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ゲの音の意味

ギリシャ語の音の意味その3

γ ゲの音の意味。

新約聖書の中に登場する単語の中で γ(ガンマ)で始まる単語は僅かに100個しかありません。しかもそのうちの20個程は固有名詞です。 そして同義語を纏めると僅かに30個しかγで始まる言葉は登場しないのです。

そしてこのγで始まる言葉には共通の概念がある事が分かります。いくつかの言葉を取り挙げて具体的にご紹介しましょう。


一番基本的なγで始まる言葉は

γη ゲー =地面と言う言葉です。

γεωργω ゲオルゴロ=耕す 耕作、畑

γενναω ゲンナオー=生まれる、民族、家族、産みだれれたもの=産物などと言う地から生じたものを指します。系図や生まれものや世代という類語が在ります。

γερω ゲロー=年取る、老人

γαλα  ガラ=ミルクです

γαμιζω ガミゾー=結婚や娶る、嫁ぐと言う言葉の元

γινομαι ギノマイ=生じる、起きる、生じると言う言葉です。

γινωσκω ギノースコー=知る、知識 、意見、判断と言う語を造ります。

γραφω グラフオー=書く、書物、書記などの書面に関わる言葉

  ★と言う事からこの γ=ギで始まる単語は大抵基準とは根源やあるいは発端を表す言葉なのです。

  と言う事は逆に言うと、γで始まる言葉が使われている時には、大切な基本や発端となる事が込められていると言う事なのです。

 ★ 確かに「ギ」とか「ガ」という発音は力のこもった激しい音でこの音が口から発せられ、人々がそれを耳から聞く時には人々は自然に注意を換気され、この語で始まる単語には当然大切な事が表されていると言う事なのです。

 と言う事で古代に話されていた、聖書の言葉=コイネーギリシャ語は単に目で見て頭で理解する物ではなく、やはり耳で聞き音で直接心で理解するものであると言う事なのです。  

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福音

 福音

 今日はギリシャ語の学びを志している方への福音をお知らせしたいと思います。

  福音とは分かっている様で、案外正しく理解されていない言葉だと思うのです。そしてこの言葉を理解する事がギリシャ語を学ぶ方にとって、本当に福音に成るので今日はこれをお話させて頂きます。

  今週は一週間かかって中性名詞の変化を覚えて頂くのですが、その中性名詞の仲間に、今日お話しする福音ευαγγελιονエウアンゲリオン(77回登場)が在りました。

  以前にすこしお話ししましたがギリシャ語はいくつかの語がくっついて合成語を造るとお話ししました。

  この言葉も実は合成語ナノです。 

 何処で別れるかお分かりでしょう。そう「ευ+αγγελιον=エウアンゲリオン=良い使者の伝言」と言う事なのです。

先ず前の方の ευ(エウ)は良いと言う言葉で単体では新約聖書に6回だけ登場しています。しかしευ(エウ)が他の語にくっついて造っている合成語は約85も登場しています。そして、この語は古典ギリシャ語ではナント1000個の合成語の片割れとなっています。はっきり言ってしまうと 自分の知っているギリシャ語の単語の何にでも前にこの ευ (エウ) が付くと 良いと言う意味を付加すると言う事なのです。

  どんな風に成るのかを簡単に説明してみます。 

ευ(エウ=良い)+καιροs(カイロス=時間)= 都合がよい=良い時間

ευ(エウ=良い)+λογοs(ロゴス=言葉)= 誉める=良い言葉 

ευ(エウ=良い)+ωδια(オデイア=香り)=良い香り(エウオーディア=人名)

と言う分けです。

  さて、もう一つの言葉 αγγελιον は本来「使者=αγγελιοs」の中性形です。

と言う事は使者が持ってきた「伝言」と言う意味なのです。

此の言葉も実に良く他の語と合成語を造ります。以下はその用例です。 

κατα(カタ=下に)+ αγγελιον(使者)=宣言=宣告する 

ανα(アナ=上に)+αγγελιον(使者)=報告する

δια(デイア=貫通する)+αγγελιον(使者)=告げ広める=宣伝する 

  まあざっとこんな具合です。

  と言う事はギリシャ語は知っている語を繋ぐ事によって様々な事柄を上手く造語してコミニケーションが出来る当言う事なのです。

  実際にパウロはこんなふうにいくつもの単語を自分で勝手につなぎ合わせて、自分の言いたい事を相手に上手く伝えています。 こんなふうに造語が実に簡単なのがギリシャ語の一大特質ナノです。

  しかし、この様な合成語の使い方を身につけるには、英訳や日本語の辞書を使っていたのでは相当年数が立たないとこの面白さが見えてきません。

  是非、直訳を活用頂きたいのです。何故ならこれらの造語に対して、執拗に基本語彙の訳出をこだわってあります。と言う事は20年程しなければ中々分からないギリシャ語の基本意が初心者でも一目で分かる様にしてあると言う事なのです。 

  これこそ、ギリシャ語上達のευ+αγγελιον=エウアンゲリオン=良い使者の伝言」と言うわけです。

英語日本語対照表


アナリテイカルの引き方その2

英語日本語対照表 

 ギリシャ語の王道がこのギリシャ語講座の目的です。これさえ分かればどんなギリシャ語の原典も何のその。すらすらと??読めてしまうのです。

  そして、さらなる王道は幾度か紹介している「直訳」です。

 http://bible.co.jp/bible/nt/index.htm

  この見方を理解すれば、英語やギリシャ語の知識もまた略号も一切無用でギリシャ語の原典が自在に読めると言う魔法の様なものなのです。 

  何故、こんな簡単な語学があまり普及しなかったのかホントに不思議です。 

  さて、余分なお話はこれぐらいにしてアナリテイカルに使われている略号の英語と日本語の対象表は上記の通りです。

  何かご不明の点が有れば遠慮なくコメントにてお尋ねください。またこの表に在る言葉が具体的に何を意味しているかは追ってこのブロクで順次、ご紹介していきます。

  ギリシャ語なんてちょっとコツを覚えて道具が使えれば実に簡単!、かんたん !!、チョウカンタン!!です。

中性名詞の変化

中性名詞の変化 

ギリシャ語の名詞には男性、女性、中性がある事を見てきました。今日は中性名詞の変化をご紹介します。

中性名詞の変化はは下記の通りです。参考のために男性変化と女性変化も記します。

男性名詞      女性名詞         ★中性名詞
(第二変化)    (第一変化)      (第二変化)
単数 意味     (最後η)  (最後α)
主格(は)οs(オス)   η (エー)    α (アー)   ον (オン)
属格(の)ου(ウウ)   ηs(エース )   αs(アス)  ου (ウウ)
与格(に)ω (オー)   η (エー)    α (アー)   ω (オー) 
対格(を)ον(オン)   ην(エーン )   αν(アン)   ον (オン)
呼格(よ)ε (エ )   η (エー)    α (アー)   ον (オン)

複数
主格(が)οι (オイ)   αι(アイ)    同左     α (ア)  
属格(の)ων (オーン ) ων (オーン)   〃     ων (オーン) 
与格(へ)οιs(オイス ) αιs(アイス)   〃       οιs(オイス) 
対格(を)ουs(ウウス ) αs (アス)   〃      α (ア) 
呼格(よ)οι (オイ)   αι (アイ)    〃      α (ア)  

 ★中性名詞で良く使われるものには δωρον(賜物)がありの変化は次の通りです。

格変化のうち呼格はコイネーグリークでは頻度が少ないので省略します。

(賜物は新約聖書に134回)
数格  ギリシャ語 発 音   意味    記 号 
単数
主格  δωρον ドオロン  賜物が   nom  s
属格  δωρου ドオルウ  賜物の   gen  s
与格  δωρω  ドオロオー 賜物に   dat  s
対格  δωρον ドオロン  賜物を   acc  s
複数
主格  δωρα  ドオラア  賜物が   nom  pl
属格  δωρων ドオロオーン賜物の   gen  pl
与格  δωροιsドオロイス 賜物に   dat  pl
対格  δωρα  ドオラア  賜物を   acc pl

 ★中性名詞で同じように変化するのは以下の通りです。

それぞれの名詞の変化の全てを毎日1回以上書き出すと自然に覚えられます。
さらに声にだして言うと良いかと思います。

意味   ギリシャ語      発  音    新約聖書使用回数 
業    εργον      エルゴン     176回 
子供   τεκνον     テクノン      99回 
顔    προσωπον    プロソーポン    78回 
福音   ευαγγελιον   エウアンゲリオン  77回
神殿   ιερον      ヒエロン      71回  
安息日  σαββατον    サァバァトン    68回
服    ιματιον    ヒマテイオン    61回 

  ★次の長いギリシャ語文を日本語に翻訳してみましょう。

Пαυροs γραφει ευαγγελιον γραφη.


ανθρωποι γινωσκουσιν θεον.θεοs 


λυει αμαρτιαν.γινωσκουσιν δωρα,


λεγουσιν λογουs αληθειων. 



 ★上記の回答例 上の行からギリシヤ語、品詞、意味、文法 訳                   

 

Пαυροs γραφει ευαγγελιον γραφη.
固有名詞   規則動詞   中性名詞       女性名詞 
パウロ    書く     福音         書物    
主格単数   三人称単数  対格単数       与格単数   
パウロは   彼は書いた  福音を        書物に .

ανθρωποι   γινωσκουσιν θεον. 
男性名詞       規則動詞        男性名詞 
 人          知る          神       
主格複数       三人称複数       対格単数   
 人々は        彼らは知る       神を   

θεοs   λυει   αμαρτιαν.  γινωσκουσιν δωρα ,
男性名詞 規則動詞  女性名詞    規則動詞  中性名詞
 神    解く    罪       知る     賜物 
主格単数 三人称単数 対格単数   三人称複数  対格複数  
 神は   彼は解く  罪を   彼らは知る    賜物を 

λεγουσιν λογουs αληθειων.              
規則動詞     男性名詞   女性名詞      
言う       言葉     真理   
三人称複数    対格複数   属格複数 
彼らは言う    言葉を    真理の

翻訳例                                 パウロは福音を聖書に記したので人類は神を知った。
神が罪を赦されたので人々は神の賜物を知り、真理の言葉を語った。

黙示録1章7節、20節

リクエストを有り難うございました。

新約聖書の黙示録の1章の7節と20節は以下の様になって居ます。

先ず直訳です。

07 ・見よ 彼が来続けている 共に その 雲ら、そして 彼が確かに見る 彼を 全ては 眼は そして 懸かる所のものは誰でも 彼を 彼らは外へ刺した、そして 彼らは確かに打つ 上に 彼 全てらは その 部族らは その 地の。しかり、確かに。

20 ・その 奥義を その 7らのを 星らの する所らを あなたが見た 上に その 右 私の(、)そして その 7らを 燭台らを その 金の。その 7らは 星らは 使者らは その 7らの 教会らの 彼らが存在し続けている(、)そして その 燭台らは その 7らは 7らは 教会らは 彼らが存在し続けている。

次に翻訳にします。

07・見なさい、彼が雲と共に来ています。 すべての目が彼を確かに見ます。 その見た人とは彼を刺貫いた人です。そして、地上の全ての部族らは彼を打ち(殺しor悲嘆し)ます。 確かに、それは真実です。

20・7つの星の奥義とは、あなたが見た私の右の手の、それが7つの金の燭台です。 その7つの星の使者らは7つの教会の事です。 そしてその燭台は7つで、7つの教会なのです。

 コメント

  お分かりの様に、7節の「彼」が来ているのが現在形です。と言う事は未来の事ではなく現時点における「彼」の到来です。 

  そこで問題と成るのは「彼」とは誰かと言う事です。此の「彼」は動詞の人称で示された主語ですから、人格をさす場合と事柄をさす事が可能です。

  ★人格と取ると、おそらく2節のキリストと取る事もできます。また6節の父なる神と取る事も間違いではありません。

  しかし、ここで言っている大切な事は現在形ですから★「彼はすでに来ている」と言う事なのです。

  そして、「雲」ですが「雲と共に=一緒に来ている」と言う事です。 雲は聖書に置いて神の臨在の象徴ですから★「神の臨在と共にいまキリストが来ている」と言う事です。

 さて、続く20節ですが、こちらの「使者」は「御使い」と訳出する事も間違いではありません。しかし、本来の意味は「メッセージを託して送る使い」のことで人間や天使では無く、基本的に★「使者を送った人が託したメッセージ」を指し示します。

  そして「7つの教会の使者」と言う事で、これが「7つの教会」なのですから、教会にいるキリスト者は「神さまのメッセージを託されてこの世に遣わされている使者」と言う事ナノです。

  とすると教会が教会たるゆえんは教会が「神様から受けたメッセージ=聖書の言葉」を託されてまさしく「世の光」として、そのメッセージを世に向けて発信する事が神様に期待されている言う事がこの箇所の教えている事だと思われます。

  ■ 以上、簡単ですがコメントに代えさせて頂きます。きっと今まで考えられていた事や、長い教会の伝統とは全くちぐはぐで、見当違いのお話になってしまってるかと思いますが、原典は大抵の場合に良く知られているいわゆる神学や教理とはずいぶんとかけ離れていて、こんな風に書かれていると言う事なのです。

ラブちゃんの血液検査


ラブちゃんの血液検査

 これはラブちゃんの血液検査です。分かった事はコレステロールが少し高く(基準値130~200)が262で、総蛋白が少ない(基準値6.2~8.2)よりも低く6.0でした。他にもアミラーゼが基準値40~400が653もある事で、膵臓機能が弱い可能性があるそうだ。

