コンパイラ=リバースエンジニアリング(Reverse engineering)のひとつ。禁止の目的は表面上知的財産や著作権の保護だが実際の目的は自分たちがその方法によって非合法に入手し侵害した他人の知的財産や著作権の動かぬ証拠を被害者の目から隠す為と言われる。もし、逆コンパイラによって被害者が知的財産の侵害を発見しえても、その行為(逆コンパイラ)自体がソフト購入時の誓約規定に違反する為、逆提訴を受けるリスクを生じさせる。その事によって犯罪者が被害者の訴追を逃れる大変悪質な手口で衆知公然の合法化された犯罪の手口です。]

と言う事で「お金も土地も財産も技術も所詮天下の回り物。ただ今暫く手元に有るだけですぐに何処かの誰かの物になってしまう」と言う事なのです。

  と言う事で、今日は「ダビデやソロモン王の繁栄は軍事力と経済力に物をいわせて奪い取ったものがあった丈だ」と言う聖書の教えのご紹介でした。

神殿建設禁止

神殿建設禁止 

きょうも大変重要な箇所でした。早速直訳です。

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記第Ⅱ 7章5節 直訳 

05 ・ あなたは歩け そしてあなたは話す に 奴隷私 に ダビデ こう 彼が言った ヤハウエ 何故 あなた あなたが建設する に私 家 に仮住まいする事の 私

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 サムエル記第Ⅱ 7章5節 直訳 

05 ・ あなたは行け そして あなたは言え 方に その 奴隷 私の ダビデ こう 彼が言い続けている主は 無い あなた あなたが確かに家を立てる 私に 家を その 住む事 私。

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記第Ⅱ 7章5節 訳 

05・ナタンにあなたは行って私の奴隷ダビデに「ヤハウエがこう言われた。あなたが何故私の為に私が住む家を建てるのだ。」と言え。
 
旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 サムエル記第Ⅱ 7章5節 訳 

05・あなたは行って、私の奴隷ダビデに言え。「神がこう言い続けておられる。あなたは私の住む家を建ててはならない。 」

 良くお分かりでしょう。神様の家=宮を建てようとしたダビデに対して神様は「あなたは神様の家=神殿=宮を建ててはならない。」と言われたのです。

  しかし、現実にはダビデは神殿建設の準備をしてその子ソロモンが神殿を建立してしまうのです。大切な事ですが、神様が一度として人間に「神様の宮を建てろ。」と言った箇所は聖書にはありません。 

 確かに、第Ⅰ列王記5章3節や歴代誌第Ⅰ 17章や22章 28章などには神殿を建てる様に書いてあります。しかし良く注意してそれらの箇所を読んで下さい。神様が直接言われたのではないのです。それらは、直接神様が語られた事を聞いた人が書いた記録としてではないのです。「第三者=ソロモンが『神様がダビデに言われた。』等と他人=親の発言を引用している、いわゆる間接証言」に過ぎなきのです。

  神様がダビデに言われた事が歴代誌第Ⅰ、22章8節では尾ひれ「=血を流したから建ててはならない。」と付け加えられている様です。最初は、ダビデが死んでから生まれる子孫がいつの間にか実子のソロモンにすり替えられ、そしてソロモンの時代には是が非でも神殿を建てる事が正当化されてそして宮は建設されるのです。 

  興味深いのは神殿建設中に神様がソロモンに言われた言葉です。 列王記6章12節には「あなたが建てているこの神殿(=原文は家)については『もしあなたが主の言葉に従うなら...』」と神殿建設がソロモンの勝手な行動であることが記されています。また神殿の完成時の列王記第Ⅰ、9章7節には「この宮を投げ捨てる」とやがて3百年後の神殿破壊が預言されています。また捕囚後に建設された第二神殿も、また新約聖書の時代のヘロデの神殿も完成直後に破壊されてしまったのです。(マルコ14章58節)、お分かりでしょう。神様が今日の箇所で言われたのはダビデにだけ言われたのではないのです。神様がここで言われたのは「いつの時代にも誰に対しても神様の神殿や宮を決して建ててはならない。」と言う事なのです。

そして、聖書が言っているのは人間が神様に宮=家を建てるのではなく反対に神様が人間に家=宮を建てて下さると言う事なのです。勿論、それは原罪の肉体でありそれが神様の作って下さった家=宮=神殿であり、更に死後に天国に迎えられる人にはそこに家=宮=神殿=(ヨハネ14章1~2節)を建てて下さると言うのが聖書お教えなのです。

人間が天地を作られた神様に家を建てるなどと言うのは初めからナンセンスな事なのです。

聖書は新約聖書も旧約聖書も神様が人間に家=宮(ヘブル語原典では同じ言葉ベス)を建てると言い切っておられるのです。それ故に、神約聖書では私たち神様を信じる人か神の宮で神殿であると言われているのです。(第一コリント3章16節、ヨハネ2章19節)

  総合的結論です。「神様は人間が神様に宮や神殿を作る事を大変嫌悪しておられる。」と言う事なのです。

  今日の箇所でダビデが神殿を建てようとしたのも、目的は明確でした。イスラエルの北の10部族がダビデの元に通い、国家の経済的基盤や、神殿における税収を確立して自己の権力を確立する事でのダビデの悲願を達成するためで有ったからです。

  そして、皮肉な事にソロモンの時代の後に王国が分裂して、ダビデ王権を離脱した北王国のヤロブアム王は、このエルサレム神殿に対抗する宗教の構築が最重要政策となりました。(列王記第Ⅰ、12章26節)。

もし、ダビデやソロモンが我田引水の為に無理矢理にユダの民族都市エルサレムに神殿を建立していなかったらもしかしたら歴史は変わっていたかもしれません。もしヤハウエの宮がエルサレム以外のユダ部族以外の他の部族の町にあったままであったら、(ダビデ以前に中央聖所があったシロ やギブオン等)そしてダビデが自己の王権強化と言う政略に神様を利用していなかったら(=政教分離が出来ていたら。)北王国の分裂後にヤロベアム王はエジプトやフエニキヤの宗教をユダに対抗する為に導入する必要は生じなかったでしょう。

北王国もヤハウエを信じて国家を運営していく事が出来たと思われます。しかし、もしそうなっていれば当然南王国ユダは歴史から消えるか、あるいは北王国の一部で有り続ける結果となったでしょう。そうすれば北王国10部族の国家の破綻が避けられ現在のイスラエルみユダヤ人ではなくイスラエル人と呼ばれたことでしょう。しかし、現実にはダビデ王朝をささえたユダの部族だけが歴史を乗り越え、そして新約聖書の時代を迎えキリストが誕生される結果となるのです。そのこと思うと、 何れの時代、何れの国でも国家の基本はやはり宗教政策なのだと思わされます。

  今日はダビデが何故神殿を建設しようとしたのかその目的と、神様が宗教を政治に利用する事を禁じられた箇所のご紹介でした。 

契約の箱入城

契約の箱入城 

今日はダビデがエルサレムの町に契約の箱を安置させた所です。早速直訳を二カ所ご紹介します。

旧約聖書 ヘブル語原典 第Ⅱサムエル記6章6節 20節 直訳

06 ・ そして彼らは来た 迄 ゴレン(脱穀石床)の ナコン そして 彼は送った ウザ に 櫃の その神ら そして彼が取得した(参考1:9) 中で彼 として 彼らが落ちさせた その獣群(牛)
20 ・ そして彼が戻った ダビデ に徹底的に祝福する事の を 家彼 そして彼女が出て来た ミカル 娘の サウル に 呼ぶ事の ダビデ そして彼女は言った 何故 彼が栄光された その日 王の イスラエル 所は 彼が裸にされた その 日 に 目らの 侍女らの 奴隷ら彼 として 裸にされた事の 裸にされた事の 一の その★空ら(or実がない) 

旧約聖書 ギリシャ語原典 第Ⅱサムエル記6章6節 20節 直訳

06 ・ そして 彼らが側に起き(到着し)た  まで 脱穀場 ノダブ、 そして 彼が外に伸ばした オザその 手を 彼の 上に その 櫃 その 神の 下に持つ事 彼女を  そして 彼は掴んだ 彼女を、それは 彼が引き寄せた 彼女を その 子牛は、その 下に持つこと 彼女を。
20 ・ そして 彼は上に戻った ダビデ 祝福する事 その 家を 彼の、 そして 彼が外に来た メルコル その 娘の サウル 中へ 離れ合う ダビデ そして 彼は祝福した 彼を そして 彼は言った 何 彼が栄光していた 今日 その 王 イスラエル、 するところは 彼が離れ覆いされた 今日 中で 目ら 奴隷らの その 奴隷らの 彼自身の、 丁度同じように  彼が離れ覆いし続けている 離れ覆いさせられたは 一 その 踊らされているらの(比16、ヘブル語=実質が無い)

