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道路財源無用



道路建設財源無用

 ガソリン暫定税率復活し、1日からレギュラーガソリンが160円程度に成る様です。

 私は10年程高速道路対策の住民団体に関わりました。その経験から道路は無駄だらけ、まともに作れば1/3以下の経費で出来ると思っています。

  その最たる物は、私が以前撮影した冒頭の写真(ビッグハープ橋)が動かぬ証拠です。

  これ 兵庫県と大阪府境にかかる●400mの斜張橋です。お値段お幾らだと思いますか?

 ●400億円です。★1m★1億円の★橋ナノです。以下に無用な理由を説明します。

★この橋不要です。何故ならばこの僅か700m程手前で大阪府から兵庫県に長大な橋で猪名川をわたり、そして再び大阪府側に戻っているのです。初めから大阪府側に道路を作れば巨大な二つの橋は不要です。 

  おそらくこの橋ともう一つの橋で600億円を軽く越える税金の無駄遣いが起きています。たった1キロにも満たない用地回収費0(国有河川敷)の所です。

  ●・きっと道路建設に詳しい方はこういわれるでしょう。「これだから素人は困る、複数府県に跨がれば両府県の土木部の幹部の天下り先に成るし、交付税も潤沢になるのだよ!」確かにそれらの御利益に預かる道路の専門家には大変有益な事かもしれません。

  ★しかし、納税者=国民の立場にたつととんでもない無駄遣いであることに変わりはありません。まして天下り先云々は、税金強盗その物です。

  次の画像は当該道路建設の評価資料です。お分かりでしょうか★工事期間は★6年が16年になり、★建設経費も実質★3.5倍になり、しかも完成後の★交通量は予想の5万1千台/日→2万/日で★半分以下です。費用の無駄×利用車両の無駄=3.5×5.1/2で★当初計画の★9倍を越えるお金の無駄遣いが発生しているのです。

  ちなみに私が関わった阪神高速道路大阪池田線延伸工事は7.4キロにそこに注がれた税金が3544億円で ★1mあたりの建設費は★約5000万円となります。路線価平均20万/㎡程度で道路の幅員は側道も含めて22mです。土地代はどう見ても500万円/1mです。しかも1/3近くが河川敷などの公有地です。これだけお金を無駄につぎ込めば金銀で舗装し橋脚にダイヤモンドを散りばめた輝く高速道路が建設出来たはずです。 

  そして建築学会の著名な賞をうけた大きな400mの橋は、受賞目当ての壮大な無駄遣い以外一切の必要性はありません。

 ■他に沢山の無駄をこの工事で見かけました。まあ数え上げればきりの無い■壮大な無駄の連続の為に■私達が高い税金の負担にさいなまれているのです。

  そればかりではありません、これらの工事に群がるゼネコン各社に加えて中小建築会社や下請け、さらにその末端で働いている職人さんたちの周辺には与党の代議士、県会議員や市会議員などが群がっています。政治家達は自分の握っている議会での質問権や調査権をちらつかして実力に応じた口利きを上手にしていました。日頃はウスノロに見える議員程、影では大活躍、拍手やアンコールをしたいぐらいお見事でした。 

  これらの政治家(や?)たちの周辺では、口利き電話一本で100万、50万、10万などという謝礼=賄賂の政治献金(現なまの他に政治家の後援会費や政治パーテイ券購入など)が絡み合っていました。その現場にも沢山遭遇しました。 

  こんな裏側を知らずにこの業界に関わるとたちまち仕事が干あがってしまい倒産に追い込まれること必至です。

 と言うことで今日は道路の建設その物が税金の浪費そのものであり、天下りや代議士の口利きによる与党の存立の基盤となる収入源でしかない事のご紹介でした。 以下は参照リンクです。

http://www.ikedashi-kanko.jp/sub_page/photo_gallery_deta/sum09.html

http://www.nature-n.com/eye_ver1_cm00/htm/007-j.htm

http://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-hyouka/kekka_jigo/ikedasen.pdf#search='阪神高速池田線延伸工事';

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エンドウの花




エンドウの花

冬の間、芽を出したエンドウが寒風にさらされていました。最近急に成長し、漸く花が咲き始めました。

 よその畑はとっくに収穫出来ていると言うのに我が家は今花盛り、これから収穫です。

 夏もエヤコン無しで過ごせる我が家は世間さまよりも気温が少し低いので実りが遅いのだと思います。

  昨年の11月の末に耕して蒔いた種ですが半年かかって漸く花が咲き後一月で美味しいグリンピースの豆ご飯が食べれそうです。最初2枚の写真が今の状態で、最後は昨年の暮れに耕してエンドウ豆を蒔いた時の写真です。

  手前の方はキヌサヤで明日ぐらいから収穫が出来そうです。ご近所の農家から種を頂いた時は薄ムラサキの花が咲いていましたがいつの間にか不通のエンドウと同じ白になってしまいました。しかし、実りは間違い柔らかくて美味しキヌサヤです。

  今日は我が家のささやかな菜園に咲いた真っ白で清楚なエンドウのお花のご紹介でした。

犬に噛まれた男

犬に噛まれた男(エミール・シャンブレー篇、イソップ寓話177番)

  先日は、我が家のラブちゃんが散歩中に大きな犬に襲撃され、それをかばった私も酷く犬に噛まれてしまいました。そこで思い出したのが昔読んだイソップ寓話「犬に噛まれた男」です。

  今日はこの寓話を皆様にご紹介する事にします。★初めての方は★の意訳からお読みください。■の原典直訳はギリシャ語の素養のないかたには全く意味不明かと思います。●の翻訳は原典の言っている事を忠実にしかも分かる様に日本語にしてみました。

