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モアブ独立戦争

モアブ独立戦争

今日は、北王国イスラエルと南王国ユダにエドム王国の三国同盟軍が、属領と化していたモアブ王国の独立を阻止しようとして起こした戦争を記録した箇所でした。早速直訳です。 

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第二3章25節 直訳

25 ・ そしてその城塞ら 彼らは陥落さした そして全ての 所領地 良い 彼らは投げさした 男 石彼 そして彼らは徹底的に満たした彼女 そして全ての 湧水源の 水ら 彼らは閉じた そして全ての 木 良い 彼らは落ちさした まで 彼が留まらさした 石ら彼女 中でそのキル(壁) ハラシエト(敗北?)そして彼らは周囲した その振り投げ(or投石機)ら そして彼らは撃ち殺さした彼女  

旧約聖書 70に訳ギリシャ語原典 列王記第二3章25節 直訳 

25 ・ そして その 町らを 彼らは下に取った そして 全てを 割り当てを 善を 彼らは投げた 男その 石を そして 彼らは中で満たした 彼女を そして 全てを 泉を 水の 彼らは中で囲いした そして 全て 木を 善い 彼らは下に投げた 迄 その 下に残す事 その 石らを その 壁の 下に荒廃させられたらを、そして 彼らは周囲していた その 投石機らは そして 彼らは打った 彼女を。
  
旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第二3章25節 意訳

25・三国連合軍はモアブの要塞都市を次々に陥落させた。そして畑には兵達を動員して石を投げ込み、井戸と言う井戸を埋め戻し、果樹と言う果樹を根こぎにし 敗北した町々の城壁の石を崩してそれらに活用した。その為に投石機を城塞都市の周囲に配置してモアブを破壊し尽くした。

  ★攻める側にとっては勇ましい勝利の記録ですが、無残に敗北させられたモアブの人々にとっては絶え難い破壊の記録です。この戦争の発端は北王国イスラエルがモアブに課していた、年間20万頭分の羊毛という貢の滞納でした。武力に物をいわせて燐国に途方もない年貢を要求し、それが滞ればたちまち属国を従えて制裁の加えるなど、本当に心が痛むイスラエル王国の横暴です。しかも、その紛争に南王国ユダも加担しているのを見ると心が締めつけられる思いです。 

  しかも、その戦争は嫌がらせその物でした。耕作地を大変な労力を使って使用不能にし、命の次に大切な深い井戸を口まで石で塞ぎ、葡萄やイチジクを初めとするあらゆる果樹を切り倒す等、まるで悪魔の仕業です。 そして、理解出来ないのはこの様な戦争に対して神の預言者エリシャが加担して、勝利に決定的な助言を行っているのです。(15節から19節)

 モアブの人々にとっては圧政を欲しいままにするイスラエルやユダから独立する為の正義の戦争でしたが、彼らは三国同盟軍に破れ果てたのです。その様に自分達が敗北するのを見かねたモアブの王は王子を城壁の上にしつらえた祭壇で生贄として神さまに献げるという非常手段に訴えました。その結果漸く、自分達の行った兄弟の国であるモアブ侵略が、彼らにとってどの様な大変な犠牲であったのかを悟った三国同盟のイスラエルとユダとエドムの人々は剣を収め帰国の途についたと言うのです。

  本来モアブはイスラエル民族の祖アブラハムの甥で申命記2章9節にイスラエルが敵対する事を禁じられた民族でした。様々な不幸な出来事で両国の関係は悪化し、強く成ったダビデ王朝以来モアブは200年近く隷属させられていたのです。そして、この戦争でモアブは厖大な犠牲と引き換えに、漸くかろうじて主権を回復出来たと言うわけです。

  一件不可解な戦争の記録ですか、国家も企業も個人も弱くなるとどんな目に会うか分からないという人間の住む地上の世界の歴史の教訓のご紹介でした。

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二口分の霊の分け前

二口分の霊の分け前 

今日はエリヤの昇天の所でした。気になる所のご紹介です。

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第二 2章9節直訳 

09・そして彼が存在した として 越える事の 彼ら そしてエリヤフウ 彼が言った に エリシヤ(神は救い) あなたは請え どうか 私が作る にあなた 中で以前に 私が取られる から 共に あなた そして彼は言った エリシヤ(神は救い)そして彼が存在せよ どうか 口の 2ら 中で霊(or風)あなた 上私 

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 列王記第二 2章9節直訳  

09・そして彼が起きた 中で その 通し来る事 彼らを そして エリウウ 彼は言った 方に エリサイエ あなたは求めよ 何か 私が確かに作る あなたに 前に それとも 上に取られる事 私を から あなた。そして 彼はいった エリサイエ 彼が起きさせられろ それだから 二倍ら 中で 霊に あなたの 上に 私。

旧約聖書 ヘブル語原典列王記第二 2章9節意訳 

09・ヨルダン川を渡った所でエリヤはエリシャに言った。「私が天に取られる前にして欲しい事が有ったら要求しろ。」そこでエリシャは言った。「あなたの霊の分け前の二口分を私の上に与えて下さい。」 

 ★面白い表現です。二口分の分け前と言うのは。聖書を良く読んでいる人には自明の表現ですが、簡単に説明します。関係するのは申命記の21章の17節。そこには全く同じ表現が有ります。

旧約聖書 ヘブル語原典 申命記 21章 17節 直訳
 
17 ・として を その 初子 息子の その 憎まれているは 彼が見なされる に与える事 に彼 口の2ら 中で 全て 所は 彼が見つけられる に彼 として 彼の 頭 精力 に彼 判例の その 初子

 翻訳はしませんがお分かりでしょう。長男の取り分が「口の 2ら」と言う事なのです。これは財産分与の場合のモーセの記した基本が書かれている所です。「父の財産は相続権の有る男子の数+1で割って、長男はその二口を相続する。」と言う事なのです。 気になるのは配偶者の妻の取り分が無い事ですが、あとは何処かの国の民法の規定と良く似ています。そして、この規定も何処かの国と同じく、殆ど守られ無かったと言うのが真実です。そう長男が全て横取りしているのが実際で、 資産を受け取れなかった人々が貧困化し、土地の無い人々は都市=エルサレム等に移住し地方が過疎化して、そこを陸続きの燐国の敵に占領され、まりますます貧富の格差が拡大し、やがて国家が消滅して行ったのです。

 と言う事で「神さまの預言者であるエリヤの地位の後継者としての相続をエリシャは要求した」と言う事なのです。そして、それは神さまが初めからエリヤの後継者はエリシャに定めておられたことが現実となった(列王記第一19章16節)と言う意味で「口の2ら」と言う言葉がここに使われているのです。

蠅の所有者(バアルゼブル)

蠅の所有者(バアルゼブル)

 今日から列王記第二で北王国イスラエルの滅亡と南王国ユダのバビロン捕囚に向かう所を見ていきます。今日はアハブ王の後を継いだアハズヤ王の病死を語った預言者エリヤの言葉のご紹介です。

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第二 1章16節 直訳 

16 ・ そして彼は徹底的に言葉した に彼 この様に 彼が言った ヤハウエ の為に 所は あなたが送った 使者ら に捜す事の 中でバアル(所有者)の ゼブル(蠅) 神らの エクロン 何故 から抜きに 無い 神ら 中でイスラエル に捜す事の 中で言葉彼 にそう その床 所は あなたが上った そこ 無い あなたが下る から出て来る彼女 として 死ぬこと あなたは死ぬ

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 列王記第二 1章16節 直訳
 
16 ・ そして 彼は喋った 方に 彼 そして 彼は言った エリウウ こう 彼が言い続けている その 主は 何故 それは あなたは離れ送った 使者らを 捜す事 中で その バアル 蠅 神を アクカロオーン? 無い この様なか その 床、上に するところ あなたが上に来た そこに、 無い あなたが確かに下に来る から 彼女、それは 死に あなたは確かに死ぬ。

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第二 1章16節 意訳

16・エリヤはアハズヤ王に面と向かって宣告した。こうヤハウエは言われた。「あなたが何故に私を差し置いて、エクロンの神バアルゼブル(蠅の所有者)に伺いをたてたのだ。どうして私の言葉を求めなかったのか。(そうすれば直してやったのに)お前は上った病床から生きておりず、必ず死ぬ。」 

 ★ここで大切なことが分かります。神さまは「ご自身に人々が信頼する」為に人間に様々な苦難や病気を与えておられると言うことです。そして、そんなことに感心の無かったアハズヤ王も重い病気にされたのです。しかし、彼はイスラエルの神ヤハウエでは無くバアルゼブルと言う神さまに使者を通じ献金を届け治癒を願ったのです。そこで神さまは、預言者エリヤをアハズヤ王に遣わし彼の不信仰を糾弾し、その刑罰として死が宣告されたのです。

  そして今日ご注目いただきたいのは、アハズヤ王が伺いを立てたパレスチナ西岸地区の低地にあるペリシテ人が住むエクロンの町にあったバアルエクロン=蠅の所有者と言う一風変わった名前なのです。

  「蠅の所有者」と言うことできっと御神体は蠅と言うことです。何を血迷ったか、蠅の神さまに事も有ろうにイスラエルのアハズヤ王が伺いを立てることに神さまが怒られたと言うことがこの顛末のポイントなのです。

  バアルゼブルと言うのは確かにある宗教を表す固有名詞ですが、その言葉が表す意味を訳出した方が読者の理解を助ける様に思われます。 興味深いのは70人訳はバアル(所有者)の方はそのまま音写し、ゼブルの方はその言葉の意味である「蠅」とヘブル語の言葉の意味をギリシャ語に訳出している点です。そして、70人訳聖書では多くの場合、固有名詞を音写するのでは無く、その言葉が持っている意味をギリシャ語に翻訳する傾向が顕著であると言うことなのです。

  聖書を理解しないでありがたく拝読すると言うのも確かに意味のあることとは思います。しかし、古代の70人訳があえて固有名詞や地名などの発音にこだわる事をやめて、その言葉の持つ意味を明示し、聖書の語るメッセージを読者に伝えようとしている姿勢に、現代の翻訳も学ぶ必要が有る様に思います。

アハブ王の最後

アハブ王の最後 

 今日は、アハブ王が戦死したラモテギルアデ(乾燥高地)の戦いの記録箇所でした。早速直訳です。

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第一 22章34節 直訳 

34 ・ そして男 彼は引いた 中でその弓 に完全(ヘブル語=トン、潔白) そして彼が撃ち殺さした を 王の イスラエル 間その 接合部ら そして間 その甲冑  そして彼は言った に戦車する彼 あなたは回転(or破滅)しろ 手あなた そしてあなたは出て来させろ私 から その野営 として 私が弱くされた

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 列王記第一 22章34節 直訳 

34 ・ そして 彼が中で伸ばした 一 その 弓を 良く狙った そして 彼は打った その 王を イスラエル 上に 真中 その 肺 そして 上に 真中 その 胸当て そして 彼は言った その 手綱を取る(御者)に 彼の あなたは上に戻れ その 手らを あなたの そして あなたは外に導け 私を 出て その 戦争、 それは 私が自分のために傷していた。

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第一 22章34節 意訳

34・戦場にいた一人の男が王とは知らずに狙いを定めて弓を引きイスラエル王の鎧と甲のつなぎ目を見事に射抜いた。王は戦車の御者に言った。「お前は戦車を旋回させて私を陣営の外に出させろ。痛手を負った様だ。」

  北王国イスラエルの偉大な王の呆気ない最後でした。神さまが幾人もの預言者を遣わし神を恐れて国家を収める様に言われたにも関わらず、とうとう神さまに見捨てられて、預言者ミカヤを通して「ラモテギルアデに戦いにいけば必ず戦死する。」という警告を聞き流して、とうとう討ち死にしてしまったのです。

  この34節ではアハブ王とはしらなかった兵士の弓によって、鎧のつなぎ目のピンポイントに矢が突き刺さり、止血出来ずに失血死したと言うのです。

  深手から失血死までおそらく半日以上の時間が有ったにも関わらず治療を怠りイスラエル全軍の総指揮官としての務めを立派に果たして息絶えたのです。おそらく戦況が良ければ指揮を代理者に委ねる事も可能であったのでしょうが形勢が整わず、最後まで戦場指揮の現場を離れることが出来ずに死期を迎えてしまったのです。70人訳の方は刺さった矢が肺を射抜いたと訳出しています。おそらく痛みも少ない、まさかこれしきの傷で戦死するとは思えない程度の戦傷だったのでしょう。

悪王として名高いアハブ王ですが、同時に彼ほど神さまに愛され、悪事の度に神さまは預言者を送り、忍耐をもって彼を正道に導こうとされましたが結局彼は最後まで神さまに従わず呆気なくその生涯を終えさせれたと言うのです。

と言うことで今日は人間の意志に因るのではなく神さまの決断によって生涯を閉じさせられたことがはっきり分かる様に記されたアハブ王の最後を記した聖書箇所のご紹介でした。

神を祝福した報いは死刑

神を祝福した報いは死刑

 今日は「神を祝福した報いは死刑」という少し変わった主題です。これは、あたりまえなのですが、聖書に通じていない人には理解不能かも知れません。ご理解頂く為に早速直訳です。面倒な直訳に興味のない方は★印に進んで下さい。

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第一 21章 10節直訳 

10・そしてあなた方は仮住まいさせろ 2ら 人ら 息子らの 価値のない(ベリアル) 対面して彼 そして彼らは証言させる彼 に言うことの あなたは徹底的に跪く(or祝福)した 神ら そして王 そしてあなた方は出て来させろ 彼 そして あなた方は石打ちしろ 彼 そして 彼は死ぬ

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 列王記第一 20章 10節直訳(ヘブル語の21章に対応)

10・そして あなた方は中で座らせろ 2 男らを 息子らを 側法律らの 出て 面前ら 彼の、 そして 彼らが下に目撃証言しろ 彼の 言っているは 彼が祝福した 彼を そして 王を。 そして 彼らは外へ導け 彼を そして 彼らは石打ちしろ 彼を、 そして 彼は死に続けろ。

旧約聖書 ヘブル語原典列王記第一 21章 10節 翻訳

10・あなた方は邪悪な男を二人を証人席に座らせ、ナボテの面前でこう証言させる。「お前は神と王を祝福した。」それを聞いた、あなた方は即座にナボテを町の外に引きずり出し石打刑にして、間違いなく彼を殺せ。

 ★今日は「一人の男が嘘の証人二人に『神と王を祝福した』という罪状で訴えられ、裁判の後に処刑される」と言う理不尽な箇所でした。前後関係を説明すると「北王国イスラエルを繁栄させたアハブ王がイズレエルと言う風光明媚な所に離宮を作ります。王はその隣地に葡萄園を持っていたナボテに地所の譲渡を願い出たのです。しかしナボテが譲渡を拒否します。その理由はモーセの書にある相続地の譲渡禁止命令です。断られたアハブ王は食事も咽を通らぬ程落胆します。それを聞いた王の妻のイゼベルが悪辣な裁判でナボテとその一族郎党を皆殺にし、葡萄園を取り上げた」という酷い出来事なのです。 

  その時にイゼベルがナボテが訴える為に作り出した罪状が、問題の「神と王を祝福した」と言うことなのです。不思議なことに大抵の翻訳はこの「祝福した」とう下りが「呪った」と正反対に訳出されています。

  ヨーロッパのキリスト教国では聖書原典のまま「神と王を祝福したと言うのが死刑相当の罪状」としては「どうしても理解出来ない」と言う事の様なのです。

  しかし、誰がどう見てもこの箇所のヘブル語原典は「バラク」で「祝福」です。70人訳のギリシャ語も「エウロゲオー」でやはり「祝福」に間違いありません。両方の原典に使われている単語は明確に「祝福する」と言う意味で完全に合致しているのです。 

