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Ⅰコリント7章21節

Ⅰコリント7章21節

★リクエストを有り難うございました。ご期待には添えないかと思います。これは、大変難解な箇所ですね。文脈が続きますので続く22節も紹介させて頂きます。本当は24節まで行くとはっきりします。以下は直訳です。(注意●は原典では同じ言葉です。)

21 ・奴隷は あなたが呼ばれた? 無い あなたに 彼が心配し続けるな。 反対に もし(で在るのだから) そして あなたが内在力され続けている ●開放奴隷 される事、かえって あなたが使用しろ。

22 ・その 又 中で 主 呼ばれているは 奴隷 離れ●解放奴隷は 主の 彼が存在し続けている。同じように その ●開放奴隷 呼ばれているは 奴隷 彼が存在し続けている キリストの。

★注意点ですか同じ言葉は文脈に関わらず同じ言葉に訳しました。それは ギリシャ語の●エレウセロイ=●開放奴隷(or自由人)と言う言葉です。 この●エレウセロイ=●開放奴隷なのですが自由人と訳出すると返って難しくなるのであえて「●開放奴隷」と訳出しました。

★そのことを踏まえて翻訳にしてみます。

21・あなたが奴隷で召された? あなたは心配し続けるな。反対にあなたは●奴隷解放される事がいつでも出来るのだから。だからあなたは●開放奴隷になりなさい。

22・主に呼ばれている奴隷は 主の離れ●開放奴隷で有り続けています。同じ様に、●開放奴隷が呼ばれているのはキリストの奴隷として存在し続けているのです。

以下はコメントです。

お分かりの様に、ギリシャ語の原文どうやら 「奴隷はそのままでいるのではなく、開放奴隷となれ」と言っている様に思われるのです。

たしか多くの訳が「そのままでいる=奴隷でいる」を強調している様に思います。何故、原典そのままに翻訳しなかったのかは、当時(聖書が翻訳されたそれぞれの時点)の事を想像すると良いかと思います。

もし、こんな事を当時や奴隷制度下にあった中世や19世紀のヨーロッパや英国でそう翻訳すれば大変な事になったでしょう。 社会的混乱や損失は莫大です。何しろ、つい最近まで何処の国でも奴隷は貴重な財産であり、国家の生産の根幹でした。その奴隷を開放する事を聖書が命じているとなったら、そんなふうに訳出した聖書=社会的に受け入れられなくなった事でしょう。 だからその様に訳出する事には、抵抗があったので一般の翻訳の様に、「奴隷は奴隷に留まれ」と言う風に訳出した翻訳が多いのでは無いのでしょうか?

まあ、普通の翻訳の様に訳出しても間違った訳だとは言い切れない面も有りますがどうもすっきりしないと思います。やはり「キリスト者の奴隷は人間の奴隷に留まるな。」とはっきりと言っている様に思われます。

以上

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第2ペテロ3:16

第2ペテロ3:16

リクエストを有り難うございました。

まず直訳です。

16 ・丁度同じ様に そして 中で 全てらに 手紙らに 喋っているらの 中で 彼女らに 関して この事らの、中で する所(女)らに 彼が存在し続けてる 2(or難しい) 理解らは ある者らは、する所らは その 非学びらは そして 非確立する(or不安定) らは 彼らは意味を曲げ続けている 丁度同じ様に そして そのを 残されているらを 書かれたらを 方に その 自分 彼らの 滅びを。

翻訳にしてみます。

16・(パウロも)記した手紙の中でこの事(聖くなる事)について喋っています。その手紙の中には二つの理解が存在しています。これらの(パウロの)手紙に学ぼうとしないし信仰を確立したくも無い人々は(パウロの記した事の)意味を曲げようとして、パウロが書いた(救いの方ではなく)もう一つの方の滅びを彼ら自身にもたらしています。

  ( )内の言葉は原文にありませんが、理解し易い様に補足として付け加えてみました。 なかなか難しい言い回しです。 はっきりと言い切らない所に深い意味があると思います。

★以下はコメントです。

  このペテロの手紙第二は、は彼がローマで処刑される直前(AD64年)のネロ皇帝による残忍な迫害のさなかの緊迫した状態で記されました。そして、ほぼ同じ時に使徒パウロもこのローマに護送され、裁判中でした。

 パウロにも死刑の判決が出て間もなく死刑が執行されるのです。 その様な残忍なネロ皇帝の迫害で大弾圧の緊迫した状態の中での文章です。

多くのクリスチャン達は厳しいローマの皇帝からの弾圧に抗しきれず、妥協点を必死で求めていました。 ローマのキリスト者の殆どはローマ人ではなく敗戦で祖国や財産を失ったギリシャからの難民達でしたから、憎いローマ人のネロ皇帝を神として礼拝する事には抵抗が有りました。しかし、生活も、仕事も大切です。そんな中でしたが彼らギリシャ人クリスチャン達は唯一ローマ皇帝ネロの皇帝礼拝を拒否するキリスト教会への帰属を捨てる気持ちは毛頭ありません。

追記:皇帝礼拝はドミテアヌス(81-96年)の専売特許ですがネロの時代にも立派な皇帝礼拝が有りました。秀村欣司著「ネロ」の第6章の「キリスト者迫害の主因」(p.135~)等の良い著作を参照して下さい。

しかし、生活も大切です。まして、命は惜しかったのです。ローマ皇帝さえ礼拝する事が出来れば信仰生活も教会に所属する事の両者が継続でき、また生活も成り立ったのです。

しかし、パウロやペテロは殉教も賭して、断固皇帝を神としてキリストと同様に礼拝する事を方便として容認する事はしませんでした。

だからどうしても厳しいパウロやペテロの手紙類を曲げて解釈して、自分達が妥協してローマ皇帝崇拝して同時に信仰者として健全である事ができると思いたかったのです。

この世での祝福と、神の前での祝福との両方を得る事は実は聖書の教える教えではありません。 

  ★この「現世での地上の祝福」か「天国での神様の祝福」かの両者は「二者択一である」と言う事なのです。

  ●もしそうだとしたら、あなたは何方を大切にしますか?

前置詞の音便

前置詞の音便

 ギリシャ語初級は今度の金曜日から一週間かけて動詞の時制の意味をご紹介して全て完了です。お分かりの様に動詞の変化(私は勝手にヘンゲと呼びましたが!) さえパスすればこれで全ておしまいです。

  世界中の大抵の国の言葉もコイネーギリシャ語程に簡単な言葉は無いかと思います。昔、ザメンホフの考案したエスペラントよりもギリシャ語の方が簡単ですね。だから、元漁師でキリストに選ばれて使徒となったヨハネやペテロの様に人から「無学」と後ろ指を指される人々でも楽にコイネーギリシャ語を使いこなす事が出来たのです。

しかし、これが難しいと誤解される原因は頭で覚えようとするからです。実際に口に言葉で出して覚えると簡単なのです。 何故なら難しい変化は全て発音し易い様に音便で簡略化されているだけの事なのです。

これを論理的に説明し、頭で認識するから難しくなるのです。

 さて、今週は前置詞を覚えていただくのですが、もうあの丸い絵とその周囲の線で表した前置詞の示す方向や領域が覚えられたでしょうか。あの図が頭に入ればしめたもの、動詞や名などとくっついて、知っている単語がたちまち20倍に活用でき、また実際に覚える単語も1/20になると言う次第なのです。

基本的な語彙を約200語覚えれば前置詞が付いてそれが20倍=4000語に成るのです。4千語の語彙力は相当な物です。これだけでかなりの単語は辞書をみる必要が無く理解できると言うのです。だからギリシャ語が楽しくなるという次第なのです。

しかし、です! 事はそう簡単ではないのです。前置詞も音便で化けるのです !!

  これから説明する事は理解しなくとも問題なくアナリテイカルを使えばギリシャ語の聖書は読めますが上達の為には是非必要な知識です。 だから挑戦してみて下さい。

  この前置詞の音便は、それ程複雑な変化ではありません。以下にその例を記します。

 ★先ず第一に知らなければならないのは母音終わる前置詞が母音で始まる動詞の前にある時前置詞の最後の母音は全て無条件に脱落します。

  それから、合成語でなくとも前置詞の次の語が母音で始まる時も同様です。

★これが大切なのは、次回に学ぶ動詞の変化形でアオリスト等の時制接頭辞は全て母音ですから大抵の場合前置詞の最後の母音は脱落していると考えた方が無難なのです。

★ανα等の母音で終わる前置詞が母音で始まる語の前にくると→ανの様に最後の母音が脱落します。

ανα+αγγελω =αναγγελωとなります。 ( διαは最後のαが脱落)

★εκと言う前置詞は母音の前ではεξに転音します。

★ καταやμεταという前置詞は母音の前ではαが脱落するだけではなく最後のτがθに転音します。

★ αποやυποやεπι と言う前置詞は 最後の οやιが脱落するだけではなくπがφに転音します。

最初は少しややこしいのですか直になれますので注意しておいて下さい。これらは全て発音し易い様になっているだけです。

前置詞との合成語であるかどうかは辞書に記されていますので慣れるまでは辞書で調べるのが良いかと思います。辞書で調べながら、この音便の規則と照らし合わせると理解が早いかと思います。良く似ていても合成語では無い物も有りますので注意して下さい。 

前置詞の合成語


ギリシャ語で前置詞と動詞が結合した場合の意味の聖書中に見られる物のなかから少しだけ表にしてみました。あと180程の動詞の前置詞との結合を同様にして理解すると、200の動詞や名詞の意味を覚えるだけで、その僅かの語彙力が21倍になり、5000語ほどの単語の意味が辞書を見なくとも判別できるようになります。ギリシャ語は誰にでも簡単でほんとうに分かりやすい簡単な言葉であることが納得できるかと思います。