  最後の▲は原典をギリシャ語の語順をそのままに▲オオサカベンにしてみました。

■イソップ寓話ギリシャ語原典直訳。

 噛まれているは ある 下に 犬 彼が周囲求め続けている 探すは その 癒される事を。言ったは も ある者が この様に 様に ではないか 必要は 彼を パンに その 血を 外にこねたを その 噛んだに 犬に 投げる事、 下に打ち当たる 彼は言った 反対に もし この事 私が確かに行う 彼が確かに必要する 下に 全てら その 中で その 町 犬らの 噛まれること。
 この様に その 人間らの 邪悪は おびき寄せられるは 尚 より多く 悪する事 彼が自分の為に側で鋭くされる。

 ●翻訳 

 犬に噛まれたある男がどうしたら傷が直るかと色々尋ね探していた。するとある者がこんな事を言った。
血でこねたパンを噛んだ犬に投げ与えてやることが必要なんだ。この言葉に傷ついた男はこう言い返した。
  もしもそんな事を私がしたら、町中の全ての犬に噛まれることになるは。
  こんなふうに邪悪な人間に近づくと、ますます悪につけ入れられる。

 ★意訳

 犬に噛まれた傷が化膿し神仏に加護を求める以外に無いほど酷い状態になった。それを見たある宗教家がこういった。それは犬神様のたたりだよ。おなだめする為に傷から流れる膿と血でこねた上等のパンを焼いて、それを噛んだお犬にお供えして食べていただけは、犬神様の祟りが去ってすぐに直ります。それを聞いた男はこう言い返した。「そんなことをして見ろ、それを見ていた町中の犬に噛まれる羽目になるわ。」
 これと同様に悪い人間におとしめられて、ヤクザに落とし前を頼んだらもっと酷い目に合う物なんだよ。

 ▲オオサカベン訳 ▲犬にかまれよったオッサン▲

 噛まれよったんや で 酷く 犬にや そんで手当たり次第に頼んだんや、探しはったんや どなんしたら 直るねんや! ほんだら いわはった。あんな こうすんねんや。パンを 血で しっかりこねるんや そい で 噛みよった犬にな ぶつけたれ。 そんなアホな よう言うは。ホンマにそんなことわてがやってみいな。 えらいめにあうわ ぎょうさんのな 町中の犬に噛まれるわ。
 こんなふうに わるもんに かまってたら えらいめにあわなあかんで。

▲語順は原典のギリシャ語そのまま。単語を逐語的にオオサカベン=会話体にしてあります。お分かりの様にギリシャ語は会話体にすると翻訳不要で意味が通じます。勿論ヘブル語とギリシャ語は原典では何方も語順は全く同になっています。翻訳っていったいなんなんでしょうね?  

・どないでっしゃろ、わてはオオサカベンが一番ようでけてるとおもうねんけど。

不幸中の幸い。



不幸中の幸い。

 今日は、窓の外を見ると見知らぬ人が山の斜面に座ってこちらを伺っています。
  最初の写真の一番左です。何をしているのかと思って近づくとどうやら我が家のあたりを写生しておられる様です。その右の写真です。

  あの場所で池の鴨を観察したり、写真を撮られる方は良く見かけましたが写生をされているのは初めてです。在り来りの田舎の田園風景ナノですが、一日かけて写生をしておられました。どんな絵にされるのか気になりましたが声は掛けずに静かに様子を見ていました。

 すると庭にアゲハ蝶が飛んできました。もう直ぐ初夏ナノだと実感しました。下の写真の左側です。ラブちゃんはあの大きな犬に襲撃されていらい私に対する信頼が向上した様です。「パパはどんな時も、私をまもってくれるわ!」と言う感じで今まで以上に私の後にまとわりついてきます。

 ラブちゃんが大型犬に襲われ2カ所も噛みつかれたけれども、私が足を噛まれ、手の骨にヒビを入れてまで護ってくれた事が余程嬉しかった様です。

  もし、私が無事でラブチャンの怪我が酷かったら、ラブには嫌われ、家族から犬を見捨てて自分だけ助かったと白い目で見られ、もしかしたら2~3日はお家に入れて貰えなかったかも知れません。

  不幸中の幸いとはこの事を言うのだと思います。

ネヘミヤ記 11章から13章 直訳

ネヘミヤ記 11章から13章 直訳

今週は様々なアクシデントで予定通り直訳が進みませんでした。

  取り敢えずヘブル語の方だけ上げておきます。下半分の70人訳ギリシャ語からの訳とコメントは後日にアップさせていただきます。


ヘブル語原典 ネヘミヤ記 11章から13章 直訳

http://bible.co.jp/bible/ot/neh/neh11.htm
http://bible.co.jp/bible/ot/neh/neh12.htm
http://bible.co.jp/bible/ot/neh/neh13.htm

70人訳ギリシャ語原典 ネヘミヤ記 11章から13章 直訳
(原典はエスドラ第二書21章から23章)

http://bible.co.jp/bible/lxx/neh/neh11.htm
http://bible.co.jp/bible/lxx/neh/neh12.htm
http://bible.co.jp/bible/lxx/neh/neh13.htm

JR福知山(宝塚)線脱線事故



JR福知山(宝塚)線脱線事故

2005年4月25日(月)朝9時18分

  あの日は家内が大阪のカルチャーセンターに出かけた日でした。 長野の義妹から11時ごろに「大変な事故ね!」と言う電話が入り初めて福知山線の事故を知ったのです。家内が家を出たのが9時頃、もしかしてと心配しました。ようやく昼過ぎに事故を知った家内から「無事よ! 」と連絡が入りました。