旧約聖書 ヘブル語原典 第Ⅱサムエル記6章6節 20節 意訳 

06・牛車にのった契約の箱が尾根にあるナコンの脱穀場に来た時のことであった。急な阪で荷崩れを起こしたので牛を御していたウザが契約の箱をささえようとして下敷きになって圧死した。
20・ダビデが念願の契約の箱を無事にエルサレムに入場させ全てのイベントを終わらせて家族と喜びを伝えようと家に帰ると、珍しくサウル王の娘で妻のミカルが出迎えて言った。「あなたのどこにイスラエル王としての威厳が有りましたの? 王とも有ろう者が王服を脱いで卑しい大衆と一緒に踊って!全く素っ裸で馬鹿みたい 。

 6節は考えさせられます。契約の箱は両袖デスク程度の大きさですが比重の高いアカシヤの無垢材であるため総重量が500㎏を越える重量物です。

こんなものを牛車で、しかも急傾斜地で運ぶ事自体が無謀です。上りはまだ良いのですが、下りにはかなりの加重が牛車を引いている牛にかかり、しかも牛の体重も加わります。その結果荷台の荷物が荷崩れしたり前のめりにずり落ちそうになるは当然です。そしてこんな重いものを一人でささえようとすれば下敷きになって圧死の危険が伴うのは当然でした。 
参考 URL http://bible.co.jp/tabernacle/1.htm

ダビデが王権を確かな物にする為に、ダビデの町エルサレムに神様の象徴である契約の箱を運ぶ途中で起きた死亡事故は、大変なイメージダウンでした。その為、急遽イベントは中止し、日を改めて式典をやり直したのでした。

そうして出直し入城は3月後に決まりました。その日はダビデにとって最も重大な一世一代の大イベント=契約の箱のエルサレム入場と言うわけです。なにしろダビデ王権を永続させる為には首都エルサレムに求心力が必要であったからです。そしてそのイベントが滞り無く終わった後、ダビデは自宅に戻ったのでした。サウル王の娘で妻のミカルがダビデをたしなめたのが20節です。

このミカルの発言にはなかなか考えさせられる物を含んでいます。サウル王家では、やはり服装や立ち居振る舞いに大変気をつかい外見で国民を信頼させていた事が思わされます。その服装と立ち居振る舞いで王としての威厳を保つ事が子弟にしっかりと教育されていたからミカルのこの発言が有ったのではないでしょうか。

中身よりも外側が大切と言うのがサウル王家の伝統だったのです。確かにサウルは見かけの良い王様で威厳が有ったのですが、問題は中身がどうも薄かった様です。

ミカルの言葉で言えば見かけの悪い事は「空」(★印)と言うわけです。その辺りにサウル王朝が一代で終焉した原因が有った様に思います。ダビデの様に外見無視も困りものですが、外も中も整う事が理想と言う事なのでしょう。

と言う事で今日は契約の箱のエルサレム入城の日の2つの出来事のご紹介でした。

戦争神ヤハウエ

戦争神ヤハウエ 

今日も聖書の本質を知る大変重要な箇所でした。早速直訳です。

旧約聖書 ヘブル語原典 第Ⅱサムエル記 5章10節直訳 

10 ・ そして彼は歩いた  ダビデ 歩く事の そして大きい そしてヤハウエ 神らの 戦争らの 共に彼

旧約聖書 ギリシャ語原典 第Ⅱサムエル記 5章10節直訳 

10 ・ そして 彼は来た ダビデ  来させられたは そして 大きくされたは そして 主は 全力(パントクラトォール) 共に 彼。

旧約聖書 ヘブル語原典 第Ⅱサムエル記 5章10節意訳 

10・そしてダビデはますます強大になり、戦争神ヤハウエが彼と共に存在した。

戦争神とは凄い言葉です。ヘブル語ではツアバーという動詞で「戦争を遂行する」と言う意味です。ギリシャ語はこれを全支配パントクラトールと訳出しています。ご存じの方も多いかと思いますが、クレオパトラがエジプトにシーザーを迎えた時にこの称号=パントクラトールを用いたそうです。一般にローマが戦時体制に執政官が指名して任命される国家非常時に国家の全権を掌握する独裁官をさします。これはラテン語のデイクタトールに相当します。

そして、聖書はヤハウエの神がこの戦争遂行神=パントクラトールという意味の称号を使用していると言う事なのです。 おそらくどこの国の翻訳もこんな極端な言葉を用いている聖書をそのままに翻訳する勇気が無かったようです。それ故に、曖昧な言葉に訳出して聖書の主張を薄めて、原典を知らないひとには疑問を持たなくするために、問題の無い柔らかい表現にせざるを得なかったのでしょう。

と言う事で今日は聖書自身が神様について言っている「戦争神」という神様のご自身が選ばれた称号のご紹介でした。以下は参考リンクです。

聖書の戦争教育 http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/23099279.html

聖書は戦争の記録  http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/4358259.html

植民地用キリスト教  http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/4271044.html

The Longest Day http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/4443865.html

南部占領作戦  http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/22398490.html

矛盾

矛盾 

今日はサウル王家の後継者イシボシエテを殺した男達に対する報復の記された箇所でした。早速直訳です。 

旧約聖書 ヘブル語原典 第Ⅱサムエル記 4章12節直訳 

12 ・ そして彼は徹底的に命じた ダビデ を その 若者ら そして彼らは殺害した彼ら そして彼らは徹底的に切り取った を 手ら彼ら そしてを 足ら彼ら そして彼らは吊るした 上 その溜め池 中でヘブロン そしてを 頭の イシ (男) ボシエテ(恥) 彼らは取った そして彼らは埋葬した 中で 墓の アブネル 中でヘブロン

旧約聖書 ギリシャ語原典 第Ⅱサムエル記 4章12節直訳 

12 ・ そして 彼は中で命じた ダビデ その 奴隷らに 彼の そして彼らは殺し続けている 彼らを そして 彼らは短くした その 手らを 彼らの そして その 足らを 彼らの そして 彼らは吊り下げた 彼らを 上に その 井戸 中で ヘブロオーン。 そして その 頭を メフイボシエテ 彼は葬った 中で その 墓に アブネル 息子 の ネル。

 不思議に思う事はダビデはアブネルを殺害したヨアブに何の処分も成さなかったのかと言う事です。確かにダビデは死の床でその末子ソロモンに命じてヨアブや他の主要な家来たちの粛清を命じます。列王記2章5、6、9節→25、31、35、46節)しかし、それは30年以上も後でそれは代が変わってソロモン王の仕業でした。

 権力を持って側近のヨアブには一言のお咎めも無く、その代わり、サウル自殺幇助の嘘の証言をしたアマレク人の男や、今日ご紹介したイシボシエテ殺人犯を即座に処刑したのは少し片手落ちと言わざるをえないかと思います。

  勿論、これはダビデのイスラエル10部族に対するスタンドプレイと理解すれば納得出来るのでは無いでしょうか? そして、このダビデの情報操作の上手さには感嘆します。あの第三夫人マアカの産んだ王位三男が起こしたアブシャロムの反乱でヨアブがアブシャロム惨殺し、すっかり王国が荒んだ時に上手に人心を掌握して王権を再興しました。(サムエル記第Ⅱ19章14節)

  まあ、本当にダビデの人心掌握の辣腕ぶりには本当に教えられます。

  と言う事でダビデが男だけで8人兄弟の末っ子として、両親や兄たちの気持ちを操作して生きる術を自然に身につけて育った事が、王となってから大変役に立ったのだと思われます。そしてヤコブの12人の兄弟の11番目のヨセフもやはり多くの兄たちや複雑な家庭内の力関係を察知する才能が磨かれた為か、人心掌握に長けて、行く先々で重用され、最後はエジプトの宰相になった事も同じ事を例証しているかと思います。

  それ故に、一件矛盾するかの様なダビデの対応ですが、彼は上手に自分の利益に人心を誘導する為に最善の判断をしていたと言う事のご紹介でした。

未必の故意

未必の故意 

今日も大変考えさせられる聖書の箇所でした。早速直訳です。

旧約聖書サムエル記第Ⅱ3章22節26節ヘブル語原典 直訳

22・そして 見よ 奴隷らのダビデ そしてヨアブ 彼が来た からその略奪 そして略奪品 多い 共に彼ら 彼らは来さした そしてアブネル 無い彼 共にダビデ 中でヘブロン として 彼が徹底的に送った彼 そして彼が歩いた 中で平和
26・そして彼は出てきた ヨアブ から共に ダビデ 後ろの アブネル そして彼は戻さした を彼 から水溜の そのシラ(離反?)そしてダビデ 無い彼が知った 