前置詞の合成語

 ギリシャ語は本当に前置詞が大切です。幾つか面白い単語をご紹介してみましょう。

一番面白いのは以前ご紹介したアンタアポドジンです。 

(ανταποδοσιν:対し離れ引渡し=同価値の報復)

http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/25877355.html

  その他にも、υπο(ヒュポ=下に)+δημα(デーマ=δεω「纏う」の名詞形)と言うのが有ります。何かお分かりでしょう。下に纏うのですから当然「履物」と言うわけです。

  所で当時の履物には2種類有りました。一つはσανδαλιον(サンダリオン)で言わずと知れたサンダルです。本来の意味は木の足底で、これに皮紐をつけた物を言います。もう一つがこのυποδημα(下に纏う)です。 こちらは大抵獣皮の風呂敷を裏返しにした様な物で足を包んだ物=履物(or靴) と言うわけです。

  それからυπο(ヒュポ=下に)+κρινομαι(クリノマイ=私は答える)と言うのが有ります。

 この名詞形がυποκριτηs(ヒュポクリテース)となります。本来の意味は「下から答える人」と言う意味ですが、翻訳では全て「偽善者」となります。これはギリシャ仮面劇で役者が仮面の下から答える「セリフを言う」と言う意味なのです。
  
 自分を良く見せようとする為に、役者の様に本当の顔の上に仮面を被り、その下からさもその人の言いそうな言葉=美辞麗句を言う人=役者を指して使われたのがこの言葉なのです。本当にギリシャ語は事の本質を明確に示して来れているのです。

 これは、前置詞の用法のほんの一例です。前回紹介した様に良く使われるギリシャ語の語彙の1万はこの前置詞と別の言葉の合成語でその言葉の理解には前置詞の基本的意味を理解する事が肝要だからなのです。

  今日は前置詞がどの様にギリシャ語に使われているかと言う事の合成語となっている言葉のご紹介でした。

ほぼ完治




ほぼ完治 

皆様にご心配頂きましたラブちゃんの足の傷、ほぼ完治しました。上の写真です。

 ここまで来るのは大変でしたが、苦労した甲斐が有りました。

 もう傷は殆ど乾き、爪も生えだしています。 まあ後は爪がどれぐらい元に戻るかと言う問題ですが、指や足を切断する心配は無くなりました。

  しかし、ここで気を緩めず後一息...とはいっても完全に爪が元に戻るにはまだ一月どころか2~3ヶ月はかかりそうです。
  
  それから、ラブちゃんが縁側で見張りをしていた柿の実は、先週の木曜ごろに大量のカラスがやって来てあっと言う間に食べて行ってしまいました。下の写真です。

  かわいそうに小鳥たちはなすすべもなく遠くへ逃げ去ってしまいました。残念ながらその日は曇りで、ラブちゃんはリビンングのストーブの前にいて高いびきで寝ていました。

  まだ後、私が執務する部屋の窓の直ぐ外にピラカンサの赤い実がたわわに残っています。(一番下の写真) しかし、これもヒヨドリやカラスに狙われていて、小鳥たちの貴重な餌場は風前の灯火と言う次第です。

  以上ラブちゃんの近況報告でした。

能登半島地震に思う

能登半島地震に思う

  今朝午前4時33分ごろ、能登半島で震度5弱の地震があったという。我が家の新聞記事や報道では触れられていなかったが、また北陸電力の志賀原発の近隣での地震だ。昨年3月に引き続いて1年を経ずして2度も原発サイトが地震に見舞われるのはまさしく異常だ。

 しかも、昨夏の7月16日には世界最大の柏崎刈羽原発が震度6と言う激震の直撃を被ったばかりである。一年以内の短期間に一国の原発サイトの立地の直近を震源として3度も地震が発生するのは恐ろしい限りである。

  しかも、経済に影響するとか、人心動揺をきたす、挙げ句の果ては地球温暖化対策に向けた日本の環境政策に悪影響を与える、等と言うふざけた原発擁護論に配慮して、本当に大切な日本国民のかけがえのない先祖伝来の領土と、国民の生命財産が一歩間違うと重大な危機に直面している現実を直視させないNHKを筆頭とする全ての報道のあり方にはほとほと失望する。

 今回、確かに北陸電力志賀原発は昨年の震災による罹災で稼働しておらず、お粗末にも点検中であったと言う。

又、実際に原発立地から震源までは30㎞あまりの距離があり震度は3程度であったと言う。しかし、定格熱出力600万キロワット近い大原発サイトがどんな理由が有れ、同年度に2度の地震動にさらされる事の意味する恐怖は軽視出来得ないのでは無いだろうか。

日本に存在する全ての原発サイトがよりによって、全て地震観測強化地域と地震頻発地域に立地している。昔から地震が起きると分かっている過疎地に補助金をばら蒔いて人心を懐柔し危険性にめくらましをして原発が建設されている。こんな無謀な国策をこの世代が看過しては将来に禍根を残すのは自明だ。私達は、この現実が意味することを、声を大きくして叫ぶ必要が有るのではないだろうか。

参考 http://www.stop-hamaoka.com/kaisetsu-1.html
参照 http://www.ny.airnet.ne.jp/bible/bousai/ (10年前の私のサイト)

  マスコミも、経済人も、また日本国民丈ではなく、人類の全体が、もし万が一、一つでも日本の100万キロワット級の超巨大商業原発サイトが地震で制御不能になったなら、「チエルノブイリの数百倍の放射性廃棄物が地球環境に放出される可能性が高いと言う現実」をしっかりと認識したい物だ。

第2ペテロ 1章20節

第2ペテロ 1章20節 

リクエストを有り難うございました。直訳は以下です。 

ギリシャ語原典直訳

20 節・この事を 第一を 知っているらは、それは 全ては 預言は 書物の 自分の(らを)上解放(解明or 解釈)の 無い 彼が存在し続けている。

 ★これを、意味を変えずに日本語にしてみます。

20節訳・ この事を第一に知っています。全ての書物の預言(聖書)は、自分の解明では決してありません。

  コメント

  ★と言う事で、この聖書箇所のギリシャ語原文(=使徒ペテロ)が言っているのは、

「預言者たちは自分が経験した事や神様が言われた言葉の啓示そのままに記された物が聖書です。預言者(含む使徒)達は、神様の啓示を自分で(=預言者が)解明(釈)して記したのでは無い。」

  ★という意味なのです。そうなんです。預言者達は神様から言われた事を自分では理解できなくとも、その理解できない神様の言葉に「一切の解釈や手を加えない」でそのまま「神の啓示として記した物が聖書」だと言っているのです。

  この聖書箇所に関しては教文館と言う出版社から出ている織田 昭氏の新約聖書キリシャ語小辞典の επιλυσιs(解明or解釈)の項目(213~4ページ)に随分と紙面をさいて詳しく解説し、私達が読んでいる日本語に翻訳された聖書に疑問を呈し、翻訳出版する側の問題点をギリシャ語の意味から明確に指摘されています。

  ですから、原典の聖書がこの箇所で言っているのは「解釈云々」ではありません。

  そうではなく、聖書の本質を言っているのです。それを曲解釈して個人解釈禁止問題に発展させる翻訳委員会や教職者達の間違った自己主張である権威主義的な翻訳のあり方のほうが間違っているとペテロを通して神様は私達に語っておいて下さったのです。

  この事からわかる事は本当の聖書の言っている事は翻訳とは正反対で「聖書を翻訳している翻訳委員会その物が、自らが犯している曲解釈(=公的解釈として)の正当化をしている」と言う事になります。 

  ★これは聖書原典と全く反対の主張になるのでは無いでしょうか? 

  この箇所は聖書翻訳や解釈というものの難しさを理解する為に大変重要な箇所ですね。

  本当にリクエストを有り難うございました。感謝!!!!

 この箇所に関しては以前にもう少し詳しく記しておきましたので以下もご笑覧下さいね!! 以下リンク


http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/1428512.html

前置詞の用法


前置詞の用法

  ★ギリシャ語には前置詞があり、その名の通り動詞や名詞の前に用いられます。

  ★ギリシャ語の前置詞が動詞とともに用いられるときは合成語となり動詞が意味する働きを定義(or限定)します。

  ★前置詞が名詞と共に用いられるときは名詞の格によって意味が決定されます。(注・前置詞の取る名詞の格を細かく覚えるよりアバウトな方が理解を早めます。)

  ★ギリシャ語の前置詞は以下の22種類で、語形変化はありません。★前の数字は合成語の概数です。ここにあげた22の前置詞は他の語と合成語を構成しその総数は約1万語を軽く超えます。前置詞はこれらの多数の合成語の意味を理解する重要な鍵です。(★前置詞最後が母音は、母音で始まる語と合成語を作る時は脱落します。また音便で変音する事が多いので注意して下さい。)