  まあ犬としてはさしたる問題は無いが唯一総コレステロールが高い原因として甲状腺ホルモンの分泌低下が在るという。

  この甲状腺ホルモンの分泌低下は体が温まらないので、寒くなると犬がストーブにかぶりつきになると言う。

  そう言えばラブちゃんは最初の冬からストーブさんが大好きで、何処にいてもストーブがつくと飛んできてお鼻が焦げるほどに近づいて暖を取っている。

  最近はそう言う犬が増えているそうだがその原因は甲状腺機能の低下による新陳代謝の低下に起因するそうだ。

  と言う事はラブちゃんがストーブが好きなのはしょうがないと言う事。
血液検査のお蔭でラブちやんは「ストーブの前は私の指定席」と言うお墨付きを頂いた事になった。

  今日はラブちゃんの血液検査の結果をご紹介しました。

アナリテイカルの使い方


アナリテイカルの使い方

今日は英文アナリテイカルレキシコンの使い方を簡単にご説明します。
上の写真は私が持っている英文アナリテイカルの本文の一番最初のページです。

一番最初に記されているのはアルフアベットのαの説明です。

その下の次の項目は次の様になっています。

   (★はアナリテイカル  ●は辞書=レキシコンを見ている所です。)

★α, nom.or acc.pl.neut. (§10.tab.J.g) ・・・ οs

  α   最初の言葉が聖書の中に登場している文字です
   ,  は項目が変わる事を示しています。
  nom.  次に書かれている言葉は英語のnominative の略語で
      「. 」は語が略されている事を示しています。
     これは主格=「~は」または「~が」を意味しています。
  or   その次の or は又はで同形のギリシャ語が
     もう一つある事を示しています。
  acc.  はaccusativeの略号で 対格を意味しています。
  pl.  は複数 
  neut.  は 中性 を示しています。 
 (§10.tab.J.g) その次に書かれているのはこの語が
       どの変化表に該当するかのヒントです。 

  οs  この最後に記されているのが辞書に乗っている
     此の語のいわゆる原形です。
   
●日本語のギリシャ語辞書でこの語=★οsを引いてみると
    織田氏の辞書では416ページに出でいます。

 最初に書かれているのがこの語の意味で 
  「限定的」と言う事で次に記されている「関係代名詞」と言う品詞に該当します。 
  その後ろに数字を付して記されているのが新約聖書中の用例です。

  ⅠやⅡ・は大分類①②が中分類、a,b,が細目分類です。
    その中に聖書の引用箇所が書かれていますのでその箇所の意味を当てはめれば良いわけです。

  Ⅱの⑦の(f)ではルカ1章20節の用例で「~の理由で」と訳出するのが一般的と言うわけです。

■さて今度はこの★ページの一番下に在る αγαγειν アガゲインを見てみましょう。

  ★αγαγειν,aor.2,inf. (§13.rem.7.d) ・・・ id.

      となっています。最初の

  αγαγεινは聖書に記されていた調べている言葉です。

  aor.2, はaoristの略で.はこれが略させている事を教えています。
これはアオリスト過去=不定過去の意味です。
      その意味は第10課で説明します。
      後ろの 2,はアオリスとの変化形の種別が
      第二アオリスト である事を意味します。
      注意:アオリストの変化形が第一でも第二でも
     意味には全く無関係ですから無視して下さい。)
     「,」に注目して下さい。ここまでが文法の
      動詞の時制と人称と変化の部分です。
  inf.  はinfinitive mood の略で
      「動詞の不定法=~する事」と言う意味です。
 (§13.rem.7.d) は動詞変化のパターン分類を記したもので
       無視して下さい。
 ・・ id. は英語のidem の略で 「同上」で
      「一つ前or上 の項目の単語を見て下さい。」と言う事です。
  一つ上の単語は αγω となっていますからこれを辞書で引きます。

● 織田さんのレキシコンでαγω を引くと、7ページの中程にある「①導く」と言う言葉である事が分かります。

とするとこの言葉の意味は動詞+アオリスト+不定法 「導く+た+事」ですから★「導いた事」★ となります。

ヨハネ10章16節にもこの言葉の同形が登場しています。こんな面倒な事をするのが大変なら直訳をご覧ください。

  http://bible.co.jp/bible/nt/index.htm

この表のヨハネの箇所の10章をクリックして頂くとヨハネ10章の直訳が表示されます。そして下の★の箇所をご覧下さい。

16 ・ そして 他らは 羊らは 私が持ち続けている 所らは(を) 無い彼が存在し続けている 出て その 前庭 これら。そしてそれらは(を) 彼が必要であり続けている 私を ★導いた事★、 そして その 声の 私の 彼らは確かに聞いた、 そして 彼らは確かに起きる 一は(女) 群れ(女)、一は(男) 群れは(男)。  

原典では  αγαγειν が使われていて、その意味は 「導いた事」第二変化を取る動詞 αγω のアオリスト 「アオリスト=導いた+不定法=事」で「導いた事」となっています。

■ ですから、まあ一生懸命アナリテイカルを引いて、レキシコンを引いても、また直訳を見ても★結果は全く同じ★と言う事です。

だから、週末の木曜から土曜日になると日曜の礼拝の御用の準備に沢山の牧師さんや神学校の先生方が私のこのささやかな直訳を主日の御用の参考に用いて下さっていると言う事なのです。

以上ですが簡単なアナリテイカルの使い方のご紹介でした。

α の音の響き

ギリシャ語単語記憶の秘訣その2 α の音の響き

 女性名詞の活用変化を記憶頂く間に昨日に引きつついて「ギリシャ語の音には意味深い響きを持っている」と言う事をご紹介しています。  

昨日は「ギリシャ語の語の最初の音にβ=B=ベの音か来ると大抵の単語は否定的な意味で、しかもそれは日本語にも良く似ている」と言う事をお話ししました。今日はその続きでお約束した様に α=A=あ の音の意味をご紹介します。

日本語でもアの音で始まる言葉は結構好ましい意味の言葉が多いかと思います。

アイ(愛)、 アタラシイ(新しい)、アゲル(あげる)、アタタカイ(暖かい)、 アリガトウ(有り難う)、アス(明日)、アンゼン(安全)、アサ(朝)、アデヤカ(艶やか)

  ギリシャ語も「α=A=あ」の音で始まる言葉には良い意味の言葉が結構多く以下の通りです。

αγαπη(アガペー=愛)
αγαθοs (アガソス=善)
αληθεια(アレーセイヤ=真実)
αγωγη(アゴウゲー=導きor生き方)
αδω(アドオ=私は讃える)
ακλοs(アクロス=最高の)
αινοs(アイノス=賛美)
αγιοs(ハギオス=聖)
αρχη(アルケー=支配、統治)
αιωναs(アイオーン=時代、永遠)
αμωμοs(アモーモス=傷の無い、無欠)

 勿論言葉ですから否定的なものも有りますが、聖書の中で特に重要な 愛、善、真実(又は真理)と言う三大重要語が「α=A=あ」で始まることから、「ア」の音にはかなり肯定的なニュアンスが含まれている事が分かります。

こんな事をご紹介しているのは、ギリシャ語は言葉を翻訳して伝わる事丈ではなく、実際に発音して耳から聞く時の音その物によって伝わるニュアンスが聖書のギリシャ語の文字にはかなり含まれていると言う事なのです。

ギリシャ語よりもさらに古い言葉であるヘブル語は、ヘブルゴが朗読される音を耳から聞くだけで伝わって来る物がかなり多く含まれています。

  これらの古代の朗読されて耳から聞く事を前提にして記されているものを、ただ文字面丈を翻訳文字文にして、他の言葉に翻訳してしまうと原文が持っている荘厳さや深刻さ、に加えて心地よさや不快さなどがすっかり失われてしまいます。

結論から言うと、古典は耳から聞いて心で理解するものであり、文章にしてしまうと味もそっけもない無味乾燥な文字になってしまうと言う事なのです。

だから、是非、女性名詞の最初に紹介したガラテヤ人への手紙5章22節の「み霊の実)や 主の祈り(新約聖書マタイの福音書6章9節~14節)などを原典で歌の様にして読むことをやって頂ければと思います。最初は全く意味不明でも一月も毎日繰り返していると自然に覚えてしまい、ギリシャ語の学びが進むとすっかり理解して感情を込めてそらんじることが出来る様になります。

出来れば近い内にこれらの箇所の音読もご紹介しようと思っています。

今日は、ギリシャ語は音読して初めて原典の言っている事の深い理解に至ると言う当たり前の事のご紹介でした。

髄膜炎は無し




  ラブちゃんの足の治療の鍵は、細菌感染の予防です。その為には散歩に行かない事が一番ですが、そんな事が長引けばラブちゃんは精神的に参ってしまう事間違いなしです。

  だから散歩をしても、細菌感染をさせない為には上の写真の様にビニール袋で2重か3重に傷を保護する事です。

  しかし、これが結構難しいのです。 最初は緩くビニール袋をかぶせたのです。その結果袋がすぐに破れしてまい、10分程の三歩ですっかり位置が変わり、傷口に当たって酷く出血しかわいそうな事になってしまいました。

  いろいろやってみて、結局ビニールは2重でしっかりと隙間や遊びが無い様に紙の絆創膏を巻き付けてやると、20分位の散歩でも大丈夫な事が分かりました。

  3重にしてやれば雨の日でも全く水が入らず安心して散歩出来る様になりました。

  その結果レントゲン写真に在る様に骨には炎症も無く経過は今のところ順調です。

  犬の足の怪我で分かった事は舗装されている道路も相当不潔であり、傷に菌が付着しない様にするだけではなく、帰宅後しっかりと清水で洗浄し、乾燥させ抗生剤入りの軟膏を塗布してやらないと確実に足の傷は化膿すると言う事でした。

 下の二枚のレントゲン写真でラブちゃんの右前足の骨には骨髄炎等が無いことが判明しました。

ギリシャ語の音の秘密

ギリシャ語の音の秘密

 女性名詞はもうすっかり暗記できたでしょうか。今日は、とっておきの大変便利な「ギリシャ語単語記憶の秘訣」を伝授したいと思います。

 なにか難しい記憶術を想像される方があるかもしれませんが実に簡単な事なのです。まあ「コロンブスの卵」の様なお話で聞けば誰でも納得する実に簡単な方法です。

 その前に日本語の言葉とギリシャ語の比較から説明してみましょう。

 日本は島国である為、おそらく長い期間他の言葉との融合から免れている為に大変古い言語の特徴を維持しているのではないでしょうか。世界の言語のなかでもかなり特殊な大変古い時代の言語が残されている様な気がするのです。

 その根拠は、やはり古い言葉であるギリシャ語と随分と似ている所があるからなのです。随分と似た所が在るのですが一番似ているのは「日本語の単語とギリシャ語の単語の音の類似性です。」これからギリシャ語をしていけば自ずから覚え易い(★日本語そっくりの発音で★意味もそっくりな言葉)に出くわすので楽しみにしておいて頂ければと思います。

  さて今日、ご紹介したい事をご理解頂く為にまずいくつかの日本語を列挙したいと思います。かなり不快な言葉が多いのですが、実はそれが今日お話ししたい事その物なのです。 

 日本語 

バカ(馬鹿)、ボケ(惚け)、バトウ(罵倒)、バスエ(場末)、ブス、ブタ、ボウズ、ボッタクリ、ベンジョ(便所)、ブレイ(無礼) 大変失礼なそして無礼な言葉ばかりですがこれらの共通点は実は日本語では★「不快語」に分類されるのではないでしょうか。当然その中には、ボクシ(牧師)も入るのかも知れません。

  そしてこの様な否定的で不快な言葉をアルフアベットで表すと皆「 B 」と言う音で始まると言う事が不思議な点です。

そして、実はギリシャ語の否定的名言葉や不快語も全く日本語と同じで 「 B 」の音(勿論ギリシャ語ではβ=ベータ)で始まると言う事なのです。

全て列挙する事は大変なので代表的な言葉を少し挙げてみます。

βαροs バロス=重荷
βαρβαροs バルバロス =野蛮人 
βδεργμα  ブデルグマ=嫌悪される 
βεβηλοs ベベエロー= 不浄の 
βια ビイア=暴力
βραδυs ブラデユス=のろま 

面白いですね。だからギリシャ語で 「 B =β=ベータ 」の音で始まる単語はたいていが悪い否定的な意味の言葉で、しかもそれは日本語の音の感じと大変良く似ているのです。

そして、これは此の音丈ではなく他にもあってそれもまた日本語に大変よく似た感覚だと言う事なのです。

と言う事で今日は日本人は大変ギリシャ語に親しみ易く、その例は日本語の音とギリシャ語の音は大変よく似た響きでよく似た感情を共有していると言う事のご紹介でした。明日は引き続いて α =アの音の意味をご紹介する予定です。

回答例

回答例 

 女性名詞はもうすっかり身についたでしょうか。今日は練習問題の回答例を記します。

練習問題 

1.θεοs γινωσκει ανθρωπουs,λυει αμαρτιαν.

2.κυριοs λεγει λογον,γινωσκω αληθειαν. 

3.αγαπην λαμβανω,γραφω γραφην υιοω.