旧約聖書サムエル記第Ⅱ3章22節26節ギリシャ語原典 直訳

22・そして 見よ その 奴隷らは ダビデ そして ヨアブ 彼らが側に起きた(到着した) 出て その 出道(ヘブル語=略奪) そして 奪ったら 多く 彼らは運んだ 共に 彼ら。そして アブネル 無い 彼が存在している 共に ダビデ 中へ ヘブローン、それは 彼は離れ送っていた 彼を そして 彼が離れ来てしまっていた 中で 平和。 
26・そして 彼は上に戻った ヨアブ から その ダビデ そして 彼は離れ遣わした 使者らを 後ろに アブネル、そして 彼らは上に戻し続けている 彼を から その 井戸 その セイラム。そして ダビデ 無い 彼が知った。

  今日の箇所を簡単に説明しておきます。ぺリシテ人との戦争に生き残った将軍アブネルがサウル王の美人妾のリッパに手をつけたのをサウル王家の生き残りのイシュボシエテがとがめた所、アブネルはサウル王家を裏切りダビデと通じたのです。ダビデはアブネルの足元を見て、自分がサウル王家の壻であり、当然サウル王家の王位継承者であると言う象徴に他人の妻になっていたミカルをよこす事を条件にアブネルとの会談を承諾します。 

  そして、その日時はダビデ王の従兄弟にあたるヨアブ将軍の不在時に設定しました。当然ヨアブにしてみれば、アブネルは自分よりも遥に実績が有り、しかもイスラエル10部族の将軍職ですから、そんな話がまとまれば自分の立場が無くなります。

  それを承知でダビデがアブネルと会った事は、当然何としても容認出来ません。しかも、ヨアブはダビデ達が贅沢に暮らせる為に、例の略奪に出ていたのですからこんな馬鹿らしい話は断固阻止しなければなら無かったのです。

 アブネルの一件を耳にしたヨアブはダビデのもくろみを察知し、直談判に及びます。しかし、ダビデは全く聞く耳を持ちません。そこでヨアブは王に無断でアブネルを追撃し殺害してしまうのです。

 その一件で気になるのはダビデの行動です。26節によると「ダビデはヨアブがアブネルを殺害する事を知らなかった。」と言う事なのです。しかし、誰が見ても、殺戮のプロで略奪を専門とするヨアブがダビデのもくろみを看過することはあり得ない事でした。当然ヨアブは保身の為にも、また弟アサエルの敵討ちの為にもアブネルを追撃し殺害する事は自明でした。

  しかし、「ダビデは知らなかった。」と言い切るのです。 そしてダビデは「アブネル殺害と自分とは全く関わりがない事を周知徹底する為に、その日の夕食だけを断食してそれを広く国民に布告するのです。35節。」 

  ダビデにしてみればアブネルが死ねば、サウル王家は瓦解し、何方道イスラエル10部族はダビデ側に着く事は自明でした。何しろ、イスラエルは強力なペリシテ軍との全面戦争と後方に控えるアモン人との戦争遂行する危機に瀕していたのです。

  しかし、もし、ダビデがアブネル殺害を推進したと、思われるとダビデ王家がイスラエル10部族を纏める可能性は殆ど無かったのです。と言う事で、ダビデはヨアブがアブネルを殺す事は当然分かっていて、反対はしなかったし、賛成もしなかったと言う事なのです。まあ、ダビデはより悪くない選択、それは「成り行きに任せて、事後対策、アブネルの死を痛み悲しみ、半日も服喪し夕食を一回も抜いた事を繰り返して広報し宣伝活動に力を入れる」のが得策と判断したと言う事なのです。

  このアブネルに対する服喪も一食の断食でした。そして興味深いのは彼の義父サウル王と親友ヨナタンの死に対する服喪は更にそれより少なく夕食までだったのです。(第Ⅱサムエル記1章12節)要するに日が暮れてから夕食を数時間遅らして食べただけです。実質的に一食の断食もしなかったと言う事なのです。しかしわざわざそんなお粗末な断食と服喪をことさらに記しているのが大変興味深い所です。
  
  本来身内(妻の父=義父)の服喪であれば7日程度の断食なり、あるいは40日程の服喪が当然なのです。(民数記20章29節=30日申命記34章8節=30日、ダニエル10章2、3節=3週間の断食) と言う事でダビデの断食や服喪はいつも一食程度で彼の偽らざる本心や断食の目的が本当によく分かります。 

  と言う事で今日は、アブネル殺害事件に対してダビデが沈黙し、また服喪した事を大々的に広報して、人心掌握に大変優れていた事のご紹介でした。「要するに政治とは今も昔も真実では無く、『如何に上手に真実らしく宣伝』するかが遥に大切である」ということを示している聖書の記録のご紹介でした。 

ダビデの本心

ダビデの本心 

今日はサムエル記第Ⅱ 2章を読みました。ダビデが言いたかったけれども言わなかった事から彼の本心が除いて見える箇所の直訳です。

ヘブル語原典 サムエル記第Ⅱ 2章7節 直訳 

07 ・ そして今 彼女らが堅くする 手らあなた方 そしてあなた方が存在しろ に息子らの 力 として彼が死んだ 主人らあなた方 サウル そして更に を私 彼らが擦り付けた 家の イエフダー 上に彼ら

70人訳ギリシャ語原典 サムエル記第Ⅱ 2章7節 直訳 

07 ・ そして 今 彼らは強くされろ その 手らは あなた方の そして あなた方は起きさせられろ 中へ 息子ら 力あるら、それは 彼が死んだ その 主 私たちの サウル、も 私が 彼が油塗りしていた その 家 ユダ から 彼ら自身 中へ 王。 

ヘブル語原典 サムエル記第Ⅱ 2章7節 意訳

07・ヤベシュギルアデの諸君、あなた方の主人サウルは死んでしまったが落胆してはならない。私こそが、今やユダの部族の人々によってキリストに任じられ(擦り付けられて)いるでは無いか。

  このあとダビデは何も言っていませんが当然。「あなた方も王キリストである私=ダビデに従うべきなのです。」と言いたかったのは明白です。

 確かに聖書にはダビデに関して、「自分から王になる事は願った事も無いのに神様がサムエルを通して一方的に油を塗り、一度としてサウルを裏切った事もないし、更に、サウル王家のアブネルは私は全く殺す気は無かったのに、あのヨアブが弟アサエルの仇に殺したので、私には責任がない。」と言う意味の事が明白に書かれています。また、昨日見た様に、「サウルの戦死に関しても一切私は関係していない。まして、私はツイケラグを襲ったアマレクを追撃したのであってアリバイが成立している。」と言う事が聖書に記されています。

  そこで分かる事ですが、誰も「ダビデが王に成りたがっていて、サウル王の命を付け狙っていた。」とかサウル王の戦死や将軍アブネルの暗殺の真実はだまし討ちの上手なダビデの策略であった。」などと言っていないのにこれだけクドクドとダビデが聖書に自分の身の潔白を残しているのは、あたかもその様な批判や、噂が広くイスラエルに流布していたと思われる形跡があった事は否めないと言う事が分かります。

  実際、聖書は誰か人間の手を介して記録されている分けです。決して聖書は天から降ってきたものではありません。現実に歴代誌第Ⅰ24章6節にダビデの時代の記録が実際にどの様な状態で記されたのかが残されています。 そこには年老いたダビデ王の面前で、レビ人の書記シエマヤがイスラエルの司や2派の祭司、ツアドク系のザドクとエブヤタル系のアヒメレク、更に下級祭司やイスラエルの12部族長列席の場で記された事が記録されています。

  と言う事は、ここに列席出来た人々に不都合な事は書かれていないと言う事なのです。そして逆に言うとここに列席した人々の益になる事が聖書に記されたと言う事なのです。

  そして、聖書の基本的スタンスは「聖書にはダバール=ロゴス=実際の事実が記されている」とう言う事ナノです。しかし、全ての事実が聖書に記された分けではありません。書かれていない事=省かれている事が聖書には沢山あると言う事なのです。そして、書かれている事実から書かれていない事実の判明する事が多々存在します。その一つが、今日ご紹介した、イスラエルの国に広く流布していた「ダビデ王のサウル王家に対するたい多くの陰謀の噂」の存在です。

 あれから3040年を経た現時点でサウル王家やその後起こったダビデ王朝の記録は聖書意外には一切の記録は残されていません。しかし、処々にどんなに隠しても本心と言うものは見え隠れしているものナノです。

  今日ご紹介した箇所で分かる事は、ダビデは明白に王になろうと言う強い願望を持っていて、姑息な意図の見え見えのユダの長老達へのプレゼントをしたり、サウルを葬ったヤベシュギルアデの人々に自分がサウルの後継王になったと言う事を認めさせようとしている事が分かります。