頻度 前置詞(読み)動詞加意 名詞格  意味
200・αμφι(アムフィ) 両側  属格  ~のあたりに
600・ανα(アナ)    上昇  対格  ~の上に
570・αντι(アンテイ) 敵対  属格  ~の代わりに
1300・απο(アポ)   分離  属格  ~から
10・ατερ(アテル)  除外  属格  ~の他に
1000・δια(デイア)  貫通  属格  ~を通して
                  対格  ~の故に
200・ειs(エイス)  進入  対格  ~の中へ
1100・εκ(ξ)(エク) 脱出  属格  ~(の中)から
800・εν(エン)    域内  与格  ~の中、
1500・επι(エピ)   上部  属格  ~の上方に
                  与格  ~の上に、て
                  対格  ~の上に、
1300・κατα(カタ)   降下  属格  ~に対して
                 対格  ~に従い
400・μετα(メタ)   変換   属格  ~と共に
     (θ)           対格  ~の後に
0・μεχρι(メクリ)   範囲   属格  ~迄(元は副詞)
20・οπισω(オピソ)  後続   属格  ~の後に(元は副詞)
800・παρα(パラ)   並列   属格  ~から
                  与格  ~の側に、~の前に
                   対格  ~の傍らに
0・περαν(ペラン)   対岸   属格  ~の向こうに 
500・περι(ペリ)    周辺   属格  ~に関して、~について
                   対格  ~の回りに
1000・προ(プロ)    前方   属格  ~の前に
800・προs(プロス)   前進  対格  ~の方に
1500・συν(スン)    共存   与格  ~と共に
300・υπερ(ヒュペル)   上位   属格  ~の為に、~に代わって
                    対格  ~の上方に
800・υπο(ヒュポ)    従属    属格  ~により
                     対格  ~の下に
   
★前置詞が表現する領域を図示すると冒頭の図のとおりです。αμφιは省略されています。

★前置詞は表や文字としてでは無く、●必ず図で示された■領域で■視覚的に覚えて下さい。★実際の文章に登場する合成語は★この領域で動詞や名詞の★意味に★方向性(位置)が★加味されます。(当時はほぼ全員文盲でした)
 
★前置詞は頻繁に用いられ多数の合成語を作ります。元となる言葉に前置詞がどんな意味(領域)を加えるかをを立体的に認識出来るように意識しておいてください。
 
次週はギリシャ語の最大の難関、「動詞の変化」を一回で概略します。今週は前置詞を覚えながら、以前学んだ「主の祈り」を前置詞に注意しながら朗読してみて下さい。http://bible.ne.jp/greek/pater.htm

獣の刻印666

ヨハネの黙示録13章16節

リクエストを有り難うございました。以下が直訳です。

16 ・ そして 彼は造りつづけている 全てら、その 小さいらを そして その 巨大らを、そして その 富んでいるらを そして その乞食らを、そして その 開放奴隷らを そして その奴隷らを、為に 彼らが引き渡した(為)彼らに 刻み印を 上に その 手 彼らの その 右の または 上に その 額 彼の、

・翻訳にしてみます。

16・そして彼(11節の獣)は小さい者や大きい者達を作り続けていた。彼らは資産家や乞食達であり、また奴隷から開放された人たちと奴隷にされた人達であった。彼ら(11節の獣に支配される14節の地上の人々)が彼が自身の右手かあるいは額に刻印を無理やり引き渡した。

コメント

 さて、問題はこの刻印ですね。666ですがこれは聖書中に3度登場します。列王記第一10章14節=歴代誌第二9章13節、そしてエズラ2章13節で(並行記事のネヘミヤ7章18節=667名)です。 

  と言う事でもし黙示録と関係があるとすると列王記と歴代誌のソロモン治世の年間金の総収入と思われます。

  これが、全ての商品のバーコードの最初と真ん中と最後に記されている細く長い3本のパイロットコードが6を意味している為666はこの数字だと解釈する人が有ります。

  そうかも分かりませんが、素直に聖書を読んでみると、どうも、右の手=仕事や地位の象徴と、額=思考のの象徴が、金 金 金と言うふうな風潮を指している様な気がします。

以前に少し書きましたので参考は以下です。http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/26437751.html

  アバのグールプのレコードアルバムに有る MONY,MONY,MONYと言う時代の風潮が、キリスト教会に入り込み其れがすっかり定着する事を言っているのだと私は考えています。

以上です。また何でもリクエストして下さいね!! 以下はアバのアルバムです。


刀根山城址


刀根山城址

 一昨日、数十年ぶりに(年がわかる)刀根山城址を訪れた。上記がその写真だ。戦国時代に織田信長が築き、伊丹の荒木村重を攻撃した城跡と言われる。今は皮肉な事に信長と争った浄土宗本願寺派の豊嶋山 常楽寺(通称 刀根山御坊)の境内になっている。

  このお寺は昔から動物霊園として知られていて、私の飼っていたチビもここに眠っている。その場所は写真の右手中程だ。 国道添の自宅の横の草むらに捨てられていた雑種の小犬の雌で、二人の兄と三人掛かりで両親を説得して飼いだしたのであった。 先に飼っていたクロネコと三毛猫と虎猫の三匹に加えて一時四匹もペットがいたのであった。

  最初に飼ったのは同じ場所に捨てられていた猫のクロで大変賢い雌猫であった。これが子を産み三毛猫以外は皆貰われて行った。そして、忘れもしない第二室戸台風の上陸した嵐の日に家の前で右前足を車に踏み潰された小さな雄の虎猫がいた。あまりにかわいそうで匿ってやったのだ。それからこれも家に居ついてしまった。

犬を飼いだして程なく三毛が突然居なくなった。当時、噂されていた三味線の皮にする猫取りにやられたらしい。

やがて、黒も死に、そして三本足の虎も死んだ。最後まで残っていたのがこのチビであった。15年程活きてくれたと記憶するが老いた冬のある日、静かに息を引き取った。そして、一緒に飼った猫たちと同じこの刀根山御坊に埋葬したのであった。

確か当時の犬の永代供養料が5千円であったと記憶する。あれからもう40年が経過し、たまたまこの前を通って覗いてみたのだ。

相変わらず、ペット達のお墓が所狭しと林立している。そして、墓守をしている猫が二匹いた。まるで昔に飼っていた猫たちに出会った様な気がして、その場を後にした。今は直ぐ近くを中国縦貫道と側道の大阪中央環状線の計10車線の道路が出来、すっかり当時の面影は消えてしまっていた。今日は懐かしい思い出の場所のご紹介でした 。

不定関係代名詞

不定関係代名詞

  ギリシャ語には結構「不定」の付く物が有ります。以前ご紹介した不定過去で過去丈ではなく現在や未来にも使われるから不定過去と言うわけでした。

 そして他にもこんな「不定」名前の関係代名詞が有ります。

  何が不定かと言う事を説明します。基本的に代名詞が使われる時には名詞が何処かにある筈です。しかし、この代名詞が使われている文脈では、有るはずの先行している名詞が無いのがこの不定関係代名詞ナノです。

 οστιs(ホスティス)がそれです。これはギリシャ語を始められたかたが大抵戸惑われる言葉です。

 まああまり深刻に考えないでください。注意点は★「ホステスが不貞関係」だと間違えないで★「ホスティスが不定関係代名詞」とただしく覚えてくださいね。

  その意味は「する所の物は誰でも」というような意味です。上品に訳すからこうなのですか実際は「こんな連中は」などい言う感覚が多いかと思います。

後注意点は不定代名詞と疑問代名詞の区別です。

           
疑問代名詞  τιs(男女),τι(中)(だれが..?) 
(ここではフオントが無いのでアクセントが書けません。)

不定代名詞  τιs(男女),τι(中)(ある..が) 

 上記は全く同じ綴りですが疑問代名詞の方には★必ず★二番目の字 ι の上に ★鋭アクセント「´」が着いています。★違いはこれだけですから注意して見分けて下さい。それ以外の所にアクセントが合ったり全く無いものは全て不定代名詞です
 疑問代名詞はその名の通り疑問文を作る時に用いられます。当然その文の最後はクエスチョンマークが付きます。ギリシャ語の原典でのクエスチョンマークは 「?」では無く 「 ; 」ですから注意しておいて下さい。

 あとややこしい物がいくつか有ります。以下のものが其れですがその度に辞書を引いて頂ければ良いかと思います。

再帰代名詞  εμαυτου(わたし自身の..) 
(主格は無)
       σεαυτου(あなた自身の..)
       εαυτου (かれ自身の.. )


不定関係代名詞(冠詞や形容詞とよく似た変化をします。) 

 οστιs、ητιs、οτι(..するところの..は誰でも。)
 τοιουτοs,-η,-το(この種類の.. ,かくの如き..)

不定関係疑問代名詞 ποιοs,-α,-ον(..という種類の..か?)  