回答例

 1.θεοs γινωσκει  ανθρωπουs,λυει    αμαρτιαν.
文法→主格単数 現在3人称単数 対角複数 現在3人称単数 対角単数
直訳→神は 彼が知り続けている人間らを、彼は解き続けている 罪を
翻訳例→神は人間を知っているので、彼は罪を赦し続けている。

 2.κυριοs λεγει λογον,γινωσκω αληθειαν.
文法→主格単数 現在3人称単数 対角単数 現在1人称単数 対角単数
直訳→主は彼が言い続けている 言葉を 私は知り続けている 真実を
翻訳例→主が言葉を話されたので、私は真実を知っている。

 3.αγαπην λαμβανω, γραφω  γραφην υιοω.
文法→対角単数 現在1人称単数 現在一人称単数 対角単数 余角単数
直訳→愛を 私は取り続けている 私は書き続けている 書を 息子に
翻訳例→私は愛を持っているので、息子に手紙を書き続けている。

上手く上下が合っていませんが、直訳は語順がギリシャ語記と同じにしてありますので、文法や意味がどの語に対応しているかはお分かり頂けるかと思います。

テサロニケ第一の手紙5章16節

テサロニケ第一の手紙5章16節

 リクエストを有り難うございます。

随分と短い箇所ですが結構難しい箇所だと思います。取り敢えず直訳を記します。

テサロニケ第一の手紙5章16節直訳

16 ・どんな時にも あなた方は喜び続けろ、

翻訳も全く同じですから省略します。

コメント

 この箇所、一つ問題が有ります。それは後半の「あなた方は喜び続けろ」です。

★どういう事かと言うとギリシャ語ではこの語形は二通りの訳が可能なのです。

一つは私が訳した様に二人称現在命令形です。

●「あなた方は喜び続けなさい」そうして 

もう一つは二人称現在直接法です。

●「あなた方は喜び続けています。」

となります。

★そしてこの「喜べ」はギリシャ語の Χαιρετε(カイレテ=「あなた方は喜び続けろ。」朝昼晩と使える便利な挨拶と全く同じ言葉です。これを挨拶し続けろと取る事も間違いとは言えません。

 こことは反対にローマ人への手紙の16章3節には明らかな命令形で「あなた方は挨拶しろ」と言う言葉が使われています。しかし、こちらは全翻訳はこの命令形を完全に無視して単に「よろしく言っている」と訳出しています。こちらは明らかな誤訳です。しかし、この5章16節は語形からは何方も取れる箇所です。

 ちなみに著名なホイートン大学の新約学の権威者であられたメリルC・テニイ博士は後者を取られています。まあ何方でも良いと言えば良いのですが、前後がすべて命令形(15節、17節18節)ですから私もこちらを命令形に取りました。

  だからといってメリルC・テニイ博士が間違っていると言う意味ではありません。

   何方に訳出するのは本人の裁量で語形的には何方でも間違いとは言えないのです。同様の命令形と普通の平叙文ですが、結構同形が多いので翻訳本当に難しい所が結構多いものです。

  これと全く同容の問題=命令形と直接法が同形で在るのはあの著名な黄金律のルカ 6章31節も全く同じ問題を提起しています。

参考 黄金律の誤訳  URL
 http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/5725705.html
  http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/611722.html
  http://bible.co.jp/bible/nt/goyaku.htm

  私は前後の文脈や聖書全体から異なった訳を提唱していますが、だからといって普通の翻訳の様に出来ないわけではありません。まあ読む人当人の聖書理解や引用された旧約聖書の70人訳の原典に関する読み方が問われる所で大変難しい所です。

  もちろん、このテサロニケ第一の手紙5章16節も決して簡単とは言えないのが聖書原典の面白さです。

  お役に立てたかどうか分かりませんが以上です。また遠慮なく何処でもリクエストしてくださいね!!

愛は女性名詞

愛は女性名詞

 女性名詞の変化活用の習得具合は如何ですか? 

今日は女性名詞についてすこしお話ししてみたいと思います。

  以前にもお話ししましたが男性名詞は「能動的」な物で、女性名詞は「受動的」な物だとお話ししました。昨日ご紹介した女性名詞の筆頭は 

愛    αγαπη    アガペー    116回(名詞単体)

命    ζωη   ゾオエー      134回(名詞単体) 

です。

 興味深いのは何方も女性名詞と言う事で受動的なものである事が分かります。命は自分から得る事もまた自分の思い通りに操作する事が出来ません。神さまからもらったもので基本的に命は神さまのものと言う事なのです。

 そして、愛も全く同じです。これは自分で努力したり得ようとしても得られる物ではないと言う事なのです。 また努力したからと言って人間が人を愛する事が出来るとは聖書は教えていないと言う事になります。 

 ギリシャ語には必ず同意語(シノニムス)があると以前お話ししましたが、もちろん愛にも同意語はが沢山有ります。 
 
  代表的な愛の同意語には、同じ愛でも友愛を意味する φιλοs (友人)は男性名詞です。だから人を友愛する事は人間の能力によって可能なのです。 
  しかし、その友人間に働く友愛もφιλια(フイリア)で女性名詞なのです。と言う事は友愛も自分から友愛する事が出来る物では無く、多くの友人達から友人達へと受け継がれていくものである事を教えています。

  そして、聖書が神の愛としている αγαπη(アガペー)の愛も「人間が神から受ける物」なのです。そしてこれは友愛とは本質的に異なり見返りを受ける事が期待できない場合にのみ使われます。

  逆に言うならば神さまの様に人間から一切の見返りを期待し得ない場合にのみ使用可能な言葉だと言う事なのです。

  そして、人間がこの愛を発する事は自らは不可能です。ただ、月が太陽の光を反射して光る様に人間も神さまの愛を受けて、それを少しだけ反射する事が出来る丈です。

  しかし、それとて神さまの愛を受けている瞬間だけに可能な事であって、それが無くなれば人間にはこの αγαπη(アガペー)の愛を一瞬たりとも実行に写す事は不可能なのです。

 そしてもう一つの愛である στοργη (ストルゲー)もやはり女性名詞です。人間の親と子の間に生じる母性または父性愛等の自然発生的な愛を指します。これとて、「親から愛された物だけが自分の子に親から受けた愛をもってその子を愛する事が出来る事」を教えているのです。

 と言う事で、聖書は「人間が神や人や親子の間の愛はすべて、自分から作り出し実行できる物ではなく、神から人、親から子、友から友へとキャッチボールの様にして大切に受取りそれを回りの人々に伝えていく事」を教えているのです。

 と言う事はある人にもし愛が無いとすれば、その愛が欠如する原因はその愛の無い当人の責任ではなくその回りの人々に責任があったと言う事を知らなければならないのです。

  今日は女性名詞の特質、受動性が意味する事の紹介でした。 

怪我の経過




怪我の経過

 一大事でご紹介した通り我が家のラブちゃんは右前足の小指を切断するか否かの決断の時が迫っています。

最初の通院からもう2週間が立ちました。少し良くなって来た様です。怪我をしたからと言って大事な散歩をしないわけには行きません。

 一番上の写真はお家から散歩に出かける所です。 すこし見えにくいのですが右前足は小さなビニール袋を絆創膏をつかって二重にかぶせてのお出かけです。

  このビニール袋も適切な大きさの物が無く探し回って、やっとの事で自宅から10㎞程はなれたホームセンターまで行って見つけてきました。 

  それでも散歩から帰ると殆どすり切れて穴だらけです。しかし、何もしないよりは雑菌の付き具合は随分と違う様です。おトイレが済むまで20分程の散歩が朝昼夜の3回です。けがをする前はその二倍位の距離をもう少し時間をかけて散歩していました。

  散歩から帰ってからが大変、獣医師の指示通り、お風呂場でシャワーを使って足をきれいに洗います。先ず、ビニール袋を外すのが大変。次に足を洗うのですが、怪我している所は入念にぬるま湯をかけてやります。その後、奇麗なタオルで足を拭き、ドライヤーですっかり乾かします。その後一番下の写真の様にエリザベスカーラーをつけて足が嘗めれない様にします。それから傷にゲンタシンという抗生剤の軟膏をたっぷり塗ってやります。

  外にも飲み薬が2種類出ています。 この薬は日に3回飲ませます。これがまたなかなか上手く行きません。抗生剤の大きなカプセル3個を朝晩、そして昼には大きな消炎鎮痛剤を一錠のませます。

  色々と手を変え品を変え騙して飲ませようとしましたが、上手に口から出してきます。仕方なく苺ジャムを擦り付けて矢継ぎ早に口に入れ、そのあとが大切。ジャムの小さな塊を2~3個に分けて嘗めさせると一緒に薬も胃に収めてくれます。

 こんな悪戦苦闘を2週間続けて、漸く真ん中の写真の右側の様になりました。以前(左)と比べるとすこしだけ傷が小さくなり、色も奇麗になり、毛もすこし丈生えてきて小さな希望が漸く見えてきました。

 傷からは臭いも全くしなくなりました。肉が盛りはじめた様に見受けられます。獣医のお話では年内は手術も出来ないから、年明けに判断になりそうです。

  いつまでこんな生活が続くのか、気が遠くなりそうな闘病生活の途中経過のご紹介でした。

女性名詞の変化

女性名詞の変化

今日は女性名詞の変化をご紹介します。これもギリシャ語には登場頻度が大変多いのでぜひ覚えて下さい。毎日10回を一週間声に出しながらすると大体覚えられます。

★女性名詞の変化は下記の通りです。参考のために男性変化も左端に記します。

注意: 女性名詞には「η」で終わるものと「α」で終わるものがあり変化が少し違います。参考の為に男性名詞の変化も併記します。 

 男性名詞の変化(第二変化) 女性名詞の変化(第一変化)        (女性名詞は真ん中に記★エー、エースの形の方を覚えてください)

 単数   男性の復習    ★(最後がηのもの) (最後がαのもの)
       ↓         ↓         ↓
主格(は、が)οs (オス)   η   エー     α   アー  
属格(の)  ου (ウウ)   ηs  エース    αs  アス   
与格(に)  ω  (オー)   η   エー     α   アー  
対格(を)  ον (オン)   ην  エーン    αν  アン   
呼格(よ)  ε  (エ)    η   エー     α   アー  

複数
主格(たちが)οι (オイ)   αι  アイ     同左       
属格(たちの)ων (オーン)  ων  オーン    〃        
与格(たらへ)οιs(オイス)  αιs アイス    〃        
対格(たちを)ουs(ウウス)  αs  アス     〃       
呼格(たちよ)οι (オイ)   αι  アイ     〃        

★ギリシャ語の女性名詞ζωη(命)の変化は次の通りです。格変化のうち呼格はコイネーグリークでは使用頻度が少ないので省略します。

(命は新約聖書に134回)

数格   ギリシャ語 発 音   意味      記 号         
単数 
主格  ζωη   ゾオエー  命は、命が   nom  s         
属格  ζωηs  ゾオエース 命の      gen  s        
与格  ζωη   ゾオエー  命に      dat s          
対格  ζωην  ゾオエーン 命を      acc  s          
複数 
主格  ζωαι  ゾオアイ  命は、命が   nom  pl         
属格  ζωων  ゾオーン  命の      gen  pl        
与格  ζωαιs ゾオアイス 命に      dat  pl        
対格  ζωαs  ゾオアス  命を      acc pl        

 ★同じように変化する女性名詞の仲間は以下の通りです。時間に余裕のある方はこれらの名詞の変化の全てを毎日1回以上書き出し、発音し自然に言えるようにしておくと後で辞書をひく手間が随分と省けます。
   
意味   ギリシャ語   発  音   新約聖書使用回数
 愛    αγαπη    アガペー     320回
 真理   αληθεια   アレーセイア   187回
 罪    αμαρτια   ハマルテイア   271回
 王国   βασιλεια  バスィレイア   212回
 昼、日  ημερα    ヘーメラー    389回
 書物   γραφη    グラフエー     51回
 平和   ειρηνη   エイレーネー    92回        

  ★尚ゆとりの在る方は次の文を日本語に翻訳してみましょう。
後日回答例を記します。

1.θεοs γινωσκει ανθρωπουs,λυει αμαρτιαν.

2.κυριοs λεγει λογον,γινωσκω αληθειαν. 

3.αγαπην λαμβανω,γραφω γραφην υιοω.