  勿論、神様が預言者サムエルを通して語られた「サウル王から王位を取り上げてダビデに回す。」と言う御心がなる為では有るのですが、しかし、ダビデに欲やあせりが無かったわけでは無いと言う事なのです。そして彼が王になった今、王権の拡大や戦力の増大に加えて経済的繁栄を画策し、御馳走や、美酒や快楽を手中にしてその結果弱者や真面目で勤勉な国民を食い物にして、自分は食べすぎて太りすぎ、自堕落な生活で体調を壊し、睡眠障害や寝たきりとなり、最後はすっかり家族に見放されて生涯を終えていくのです。

 と言う事でこれから、サムエル記第Ⅱの聖書原典を通して、明白に記録されている事実をご紹介します。概略を言うと「聖書には権力の頂点に上り詰めたダビデとその家族の酷く惨めな堕落の姿を赤裸々に記録」してあると言う事なのです。これから徐々にご紹介させて頂きます。

我田引水

我田引水 

今日はサウルの訃報がダビデにもたらされた箇所でした。早速直訳です。 

ヘブル語原典  第Ⅱサムエル記1章14節 直訳

14 ・ そして彼は言った に彼 ダビデ どうして 無い あなたが恐れた に送る事の 手あなた に徹底的に害する事の を 油塗られたの ヤハウエ

ギリシャ語原典 第Ⅱサムエル記1章14節 直訳

14 ・ そして 彼は言った 彼に ダビデ どうして 無い あなたが恐れさせられた 上に運ぶ事 手ら あなたの 通し荒廃した事 その キリスト(油塗られた)を 主の?

  今日も翻訳は不要でしょう。興味深いのは今日ダビデに訃報のもたらす為に登場するのはアマレク人と言う事です。ダビデの留守にツイケラグを襲ったのもアマレク人の略奪隊でした。そして今日のアマレク人はサウルの軍隊に徴用されていた人の様です。

 そしておそらく、このような下働きのアマレク人たちはペリシテ軍にも多数存在し彼らは重要な戦略情報を自分たちの言葉で互いに連絡し合っていた模様です。略奪隊にはダビデの不在が知らされ、イスラエルに従軍するアマレク人にはダビデの所在が連絡されていた模様です。そして、彼はたまたまサウル王の死を目撃し彼の王冠と腕輪をはぎ取り、ダビデに取り入る為に自分がサウルの自殺を助けたと有りそうな嘘を用意して一儲けを企んだのです。

 しかし、イスラエル王になろうとしているダビデにとってこれは重大事でした。何故ならもし、このアマレク人の手からうっかりサウル王の王冠と腕輪を受け取ってしまっては、サウル王殺害はダビデの刺客によるものであったと噂が立った事でしょう。そうすれは、そうでなくともユダヤ政権を好ましく思わないイスラエル10部族は離反を強めた事でしょう。 

 だからダビデはどうしても、自分の手元にあるサウル王の王冠と腕輪が自分には関わりがない事を布告する為にこの事を記録し、国中に知らせなければならなかったのです。

 そして、サムエル記の第Ⅰの中に幾度も繰り返して記されている、ダビデによるサウル殺害のチャンスをダビデは油塗られた=キリスト(=ヘブル語=メシヤ)に手を下す事は恐れ多い事でとても私(ダビデ)には無し得るなかった。」と言うダビデに取って重要なイスラエル10部族へ知らせたい事が記されているのです。

 そして、これは同時に自分が主に油注がれた者であり、何人も王になろうと思ったり、また王を殺害しょう等と考える事は悪い事であると人々に思わせる事に意義があったのです。 

  そして、もっと大切なのは、この恐れ多いメシヤ=キリストを殺害する、おぞましい罪をダビデの子孫であるイエスキリストの十字架刑がどれ程悪辣な罪であるかを聖書は教えているのです。

 と言う事でダビデが我田引水の為に、聖書に記した、自己の潔白性や、メシヤ殺害の邪悪さが結果的に本物のメシヤ=キリストを殺害したイスラエル民族やひいては全人類とその子孫である人間一人一人の罪の大きさを教える為に大変有益な働きをしている事のご紹介でした。

サウル王の埋葬

サウル王の埋葬

 ダビデがツイケラグで戦利品を配っている間に、イスラエルは惨めに敗戦しサウル王家の殆どが戦死していました。そして、そのサウル王の体はヨルダン西岸まで進出したペリシテ軍の配下に落ちたベテシャンの城壁にさらしものにされたのです。それを聞いたヤベシュギルアデの人々が遺体を奪還して埋葬した箇所の直訳をご紹介します。
 
旧約聖書 ヘブル語原典第Ⅰサムエル記 31章11節~13節 直訳 

11 ・ そして彼は聴従した に彼 仮住まいしているの ヤベシュ(乾いた) ギルアデ(山地、参考士師21:8 -14、ⅠSa11:1-10) を 所は 彼らが作った ペリシテら に サウル
12 ・ そして彼らは立った 全ての 男の 力 そして彼らは歩いた 全ての その夜 そして彼らは取った を 死体の サウル そしてを 死体の 息子ら彼 から 壁の ベテ(家の) シャン(気楽) そして彼らは来た ヤベシャへ そして彼らは焼いた を彼ら そこ
13 ・ そして彼らは取った を 骨ら彼ら そして彼らは埋葬した 下部 その御柳の木 そして彼らは断食(or禁酒)した 7の 日ら
 
旧約聖書 ギリシャ語原典第Ⅰサムエル記 31章11節~13節 直訳 

11 ・ そして 彼らは聞き続けている その 下に住んでいるらは ヤビス その ガラアデイテ する所らは 彼らが作った その 他部族らは そのサウルに。
12 ・ そして 彼らは上に立った 全て 男 力在るの そして 彼らは来させられた 全て その 夜 そして 彼らは取った その 体 サウル そして その 体 ヨナタン そして  息子の 彼の から 壁ら バイスサン そして 彼らは運び続けている 彼らを 中へ ヤビス そして 彼らは下に焼いた 彼らを そこに。 
13 ・ そして 彼は取り続けている その 骨ら 彼らの そして 彼らは埋葬し続けている 下に その耕作地(ヘブル語は御柳の木)その ヤビス そして 彼らは断食し続けている 7 日らを

  ヤベシュギルアデの人々とベニヤミン部族は以前ご紹介した様に深いつながりがありました。以下参考リンク
ヤベシュギルアデの残党 http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/23831757.html
公然の嘘 http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/24389564.html

  ベニヤミン部族とヤベシュギルアデの人々の繋がりを思い出すと、今日ヤベシュギルアデの人々がお世話になったベニヤミン部族出身の王=命の恩人サウルを手厚く葬ったのは当然の事でした。そして、ここに聖書を解釈する原則があるのです。それは「ある聖書箇所に関連する他の聖書の箇所が何処であるかを認識出来る人だけが正しい聖書の意味を理解出来る。」と言う事なのです。言い換えれば「聖書解釈は他の聖書箇所によって解釈する。」と言う事です。逆に言うと、「聖書に通じていない人は聖書を読んでも全く理解出来ず、つまらない。」と言う事で、反対に「聖書を知っている人には大変分かりやすくまた大変面白い書物である。」と言う事なのです。

  今日は、ヤベシュギルアデの人々がサウル王の埋葬を行った背景のご紹介でした。

ダビデの期待

ダビデの期待 

 今日は今まで略奪を繰り返していたダビデがヨルダン川の向こうからやって来たアマレク人に逆に略奪された箇所でした。早速直訳です。

ヘブル語原典 第Ⅰサムエル記 30章26節 直訳

26 ・ そして彼が来た ダビデ に ジクラグ そして彼は徹底的に送った からその略奪品 に 長老らの イエフダー に共に居る彼 に言うことの 見よ にあなた方 祝福 から略奪品の 敵しているらの ヤハウエ

ギリシャ語原典 第Ⅰサムエル記 30章26節 直訳

26 ・ そして 彼が来た ダビデ 中へ セケラク そして 彼は離れ送るった その 長老らに ユダ その 略奪品らの そして その 近いらに 彼の 言っているは 見よ から その 略奪らの その 敵らの 主の。

ヘブル語原典 第Ⅰサムエル記 30章26節 意訳

26・ダビデはアマレク人らが略奪した大量の戦利品と共にツイケラグに戻った。そして、今まで匿ってくれたユダの長老たちに分け前を送り、「これはあなた方への祝福で、ヤハウエを憎む人達からの戦利品です。」と言って手渡した。