ギリシャ語と数字

 ギリシャ語と数字

 どういう訳か数詞は興味が無くて全く覚えないでいました。しかし、聖書を読んでいると実に頻繁に登場する言葉なのですっかり覚えてしまいました。

それらは以下です。

1=ειs ヘイス 
2=δυο デュオ
3=τρειs トレイス 
4=τεσσαρεs テッサレス
5=πεντε ペンテ
6=εξヘク
7=επταヘプタ
8=οκτωオクトオ
9=εννεαエンネア 
10=δεκαデカ 
20=εικοσι エイコジ
100=εκατον ヘカトン
十の桁=○○○κοντα ○○○コンタ
百の桁=○○○ακοσιοι ○○○ アコシオイ
千の桁=○○○χλιαδεs ○○○キリアデス
万の桁=○○○μυλιαs ○○○ ムリアス

これ以外の数字はこれらを組み合わせて表現します。

たとえば50= 5×10ですから
(5=πεντε ペンテ)×(十の桁=○○○κονταコンタ)で

50=πεντηκοντα となります。 この序数詞形(形容詞と同じ変化)の
πεντηκοστοs(ペンテエコストス)の女性形主格単数がπεντηκοστη(ペンテーコステー)となり第50日目と言う意味です。元々はイスラエルの民がエジプトを出た記念日の過越の日から丁度50日目にシナイ山でモーセが十戒を授けられた律法授与記念日ですが、この日がキリストの処刑=過越の日から丁度50日目に120人(12部族の10倍)のキリストの弟子達に聖霊が臨まれた日でもあり、神様の聖霊が旧約聖書の律法の成就を目的として弟子達に授与されたことを示しています。

 この他に順序を表す良く使われる序数詞が15まで有ります。

  有名なのは一番最初を意味する πρωτοs(プロートス=第一)で次がδευτεροs(デウテロス=第二)となります。
 
  これらの中で形容詞の様な性による変化をする物も有りますし、変形も結構有ります。まあ音便なのでその都度に覚えると良いかと思います。それから分数もちゃんとそれ専用の言葉が有ります。

一部ご紹介すると 
1/3=τριοs トリオス
1/4=τεταρτοs テタルトス 
1/10=δεκατοs デカトス 

  まあこんな所です。 面白いのはギリシャ語には「0」と言う数字の言葉がありません。という事はユークリッドやピタゴラスなどと言う大数学者を輩出したギリシャ人達ですが、意外な事に「無」に関してはかなり無知であったと言う事になります。

  とはいうものの、まあ該当する言葉がないわけではありません、形容詞の κενοs=ケノス=空虚 かματαιοs=マタイオス=無益 かαθετω=アセトオ=私は廃棄する あるいは 句で το μη ον トオ メー ホン 「その無い する所のを」という言葉になってしまいます。

  「0」と言う数概念を最初に記述したのはAD7世紀のインドの数学者ブラーマグプタとされていますから、まあ仕方の無い事であったのかもしれません。

  余分ですが「罪の赦し」と訳出されている ギリシャ語の 「αφιημι =アフイエーミ は そのままにしておく」という意味であって決して「罪を無にする」「赦す」あるいは「罪を贖う」などと言う意味は全くありません。その意味で新約聖書に記されている「罪の赦し」は全てギリシャ語に対する無知の結果による誤訳です。

  正しいこの語の意味は「そのままにする」でこの語の典型的な用例は「離婚する」と言う意味で「妻を去らせる」と言う箇所に用いられています。離婚しても妻あるいは夫であった人が死んでいなくなるわけではありません。

 この「0」という数が無いと言う事は、不思議なことに、大きな数字を表すのが結構面倒なことになるのです。それは、桁あるいは位と言う概念が希薄である為なのでしょう。

  最後に参考の為に黙示録の有名な14万4千人のギリシャ語の表現方法をご紹介しておきます。
εκατον τεσσακοντα τεσσαρεs χλιαδεs

直訳は 百  40 4 千 [(100+40+ 4 )×千]となります。

ギリシャ語の話し

ギリシャ語の話し

  ギリシャ語でも聖書を読みはじめてあれこれ三十数年が過ぎました。無我夢中で取り組んだメイチエンのギリシャ語初級文法書、そして進んだ原典講読、さらに原典釈義や本文批評を終えて教会で説教をする様になりました。

  牧師に成り立ての頃は、一週間に一節ずつ取り上げてそこに登場する全単語をコンコルダンスを引いて全聖書中の用例を精査し、その一節から丈で礼拝で説教していました。こんな事を15年程続けました。 徐々にペースをあげやがて段落毎になり、そして章毎になり新約聖書の全巻の説教を終えてしまいました。

  私の人生の目標の一つは「聖書全巻からの説教完遂」ですから、最近は旧約聖書ばかりになり毎週5章程をギリシャ語の70人訳とそれに並行したヘブル語の原典を読んで説教に臨む様にしています。

  こんな風に古代の言葉を読み続けていて、最近特に感じるのは最初に学んだ「初級文法とは一体何だったのだろうか?」と言う素朴な疑問です。

  確かに私が学んだ「メイチエンのギリシャ語初級文法」は英語を話す人々が理解したギリシャ語の文法では有りますが、私達のような「日本語を話す人に取って全く無用な物では無かったのか」という思いが強くなってきているのです。

  幾度かご紹介しましたがギリシャ語には品詞という概念はありません。その点はむしろ日本語にそっくりです。また時制も英語とはかなり異なった概念でギリシャ語に時制は無いと言った方が順当でしょう。

  ギリシャ語に登場する最も一般的な過去形であるアオリスト=不定過去形はその語の通り、過去にも、現在にも、また未来の行為に対しても用いられるから不定過去形と言うわけなのです。

この点も日本語に大変良く似ているのでは無いでしょうか。「私が作る」あるいは「私が作った」という表現は、現在にも、未来にも使え、また、時には過去の行為も含みます。日本語には基本的に英語で言う「時制」などという概念はないからです。そして、これは全く同様にギリシャ語にも当てはまるのです。

そして、日本語には文型などという物はありません。そしてギリシャ語も全く同様なのです。勿論、定型句というものがありますがこれは決して文型ではありません。

以上の事からお分かりの様に、ギリシャ語には品詞も時制も文型も無いと言う事なのです。特に聖書を記す為に用いられているコイーネギリシャ語は会話専用ですから尚更です。こんな古代の会話専用の言葉であるコイネーギリシャ語を現在の英語の記述文法に当てはめて理解したり教育するのは了見違いで全くの徒労です。

  にも関わらず、多くの神学校や大学ではギリシャ語を英語圏の人々が理解し易く分析した英文法に当てはめて解説しています。ギリシャ語を英語の品詞に当てはめて分類して辞書に収録する事は間違いなのでは無いでしょうか。全く語順や文型の無いギリシャ語を構文(文型)に分類して分析研究するのが最近の流行りです。一体それに何の意味が在るのでしょうか? その上に、ギリシャ語の特質である行為の種別を表すテンスを英語の時制に無理矢理当てはめて厖大な活用変化に全勢力を費やして学習し、それでギリシャ語を理解する方法は初心者には混乱をもたらす丈で、愚かしい徒労だと言う事なのです。

そして、これは同じ会話専用であった古代のヘブル語の学習方法や学びにも同様に当てはまります。

  まあ日本語を品詞に分類し、日本語の語形や構文を分析し、そして、日本語を時制の概念で活用変化を纏めてこれを、小さな子供に小学校などで国語の時間に教えたら一体どんな日本人が育つか考えて見るとよいでしょう。

  確実に多くの子供達は日本語嫌いになり、いちいち文法を考えている真面目な子供程、日本語を全く話せなくなることでしょう。その事を思うと、現在世界で普遍的になされている英語を介したギリシャ語教育の愚かしさの程度が誰にでも認識できるのでは無いでしょうか。

だから、初めからこんな無駄な学習方法は唾棄して幼子の様に、あるがままのギリシャ語を耳から聞き、目で見て、口に出し、手で書き出して、親しむなら誰でも、無学なペテロやヨハネ達が自由に操れた簡単なギリシャ語を一番効率的に習得できると言う事なのです。

と言う事で、今日は「世界一簡単な言葉ギリシャ語が何故世界一難しい言語と誤解されているか」という構造的原因のご紹介でした。

高卒女子時給5万円と年額587万円


高卒女子時給5万円と年額587万円

  今日54万人がセンター入試を受けたと言う。 冒頭の高卒女子時給5万円と587万円と深い関わりがあるので説明したい。

  高卒女子5万円の時給は風俗営業の報酬ではありません。T大学の理三(医学部)在籍者の家庭教師の時給相場です。彼女は医学生では有りますが客観的にみれば高卒女子というわけです。

  月に4時間アルバイトをすればそれで優雅に学生生活が送れる月20万の生活費が得られるのです。熾烈な受験戦争の頂点にたった勝利者だけに許された特権なのでしょう。

  また587万円は世界の大学の頂点に立つハーバード大学のそのまた頂点に在るPHD(doctor of philosophy )のコース在籍者の初年度と第二年次の学費総額です。

  世界の諸大学の頂点に立つ最高の権威を得る為にはおそらく3~5年の在学が必要ですから生活費と合わせて2~3千万円の資金が必要なのです。

  冒頭の画像はその明細です。今日の円相場約107円の円高の状態で計算しました。

  詳細は以下リンクをご覧ください。

 http://www.gse.harvard.edu/admissions/financial_aid/

Financing Your Doctoral Education
  http://www.gse.harvard.edu/admissions/financial_aid/forms/documents/doctoralmanual.pdf 第9ページ 

   こんな数字をご紹介したのは学問的権威の意味する事を考えて見たいからなのです。

  お分かりの用に、こんな金銭感覚は日々の生活に苦しんでいる庶民の感覚では全く理解できない世界です。

  しかし、これが学問的な権威の世界の実態であり、それを得る為に必要な常識であると言う事なのです。

  このような投資が出来るか、あるいは様々なスカラシップを獲得して、この学問的権威を獲得しえた人々が世界の多くの分野における権威者の地位を獲得できうるのです。

当然能力も必要ですが、それだけではなく経済力が大きく物を言う世界なのです。そして、このような経済力や能力と言う制約を克服して学位と言う権威を得た者が当然の様に格分野の学問的権威の頂点に君臨しているのです。

この学位を授与された者の多くは卒業後それぞれが出身した、国の頂点に立つ大学に地位を与えられています。それらの学問的権威は連携し互いにスクラムを組んで部外者の異議や批判を悉くはねのける既得権益の要塞を構築しているのです。

  そして、この権威がリベラルアーツの分野の覇権を握る丈ではなく、世界のあらゆる分野、特にハーバードや英国オックスフオード大学が創建された当初の学部である神学と宗教学や聖書学を始めとするキリスト教学のあらゆる分野にも最高の権威として絶大で決定的な影響を与えているのです。