  以下の箇所は有名な聖書箇所で韻が踏まれていて覚え易いのでぜひ挑戦してみて下さい。意味が分からなくとも繰り返して声に出していると一月もすれば自然に覚えてしまいます。

実際の教会のクラスではバーリーシエルの曲に合わせて歌っています。(新約聖書ガラテヤ人への手紙5章22節、23節です。

0  δε καρποs του πνευματοs            
ホ  デ カルポス トウ  プネウマトス               
その そして 実は    その  霊の  

εστιν  αγαπη, χαρα, ειρηνη,
エステイン アガペー カラ   エイレーネー             
である   愛     喜び   平和                

μακροθυμια,  χρηστοτηs, αγαθωσυνη,
マクロースミヤ  クレストテース アガスオスネー          
 寛容       親切      善意               

πιστισ,  πραυτηs, εγκρατεια.           
ピステイス プラウテース  エンクラテイア             
 信頼    柔和      自制                   
  翻訳 御霊の実は愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、信頼、柔和、自制です。

★イエスキリストが弟子たちに教えられたお祈り(主の祈り)★。

 (新約聖書マタイの福音書6章9節~14節) 

 Πατερ ημων ο εν τοιs ουρανιs.  αγιασθητω το ονομα σου, ελθετω η βασιλεια σου. γενηθητω το θελημα σου. ωs εν ουρανω και επι γηs. Τον αρτον ημων τον επιουσιον δοs ημιν σημερον και αφεs ημειs τα οφειληματα ημων, ωs  και ημειs αφηκαμεν τοιs οφειλεταιs ημων και μη εισενεγκηs ημαs ειs πειρασμον αλλα ρυσαι ημαs απο του πονηρου. ( οτι σου εστιν η βασυλεια και η δυναμιs και η δοξα ειs την αιωναs αμην)

・直訳:とうさん、その 中で 不可視。彼が聖されろ その 名 あなたの、彼が来させられろ その 王国 あなたの。彼が起きさせられろ その 意志 あなたの。 様に 中で その不可視 そして 上に 地。そのパンを 私たちの その 上に存在するを あなたが与えろ 私たちに 今日 そして あなたが放置しろ 私たちに その 借金を 私たちの 様に そして 私たちが放置した その 借金しているらに 私たちの そして 無いあなたが運び込んだ(為) 私たちを 中へ 試験 反対に あなたが開放しろ 私たちを  から その 邪悪。(それは あなたは 存在し続けている その 王国 そして その 内在力 そして 栄光 中へ その 永遠 真実)

ギリシャ語に品詞無し

ギリシャ語に品詞無し 

  今日で男性名詞の変化の学びは終わりにして、明日はいよいよ女性名詞の変化に進みたいと思います。

  所で、以前にもお話ししましたがギリシャ語を学ぶのにあまり動詞や名詞と言う品詞の事は気にしない方が良いと申しました。 ギリシャ語には語幹があってそれに接続する語尾によって一つの語幹に異なった品詞の働きをさせているからなのです。

 もちろん、こんな変な事を言っているのはおそらく世界中で私一人だと思います。そうして大抵のギリシャ語の辞書(古語の場合はレキシコンと言います。)にも単語は品詞別に並べられて、それぞれに異なった訳語が記されています。

  しかし、長い間ギリシャ語を読んでいて、このヨーロッパ系の言語を分析するための方法=品詞別の単語の理解には疑問を持つ様になりました。「本当にギリシャ語には品詞が在るのだろうか?」そういう疑問を持ちながら辞書を引き引きその語幹を見定めていくと、私は「ギリシャ語には品詞は無い」と思う様になったのです。

  いや少なくとも、そんな物を意識しない方がギリシャ語は分かりやすいと言う事なのです。

 比較の為に私達が普段使っている日本語についてちょっと考えてみたいのです。

  私たちが普段会話する時に品詞なんて意識するでしょうか? 頭で考えている事柄を言葉を自分勝手に羅列した言葉で口から音声にしているだけでは無いのでしょうか。

  当然聖書が記された時代のコイネーグリークも庶民の会話専用の言葉ですから私たちが今使っている話し言葉の日本語と全く同じ使われ方をしていたわけです。

  大抵の日本語の単語はそのままで名詞になったり、形容詞になったり動詞や副詞になったりします。

例えば「健康」と言う言葉は、「健康に成る為には健康的な生活をして人は初めて健康になるのです。」と言う言葉を考えてみましょう。

  私は日本語の事は分かりませんがこれをギリシャ語風に分析すると

  最初の健康は名詞  
  次の健康は形容詞 
  最後の健康は動詞

 としての働きを文中でしています。ギリシャ語もこの点は日本語と全く同じです。一つの言葉を 

  名詞に使う時には語幹に名詞語尾
  形容詞にする時には形容詞語尾
  動詞にする時には動詞語尾をつけると一つの言葉が複数の品詞の働きをしてくれるのです。

 だから品詞として単語を分別して覚えるよりも一つの単語の語幹の意味を理解してそれにつけられている語尾でその語が文中でどんな役割をしているかを見つけた方がギリシャ語の理解が簡単なのです。その上に覚える単語の数も少なくて済みます。

  これは日本語の体言や用言という文法上の分類に似ているのではないでしょうか。 ギリシャ語は英語などの北欧系の言語の言語学的分析方法の品詞と言う言葉の分類にはあまり馴染まないと思えるのです。

  日本人にはギリシャ語は日本語と同じ感覚で言葉の語幹にテニオハと同じ働きをする名詞語尾をつければ名詞、「しい」や「的」と同じ働きをする形容詞語尾をつければ形容詞、「する」と同じ動詞語尾を語幹につければ動詞と言う感覚でギリシャ語を捕らえた方が簡単だと言う事なのです。

  きっとこの様なギリシャ語の理解には難しい学問上の疑義があるかもしれません。「ウラルアルタイ語族の膠着語」とか何とか言う難しい学問の世界の問題になってしまうのかもしれません。しかし、実際この認識方法でギリシャ語を学ぶと随分と記憶する分量が少なく、その上応用が効いて、ギリシャ語の文章の理解が本当に簡単になります。

 と言う事で今日はギリシャ語には「品詞は無い」語尾によって文中の働きが決定されるので日本人の私たちには大変馴染み易い言葉であると言う事のご紹介でした。

新約聖書は誤訳

新約聖書は誤訳

  ギリシャ語の男性名詞の変化の「身に付き具合!」は如何ですか。いきなり「男性名詞」なんて言うので戸惑われた方があるかも分かりませんので少しこの事=「名詞の性」に付いてお話しさせて頂きます。

★ギリシャ語の名詞には「性 =■男性、●女性、▲中性」 による分別(ブンベツ)があります。まるで資源ゴミと言わないでください。分け方は単純な理由で分けられています。

 ■先ず「男性名詞」の意味をご紹介しましょう。「男性名詞」は当然男ですから今週学んでいる様に「オス」(οs)が基本で変化します。(分かりやすいでしょう!!)

  「男性名詞」にわけられるのは基本的に「自ら能動的に作用するもの」が男性名詞になります。

  例えば太陽は自ら光を発します。だからηλιοs(ヘーリオス)で雄ですから男性名詞です。

 ●次は「女性名詞」のご紹介です。月は太陽の光を受けて光っています。だから受動的に光っています。だから月は「女性名詞」でμηναs(メーナス)となります。語尾変化については今度の金曜日にご紹介します。

 そして、面白い事にカレンダーの「月」になると、ギリシャ語も日本語と同じ「月」なのですが男性名詞となり語尾が不規則変化形でμην=月(メーン)となります。

 ▲最後は「中性名詞」ですが、これは能動的でも、受動的でも無い中性なものです。 例えば本などはβιβλιον(ビブリオン)で中性名詞となります。

 そして、この名詞の分類に見られるような物の本質による分別がギリシャ語の一大特質なのです。

 ★これから、ギリシャ語に見られる★「物の本質による分別」★を簡単にお話ししてみましょう。

 ★ギリシャ語には必ずといって良い程、同じ事を表すのに三種類(あるいはそれ以上の)の言葉で分析的に表現します。

 ★ギリシャ人は物の見方が大変分析的で、他の民族が同じ言葉を使う状況でも必ず「その事柄の本質によって違った言葉を用いる」という事なのです。

  ★「新しい」の同意語

   例えば新しいと言う言葉を例に挙げて説明してみます。

 ★ギリシャ語では新しいと言う言葉に関して主に★三つの基本単語★があります。

  新しいの一番多いのは ★νεοs(ネオス)です。これは時間的な新しさを現します。人間の新しいのは青年、と言うわけです。

  次に登場するのは ★καινοs(カイノス)です。此れは質的な新鮮さを現します。此れには時間的概念は一切含まれません。

  じつはこの語★καινοsは大変重要な意味を持っています。 

   この語★καινοsの用例としては新約聖書の「新」はこのカイノスの形容詞形καινη+契約διαθηκη(通し置く)が使われています。

  ですからギリシャ語の新約聖書の意味で使われている新約聖書の書名=「καινη+διαθηκη」の最初の言葉 「καινη」には古い新しいという時間的概念は全く含みません。

  この言葉の本当に意味する事は「現在も有効な=内容が新鮮である契約=通し置く」と言う意味で過去、現在、未来と言う時間概念によって変質しない永遠不変の契約と言う意味なのです。

  そしてもう一つの新しいと言う言葉は★κουροs(クウロス)でこれは切り詰めた又は短いと言う意味です。若者と言う意味にもなりますが日が短い=新米さんと言う事です。 

  以上がギリシャ人が「新しい」を3種類に分析してその時々に応じて相応しいギリシャ語を使い分けているのです。 

  残念なことに英語にはこのギリシャ語の「三種類の『新しい』と言う言葉」に対して的確に対応する適切な言葉がありません。そのため新約聖書と言う表題その物に用いられているギリシャ語のκαινη+διαθηκηはなんとした事か「New Testament=時間的に新しい契約」と英語新約聖書の表題に訳出してしまっているのです。

  その結果、新約聖書に対してもう一つの聖書=旧約聖書を何とした事か 「Old Testament」と名付けてしまいました。もちろんヘブル語の旧約聖書にはそんな書名も表題もありません。「律法、預言者、諸書」と言われています。
時にはこれらが長いので代表して最初の5つの書物をさす「トーラー=律法」でヘブル語聖書全体を表していました。
あるいはそれぞれのヘブル文字の頭文字を取ってタナッフ(トーラー、ネビーム、ケッッビームの頭文字)というのが初代教会における聖書(=当時は70人訳のいわゆる旧約聖書しかありませんでした)を表す言葉で決して古いなんて言う意味はありませんでした。
そして当然の事として新約聖書に権威を持って引用されている聖書はすべて(当時=新約聖書は現在生成途上でした)旧約聖書ナノです。
もし、旧約聖書なんて言う言い方を使徒や教父達が聞いたら腰を抜かすほど驚いてそれは「背教者だ!!」と決別を宣言した事でしょう。

  英語がその様な誤訳書名をKJV(キングジエームズ訳)で採用したその結果とんでもない事が英国系の教会に生じました。 ■「もう旧約聖書は古い、今は新約聖書の時代だ!」■という英国教会独自で独特の間違った神学を生み出してしまったのです。

  本当は新約聖書も 旧約聖書も 

 ★「καινη+διαθηκη =新鮮+契約=両者共現在有効な最新の契約」★

と言う事です。私はこのとんでもない「歴代の教会の営みを根底から否定する英語新約聖書書名の誤訳」を正すと同時に従来の誤訳との整合を勘案して 

  新→真約聖書 と旧→久約聖書という呼称の変換を提案しています。

  まあ、新約聖書と言う名前に訳出したことその物は、本当にお粗末なお話なのです。しかし、この誤訳によって生じた聖書に関する基本認識の重大な誤認はキリスト教会の2千年の長い歴史の中で非常に深刻な問題=「旧約聖書の現在における普遍的聖典性」という神学や教会形成の基本的あり方に間違った考え方を導入する基本的大誤謬を惹起してしまったのです。

そして、英語圏の教会では正々堂々と「今は新約聖書の時代で、旧約聖書の律法は廃棄された」などと言うほぼ異端的見解がまことしやかにまかり通る由々しき事態を惹起してしまったのです。

しかし、この新約聖書=New Testament、Old Testament と言う英訳聖書の書名その物の誤訳は英語に訳出された英語に訳された聖書中身の中身の間違ったとんでもない英訳聖書実態を如実に表していると言う事なのです。

 しかし、その書名その物の誤訳が原因となって旧約聖書の有効性に関して笑えない深刻な問題を現在のキリスト教会にもたらしていることも無視出来ません。その、神学の混乱とりわけ英語圏のキリスト教会のさまざまな教会のあり方の問題の元凶がこんなギリシャ語に対する無理解に源を発していることを知ることは非常に大切です。

  以上の事から分かることですが「英語圏における聖書解釈は一番最初からボタンの掛け違いがあって国家や大学の面子がかかわり、長い年月が経過した今となっては、いまさらどうする事も出来ない混迷の中に貶められている」ということなのです。

その発端はひとえに16世紀に文化の進んだウイーンやジュネーブ、パリを初めとするフマニストたちが大量に存在した文化先進地に様々な面で遅れを取った英国が目先の付け焼き刃のお粗末な教養で聖書をギリシャ語から英訳した当時の英国の学的水準の低さに源を発しているのです。  

 当時の英国の後進性に関しては「英語の歴史」Logan P.Smith著  龍口直太郎訳 評論社等を参照してください。

さて、お話をギリシャ語の同意語に戻しましょう。

★この様に大抵のギリシャ語には同意語(=シノニムス)が3つあり、厳密にこれらの単語は使いわけられています。

以下に簡単にいくつかの例をあげておきます。

言葉には λογοs(実言)  λημα(話した言葉) μυθοs(虚言)の三種類が使われています。
  λογοs(実言)は言葉と事実が対応関係=真実出在る場合。
  λημα(話した言葉)は誰かが実際に口に出した言葉の場合で実言と虚言を含む。
  μυθοs(虚言)は現実にはあり得ない人間の想像や事実ではない場合の言葉=イソップ寓話=ムソス。

 これらに対応する動詞は以下です。
  λεγω(レゴー)
  λαλεω(ラレオー)
  μυθευω(ムセウオー) 

 これ以外にも沢山の同意語(シノニムス)が聖書には登場しています。説明すると長くなるので簡単に言葉丈紹介します。

見るには ブレポー、 ホロー、 セアオマイ、
死ぬには アポクテイノー、 アポスネースコー、 テレオマイ、
贖いには アゴラ、 ルートロン、 ヒラストテーリオン 、
取るには アイロー、 ランバノー、 クラトー 、
食べるには デエオ、 エスシオー、 フアゴー、

   もうきりがありませんので止めておきます。

 これらの同意語(シノニムス)は厳密に全く異なった概念を表出しています。そして実際に原典で聖書を読んでみると随分と同意語が使われているのに気がつきます。そして、すぐに分かることですが翻訳はこれらの同意

語は杓子定規に全く同じ日本語に訳出してしまっているのです。 上記に紹介した物もすべてそうなのです。

  此れでは残念ですが直訳以下で、全く翻訳は用を成していないと言われてもしょうがないありさまです。

原典で細かく用語が分けられているのにそれらを全く同じ語に訳出されては理解が困難になるのは当然です。

一生懸命に翻訳を読んでみても言っていることがどうも理解できないのはこんな所にも大きな原因が在るのです。
 
そして、その様な誤訳の最たるものは「新約聖書」と訳出されたκαινη+διαθηκη という書名からしてボタンの掛け違いの最初があると言う事なのです。

聖書の原典研究の必要性

 男性名詞の変化はもうすっかり身についたでしょうか? 簡単な変化ですがこれが登場頻度がダントツに多く「簡単だから」と軽んじないで、しっかり親しんでおく事が肝要です。

 さて、今日もギリシャ語で聖書原典を学ぶ大切さを繰り返してお話しさせて頂きます。何故、翻訳ではなくて原典で学ぶ必要が在るかと言う事と、是非ギリシャ語で原典が読める様になって頂くことが目的でお話しします。

 さて、聖書という書物は実に不思議な書物です。書かれている内容が大変ひねくれているのです。

それは聖書のなかに記されている預言者達のメッセージの原則なのです。

   不思議な事に聖書のメッセージは

■喜びと歓喜の中にいる人々には●破綻と失望をかたります。

  しかし同時に

■落胆と失意の中にいる人々には●希望と喜びを伝えているのです。

 同じ一つの聖書の言葉は同時に両者に対して全く事なったメッセージを平行して語っているのです。
  
一体聖書とはなんなのでしょうか?