 「災い転じて福と成す」と言う諺そのままの出来事でした。ダビデがペリシテ人と対イスラエル戦に臨もうとして家を留守にした間に、 第三国もアマレク人が火事場泥棒の様に戦争に出払ったペリシテ人の町々を略奪し、ダビデも家族も家畜も財産も一切合切を略奪されたのです。しかし、幸か不幸か彼は参戦直前に追い返され、そのお蔭でアマレク人の略奪隊が遠くに逃げ去る前に追いつき、よもや討伐隊は来るまいと安心しきっていた略奪隊に不意打ちを食らわしてアマレクの略奪隊を追い払い荷物が家族を取り戻し戦利品も沢山手に入れる事が出来たのです。

  アマレクの略奪隊が周辺の町々から略奪した大量の略奪物は途方もない分量であった事でしょう。おそらく彼らがいつくかの略奪隊に分散して略奪物を集積する場所にダビデがいきなり攻め込んだものと思われます。その物資や家畜や女子供の数は厖大で、とても自分たち丈では消費も管理も出来無いほどでした。

  ダビデはすかさず、この有り余った戦利品を気心の知れたユダ部族の長老へのプレゼントとして送り届けました。当然、大変な値打ちの有るプレゼントをもらった人達は喜び踊ったに違いありません。当然この返礼が期待されます。直後のサウル王の死の知らせが届くのです。当然、このプレゼントを受け取った長老たちにはダビデをユダ部族の王とすればと願わされるのは自明です。そしてタイミング良くダビデはユダ地方に移り住み、すぐにユダヤ人の長老達にってダビデは王として任職されるのです。この大量の略奪物のプレゼントが、功を奏したと言わざるを得ません。

  そして、当然ダビデもその事を期待してユダの長老たちにプレゼントを送り届けたのです。と言う事で今日はダビデが人々が王に任命してくれることを催促するかのようなユダの長老たちへのダビデ付け届けのご紹介でした。

サタン(敵)

サタン(敵)

  今日はダビデがイスラエルの敵ペリシテ軍の側に立って対イスラエル戦に赴こうとした箇所です。早速直訳です。

旧約聖書 ヘブル語原典 第Ⅰサムエル記 29章4節直訳 
 
04 ・ そして彼らは激怒した 上彼 司らの ペリシテら そして彼らは言った に彼 司らの ペリシテら あなたは戻らさせろ を その男 そして彼が戻る に 場所彼 所は あなたが巡視さした彼 そこ そして無い 彼が下る 共に私たち 中でその戦闘 そして無い 彼が存在する に私たち に★敵(サタン)そして中でどうか 彼が受け入れさした  これ に 主人ら彼 何故無い 中で頭らの その男らの その彼ら

旧約聖書 ギリシャ語原典 第Ⅰサムエル記 29章4節直訳 

04 ・ そして 彼らは悲しまされた 上 彼 その 支配者らは その 他部族らの そして 彼らは言い続けている 彼に あなたは離れ遣わせ その 男 中へ その 場所 彼の、 無い あなたが下に立てた 彼を ここに、 そして 無い 彼が来させられろ 共に 私たち 中へ その 戦い そして 無い 彼が起きさせられろ 上に企て(or陰謀) その 宿営の。 そして 中で 何 彼が確かに自分のために通し他(交換)する これは その 主に 彼の? 無いも 中で その 頭ら その 男らの これらの?

旧約聖書 ヘブル語原典 第Ⅰサムエル記 29章4節意訳

04・ペリシテ人たちの首領たちはダビデの事で怒り出して言った。「アキシ王よ、こいつはあなたがあてがった自分の領地へ帰らせろ。こんな奴と一緒ではいつ何どき悪魔の様な本性を表して、こいつの主人であるサウルに取り入る為に、戦争のどさくさに紛れて俺たちやあなたの首を手柄にしないとも限りませんや。」

  まあ、ペリシテ軍の首領達にしてみれば当然の主張です。特に今回の戦争は勝利が手堅い物だけに戦争の参加者も多く、一人でも参加者が少なくなればそれだけ自分たちの分捕り品の割り当てが増えるわけですから当然の事でした。 

  そして、この戦争に従軍しなかった事は後に大変重大な意義を持つ事になります。この戦争でイスラエル軍は破れサウル王もそしてヨナタン王子も戦死し、結果的にダビデは次期イスラエル王として立たなければならなかったのです。

  もしこの時、ダビデがペリシテ軍に参戦している事がイスラエルの人々に知れ渡ったら、人々は断じてダビデを王と認めないし、たとい強権を発動して王に君臨しても、その権力はたちまち求心力を失ったでしょう。何故ならイスラエルの人々が愛したサウル王とその一族に歯向かったダビデを王として貢や息子に徴兵義務を課せられる事は耐え難い屈辱をもたらしたからです。

  実際にユダ部族の王であるダビデにとって、イスラエルの他の11部族の人々は快く思わない状態が存在し、ソロモンがユダ部族の領地に巨大神殿を建立した事により、イスラエル10部族とユダ部族と隣接するベニヤミン部族は利害の対立を深め、ソロモンの死後は国家が分裂する結果をもたらしたのです。

  もし、このダビデのペリシテ軍参戦が実現していれば、おそらくダビデ王朝はユダ部族のみの物となり、速やかに歴史から消滅してしまった事でしょう。ヘブル語4節には、あえてサタンと言う強烈な言葉をもって、ダビデはペリシテ人にとってのサタンの陣営のもの(★印、ペリシテ軍のサタン=敵=イスラエルの身内である)という言葉が使われているのです。

  と言う事で、今日は大変重要なダビデは自らがイスラエルを滅ぼした、「イズレエルの戦いに参加しなかった事の釈明」が記されている重要な聖書の記録のご紹介でした。

大食虚言(降霊術)

大食虚言(降霊術)

  昨日と一昨日に紹介したダビデの盗賊生活も今日の箇所で10年目となり、いよいよ満期を迎えようとする箇所です。今日の背景は、神様に見捨てられたサウル王がサウル王朝のイスラエル最終戦に望む所なのです。しかし恐怖に苛まれたイスラエル軍の最高指導者サウル王は血迷って野営近くのエンドルの町の降霊術を使って死んだサムエルを呼び出すのです。しかも、自分が国民に禁じた事を自ら犯してまで降霊術を求めたのです。早速直訳です。 

旧約聖書 ヘブル語原典 第Ⅰサムエル記 28章9節 直訳 

09 ・ そして彼女が言った その女 に彼 見よ あなた あなたは知っている を 所の 彼が作った サウル 所は 彼が断ち切(or契約を結ば)らさした を その ★降霊術ら そしてを その 使いの精 から その地 そしてに何故 あなたは 打たさせるは 中で生活私 に死なさした事の私  

旧約聖書 ギリシャ語原典 第Ⅰサムエル記 28章9節 直訳 

09・ そして 彼は言った その 女 方に 彼 見よ それだから あなた あなたは知った 全体らは 彼が作った サウル、 様に 彼が外に滅ばす ★中で大食虚言(魔術師)らを そして その 知るらを から その 地。そして 為に 何 あなたは あなたは罠し続けている その 生活を 私 殺した事 彼女を?

  今日は翻訳はしないで★印の単語にご注目ください。降霊術がギリシャ語ではなんと エンガスリムソスとなっておりこれは「エン=中で、ガスリ=腹or大食、ムソス=虚言 」と言う一風変わった単語に訳されているのです。

  大変理性を重んじるギリシャ人にとって「降霊術などと言うものは、貪欲な人間が大食の為に出鱈目を語るものだ」と言うのがその意味の様です。

  一般の邦訳は「口寄せ」「占い」「魔術師」としていますがまあ国民性の相違なのか、はたまた人間に対する民族の洞察力の違いなのかは判断の難しい所です。

  実際世間で行われている大抵の降霊術は ムソス=虚言=口から出まかせと言う事で良いかと思います。しかし、聖書は明確に、中にはあたる降霊術=本物の口よせと言うものが存在している事を示しています。先ずお目にかかる事が無いと思われるこの本物の降霊術に限ってみても、ギリシャ語の訳語は頭から降霊術が無意味で議論される事すら価値の無い無駄事と言うわけなのです。

  実際サウル王もこの降霊術によって何の利益も得ていないどころか、却って戦意を喪失しより戦いの結果を悪くした事は否めません。

  まあ、何が幸いで何が災いなのか、善悪や幸不幸が何であるのかの判断は現実には難しい所です。そんな事は、おいておいて、現実の魔術や占いに対する訳語としてギリシャ語は「あまりに適切な?」=「中で大食虚言」と言う語に訳出されているのです。

   欲深い人間が未来を知って自己の利益に繋げようとし、その人の貪欲を逆手に取って一儲けを企む宗教家が、重大な人生の岐路(商売の決断や賭け事の指南として)に無責任な戯言を話して儲けるというのがこの言葉の意味かと思います。「人の幸せを願う願望や欲を食い物にする金儲け宗教家」を表す為に大変適切な言葉(=中で大食虚言)が70人訳ギリシャ語聖書で使われている事のご紹介でした。