  この箇所の問題を解明する光は新約聖書のヘブル書7章7節に有ります。そこには「下位の者が上位の者から祝福されるのです。」と記されています。とすると「ナボテが神と王を祝福した」としたならば、「ナボテは自分自身を王よりも、また神よりも自分が上位にするという『思い上がった行動』をした」と言うことになり、これは「死刑相当の冒涜罪」と言う事なのです。だから、この箇所はそのイスラエル民族の常識に照らし合わせると「神と王を祝福」したナボテは「自己を神の上に位する最高神にした。」とう事になり、それ故に「自分を神とした冒涜罪故に石打ちにされた」と言うことなのです。

  しかし、いずれの権威有る(大抵英語です。)レキシコンもこの箇所丈を特例として異例の長い解説を加え「呪い」と訳出する様にしています。しかし、そのまま「王と神を祝福した」としても上記の「下位者が上位者から祝福される」と言う理解さえ有れば、多くの人は読むだけで「当然死刑だと納得出来る」のでは無いでしょうか? そして、ここだけを特例として「祝福する」を「呪った」と訳出する必要はないと思われます。

これは、聖書を読んだ者なら知っているはずの常識なのです。しかし、どうもヨーロッパの人々にはこのイスラエル民族(セム語族ですから東洋人です)の前提が理解出来ない様で「呪った」と改竄している様です。 

  そして、時々これと同じ思い違いをしている日本人のクリスチャンにお目にかかる事が有ります。クリスチャンが祈りの中で神さまを祝福したり、神さまの教会を祝福するのを幾度も聞きました。しかし、それは良く考えると「かなり傲慢な振る舞い」です。「自分は神の教会や神ご自身以上の存在」と高ぶっていることを暴露しているからです。もし、本気でこんな傲慢な祝福をしたら聖書の定めは「冒涜罪で死刑相当」だと言う事なのです。ただ、そんなことを注意してみても、大抵の方には理解してもらえそうにないのでできるだけ黙っているようにしています。
 
そして、キリストが十字架で処刑されたのもまさしくこの点でした。キリストが地上で罪を赦したり、人間で最も高い地位の祭司や律法学者を呪った言動はまさしく、キリストを神の子と認めない人々は冒涜罪相当と判断し、それ故に十字架刑を宣告されたと言うことなのです。「この人は自分自身を神としたのですから律法によれば死にあたります。」ヨハネの福音書19章7節

  と言うことで今日は「神と王を祝福すると自分を神や王の上位者にした傲慢罪で、死刑相当である」という聖書の定めのご紹介でした。ナボテに関しては追ってその結末をご紹介する予定です。

人間の限界

人間の限界

今日は列王記第一の20章を原典で読みました。早速気になる箇所の直訳です。 

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第一 20章36節直訳

36 ・ そして彼が言った に彼 為に 所は 無い あなたが聴従した 中で声の ヤハウエ 見よあなた歩いているは からを私 彼が撃ち殺さしたあなた その獅子 そして彼は歩いた から側で彼 そして彼は見つけた彼 その獅子 そして彼は撃ち殺さした彼 

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 列王記第一 21章36節直訳
(注:ヘブル語原典の20章は70人訳原典の21章に相当)

36 ・ そして 彼は言った 方に 彼  対して する所らの 無い あなたが聞いた その 声の 主の、見よ あなたは あなたは離れ走り続けている から 私、そして 彼が確かに打つ あなたを 獅子。 そして 彼は離れ来た から 彼、そして 彼が見つけた 彼を 獅子は そして 彼は打った 彼を。

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第一 20章36節 意訳

36・神さまに怪我人なってアハブ王の前に行けと命じられた有る預言者が、預言者仲間に「俺を酷く殴ってくれ。」と頼んだが彼は拒んだ。そこで彼は殴らなかった預言者にこう言った。「お前は神の言葉に逆らったから、獅子に食い殺されて死ぬ。」すると彼はその直後に獅子に噛み殺されてしまった。

なんとも理不尽な聖書の記録です。いつもここを読む度に考えさせられます。 いきなり良く知った同僚が「お願いだから俺を殴って大怪我をさせろ。」といわれて簡単に人を半殺しにして怪我させるのは出来ない相談では無いでしょうか。しかし、今日の聖書箇所には、そうしなかった良識ある預言者が「神さまの言葉に従わなかった刑罰として獅子にかみ殺される罰」を受けたと言うのです。

当然、その預言者には両親があり、もしかしたら妻も子供もいたことでしょう。そして、その大事に育て子供であり、同時に夫であり父である預言者がこんな「同僚の預言者を殴れと言う理解出来得ない命令に良識故に従わなかったが為に死ななければならなかった」と言うのです。

しかし、大切な事がここに教えられている様に思えるのです。基本的に「人間は理解出来ないことは信じられないし、その様な言葉には従いえない。」と言うことではないでしょうか。そして、聖書に記されている神さまの言葉には人間の自然の考えでは理解出来得ない様な傾向が強いと言う事なのです。

そして、反対に悪魔の言葉は人間の理解し易いものが多く、そちらに従うことが正しいと思えると言うことなのです。最初の人間がエデンの園で禁断の木の実を食べた時も、その果物は見た目にもまた知り得る限りの知識を使って、考えれば考えるほど悪魔の言った「これを食べると神の様になる。」言う言葉が正しく思え、逆に神さまの「これを食べたら死ぬ。」と言う言葉が理解出来ず信じられなかったと言う聖書の記録がそれを証明しているのでは無いでしょうか。

そして、それが今日の人間社会でも普遍的な真実なのではないでしょうか。今日のニュースで連日の如く話題となっている賞味期限の改竄や食肉にまつわる様々な偽装や、耐震偽装建築などや偽りの宗教の流行を思う時に人間の理性や知識には明確な限界が有る様に思えてなりません。

と言うことで今日は何が正しいのか判断する時に人間の理解や知識に存在する限界のご紹介でした。

神の食物の能力

神の食物の能力 

今日は昨日読んだエリヤがバアルの預言者との対決に勝った後、イゼベルを恐れた逃避行の箇所でした。早速気になる箇所の直訳です。

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第一 19章8節直訳 

08 ・ そして彼は立った そして彼は食べたそして彼は飲んだ そして彼は歩いた 中で能力の その食物 その彼女 40ら 日 そして40ら 夜 間で 山の その神ら ホレブ(荒廃)

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 列王記第一 19章8節直訳 

08 ・ そして 彼は上に立った そして 彼は食べた そして 彼は飲んだ。 そして 彼は来させられた 中で その 力 その 食物の あの 40 日らの そして 40 夜の 間で 山の コオレブ。

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第一 19章8節意訳

08・ふて寝をしていたエリヤは神様が御使いを通して届けて下さった料理を残らず平らげた。すると彼はその食物の素晴らしい能力によって40日間飲まず喰わずで夜も昼も歩き続ける事が出来、神が十戒を下さったホレブ(荒廃)山に到着した。

  エリヤは一体どんな食べ物を食べたのでしょうか? その味は一体何だったのでしょう。聖書が記しているのはその食べ物を一度食べただけで40日間も歩き回ることが出来たと言うことなのです。一食40日の超腹持ちの良い食事と言うことなのです。

  エリヤがその食事をしたベエルシエバから、モーセが十戒を授かったホレブ山まで直線距離で300㎞ほどです。実際の旅程はルートによって異なりますが500㎞程度かと思われます。まあ大阪から東京ぐらいの距離と思えば良いでしょう。その間を40日かけて歩いたと言うわけです。日に12㎞あまりですから随分とゆっくりとした旅行です。もしかしたらイゼベルの追手を避ける為に遠回りをしたのかも知れません。

また到着した山の名 かホレブと言うのも考えさせられます。ホレブ山とされるシエベルムーサは実際に荒涼とした裸の岩山で荒廃そのものです。しかし、単に山の事ではなく、出エジプトの時代やエリヤの時代を初めとして、神の掟に照らし合わせるなら何時の時代も神の前に荒廃していると言うことなのです。この荒廃山と言う地名その物がエリヤの時代の人間世界、特に神の民の霊的荒廃を象徴している様に思われます。

 エリヤに先立つこと585年の昔に、モーセもこの山で40日40夜の断食を二度連続で行います。(出エジプト記24章18節、34章28節)もしかしたらモーセもこの同じ素晴らしい能力の食べ物を食べていたのかもしれません。

 と言うことで、今日は聖書が記している不思議な能力を持った食べ物が有ったことを記した聖書の記録のご紹介でした。

エリヤの大量殺戮

エリヤの大量殺戮

今日は昨日ご紹介したヤハウエの預言者とバアルの預言者の対決とその結末の箇所でした。早速直訳です。 

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第一 18章40節 直訳 

40・そして彼は言った エリヤフウ に彼ら あなた方は掴め を 預言者らの そのバアル(主人) 男 無い 彼が免らされる から彼ら そして彼らは下るらさした彼ら エリヤフウ (ヤハは神)に 激流の キシヨン そして 彼は畜殺(or殺戮)した彼ら そこ

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 列王記第一 18章40節 直訳 

40・そして 彼は言った ヘリウー 方に その 民 あなた方は共に取れ その 預言者らを その バアル、一つも無い 彼が救わせろ 出て 彼らの。そして彼らは共に取った 彼らを、そして 彼は下に導いた 彼らを ヘリウー 中へ その 冬増水 キシオーン そして 彼は屠殺した 彼らを そこに。

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第一 18章40節 意訳

40・そこでエリヤは回りにいた人々に言った。あなた方はバアルの預言者ら450人とアシエラの預言者400人をを逮捕しろ。一人も逃がすな。そしてエリヤは彼らをキション川の流れの傍で一人残らずぶち殺した。

  なんとも凄まじい宗教対立と殺戮です。問題は神さまの預言者エリヤによって淫らなバアルやアシエラの預言者850人が容赦なく殺戮されたと言う事なのです。凄まじい大量殺人ですかその前にほぼ同数のヤハウエの預言者殺戮が彼らとその庇護者であるアハブの妻イゼベルによって成されているのです。(18章4節)

  そして、神さまによるこの様な大量殺戮が理解出来ない方も多いかと思います。しかし、聖書の基本原則を見るとすこしは納得頂けるのでは無いでしょうか。オバデヤ書に記された「あなたがした様にあなたもされる」(15節)
私が、私が同価値のお返しをする。」(ローマ12章19節原典)
「私が 私が確かに敵対し離れ引き渡す(復讐する)。」(ヘブル書10章30節原典)
注、何れも等価報復を表すギリシャ語 アンタアポドジン 以下リンク参照。  http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/25877355.html

  そう「目には目、歯には歯」と言う等価報復という事なのです。只、残念な事に一般の翻訳はその様に訳出されてはいませんが原文で旧約聖書や新約聖書を読むとその等価報復が基本原則であることが分かるのです。

 興味のある方は以下のリンク「黄金律の誤訳」をご覧ください。

http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/5725705.html

http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/611722.html

http://bible.co.jp/bible/nt/goyaku.htm

カラスの養育


カラスの養育 

今日は有名な北王国イスラエルのアハブ王の時代の3年間の飢饉の箇所でした。早速直訳です。 

■旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第二 17章6節7節 直訳 

06・そしてそのカラスら 来さしたらは に彼 パン そして肉 中でその朝 そしてから その激流 彼は飲んだ
07・そして彼が存在した から終わりの 日ら そして彼は干あがった その激流 その時 無い 彼が存在した 大雨 中でその地

●旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 列王記第二 17章6節7節 直訳 

06・そして その カラスらは 彼らは運んだ 彼に パンらを そして 夜明け そして 肉片 その 午後、そして 出て その 冬増水 彼は飲んだ 水。 
07・そして 彼が起きた 共に 日ら そして 彼が干あがった その 冬増水、 それは 無い 彼が起きた 雨 上に その 地。

今日は70人訳の方が面白いのでこちらを意訳にしてみましょう。

★旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 列王記第二17章6節7節 意訳

06・ケリテ川に隠れ住んでいたエリヤの所に神さまの言葉通りカラスが明け方にはパンを、そして夕方には肉切れをどこからともなく運んできた。彼はそのワジ(夏涸れ谷)から水を飲んだ。 
07・しかし日ごとにワジ(夏涸れ谷)の水は乏しくなり、とうとう一滴の水も流れなくなった。それは地上に雨が降らなかったからだ。

  我が家には石臼のつくばいが有りますが、水が溜まるとカラスが色々運んで来るので閉口しています。一番多いのは蛙の干物で、次が干からびたパンです。別に私はエリヤの様にアハブ王に追われて隠遁しているわけではありませんが、カラスは変な習性が有る様です。石臼のつくばいで干からびた肉やパンを戻して柔らかくなるのを待っているのです。 まだ柔らかくなる前に私がうっかり側を通るとカラスは肉切れをそのままにしてあわてて逃げていきます。カラスがつくばいの中に残した物を見ると、色の変わりかけたまだらの干肉や黴の生えた黄色く変色したパンが残されているのです。

  カラスの奴、何処からこんな物を見つけて来るのか本当にしょうがない生き物です。きっとエリヤの時代に起きた日照りはカラス達にとっても大変厳しい物であったのでしょう。荒野や岩地で見つけた干し肉や人間さまの家から失敬したパンを柔らかくする為に水を求めて山越え谷越えて、唯一水の流れているケリテ川に朝な夕なにカラスが飛来していたのです。

  そして、呑気に水辺ではしゃいでいる最中に、よもやいないと思った人影に驚いたカラスは柔らかく戻している肉片やパン切れを落として逃げ去っていくのです。

  けれども、あの干からびた蛙や鳥の肉を食べるのは相当抵抗が有ります。エリヤはイナゴや野蜜よって命を繋いだ様ですが、流石にカラスの肉とパンには閉口したのではと思います。そして水が涸れれば当然カラスも来なくなりエリヤは海沿いの大都市シドンのツアレフアテに移動したのです。

  今日は神さまの言葉をアハブ王に語ったが故に、カラスに養育される羽目になったエリヤの隠遁生活のご紹介でした。

ジムリの7日天下

ジムリの7日天下 

今日は聖書の中で大変有名な7日天下のジムリの箇所を読みました。早速直訳です。

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第一 16章19節 直訳 

19・上 罪ら彼 所は 彼が罪した に作る事の その邪悪 中で目らの ヤハウエ に歩く事の 中で道の ヤロベアム そして 中で罪彼 所は 彼が作った に 罪さした事の を イスラエル

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 列王記第一 16章19節 直訳 

19・越えて その 罪ら 彼の、する所を 彼が作った その 作ること その 邪悪 面前に 主の 歩かされる事 中で 道 イエロボアム 息子の ナバテ そして 中で その 罪らに 彼の、 様に 彼が外に罪した その イスラエル。

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第一 16章19節 意訳

19・ジムリがこうなったのは、彼が罪を犯しヤハウエの目に邪悪を行い、ヤロブアムの道を進みイスラエルに罪を犯させたからである。

 簡単に背景を説明すると、ダビデ王家から王国を奪い取ったヤロブアム王朝は二代で24年で消滅し、彼を殺害したバシャ王朝も二代26年で消滅します。このイスラエル第二王朝の第二王エラ王の治世の2年にクーデターを起こし7日後に戦地で王に任職され首都に戻った同僚の将軍オムリにに撃ち殺されるたのが今日ご紹介する「7日天下のジムリ」と言う元イスラエルの戦車隊長なのです。 

 理解に苦しむのは僅か7日の天下にも関わらず「ヤハウエの目の前に邪悪を行いイスラエルの国に罪を犯させた」と言う記録なのです。一体7日の一週間で死に値する罪が犯せたというのはどんな罪なのか気になります。

 残念な事に「ヤロブアムの罪」とある丈で一切の説明が無いのです。16章の2節を見るとバシャ王朝が破滅したのは「ヤロブアムの道に歩いた」ので滅ぼされたと言うのです。

そして19節を良く見ると、やはりここにも同じ事が書かれているのです。ジムリは神さまがヤロブアム王朝やバシャ王朝を滅ぼされたのはヤロブアムの道をを進んだ点にあったという点を看過し、自分もそれをたったの7日の在位中に行ったのが理由だと言う事なのです。