 わたしは聖書は、読んでも、読んでも究め尽くしがたい深淵な記録だと思います。この聖書は35年前に入信して以来一日として欠かさず幾度も、幾度も翻訳を読みました。そして、翻訳はもの足りず、とうとう職を辞して専門の教育を受け、それ以来毎日原典でしかも他人の解釈や講釈を排除して、読み進めて来ました。

  読み続けてきて20年程して、見えてきたのは聖書が何故聖書なのかという原則です。いずれの箇所も「聖書記者はよくぞこれだけはらわたの煮え返る言葉を、権力者や神様を信じて自らを善男善女と自認している人々の面前で、その心情を一切考慮せずに歯に衣着せず語り続けてきたものだ。」という驚きです。

  それも、時の権力者や地位在る者達の面前で語ったのです。これだけ厳しい断罪を歯に衣着せずに語ったのは相当の覚悟が有ったのだろうと言う驚きです。

当然その結果、「彼ら預言者や使徒達が悉く迫害され、神とその民を冒涜したとの嫌疑で一人の擁護者を得ることなく処刑された」のは当然の報いだと思いました。

歴代の預言者のほぼ全てと、主イエスキリストと、さらにその使徒たち全員は「聖書に言葉を残した事と引き換えに殉教させられた」と言うことは動かし難い真実です。そして、彼らを殺害したのは驚くべき事に、彼らの言葉を聞いた殆どの人々でした。王を初めとする権力者や祭司律法学者という宗教家だけではなく、また一般の庶民までもが一致協力して預言者や使徒達を死刑に処したということなのです。

  しかし、どんなに預言者達を殺しても、預言者を通して語られた厳しい断罪と災いを予告した神の言葉は廃れることなく、悉く現実となって彼らを殺害した人々に降りかかりました。そして、その時人々は自分たちが預言者やキリストや使徒を殺害したことを真実に思い知らされ、やがて時がたって自分達が殺した預言者達の言葉を神の言葉であったと悟らされ、彼らが自らの手で殺した預言者達の言葉を聖書に記して後代に伝えたのです。

  しかし、今現実に「私たちが手にしている翻訳された聖書をどんなに深刻に学んでみても、「これを語った預言者や使徒達が神様を信じる人々に殺されなければならなかったのか?」は見えてきません。

  それは、翻訳の段階で厳しい預言者や使徒達の言葉がすっかり言い換えられて、優しいそして曖昧な表現にすっかり改竄されてしまっているからなのです。

 ですから、「聖書を原典で学ぶ」と言うことはとりもなおさず、今まで教会が隠し続けてきた怠慢や偽善の数々を一つ一つつぶさに検証し、あるべき教会の姿を明白にし、神が今の時代に生きる全ての人間に何を要求しておられるのかを検証する作業なのです。 

  その基本をわきまえず、自己の満足や、利益の手段としての聖書研究は無益な徒労以外の何ものでもありません。 

  しかし、「天地を創造された神が人間と信仰者をどう認識され、どう評価し、何を何を要求されているかを知りたいならば」ぜひ原典による聖書研究を進められるようにお勧めします。

てにをは(名詞の変化は助詞)

てにをは(名詞の変化は助詞) 

 ギリシャ語には二通りの学び方があることをご紹介してきました。大変簡単なこのブロクのやり方ともう一つは従来の学び方で、無理に難解にしてギリシャ語を学ぶ方法です。

 興味深い事は、わざわざ難しくしている「難解なギリシャ語の学習方は英語圏にルーツを持っている」と言うことなのです。

  今週に学んでいる「名詞の格変化」がその最たる物です。これにはわざわざ「主格」、「属格」、「与格」、「対格」それに「呼格」でそれぞれの「単数」、「複数」「双数」があります。なんて仰々しい名称なんでしょう。

  これ、簡単にすれば、日本語ではあたりまえの「てにをは」で助詞という物があるではありませんか。

  だったら初めから単数→そのまま 「は」複数→助詞との間に「ら」を入れて次のようにしてしまえば良いわけです。

単数
主格→ οs →はorが   
属格→ ου →の
与格→ ω  →に
対格→ ον →を
呼格→ ε  →よ

複数 
主格→ οι  →らはorらが   
属格→ ων  →らの
与格→ οιs  →らに
対格→ ουs  →らを
呼格→ οι  →らよ

  としたら何もわざわざ変な格変化などと言う呼称は不要です。日本人にはギリシャ語は英語より遥かに簡単に覚えられるのでは無いでしょうか。

  どういうわけか英語にはこの助詞「=格変化が無い」のでこの格変化の無い英語圏の人々が理解しゃすい様に仰々しい「格変化」なる学び方をしている丈なのです。そしてその英語の話す人の為の学習方法をそのまま日本語に訳出しているから本来は簡単なギリシャ語が重訳されて余計に複雑で大変難しくなってしまっているのです。

  問題はこれだけではありません。英語経由のギリシャ語の学習方には随分と問題があるのです。

  以下に私がその事に気付いた33年前のことをお話してみたいと思います。

  私は恩師が訳されたギリシャ語の世界的大家の著による教科書で学びました。「メイチエンの新約聖書初級文法書」です。いまはもう絶版なのが残念です。この本でギリシャ語を習得している最中に一つの「おかしな事」に気がつきました。

  それは、この文法書に記されている練習問題をしていた時の事でした。

 この書にはギリシャ語からの和訳と日本語からのギリシャ語訳の練習問題がふんだんに用意されているのです。そして、親切な事に日本語からのギリシャ語訳にはそれに平行して元の英文の練習問題も併記されていたのです。

  私は、「日本語」の方から「ギリシャ語訳」をした方が簡単だと思い込んでいました。しかし、この練習問題に限ってギリシャ語を日本語にし、日本語をギリシャ語にするのは随分と大変でした。

  一番問題なのは、全て語順が逆にしなければなりませんでした。日本語は大抵「述語=動詞」は一番最後です。そして名詞を修飾する形容詞は名詞の前に来ます。今思えば、このメイチエンの練習問題は殆どが英語の五文型のどれかに当てはまる物ばかりでした。ですからそのままの語順では日本語にはならないので英語日本語変換の語順の変換をしながらギリシャ語訳と日本語訳の練習問題をしていたのです。随分と時間がりました。

 ある日、時間がないので、英文の方からギリシャ語にしてみたのです。驚きました。英語を逐語的にギリシャ語に変換すれば全ての練習問題がギリシャ語に成るではありませんか。

  そして、ギリシャ語からの訳の練習問題も、そのまま逐語的に英語にすれば立派な翻訳文(英文)になるではありませんか。考えて見てください。どちら道、私が使っている辞書は英語のものなのです。だったらギリシャ語の単語を英語のギリシャ語辞書で引いて、そのまま何も考えずに記せば簡単に英訳出来てしまいます。逆に英語ならそれを辞書でそのままギリシャ語にすればギリシャ語の作文は出来てしまいます。

  初めから英語でやれば日本語にする手間が省けます。必要な時間が半分どころか、それ以下に簡単に宿題の練習問題が出来てしまいます。もちろん神学校のギリシャ語の教授は留学経験者ですから宿題も、また実際の試験の答案も全て英文でもOKです。

  しかし、そこでじっくりと考えてみたのです。「私は神学校の教授に成るわけではない。日本人の信徒に日本語で聖書を教えるのだ。だとしたらここで楽な方を選ぶと、ギリシャ語を理解した事にならない。二倍の時間がかかるが日本語で直接ギリシャ語を学ぼう。」

  そうして、私はこの方針を貫いたのです。 

  そうして、初級文法を終え、実際のギリシャ語の講読に入ったのです。しかし、不思議な事が起きました。メイチエンの教科書に出ていたギリシャ語と実際の聖書のテキストとはなにか随分と様子がちがうのです。

 そう、英語と同じ筈のギリシャ語の語順はどういうわけかメイチエンのギリシャ語の教科書に使われている物だけでした。実際の聖書のギリシャ語のテキストではどちらかと言うと日本語の語順の方に近いように思えます。不思議でした。そして、メイチエンの教科書の練習問題よりも遥に簡単に聖書のギリシャ語のテキストは読めました。しかし、不思議な事に英語でギリシャ語の学びを貫いた人は実際の聖書のテキストに入ると、どういうわけか進まない様なのです。

 確かにメイチエンのテキストに使われていた練習問題もほとんどはギリシャ語テキストからの抜粋でしたが、実に不思議です。

 あれほどギリシャ語は英文とそっくりで語順もそのままだったのは一体何だったのでしょうか? 教科書も練習問題では単語だけを英語からギリシャ語に転換すればよかったのは一体なんだったのでしょうか? 

  私にはよく分かりませんが、もしかしたら、メイチエンは初めから練習問題に使ったギリシャ語の抜粋に、英語の語順と同じ文型の物ばかりを、抽出してギリシャ語の入門書を作っていたのでは無いのでしょうか。
 
  だから彼のギリシャ語入門書は英語を介する人々には大変分かりやすく、大変評判で沢山売れて、多くの北米などの英語文化圏で評価が高かったのかも知れません。 

  私は、その教科書を使いながら、あえて恩師が日本語に語順を換えて訳出してくれた、日本語で時間を掛けてギリシャ語を学んだ為に、実際に聖書原典を読む段になって、かえって大変有利であったのかもしれません。

  あれから33年が立ちましたが、もしあの時楽な道「=英語でギリシャ語を学ぶ」を取っていたら、今頃は随分と苦労が耐えない結果を招いてギリシャ語の聖書を読むのが大変になってしまっていたと思わされます。

  という事で、ギリシャの国は英国よりもかなり日本に近い国で、当然その言葉のギリシャ語は英語よりも日本語に遥に近い言語だという大切な事のご紹介でした。

一大事



一大事

  今日は我が家のアイドルLAB(ラブ)チャンの一大事をお知らせします。上の写真をご覧ください。

  右前足の小指の第一関節から先が無いのです。そう、どうやら自分で食べてしまったのです。この事に気がついたのが2週間程前。あわててかかりつけの獣医さんに駆け込んだら... な  ナント!!

   「多分右前足の小指は切断に成るかもしれない。もしかしたら右前足も切断する事になります。」 

ジャーン..... (@@;)  (@@;)  (@@;)  

  「こんな事はめったにない事で、何が原因か分かりませんが取り敢えず化膿止めに抗生物質を二種類処方しておきますので暫く様子を見て下さい。」


  昔からの知り合いの北九州のセントノア動物病院のF先生にメールで此の写真を送って早速相談。


やはり 「3週間程様子を見て切るか切らないかの判断かな !! 」


ジャーン ... (×_×;)   (×_×;)   (×_×;)


   今日は、ラブチャンの一大事のご紹介でした。

練習問題の回答

練習問題の回答

 一昨日の名詞の男性変化はもうすっかり慣れられたでしょうか?

 簡単な練習問題が有りましたがいかがでしたか?