ダビデの殺戮

ダビデの殺戮

今日は昨日に引き続いてダビデが生きる為に、町々を襲撃しその住民を殺戮して生活してきた記録のご紹介です。 

ヘブル語原典 第Ⅰサムエル記 27章9節 直訳

09 ・ 彼は撃ち殺さした ダビデ を その地 そして無い 彼が徹底的に生きる 男 そして女 そして彼は取った 群(羊) そして獣群(牛) そして驢馬ら そして駱駝ら そして長い上着ら そして彼は戻った そして彼は来た に アキシ

ギリシャ語原典 第Ⅰサムエル記 27章9節 直訳

09 ・ そして 彼が打っている その 地を そして 無い 彼が生かした 男ら そして 女ら そして 彼が取った (羊)群を そして (牛)群を そして 驢馬らを そして 駱駝ら  そして 衣服らを、そして 彼らは上に戻った そして 彼は来ていた 方に アンコス。

ヘブル語原典 第Ⅰサムエル記 27章9節 意訳 

09・ダビデは町を襲撃する時は必ず男も女も皆殺しにした。そしてその町の羊の群れや牛の群れに加えて、驢馬や駱駝に加えて衣類などの目ぼしい物を何もか略奪していた。そして彼はペリシテ人の王アキシの所に何喰わぬ顔で戻った。

 まあ、聖書の記録、しかもキリストの祖先として尊敬されているダビデ王の記録ですが、本当に深刻に考えさせられる所です。いずれの翻訳も問題なくほぼ同様に訳出しています。

 さまざまに講釈され、ダビデの行為が正当化されている様ですが、いずれにしても彼が生活の為に、平和に暮らしている町の人々を襲撃しその町を略奪して手に入れた物に依存して生活していた事実は疑いようがありません。当時は戦時体制下といえ、混乱の中で、味方のサウル王に敵視されやむなく、敵軍に身を寄せていた事情は確かに考慮が必要でしょう。また、イスラエルの国のあぶれ者など600名の男とその家族が生きる為と言う事も考慮すべきでしょう。

しかし、その様な状態の中であることを見た上でも、お世話になに身を寄せる敵の王にはイスラエルの地を襲ったと嘘を並べ立て、実際には味方(イスラエルの敵=ペリシテ陣営に属する町々)を殺戮して略奪を繰り返していたことはやはりどうかと思われます。

 そして気になるのは、聖書が繰り返してダビデの行いに関して、「部下の美人妻バテシエバを自分のものとする為に、部下(夫のウリヤ)を殺害した事以外はダビデは神様の御心を損ねた事が無い」と聖書が記している事です。

  第Ⅰ列王記15章 5節 他「ウリヤの事の他は、一生の間、主が命じられた全ての事に背かなかった。」と言う事で、聖書が言っている事は一般の人々の考えや常識とはかけ離れたものである事の一端を明示する聖書の記録のご紹介でした。 

理由無き殺戮

理由無き殺戮 

今日はダビデの窮状を察するに余りある箇所でした。早速直訳です。 

第Ⅰサムエル記25章 31節 ヘブル語原典直訳 

31 ・ そして無い 彼女が存在する これ にあなた によろめく そしてに躓きの 心 に主人私 そしてに 注ぐ事の 血 好意(無料の) そしてに 救わさした事の 主人私 に彼 そして彼が善さした ヤハウエ に主人私 そしてあなたが思い出した を 侍女あなた 

第Ⅰサムエル記25章 31節 ギリシャ語原典直訳 

31 ・ そして 無い 彼が確かに存在する あなたに この事 嫌悪は そして 罠の餌付け棒は その 主に 私の、 外に注ぐ事 血 罪のない 賜物(無償)を そして 救った事 手ら 主の 私の 彼に。そして 彼が確かに善する 主は その 主に 私の、そして あなたは確かに思い出させられる その 奴隷女 あなたの  彼が善せよ 彼女に。
 
今日はいつもの様なヘブル語原典では無く、70人訳の方を意訳してみます。

31・あなた様が(ダビデ)が王に成られた時に、罪の無いナバルを正当な理由も無いのに皆殺しにされてはきっと大スキャンダルになってしまいます。ここは私の貢ぎ物でお引き取りください。主があなたを祝福されたなら是非この端女の事を思い起こして下さいな。

  この時ダビデはサウル王に追放され、禄がないため貧窮していました。そこでヘブロンの町近くの丘で大規模牧場を経営しているナバルの放牧に押しかけ用心棒を押しつけていたのです。そして収穫時に、ダビデはまるでヤクザの様に所場代がわりに幾ばくかの食料をせびる為に若者をナバルのもとに派遣したのです。

 ナバルはダビデの使者達の申し出を言下に拒否します。当然です。万が一そんな事が時の王サウルに伝わったらナバル一族は祭司のアヒメレク一族同様皆殺しにされる事が確実だったからです。

  しかし、ダビデ達にしてみれば他に生活の術が無く、おまけに男だけで600名もの大所帯です。ここは何としても食料をせびらないと生きられないのは自明でした。

  しかし、ナバルと言えどもヤクザの様な殺気だった状態にあるダビデを追い返す事は、大変な危険を覚悟しなければ成りません。相手は名うての略奪隊だったからです。

  その事を耳にした、ナバルの妻アビガイルが一族惨殺は不可避と判断したのはとうぜんの判断だったのです。そして彼女が夜にこっそりダビデに食料を届けるのは略奪隊からもそして又、それをサウル王が察知してもナバル一族がサウルに言い逃れできるギリギリの選択だったのです。

  後にダビデが「血まみれの男」(Ⅱサムエル16章7節、Ⅰ歴代22章6-8節等) と記されていますが、ダビデは実際にその様な殺戮と略奪を専門に行う強盗団であった事は疑う余地がありません。明日読む予定の26章と27章にその事が記されていますので明日はそこをご紹介する予定です。

 と言う事で今日はナバル一族を殺戮する事は無実の人を殺戮することであると主張してダビデ一党による略奪から家族を守り抜いたアビガイルの言葉のご紹介でした。

エンゲディ(子山羊の泉)要塞


エンゲディ(子山羊の泉)要塞 

 今日もダビデの逃避行の箇所を読みました。直訳です。

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記 第Ⅰ 24章1節直訳

01 ・ 彼は上った ダビデ からそこ そして彼は仮住まいした 中で要塞(or隠れ家=マサダ)らの イン(湧水) ゲデイ(子山羊)

旧約聖書 ギリシャ語原典 サムエル記 第Ⅰ 24章1節直訳

01 ・そして 彼は上った ダビデ  そこから 中で その 狭いら エンゲデイ。 
 
旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記 第Ⅰ 24章1節意訳

01・ダビデはそこから立ち上がって、死海の畔に入り込んだ子山羊渓谷の急峻な天然の要害に移り住んだ。

  今日の箇所は人里はなれた荒野の断崖絶壁を切り裂いて流れる美しいオアシスにダビデが隠れ住んだと言う記録です。当時よりも相当砂漠化が進み自然が失われていても、かなり美しい場所です。おそらくダビデが隠れ住んだ3050年前はもっと自然が豊かで緑も濃く、別天地で有った事でしょう。参考の為に最近の写真をアップしておきます。

ケイラ救出

ケイラ救出 

今日もダビデの放浪を記した箇所です。早速直訳です。

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記第Ⅰ 23章2節 直訳

02 ・ そして彼は請うた ダビデ 中でヤハウエ に言うことの 何故私は歩く そして私は撃ち殺させる 中でペリシテら そのこれら そして彼は言った ヤハウエ にダビデ あなたは歩け そしてあなたは撃ち殺させた 中でその ペリシテら あなたは救わさせる を ケイラ 

旧約聖書 ギリシャ語原典 サムエル記第Ⅰ 23章2節 直訳

02 ・ そして 彼は上に尋ねた ダビデ 通して その 主 言っているは もし 私が確かに行く そして 私が確かに打つ その 他部族らを このらを? そして 彼が言った 主は あなたは行け そして あなたは確かに打つ 中で その 他部族ら このら そして あなたは確かに救う その ケイラを。

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記第Ⅰ 23章2節 意訳

02・ダビデがケイラの町を見殺しにするかあるいは救助に向かうべきかと神様に尋ねた。すると、神様は「ケイラを襲っているペリシテ人の手から彼らを救出しろ。」と言われた。

 ・敵に略奪されている同胞を救うと言う当たり前の事が記された箇所です。しかし、大変重要な意義のある箇所です。それはこれから王になるダビデが、敵に攻撃されている町を守れるか見殺しにするかは将来を左右する大事件と思われます。何故なら、当時のイスラエルの人々が王に期待したのは、まさしくこの点であったからです。
  