1週間の間にジムリが行いえたヤロブアムの道を行く罪とは、エジプトから救い出されたヤハウエの神を捨てて、エジプトの金の子牛を拝むという事以外には考えられないのです。(列王記第一12章27節28節)

そしで分かる事は在位は7日ですから一週間と言う事は、彼が金の子牛の宮に詣でたのもおそらく「たったの1回」であったと言う事なのです。

とすると聖書が前提としている死に値する罪とは「たった一回の偶像崇拝が死に値する罪である」と言う事が今日の箇所から判明するのです。これが聖書が繰り返して言っている「神の目に邪悪を行った」ということの意味なのです。 と言う事で今日は「聖書が教えている神の判断と人間の判断は大きく異なっている」と言う事のご紹介でした。

母子相姦

母子相姦

今日は昨日に引き続いて列王記の第一の15章を読みました。本当に寒けのする箇所でした。 早速直訳です。長いので翻訳は省略しますので説明は★印に進んで下さい。

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第一15章1、2、10、13節直訳 

01・そして中で年の 8 10 にその王 ヤラベアム 息子の ナバト 彼が 王した アビヤム 上 イエフウダー 
02・3 年ら 彼が 王した 中でイルシャライム そして名の 母彼 マアカ(圧搾、比較ⅡCh13:2) 娘の アビィシャロム
10・そして40ら そして 1 年 彼が王した 中でイエルシャライム そして名の 母彼 マアカ(圧搾) 娘の アビィシャロム 
13・そしてさらに を マアカ(圧搾) 母彼 そして 彼は逸れさした彼女 から女王 所は 彼女が作った おぞましい にそのアシエラ(or幸せ) そして彼は断ちきった(or契約を結んだ) アサ(心霊治療or悲しげな) を おぞましい 彼女 そして彼は焼いた 中で激流 キデロン(薄暗い)

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 列王記第一15章1、2、10、13節直訳 

01・そして 中で その 8そして10 年に 王しているの イエロボアム 息子の ナバテ 彼が王した アビウ 息子は ロボアム 上に ユダ 
02・そして 6 年 彼が王した、そして 名 その 母 彼の マアカ 息子の アベサロム
10・そして40 そして 1 年は 彼が王した 中で ヒエルウサレーム、そして 名 その 母の 彼の アナ 娘は アベサロム。
13・そして その アナ その 母 彼の 彼が下(or共)に立たした その 無い 存在する事 支配している(女)を、丁度同じように 彼が作った 出道 中で その アシエラ 彼女の、 そして 彼は外に打(or切)った  アサ その 下に下らす(ギリシャ語=カタデユセース、ヘブル語=おぞましい事柄) 彼女のそして 彼は中で火した 火に 中で 冬増水 ケデロン。

 ★前後関係を纏めて説明するとこう言う事です。

 ダビデ王の息子で父にクーデターを起こして死んだアブシャロムの娘▲マアカは父の腹違い従兄弟にあたるソロモンの息子●レハブアムと結婚して■アビヤム王子を産んだ。そして実の息子■アビヤムによって彼の母▲マアカは身ごもりアサ王子が生まれ彼が父アビヤム王の王位を継承した。王となったアサは自分の母の▲マアカが余りに淫らなので王母の位から追放し母が作ったアシエラ像をキデロン川で火で焼いた。

 なんとも言えないダビデ王朝の退廃ぶりです。昨日ご紹介出来なかったのですが14章の22節から24節にはエルサレム神殿には沢山の偶像ばかりでなく神殿男娼までいたと記録されているのです。

 よくもまあ神さまはこんな酷いダビデ王朝を即座に滅亡させずに、長い間ながらわせられたと感心させられます。聖書を詳しく読んで行くと母子相姦による子の王位継承の記録は、決してここだけだけではないのです。それらはまた追ってご紹介する事になるでしょう。

 原文は紛れもなく母となっているのですが、列王記第一の15章の1節に有る様に■アビヤムの治世がたったの3年なのでその子ではなくアサは弟だと言う理解ができる可能性があります。しかし、■アビヤムには歴代誌第二の13章21節には14人の妻が居て22人の息子と16人の娘がいたと(歴代誌第二13章21節)なっていて一概になんとも言い切れません。

また歴代誌第二の11章21節には●レハブアムの複雑な家族構成がしるされ妻が18人息子28名、娘60人と記録されています。●レベアム王は、その18名の妻の中でことさらにアブシャロムの娘▲マアカを愛し、その子■アビヤムを無理矢理世継ぎにしたことが記されています。おそらく●レハブアムの▲マアカ寵愛、▲マアカの■アビヤム寵愛というゆがんだ家族構成が浮かび上がるのです。そして、聖書には一言も記されてはいませんが▲マアカはこの上もなく魅力的で美しい魔性を持った女性である事が思われるのです。

  そして、またこの同じ歴代誌には■アビヤムの母は▲マアカでは無くミカヤとなっていて相反する記録も存在します。しかし、歴代誌が編集されたのはイスラエルも南王国ユダも破滅しバビロン捕囚から帰国した時代ですからこの出来事が起きている時代から記録までに5百年の時間の経過後になります。ですから歴代誌の記録をそのまま受け取るのは少し考えものです。

また、▲マアカの父アブシャロムに関して、サムエル記第二の14章27節には息子が三人で娘はタマル(同名の妹とは別人)と記されています。どこにも彼の娘▲マアカの名は無いのです。しかしアブシャロムは父ダビデの妾と公衆の面前で関係を持ち(サムエル記第二16章22節)、その時のダビデの妾たちから娘が生まれたとしても何の不思議も無いのです。もしその時の娘が▲マアカだとすると、父の妻に息子が産ませた娘で、「法的にはダビデの娘で実際はダビデの息子アブシャロムの娘」と言う複雑怪奇な境遇である可能性も高いのです。それ故に彼女の名が▲マアカ(圧搾)という不可解な命名が成されたのではないでしょうか?

  と言う事で複雑な聖書の記録を踏まえながら、素直に聖書を読むとやはりこの時代のダビデ王朝の堕落は凄まじく母子相姦が普通に起きていたとするのが自然のように思われます。

 こんな罪深い人々を先祖に持ったダビデ王の家系にキリストが誕生された事は、これほどの酷い罪人でも罪から救われて天国に行くためにキリストが来られたという事を教えているのではないでしょうか? と言う事で、今日はなんとも心の重くなる「ダビデ王朝の堕落の凄まじさと、神さまの救いのご計画の意義」を思わされる聖書の記録のご紹介でした。

王女サリラの愛

王女サリラの愛 

今日は北王国ヤラベアムの息子が病死した箇所の記録です。早速直訳です。直訳を飛ばす方は★に進んで下さい。

旧約聖書  ヘブル語原典 列王記 第一 14章13節直訳 

■13・ そして彼らは泣き悲しむ に彼 全ての イスラエル そして彼らは埋葬する を彼 その時 これ に部分彼 彼が来るに ヤラベアム(争い民) に 埋葬所 の為に 彼が見つけられた 中で彼 言葉 善 に ヤハウエ 神らの イスラエル 中で家の ヤラベアム(争い民)

旧約聖書  70訳ギリシャ語原典 14章13節 (異本部分)直訳 

▲ 13 ・ そして 彼は確かに打つ(or悲しむ) 彼を 全て イスラエル そして 彼らは埋葬する 彼を それは これは 唯一 彼が確かに中に来る その イエロボアム 方に 墓 それは 彼が見いだされた 中で 彼 言葉 良い 関して その 主の 神の イスラエル 中で 家に イエロボアム

列王記 70 12章24節m(異本部分)直訳 (ヤラベアムの妻の名が24nと240等にサリラと記載)

●m ・ それは こう 彼が言い続けている 主は 見よ 私が 私が確かに外に滅ぼす その イエロボアム 小便し続けているらを(参1Sa25:22,34) 方に 城壁、 そして 彼らは確かに存在する その 死んでいるらは その イエロボアム 中で その 町 彼らが確かに自分のためにしたに食べる その 犬らは、 そして その 死んだを 中で その 野 彼が下に食べ続けている その 翼らは その 不可視の。 そして その 子供を 彼らが確かに打つ(嘆く) 災いは 主よ、 それは 彼が見出された 中で 彼に 言葉 良いを 関して その 主。

★今日もややこしいので翻訳は止めておきます。今日ご紹介したいのは北王国のヤロブアム王の妻サリラです。ヘブル語原典には名が記されていませんがエジプトのアレキサンドリヤで訳された70人訳には幾度もその名が記されています。

その名はサリラで、一昨日ご紹介した様にエジプト王シュシャクの妻の実の姉でした。この事から如何にエジプトがソロモン後のイスラエルの分裂に関わったかが分かります。

そして、今日ご紹介したいのはこのエジプトで王女として育てられたサリラが、イスラエル王のヤロベアムの妃とり、お腹を痛めた王子の病気を案じて王宮から南西に約20㎞離れた預言者アヒヤのいたシロまでをお忍びで庶民のなりをして歩いたと言うのです。

おそらく彼女にとって屈辱的な庶民の姿で往復の50㎞近い行程は歩いた事の無い足に豆をつくり病気の子の救いを求めた必死の行動であった事でしょう。

そして、彼女に語られた預言者アヒヤの厳しい死の宣告が今日ご紹介した直訳の箇所なのです。そしてその子は神さまに愛されたが故に病死されられると言う不可解な物であったのです。

昨日もそうでしたが、正しく若い預言者が老いた邪悪な預言者に騙されて神さまの命令に背かされ獅子に殺されました。そして、今日の箇所も神さまのお心に叶ったが故にヤロブアムの子も病死したと言うのです。

不可解だと思われる方もおられるかとおもいます。 しかし、「正しい者が悪人の受ける刑罰を被るという事」が聖書全体の大切な読み方の基本原則なのです。聖書を注意深く読むとそこには「地上では正義は必ず悪に破れる。」という基本原則がある事に気づかれるでしょう。「悪は必ず勝つのです。」

説明の為に、これ以外の聖書に記されている実例を挙げます。最初の人間の産んだ長男カインによって正しかった弟のアベルが殺害されました。 それ以外にも聖書は預言者イザヤの殉教やエレミヤの苦難、イエスキリストや使徒パウロやペテロの殉教などを記しています。そう、聖書が言っているのは正しい者がこの地上では報われる事は無く悪人の受けるはずの刑罰を被ると言う事なのです。

それ故に、聖書は人間の住んでいるこの世界を滅ぼすと結論が明記されているのです。(マタイ24章35節、第二ペテロ2章7節、黙示録20章11節、その他多数)もし、この世界で正しい者が勝利し悪人がその刑罰の報いを受ける事=正義が現実になっていればこの世界を滅ぼす神は悪を行う事になるのです。 しかし、もし聖書に記されている様にこの世界で悪が勝利し正しい者が死の罰を受けているとするならば、義の神は世界を滅ぼさなければならないのです。だから聖書の結論は世界の滅亡と言う事なのです。そして神が世界を裁かれる原則とその判例を記した物が聖書だと主張しているのです。

だから、聖書には神さまの目で見た悪人が勝利し繁栄し人々に崇められ、反対に神さまの目で善人が酷い扱いをされて無視され、迫害され死に追いやられていると言う事が記されているのです。じつはこれが聖書の主張で当たり前の事なのです。聖書は堕落した人間(性悪節)と人類が世界に満ち、悪が世界を席巻していると全ての人々(信仰の有無に関わらず)の罪を告発しているのです。そして自分も世界も罪の配下に有る事を認め、神に罪を告白し神さまの主張が正しいとする事が救い=天国への第一歩なのです。 だから(翻訳ではなく)原典で読む聖書には赤裸々に人々の罪が暴露されているというわけなのです。

と言う事で今日はヤロブアムの妻のサリラが悲しいけれども自分の子がイスラエルの神さまに愛されたが故に病を得て死に至る事が神さまの祝福であるという一般の常識とは正反対の聖書の基本原則のご紹介でした。

預言者に騙された預言者

預言者に騙された預言者

 今日はなんともややこしい表題の箇所を読みました。早速直訳です。

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記 13章18節 直訳

18 ・ そして彼は言った に彼 更に 私は 話す人(預言者) として あなた そして使者 彼が徹底的に言葉した に私 中で言葉の ヤハウエ に言う事の あなたは戻させろ彼 共にあなた に 家あなた そして彼は食べる パン そして彼は飲もう 水ら 彼が徹底的に騙したに彼

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 列王記 13章18節 直訳

18 ・ そして 彼は言った 方に 彼 そして私 預言者 私が存在し続けている 丁度同じように あなた、 そして 使者は 彼が喋っていた 方に 私 中で言葉 主の 言っているは あなたは戻せ 彼を 方に あなた自信 中へ その家 死鉈の、 そして 彼は食べ続けている パンを そして 彼は飲み続けしている 水を。そして 彼は自分の為に騙した 彼に。

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記 13章18節 意訳

18・そして老預言者はあの若い預言者に言った。 「私もあなたと同じ預言者です。じつは、私にヤハウエの使いが現れてこう言いました。『あなたはあの若い預言者をあなたの家にお連れしろ。そして彼にパンと水でもてなしなさい。』」彼はこうしてまんまと若い預言者を騙した。

  背景からご説明しましょう。ソロモンが死に後を受けたレハブアム王子は父以上の贅沢を願い増税政策を取ったのです。その時エジプト王の庇護を受けていた元ソロモンの家来で有能なヤロブアムが急遽帰国します。彼はイスラエルの10部族を纏めて10部族の国家、北イスラエル王国を建国してしまったのです。独立は達成しましたが新興ヤロブアム政権には反ダビテ王朝以外に何の求心力もありません。ヤロベアム王は国家の行く末を思いエルサレムのソロモン神殿に対抗して、ベテルの町にエジプトの神々を奉った神殿を建立したのです。おそらく彼は昔お世話になったエジプト王の願いをかなえなければならない立場にあった様です。(彼の妻はエジプト王スサキムの妻の実姉を嫁にしたと70人訳の異本に記されている。以下※参照。)

※70人訳列王記12章24節e(異本)
24e ・ そして スサキム 彼は与えた その イエロボアム その アノオ 姉妹を セケミナス その長老女(=姉)を その 女の 彼の 彼に 中へ 女 彼女は 存在している (女)兄弟は 中で 真ん中 その 娘らの その 王 そして 彼は子を産んだ その イエロボアム その アビイア 息子を 彼の。 

  ヤロベアム王はイスラエル建国の神ヤハウエを捨てて外国の、事も有ろうに自分達が元奴隷であったエジプトの神を国教の主神に据えたのです。誰が見てもこれは言語道断の暴挙(orまさしく背教) です。 その事をいさめる預言者は残念な事北王国にはいませんでした。権力者に反対する勇気が無く、無用な報復や迫害をさけ、自分達の生活を優先させたのです。そこで神さまが遣わしたのが南王国ユダにいた一人の青年預言者だったのです。 この若い預言者が北王国の老預言者に騙された預言者です。

 さて、この若い預言者を騙した北王国の老預言者なのですが、おそらくエジプトの神々を導入したヤロブアム王に国民と祭司や預言者達を代表して物申すべき立場に有ったのです。しかし、保身の為にそれをしなかった背教者と思われます。

  そんな状況で南王国の若い預言者がヤロブアム王の面前で厳しい非難の預言をしてのけたのです。その結果、意外やヤラベアム王がその若い預言者を高く評価し王が導入した神殿の専属祭司、北王国の預言者として重用する事を確約したのです。しかし、その若い預言者は王の厚遇の申し出をあっさり拒否し南王国への帰途についたのです。

それは、若い預言者が出発する時に、神さまに「絶対に北王国ではパンも水も飲むな、また道を引き返すな。その時あなたは必ず死ぬ。」と厳しく命じられていたからです。そして、それら一切を知った老預言者は若い預言者を連れ戻す為にその後を追跡します。追いついた老預言者は口から出任せの嘘を言ってその若い預言者を騙すのです。

  老預言者が騙す為に切り出した言葉が今日直訳で紹介した言葉なのです。「私はあなたと同じ神様の預言者である。」といって純真な若い預言者を信用させ、そのあとに言った「ありもしない嘘」を信じさせたのです。その結果若い預言者は、あれほどきつく神さまに命じられていた「神の命令に逆らう罪」を犯し「北王国ではパンを食べ、水も飲み、また道を引きして」しまうのです。

その結果神さまの警告通り彼は、獅子に襲われはかなくその生涯を閉じてしまうのです。

  本当に嘆かわしく悲しい出来事なのです。腹立たしいのは若い預言者を騙した老預言者です。彼の嘘によって、一人の前途有望な若い預言者は、迂闊にも神さまに背かされ、その結果神さまから死の刑罰を受け、自滅してしまうのです。

しかし、その老預言者の気持ちも分からないわけではありません。自分が成すべき事をしないで、それを仕方がないと正当化していたが、青二才がそれをいとも簡単に成し、しかも、老預言者が悲願としていた王国専属の預言者、祭司としての高い地位を王に約束されたのに、その素晴らしい地上の栄誉を若い預言者は「何のためらいも無く、いともたやすく捨た」のです。
 
  そうして平然と帰国する若い預言者を「このまま生かしておく事」は老預言者には耐え難い屈辱でした。それ故に、この老預言者は若い預言者を騙し、神さまの言葉に逆らわせて自分と同じ惨めな状況に陥れ、神さまに呪われ殺される様に仕向けたのではないでしょうか。そうして「若い預言者が獅子に襲われて死んだのは神さまに呪われた存在である」、逆に言うと「私こそ本物の預言者である」と人々に布告したかったのです。そうして、人々の面前で自分のプライドと面目を保ち、「人々から真の神の預言者として尊敬され崇められたい」という邪悪な虚栄心を満足させたのです。

今日はなんとも不可解ですが「老いた神さまの預言者が、一人の正しく若い預言者を騙し、罪を犯させ死に至らせた。」と言う聖書記録のご紹介でした 。

真実は何か?