お約束の回答を記します。

6)次の文を日本語に翻訳してみましょう。 後日回答を記します。
 ●上から順に読み方
 ▲品詞や活用の意味
 △分解(パースとも言う)
 ■直訳
 ★翻訳 です。

1.υιοs λεγει λογον 
 ●ヒュイオス レゲイ   ロゴン
 ▲男性名詞  動詞現在形 男性名詞 
 △主格単数  三人称単数 対格単数 
 ■息子は   彼は言った 言葉を 
 ★息子は言葉を言った。

2.κυριοs λυει ανθρωπουs
 ●キュリオス  レゲイ  アンソロープウース
 ▲男性名詞  動詞現在形 男性名詞 
 △主格単数  三人称単数 対格複数 
 ■主は    彼は解いた 人間らを 
 ★主は人間達を開放した。

3.δικαιοs   λαμβανει   υορανον
 ●デイカイオス   ランバネイ   ウウラノン
 ▲男性名詞     動詞現在形   男性名詞 
 △主格単数     三人称単数   対格単数 
 ■正しい(人)は  彼は取った   不可視(天国)を 
 ★正しい人は天の(国)を取った 

 ギリシャ語はだいたいこんな感じです。まだ語彙が少ないのでちょっと変な文章ですが、お分かりいただけるのではと思います。また語順も変えなくて良い様に日本語と同じ順にしておきました。実際にはこの順番がすべて入れ代わっても、翻訳は全く同じ様になると言う事がお分かり頂けるかと思います。

  今日はギリシャ語の簡単に文章の和訳の回答の一例ご紹介しました。 

名詞の変化その1のその2

名詞の活用 

 さて、昨日お話したようにこれからの6つの課は全て同じ形の変化を繰り返して学びます。

  ■今週は男性名詞の活用変化を10個 

  ■次週は女性名詞の活用変化を10個、

  ■次々週は中性名詞の活用変化を10個を学ぶのです。

  ■その次の課では形容詞の活用変化形を30個一度に学びます。
   形容詞の変化は名詞の変化と形が全く同じです。

  ■その次の課では冠詞の活用変化で形も数もほぼ同じ30個です。

  ■その後に代名詞の活用変化形で大半はよく似た30個です。
  
★同じ変化を6回も繰り返して学ぶのです。

 大抵のギリシャ語の教科書では一課で終えてしまう簡単な変化です。

  一般のギリシャ語の学習方法とは反対の事をしているのです。一般のギリシャ語のクラスで厖大な時間をかけて学んでいる、超難解な動詞の活用変化は一回でパスします。反対に一回で終わっている簡単な名詞、形容詞の単純な変化に数倍の努力を費やしているのです。

  今日はその理由をお話しなければ成りません。それは、実際の新約聖書のギリシャ語のテキストに登場する語の頻度は難しい動詞の変化形よりも簡単な変化の名詞や形容詞の方が圧倒的に多いのです。

  だから簡単だけれども、繰り返して登場する名詞、形容詞、冠詞類の変化を習得するのに時間を費やしているのです。これらは意味も変化も実に簡単です。しかも、ほぼ同じ変化をしているのです。しかもその登場頻度が多いのです。だから大事な事に沢山の時間を費やしているのです。

これがギリシャ語の大半ナノですから、これをしっかり覚えれば、実際のギリシャ語の原文を読むとき、それぞれの単語の働きや意味のほとんどが辞書やアナリテイカルを使わずして分かると言う次第なのです。

  これらの変化形が分かれば、後に残るのは、難しい動詞の変化形だけです。おそらく名詞、形容詞などの意味が分かった段階で動詞の人称や時制も見当が付いてしまっています。しかも残った時間は動詞に集中するゆとりが出来ます。一節で一語位はアナリテイカルや辞書を引くのは苦にはなりません。だからこんな風にしているのです。

  これがどれほど大切かを数量的にお話ししてみましょう。例えば冠詞ですが一つの節に平均3回ぐらい登場します。新約聖書全体の節数を一章平均30節として216章在るわけですから、登場する冠詞の数は3回×30節×216章=21600回が冠詞の新約聖書全体の登場回数です。と言うことです。聖書全体が以前ご紹介したように137490語ですから名詞類の変化だけ理解したらもう聖書全体の20%程も理解してしまった様なものです。

  それだけではありません、冠詞には殆どの場合形容詞や名詞が伴いそれと同形ですから名詞形容詞の働きも判明してしまいます。当然冠詞、名詞、形容詞、代名詞等の文中の働きも判明するわけです。もうこれだけで20%×4=80%理解できてしまうのです。

   特に、聖書記者たちは不規則変化のややこしい名詞の変化形には、その直前にわざわざ冠詞を付けてくれている事が多いのです。そう、名詞の変化の意味が分からなくても、その前に在る簡単な冠詞変化形を見れば、名詞の変化もそれと同じですから、それが何を意味しているかが分かる様にしてくれているのです。

  この様にしてギリシャ語の聖書中の文章の80%が理解できてしまえば、後の動詞などはわかってしまった様な物です。私たちが日本語でお話ししていて80%も意志が通じれば十分ではないでしょうか?

  だから、ギリシャ語で一番大切な名詞や形容詞の変化形は皆共通でしかも、単純明快なのです。 

★「ギリシャ語が世界で一番優しい言葉である」と言うことがお分かりいただけたかと思います。

  一般のギリシャ語のクラスではこれと反対の事をするから、ギリシャ語は世界で一番難しい言葉になってしまうのです。

  ということで今週はギリシャ語の一番登場頻度の高い名詞の変化が大切だと言う事のご説明でした。とりあえずこの変化を繰り返し練習して親しんで下さい。

名詞の変化その1、男性名詞

名詞の変化その1、男性名詞

 今日からギリシャ語で最も良く登場する名詞の変化形を学びます。以前お話ししましたが30種類の変化があります。

1)ギリシャ語でも日本語と同じように人や物を表すのに名詞があります。(記号n)

2)ギリシャ語の名詞には男性名詞と女性名詞と中性名詞と代名詞の4種類があります。 

3)日本語では名詞に「てにをは」等の助詞をつけます、ギリシャ語では名詞の語尾が変化して助詞になります

。これをギリシャ語では格変化と言います。

(男性女性中性で変化が違います。)この課では男性名詞の格変化を学びます。
日本語    助詞      格名 ギリシャ語尾  読み方    
単数     ↓       ↓    ↓  ↓   ↓  
主語  ・・・が、は     主格  ・・・οs ・・・オス
所有  ・・・の       属格  ・・・ου ・・・ウウ 
手段  ・・・へ、に     与格  ・・・ω  ・・・オー 
目的  ・・・を       対格  ・・・ον ・・・オン
呼びかけ・・・よ、ら     呼格  ・・・ε  ・・・エ)
複数
主語  ・・・たち が、は  主格  ・・・οι ・・・オイ
所有  ・・・たち の    属格  ・・・ων ・・・オーン
手段  ・・・たち へ、に  与格  ・・・οιs・・・オイス
目的  ・・・たち を、   対格  ・・・ουs・・・ウウス
呼びかけ・・・たち よ、ら  呼格  ・・・οι ・・・オイ) 

4)ギリシャ語の男性名詞θεοs(神)の変化は次の通りです。格変化のうち呼格はコイネーグリークでは使用頻度が少ないので省略します。
(神は新約聖書に1343回)
数  格  ギリシャ語  発 音   意味       記 号         
単数 主格  θεοs  セオス   神は、神が    nom  s
   属格  θεου  セウウ   神の       gen  s     
   与格  θεω   セオー   神に       dat s     
   対格  θεον  セオン   神を        acc  s    
複数 主格  θεοι  セオイ   神々は、神々が  nom  pl    
   属格  θεων  セオーン  神々の      gen  pl     
   与格  θεοιs セオイス  神々に      dat  pl    
   対格  θεουs セウウス  神々を      acc pl       

 5)同じように変化する名詞の仲間は以下の通りです。できればこれらの名詞の格変化を毎日1回以上書き出し、発音して自然に言えるようにしてください。名詞の変化は大変重要です。その事は明日お話しする事にします。    
 意味  ギリシャ語  発  音   新約聖書使用回数
 人   ανθρωποs アンソローポス  559回
 主人  κυριοs   キュリオス    749回
義(人)δικαιοs  デイカイオス   230回 
 世界  κοσμοs  コスモス      137回 
 言葉  λογοs   ロゴス      330回 
息子  υιοs    ヒュイオス    381回 
 天   υορανοs  ウウラノス     284回

6)次の文を日本語に翻訳してみましょう。 後日回答を記します。

1.υιοs λεγει λογον 

2.κυριοs λυει ανθρωπουs

3.δικαιοs λαμβανει υορανον


☆分からない事が有ればコメントにお書きください。

☆参考の為に。

新約聖書の出現数 

 神   θεοs     セオス     1343回           ギリシャ神話の神々を指し示す言葉。新約聖書では天地の創造神を指す。英語のtheobroma ( カカオ豆) はギリシャ語θεοs+βουμα( 神の+食べ物) の意味。利尿剤テオブロミン等各種薬品の最初の「テオ」の言葉はこの語に由来する。Theismus (有神論)Theology(神学) 等はこの語の音写。

人   ανθρωποs アンソローポス ανα+θορευωの合成語→上を+見るの意といわれる。英語のAnthropoid (類人学) Anthropologic (人類学) 等の10数語の語源

主人  κυριοs   キュリオス    749回    
    権力(κυροs)を持つものの意味。奴隷や財産の所有者を意味する。    一般には君主や皇帝を指す。新約聖書の中ではイエス・キリストを指す。

義(人)δικαιοs  デイカイオス   230回  
    広義に「正しい」の意味。一般に標準や法律、規則に適合することを言う。新約聖書の中では神様の要求される基準に完全に適合することを意味する。

世界  κοσμοs   コスモス     137回 
    秩序の意味。婦人のアクセサリー(身だしなみ)や自然秩序の意味で「宇宙」秩序有る人間「世界」    を意味する。花のコスモスやコスモポリタン等の語源。

言葉  λογοs    ロゴス      330回      
    概念(思想、意思)等の表現したものとしての「言葉」、計算や会計報告、勘定をも意味する。理性や問題、比較等の概念を表す。 英語のlogic(論理) を始め、計数、対数、神経症、等の学術用語に多くの合成語がある。前述の Anthropologic (人類学) はその典型。

息子  υιοs     ヒュイオス    381回 
     息子、嫡出子を言うが後継者としての性質や精神の体現者や代表者をも意味する。新約聖の中でイエスキリストが神の子と言われるのはこの両方の意味を示している。

天   υορανοs  ウウラノス    284回
空( 大気圏) を意味し世界を包む見えない空気の層を表現する。     この言葉が新約聖書で神の領域を表現するため用いられるのは上空を意味するためではなく、不可視的神の支配の領域が空気のように私たちの周囲に充満していることを表現する。英語で天王星を意味するUranusはその物ズバリ。放射性元素ウランやUranoplegie(口蓋麻痺) 等の医学用語の語源。

今日は名詞の男性変化形のご紹介でした。

動詞の迷宮

動詞の迷宮

★現在形→  未来形 →  不定過去形 → 不定過去受動形★
 ↓      ↓      ↓       ↓ 
■ορω→ οψομαι → ειδον→ ωφθην■
 ホロー→ オプソマイ →  エイドン→   オフセーン

★現在形→  未来形 →  不定過去形 → 不定過去受動形★
 ↓      ↓      ↓       ↓ 
●λεγω→ ερω → ειπον →ελεχθην●
 レゴー→   エロー  → エイポン →エレンクセーン 

 これ何かお分かりでしょうか? 

上の方■は

「私は見る」という大変登場頻度の高い「ホロー」と言う動詞の★時制★による変化活用です。

 一番左がギリシャ語動詞の原形で右の方にそれぞれの時制による変化形を書いてみました。同じ動詞とは思えません。全く原形の痕跡無く、時制によって全く別の形の綴りに変化形が形成されています。

 けっこうギリシャ語ではこういう単語が多いのです。

下の方●は同じく、

大変使用頻度の高いレゴー=私は言うと言う言葉の同様の時制による活用変化なのです。これも全く原形が残っていません。

 ギリシャ語の動詞の変化はこれだけではありません。一つ一つの変化形がさらに最初にご説明した様に人称で変化します。 単数123と複数123の6倍にそれぞれが変化するのです。本当は6つの他に双数もあり8変化なのです。新約聖書のコイネーギリシャ語では双数形は滅多に登場しないので省略してしまったのです。

 そしてさらに、ギリシャ語の人称変化は能動形の一種類丈ではないのです。他にも中態形 受動形の計3種類があり(8×3=)▲人称と態丈で24▲活用変化します。 

  さらにその24活用変化の全てが△直接法、接続法、命令法、不定法△でそれぞれの変化形を持つのです。

 ★いまこの時制や法を説明するとかえってややこしいので最後の第10課で分かりやすい様に纏めてご紹介します。それまでお待ちください。

  と言う事でギリシャ語の動詞の変化を簡単にご紹介すると、▲で変化した24の活用変化が△4つの法△で×4=96活用変化があり、それとは全く別の変化形として分子形あります。それらには8格×3態×5時制で=120変化(実際は100程度)で合計約200変化形ということなのです。

 ★しかも、最初にご紹介した様に変化の元となる形その物の語幹が原形を留めぬ程に変化してしまうのです。そんな物が、さらにそれぞれが2百程に変化するという事なのです。

  だから最初に申しました様に「ギリシャ語の動詞の変化は覚える必要はない。」と言う事をもう一度ここでご紹介したかったのです。

  努力してこれを覚えようとするのは 「労多くして虚しい」と言う事なのです。特別な記憶力を持った方か、あるいはとことん時間をかけて努力を何処までも続けるか、さもなくば、★こんな変化形を覚える事を初めから放棄するか★と言う事なのです。

  ●先を見通さずに生半可に動詞の変化を覚えると●返ってギリシャ語は迷宮入り間違い無し●です。だから、この講座では★ギリシャ語の動詞の変化形は基本の6つ以外は一切覚えません★。

  その理由は、ギリシャ語の動詞で一番大切な人称がこの6つの変化で代表されているからなのです。動詞はどの時制も態も法もこの6つの人称のどれかに当てはまるからなのです。 

  ★その人称によって示される「誰がその行為をしたのか」が文章の中で一番大切だからです。★

  その人称さえ分かれば、それ以外の変化が示す、受け身か過去か未来かはたとい間違えても大した問題には成りませんし、おのずから文脈で不都合が生じて後で校正することが出来るからです。しかし人称は間違えるととんでもない誤解を生み出してしまうからです。

  だから....ということで■今日はギリシャ語の動詞の変化形は■アナリテイカル(逆引き辞書)で一語一語を調べるか、あるいは私の作った■直訳 http://bible.co.jp/bible/ を見れば聖書の全箇所の単語の全てについて原典そのままの語順で明白に分かる様に書かれています■のでそれで判別しましょうと言うのが結論です。

  この動詞の変化形を初心者が記憶しょうとする事は、挫折の近道と言う事なのです。だから「百害あって一利無し」と言うことをご理解いただければ良いかと思います。

  それでは、動詞の変化形のご紹介はここまでにして、明日からは名詞の変化を次回から第7課にかけて、全く同じ事を繰り返し、繰り返し学びます。大変簡単な事なのですが■これになれてしまう■とギリシャ語の★文章の大半を占める★名詞や冠詞や形容詞等の★文中の働きを★しっかり身に付ける事が出来ます。 
 
  今日は以上です!