  ダビデが敵から自分たちを守り救出する頼りがいの有る人物か、あるいはそうでは無いのかはイスラエルの民衆にとって一大関心事だったのです。だから、ダビデは危険を承知で敢えて仲間の反対を押し切ってケイラを救出しなければならなかったのです。 

  そして、その後サウルの追討で再びその町を追われてもダビデにはその救出は徒労ではなく大変意義ある先行投資であったのです。 

余分ですがこの行為はダビデがサウルに代わって王となる意志が心のどこかに有ったのではと思わせる行動なのです。もし、彼が単に人道的な善意だけでケイラを助けたと言う善意的な聖書の読み方を私は否定はしません。しかし、部下の執拗な反対を押し切り、大変リスクの大きい危険な賭をしてケイラに進軍し、対ペリシテ戦で勝利し、ケイラを救出後のサウル追討をいち早く察知し、神様に伺って放浪より籠城を願う家来たちを纏めてさっさとケイラを脱出する所など、ダビデはなかなかの状況判断能力持っている事が分かります。

サウルが有能なダビデを恐れ殺害を目論んだのは、自分と家族を滅亡から免れさせる為に他に選択の余地の無い判断だったと私は思うのです。まして、祭司一族と折り合いの悪いサウル王朝にとってサムエルを初めとする旧権力者である祭司達によるダビデ王朝樹立の機運の高まりを察知したサウルにの当然の行動であったことは言うまでもありません。

問題は聖書の記録があまりにダビデ側に立った物ばかりでその様な事をほのめかす記録は殆どありません。しかし歴代誌第Ⅰ・24章6節等の約500年後の記述を見るとダビデ在世当時の出来事の記録にはダビデ王の臨席の場で祭司ツアドクやエブヤタルもその場に在席して、その様な仰々しい状況で書記シエマヤが聖書(当時は単なる王家の歴史記録)に記録した様子が記されています。その記録によれば、当然祭司側とダビデ王側の観点で聖書が事実を記録している様子が分かります。もしその場にサウル王が臨席(30年前に滅亡しているが)しえたなら必ずやサウル王朝の利益になる異なった事実も書物に記録され客観的に当時の様子が私たちに伝えられたかもしれません。しかし、残念な事にサウル王朝とその後を引き継いだ北王国イスラエルは721年にアッシリャのセナケダブによって消滅し、北王国の手による歴史記録は完全に失われてしまいました。と言う事で今日は数少ないダビデが次期王権を意識している行動していると思われる貴重な聖書の記録のご紹介でした。

真実の報いは死

真実の報いは死 
今日は聖書の読み方を考えさせられる箇所でした。早速直訳です。

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記第Ⅰ 22章14節 直訳

14 ・ そして彼は答えた アヒメレク を その 王 そして彼は言った そして誰 中で全ての 奴隷らあなた として ダビデ 信頼(or真実)されている そして花婿の その王 そして彼が逸れた に 近衛隊あなた そして重くされている 中で家あなた

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典原典 サムエル記第Ⅰ 22章14節 直訳

14 ・ 彼は答えさせられた その 王に そして 彼は言った そして 誰が 中で 全てに 奴隷らに 当てたの 様に ダビデ 信頼は そして 婿 その 王の そして 司らの 全ての 指揮官 (ヘブル語=近衛隊)あなたの そして 中で栄光 中で その 家 あなたの?

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記第Ⅰ 22章14節 意訳

14・祭司のアヒメレクはサウル王に答えた。「あなたの家来たちの中でダビデほど信頼されている人が有りますか?あなたの壻ではありませんか。それにあなたの近衛隊長であなたの家で彼程重用されている人が有るでしょうか?」

  今日の箇所は聖書全体の読み方に通じる事が記されています。それはキリストが真実を話して十字架で処刑された様に、サウルの時代の祭司アヒメレクもダビデについて真実を語ったが故に一族郎党処刑されたと言う事なのです。

★真実と真理の言葉(アレーセイヤ)の訳に関しては以下(真理は誤訳で正しい訳は真実)のリンクをご覧ください。
http://www.ndl.go.jp/jp/aboutus/shinri.html
http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/1197041.html

 もしこの時、アヒメレクが一昨日見たダビデの妻ミカルの様に機転が効き、とっさに嘘が上手に喋れたら祭司達は処刑を免れえた事でしょう。彼はダビデが「悪い男で嘘を言い脅迫されたのでいたしかたなく剣とパンを与えた」と言えれば助かったのです。しかし、彼はうっかり真実を口にしてしまったのです。「ダビデは正しい立派な家来だ。」とダビデを誉めたのです。その言葉は結果的に「ダビデが悪人で王位転覆を狙う謀反人だから殺害しなければならない」と主張しているサウロ王そその家来達の面前で迂闊にも語ってしまったのです。この言葉は「ダビデを殺害しようとするサウル王が悪人であるという真実を衆目にさらす」結果をもたらすのです。だから真実を言った祭司アヒメレクをサウルは名誉の為に殺害せざるを得なかったのです。 

 じつは、これ(=真実を語るものは死の報いを受ける)は聖書が語っている根本的基本原則ナノです。聖書の主題の一つは「義人の受難」です。ヨブを始めとして何れの時代にも「この地上で真実を言ったものはその報いとして死を被るった」と聖書は記録しているからなのです。いくつか例を上げておきます。

 パウロやペテロにはじまってキリストの使徒たちを始めとする初代教会のキリスト者は多くがローマ帝国によって処刑されました。その理由は明白です。自身を神として皇帝崇拝をギリシャ人達に要求したローマの進駐軍に対して彼らキリスト者は「敢然とローマ皇帝が人間である事を主張し、皇帝礼拝をしなかった」からです。そう真実を言ってそれに従った行動が彼らに死を報わさしたのです。

  新約聖書や、今日ご紹介したアヒメレクだけではありません。旧約聖書の他の預言者のイザヤもまたダニエルも死刑に処されました。(ダニエルは死刑では死ななかった)ですから聖書は真実を言ったものに対して地上で人間が報いてくれるものは死なのです。(死には無視や追放や除外などの生きる事を困難にする不当な差別的報復も含みます。)勿論、死後に義の故に迫害されたものに対する祝福がある事も聖書は記しています。(マタイ5章10節他)

そして現在でもその聖書が語る真実(義人の受難)は普遍です。

  数年前に雪印食品の牛肉偽装事件のおり、その不正を告発し輸入肉を国産と偽っていると真実を語った西宮冷凍という会社が有りました。その告発の報いは利用していた顧客企業全社が倉庫から品物を引き上げたのです。そう食品の産地偽装は業界の常識立ったのです。その結果不正=真実を告発した西宮冷凍は企業の死=倒産の憂き目をみました。

  今日のさまざまな分野で「誰かがもし何か真実を言ってみる」と、この聖書の教えが正確で正しい事を経験出来るでしょう。建築士が、食品産業が、経済誌が、政治家が、教育者が、裁判官が、流通業界が、生物学者が、教師が、生徒が、不動産屋が、医師が、弁護士が、薬剤師が、農家が、輸入業者が、官僚が、警察官が、新聞記者が、マスコミが、妻が、夫が、子供が、塾教師が、美容師が、大学教授が、牧師が、信徒が、....もし本当に自分が見聞きした真実を(あるいは心で思っている事や感じている事を正直に)語ったら、その人は今日の聖書の言葉が教える「真実の報いは死である。」事を経験出来る事でしょう。

  聖書が言っている事は認めるにはかなりの洞察力と勇気がいりますが簡単な事なのです。「神がおられるから、神に反逆した人間の住むこの地上では必ず悪が勝利し、正義が負ける」と言うのです。 これが聖書の教えの根本です。そして、その「悪が全ての分野で勝利している」と言う事=その具体例となる「真実を話すなら」必然的に今の世で地位や権力を得ている人を悪人呼ばわりする事になり、その結果。真実を言った人は死=無視=報復を被る事になるのです。

  今日は分かりやすい聖書の基本原則のご紹介でした。 

総領の甚六

総領の甚六 

今日は昨日の続きです。早速直訳です。

旧約聖書  ヘブル語原典 サムエル記 第Ⅰ 20章30節直訳 

30 ・ そして彼は燃える怒りした 鼻の穴 サウル 中でヨナタン そして彼は言った に彼 息子の 曲げられたの その 謀叛(女) 何故無い 私が知った として 選んだは をあなた に息子の イシイ に恥あなた そしてに恥の 裸(女性外陰部)の 母あなた 

旧約聖書  ヘブル語原典 サムエル記 第Ⅰ 20章30節直訳 

30 ・ そして 彼が憤怒した 怒りに サウル 上に ヨナタン 非常に そして 彼は言った 彼に 息子よ 少女らの 自分汚しらの(or脱走兵)、 無い そして 私が知った それは 分かち合う 彼が存在し続けている あなたは その 息子に イエサイ 中へ 恥 あなたの そして 中へ 恥 離れ覆いの 母の あなたの? 