真実は何か?

 今日はソロモンの後を継いだレハベアル王の即位年と治世に関する疑問のご紹介です。早速直訳です。面倒な直訳に興味のない方は★印に進んで下さい。 

■旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第一 12章1節 直訳 

01・そして彼は自分の為に来た 王は ロボアム  中へ シキマ、それは 中へ シキマ 彼らが来ている 全て イエフダー 王する事 彼を。

●旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 列王記第一 12章1節 直訳 

01・して 彼が歩いた レハベアム  シエケム(肩掛け) として シエケム(肩掛け) 彼が来た 全て イスラエル に王さした事 を彼  

▲旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 列王記第一 12章24節異本a 直訳 

24a・そして その 王 サルモオーン 彼が眠り続けている 共に その 父ら 彼の そして 彼が埋葬され続けている 共に その 父らの 彼の 中で 町 ダビデ。 そして 彼が王した ロボアム 息子は彼の 対して 彼の 中で ヒェルサレーム 息子は する所らの 6そして10 年らの 中で その 王 彼を そして 12 年 彼は王した 中で ヒェルサレーム、 そして 名 その 母彼の ナアナン 娘の アナン 息子の ナアス 王の 息子らの アムモオーン。 そして 彼は作った その 邪悪を 面
前に 主の そして 無い 彼が来た 中で 道 ダビデ その 父の 彼の。

■旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第一 14章21節 直訳 

14章21節・ そしてレハベアム 息子のシエロモー 彼が王した 中でイエフダー 息子の 40ら そして一 年 レハベアム 中で王する事の彼 そして7 10 年 彼が王した 中でイェルシヤラィム その城塞 所は 彼が選んだ ヤハウエ に置くことの を 名彼 そこ から 全ての 棒(部族)らの イスラエル そして名の 母彼 ナアマ その アモニ(女)

●旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 列王記第一 14章21節  直訳 

21 ・ そして ロボアム 息子は サルモオーン 彼が王した 上に ユダ。 息子は 40 そして 1年らの ロボアム 中で その 王する事 彼を そして 10 5 年 彼が王した 中で イエルウサレーム その 町に、する所を 彼が外に選んだ 主は 置く事 その 名 彼の そこに 出て 全てらの 部族らの そのイスラエル。 そして その 名 その 母の 彼の ナアマ その アンマニテエの。

  ★レハベアムの即位と治世には、何か「隠されている事」が有る様です。その根拠は上記レハベアムの即位年と治世の記録が複数存在する事です。

ややこしいので原典の翻訳は止めてレハベアムの即位年だけを記します。「ヘ」=ヘブル語 「ギ」=70人訳です。

■へ:14章21節 41才で即位 治世17年
▲ギ:12章24節 16才で即位 治世12年(異本)
●ギ:14章21節 41才で即位 治世15年

  他にも記述が有りますが、今日はこれだけで止めておきましょう。一体何が真実なのかは闇の中です。一般にヘブル語原典のマソラが信頼されています。それで良いかと思いますが、しかし70人訳のギリシャ語原典も侮れません。その根拠は70人訳が訳された中心都市のエジプトのアレキサンドリヤにはおそらくエジプト王家の公文書が保存されており、それが翻訳段階で参照されたフシがあるからなのです。特に日ご紹介する列王記の第一の12章はヘブル語原典と70人訳ギリシャ語原典を比較してみるとギリシャ語原典の方が 何と24節以下に23の「相当長い節」が加筆されているのです。

  参考は以下 http://bible.co.jp/bible/lxx/1ki/1ki12.htm

  そしてそれらには、ヘブル語原典よりも詳しいと思われる部分も有り解明が待たれる所です。

さて本論に戻りましょう。上記に記した様に「即位年で25年の、治世で5年」もの食い違いが有るのです。そして、この事から言える事は「ソロモンの後継者選びは、おそらく単純ではなかった。」と言う事ではないでしょうか。

 ソロモンの妻達は殆どが周辺諸国との政略結婚です。その妻の周辺には出身国の謀略が渦めいています。特に70人訳はエジプトで訳出されただけに「ソロモンに敵対した人々は悉くエジプト王の庇護をうけていた事」が詳細に書かれており、70人訳の加筆部分(他の章にも有る)は殆どがその記録です。

 そんな中、52才で(おそらく死因は心臓発作か脳溢血)突然死したソロモンが、後継者を指名していた事は余り考えられません。彼の死後すんなりと後継者が決まったとは考えられません。大勢の妻にはそれぞれの背後に近隣国家の謀略が有りました。そうでなくとも妾達の子供も多くいて、相当混乱したのは当然です。おそらく数年間は権力闘争が繰り広げられ、そうしてその権力闘争(兄弟の殺し合い=サムエル記第二、12章10節のナタンの預言通り)が収まってからレハベアムの即位が決まったのでは無いでしょうか。それ故、「どの時点を持ってレハベアムの即位とするか」が観点によって相違するのではと勘繰りたくなります。

特に即位の式典が、ダビデやアブシャロムが即位したヘブロンでも無く、ソロモンの即位したギホンの泉(エルサレム)でもなく、イスラエルの地理的中心都市で最初のイスラエル王アビメレク(一般には彼は王と認められない)が即位したシエケムでした。このイスラエルで最も由緒ある「大都市シケム」が選ばれているのにも何か相当の理由が隠されているでしょう。

そして、気になるのは、重大な混乱があった為か、即位の式典という重大事の式典が「何故シエケムで行われたのか?」その理由が一切説明されていない事も不思議です。こんな重大な出来事が初めから書かれていなかったと言う事はあまり現実的ではないと思います。

 そして、それらが書かれなかった(あるいは削除された=編集者によって)のには、「何らかの意図があってそうされている」と言う事なのです。聖書を殆ど知らない一般の国民や聖書の読者に「若死にしたソロモン王の後継問題が噴出して見苦しい争いが成された事を知られたくない人々がいた」からではないでしょうか。

逆に言うと「聖書を編集した立場の人(おそらく王)が、王家の不祥事が露顕すると王権の存続が危うくなる危惧が有ったので、国民の目から王家の不祥事を隠した。」と言う事ではないでしょうか? その反対の出来事としては、英国の革命やフランスの革命では王家のスキャンダルが暴露されました。

  というわけで、どうも聖書はダビテ王家の不祥事やスキャンダルを意図的に曖昧に記録している様です。そこには何者かの意図が隠されており、表面上を読んでいると疑問も問題も気づかない様に辻褄は合っているけれども、よくよく聖書を調べて読むと、なんとも不可解な記録が随所に残されているのです。
  
 それに輪をかけて、聖書翻訳者はことさらにダビデ王家や初代教会のトラブルやスキャンダルを曖昧に訳出しており、大抵の人はそれらの記録に全く気づかないで読み過ごしている様です。

と言う事で今日も聖書の読み方について考えさせられることのご紹介でした。

神の顔は2度まで!

神の顔は2度まで!

 今日はソロモンが末節を汚した箇所を読みました。早速直訳です。 

旧約聖書  ヘブル語原典 列王記第二 11章9節10節 直訳 

09・そして彼が鼻の穴さした ヤハウエ 中でシエロモー として 彼が伸ば(or曲げ)た 心彼 から 共に ヤハウエ 神らの イスラエル 彼が見られた に彼 両叩く(繰り返す)
10・そして彼は徹底的に命じた に彼 上 その言葉 その此の に不足 歩く事の 後ろの 神ら 後ろら そして無い 彼が聴従た を ところは彼が徹底的に命じた ヤハウエ

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 列王記第二 11章9節10節 直訳 

09・そして 彼が憤怒させられた 主は 上に サルモオーン、それは 彼が外に曲げた 心を 彼の から 主の 神の イスラエル その 現わされた 彼に 2度
10・そして 中で命じられたの 彼に 越えて その 言葉 この その 側で全て 無い 行かされる事 後ろに 神らの 他らの そして 自分の為に見守る事 作ること する所は 彼が自分の為に命じた 彼に 主は その 神、

旧約聖書  ヘブル語原典 列王記第二 11章9節10節 意訳 

09・ヤハウエはソロモンに激怒した。彼がイスラエルの神ヤハウエから心変わりしたのだ。ヤハウエは幾度もソロモンにご自身を顕示された。
10・そして、幾度も彼に語り、神さまの何に不満足でどうして他の神々の後ろをついて歩くのかを咎められた。いくら神さまが話してもソロモンは神の言葉を聞こうとしなかった。

  本当にソロモンにはがっかりさせられます。リッパな事が口では言え、教養も知性にも恵まれていながら外国の神々を次々に取り入れ、沢山の宗教にのめり込んで言ったのです。一体ソロモンは何が不足でそんな公行動をしたのか、理解に苦しみます。

  周辺諸国の神々はバアルは男根、アシエラは雌山羊(幸せと言うヘブル語が使われている事も有る)、ダゴンは魚神などと言う、本当に子供染みた神さまばかりで、不道徳でその上お金儲けの絡んだ御利益宗教ばかりでまともな感覚ではとても信仰心の沸いて来ない宗教ばかりです。 

  青年時代の理知的なソロモンの姿からは想像も出来ない、晩年の無様なソロモンのありさまです。その原因はきっと同じ列王記第一の4章の22節から23節に有るのではと思います。以下に直訳と翻訳を記します。

直訳
02・そして 彼が存在した パンの シエロモー に日ら 一 30 コルの (良質)小麦粉 そして 60 コル (良)大麦
03・10 獣群(牛) 太い そして12 獣群(牛) 放牧 そして 百 群れ(羊) に部分 雄赤鹿 そしてカモシカ そして 雄ノロ鹿 そして太鳥ら 肥育されたらは

翻訳 
02・ソロモンの食卓のパンは最良の小麦6900ℓ、そして1万3800ℓの大麦、、
03・さらに肥育した牛10頭(霜降り牛肉約4t)、放牧牛12頭(牛肉5t)それに羊百頭(マトン5t)それに赤鹿、カモシカ、ノロ鹿に、地鶏などで、これら全部が一日分であった。

  当然の事ですがソロモンにはそれらの最も美味な部分が整えられていたのです。若い間は確かにそれで良かったのでしょうが、中年になってこんな食事をしていると、彼の父ダビデと同じように生活習慣病になり、50才の頃には贅肉で見苦しく大太りし、心臓や頭の血管は動脈硬化で心筋梗塞や脳溢血の発作が続発し、内臓もすっかり破壊し尽くされ、栄養過多による痛風、白内障、脂肪肝、などに若くして取りつかれてしまった事でしょう。当然頭も血管も神経細胞も脂肪まみれですっかり駄目になっていたと思われます。

  そして彼の治世は40年であった事が42節に記されているのです。と言う事は数えの12才で即位したのですから12才+40年=52才でソロモンは若死にしたと言う事なのです。適切な食生活と運動が出来ていればこんな無様な末節を迎える事は無かったのではと思います。と言う事で今日は散々神さまの手を焼かしたけれども、一向に改善されなかったソロモンの晩年の生きざまのご紹介でした。

六百六十六

六百六十六

今日はシエバの女王がソロモンに謁見を求めた箇所でした。気になる箇所をご紹介します。

旧約聖書 ヘブル語原典 第一列王記 10章14節 直訳

14・そして彼が存在した 重さの その金 所は 彼が来た にシエロモー 中で 年 一 6 百 60ら そして6 丸い(ヘブル語=キッカール=36Kg、or50Kg、参1Ki28:14) の 金 

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 第一列王記 10章14節 直訳

14・そして 彼が存在した その 入り口柱(or寸法) その 金の その こさせられたは その サルモオーンに 中で 年 一 600 そして 60 6 タラント 金の

新約聖書 ヨハネの黙示録 13章18節 ギリシャ語原典直訳

18・ここへ その 知恵が 彼が存在し続けている。その 持っているは 理解を 計算しろ その 数を その獣の、数は そして 人間の 彼が存在し続けている。そして その数は 彼の 600 60 6。

  今日ご紹介するのは有名な666と言う数字です。ヨハネの黙示録の13章18節は良く知られていますが、こちらの列王記第一の10章14節はあまり知られていない様です。こちらはソロモン王の治世の初期のある年に国庫に収められた金の総計を表しています。タラントとは約36㎏ですから総計は約24tと言う事になります。これを今日の相場で計算すると約720億円と言う事です。

 約24tの金 金価格g 3,016円=72311616000円=723億円 

 参考 田中金属 http://gold.tanaka.co.jp/commodity/souba/index.php

 そうして気になるのはこの黙示録に記された額に刻まれた刻印を解釈するのに、聖書の中で唯一関連するのが今日のソロモンの国庫の金の年間総収入なのです。

 黙示録の666の解釈は一般的には「不完全数6は人間を表し、それが三回繰り返されるので人間を神とするローマ皇帝崇拝をさしている。」と言うものです。おそらくそれで正しいと思いますが、もしこの列王記の第一も関係するとすると、「金を神とする拝金主義」と言う事になるのでは無いかと思います。何方も聖書の教えから見て大変悪質で問題ですが、現実にはいずれの宗教でも教祖さんや教師の人間崇拝が成されているのが実際です。その上、人間の値打ちや幸福度を貨幣価値によって判断する拝金主義によって、一般社会はもちろん教育界もキリスト教会などもすっかり汚染されているのでは無いでしょうか。

  と言う事で今日は666の数字の意味についてのご紹介でした。

神殿荒廃の警告

神殿荒廃の警告 

今日は昨日にソロモンが神殿を奉献した続きです。早速直訳です。

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第一 9章 8節9節 直訳 

08・そしてその家 その此の 彼が存在する 最高 全ての 越えているは 上彼 彼が惨めになる(or荒廃する) そして彼(orヘビ)がシューと(音を)出す そして彼らが言う 上 何故 彼が作った ヤハウエ としてこの様に にその地 その此の そしてにその家 その此の 
09・そして彼らは言う 上 所の 彼らが置き去りにした を ヤハウエ 神ら彼ら 所は 彼が出て来さした を父ら彼ら から地の エジプト そして彼らは堅くさした 中で神らの 後ろら そして彼らは平伏さした 彼ら そして彼らは奴隷した彼ら 上 この様に 彼が来さした ヤハウエ 上彼ら を 全ての その邪悪 そのこれら 