ガンバローの活用変化

ガンバローの活用変化  

γαμβαρω
γαμβαρειs
γαμβαρει
γαμβαρομεν
γαμβαρετε
γαμβαρουσιν

 これはギリシャ語の変化ではありません。日本語の「ガンバロー」をギリシャ語に見立ててギリシャ語の規則変化形の動詞の語形を当てはめて活用変化を作ってみただけです。

 しかし、これが大変ギリシャ語の勉強に役に立つのです。 

γαμβαρω.......ガンバロー....私は頑張る
γαμβαρειs......ガンバレイス...あなたは頑張る
γαμβαρει.......ガンバレイ...彼は頑張る
γαμβαρομεν......ガンバロメン...私たちは頑張る
γαμβαρετε......ガンバレテ....あなた方は頑張る
γαμβαρουσιν.....ガンバルウジン..彼らは頑張る

 というわけです。日本語の親しい言葉と、ギリシャ語の動詞の人称語尾変化を合体させることで、ギリシャ語の語尾変化を身近なものにする為に大変有益です。

  これを毎朝口に出して言ってください。その時に脳裏にその言葉の現す意味を映像にして思い浮かべながら声に出していうのです。

 そうすれば自然にギリシャ語の語尾変化の意味する事が頭の中に構築されてしまい。実際にギリシャ語を読むときに語形を見ただけでその言葉が映像になってギリシャ語が大変分かりやすくなります。

  もちろんガンバロー丈ではありません。オキヨウ(起きよう)やタベヨウ(食べよう)ハシロウ(走ろう)シカロウ(叱ろう)の語尾変化をつけて口に出して言っているとあっと言う間にギリシャ語の動詞がマスター出来てしまいます。

 腹が立ったり憎しみの感情が起きて来たら、チャンスです。ナグロウ(殴ろう)で思いっきり憎しみを込めて憎い相手の顔を思い浮かべながらナグロー、ナグレイス、ナグレイ、ナグロメン、ナグレテ、ナグルウジイとやってください。

 こんな事を3日も続ければギリシャ語の動詞は完全マスター。あとどんな不規則でやややこしい変化形が来ても全く動じる必要は成りません。

   何故こんな事が大切かと言うと:コイネーギリシャ語の時代の人々は言葉は文字ではなく、実物や行為の動作そのものとダイレクトに直結して理解していたからです。古代の人々は耳から言葉を聞いた時に、それを文字ではなくテレビドラマの映像を見ているのと全く同じように理解したのです。文字を知らないが故に耳から聞いた言葉は、脳裏で目で見た情景の映像に変換されていたのです。だから古代の人々が耳から聞いた言葉は文字言葉ではなく、全て現実のイメージに変換して言葉を聞いていたからなのです。

そして、同じ事を字が読めない幼児がしているのです。字の読めない子供に抽象的はお話は通じません。文字を持たない人間は言葉の具象理解と言う物しか出来ないのです。だから幼児には視聴覚教材を用いて言葉と具象を提供して初めて理解できるのです。

  子供はリンゴと言う言葉を聞いたなら「林檎」ではなく美味しそうな赤い林檎を想像して言葉を理解しているからなのです。

だから私達も古代の言葉で書かれている新約聖書を学ぶ時にこの前提をしっかりと認識する必要があります。 そして聖書は基本的に耳から朗読を聞いてこの具象理解を働かして御言葉を理解する事が非常に重要なのです。その為の訓練の第一歩として頑張りましょう。そしてその様な意図=話し言葉として耳から聞いて理解する様に翻訳され直す事の必要性がご理解頂けるかと思います。

  余計な事はさておき、ギリシャ語の動詞しっかり覚えて下さい。

ガンバロー、 ガンバレイス、ガンバレイ,ガンバロメン、ガンバレテ、ガンバルウジイン!

  今日は、とっても簡単なギリシャ語動詞の実践的習得方のお勧めでした。

規則動詞

規則動詞

  能書きばかりお話ししていないで今日は良く使われているギリシャ語の動詞をご紹介してみましょう。

  その前にすこし、ギリシャ語の効率的な学び方をお話ししてみます。

  本当かどうか知りませんがギリシャ語原典の新約聖書はたったの13万7490語しかないそうです。そこに登場する単語は僅か5436個でしかもそのうち3246個は一回限り登場するのだというのです。固有名詞を除いた単語は1067個ということです。さらにそのうちの513語は25回以下しか使われておらず残りの544個が使用頻度の多い語ということです。

  何のお話をしているのがお分かりでしょうか。「ギリシャ語聖書を習得するのにやみくもに単語を覚えるのは懸命ではない。」ということなのです。覚える単語と辞書を引く単語に分けて習得すると大変効率的にギリシャ語に親しめるということなのです。 

  特にその中でも使用頻度の多い35の単語は聖書中に500回以上登場します。その中でも特に前置詞は千回から3千回近く使用されそれぞれが30~50の合成語を構成しています。

 さて、余計なお話ばかりしていないで動詞の変化を覚えるお手伝いをしなければ成りません。使用頻度の多い動詞です。

  今日、ご紹介する動詞を記憶すれば何と実際に聖書を読む時に4098回の辞書引きが倹約できます。

  此のギリシャ語講座で今週ご紹介したのは規則変化をする動詞の活用でした。「λυωルオー=私は解く」の変化お覚えて頂きましたが、もうしっかり記憶出来ましたでしょうか。もちろん覚えなくともアナリテイカルを使えば原典は読めます。

  しかし、λυωと言う規則変化の動詞は新約聖書中に43回しか登場しませんが、これと殆どよく似た変化をする動詞が沢山あります。その中で目ぼしいものを以下に記しました。出来ればこれを覚えておくと辞書を引く回数が随分と節約できます。

 ★λυω と同じ規則変化をする動詞で良く使われるもの。(4098回)
  
登場回数
 ↓ ↓ 
1343回  λεγω   レゴオー   私はいう 
 709回  εχω    エコオー   私が持つ
 576回  ποιεω   ポイエオー  私が作る
 437回  ακουω   アクウオー  私が聞く
 295回  λαλεω   ラレオー   私が喋る
 209回  θελω   セロオー    私が願う
 248回  πιστευω  ピステウオー 私が信頼する

  ★注・πιστευωは目的語に常に与格(次の課で学ぶ→~にという形の語)のみを取る。

  ★このπιστευωは一般に信仰すると訳出されているがそれは、誤訳で「~に信頼を置く」と言う意味の言葉であるから。新約聖書に登場する248回中の239カ所が誤訳となっている。

  この語の名詞形πιστιςとが使われている244カ所とπιστοςの66カ所の総計549カ所の殆どが「信仰」となっており誤訳。

参考・信仰と信頼  http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/688353.html

 さて今日は最後に覚えたギリシャ語の動詞が幾倍にも活用する秘訣をご紹介したいと思います。

 それは聖書の中に71回登場するαγωアゴオ という動詞です。これは後に9課で学ぶ前置詞と結合して以下の様な意味を持ちます。それらの合成動詞を合わせるとこの語は形281回も使われているのです。参考の為にこの動詞と合成する前置詞+動詞の主要な物を以下に記しておきます。

  71回   αγω   私が導く 71回はこの語の単独語の回数です。

しかし、合成語としてこの語は281回搭乗しています。それを具体的に紹介してみましょう。

 αγωが281回用いられている合成語は以下の様になります。

前置詞の終わりが母音時、もし後ろに母音で始まる動詞が来た場合、前置詞の母音は必ず脱落する。( )内の母音は常に脱落する。
搭乗回数 前接前置詞 元の語 本来の意味 (日本語的な訳語の例)  
  81回  υπ(ο)+αγω 私が下に導く (引き下がる、去る)
  62回  συν  +αγω 私が共に導く(集める)
  24回  αν(α)+αγω 私が上に導く (連れて行く)
  13回  εκ(ξ)+αγω 私が外に導く (連れ出す)
  10回  πρ(α)+αγω 私が前に導く (誘導する)
  10回  εισ  +αγω 私が中へ導く (引き入れる)
   4回  προσ +αγω 私が方に導く (引き出す) 
   3回  επ(ι)+αγω 私が上に導く (招く)
   2回  δι(α)+αγω 私が通し導く(日を過ごす)

  私と 導くの間に記した意味が「前置詞」の意味なのです。こんなふうにギリシャ語は他の語と結合して多様な意味を持たせることが多いのです。そしてこの原則を知っていると、覚えた言葉=語彙が数十倍に活用できる様になり、少し慣れると殆どの単語は辞書を見なくとも意味が理解できる様になるのです。このやり方で、自分で自由に単語を接合させるとそれで十分に通じるギリシャ語になるというのがコイネーギリシャ語のおもしろいところです。

  と言う事で今日は、出来るだけ暗記を少なくしながら、反対に出来るだけ多くのギリシャ語の辞書を引かずに読む方法のご紹介でした。

ギリシャ語に語順無し

ギリシャ語に語順無し

  今日で動詞の変化は3日目です。もうしっかり覚えられましたでしょうか?

 さて昨日お話しした通りギリシャ語の動詞の語尾に人称が明記してあるので、主語は遠くにあっても間違える心配が無いと言うことでした。

 これは動詞丈の問題ではありません。ギリシャ語は名詞や形容詞や代名詞などもそれぞれの修飾関係が離れていても問題なく分かる様になっています。語がバラバラに置かれていても問題なく読めるのがギリシャ語の一番大切な基本なのです。 

★そう、聖書が記されたコイネーギリシャ語には語順が無いのです。

 これがギリシャ語が世界で一番簡単な言葉である最大の理由です。 コイネーギリシャ語は語順なんか一切考えずに思いついた事を片っ端から口に出してしまえば、それで言いたい事が相手に伝わると言うことなのです。

 だからギリシャ語を聞くとき(あえて読むとは言いません。昨日学んだ通り聖書が書かれた●コイネーギリシャ語は会話専用の言葉●だからです。)一切語順なんて意識する必要はないのです。 ギリシャ語が楽しく面白い、最大の理由はこの「語順が無い」と言うことなのです。

  ★しかし、皆様お分かりでしょう。英語を話す人々にはこの点がワケワカメナノです。なぜなら英語は語順で言葉を理解するというのが基本になっている言語だからです。だから英語圏の人々のギリシャ語理解にはひどい間違いがいっぱい出て来るのです。 

  例えばオックスフオードやケンブリッジなんという立派な大学も事このギリシャ語に関わるとすっかりその権威も地に落ちてしまうのです。当然その系列の北米の著名なハーバードやエール、プリンストンを初めとする名だたる大学もギリシャ語が英語に翻訳されたとたんに、全く駄目な酷い英訳文にしか出来ないと言う事なのです。英語の訳文を立派にしょうと思えば思うほどギリシャ語の原文とは語順が大きく入れ代わる為、原典の強調点が消失してしまうからです。 

  しかし、残念なことに日本の聖書学者たちは大抵がこの英語圏の大学に行って、わざわざ難しく解釈された英語の文型に当てはめたギリシャ語の構文解析などを仕入れてきて、さもわかったかの様に日本で教授されるから、その系統のギリシャ語を教えられた日本語の出来る生徒たちが大抵ギリシャ語が理解不能になってしまうと言う結果になっているのです。

  ★語順の無いギリシャ語を理解するのは英語を介さず、直接語順の無い日本語に訳出することが大変重要になって来るのです。だから「ギリシャ語を正しく理解するのに英語が出来る人よりも出来ない人の方がかなり有利だ」と言うわけです。 

 しかし、残念なことに事、聖書の翻訳に関しては全て版権が英国や北米のキリスト教団体に握られているため、そこの監修をうけ 英訳のひどい間違いを無理やり真似させられて日本語や韓国語、中国語に訳されていて、それらも全く原典からかけ離れてしまっているというのが現実なのです。

  そして、迷惑なことに、聖書関係の翻訳推進団体は、英語圏の物ばかりです。そちらからお金が出ている関係で英語聖書を御本尊にした誤訳の翻訳はウイクリフ翻訳宣教師などを介在してどんどん翻訳が進められてしまっています。

  聖書翻訳は莫大な資金で進められており、現在ではもう既に世界の5千を越えるほとんどの未開語にも訳出されてしまっているというありさまです。悪いものほど早く伝染するのは伝染病だけではなく、聖書翻訳の世界も同様というわけです。

  ★さて、この「★ギリシャ語に★語順無し★」というギリシャ語の基本は★聖書を理解する★基本中の★基本です。

■これが何故大切かというと、■ギリシャ語の最も■大切な要点は■語順にあると言うことです。■

 ■言っていることがご理解いただけるでしょうか。■まさしく矛盾を申しておるのです。■

★語順がないギリシャ語を学ぶのに★何故★語順が★大切なのか?★

  落ち着いて考えてください。「ギリシャ語には語順が無い」と言うことは何からしゃべってもかまわないと言うことです。

  ★だったらあなたがもし「ギリシャ語で喋るとしたら一体何からお話しされますか?」

  そう、「自分が大事だと思っている事から順に単語を羅列する」のでは無いでしょうか?