自宅からバスでJR川西池田まで10分、快速に乗り現場まで7~8分、乗り換えに2~3分を要するので「もしかしたら」と言う状況でした。 

 聞けば、家内がバスで川西についた時 「駅の案内でJRが不通になっている」と言う事で阪急宝塚線で大阪に行って昼になって事故を聞き連絡してきた様です。

ご近所でも大学生のお嬢様が事故で亡くなられるなど3名の犠牲者が出ました。我が家の隣の田圃はクラスの生徒たちが大勢事故に巻き込まれてしまったそのクラス担任の先生の家の田圃だったのです。 本当に身近で痛ましい事故でした。

あの事故現場は列車がものすごい速度でガタガタ揺れて 通過する場所でした。何時もジエットコーススターに乗った様なスリルを味わう場所でした。こんな事故が起きなければ良いがとしばしば不安と恐怖を覚えた場所です。

事故の原因や対策が様々に議論されていますが、私は一番の原因は、線路の設計に問題があると考えています。その理由はあの場所の上り線は元々直線に近いなだらかな右カーブでした。 それを、事故の8年程前に廃止し、その土地を列車が突入したマンションに売り、きつい右カーブにして下り線と一緒にしてしまったのです。
私の目には線路の付け替えの目的は不動産処分による収益とおもえました。何故なら反対側の下り線は本線を横断する為東海道線の構造上廃止の術が無いからです。もし売却するとしたら上り線を下りに合わせてその上り線の跡地を売る以外に資産の売却益を捻出する統べはありません。しかも、卸売市場の側近で需要があり、キリンのビール工場移転跡地にも近く乗降客の多い尼崎駅前再開発に合わせてかなりの収益が見込めるからです。

   だからあの線路の敷地は売却されそして、その 売られた土地に建設されたマンショに脱線した列車が激突したと私は思っています。あのマンションの場所、そこは元々福知山線の上りの線路が通っていた場所だったのです。

その事を思う時に、「金儲けの為に安全を犠牲にした付けをJRと乗客が支払われれた。」と私は思っています。勿論、表面的には長期的輸送計画や経営戦略などの原因も有ったのでしょう。しかし、本当に問題なのは安全ではなく収益を優先したJRの経営戦略だと考えさせられる大事故でした。

  線路の付け替えに関しては私とは異なった見解ですがこの前後の線路の状況は以下のリンクにある線路の配置図を参考の為にご覧ください。

http://tanaka.sakura.ad.jp/archives/000311.html#more


  このリンク先の方の説明には私は同意しません。その理由はこのかたの論拠には一点重要な事が見逃されています。確かにおっしゃる様に現状を見る限り構造上の制約がありこれ以外の方法が無い様に思われます。それは福知山(宝塚)線がこの先で地下鉄東西線に潜っている箇所の位置なのです。

列車運行上の理由で宝塚線の登りの跨線橋を尼崎駅の手前にしなければならない様に見えます。確かに出来上がった線路の現状ではそう見えます。しかし実際に工事がなされる前の状態を知っていると見方は随分と変わるのです。

  実は福知山線が東西線の地下に潜る場所は初めは無かったのです。これも跨線橋と同時に新設されたのです。だから宝塚線の跨線橋を作らずに従来通りに東海道線の一番北側に福知山線の線路を残し、東西線の乗り入れ口を東海道線の線路の中ではなく北側に配置する事が出来たのです。おそらく経費は全く同じ、いやそれ以上に安く出来たでしょう。跨線橋が下りの単線分ですんだのですから。だから廃止された古い直進する線路を残す事は運行上何の問題も無かったのです。

これが変更された理由はやはり土地の売却益を捻出して企業の業績を上げる為にこの事故が起きたと私は思っています。


JR福知山線 脱線事故シミュレーション

http://homepage1.nifty.com/gfk/densya_dassen.htm

大型犬と格闘




  今日は昨日の犬に襲われた後遺症でこんな状態です。肉離れが酷く食事もトイレもアウトです。少し痛みが収まって見ると私の右足にも咬み傷があることが分かりました。

  大型犬と格闘するのは本当に怖いものです。

★チューリップはjedidiah様の所から怪我のお見舞いに勝ってに頂きました。そうそう頂いたファイルの拡張子が「.txt」となりますのでこれを「.jpg」に変更しないと見たり使うことができません。
★拡張子の表示方法はマイコンピューターの画面でツール→フオルダオプション→表示に進み下の方に在る「登録されている拡張子は表示しない」のチエックマークを外して「OK」をクリックする必要があります。

蛙帰る!







蛙帰る

 今日は色々な事が起きました。朝は何時もの様に始まりました。最初の写真は私の机の上に置かれている聖書です。右がヘブル語の旧約聖書、左は同じ箇所(エゼキエルの41章)が開かれている70人訳ギリシャ語旧約聖書で、これを30分程かけて読み終えてから私の一日は始まります。

  問題はこのあとのラブチャンの散歩です。突然放し飼いになっている大きな犬か飛びだしてきてラブチャンがお腹と足をかまれました。たまたま家の前を掃いておられた見知らぬ奥様が箒で撃退してくださり何とか逃れました。後で、獣医さんで見て貰うと内蔵にはダメージは無いが咬み傷があり危ない所だった様です。警察に通報する様にと言われたので被害届けを出しておきました。私もラブチャンを守る為に乗っていた自転車で大きな犬を防いだ為右上腕の酷い肉離れを起こしてしまいました。二番目の写真がその犬です。

  大型犬の放し飼いは本当に危険です。そして今日は今まで乗っていた車がいよいよ車検切れで廃車にします。かまれてびっくりしているラブちゃんをこの車でかかりつけの獣医さんに送迎して使い収めとなりました。三番目の写真です。

  後二日でガリーバさんで無料で引き取って下さることになっています。輸出されて何処かの国で第二の人生(車生?)を送ることになる様です。走行距離も9万キロでどこも何も問題ありませんのでまだまだ大活躍する事でしょう。

  そして夜になると玄関の扉に白い影がありました。もしやと思って見るとやはり青蛙さんでした。 毎年同じ蛙さんだと思うのですが5月頃から10月頃までここで生活しています。その後の2つの写真です。