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 列王記第一 9章 8節9節 直訳 

08・そして その家 この その 高いは、全て その 通り行かされる(消え去る)通して 彼 彼が確かに自分のために外に立つ(忘我)そして 彼は曳き続ける そして 彼らは確かに言う 何故に あるものらは 彼が作った 主は この様に そ地に このに そして その家に 此のに?
09・そして 彼らが確かに言う 対して するところらの 彼らは中で下に残した 主は その 神 彼らの、する所の 彼が外に導いた その 父らを 彼らの 出て エジプト 出て 家の 奴隷、そして 彼らは対して取った 神らを 他らを そして 彼らは方に礼拝した 彼らに そして 彼らは奴隷した 彼らに、通して この事 彼は離れ導いた 主は 上に 彼らを その 悪を このを。

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第一 9章 8節9節 意訳 

08・その何よりも最高の家(神殿)は荒廃する。そして呪われる。人々は嘲って「何故ヤハウエはこの家(神殿)にこんな酷い事をされたのか?
09・彼らはそれに答えてこう言う。「彼らは神殿にかまけて肝心のエジプトから救い出した神さまを置き去りにして、他の神さまを神殿に安置し、その神さまに礼拝と奉仕をしたのさ。だからヤハウエがこんな災いを来させたのさ。」

 問題はこれが神殿奉献直後にソロモンに直々に現れて語られた言葉という点です。ソロモンが一世一代の第神殿を建立し神さまに献殿して素晴らしい献殿の祈りを聞かれた神さまが語られた言葉としてはなんとも不釣り合いです。

  この言葉から真実が見えて来るのでは無いでしょうか。神さまはソロモンの言葉ではなく心をご覧になり 彼がこの宮に偶像を安置し神様を見捨ててしま危険性をご覧になったのです。

  それ故に、直々に現れて最大限の警告を成されたのでした。 そして不幸な事にこの警告は現実となりソロモン神殿は完全に破壊されてしまうのです。そして、エズラの時代に再建された第二神殿も更にヘロデが再建した第三神殿も跡形の無いまでに破壊され尽くしたのです。

  この事実から、神さまが何を望まれているかが明確と成るのでは無いでしょうか。儀式や壮大な建築物ではなく神さまの語られた言葉にソロモンを始め、神さまを信じる人々が従う事を望まれているのです。

  そして、それは今の時代の教会や信仰者にも求めておられる事では無いでしょうか。最後にこの直前の4節の直訳と意訳を記して置きます。

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第一 9章 4節 直訳
・ そしてあなたは もし あなたが歩く に顔(面)らの として 所の 彼が歩いた ダビデ 父あなた中で完全(トン=トンミムの単形)の 心 そして中で真っ直ぐ に作る事の として全て 所は 私が徹底的に命じたあなた 規定ら私 そして判例ら私  あなたが見守る 

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第一 9章 4節 意訳

・あなたがもしあなたの父ダビデの様にいつも私の面前を歩き、真摯に私が命じた戒め(十戒)の規定や判例(聖書の失敗)を見守るならよいのだが。

ソロモンの誤認

ソロモンの誤認 

今日はソロモンが神殿を建設し奉献した箇所を読みました。気になる箇所の直訳です。 

旧約聖書 ヘブル語原典列王記第一 8章19節 

19・薄い あなた 無い あなたが建てる その 家 その時 もし 息子あなた その 出て来るは から両腰あなた 彼 彼が建てる その 家 に 名の 私

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 列王記 第一 8章19節 

19・しかしながら あなたは 無い あなたが確かに建てる その 家を、反対に それとも その 息子 あなたの その 外に来ている 出て その 横梁(or肋骨) あなたの、これは 彼が確かに建てる その家を その 名に 私の。

  今日は聖書全体の理解や聖書その物の評価に関わる大変重要な箇所です。翻訳をする前に、ここでソロモンが引用している父ダビデに語られた神さまの言葉の引用元にあたるサムエル記第二の12章13節を先ず引用し、これを翻訳にして、そのあとにソロモンが以下に神さまの言葉を変えて理解(あるいは引用)しているかに注目して見ましょう。

★引用元・旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記第二7章12節13節 直訳

12・として 彼らが満たした 手らあなた そしてあなたは寝る を 父ら あなた そして私が立たさせる を子孫あなた 後あなた 所は 彼が出て来る から 内臓あなた そして私が堅くさせる を 王国彼
13 ・彼 彼は建設する 家 に名私 そして私が徹底的に堅くする を(玉)座 王国彼 迄永遠

★上記の翻訳
12・あなたはあなたの父と同様に死ぬ。そして神である私があなたの後に子孫を起こす。彼はあなたの心から出て来る。そして、私は彼の王国を確立させる。
13・その彼自身が私(神)の名の為に家を建設し、私は彼の王座と王国を永遠に続けさせる。 

★ソロモンの引用(ヘブル語原典からの訳)

19・但し、あなたがその家を建ててはならない。それはあなたの息子、それもあなたの子種から生まれる子が私の名において家を建設する。

 ソロモンによって引用された神の言葉は随分と曲げられています。第一の問題点は神さまの言葉(サムエル記の方)にはダビデが死んでから起こる息子かなり後の子孫ですが、ソロモンの引用は実子(自分の事)になっています。それはあくまでもソロモンの我田引水解釈です。)

 第二の問題点は、建設されるのは「神の名の為の家」であってこれを宮や神殿と訳出するのも解釈に過ぎません。

第三の問題点は神さまが王と王国が永遠に続くとしていますので、ソロモンの事やソロモンが建設した建物の事で無いのは明白です。

  ここで確認をして置かなければなりませんが、聖書の中で神殿を表す時には「ヘイカル」という言葉が使われます。また幕屋には「ミシャカン」を使います。しかし、ここで使われているのは「ベス」で一般の固定された住居をさします。そうして、この箇所で神殿とか宮とか訳出されているのは全てベス(=家)でこれが同じ文脈で登場しているのに訳では違う語=神殿、宮、家と仕分けされています。その結果、あたかも神さまが神殿建設を命じられたかの様な訳になり、翻訳丈を読んでいる読者にその様な印象を与えるべく翻訳する人の意に沿う様に訳し分けられている点に大きな問題があるのです。

  更に神さま自身の言葉はどう見てもこのソロモンの建設する家に対して疑問と懸念を持たれていた事を聖書は記録しています。それは列王記第一6章の12節に「あなたが建てている」とその建設の主体があくまでもソロモンであり、神様はこの家(=神殿や宮と訳出されている)に神さまのご計画上の危機感を懐かれ警告の意味で、「建物ではなく神の言葉に従う事」を確認する為に預言者を通してソロモンに警告を語られているのです。

以下はその箇所の直訳。

「12節・ その家 その此の 所は あなたが 建てているは もし あなたが歩く 中で規定ら私 そしてを 判例ら私 あなたが作る そしてあなたが聴従する を 全ての 命令ら私 に歩く事の 中で彼ら そして私が立たさせる を 言葉私の 共にあなた 所は 私が徹底的に言葉した に ダビデ 父あなた」

  そうして大事な事はこの神殿がイスラエルの信仰の堕落に果たした大きな役割です。エレミヤ書の7章の4節に「『これは主の宮、主の宮、主の宮だ』と言っている偽りの言葉を信頼してはならない」と記されています。 その言葉はダビで王朝の消滅と国家の破綻の直前のの言葉ですから大変重要です。そうこの神殿に来る事で人々が満足し肝心の神の言葉をないがしろにしてしまったのです。エレミヤ書に記されている様に「ソロモンの建てた建築物は決して主の宮では無い」と言う現実があるです。

しかし、当時には「ソロモン神殿は神の宮で、イスラエルは敵に敗北する事は無い」と言う非聖書的な神さまを無視する無敵神殿思想にまで発展してしまっていたのです。その偽りの言葉がイスラエル(正確にはユダ)を席巻し、「無敵神殿思想」となり人々の神さまへの信仰の堕落を促進させ、結果としてイスラエル(正確にはユダ)はバビロンの王ネブカデネザルによって無残に
滅亡させられたのです。その結果、ソロモンの建てた神殿も紀元前597年に完全に破壊し尽くされたのです。永遠に続くどころか王国も神殿も300年あまりで地上から消滅したのです。その事からソロモンが建設した建物とその王家は冒頭のサムエル記7章12節に該当しない事は明白です。

  ソロモンの作った家は昨日見た用に深刻な環境破壊を惹起し、その上にイスラエルとユダの人々の信仰を堕落させる為には大変役立ったけれども決して神さまが望まれた物ではなかったと言う事が結論なのです。

 そして、それは歴代の教会や、キリスト教国にも当てはまるのです。神さまが王を任命しその王が神さまの為に大伽藍を建設させる等という事は初めから存在しえない絵空事であり、その様な事を言っているのは偽教師や、偽預言者にすぎないのです。 

  聖書は初めから神さまは神さまを信じる人の心を住処=宮や神殿(第一コリント3章16節=あなた方は神殿であり...)として住まれるのです。その人は平等で、人が人の上に立って支配するのではなく力有る物が弱いものの為に僕となって犠牲を払うべく神様は人間を創造されたのです。基本的なボタンの賭け違いがあって王制や神殿建設は根本から神さまの意に添わない物なのです。

考えて見ると分かる事ですが当時の王は律法権と司法権と行政権(軍事権)を掌握しており、この神殿建設によって宗教権を掌握して絶対君主制をより強化したのです。これだけの権限を持った生身の人間が当たり前の感覚でその権力を行使しのぼせ上がって強権による悪政を国民に強いるのは必然です。今日の情報の開示された社会ではこんな体制は維持出来ず、大抵の王国はその座を国民に奪還され退位させられてしまいました。そう聖書の教えによると現実には神さまの御心が成るのですから、王制その物が、その初めから間違いであったと言う事なのです。

参考 王権民願説 http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/24262885.html
王制の間違は以下参照(イスラエルの王制移行は人類の堕落やキリストの処刑と同じく第三の御心=神さまの意に反する神さまの御心=摂理をさす)
第三の御心 http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/24429632.html

  新約聖書マルコの福音書10章45節 (WEB、日本語は新改訳)
For the Son of Man also came not to be served, but to serve, and to give his life as a ransom for many.”
(新改訳)人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。」

神殿という名の環境破壊



神殿という名の環境破壊

 今日はソロモンの大神殿と自分の宮殿とレバノンの宮殿の建設が記された箇所でした。早速直訳です。 

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記 7章46節直訳  

46 ・ 中で丸いの そのヨルダン 彼は注いだ彼ら その 王 中で マアベエ(原意不明、厚い、密集した⇒粘土層?) 間 スコテ そして 間 ツアレタン

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 列王記 7章33節直訳 

33 ・ 中で その 周囲家 その ヨルダンの 彼が鋳型した それらを その王 中で その 厚さ その 地の 上に 真中 ソコト そして 上に 真中 シラ。

  ソロモン王が建設した神殿には沢山の高価な木材や石材や青銅を初めとする貴金属などが大量に使われました。当然それらは、深刻な環境破壊をもたらしたのです。木材は360㎞の距離を海路と陸路で運ばれた北方のレバノン杉が使われました。一番上にある写真はレバノン杉の大森林があった地域の現在の写真です。レオンテス川の流域の豊かな森林環境はソロモンの時代の伐採事業で一変し地域全体の乾燥化をもたらした事でしょう。 

  更に、ソロモンは大量の金属加工を行います。その場所はヨルダン渓谷の密林でした。粘土で鋳型を作りそこに融けた金属を流し込んで鋳造したのです。その燃料は周辺に有るヨルダン渓谷の密林から調達しました。下の写真はソロモンの鋳造所があった辺りと思われる辺りの現在の写真です。

  お分かりでしょう、今ではとても人間が耕作し住める様な環境ではありません。しかし、ソロモンの父ダビテの時代のアブシャロムの反乱ではこのヨルダンの密林で「行き倒れが続出した」と記されています。(第二サムエル18章8節)いまのヨルダン川流域では嘘の様な本当のお話です。一体、誰が何時こんな酷い環境破壊をもたらしたのでしょうか。

  この地域は長い歴史が刻まれている為、深刻な環境破壊の真犯人探しは容易ではありません。しかし、聖書にはこのソロモン神殿の建設以前には稀であったこの地域を襲った飢饉が、建設の後には頻繁にこの地を襲っていることを記しています。(列王記一17章1節、列王記二 6章24節、8章1節) そればかりではありません、ソロモン治世の終わりから、列王記には周辺諸国との深刻な戦争が頻繁に発生した事が記されています。その原因の一つは、おそらく環境破壊による降雨量の減少と森林の消滅による保水力の低下が生態系を破壊し病害虫の大発生や干ばつといった環境の深刻な悪化によって、飢饉が頻発したのではないのでしょうか。元々この地域は乾燥化の傾向が強く唯一の緑地帯であったレバノン渓谷からヨルダン渓谷にかけての樹林帯の消滅が周辺地域(パレスチナは日本の四国程の広さ)に及んだのは当然の事なのです。

僅かなと言ってもかなり広域ですが、この地域には唯一であった森林環境の喪失が地域の気候を激変させ、農作物や牧畜に打撃を与え生産物の減少による生活苦をもたらしその解決に侵略以外に活路が無く戦争が頻発したと考えられます。

また、ソロモンは神殿建設に木材を提供したツロのヒラム王に、報酬としてレバノンの南の町20を送りました。しかし、それらの町々を視察したヒラム王は、受取を拒んでしまいました。「それらの町には価値が無い」というのがその理由でした。おそらく耕作も放牧も出来ない砂漠化がもうはじまっていたのです。

確かに、ソロモンが神殿や宮殿建設を行った期間は20年ほどです。しかし、これに引き続き軍事要塞建設という大土木事業がソロモンの領土の各地で展開されたと聖書は記しています。(歴代誌第二8章4~6節)ソロモンがそれらの大土木事業のために整備した林道や港湾設備に加えてさまざまな鋳造設備とその従事者たちの大集団はその後もそれらの巨大な設備を有効活用して資源が枯渇して事業が出来なくなるまで森林を消費し続けたことでしょう。

もし本当に神さまが神殿建設を命じられたのなら仕方がないのですが、ダビデが神殿を建設しようとした時、神さまはそれを禁止されました。(サムエル記第一7章5節から16節=列王記第一5章3節)そして、その時に神さまが言われたのは、一昨日に見た様に「神さまがダビデの子孫に家を建てる」のであって、「神さまがダビテやソロモンに神殿を建てろ」と命じた箇所は聖書のどこにも記されていないのです。 (ソロモンは「神さまが神殿を建てろ」と言ったと言いましたがそれはソロモンの言った言葉にしか過ぎません。)

 神さまは初めからその様な大神殿の建築は、当然王の大宮殿の建設を惹起し、更に続く要塞都市建設がなされ、そこに住む人々も豪邸を建設し、その為に環境を維持し、豊かな水資源を涵養するレバノンやヨルダン渓谷の美しい大森林地帯の破壊を惹起する事を知っておられたのです。そして、その結果地域全体が砂漠化し、結果的に飢饉や戦争が勃発し豊かな乳と蜜の流れる地が人の住めない場所になる事を見越して、ダビデの神殿建設を禁止されたものと思われます。 

おそらく、そう言った意味でこのソロモンの神殿建設はこのパレスチナ一帯に深刻な環境破壊をもたらし、降水量と保水力の減少を惹起し、結果的にそこに住める人口を極端に少なくして、必然的にダビデの建てた王国もソロモンの神殿も地上から永遠に消滅せざるを得なかったのでは無いのでしょうか。そしてそれ以後は他国の属領となり辛酸を嘗め、新約聖書の時代の僅かな1世紀間はエドム人のヘロデ王朝がこの地に樹立され表面上のユダヤ部族の独立が達成されます。そしてヘロデの神殿が30年ほど立っていますが再び紀元70年に神殿も国家も消滅して2千年のユダや人たちの流浪がはじまるのです。

と言う事で今日は神殿と言う名の環境破壊のご紹介でした。

ケルブ×2=ケルビム


ケルブ×2=ケルビム

 今日は何の不思議も無い、当たり前のお話をご紹介しましょう。早速直訳です。 

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第一 6章25節 直訳

25・そして10 中でその アマア(キュビト) その ケルブ そのに 寸法 一 そして 切り出し(形状) 一 に2 その ケルブら

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 列王記第一 6章25節 直訳 

25・この様に その ケルブ(単数) その 第二に、 中で 計りに 一 共に完成 一 両者らに。

  今日は簡単な事を記します。翻訳も無用です。ケルブとは移動式神殿の幕屋に登場する有翼天使像です。このヘブル語の25節に登場する最初の「ケルブ」は単数です。 そして「ケルブら」と訳したのは原文では「ケルビム」でケルブの複数形なのです。

  実に簡単なお話です。しかし、こんな簡単な事が出版されている図書の幕屋やソロモン神殿の想像図や模型には一切考慮されていないのです。そう、ケルブ(単数名詞)は一体の有翼天使像で、ケルビム(複数or双数名詞)は当然二体の有翼天使像でなければならないのです。

 と言う事は例えば契約の箱の両端にケルビムを作ったと言うなら当然契約の箱の上には四体の有翼天使像が無ければならないのです。

★ケルブ×2×2=ケルビム×2=4ケルブと言う事なのです。
(但し、ケルビム=2ケルブ)

  当たり前の事なのですが私が30ウン年前に幕屋の構造の論文を記した時には調べられる限り手を広げましたが、世界中で誰一人4体のケルブを契約の箱の上に配置した研究者はありませんでした。もちろん論文やイラストを見ただけでは有りますが、現在も状況は全く同じです。教会やキリスト教界でもせめて聖書にはっきりと書かれている「当たり前のことが与り前に認識出来る様になる」と本当に良いですね。

ダビデの子は誰か?