旧約聖書  ヘブル語原典 サムエル記 第Ⅰ 20章30節意訳

30・ヨナタンの言葉に怒り猛ったサウル王は息子を罵倒していった。「このひねくれた不貞女の息子め! 俺が知らないと思っているのか。お前がエッサイの息子ダビデの肩を持つのは、お前の母さんを裸にして恥部をさらし物にさしているのがわからんのか。」

 凄まじいサウル王の言葉です。憎悪に満ちて怒り猛って跡取り息子のヨナタンにものすごい形相で言った言葉です。これに対するヨナタンの返答は 「32 ・ そして彼は答えた ヨナタン を サウル 父彼 そして彼は言った に彼 に何故 彼が死なさせられる 何故 彼が作った」 です。不要かと思いますが意訳にしてみましょう。「32・父に答えたヨナタンはこう言い放った。『お父さん。何故ダビデを殺されければならないのです。一体彼が何をしたと言うんですが。」

 ごくあたりまえの当然言われるべきヨナタンの言葉です。しかし、父がどれ程怒っているのかはヨナタンに全く理解出来てはいなかったのです。この直後怒り心頭に達したサウルは手にしていた槍を本気で息子のヨナタンに投げつけたのです。そして始めてヨナタンは父が本気でダビデを殺害する決意をしている事を悟ったのです。

  昨日紹介した彼の妹のミカルの機転とは反対の、実に愚直なそして呑気なヨナタンのお人柄が忍ばれる所です。やはり、元々ベニヤミン族の中でも裕福であったサウル一族の総領として生まれ、誰彼にも認められて育ったヨナタンは社会の熾烈さや恐ろしさは未経験でのほほんとして育った様子が見て取れます。
  
  大切にそして大事に育てられる事は幸いな事ですが、しかし時としてその境遇が裏目になると大変悲惨な結末をもたらす可能性の大きい事が分かります。人が大事に育てられ、人間の表の良い面だけをみて育てられた人には共通してその裏に有る人間の恐ろしさや残忍さを理解出来ないが故に重大な判断を間違う危険性が大きいと言う事ことのご紹介でした。

嘘の勧め(その2)

嘘の勧め(その2) 

今日は昨日ご紹介したペリシテ人200人前の包皮でダビデの嫁になったサウル王の娘ミカルの嘘のご紹介です。
 
旧約聖書 ヘブル語原典サムエル記第Ⅰ 19章17節 直訳

17 ・ そして彼は言った サウル に ミカル に何故 としてかように あなた(女)は徹底的に騙した そしてあなた(女)は徹底的に送った を 敵するは私 そして彼は免された そして彼女は言った ミカル に サウル 彼 彼が言った に私 あなた(女)は徹底的に送れ 私 に何故 私が殺すさせるあなた 

旧約聖書 ギリシャ語原典サムエル記第Ⅰ 19章17節 直訳

17 ・ そして 彼は言った サウル その ミカルに 為に 何 この事 あなたは側で勘定した(or数え違えた) 私を そして あなたは外に離れ遣わした その 敵を 私の そして 彼が通し救われた?  そして 彼は言った ミカル その サウルに 彼は 彼は言った あなたは外に離れ遣わせ 私を。 もし も 無い、私は確かに殺す あなたを。

旧約聖書 ヘブル語原典サムエル記第Ⅰ 19章17節 意訳

17・愛する夫ダビデを逃れさせた事を父サウルに問い詰められたミカルは平然と嘘をついてこう言い逃れました。「お父さん赦して、あのダビデは恐ろしい男よ。『俺を逃がして来れないとお前を殺してやる!』と言って脅されたの。本当よ、だからお父さんに悪いと思ったけれど命には代えるられないと思い、逃がす手伝いをしたのよ。」

  流石は王になる男サウルの娘です。 機転が効き、その場の状況や先の事を見据えて見事にこう言い逃れたのです。ここでもしミカルが本当の事を言ったらどうなったでしょうか。

  「ダビデは決して悪い男ではないのよ、お父さん、あなたが間違っているは、酷い親ねあなたは! 」もしこんなふうにミカルが言ったとしたらどうでしょうか? きっと本当の事を言われたサウル王は娘の言葉によって家来の面前で恥じをかかせられ、そんな事は認めるわけに行かないのですから、罵倒するかもしかしたら、殴り飛ばされた事でしょう。実際にそうう言った跡取り息子のヨナタンは父に殺されかけたのです。明日はその箇所(20章30節)をご紹介する予定です。

  と言う事でいつの時代も常に「本当の事を言うのは大変リスクが大きい。」と言う事を聖書が記していることが分かります。同時に、「上手に嘘が言えればミカルの様に身に振りかかる災難を避ける事が出来る」と言う現実も、今日の聖書の箇所が教えている事の一つである事のご紹介でした。本当に聖書には深刻に考えさせられる事が沢山記されています。

包皮200人分の結納品

包皮200人分の結納品 

今日はダビデがゴリヤテ討伐の褒美にもらえる筈の妻に結納金を請求された箇所でした。早速直訳です。

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記第Ⅰ 18章27節 直訳 

27 ・ そして彼は立った ダビデ そして彼は歩いた 彼 そして 男ら彼 そして彼は撃ち殺さした 中でそのペリシテら 両百(200) 男 そして彼は来さした ダビデ を 包皮(無割礼)ら 彼ら そして彼らは徹底的に満たした彼ら にその王 に花婿させる事の 中でその王 そして彼は与えた サウル を ミイカル 娘彼 に女

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 サムエル記第Ⅰ 18章27節 直訳 

27 ・ そして 彼は上に立った ダビデ そして 彼は来た 彼は そして 男ら 彼の そして 彼は打った 中で その 他部族ら 百(ヘブル語=両百=200) 男らを そして 彼は上に運んだ その 包皮らを 彼らの その 王に そして 彼は上に婿し続けている その 王に 、そして  彼らは与え続けている 彼に その メルコルを 娘を 彼の 彼に 中へ 女。

 今日も翻訳は不要でしょう。サウル王が目障りなダビデを敵のペリシテ人達の手にかかって死なせる為に要求したペリシテ人たちの包皮百枚の王の要求に、ダビデが二倍の200人のペリシテ人たちの包皮を差し出した箇所でした。と言う事はダビデはペリシテの町を襲い人々を虐殺してその包皮を切り取りサウル王に差し出したことが事実である事を聖書は記しているのです。 

 もし、こんな事が現代に成されていたら、さぞ戦争犯罪としてマスコミでも、国際政治の舞台でも大問題になり、国連の法廷でサウル王もダビデも有罪判決を受けて無期懲役か死刑の判決が言い渡された事でしょう。そして、こんなおぞましい事を聖書は何のためらいも無く記録しているのです。そこから分かる事ですが、やはり聖書は一般の人々や、聖書をろくに読んだ事も無いクリスチャンたちが思い込みをしている神や教会に対するイメージと聖書に書かれている教会や信仰者たちの現実の生きざまは全く異なった物である事が分かります。

一般の翻訳には原典の「包皮」という言葉はあまりに残忍な為か、何れの訳も別の語に換えて訳出しています。しかし原文はヘブル語もキリシャ語訳も紛れもない「包皮」という言葉を用いているのです。

そして、聖書には他にもここと同様なかなり凄まじい言葉が多く用いられています。そして、もしこの聖書の古代語の記録をそのまま正しく正確に現代語に訳出したら、きっと聖書は多くの国で発禁になり、発行出来ても殆どの宗教に感心ある人々や良識ある人には受容されたり理解されえないものになるのではないでしょうか? 

この事は反対に神様の立場に立ってみるとその様な聖書の記録が残忍であることの意味が自明となります。神様が聖書で教えておられる事は一般の宗教や道徳とは全く異質な次元のことが原文には記されていると言う事なのです。聖書の記録がそのままでは受け入れられないと言う事は、人間が人間に対して期待しているイメージと神様が人間や神様を信じている人々に対して持たれているイメージがかなり食い違っている事を示しているのです。

何故なら、キリストが言われた様に「モーセや預言者は人間を告発する為に記されている「と言う事なのです。(ヨハネの福音書5章45節) と言う事は聖書が提示しているのは人間の堕落と罪でその記録がそのまま訳出=受容出来ないと言う事は「人間が人間に持っている認識が甘い」と言う事になります。聖書が教えている人間は「おぞましく恐ろしい罪に満ちた存在である」と言う事なのではないのでしょうか?

と言う事で、今日はサウル王が壻のダビデに要求した結納の品のご紹介でした。

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