 ★これが「ギリシャ語は語順が一番大事だ」と言う事の理由なのです。★

 ■逆に言うと、もし「ギリシャ語の●語順を並べ換えてしまうと、話者がいいたい●強調点は大きく変化し、全く■読者に伝わらない。」という問題を惹起するのです。

  ●お分かりでしょうか。ギリシャ語を英語に翻訳すると英語の基本の5文型のどれかに合わせるためにせっかくの大切なギリシャ語の語順をすっかり入れ換えなければ成りません。

  ●するとギリシャ語の原典の強調点は英訳では殆ど消失してしまいます。そして常に主語や述語が前に来て単純明解な文章になってしまいます。その結果、私、あなた等の主語が一番前に移動させられてすっかり節度を失った我の強い文章になってしまいます。

  そして、ギリシャ語の原文で使徒達がせっかく前に持って来て強調している大事な言葉が、なんと、お粗末にも一番最後に並べ替えられてしまいます。奇麗な英訳にはそれは不可欠ですから。しかも、それが各節毎に全く同様にしかも、全節にわたって大事な語順が入れ代わる為に、文脈はぼろぼろにされるのです。

確かにその一文に限定すれば、その文の趣旨や意味は単純明解です。しかし、肝心のその文の置かれている、文脈での大切な使徒達や主の言葉は完全にぼやけて的外れな翻訳に堕してしまっています。

その結果、だれでも読め(正しくは朗読を聞けば)ば簡単に理解できえるはずの聖書の主張(第二コリント1章13節=意訳=私があなた方に書いたのは、朗読を聞けば分かる事丈です。)はすっかりはぐらかされてしまいます。★文の意味は分かるけれども★文脈の主張ははっきりしない★変な翻訳が出来てしまうのです。

  だから、翻訳聖書はいずれの訳も読んでも読んでも難解で、まるでお経のようなありがたみはあるけれど、使徒達のダイレクトなメッセーシは消失して生ぬるい駄文に成り下がってしまう結果が生じているのです。その結果使徒達の主張は大きく後退し、その結果文脈に生じた間隙に、読者の深層真理に潜んでいる邪悪な心の願望が虚像の様にして置換されてしまいます。そうして、預言者や使徒達の峻厳な断罪の宣告と明白な改悛の進めが、事も有ろうに曖昧模糊とした受容や寛容にすり替えられてしまうのです。そこに、反聖書的なカウンセリングや積極的思考法といったヒューマニズムが巣くい、キリスト教界を席巻する土壌を提供してしまったのです。

  ということで、今日はギリシャ語の基本中の基本、「ギリシャ語には語順が無いため語順で話者の強調点が示されている。」という根本原則のご紹介でした。

  だから、ギリシャ語を学ぶ事が聖書を正しく理解する一番の近道だと言う事なのです。だから私はこのギリシャ語の押し売りをしている次第です。

動詞と文章

動詞と文章

 ギリシャ語の動詞の基本変化はしっかり慣れておいて下さいね。覚える必要はありませんがギリシャ語動詞の厖大な変化の大抵はこの6つの変化のどれかと符合します。

 何故、これが重要なのかを今日は少しお話したいと思います。

 実はギリシャ語の大抵の「一つの文」には動詞が複数登場するのです。また動詞の全く無い文章も結構あります。

  ギリシャ語はそれでも十分意味が通じてしまうのがギリシャ語の大変楽しい所です。

★ここでお分かりのように、ギリシャ語は英語を話す人には、基本的に理解できない構造になっているのです。何故なら英語に文型があり、その文型に動詞は一つしかない事が基本となっているからです。

  だから英語の堪能な翻訳者が「英訳を参考にしながらギリシャ語を日本語に訳すと、必然的に誤訳になるか、意味不明瞭な翻訳にならざるを得ない」と言う構造的問題が存在しているのです。

 お分かりの様に、人称が6種類あると言う事は一つの文中に主語と成るものが6つまで登場しても、6つの主語に対応する動詞は同一文中に6個も登場可能です。当然同一文中に主語と述語が6つ登場していても聞き手も混乱することなく理解する事が出来るのです。
  
 実際に主語や述語が6つも登場する文章は聖書では見かけた記憶はありませんが、★3つ程度の★主語(名詞)やそれを受ける★述語(動詞)が★一つの文章に★しかも★順序が入り乱れて★出て来るのは★コイネーギリシャ語では★普通です。

 分かりやすく(よけいに難しくなるかも)例文を日本語で記してみます。

  ■「彼が話した、わたしが昨日、 彼らが食べた その時、 兄達が。私が寝ていた。美味しいステーキを。これお母さんが。」

  ●最初に登場する「彼」の主語となり得る3人称単数は最後の「母」のみです。

  ●次に登場する「私の」述語になり得るのは「私が寝ていた」のみです。

  ●次に登場する「彼らが食べた」の主語になり得るのは「兄達」のみです。

 これを正しく日本語に訳してみると(これ日本語ですが!!)

  ★「お母さんの話では、私が夕べ寝ていた間に、兄達がステーキを食べてしまった。」というのがこの文章の意味の様です。

  お分かりですか。そう、最初の文章の■はギリシャ語の直訳とそっくりです。そして★が直訳(■)を翻訳したものと成るのです。

  そして、重ねていいますが、重大なのは「この■で示した文章のありさまが聖書のコイネーギリシャ語の原典の記述と本当に良く似ている」と言う事なのです。

  ★お分かりでしょう、私たちは普段良くこんな■の様な形でだれかと普通に会話をしています。

  会話なら、これ「■」で意味が通じないわけではありません。

 この■の会話の中には、「私が」お母さんから聞いたショックがダイナミックに表明されているのです。順序が乱れる事によってより「私」の狼狽ぶりが上手く聞き手に伝わる様にされているのです。

 そして「兄達」の卑劣な行為が前に来て「これ倒置法の強調形なんて言うのでしょうね?」そして、その時に寝ていた私の悔しさが続き、それと美味しいステーキを食べている「兄達」への「食い物の恨み」が結論になっているのです。

  そして、それを黙ってみていたお母さんの事を誰かに(おそらくお父さん)告げ口して、もっともっと良い物を「私」がおねだりしているのです。

 ★そう、聖書のギリシャ語は、会話を記した物であったのです。決して文章にする為の物ではなかったのです。

★実際新約聖書や70人訳ギリシャ語聖書が記されているコイネーグリークというのは当時の庶民の会話をそのまま文字にした物で、決して文章を記録した物ではないのです。

 ★だから、「★コイネーグリークで記されている物(=★会話)を★文章にしてしまう事」は基本的に★無理が在るのです。

  聖書を注意深く読むとすぐに分かる事ですが、使徒達の手紙などは、手紙と一緒に必ず使者が送られています。 使者は、「行った先の教会で、使徒自らが書記によって口述筆記した手紙を皆に見せながら、」人々の面前で使徒達の口調をまねてその手紙を朗読して耳から手紙=使徒達の言葉を聞かせたのです。だから聖書の手紙は相手に直接文字で読ませる物ではなく話にして耳から聞かせる物だったのです。

  原典では「読む」と訳出されている語は本当は「読む」なんて言う風に訳してはならない言葉なのです。「会衆の面前で朗読する」と言う意味なのです。

  ★「読む=個人が黙読する」と「会衆の前で朗読する」の問題。

 ★たとえば第二コリントの2章の3章2節「全ての人に読まれている」は「アナギノースコウ=再び知る=朗読する」と言う意味でこれを「読む」と訳出するのはギリシャ語の基本を知らないもののする翻訳で、まさしく無知による誤訳なのです。 ★同様の誤訳は旧約も含めた、聖書全体に手の施しようがないほどに蔓延しています。★

★書かれた書面は、その言葉が間違いなく使徒の物である事の単なる証拠物で有ったのです。これらの手紙や福音書は字の読める読者がそれを黙読して頭で理解される事は始めから想定されていないのです。

基本的に当時文字の読める人は特殊な訓練を受けた一部の人達だけの特権階級であったのです。

  ★聖書は初めから会話の記録だから、これを文語として文章にし、それをさらに翻訳した聖書をいくら読んでも聖書に込められている元著者の伝えたかった感情はつたわらず、翻訳も大変で、それを無理に翻訳してしかも立派な文体にしてしまうから、意味する事が分かりにくくなってしまうのです。

  ★だから、正しく分かりやすい文章にすればするほど却って、文脈(正確には話脈)は破壊され意味も通じなくなり、辻褄合わせに誤訳の連鎖が生じてしまっているのです。 

  はっきり言って、今から2000年も前の庶民の会話がそのまま録音の様に記されている、聖書は翻訳困難ナノです。

  しかし、聖書は原典で読めばその意味する事は簡単に理解できると言う事なのです。

 ★この点の無理解、あるいは誤解「=聖書は教典でキリスト教の真理が記されている。だからこれを正確な文章に訳出しなければならない。」と言う事が間違っているのです。

 聖書は使徒たちが自分の目で見た真実を、そのまま私たちに証言=会話として明白に伝える為に記されているのです。 

 だから、これを文字にして、目で追って、頭で理解する事その物に問題があるのです。

  使徒達や預言者達が実際に見たものを、私たちはそのまま聞いて、それを彼らが見た同じ出来事「=映像に脳裏で変換して初めて聖書が言っている事が分かる=私たちに伝わる」と言う次第なのです。

  だから、やはり、ギリシャ語の学びは聖書研究の唯一の方法、少なくともそれ無しには聖書を理解する事は不可能に近いと言う事なのです。

 今日は、ギリシャ語の動詞の変化形が意味している事のご紹介でした。

ヨハネの福音書17章3節

ヨハネの福音書17章3節 

直訳はこちらです。

03 ・ 彼女が も 彼が存在し続けている その 永遠が 生命が、為に 彼らが知り続けている(為) あなたを その 唯一を 真実を 神を そして する所を あなたが方に遣わしたを イエスを キリストを。

翻訳はこちらです。

03・彼女が永遠の命であり続けています、唯一で真実な神であるあなたを知り続ける為に、そしてその神であるあなたがイエスキリストを遣わしました。

コメント

さて、ここまでが原典から分かる事です。ここから先は解釈になります。そのポイントは一般の翻訳の様に「唯一で真実な神とその神がイエスキリストを遣わした事を知る事」が「永遠の命」その物なのか。

あるいは「永遠の命が既に存在している」から、「神さまが唯一で真実な神である事を知らせ、その為にキリストを遣わされた」のか。と言う別れ道が存在しています。

その解釈の前提は旧約聖書にも永遠の命が存在していたと考えるならば後者となります。

そして「キリストの十字架以後に永遠の命が生じた」と考えるならば前者になります。

と言う事はその人が(あるいはその教団が)何方の神学に立っているかが判断の別れる原因となると言う事なのです。

余分ですが 「ζωη αιωνιον=永遠の命」は新約聖書には40回程登場します。また70人訳にも結構沢山あります。ただ英訳などとは章節が随分と異なります。詩篇132(133英訳)3節、ダニエル2章4節 、3章9節、4章31節、5章10節、12章2節、12章7節、第二マカベヤ7章9節、、第4マカベヤ15章3節、ソロモンの智恵5章15節、ザカリヤ1章5節、等に前後(命の永遠も含む)はしますがふんだんに登場します。また旧約における「永遠の契約」は多くて数え切れません。

何方にするかは自分で決めて下さいね!!

以上です。

動詞の基本活用変化


動詞の基本活用変化

★基本形は 原 形のλυω ルオー(又はリュオー)←・辞書(レキシコン)はこの形で見ます。

★λυは語幹で変化しない部分、ωは接続語尾で人称によって変化します。 

  ギリシャ語で一番大切なのは文中でどれが動詞かを見つけて、その動詞の変化形が何を意味しているかを区別することです。

  何故なら一つの動詞が800程変化する可能性があり、一つの動詞には随分と沢山の意味が込められているからなのです。 

  しかし、実際に変化するのは800もある可能性の内半分の400程で、さらに良く使われる形は、その動詞毎に決まっています。

  また、規則変化をしてくれるのは沢山在る動詞の中でほんの僅かです。だからそれを覚える事は徒労と言って良いかと思います。

  そんな苦労をするよりも、逆引き辞書(アナリテイカル)や直訳からその動詞がどう変化しているかを読み取った方が遥に時間が有効に使えます。だから動詞の変化は今日ご紹介する以外は一切全く覚える必要がありません。

  今日は、辞書の使い方や動詞の語尾が意味する事を理解する為に、この動詞の変化の基本形だけを覚えて下さい。冒頭の規則変化する動詞「λυω ルオー」の変化をできれば毎日10回以上書いてそれを一週間続けて動詞の基本変化に慣れて下さい。

  これが重要な理由はどの様な動詞の変化であっても必ず今日ご紹介した人称のどれかに必ず該当するからなのです。

  ★直訳ではこの人称部分を語の一番最初の部分に必ず書き出してあります。だから最初に人称が書かれている語が有ればそれは動詞だと直ぐ分かる様になっているのです。動詞に関してこれ以外の事は、最後に纏めて表にしてお渡ししますのでそれまで動詞の事はこの基本変化以外は一切忘れて置いて下さい。

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