ダビデの子は誰か?

今日からいよいよ有名なソロモン神殿の建設がはじまります。早速気になる箇所の直訳です。 

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第一5章 19節直訳 

19 ・ そして見よ私 言っているは に建てる事の 家 に名の ヤハウエ 神ら私 として所の 彼が徹底的に言葉した ヤハウエ に ダビデ 父私 に言う事の 息子あなた 所は 私が与える 下部あなた 上(玉)座 あなた 彼 彼が建てる その 家 に名私

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 列王記第一5章 19節直訳 

19 ・ そして 見よ 私が 私が言い続けている 建てること 家を その 名に 主の 神の 私の、丁度同じ様に 彼が喋った 主は その 神 方に ダビデ その 父 私の 言っているは その 息子 あなたの、する所を 私が確かに与える 対して あなた 上に その 座 あなたの、これは 彼が確かに建てる その 家を その 名 私の。

 上記の箇所は何れもソロモンが父ダビデの言葉を引用した物です。それらはサムエル記の第二の7章に記されていますのでその箇所の直訳を以下に記します。

サムエル記第二 7章12節13節14節 ヘブル語原典直訳 

12 ・ そして 彼が確かに存在する もし 彼らが満たされた(為) その 日ら あなたの そして あなたが眠らされた(為) 共に その 父らの あなたの、そして 私は確かに上に立てる その 子孫 あなたの 共に(後に) あなた、するところは 彼が確かに存在する 出て その 腹 あなたの、 そして私は確かに準備する その 王国を 彼の。
13 ・ 彼は確かに家を建てる 私に 家を その 名に 私の、そして 私は確かに再び真っ直ぐする その 玉座を 彼の まで 中へ その 永遠。
14・ ★私は 私は確かに存在する 彼に 中へ 父、そして 彼は 私が確かに存在する 私に 中へ 息子★。そして もし 彼が来た(為) その不義 彼の、そして 私が確かに咎める 彼を 中で 杖 人らの そして 中で 離れ黄泉(?、アフアイス、ヘブル語=打撃=疫病らの) 息子らの 人間らの。

 ややこしくなるので翻訳はしませんが、気になるのは上記のサムエル記第二の7章の14節の言葉です。「神がその息子の父となり、ダビデの後を継ぐ王が神の息子になる。」(★と★の間の言葉です。)

 分かる事はソロモンはそれ(=神の子)が自分だと思い込んでいた様です。また当然ダビデもそれをソロモンだと見なしていた様です。だから彼はソロモンに神の宮=神殿=神の家の建設を指図したのです。しかし、ソロモンの生涯を見て分かる事ですが、とても誉められる様な事は何一つ無く、幾度も神さまに逆らいその生活も偶像崇拝三昧でした。とても神の子なんておこがましいのでは無いでしょうか?

  と言う事で、分かる事ですがこの★と★で囲んだ部分は明らかにメシヤ=キリストを指しているもので決してソロモンでは無いと言う事なのです。

  「キリストが神さまの家を建て、その家が永遠に続く」と言うのがこの神さまの言葉の正しい理解ではないでしょうか。それでなければ、もしソロモンの王国や神の家の神殿だとすると彼が建てた神殿と再建された第二、第三の神殿は無残にも三度にわたって破壊されました。当然ソロモンの王国も分裂し歴史から消滅してしまいました。

 だから、聖書がここで言っている事はソロモンは確かにダビデの実子ですが「神の子=キリストでは決してない」と言う事なのです。ここで言われている「ダビデの子」はこの後千年後に誕生する「救世主=キリスト」であり、それが「ナザレのイエス」で有ると言う事なのです。 

ソロモンのプロパガンダ

ソロモンのプロパガンダ(政治的宣伝)

聖書はなんとも理解に苦しむ書物です。早速その箇所をご紹介します。

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記 第一 4章20節 直訳 

20 ・ イエフダー そして イスラエル 多いら として その砂 所は 上 その海 に多い 食べているらは そして飲んでいるらは そして喜ぶらは

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 列王記 第一 5章1節(4章21節) 直訳

05 01 ・ そして 彼らが合唱(or舞踊)し続けている その 下に立っているらは 

  今日は翻訳は後回しにして説明を先に記します。実は、今日読んだヘブル語原典の4章全体は全て詩文=歌=賛美歌になっているのです。

  その賛美歌になっているのは列王記第一の4章1節から20節で、ヘブル語原典では21節からは5章になっていてます。 そしてヘブル語原典の5章は翻訳の18節ではなく5章の14節が追加されて32節まで有ります。

  そして今日記したのはそのヘブル語で賛美歌になっている4章の最後の節なのです。ではこの歌の終わりの部分を翻訳してみましょう。

 「イエフダーとイスラエルは増えた。 海の砂の様に増えた。食べて、飲んで、そして踊り明かそう。」

  興味深い事に70人訳はこの部分を全く異なった訳文にしています。意訳してみましょう。「ソロモンの家来達はこの様にいつまでも贅沢三昧していた。」まあこんな所でしょうか? 

  ヘブル語の原文は、まるで何処かの独裁国家の体制賛美歌の様です。王様とその家来達が韻律で書き連ねられそして、最後にこの繁栄を謳歌する下りが来ているのです。

  国民に「ソロモン国王と国家の指導者達を賛美させ、特権階級のもの達が贅沢三昧している」のが、ソロモン治世の特質と言う事なのです。そして、ソロモンもその不摂生で慢性で悪質な生活習慣病になり52才で若死して、その後を継いだ愚かな息子レハブアムのさらなる増税政策に愛想を尽かした国民が離反し国家が南北に分裂したと言うのは、必然のなせる業だと言う事ではないのでしょうか?

小さい少年ソロモンの願い

小さい少年ソロモンの願い

今日は昨日に引き続いて小さい少年のソロモンの願いをご紹介します。 

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第一 3章7節 直訳  

07 ・ そして今 ヤハウエ 神ら私 あなたは あなたは王さした を 奴隷あなた した ダビデ 父私 そして私は 少年 小さい 無い 私が知った 出て来る事の そして来る事の

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 列王記第一 3章7節 直訳 

07・そして 今、主よ その 神 私の、あなたは あなたは与えた その 奴隷を あなたの 対して ダビデ その 父 私の、そして 私は 私は存在し続けている 子供 小さいを そして 無い 知識 その 出道 私の そして その入り道 私の、

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第一 3章7節 翻訳

07・そして 私の神ヤハウエよ、あなたの奴隷の私を王にした。私の父ダビデの後に。そして私は小さい少年です。私は出る道も入る道も知らないのです。

 本当に11才の少年としてはごくあたりまえの願いです。そしてこれとよく似た言葉が歴代誌の第一の29章1節にもダヒデの言葉として即位したソロモンが「少年 軟弱」と記されています。

  今日は昨日お話しした様に、何故このソロモンの即位年齢が聖書のヘブル語の原典マソラテキストに記されていないのかを考察してみたいのです。
 
 ヘブル語の原典を扱うのは中々難しいものが有ります。それは写本そのものに関する知識なのです。興味深い事に、旧約聖書のヘブル語の現存する写本は死海写本(紀元前3世紀頃成立の物が多い)以外はほぼ、紀元後10世紀以降に書写された物ばかりなのです。新約聖書の最も古い写本よりも千年ちかく新しい物ばかりなのです。ヘブル人の書記は書写した写本が元本と同じであるかを字数を数えて確認し(この故に書記や写本はヘブル語で「セフエル=数える」と言う語で表す。)字数が合致すると完全に書写された物として古い方を焼却処分した為とされています。

  この、いわゆるマソラ写本にはこぞってソロモンの即位年齢は欠如しています。そしてこのヘブル語写本の元本は紀元前200年頃に確定したとされています。 

 そして、その頃に70人訳ギリシャ語は主にエジフトのアレキサンドリヤで殆どの部分が翻訳されたのです。

 と言う事は70人訳とヘブル語テキストはほぼ同等の歴史的価値を持っていると言う事なのです。その頃の本文がどうであったかは死海写本の研究成果が公開されるまではなんとも言えないのです。しかし、死海写本の発見以来早60年が過ぎようとするのに死海写本の研究成果の公表は全く無いのが実情なのです。 その理由は以下をご覧ください。

参考  http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/22617041.html

  さて、この聖書の原典の本文の評価を行う本文批評学と言う学問があります。此れは現在存在する古代文献の写本(当然誤写や改竄などの多くの問題が含まれている)から元著者が書き下したオリジナルの文字列を復元する事を目指す学問です。

歴史考証から文献の評価をする高等批評に対して、古代文献の記述された文字と言う内在資料から文献の評価を行う為、低等批評とも言われます。どちらも聖書研究には重要な学問ですが今日はこの低等批評の成果をこのソロモンの即位年令に当てはめてみたいと思うのです。

 いくつかの原則があるのですが例えば、異なる2つの写本のある箇所の異同が有ったとして、その一つが理解やすい記述でもう一方の写本は全く理解出来ない記述であった場合を考えてみます。その場合、必然的に理解出来ない方が信頼出来る本来の原文と判断するのです。その理由は単純明快です。「分かりやすい物が分かりにくく改竄される事はあり得ない」からです。普通に考えると逆に思えるのが此の低等批評と言う学問の面白い考え方の特徴なのです。

  この学問をソロモンの即位年に当てはめると一目瞭然、この聖書を編纂した人々の立場に立った利益不利益の原則を当てはめると、「こんなお粗末な王位継承の実態は全くもって由緒あるダビデ王朝の第一継承者にはあってはならないし認められないという事」になります。

  と言う事はソロモンの即位年齢は抹消される傾向が顕著で書き加えられる可能性は少ないと言う事なのです。それに70人訳の「息子は 年らの 12」と言う表現はギリシャ語としては不自然ですがヘブル語の標準的即位年の記述の直訳として普通で自然な表記方なのです。と言う事は70人訳が底本としてヘブル語原典にこの記述が存在したと見るのが自然なのです。
 
  はや結論が出てしまいました。「ソロモンの即位年齢の記述は、後代の誰か(後代の多くの王や権力者や宗教家など)にとってまことに不都合記述なので抹消させられた」と言うことなのです。その目的は前回記しましたように、この「ソロモンの即位年令が11歳であることによって見えて来る多くの現実」を読者の目から隠蔽する為であったと言うことなのです。それに、昨日紹介した様に前後の記述から12才(数え)で即位した事は年代計算から自明な事実だからなのです。
 
  では、一体誰がこのソロモン王の即位年を抹消したのでしょうか。70人訳聖書が訳出された紀元前3世紀には、まだヘブル語の聖書本文に記載されていた事だけは確かです。何しろこの時代ではソロモンから700年程度しか経過していませんから、隠しても人々は聖書の記述から簡単に真実を見抜いてしまっていた事と思います。また、おそらく捕囚から帰還した律法学者のエズラがイスラエルの歴史を編纂した時代の紀元前5世紀の写本のその現物その物もくち果てないで現存していたと思われるからです。

  とすると「旧約聖書と新約聖書の間隙の中間時代に、イスラエル王国の再興を画策する人の手によってダビデ王朝を理想の国家に仕立て上げる為に、その目的に不都合なソロモンの即位年が抹殺された」と考えられるのです。そして、当然、それ以外にも、ダビデ王国が完全無欠である事を否定する不都合な真実も聖書から容赦なく抹消された可能性が高いのです。

少年ソロモン王 (11才で即位)

少年ソロモン王 (11才で即位)

 今日は、聖書を普通に読んでいれば誰でも分かる当たり前の事なのですが、どういうわけかヘブル語原典から抹消されているソロモン王の即位年齢のご紹介です。早速直訳です。  

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第一2章12節 直訳

12・そしてシエロモー 彼は仮住まいした 上の (玉)座 ダビデ 父彼 そして彼女が堅くされた 王権彼 非常に

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 列王記第一2章12節 直訳

12・そして サルモオーン 彼は座った 上に その 座 ダビデ その 父の 彼の 息子は 年らの 12、そして 彼が準備させられた その 王国 彼の 非常に。

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第一2章12節 翻訳

12・そしてソロモンは彼の父ダビデの玉座に座り、その王権は父以上に強化された。

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 列王記第一2章12節 翻訳

12・そしてソロモンは12才で彼の父ダビデの王座に座った。そしてその彼の王権はものすごく強化された。

  70人訳ギリシャ語聖書に記されているソロモン王の即位年齢の12才(数えで満は11才)がどういうわけかヘブル語原典には消えているのです。そして、ヘブル語原典にはどういうわけかソロモン王の治世が40年と有るだけで即位年齢も、死亡年齢も書かれていないのです。大抵の王様には記されている即位年齢が無いのは実は大変不自然な事なのです。

 重要な事は実際にソロモンが即位した年齢がどうかが問題なのですが、例のウリヤを殺してその妻バテシエバを横取りしたのが、ダビデ王57才の頃と推定されます。そしてその時に孕んだ子は産後間もなく神の裁きによって殺され、その後バテシエバがダビデによって懐妊しソロモンが誕生します。

  その時のダビデの年齢は最低でも58才です。その年に懐妊としたとしても、出産時にはダビデは59才となります。そしてダビデは30才で王に即位しヘブロンで7年、エルサレムで33年を合計した治世は40年ですから30+40=70才で死にます。その時のソロモンの年齢は最大でも数えで12才(満では11才)と言う事で聖書に年齢が記されていても居なくとも自明の事なのです。

  今日の日本では小学校の4年生か5年生の子供の年代です。この事が分かると更に色々な事が見えてきます。

 ★先ず第一に何故、兄アドニヤの即位の式典にソロモンが呼ばれなかったのかと言う事です。当然ユダヤ人達の一人前の年齢に当たる13才に達していませんから、呼ばれるわけはありません。