  さて、こんな事を記したのには一つの疑問を提起したかったからなのです。 それは、「この様な立場の人々が、ナザレのイエスや漁師のヨハネやペテロの記した聖書を正しく解釈し理解する事が出来得るのだろうか?」という素朴で単純な疑問ナノです。

それはこの様な立場の人々が、原典のギリシャ語やヘブル語の解釈に対して絶大な権威を持って居るからなのです。

★基本的に、この様な学的権威を獲得し得た立場の人々には基本的に聖書の教えは全く理解し得ないものなのでは無いのでしょうか。★

  聖書は、旧約の多くの部分はバビロンの捕囚の地で奴隷となっていたイスラエルの人々に語られています。 また新約聖書も祖国が野蛮な軍事国家ローマに敗北し奴隷となって生活苦に苛まれている諸国民、特にギリシャ人達に向けて記されました。聖書の殆どの部分は基本的に無産階級の貧者や敗者に向かって語られているのです。

  そして皮肉な事にこの聖書が語られた人々とは全く正反対の立場の揺るぎない権威を持った人々によって記された辞書や注解書によって学問的裏付けをされ、その権威に基づいた辞書と文法解釈に準拠して英語や日本語に聖書は翻訳されています。

わたくしは、そもそもこの辺りに現行翻訳聖書の問題が潜んでいる様に思うのです。ぜひ皆様の忌憚の無いご意見をこの記事のコメントにお寄せいただけれはと思います。

時間のある方は以下リンクの長文をご笑覧ください。

http://bible.co.jp/bible/nt/goyaku.htm

代名詞の変化と用法

代名詞の変化と用法

  ★ギリシャ語にも代名詞があり、文字通り名詞等の人(私、あなた、彼)や物の代わりとして用いられます。

  ★「私」を表す1人称代名詞はεγω(エゴオー)で性による区別はありません。単数には簡略形が有ります。

  ★「あなた」を表す2人称代名詞はσυ(スウ)で性による区別はありません。

  ★「彼」を表す3人称代名詞αυτοs(アウトス)は形容詞と同じように男性、女性、中性に変化します。(注:中性主格と対格のそれぞれの単数と複数で変化形が同じです。)

■以下に人称代名詞の1人称、2人称、3人称の変化形を記します。

1人称   2人称  3人称 (彼)        
(わたし) 略  (あなた) 男性  女性  中 性
単数形  ↓  ↓     ↓    ↓    ↓    
主格εγω     συ    αυτοs  αυτη  αυτο 
属格εμου μου σου    αυτου  αυτηs αυτου
与格εμοι μοι σοι    αυτω   αυτη  αυτω
対格εμε  με  σε     αυτον  αυτην αυτο 
複数
主格ημεισ   υμειs  αυτοι  αυται  αυτα 
属格ημων    υμων  αυτων  αυτων  αυτων 
与格ημιν    υμιν  αυτοιs αυταιs αυτοιs
対格ημαs   υμαs   αυτουs αυταs  αυτα 

 ★ギリシャ語の代名詞は、前に用いられた名詞の代わりに使われ、

その先行語と■性と数が一致■します。(★格は一致する必要はありません。)

例οι αγαθοι  λεγομεν .αυτοι λαμβανομεν...

 ★ギリシャ語は動詞その物にに人称変化ががあるため、主語に人称代名詞は不要です。

 しかし、もし 動詞で表されている主語に該当する人称代名詞の主格が文中に存在する時には一般に動詞の主語の人称を強調する場合のみに用います。

 ★特に3人称代名詞αυτοsは顕著で1人称や2人称の代名詞に付随して用いられたり、動詞の表されていない主語と連携して主語を強調します。

 ●この3人称代名詞の αυτοs が自動と言う英語オートの語源で彼自身で作用する事を意味します。

εγω λεγω αγαθον λογον. 私自身が良い言葉を言う。

αυτοs συ κακοs  あなた自身が悪い。

αυτοι λεγομεν καλον λογον. 

我ら自身が良い言葉を話す。8)特にαυτοsが述語的用法(冠詞の付いた名詞に冠詞のないαυτοs)に用いられると「名詞→・・自身」となり。属性的位置(冠詞の有るαυτοsと冠詞の無い名詞)で「同じ・・←名詞」となります。

 ★αυτοsの述語的用法の例 

 αυτοs ο αγαθοs (良い人自身)         

 ★αυτοs属性的用法の例 

  ο αυτοs αγαθοs (同じ良い人が)         

 ★ギリシャ語にはこの他に7種類の代名詞があります。(◎は良く使われます。)  

指示代名詞 ◎ουτοs(この..)

      εκεινοs(あの..)

関係代名詞 ◎οs,η,ο(..するところの..) 
  男性  女性  中性 
単数
主格οs   η    ο   
属格ου   ηs   ου  
与格ω    η    ω 
対格ον   ην    ο 
複数
主格οι   αι   α   
属格ων   ων   ων 
与格οιs  αιs  οιs 
対格ουs  αs   α  

疑問代名詞  τιs(男女),τι(中)(だれが..?) 

再帰代名詞  εμαυτου(わたし自身の..) 
(主格は無)
       σεαυτου(あなた自身の..)
       εαυτου (かれ自身の.. )

不定代名詞  τιs(男女),τι(中)(ある..が)    

不定関係代名詞
 οστιs、ητιs、οτι(..するところの..は誰でも。)
 τοιουτοs,-η,-το(この種類の.. ,かくの如き..)

不定関係疑問代名詞 ποιοs,-α,-ον(..という種類の..か?)  

★それぞれが形容詞と同様に変化しますが、一部を除いて稀にしか用いられません。その度に辞書を引いてください。(形容詞と同様に原形を見いだします。)

★今週の所は、理解できましたか。基本は単純です、馴れてください。次回は前置詞を学びます。前置詞はそのあとに来る名詞や代名詞の格変化によって意味が決まります。 

練習問題 

★以前にご紹介した、主の祈りを出て来る代名詞に気をつけてゆっくりと朗読してみましょう。

冠詞の用法

冠詞の用法 

 さて今日で冠詞の学は終わりになります。こんな簡単な事に一週間も時間をかけたのはそれだけ出て来る回数が多いのでこれに時間を費やした次第です。明日からは一週間かけて沢山の代名詞を学びますが、実は冠詞は明日ご紹介する代名詞の中で「これ」を表す指示代名詞が変遷した物なのです。
  
  だから冠詞の意味は「その」と言う訳です。

 所で様々な文法書を見ると冠詞の大切な働きとして「属性的用法」と「述語的用法」と言う用語が頻繁に登場します。

 その理解の為に簡単にその違いを説明しておきます。

 まず、基本的な事ですがこの用法には、今まで学んだ中では形容詞と名詞との関わりを規定するものナノです。 
 
 そしてこの関わりは、最後の課で学ぶ同士の分詞形や不定詞形とも全く同じ関わりかたをしますのでしっかり覚えて置いて下さい。

 注: 動詞の分詞形や不定詞形と言うと何となく難解に感じますがまあ動詞を名詞にして格変化させるのが分詞で、不定詞形と言うのは動詞を事柄にした様な用法です。

 さて、前置きはこれぐらいにして早速、先ず「述語的用法」について説明します。

 これは名詞と一緒に形容詞が使われている時「名詞」が「形容詞の意味」と同等である事を示す使い方です。なんか難しい言い方ですが具体例を見ると簡単です。

  οι αγαθοι ανθρωποι その良い 人間らは  属性的用法 

  形容詞に冠詞がつくので主体が形容詞 (形容詞の意味を強調)

  αγαθοs ο λογοs  言葉は  良い  述語的用法 

 名詞に冠詞がつくので主体が名詞 (名詞の意味を強調)

  と言う事なのです。 まあ これも詳しく説明すると余計にややこしくなるので今日は簡単にこの冠詞の二つの用法をご紹介して置きます。

  明日からはいよいよ代名詞、そしてその次の週が大切な前置詞、そうしてその次の週は、ギリシャ語の最大のネックとなる動詞をそれぞれたったの一回で学びます。

地震後の思い出

地震後の思い出 

 後10分程で地震から丁度13年になります。今日は罹災後に住んでいた駅前再開発団地で自主防災会を立てあげた時の記録をご紹介します。以下は http://www.ny.airnet.ne.jp/bible/bousai/shoukai.htm からの転載です。

○○団地防災会 名誉会長 ○○○○

1995年1月17日午前5時46分忘れもしない兵庫県南部地震が発生しました。数秒の初期微動の後激しい上下東西動、グシャングシャングシャンと言う規則的な轟音の中、340世帯の○○団地住民はなすすべもなく地震に翻弄されたのです。

その間、10秒であったのか20秒で合ったのか全く時間の感覚が消えてしまっていました。その瞬間すべてのライフラインは途絶し、漆黒の静寂の中に私たちは取り残されたのです。私の自宅はすべての家具が転倒防止の金具で固定され、懐中電灯とトランジスタラジオが用意されていました。

東京、静岡と転任した関係で地震に対する備えは一応してありました。しかし、懐中電灯で照らされた室内は家具が散乱し、家族の安全が奇跡的であった事を思わされました。前職がNTTであったために災害時の通信の輻輳は専門でしたので速やかに親戚に通報し一番遠方の親戚に他の親戚への連絡を依頼しました。それ以後1月ほどはほとんど連絡も出来ませんでしたが心配はしなかったようです。