  一体何年生きるのか知りませんが梅雨頃に南側の樋の雨水升の所で繁殖している様です。初夏には小さな青蛙達があたりに散らばり雨の前にケロケロ鳴いて洗濯物が雨で濡れないように教えてくれる大切な家族の一員です。

  来週あたりに北隣りの水田に水が張られると、隣の池から蛙が田圃に異動してきます。そして、賑やかな蛙のオーケストラが一晩中聞こえます。青蛙に殿様蛙や土蛙や蒲蛙とさらに巨大なミシシッピー蛙の重低音で中々の大迫力です。騒音計で測るとおそらく65デシベル位で道路騒音であれば要請限度を越えるかと思います。

  しかし、不思議なことにうるさいと思ったことは一度もありません。きっと幼いころから田舎育ちの私には聞き慣れてきた騒音?なので耳にタコが出来ている様です。家内は長野育ちで昔は実家の前も後ろも青田原でしたがこんなスゴイ蛙の大合唱は聞いた事が無いと言っていました。しかし、安眠を妨げられる事は無い様です。

  本当に自然の奏でる音楽は不思議なもので聞く者の心を和ませます。やがて蛍が飛び梅雨が明けると蝉時雨、そしていつしか秋の夜長の虫の大合唱に引き継がれていきます。 

  きっと今の時代では最高の贅沢を年中満喫していると思っています。最後は去年の5月の教会の写真です。こんな自然の中で毎日暮らしています。

ローマ1章8節~10節 オオサカベン訳

ローマ1章8節~10節 オオサカベン訳。

今日は、こないだからはじめた、ローマびとへの手紙のオオサカベンを進めましたんや。文字で見ると何にもわからへんと思うけど、もう少し進んで話し言葉にし録音した物を耳から聞いてみるとけっこう分かりまんねんで。

 以下はオオサカベン訳でんがな 。

8・始めはな そやさかい わては感謝してんねんで その 神さんに わてのな 通してな イエスさん キリストさんの ついてはな なんもかも あんたらのや、それはな 信頼や あんたらの 言われ続けてんがな 何処でも その世界中で。

9・見届けたんはな わての そうなんやで その 神さんや、その わてが雇われとんのはな 中でな 霊のな わての 中でやで 福音の 息子の 彼のや おんなじやで 何んもものこさへんで 記憶は あんたらの わては自分の為にやってんのやで 

10・いつもな 上には その祈りの わての、縛られとんのや もしどうしてももう 今までに わてが確かに良い道したいんやで 中でな 意志のな かみさんの 来る事や 方になな あんたらの 

以下は原典直訳 

08 ・第一を 一方 私は感謝し続けている その 神に 私の 通して イエス キリスト 関して 全てら あなた方ら 、それは その信頼 あなた方の 彼が広告され続けている 中で 全て その世界。
09 ・証人 そして 私の 彼があり続け居てる その 神、 所に 私が雇われ働きし続けている 中で その 霊 私の 中でその福音 その息子の 彼の、所の 絶えず 記憶を あなた方の 私は自分の為にし続けている 
10 ・何時も 上に その 祈り 私の 縛った(欲した) もし どうして 既に かって 私が確かに良い旅をさせられる 中で その 意思 その 神の 行く事 方に あなた方。

金明孟宗竹(天然記念物)





金明孟宗竹(天然記念物)

 今日は京都の娘の所から直ぐ近くの国立京都会館に行ってきました。

 最初の写真は会館の国際会議場の全景写真です。

  何でも全館借りると一日600万円位かかるそうです。素晴らしい設備が整っており、環境も抜群ですからそれだけの価値があるということなのだと思います。

 次の写真は併設されているプリンスホテルです。 

 この会館には広い庭園があり何時も美しい花が一杯咲き乱れています。今は八重桜が見頃でした。次の写真です。

  最後は会館左袖に在る天然記念物の金明孟宗竹です。緑と金のコントラストが鮮やかでなかなか見事な竹でした。 

  今日は、京都国際会館のご紹介でした。詳細は会館のホームページをご覧ください。 http://www.icckyoto.or.jp/jp/index.html

まずは自己紹介(10年前の)


 自己紹介(10年前の)

セミさんは牧師さんらしいと、しっかり知られている様です。今日から新しい書庫を作って営業活動(笑い!!)もご紹介しておきたいと思うのです。

 だいぶ変わった牧師さんとしてかなりイメージが定着してしまった様ですがまあ「お人柄!」と言うことで致し方ありません。

 今日はこれから出かけるので以前と言っても10年前に作ってネットに上げてある自己紹介をコピペして置くことにします。この書庫では私の牧師としての考え方や教会の牧会などというジャンルのお話を順次掲載させていただきます。

  以下は前世紀末に作成した年代物のホームページ   (

http://www.ny.airnet.ne.jp/bible/bible/bokushi/pastorM.htm )からの引用です。

★注意・・写真も年齢も当時のままですから今世紀になっていません。全てビンテージ物!