 ★第二に、自分の死期を悟っていたダビデは「何故後継者のソロモンを早く即位させ、アドニヤの即位による混乱を避けなかったのか」が分かります。そう、40才に成らんとする他の王子達を差し置いて何故少年ソロモンを後継者に即位させる必然性がダビデに有ったのでしょうか。そんなもの存在する必然性はどこにもありません。

 ★第三に、母バテシエバがソロモン王と席を同じくする場合母の座がソロモン王の右(上位)に設置されました。(2章19節)と言う事はソロモンの治世のかなりの期間、王国の主権は30才そこそこの王母バテシエバに存在した事が分かるのです。

 ★第四に、ソロモン王を支持したのは祭司ツアドクとエホヤダの子ベナヤ丈でした。そして彼らは、あのアブシャロムのクーデターの折りにもダビデ側についた人物でした(サムエル記第二15章24節~29節)。更に、ダビデ王にアドニヤの即位式典とソロモンの対立即位を進言した預言者ナタンは王族でも、祭司でも無いく、只ダビデ王の懇意の預言者でバテシエバにかなり近いすじの人でした。そこから分かる事はダビデとバテシエバ以外の王の家族はすっかりダビデ王から心が離れてしまっていて、ダビデが王権内部で心を赦せるのは祭司ツアドク、エホヤダと預言者ナタンに加えて、新参者のバテシエバとその子丈であった事が浮き上がって来るのです。

 ★第五に、第四の理由からアドニヤを支持した人々からしてみれば、ソロモン王の即位は、民主的に王族全員の合意によるアドニヤの即位に対する、ナタンと祭司ツアドクトエホヤダの子ベナヤの極少数者によるクーデターと言う見方が妥当である事が見えて来るのです。

 ★第六に、ソロモンがダビデ王とその一部の人々だけの支持の中で王に即位しても、王権の基盤は非常に膳弱で前途には暗雲が立ち込めていたと言う事が分かるのです。

 ★第七に、バテシエバを初めとするソロモン支持派にとって残されたのは反ソロモン勢力の粛清以外に無かったのです。それ故に、誰よりも先に兄アドニヤを殺害し(2章25節)次に祭司エブヤタルを罷免し(2章27節)更に、将軍ヨアブを宮で惨殺し(2章34節)更に反ダビデを鮮明にしていたサウル王家の残党シムイを殺し(2章46節)、さらに聖書には記録されなかった多くの王族や反対勢力を皆殺しにする以外にソロモン王権を維持する術が無かったと言う事なのです。ダビデがサウル王朝の残党を悉く粛清し、更にソロモンがダビデ王朝内の反対勢力を粛清すればその後国家がどうなるかは自明です。自立が出来なくなり分裂しやがて国家は神様の言葉通りに消滅するのです。

 ★このダビデが夫ウリヤを殺害して手に入れた若く美しい女バテシエバとその左に着座するソロモン王によって、ダビデの家庭は散々に崩壊し、預言者ナタンを通して語られた主の言葉「いまや剣はいつまでもあなたの家から離れない。」(サムエル記第二12章10節)という言葉がダビデの実の息子達の手に握られた剣で現実のものとなり、ダビデの多くの家族がさらに同じ血を分けたソロモンとバテシエバの手によって殺される悲劇となってダビデ一族に襲いかかった事を聖書は教えているのです。

 更に、この粛清はその事を行ったソロモン自身にもふりかかります。そう、彼の治世は40年でした(列王記第二11章42節)と言う事は彼は51才か2才で若死にしたのです。当然でしょう、恐怖政治を持って始められたソロモンの周囲には誰一人彼に苦言を呈する事の出来る人物は残されて居なかったのです。おそらく彼も孤高の権力者となり、父ダビデと同様に毎夜、の美食、美酒、美人に埋没し、早々と生活習慣病に罹患し、世継ぎの準備も何も無く、ある日突然神様によって人生の途絶える瞬間を迎えさせられたのです。

 確かに彼が11才で王に就任した当初「僕は小さい子供ですからこの民を治める術を知りません。智恵を下さい」(3章7節~9節)は王として謙虚で素晴らしい王様の言葉に見えますが、その時の年齢が11才では当然の態度と言葉だと言う事なのです。

あすはデボーションでこの事の記された3章でが、この年齢の記述に関して、ヘブル語聖書から「12才と言う年齢が抹消されている」のか、あるいは「70人訳の方にに書き加えられているのか」の検証についてもご紹介する予定です。

ダビデの老醜

ダビデの老醜

今日はあのダビデ王の67才の頃の記録を読みました。先ず★意訳をご紹介してそのあとに■直訳を記します。  

★旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第一 1章1節~4節 意訳

01・老いたダビデは体調が非常に悪く、寝具を重ねても全く温まらなかった。
02・宦官達は介護に神経をすり減らし夜も寝れないありさまであった。耐えかねた彼らは介護の為に新たに若い女性を妻にあてがい王と添い寝し食事や下のお世話をさせる事を思いついた。
03・しかし、介護用のお妃探しは、辞退者が続出して国中を探し回ったが中々決まらなかった。漸くの事で不幸な境遇に育ったが大変な美人のアビシャグと言うシュネムの女が引き受けてくれる事になった。 
04・その美しい女性は、良く王の介護に努めて漸く王の様態も改善の兆しが見える様に成った。

■旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第一 1章1節~4節 直訳 

01・そして その 王 ダビデ 彼は老人した 彼が来た 中でその 日ら そして彼らは徹底的に隠した(or覆)彼 中でその長い上着ら そして無い 彼が温かくした に彼 
02・そして彼らは言った に彼 奴隷ら彼 彼らが徹底的に捜す に 主私 その 王 若い(女) 処女 そして彼女が自立した に顔らの その王 そして彼女が存在する に彼 利益する(女)そして彼女が寝る 中で胸あなた そして彼が温かくする に主人の その王
03・そして 彼らは徹底的に探した 若い(女)美しい 中で全ての 境界の イスラエル そして彼らは見つけた を アビシャグ(私の父は間違った)その シュネム(女)そして彼らは来さした を 彼女 にその王
04・そしてその若い(女)美しい 迄 非常に そして彼女は存在した にその 王 利益する(女) そして彼女は徹底的に奉仕(家事)した彼 そしてその王 無い 彼が知った彼女の

■旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 列王記第一 1章1節~4節 直訳 

01・そして その王 ダビデ 老人は 方に来ていたは 日らに、そして 彼らは上に投げた 彼を 衣服ら、そして 無い 彼が自分の為に暖まった。
02・そして彼らは言った その 奴隷らは 彼の 彼らが捜せ その 主に 私たちの その王に 処女を 若い女を、そして 彼が確かに自分の為に側に立つ その 王に そして 彼が確かに存在する 温めるは そして 彼が確かに寝させられる 共に 彼、そして 彼が確かに暖められる その 主 私たち その 王。   
03・そして 彼らは探した 若い女 良いを 出て 全て 境界 イスラエル そして 彼らは見つけ出した その アビシャク その ソオマニテイン そして 彼らは運んだ 彼女を 方に その 王。
04・そして その 若い女 良い 迄 非常に。そして 彼が存在している 温めるは その 王 そして 彼は公民奉仕している 彼に、そして その 王 無い 彼が知った 彼女を。

★本当に、ダビデの様な老い方はしたく無いと思います。彼には、正式に結婚した妻が8人も有り、数えきれない程の妾をかしずかして権勢を究め、多くの息子や娘達が存在していました。しかし、誰一人老いたダビデの介護を引き受ける家族はなかったのです。こうなると本当に惨めです。

ダビデの王宮には食事作りや献酌官たちや宮廷楽士たちが大勢居ました。彼らはダビデが健康な時には大変良く活躍してくれました。しかし、要介護の老人の食事や垂れ流した下のお世話となると彼らの能力ではどうにも成りませんでした。

まだ若い67才のダビデです。しかし、このころには、10年前の部下のウリヤを殺してまで手に入れた一番若い妻のバテシエバもすっかり寄りつかなくなっていたのです。おそらくまだ幼い子供達の養育と多くの先輩妻たちの陰湿な憎悪にさらされていた新妻でしたから王宮内では何かと不都合が生じていたのですか

それに、10年前のあの事件のダビテの私生活は自堕落でとても不健康このうえない物でした。あの日も、前日は飲み食いで夜更かしし、夕暮れ時に起き上がる様な不摂生な生活で、おそらくその様なだらしない日々をだらだらと長く続けていたのです。当然、ダビデが67才に成った時には、必然的に過度の肥満、動脈硬化や高脂血症に加えて痛風や糖尿病が加わり血行障害に加えて白内障、などですっかり自立出来ない要介護状態になってしまっていたのです。

 そして、家族の心配はダビデの介護ではなく、自分達の中の誰が王家を譲り受けるかという権力闘争に心がすっかり奪われてしまっていたのです。

 そして、還暦を迎えた7人の妻達はまだ30そこそこで新参者のバテシエバとその子の未成人の幼いソロモン王子を除外して、更に老いたダビデ王に何の相談も無く、第五夫人の産んだダビデ王の4男アドニヤの即位の式典を挙行する手筈を準備万端進めていたのでした。

  この続きは明日ご紹介する事にして今日は惨めなダビデ王の老後の醜態のご紹介でした。

ダビデの大罪

ダビデの大罪

今日はサムエル記第二の最終章でした、どうも理解に苦しむ箇所をご紹介します。

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記第二 24章10節 直訳 

10 ・ 彼が撃ち殺さした 心の ダビデ を彼 後ろの この 彼が数えた を その 民 そして彼は言った ダビデ に ヤハウエ 私は罪した 非常に 所は 私が作った そして今  ヤハウエ あなたが通り過ごさせる とうか を 咎の 奴隷あなた として 私が愚かされた 非常に 

旧約聖書 ギリシャ語原典 サムエル記第二 24章10節 直訳 

10 ・ そして 彼が打った 心を ダビデ 彼を 共に その 数した事 その 民を、 そして 彼は言った ダビデ 方に 主 私は罪みした 非常に する所は 私が作った。今、 主よ あなたは側に行かせろ それだから その 不法を その 奴隷の あなたの、 それは 私は愚かさせられた 非常に。

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記第二 24章10節 翻訳

10・ダビデは自分の心を殺してしまった。その原因は民の人数を数えからであった。ダビデはヤハウエに大罪を認め「あなたの奴隷の罪をどうにかして過ぎ去らして下さい、大変愚かでした。」とお詫びした。

 どういうわけかこのダビデの大罪(人口調査)が聖書には3度記されています。それは異例の事です。先ず今日のサムエル記第Ⅱの24章、次が歴代誌第Ⅰの21章から22章、最後が歴代誌第Ⅰの27章です。 

 第一に、何故人口調査が大罪であったのかと言う点です。

 第二に、歴代誌第一の27章の24節には、この人口調査は実際には終わらず、ダビデ王の年代統計にはおらなかったと記されているのに、何故サムエル記第Ⅱの24章の9節に登録兵士の総数が記されているのかと言う事です。

 第三に、何故この人口調査の罪の贖いの為にソロモンが大神殿を建立するアラウナの私有地が購入されなければ成なかったのかと言う明白な理由の記載と建設を命じる神様の言葉も無いのかと言う事です。

  どうやらこの人口調査にはダビデ王権の末期に生じた大問題が隠されていた、残念な事に私たちが手にする聖書原典には詳細は何も書かれていないのです。

  実際に最初から何も書かれなかったのか、と言う事は書くと重大な問題が生じるので書かせない力が働いたか、あるいは書かれていたが何者かによって削除されたのかと言うことが考えられます。

 しかし、考えてみれば自明なことがいくつか有るのです。

何れの時代も何処の国でも一つの真実が人口調査には伴います。そう人口調査は歳入不足(国家財政の赤字が懸念され)を補う為に課税強化が暗黙の了解下に隠されていて、人口調査や検地が成されます。そして、ダビデが政権末期に人口調査を行ったのは当然、国会財政の健全化と徴兵と言う国民の負担の増加が目的である事は自明でした。

 もしダビデ王権に民衆が反感を増長さしていたとしたなならば、当然反感を持つ人々はごき課税の為に成される人口調査に非協力になります。

  おそらく、このダビデの人口調査はあのアブシャロムの反乱や一連のヨアブのイスラエル将軍の惨殺ですっかり求心力が無くなっていた所に追い打ちをかけてしまったと言うのが妥当な所ではないでしょうか。

  そして、ダビデ王権に離反するイスラエルの人々をいかにしてダビデ王権に繋げるかという命題が見えて来る時に初めて、アラウナの打ち場に神殿建立が定められる本当の目的が隠れれている様に思うのです。

  何れの権力者も求心力を維持する為にその権勢をデイスプレイする手っとり早い宣伝装置を作ります。 

大抵大建築物や大土木事業です。日本の大和朝廷が作った都や巨大陵を始め古代の中国やエジプトの大神殿や王宮に加えてピラミッドを見れば自明です。

  おそらく、ダビデ王権も一連の不祥事で国民の支持を失い、国家財政の破綻を目前にして、思いついた大神殿建立構想以外に名案が無かったのではないでしょうか。
 
 ローマ教会が東ローマ帝国の没落後に建設したサントピリエトロ大聖堂の建築費を免罪符でまかなおうとした結果、このローマの神殿に只金銭を奪われるだけの北部ドイツ(当時はザクセン)からルッターの批判が始まりプロテスタント教会がローマに離反した様に、このダビデが建設を決定しソロモンが建設した大神殿が結果的にソロモンの死後に重税に耐えかねたイスラエル王国の人々がダビデ王朝に離反を起こしてしまうのです。

  今日はダビデが自分自身で大罪と記したダビデ治世の末期に成された人口調査の不可解さの一端とその事の意味する事のご紹介でした。

喪失勇士

喪失勇士

今日はダビデの37人の勇士の名が列挙された箇所でした。早速直訳です。 

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記第Ⅱ 23章39節 直訳 

39 ・アウリヤ(私の光ヤハウエ) そのヒテイ 全て 30ら そして7

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 サムエル記第Ⅱ 23章39節 直訳 

39 ・ウリア その ケタイ、 全てらは 30 そして 7。

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記第Ⅱ 23章39節 翻訳

39・ヒッタイト人ウリヤで勇士の合計は37名。 

 聖書をいつも読んでいて「これほど分からない書物は無い」といつも思っています。時々、「聖書は完全で何の問題や間違いも無い。」と平然とのたまう同業者の方にお目にかかりますが、 「この人はまともに聖書を読んだ事が無いのだろう」といつもお気の毒に思いながらそのご尊顔を繁々と見定めさせて頂いています。さて、今日ご紹介する聖書の箇所も実は「どうも全く分からない箇所」の一つです。何が分からないかと言うとダビデの勇士の人数なのです。

 39節の最後に37名と有るのですがどうしても計算が合わないのです。徐々に説明させて頂きます。

まず、24節から39節にかけてが30名だと言うのですが例のダビデが妻を横取りして将軍ヨアブに命じて殺害さしたウリヤを加えると31名になります。1名多いのです。

 次に、全員で37名と言うのですか綿密に調べると8節以降で39節までに列挙されている人数を確認してみましょう。

第一に、三勇士の1・ヤショブアム、2・エルアザル、3、シャマ。=3名

第ニに、別の3人の長の4・アビシャイ、5、ベナヤ、(3名と言うが1名欠名)。ここまで列挙された名が3名+2名=5名です。

 第三が問題です。 24節からはじまる30名の名は1・アサエル、2・エルハナン、3・シャマ(ハロデ人)、4・エリカ、5・ヘレツ、6・イラ、7・アビエゼル、8・メブナイ、9・つァルモン、10・マフライ、11・ヘレブ、12・イタイ、13・ベナヤ、14・ヒダイ、15・アビアルボン、16・アズマベテ、17・エルヤフバ、18・ヤシエンの子ら?ヨナタン、19・シャマ(ハラル人)、20・アヒアム、21・エリフェ、22・エリアム、23・ヘツライ、24・パアライ、25・イケアル、26・バニ、27・ツェレク、28・ナフライ、29・イラ、30、ガレブ、
31・ウリヤ、