団地被害は建物こそ軽微な被害でしたが、ほとんどの住民がなんらかの怪我をしていました。家具の転倒を始め、破損した什器備品を踏んだ人や、倒壊した電気温水器の熱湯で火傷した人等、すべての人が甚大な物的人的被害を被っていました。

それも、そのはず、地域の加速度は422ガル、一番下とはいえ震度7の激震地であったのです。水道ガス電気は途絶し電話は使用不能、夜明けと共に周辺の被害が目に入りました。JR 福知山線の線路を隔てた隣地では数十軒の家屋が只の材木になって散乱していました。見ると被害は帯状に団地を通過して東西に細く伸びていました。

そうです、ここは日本でも有数の活断層有馬高槻構造線の直上に位置していたのです。団地の中央を東西に貫いた構造線は分岐し南は、伊丹、西宮を経て甲陽断層に直結し、西に伸びる本線はそのまま宝塚まで伸びそこで分岐し南が、諏訪谷断層を経て震源の野島断層につながっていたのです。

「これでばまたいつか地震に遭遇するかもしれない。」これが地震列島に住む私たちの宿命でありそれを意識しないで生きる事は、安易であっても賢明ではない。これがその時の地域住民の選択でした。

たまたま、その年自治会の会長に選出された事がきっかけで、前自治会長の△△氏と団地の管理組合理事長の□□氏、さらに自主管理組合の○△理事長と話し合って、自治会の総会で決議し自主防災会を設立する運びとなったのです。

あれから早3年、「災害は忘れた頃にやってくる」という諺のように日々に災害の怖さが忘れられているように思われてなりません。

ここに、災害に関する広報活動としてこの情報を公開し、広く災害から尊い人命と資産と生活が守られる事を祈念しこのホームページを公開いたします。

 
防災会の旧サイトはこちらです。
http://www.ny.airnet.ne.jp/bible/bousai/kentaikai/kentaikai.htm

柿の番





柿の番 

今日は朝から一日よい天気に恵まれました。先日ご紹介したラブの柿の実の見張りの写真をご紹介します。 

★最初の写真はラブの位置から見える柿の木と実の状況です。

★次の写真はメジロがつがいで柿の実をついばんでいる所です。他にも名前を知らない小鳥たちが順繰り、入れ代わり立ち代わり冬枯れの平井山で唯一残されている柿の実を食べに訪れてくれます。

 はたから見ているとのどかな田園風景なのかも知れませんが、小鳥たちには厳しい生き残りをかけた熾烈な生存競争の戦場ナノです。

 少し大きなヒヨ鳥や、さらに大きいカラスもこの柿を狙って飛来します。その時がラブちゃんの出番です。立派な体格に相応しいドスの聞いた一吠えで撃退してくれます。

 晴れの日はこの縁側がラブちゃんの指定席ですが曇りの日はラブちゃんは台所のファンヒーターの特等席に移動します。するとカラスが柿を狙って十数羽飛来します。その時の為にカラスやヒヨ鳥が枝に泊まると枝の先に小さなカウベルが付けてあります。枝が揺れるとカウベルがカランカランと音を出してカラスとヒヨドリを追い払ってくれるようにしてあります。

  ★3番目の写真がそれです。★最後の写真ははヒナタボッコで退屈しているラブちゃんの写真です。

お手柄はラブちゃん





  一番のお手柄はラブちゃんです。そして決めたのはレビンちゃんでした。

 皆様にご心配頂きましたレビンちゃん、2008年1月12日無事新しい家族に引き取られました。

★様々に有り難うございました。

  ★レビンちゃんが引き取られたのは我が家のラブちゃんが何時も散歩で出会う仲好しの★カブちゃんのお友達の★ロビンちゃんのお家でした。

  ■レビンちゃんの名が■ロビンちゃんとそっくりであった事が引き取られたきっかけでした。

 ご心配頂いた方々に最初からの一連の経過を簡単にご紹介します。

  ★事の発端 

 事の発端は我が家のラブちゃんの怪我でした。何時もお世話になっている犬の訓練センターがラブちゃんの傷の保護用に災害救助犬の訓練用の靴を貸して下さり、それをお返しする為に訓練センターを12月の16日にお訪れたのです。
  
  ★その帰り際に、レビンちゃんの身の上の相談を受け里親探しを依頼されました。その場でレビンちゃんの写真も撮影しました。

   ★帰宅して、早速ブロクにレビンちゃんの記事と写真を掲載しました。しかし、直前によく似た境遇の犬の里親募集をかたった偽ブログがあった事を聞いていましたので細心の注意を払って最初の記事を投稿しました。

  ●注意した点は以下の通りです。

  ★実名公表

  最初の記事で一番心を使ったのは「レビンちゃんの実名公表でした。」何故なら実名を公表した為、怪我をされた飼い主の方にご迷惑がかからないかと言う心配でした。

  しかし、考えてみれば分かる事ですが飼い犬の名を知る事の出来る方は当然飼い主の怪我も知る事が出来ます。だからその心配は無意味でした。

  またレビンチャンの名を仮名にする事や伏せ字にする事も考えました。しかし、レビンちゃんはもう3才。人間ではほぼ成人に近い年齢です。飼い主と同時に自分の呼び名が変わるのは犬には大変な負担です。特に大変賢くしかも訓練済みのラブラドール犬にとってはなおさらでした。

  やはり、新しい飼い主にも「レビン」と言う名で呼んで頂く事が必要でした。とすると実名の公表は不可欠でした。このレビンと言う呼び名が気に入って下さる方に飼って頂く以外にありませんでした。

  ★不適切な引き取りの防止

  さて次に心配なのが繁殖や血統書目的の詐欺的行為からレビンちゃんを守る事でした。これはその道の経験深い業界最古参の訓練センター(シラフジ犬の学校)におまかせする事にしました。

  ■その為に最初から「訓練センターで不適切と判断した場合はお断りします。」とブロクの最初に明記させて頂きました。そして先ず、私が連絡を受けるようにし、適切と思われれば訓練センターの実名と連絡先をお知らせする方法を取りました。

  ★転載や連絡網の活用。

 この一件の案内の中心は、私が長年役員をしていた国立附属のPTAや教会関係の口コミとメールでした。インターネットのブロクはあくまでもその補助にしか過ぎませんでした。

  ★その結果口コミ関係の方で、私の方に3名の方がレビンちゃんに合ってみたいという連絡が得られました。しかし、一週間たってもまだ飼い主は見つかりませんでした。最初の期限の12月27日がせまりました。

  ★この時点になってもインターネット経由のブロクの転載やメールからは一件の問い合わせもありません。

 ●やはり、この件の直前に起きた偽の「犬の里親探し」が相当に影響してこのお知らせが頭から信用されていない事を実感しました。

★訓練センターの実名公表

期限が迫った今となっては、ネット上に「レビンちゃんの里親探しが決して偽りでない事」を証明する為に、訓練センターの実名公表が不可避でした。

  ■ 大変リスクが大きいと思いましたが期限の27日まであと3日となった段階で「シラフジ犬の学校」と言う実名を公表し訓練センターのホームヘージへのリンクを張り、連絡先電話番号もブロクに追加公表する事にしました。

  これは個人情報ではなくネット上のホームページに既に公表されている企業情報ですから公表には全く問題はありません。しかし、様々な無理解や誤解に加えて悪意による中傷や無言電話などの殺到のリスク在を懸念しましたが、期限が迫る中やむを得ない決断でした。

★期限の延期

その結果、漸くネット経由で数名の問い合わせ在り、訓練センターは1月7日に期限を延期してくださいました。そしてお正月となったのです。

★レビンちゃんの記事の削除

1月3日の夜10時に突然の訓練センターからの依頼でレビンチャンの記事を削除する事になりました。詳細は記しませんが懸念した無理解や誤解や中傷の電話連絡がお正月の三が日にも関わらず殺到したからでした。

また、かなり遠方からの里親の申し出が在りましたが訓練センターの判断で状況の確認できない方であったのでお断りされさせて頂きました。

 ★7日になりラブちゃんのお友達のカブちゃんのお友達のロビンちゃんのお宅で「レビン」という●名に心動かされて●レビンちゃんをぜひ引き取りたい旨の申し出が在りました。

  ■さっそく、翌8日に訓練センターでそのご家族とレビンちゃんとのお見合いがなされました。

■最終的に決断したのは★レビンちゃん自身★

★ 訓練センターでは基本的に大型犬の多頭飼いは好ましくないと言うお気持ちでした。しかし、ロビンちゃんのご家族が帰宅されようとする時に■レビンちゃんが同行したいと言う素振りをはっきりと見せた■のです。

  今までそんな素振りは一度も見せなかったのを流石は訓練センター、ちゃんと見ておられたのです。

■そのレビンちゃんの素振りが訓練センターの決断を促し、元の飼い主様にお知らせし快諾して下さり、1月12日(土曜日)にめでたくレビンちゃんはロビンちゃんのお家に引きとられる事になりました。

  ★写真の説明

最初の写真はお手柄のラブちゃん、続く写真は新しいお家に着いたレビンちゃんとロビンちゃんとのスナップです。

★以上でレビンちゃんの件はめだでたしめでたしと言うハッピーエンドとなりました。

★皆様本当に様々にご協力とお祈りを有り難うございました。

冠詞の例題の回答例

冠詞の例題の回答例

 冠詞は大変簡単な変化で今までの名詞や形容詞格変化の語尾を抜き出した様な物で大変覚え易いかと思います。しかししっかり覚えて置いて下さい。上についているアクセントが実際の冠詞の判別に決定的な助けとなります。これを簡単と侮ると後で手ひどい混乱や間違いを被る事になります。