  ヤクザと聖職者は黒い服を好むそうです。 ある牧師に言わせると「ヤクザは夜闇に身を隠して悪事を行い、聖職者は己が姿と栄光を隠してひたすら神の栄光をあらわす。」ためだというのです。

その言葉の妥当性を問う事も必要ですが、世の中は、余り牧師と言う職業の人間が活躍することを期待していないのは事実ではないでしょうか。

善良な牧師はそのような人々の期待を、繊細に感じ取って(牧師には当然のように繊細さが要求されます。) その期待にどうりの人物に変身して、ある人はなりきって一生を本番で過ごします。

どんな世界にもはみ出し者がいるものですが、牧師の世界も例外ではありません。いや牧師の世界その物がはみ出し者の世界といえるでしょうが、そこにもまたはみ出し者はいるものです。

そんな牧師をどのように皆様に紹介したらいいのか本人は大変戸惑っております。

  名は 森脇章夫 年齢は47歳゙10年前からここ ?で牧師をしています。本人はごくあたり前の牧師のつもりでいたのですが、そのころから自分はどうも普通の牧師と違う、考え方も価値観も、当然常識と考える事も、また物事の感じ方も人と(他の牧師)と違うと言う自覚を持つようになりました。

  以前、八年間程牧師をしていた静岡県清水市では本人は自覚をしていませんでした。

  二十一才の時に米国人宣教師に導かれて信仰を告白して以来二十六年間、一日も欠かさず聖書にしたしみ、二十四才から全寮制の神学校に七年間学び、専門の聖書学びに忠実に従っいました。その後、牧師となって原典から忠実に学び、人々に説教を毎日の様にしてきました。当たり前の普通の牧師です。けれどもどういうわけか、年数と共に他の大多数のクリスチャンや牧師とすっかり価値観や思考が相違してしまったようです。

  その様な自覚の中で同業者(失礼)やクリスチャン達の集まりに行くとすぐに「この人は本当に聖書を読んでいるのかなあ?」と罪深い疑問を持つようになりました。全ての牧師がそうではありません。しかし、人を裁く罪を侵さないためには、用事を作ってそんなところへ出かけない事が神様の前に得策だといつしか思うようになっています。

  こんな事をここに書いていると、立派な牧師さんや信者さんにお叱りを受けてしまうかもわかりません。

 そんな事になる前に 話題を聖書その物に返して、ご一緒に聖書を学びながら、皆様とご一緒に人間について、神様について、そうして人生や世界、宇宙について考えたいと思います。

   このサイトは今のところ私と、川西連協や川西聖書教会、栄南防災会の友人の方々の協力で成り立っています。けれどもこれからはこれをご覧になっているあなたの参加と協力を得たいと思います。そうして、ここからご一緒に新しい時代を二十一世紀に築きたいと願っています。

  なぜなら聖書は、今の混迷した時代に対する明確な認識と、その事態を本質から再生する方策と、再構築するべき新しい世界の理念に満ちているからです。
   川西聖書教会  牧師  森 脇 章 夫

1998年 6月 19日 初版  8月 29日 第 3版

原典の語順

今週の直訳も予定通り進みました。 

以下はそのリンクです。

ヘブル語原典 ネヘミヤ記 8章から10章 直訳

http://bible.co.jp/bible/ot/neh/neh08.htm
http://bible.co.jp/bible/ot/neh/neh09.htm
http://bible.co.jp/bible/ot/neh/neh10.htm

70人訳ギリシャ語原典 ネヘミヤ記 8章から10章 直訳
(原典はエスドラ第二書18章から20章)

http://bible.co.jp/bible/lxx/neh/neh08.htm
http://bible.co.jp/bible/lxx/neh/neh09.htm
http://bible.co.jp/bible/lxx/neh/neh10.htm

今週のヘブル語も70人訳のギリシャ語もかなり高度な物がふんだんに使われていました。おそらく律法学者のエズラがその博識を留めてくれたからだと思います。

一カ所だけですがご紹介します。ネヘミヤ記の9章32節です。

★こちらはヘブル語原典からの直訳 (約220字)

・そして今 神ら私たち その 神(単数) その 巨大 その 強い そして その 恐れられているは 見守っているは その 契約 そして その 誠実 無い 彼が制限する に顔らあなた を 全ての その 落胆 所は 彼女が見つけた私たち に 王ら私たち に 司ら私たち そしてに 祭司ら私たち そしてに 預言者ら私たち そしてに 父ら私たち そしてに 全て 民あなた から手らの 王らの アッシュール 迄 その 日 そのこの

●こちらは70人訳ギリシャ語原典からの直訳です。( 約250字)

・そして 今、その 神 私たちの その 力は その 巨大は その 強大は そして その 恐るべき 見守るは その 契約を あなたの そして その 哀れみ あなたの、無い 彼が少なくされろ 面前に あなた 全て その 労苦は、する所は 彼が探し出した 私たちを そして その 王 王らを 私たちの そして その 司らを 私たちの そして その 祭司らを わたしたちの そして その預言者らを 私たちを そして その 父らを 私たちの そして 中で 全て その 民に あなたの から 日らの 王らの アッスール そして 迄 その 日ら この。

大変長い節ですが、ご注目頂きたいのは語順です。

★ ヘブル語原典と70人訳ギリシャ語原典の語順は見てお分かりの通り「全く同じ」ナノです。

★両者とも会話体で記されているためこうなっているのです。南西セム語の言語であるヘブルとインドヨーロピアン系のギリシャ語は系統の全く異なった言語です。しかし、ヘブル語原典聖書と70人訳ギリシャ語原典聖書は興味深いことに原典では両者が全く同じ語順になっているのです。

★私がオオサカベン訳で原典通りの語順にこだわっているのはまさしくこの点にあります。「ヘブル語と同じセム語族である日本語も当然旧約聖書や70人訳ギリシャ語聖書の翻訳方針=語順を絶対に入れ換えない」と言うことが聖書翻訳の鉄則であるべきだと思うからです。 勿論それはヘブル語もギリシャ語も日本語も話し言葉である場合に限定してと言う事です。

★残念なことに、英語圏では、この会話体のヘブル語やギリシャ語を文語を解釈する手段である構文解析(英語の語順に順応させる技術)を駆使して大切な会話体で記された聖書原典の語順を無頓着にバラバラにして英語の構文に置き換えて翻訳することが当たり前になっています。