 と言う事で30名の所には31名の名が記されているのです。

第一、第二、第三を合計すると3+2+31=36名で39節に記された37名に1名足りないのです。 

 実際に聖書中には結構細かく読んでいくと同様の問題箇所が随分と有ります。大抵の方は聖書に書いてある事を信用して一々細かく確認しないで、数字が合っていると勘違いしておられる方が多い様にお見受けします。
  
 しかし、厳密に数字合わせをすると処々で数があわないと言う問題が噴出して来るのです。もちろんこれに関しても、ヨアブを加えれば37名になるのです。しかし、この名簿のなかに確かに18節と24節に2度ヨアブの名が登場しますが何れの場合もその兄弟を修飾している言葉で、単独では登場して来ないのです。

  30人の19番目の「ヤシエンの子ら」と言う説明の後に人名が一人なので、ここに1名欠落していると見なす事も可能ですが、そうすると37名の数の方は上手く説明出来ますが、30名の勇士が32名に成ってしまうのです。

  まあ、これらは「細かい名前の数の問題で、聖書の信憑性や霊感と言う問題に影響は無い」という結構乱暴な判断もあながち無視する分けにも行かないのですが、やはりすっきりしないのが実際です。

  また実際に、最後に記されたウリヤの名はやはり不自然で、聖書の記録者が何らかの意図があって、あえてことさらに「ソロモン王の母バテシエバの元夫」である事を強調したという観点が有った様に見受けられます。もしかしたら、後代の書記か学者が「ダビテ王朝の最大の汚点であるウリヤの名がこの名簿に欠如しているので加筆した」という考え方もかなり妥当と言わざるを得ないでしょう。 

  まあ結論は出せませんが、分からないがこの名37名のリストだと言う事です。書かれた聖書原本が伝えられ多種多様な写本が流布する中長い歴史の中で何らかの不都合や、その時代の必要から聖書の写本に加筆や抹消されたりまた汚濁や虫食いなどの欠損部分が生じた結果この様な不自然な状態が現在に伝えられている様に思われます。

 というわけで、現在伝えられている聖書の原典は処々に不完全な所が有り、最初に記された状態とは無視出来ない程に異なってしまっている事は否定出来ない真実なのです。 

 ですから、「今私たちが見る事の出来る聖書原典や、それらが翻訳された聖書が完全であると言うのは原典や厳密な聖書の研究をまともにした事の無い方だけが自信を持って主張出来る妄言だ」と言う事なのです。

サウルからの救いの喜び

サウルからの救いの喜び 

今日はダビデの作った賛美の箇所でした。早速直訳です。 

旧約聖書 ヘブル語原典 第Ⅱサムエル記 22章6節 直訳 

06 ・綱らの シエオル(黄泉、子音字はサウルと同)  彼らは周囲した私 彼らは徹底的に正面した私 罠らの 死

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 第Ⅱサムエル記 22章6節 直訳 

06 ・産みの苦しみらは 死の 彼らは周囲した 私を、彼らは前に腐敗した 私を 固いらは 死の。

旧約聖書 ヘブル語原典 第Ⅱサムエル記 22章6節 意訳

06・シエオル(サウル)の綱が私を取り囲んだ。彼らは堂々と私に向かってきた。死の罠となって。

 簡単な事ですが、ダビデは多くの賛美を聖書の中にのこしたとされています。その中の一つが今日読んだサムエル記第Ⅱの22章なのです。そして興味深いのがこの6節です。そうシエオルと言う地獄を意味する言葉のヘブル語の子音字(注)が1節のサウルと全く同じなのです。

(注:ヘブル語聖書は本来子音字のみで記されていて、母音字は後代にヘブル人達がヘブル語を喪失して復活させる為に創案したいわば漢字のフリガナの様なもの。と言う事は、母音の読み方は後代=2千年後の解釈よによる読み方で、古代の本来の読み方の参考にすぎない。)

 と言う事はダビデの賛美歌は全てサウルからの救いを歌ったと言って過言ではないと言う事なのです。そしてその事を思うと、昨日ご紹介した、サウル王朝の生き残りの人々の惨殺は、ダビデの心の奥深くに潜んでいたサウルに対する憎悪と憎しみが現れたと言い切る事が可能かと思います。

 人間が神様に救われたと口で言って、それ故に人を赦したと言っても「本当に心の底から赦せる事は無い」と言うのが、詰まる所このダビデの賛美のその言葉の端々に伺い知れるのではないでしょうか?

  と言う事で~ダビデの賛美歌に歌われた救いは、憎い敵サウル王からの救いの喜びであった」と言う極当たり前のことのご紹介でした。

サウル王朝の殲滅

サウル王朝の殲滅

聖書を読んでいると分からない事が随分と出てきます。今日もその様な箇所の御紹介です。早速直訳です。 

旧約聖書 ヘブル語原典 第Ⅱサムエル記 21章8節 直訳 

08 ・ そして彼は取った その王 を 2 息子らの リッパ 娘の  アヒヤ 所は 彼女が子を産んだ に サウル を アルモニ  そしてを メフイボシエテ そしてを 5の 息子ら ●ミ●カ●ル(比1Sa18:19=メラブ、ミカル=小川=ダビデの妻?・翻訳は大抵■メ■ラ■ブに改竄) 娘の サウル 所は彼女が子を産んだ に アデリエル(参1Sa18:19、Lxx=エスリエル、) 息子の バルジライ その メホラティ 

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 第Ⅱサムエル記 21章8節 直訳 

08 ・ そして 彼は取った その 王 その 2 息子らの レスフア 娘の アイア、 するところらを彼が子を産んだ その サウルに、 その エルモニ  そして その メフイボシエテ、そして その 5 息子らを ●ミ●コ●ル 息子の サウル、 するところらを 彼が子を産んだ その エスリエル 息子に ベルゼリ その ムウラテイ、

旧約聖書 ヘブル語原典 第Ⅱサムエル記 21章8節 意訳

08・ダビデ王はサウル王の妾になったアヒヤの娘リッパが彼に産んだ二人の息子アルモニとメフイボシエテに加えて、サウル王の次女でダビデの妻●ミ●カ●ルが、重婚中の■メホラ人バルジライの息子の▲アデリエルに産んだ5人の息子をギブオン人達に殺させる事にした。

 本当に分からないのが聖書と言う書物です。

今日の箇所の背景を簡単に箇条書きで説明する事にいたしましょう。

●ダビデの治世の末期に飢饉があり、その起因が前王サウルによる先住民のギブオン人殺戮だと神託があった。

●ダビデがギブオン人に聞くと前王サウルの息子(含む孫)の7名の惨殺が要求された。

●そしてそのサウル王朝の生き残りの7名をダビデが選んだのが今日ご紹介する21章の8節なのです。 

●しかし、随分とこの節には問題があるのです。その中で最大の問題は以下の点です。

★第Ⅰサムエル記の18章の19節とを見比べると何か変なのです。そう▲メホラ人の息子のバルジライが妻にしたのはサウルの娘●ミカルでは無く、サウル王の長女■メラブでした。しかも実際に妻にしたのは▲アデリエルなのにその父のバルジライになっています。まあこの点はヘブル語では実子も孫も相続関係が存在すると孫も息子とするので考慮しない事にします。  

★しかし、この箇所(8節)のヘブル語原典(70人訳も)にはサウル王の「長女■メラブ」では無く妹でダビデの妻の「●ミカル」と言う名が記されているのです。

★イスラエル人であれば絶対に間違いえない自明の名前(ダビデの第一夫人●ミカルの名)が聖書原典に(サウル王の長女の■メラブと)違って記されている事はあり得ないのです。

★また、ダビデの妻ミカルが重婚していた相手はガイムの出身でライシュの子の▲パルティエル(Ⅰサムエル25章44節)でした。しかし、サウル王家没落後にイスラエルの将軍アブネルがヨアブに殺害される直前に●ミカルは夫ダビデに戻されたのでした。(Ⅱサムエル記3章15節)

 おそらくこの●ミカルの▲バルテイエルとの重婚期間は7~8年以上と思われる為必然的に息子が5名ぐらいいても何の不思議もありません。

★以上の事を総合すると、絶対にあり得ない●ミカルと■メラブの名前の取り違いを説明するのに次の様な考え方が出来る様に思えるのです。

★どうやらミカルには重婚の夫▲パルテイエルとの間にあった5名の息子がミカルがダビデに引き渡される時に、●ミカルの姉■メラブの養子(実質には夫アデリエルかあるいはその父バルジライの養子)にされるか、引き取られた可能性を考える事が出来るのではないでしょうか。

★もしそうだと仮定出来れば、今日ご紹介する箇所の問題が全て解決するのではないでしょうか。その仮定が妥当とすると、今日の箇所ではダビデはユダヤ人部族の王であるため、イスラエル人の多くかアブシャロムの反乱とヨアブによってなされた二度のイスラエルの将軍の殺戮に心証を害したのは必然です。その結果今日の箇所出来事の頃には多くのイスラエルの人々がダビデ王朝に嫌気がさしたのは否めません。

★ダビデ王朝に離反するイスラエルの人々が新たな王をサウル王の子孫から見いだす事が無い様に一族の男達を殺すのが手っとり早かったと言うのが真相ではないでしょうか? 残されていたサウル王の血筋を殲滅する為に、飢饉に乗じて、ギブオン人達のサウルに対する憎しみを政治問題化して、王権の強化に利用したと言う見方が成り立つのです。

★もちろん、さまざまな可能性の上に成り立つ考え方ですが、開き直って今回記されている飢饉に目をとめたとしても、その飢饉そのものがよしんばサウルによるギブオン人殺戮に対する神罰だと言う事を認めたとしても、既に飢饉そのものがイスラエル民族に対する神の刑罰であり、更にその事を根拠としてサウル王の罪も無い孫を殺戮するのは、聖書全体から見て大変不合理なのです。

★それに今回殺害されたサウルの孫はほぼ50代で妻も子も孫も有り落ちぶれてはいても気質に暮らしている平和な人々だったのです。殺害時のリッパ(おそらく70代の老婆)の悲しみは如何程であったかを思い見ると余りに残忍です。そして、その中にダビデの妻●ミカルが産んだ5人の子供が含まれるとしたらダビデ王朝や王制そのものに対する後代の人々の目は相当批判的に成った事でしょう。原典にはここで無実の人が生きたまま★間接を外されて(注下の9節の直訳参照)生殺しの刑に合わせられた★と記しているのです。

(注 9節直訳 09 ・ そして彼は与えた 彼ら 中で手の そのギブオンら そして彼らは混乱(or★関節を外)さした 彼ら 中で その山 に顔(面)らの ヤハウエ そして彼らは落ち(or横たわっ)た  7ら 一緒に そして彼らは 彼らは死なさせられた 中で日らの 刈り入れ 中でその 頭ら 初めの 刈り入れの 大麦ら )

  と言う事で今日は大変煩雑だけれども、聖書の読み方に関する視点の多様性を勘案する為に参考となる原典の記述の問題箇所のご紹介でした。ご自分で聖書を読み解く為の参考になれば幸いです。

三度目の殺人

三度目の殺人

今日はアブシャロムの反乱の直後に起きたビクリの反乱と殺害の箇所でした。そのどさくさにまた、ヨアブの殺人のご紹介です。早速直訳です。 

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記 第Ⅱ 20章 9節10節 直訳  

09 ・ そして 彼は言った ヨアブ に アマサ 何故平和 あなた 兄弟私 そして彼女が取得した 手の 右手の ヨアブ 中で顎鬚の アマサ に接吻する事の に彼
10 ・ そしてアマサ 無い 彼が見守るられた 中でその剣 所は 中で 手の ヨアブ そして彼は撃ち殺さした彼 に その腹 そして彼は注いだ 内臓ら彼 地へ そして無い 彼が2する に彼 そして彼は死んだ そしてヨアブ そしてアビシアイ 兄弟彼 彼は追った 後ろの シエバ 息子の ビクリ

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 サムエル記 第Ⅱ 20章 9節10節 直訳 
09 ・ そして 彼は言った ヨアブ その アメサイに  もし あなたは健やかし続けている あなたは、兄弟よ? そして 彼は掴んだ その 手 その 右 ヨアブ その 顎髭の アメサイ その 下に接吻する事 彼を。 
10 ・ そして アメサイ 無い 彼が見守った その 剣を そのう 中で 手 ヨアブ、 そして 彼は強打した 彼を 中で 彼女 ヨアブ 中へ その 骨尾(参Lv3:9、 2Sa2:22)、そして 彼が外に注がれた その 腹 彼の 中へ その 地、そして 無い 彼が第二した 彼に、 そして 彼は離れ死んだ。 そして ヨアブ そして アベサイ その 兄弟 彼の 彼は追った 後ろに サベエ 息子の  ボクロイ。

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記 第Ⅱ 20章 9節10節 意訳

09・ ヨアブはアマサに言った あなたは平和かね! 兄弟よ私の そしてヨアブは右手でアマサの顎鬚をつかみ彼に親愛の情をこめて接吻の挨拶をした。
10・そしてアマサに見られない様に ヨアブは手を剣に伸ばし、アマサのした腹に突き刺して撃ち殺した。彼の内蔵は地面に流れだし、とどめは必要が無かった。そして彼は死んだ。そしてヨアブとその兄弟アビシアイはビクリの子のシエバの後ろを追った。

  今日の所で、またヨアブによって一人の人が殺されました。最初はサウル王家をダビデに移そうとしたイスラエルの将軍アブネル(3章27節)そして、反乱を起こしたダビデの三男アブシャロム(18章13、14節)そして、今回はダ
ビデがアブシャロムの反乱を上手く収める為に将軍にしょうとしたアマサをヨアブが殺害したのです。

  ダビデは死を前にしてその子ソロモンに命じました。その命令の中でダビテはヨアブがイスラエルの二人の将軍を殺害した事(第Ⅰ列王記2章5節)の報復としてヨアブの殺害を命じます。当然その中には、愛する息子アブネル殺害に対する憎悪も含まれていたことでしょう。 

  そして、このヨアブの勝手な殺人は、結果的にダビデに対するイスラエル(ダビデはユダ部族の王)の人々の猜疑心と反発を助長し、やがて王国が分裂し、イスラエルがダビデの支配から離脱する大きな原因となって行くのです。

  確かにヨアブにしてみれば、ダビデ王朝の将軍職を脅かす、イスラエル軍の二人の将軍(アブネルとアマサ)がダビデに登用される事は、立場上赦し難いことであった事は分かります。 しかし、二度も自分達の愛する将軍を殺害されたイスラエルの人々は繰り返されたイスラエルの民族的英雄の惨殺によって心底からダビデ王朝を離反する気持ちになたのです。イスラエルの王サウル王朝の衰退を受けて成り上がったユダ部族のダビテ王朝が大多数のイスラエルの民衆の支持を喪失して行くのは不可抗的で致し方の無い当然の成り行きであったのです。 それはあのサムエルと神を捨てて王政を要求したイスラエル王国と王制そのものが、如何に神様の御心を損ねたものであるかを神様が反抗し続けるイスラエルとユダの民に教える為の実物教育にすぎなかったからなのです。(参考サムエル記第一8章7~9節)所詮王制そのものを聖書は否定しているからなのです。まして王権神授説など反聖書的妄信以外の何物でも無いのです。 (http://bible.co.jp/bible/column/ 、URL: http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/24262885.html )

  と言う事で今日は、ユダ部族のダビデ王朝と他の10部族のイスラエルが分裂する結果を促進したヨアブ将軍による保身殺人のご紹介でした。

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