 そしてこの冠詞をしっかり覚えておくと実際にギリシャ語の原典を読む時に大変重宝するのです。 

 その理由を知って頂く為に金曜日に例題を出しておきました。

★以下に出題した問題とその回答例を記します。


■次の文の冠詞が付けれるところを見つけ、実際に冠詞を付けてみましょう。

αγαθοι    ανθρωποι     λεγουσιν 

καλα     τεκνα      γινωσκουσιν

■回答例 

οι αγαθοι  οι ανθρωποι    λεγουσιν 
冠詞 形容詞 冠詞 男性名詞     動詞 
男性主格複数  男性主格複数    3人称複数現在形 
その 善らは  その  男らは   彼らが話し続けている 

τα καλα   τα  τεκνα     γινωσκουσιν
冠詞 形容詞 冠詞  中性名詞    動詞
中性主格(or対格)複数 中性主格(or対格)複数 3人称複数現在形
その 良いらはその   実子らは   彼らが知り続けている 

 ★回答例を見ていただけれは一目瞭然。冠詞の変化は名詞の語尾と同じと言う事なのです。

 ■「こんな事なら簡単で覚えなくて良い」と思わないで下さい。何故なら実際にギリシャ語の文章に登場する名詞は殆どの場合規則変化をしない物なのです。 不規則変化をする名詞が殆どですから名詞の形ではその名詞の各変化や単数複数の判断は中々大変な事なのです。

 ★そんな時に、大抵の名詞には冠詞の在る場合が過半数ナノです。その付いている冠詞をみてその名詞が主格か、対格なのかと言う各変化を判断する大切な情報を得る事が出来るのです。

 ★と言う事で今日はくどい様ですが「たかが冠詞」と侮らずしっかりこれを覚えて頂く事の重要さのご紹介でした。

速報!!


おめでとうレビンちゃん!!

 今日(2008年1月12日)、レビンちゃんが

  新しいお家に引き取られます。

皆様、様々にご協力とお祈りを有り難うございました。

  詳細は追ってこのブロクにてご報告致します。

よかった!!
  
 

経過報告



経過報告

 我が家のラブ姫の怪我の経過は順調です。

今日は今年初めてかかりつけの獣医さんで見て貰いました。所見は「大変順調で後一月程で完治するだろう」と言われました。

 皆様には大変ご心配をかけましたがやっとここまでこぎ着けました。 今までの一月の長かった事。お正月も返上で看病した甲斐が在りました。

  最初の写真は昨日のラブです。晴れた日は何時も縁側でこんなふうにシクラメンさんと一緒に日向ボッコをしています。

  面白いのは、ラブちゃんの目の前はお隣の広い栗畑になっています。ラブのいる所は丁度柿の木の正面で此の柿の木だけまだ沢山実が残っています。やっぱり小鳥たちも大きな犬が目の前にいると安心して食べられないから後回しにしている様です。

  そして2月になって他に餌が無くなると仕方なく様々な野鳥たちが唯一残されている美味しい御馳走欲しさに、朝から番まで柿を食べに小鳥達が来てくれます。カラスも時々やって来ますがラブちゃんが流石に吠えて追い払うので柿は小鳥たち丈が食べると言う訳です。

  下の写真は左端は12月初めのラブちゃんの傷の状態で中程はクリスマスの頃ですそして一番右端が今の状態です。随分と傷が小さくなり毛も生えて来ています。 

  あと一息で元通りりなると思うと本当に元気が出てきて励みになります。

  以上、ラブちゃんの怪我の経過報告でした。   

冠詞とその変化と用法

冠詞とその変化と用法

★ギリシャ語は日本語と違って定冠詞と呼ばれる前接辞があり大抵はその言葉の直前に位置(前接)します。

(ギリシャ語には英語のような不定冠詞はなく定冠詞がなければ不定冠詞と認識します)

★定冠詞は形容詞と同様で前接する名詞や形容詞、分詞などと性、数、格が一致します。

定冠詞は前接する「言葉と同じ 性、数、格」に変化し、呼格はありません。

    男性     女性       中性  
単数  ↓      ↓       ↓  
主格 ο  (ホ)    η (ヘ)      το (ト)
属格 του (ツウ)   τηs (テース )  του (ツウ)
与格 τω  (トオー)  τη  (テー)   τω (トオー)
対格 τον (トン)   την (テーン )   το  (ト)
複数
主格 οι (ホイ)    αι (アイ)    τα (ター)
属格 των (トオーン )  των (トーン)  των (トーン)
与格 τοιs(トイス )  ταιs(タイス)   τοιs(トイス)
対格 τουs(トウース )  ταs (タス)  τα (ター)

注:これらの変化を縦に覚えるか横に覚えるかを迷われる方が在るかと思いますが、縦に覚えた方がよいかと思います。勿論何方でもかまいません。
 ★ホー、ヘー、ホイ、ハイ(主格の単複の男女形)は硬気息符が上に付いていますが、適切なフオントが無いので残念ですか表せません。

★他に関係代名詞などそっくりの言葉が在りますが上につ付いている気息符やアクセントで区別します。最初は良く間違えるのでアナリテイカルを見られる時にはよく気をつけて下さい。

■冠詞は単独で用いられることもよくありますが、一般的に名詞、形容詞、分詞に前接して用いられ「その....」という程度の意味ですが以下にその用例を示します。

I・名詞やと共に用いられ、名詞を特定します。

η αληθεια その真理が

II・形容詞と共に用いられ、形容詞を名詞的に用います。
(形容詞は、冠詞無しでも名詞として用いられる・特に男性複数名詞に多い)

οι αγαθοι =善人らは & (αγαθοι =善人らは)

οι κακοι  =悪人らは & (κακοι  =悪人らは)

III・名詞に冠詞がつかないときは形容詞は冠詞の有無に係わらず修飾を意味します。 
 (形容詞の属性的用法)☆ギリシャ語の語順は常に強調したいことが前に来ます。

ανθρωποs ο αγαθοs  =善い人

ο αγαθοs ανθρωποs  =善い人

(名詞と形容詞の両方に冠詞のある時も修飾を意味する。) 

ο ανθρωποs ο αγαθοs=善い人

ο αγαθοs ο ανθρωποs=善い人

冠詞と形容詞のその他の用法。

IV・冠詞のついた名詞の前か後ろに冠詞の無い形容詞がくると名詞=形容詞

の意味になります。(形容詞の述語的用法)

例 ο ανθρωποs αγαθοs =その人は善い

   αγαθοs ο ανθρωποs =その人は善い 

(尚、名詞形容詞両者に冠詞のないときは何方にも訳すことが出来る。

ανθρωποs αγαθοs =その人は善い & 善い人  

αγαθοs ανθρωποs =その人は善い & 善い人 

冠詞単独で用いられ、その前後にある名詞で性数の一致した物をあらわします。

■次の文の冠詞が付けれるところを見つけ、実際に冠詞を付けてみましょう。

αγαθοι    ανθρωποι     λεγουσιν 

καλα     τεκνα      γινωσκουσιν

・ギリシャ語の冠詞は煩わしく思えますが実際にギリシャ語を読むときには大きな助けとなります。ギリシャ語には沢山の不規則変化が有りますがその語に付いている冠詞で性、数、格を判断することが出来るからです。冠詞の用法を複雑に感じても実際の文章を読むときにはおのずから意味が分かります。只、どれが冠詞かが分かるようにしておいてください。

ヨハネの福音書1章3節解説


ヨハネの福音書1章3節

詳しく画像にして記してみました。クリックすると拡大図に移動すると思います。質問をまって解説します。

形容詞の用法

形容詞の用法

 今日は形容詞の変化を覚えていただく最後の日です。名詞と全く同じですからきっともうすっかり慣れていただいた事でしょう。

 ところで実際に形容詞がギリシャ語の文中で使われる時にきっと皆様は名詞の変化と同じなのでどれが形容詞でどれが名詞なのか分かりにくいというややこしい現実に直面されるでしょう。

  そんなとき、心配は無用です。形容詞も名詞も全く同じ語形変化をすると言う事は、どちらも全く同じと見なしていただくと良いのです。

  形容詞が主格でいきなり登場していればそれは形容詞の名詞的用法というわけです。特に明日から一週間掛けて学ぶ冠詞とくっついた時には特にその傾向が顕著です。

  注意点ですが形容詞が名詞と修飾関係にある時には必ず性と数が一致します。(格は合う必要はありません) 

  分かりにくいので以下に例を上げてみます。

 例えば αγθοs ανθρωποs と書いてあると 「 良い人間 」となります。 

  それからギリシャ語には基本的に語順による意味の制約はありませんのでανθρωποs αγθοs も同じ意味になります。

  勿論この場合は前に来た方が強調されていますので 人間は 良いと言う風なニュアンスを持ちます。これは形容詞の述語的用法と言って動詞(存在する=ギリシャ語のbe 動詞にあたるειμι)が省略されていると見なすそうです。 もちろんαγθοs ανθρωποs も文脈によって同じ述語的用法と取る事も在ります。 注意して下さい。

  要するにコイネーギリシャ語は会話なのではっきりした文法ではなく、前後関係で意味の通じる様に判断すると言うのが結論です。

 まあ実際に名詞や形容詞の変化形をテニオハに置き換えて並べてみると修飾関係とか属性的用法などと難しい事は全く知らなくとも、間違えてしまうような事はありません。

  一点、気を付けていただきたいのは文の初めにいきなり属格の名詞、形容詞が連続したり、また対格の名詞形容詞が連続してどこにも動詞の主語らしき言葉が無いときには、いずれも独立属格、あるいは独立対格の用法といってその語で始まる文の主語と成る場合があります。