★このあたりに英語圏のキリスト教会の根源的問題がある様に思われます。

そして、その英語の構文解析を無条件に受け入れている日本のギリシャ語教育や神学研究も「全く同様のとんでもない誤謬」に汚染し尽くされています。

●余分ですが、ヘブル語と70人訳ギリシャ語の語順が同一であるのはネヘミヤ記だけではありません。

★創世記からモーセ五書を始め歴史書の全てがほぼ全く語順が同じであると言うことなのです。

■そして、文法ではなく話法において語順が最も重要な意味を持っているのです。

「上がってご飯たべて。 」と「ご飯べて上がって。」文章で見ると同じ意味です。しかし、人が誰かに対して面と向かってする対話では両者はかなり違う意味を持つ様になります。関西で特に京都や大阪の地元の方の家を訪れた時にこの違いが分からないと酷い目に会います。ネイテイブな関西人の間では両者は正反対の意味を持っているのです。その事を全く考慮せずに、構文に囚われて、英語に翻訳する事だけに気を取られて、安易に原典の語順を置換することは基本的にとんでもない誤訳の連鎖を惹起するのです。

★英語圏のギリシャ語研究はこのあたりから改めないと飛んでもない赤恥を歴史に残すことに成るでしょう。いやもうすっかり間違ってしまっている様に聖書原典を見る限り私には思えるのです。

カーオークション体験(USS関西)






カーオークション体験(USS関西)

  今日はUsed car System Soluiton 関西に行って、車を一台落札してきました。行き帰りの時間を含めて所要時間は3時間程でした。

  多分普通に買えば6~70万円する中古車が約1/3のお値段で手に入りました。平成12年で2000ccのステーションワゴン、走行6万キロで日産アベニールと言う車です。

 色は薄紫色のシルバーメタリック、パナソニックのカーナビが装備され事故歴修復歴も無しで無傷な上に、ABS、エアバッグ、カーステレオ、純正アルミホイールで車検も同管内地域で1年以上ついていました。程度も大変良い(ランク4)車でした。後は車庫証明と名義変更だけです。

 じつは私は車にはお値段以外あまり興味はありません。運転歴はもう40年を越え会社や教会の車も含めると乗った車は数えきれません。大切なことは「車は経済的で安全に走ればよい」と言うことかと思います。

 最初の写真は自宅から30分程のオークション会場の外観です。一番左の車が廃車にする今乗っているワゴンです。

 その隣に見えているカラフルな建物がオークションされる車両の収納展示スペースです。以前は会場周辺に所狭しと並べられていたうえ、前日に車を確認出来たのですが、今はIDカードを持ったバイヤーがオークション会場にある小さな扉を通っていかないと見れない仕組みになっています。

オークションは毎週金曜日で朝から夕方までかけて2千台の車が競売に掛けられます。殆どの車は競り落とされますが中には書類の不備による取り消しや、落札希望価格と入札価格の折り合いがつかず「売り切り」にならない物も結構あります。

まあ誰でも自分の車は高く売りたいし、落札する時には一円でも安く落としたいのですから仕方がありません。

オークション会場では今は4レーンで4台の車が同時に競売されていきます。 手元の席にもデイスプレイがあり事前に配られている分厚い出品車リストでレーンと競りに掛けられる大体の時刻を目安にして、お目当ての目ぼしい車の順番を待ちます。

  勿論待っている間に幾つか目ぼしい車を見に行きました。車には鍵がついていてエンジンを掛けボンネットを開けたり下回りを覗いたりして細かく調べることが出来ます。見ているとやはり人気のありそうな車には多くの人が下調べした様子です。このあたりが実際の落札には最も重要な判断材料になります。

一台の車が落札されるには、遅くてもほぼ十数秒(勿論100万を越える車です) 早い車(入札者が少なく安く落ちる車)は2から3秒で落札されていきます。私の入札も5~6秒で他の入札者が落ちて(ボタンを押すのをやめる)くれました。入札はこの会場の外からインターネット経由でも入札出来る仕組みになっています。

出品者控室もあり、価格の折り合いがつかなくとも、直談判で結構商談が成立しています。

実際、IDカードを持っておられる方は朝にクラウンの大変程度の良い車を109万円まで入札しましたが結局売り手の方の希望価格と折り合いがつかずに「売り切り」の希望価格に達しなかった為、流れてしまいました。しかし、直談判に及び109万円で落札の運びとなりました。 再出品やその間の諸経費や次回の入札の具合を考えると欲を捨てて手を打った方が賢明と判断された様です。

  二番目の写真は右はオークション会場一階のエントランスホール左は落札会場の入り口です。 

 3番目の写真はオークション会場の全体です。おそらく400位の席が在るかと思います。 最後の写真は入札している場所からみたオークションの会場です。昔は、運転手が一台一台車を会場に乗り入れていた様ですが今は本当にあっと言う間にオークションが終わっていきます。

 一番最後は廃車にするワゴンと今日買って乗って帰って来た車です。 

  と言うことで今日は久しぶりに訪れたカーオークション会場のご紹介でした。 余分ですが一般の人は会場に入ることも、また入札に参加したり、直接出品する事は出来ません。もし必要でしたらIDカードを持っている方(バイヤー)をご紹介しますのでコメントにてお知らせください。

ローマ1章4節から7節 

今日は、ローマ人への手紙の昨日の続きをオオサカベンにしてみました。

 文章の様に読んだら分からんけど、話し言葉として耳から聞いたらまた違う感触や。

  まあ今日は読んでられへんからみとくだけにしといてんか!