  以上が大変大雑把ですが形容詞の使い方で注意する事です。

主の祈りのギリシャ語朗読

主の祈りのギリシャ語朗読




★イエスキリストが弟子たちに教えられたお祈り(主の祈り)★。

 (新約聖書マタイの福音書6章9節~14節) 

 Πατερ ημων ο εν τοιs ουρανιs.  αγιασθητω το ονομα σου, ελθετω η βασιλεια σου. γενηθητω το θελημα σου. ωs εν ουρανω και επι γηs. Τον αρτον ημων τον επιουσιον δοs ημιν σημερον και αφεs ημειs τα οφειληματα ημων, ωs  και ημειs αφηκαμεν τοιs οφειλεταιs ημων και μη εισενεγκηs ημαs ειs πειρασμον αλλα ρυσαι ημαs απο του πονηρου. ( οτι σου εστιν η βασυλεια και η δυναμιs και η δοξα ειs τουs αιωναs αμην)

・直訳:とうさん、その 中で 不可視。彼が聖されろ その 名 あなたの、彼が来させられろ その 王国 あなたの。彼が起きさせられろ その 意志 あなたの。 様に 中で その不可視 そして 上に 地。そのパンを 私たちの その 上に存在するを あなたが与えろ 私たちに 今日 そして あなたが放置しろ 私たちに その 借金を 私たちの 様に そして 私たちが放置した その 借金しているらに 私たちの そして 無いあなたが運び込んだ(為) 私たちを 中へ 試験 反対に あなたが開放しろ 私たちを  から その 邪悪。(それは あなたは 存在し続けている その 王国 そして その 内在力 そして 栄光 中へ その 永遠 真実)

今日は、以前お約束した主の祈りの朗読のご紹介でした。原文は見事に韻が踏まれていて大変美しく音楽の様に流れています。

全然美しくないのは朗読者に責任があります。ご容赦有れ!

3つの悪 

3つの悪 

今日は一昨日に引き続いて良いの反対の悪いをご紹介してみましょう。

▲αγαθοs(アガソス)の対語は△πονηροs(ポネーロス)とχειρων(ケイローン=より悪い) 
本質的善にに対して労苦や本質的邪悪を表します。

●καλοs(カロス)の対語は○κακοs(カコス)
表面的良いに対しては悪いあるいは醜いです。

■χρηστοs(クレーストス)□σαπλοs(サプロス)
有用に対しては腐ったあるいは役に立たないと言う意味です。

 この悪いは「良い」でご紹介した3つの様に用例が明確に分けることは困難で、かなり語彙の重複する部分が多いのですがやはり、かなり正確に使い分けられています。

 これらの語は良く対比されて使われています。例えば良い木と良い実のたとえ話を見るとこうなっています。 

マタイ7章17節です。 

直訳・この様に 全て 木は 良い 実らを 良いらを 彼が作り続けている。
その も 悪いは 木は 実らを 悪いらを 彼が作り続けている。 

最初の良い木の良いは▲αγαθοs(アガソス) 良い実の良いは●καλοs(カロス)
そして悪い木の悪いは□σαπλοs(サプロス) 悪い実の悪いは△πονηροs(ポネーロス)

と言うわけです。 

これを加味して先程のマタイ7章17節の良い木の例えを訳出するとこうなります。

ですから全ての質の良い木は 美しい実を実らせ。役に立たない木は邪悪な(or手のかかる)実を実らせます。

 柿の木を見れば分かる様に甘柿は甘い実を実らせ、渋柿は渋い実を実らせると言う訳です。

  こんな風に、原文で聖書を読むと本当に味わい深くまた、大変分かりやすい物である事のご紹介でした。

デルタ(δ、Δ)

デルタ(δ、Δ)

  今日は、形容詞を覚えて頂く週の4日目です。同じ事の繰り返しですが、この簡単な変化が目に焼きつく事がギリシャ語習得の要です。

 さて、今日はアルフアベットの第四字の デルタ (δ、Δ)の音の意味をご紹介したいと思います。

  字の形を見て頂くと直ぐ分かる用に、鋭い楔の様な形をしています。そうこの語で始まる単語には鋭さを表す物が多いのです。

  一番よく登場するのは δια(デイア)貫通を表す前置詞(第9課で詳しく学びます。)です。 

 名詞には δακτυλοs(ダクテュロス=指)で神の業等の場合で器用さの象徴です。

  δακνω(ダクノー)は歯でかみ切ると言う意味。
  
  δικαιοs(デイカイオス)は義で右にも左にも外れない狭い場所に位置する事です。

  διωκω は迫害や追求を意味します。

  δυο(デュオ)は数詞の2で分割されたものです。

  δυνω(デュノオ)は沈む事を意味します。 

  まだまだ沢山在りますが、此の語の基本的な音の意味は貫通すると言う意味を表すと言う事なのです。

3つの良い

3つの良い

 今日はギリシャ語の形容詞を覚えていただく3日目です。今までの名詞の男性、女性、中性の変化を合わせただけで何一つ新しい点はありません。そして、これに続く冠詞の変化や、代名詞の変化もほぼ同様なのです。

  簡単な変化に時間をかける理由はこの変化形の登場頻度が極端に多いと幾度も申しました。

  簡単と軽んじないでしっかりとこの変化に親しんでいただくか否かがギリシャ語上達の鍵と思います。

さて、そのようなわけで今日はまた同意語を一つご紹介する事にいたします。

ギリシャ語で「良い」と言う意味の3つの言葉(形容詞)です。

 第一はαγαθοs(アガソス)で本質的善を現します。

 第二はκαλοs(カロス)で表面的美しさを現します。

 第三はχρηστοs(クレーストス)使いやすい=有用と言う意味のよさを現します。

聖書などでよい人と訳出されていてもχρηστοsが使われていれば役に立つ人間と言うことですし、 καλοs(カロス)と言う言葉が使われていれば見かけは良い人だが内心は何を考えているのか分からないと言うことになります。 そして αγαθοs(アガソス)がつわかれていれば道徳的に善い事をするという意味です。

 これらの言葉は全て「よい人」を形容する言葉ですが本質は全く異なるのです。 例えばκαλοs(カロス)を使って人を誉めれば見かけは良いが中身が..と暗に示唆する結果となります。また χρηστοs(クレーストス)を使えばあいつは使いやすい便利なやつだと人を見下した使い方になるのです。 ギリシャ語を読み解くには大抵の言葉がこの様に異なった意味でありながら翻訳にはいずれも同じ言葉になってしまう問題が頻発してしまうのです。

  だから、どうしても原典で読まないと、聖書の言っている事は理解が困難になってしまう事が多いと言うことなので。

そして、このほとんどの言葉に存在するこの同義語の理解の有無がギリシャ語が分かるか否かの別れ道となっています。
  

第二テサロニケ1章7節

第二テサロニケ1章7節

リクエスト有り難うございました。早速直訳です。文が途切れていないで6節から8節までが長い一文なので6節から8節も訳出して見ます。  

★直訳です。

06 ・もし本当に 正しいを 側で 神 同価値のお返しをする事 その 狭くしているに あなた方を 狭いを

07 ・そして あなた方に その 狭くされているらに 上に行かせるらを(orゆるめるらを) 共に 私たち 中で その 離れ覆い その 主の イエスの から 不可視(天) 共に 使者ら 内在力在る 彼の 

08 ・中で 火 炎の、引き渡しているの 外に義(報復)そのらに 無い 知っているらに 神を そして その 無い 聞き従っているらに その福音に その主の 私たちの イエスの、

★翻訳にしてみます。

06・もし本当に神の側で正しい 復讐する事が その あなた方を苦しみを苦しめているらに

07・そして あなた方に その 苦しめているらに 上に放置するを 私達と一緒に イエスキリストの覆いが取られる中で 空から 共に 彼の強い使者ら 

08・火炎の中で、報復を引き渡しているは それらに 神を知らない そして それらに 私達の主イエスキリストの良い知らせに聞き従わないらに、

 ★なかなか難しい箇所ですね。翻訳になっていませんが、原文から分かるのはこの程度です。

 ★この箇所に関して二つの考え方が在るかと思います。

1・ここで言われている報復はキリストの未来の再臨の時に未信者に与えられる刑罰である。

2・ここで言われているのは現在のキリスト者の苦難が神様の承認のもとで起きている事を教えている。

  この考え方をどちらにするかによってどう訳出するかは大きく変わると思います。

★コメントです。

  6節の同価値のお返しはアンタアポドジン=対して離れ与えると言う言葉です。以下リンク参照

   http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/25877355.html 
この言葉は復讐ではなく、あなたがした事がそのままあなたに帰る=
聖書の等価報復原則=黄金律の誤訳の箇所も参照
  http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/5725705.html

  7節の上に放置するはギリシャ語のアナイエミで「上に放置する=そのまま行かせる」と言う意味です。 

70人訳聖書の第一サムエル12章23節で、サムエルが王を求めたイスラエル民族に対して「祈る事を止めない」で使われている言葉です。ヘブル語は「止める」と言う言葉に該当します。      

http://bible.co.jp/bible/lxx/1sa/1sa12.htm

  8節の報復はギリシャ語の「外に義する」という言葉で悪い意味では「復讐」となり良い意味では「報いを与える」となります。「正しい事を成す」と言う意味で報復や復讐とは本来的に無縁です。

 以上です。

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