以下、ローマ人への手紙1章4節から7節 のオオサカベン訳(これ語順はゲレシャ語と全く同じにしてマンネン。)


04・分けられたんは 息子や 神さんの 中でや 力の 下でや 霊の 聖い 出たんや 再び起き上がったんや 死人らから 、 イエス キリストは 主や わてらの 

05・通してな この事 わてらは取ったんや 恵みを そいで 使徒職を 中へ 従い聞くねん 信頼や 中ではな みんな 外人らに 越えてるで その 名前は あの人の 

06・中や そいつの あんたらがいるんや そうや あんたらや あたり籤が イエスの キリストのや 

07・だれにでも そいつらは あるんやで 中にでもや ローマ 愛されているんやで 神さんが 、あたり籤やで 聖いんや  恵みや あんたらに  それに 降参せな そしたら 来るくるで 神さんの お父はんや わてらの そして 主のや イエスの キリストのや   


以下は、上記箇所のギリシャ語原典の直訳。 

04 ・その 境界線を引かれた 息子の 神の 中で 内在力 下に 霊 聖であること 出て 甦り 死者の、 イエスの キリストの その 主の 私達の、 
05 ・通して所の 私達が取った 恵みを そして 使徒職を 中へ 聴従 信頼の 中へ 全て その 異邦人 下に その 名前 彼の、
06 ・中へ 所らに 彼らが有り続けている そして あなた方が 呼ばれたら イエスの キリストの、
07 ・全てらに その であるらに 中に ローマ 愛されているらに 神の、 呼ばれているらに 聖らに。 恵みが あなた方に そして 平和が から 神 父の 私達の そして 主の イエスの キリストの

ローマ書のさわり!

今日は使徒パウロはんのローマ人への手紙の出だしの部分をオオサカベンにしてみましたんや。どうも口調かしっくりせんわ!

 どんなもんやろか 

1、パウロやねん 奴隷やで キリストの イエスはんの、特選なんやで 使徒の 囲い分けな 中へな 福音の 神さんの。

2、それは前の約束なんや 通したのは 預言者らの あの  中に 書物ら 聖いらに 

3、ついてはな 息子の その神さんの その 子孫の出でな ダビデはんの 肉親や  


  今回も語順にこだわり、ゲレシャ語の原典のそのままにしてみたんや。順番を変えた方がええかもしれんが゛ヤッパリ変えるとパウロハンの言いたかったことがぼけてしまいよる。

  難しいもんや。難儀なこっちゃ! 

山菜



山菜

随分温かくなり、山菜が取れる季節となりました。今日は我が家で取れる山菜をご紹介します。

最初の写真は左からゼンマイ、蕨、タラ、山椒です。 

 下の写真の左は縁側からみた南側の山斜面です。ここに蕨とゼンマイが沢山生えています。赤錆びたのは鉄格子です。別に務所の中から撮影したのではありません。イノシシが飛び込んで来ない様にしてあるのです。でも時々狐や狸や兎さんは入ってきます。

その右隣が反対の北側です。この地面には蕗が生え、新芽を出しているのは山椒で、トゲトゲの灰色の棒の様な物がタラの木です。 

 蕗の薹は3月の初めに蕗味噌にして食べてしまいました。葉っぱ夏になって大きくなるとキヤラ蕗にしてご飯のおかずにします。 

 山椒の新芽は洗ってすりこぎで磨り潰し砂糖と味噌を混ぜ合わせて山椒味噌にします。おにぎりにつけて焼きおにぎりにすると香ばしく最高です。暖かいご飯に載せても良いですよ!

 ゼンマイや蕨はちょっとあく抜きをして炒めておかずにします。

  タラの芽は勿論テンプラです。もう少し小さい方が見栄えは良いのですが、味はこれぐらい大きくなった方が良い香りがして美味です。 ちょっと刺がありますがテンプラにするとすっかり柔らかくなり最高のお味です。流石は山菜の王様です。 

  今日は我が家で採れる山菜のご紹介でした。 

私の大阪弁

私の大阪弁について

 大阪(オォサカと言いマンネンやで)に生まれ育った私にとって大阪弁が標準語でおました。そやけど、25才になって東京の神学校に行き、出席した教会で子供たちに「そんなことしたらアカンデ」と言った言葉が通じなかったのが大変な衝撃でした。

 これ、「大阪弁やったんや!」と言う晴天の霹靂、「話した言葉が通じない」と言う生まれて初めての経験でした。東京に7年、長野で育った家内と結婚し、新婚時代は清水港で酷い清水弁の中で家庭は標準語でした。長女が6才の時に郷里の隣町に引っ越したのです。どういう訳か娘は1週間で完全に大阪弁にシフト、一才だった長男も普通に大阪弁で育ちました。

  周囲の環境は大阪弁の中でも標準と言われる、いわゆる北摂弁地域ですが、私が生まれ育った一族の中では喋られている言葉は全く違った大阪弁でした。

  親戚一同、と言っても母の姉と妹の家族が祖父に家を与えられ国道沿いに3軒が軒を連ねて暮らしていたのです。祖父の家も直ぐ近くで殆ど年が同じ10名の従兄弟達が毎日一緒に遊んで成長したのです。

  咽が乾いて水が飲みたくなったら、「○○○さん、ぶぶちょうだいんか!」たぶんこの大阪弁殆どの大阪育ちの方には通じないでしょう。しかもイントネーションも一般の大阪弁とはチガイます。

  そう、母方の一族は船場の古い回船問屋だったのです。 米相場に手を出し破綻し、大火事を出し家屋敷を失い、家庭争議がおきて長男であった祖父は家督を捨て天満に移り住みやがて北摂地域で4件の店を開き一族に割り振ってあきんどとしてかわった大阪弁(船場言葉)で一族は暮らしていたのです。

  その一族で話されていた大阪弁は漫才やテレビで聞くものとは随分と違った大阪弁です。祖父の娘が3人で軒を連ねて暮らしたわけですから女言葉が多く滑らかで物腰の柔らかい言葉でした。

  勿論子供達ですから喧嘩も大阪弁でする訳ですが、河内弁のような下品(失礼)な言い回しは一切しませんでした。

私の大阪弁はこの船場言葉の影響が強いと言うことなのです。そんな私が、これからすこしづつ原典から大阪弁訳に翻訳したいと思うのです。当然私の大阪弁の抑揚は必然的に自然に身についてしまった北摂訛りの船場弁と言うことに成るかと思います。

  その上に、長年大阪弁で喋ることの無い環境に身を置きましたので色々とへんな言葉や抑揚が登場するかと思いますが忌憚ない皆様のご助言やご指導を頂ければ幸いです。

  と言うことで今日は私の大阪弁の簡単なご紹介でした。 

空の鳥と野の百合を見よ!

こないだからやっている分今ユーチューブにアップ中です。実はお昼に録画した物が有ったのですがうっかりマイク端子をきっちりと差し込まなかったので無音でした。再録画してみましたのででき次第こちらにリンクを張ってみます。



ぜひ、文字を見ないで直接耳から聞いて見て下さい。今回もギリシャ語の原文と語順はう全く同じになっています。また言葉も出来るだけ解釈しないでそのままを大阪弁に翻訳してみました。ぜひ、皆様のご感想をよろしくお願いいたします。

★アップロードがどういうわけか上手く行かず、仕方なく直接ユーチューブでキャプチュアーしました。その為、機器の調整が出来ずお聞き苦しい点が多々ありますのでご容赦下さい。お見苦しい点は本人が大変反省しておりますか如何とも為す術がありません!! 笑い!!

ネヘミヤ5章~7章

ネヘミヤ5章~7章

今週も漸く予定の分の直訳が終わりました。 以下がリンクです。

ヘブル語原典 ネヘミヤ記 5章から7章 直訳

http://bible.co.jp/bible/ot/neh/neh05.htm
http://bible.co.jp/bible/ot/neh/neh06.htm
http://bible.co.jp/bible/ot/neh/neh07.htm

70人訳ギリシャ語原典 ネヘミヤ記 5章から7章 直訳
(原典はエスドラ第二書15章から17章)

http://bible.co.jp/bible/lxx/neh/neh05.htm
http://bible.co.jp/bible/lxx/neh/neh06.htm
http://bible.co.jp/bible/lxx/neh/neh07.htm

今日は7章の65節のウリムとトンミムをご紹介しましょう。 

★以下はヘブル語原典からの直訳です 

65 ・ そして彼は言った そのテルシャタ(ペルシャユダヤ総督職名) に彼ら 所は 無い 彼らが出来る から 聖の その 聖ら 迄 自立する事の その 祭司 に オウリム(光) そして トウミム(完全)

★以下は70人訳ギリシャ語原典からの直訳です。

65 ・ そして 彼は言った アセルサタ 為に 無い 彼らが食べ続けた(為) から その 聖の その 聖らの、迄 彼が上に立った(為) その 祭司 光するは。

 聖書の中に結構頻繁に登場するウリムとトンミムですがヘブル語の原典の意味はウリム=光でトンミム=完全と言う意味です。 そして70人訳はこれを 「光する」と訳出しています。

  これを扱えるのは伝統的に代祭司のみで、神の御旨を求めるおみくじの一種と考えられています。

 参考になるかどうか分かりませんがウリムのヘブル語原典の最初の言葉はアレフ そして トンミムの最初の言葉はタウです。アレフはヘブル語アルファベットの最初の文字でタウは最後の文字になります。

  大祭司の裁きのの胸当ての中にしまわれていた物で、おそらく石で作られた同じ大きさと形の一対の石で片方が光(ウリム)でもう一方が完全(トンミム)と思われます。神様の御心が何かを求める時に大祭司が値ね当てから探り当ててその神様の御心の吉凶を求めた物と思われます。 

 と言うことで今日はウリムとトンミムと言う古代イスラエルの籤のご紹介でした。

野の百合を見よ!

  こないだの続き、またオオサカベンにしてみましたんや、
えらい難儀やったわ ホンマに まあみてみてんか! こんども順番はゲレシャ語と同じや。訳語もでけるだけゲレシャ語にあわしましたんや。 どないでっしやろ?
 
 マタイの福音書6章25節から34節 大阪弁訳 

27・誰がな もお あんたらが 心配したら 出来るんか 長生きが ちょこっとでも てめえに一尺?
28・そやのに 回りに かぶせるもんを 何で ぎょうさんおもてんねん? とことん勉強せんかいな 白百合らが 原っぱの  どないして はえてきょるんか。 面倒はあらへんし 紡ぐこともしょうへん 。  
29・おれがいうで あんたらに そりゃあ ソロモンが 何でも 光らしょったが あいつの 手当たり次第に まるで 一つや こいつらの。 
30・もしも な 白百合の な 原っぱの 今日は おってもな 明日にも へっっいさんに ぶち込まれよるのんや 神さんはな こんな風に ぐるぐる巻きや、ちやうんかいな ぎょうさん あんたらを、ケチくさく頼ってんやろ。
31・あかんで そやさかい ぎょうさんおもてても 言うとるんは、なに喰おうや そおか 何飲も そうか 何 着たろか?    
32・なんでもかんでも こんなものは あの よそ者んが ほしがっとんねんや。 知っとんで そやさかい その お父ちゃんが あんたらの 見えへんけど ほんで くれよゆうてんの こんなもん なんもかも    
33・あんたら欲しがんねんやったら な なんよりも 王国や 神さんの そんでから きっちりや あの、そいで こんなんは 何もかも そなわんねんやで あんたらに。
34・やめとけや そやさかい ぎょうさんおもてんのんは 明日の事まで、そりゃな あしたは 明日が ぎょうさんおもてんねんや けっこうや その 日に その 難儀は な 。

 マタイの福音書6章25節から34節直訳 

27 ・誰が も 出て あなた方ら 心配するは 彼が内在力し続けている 方に置く事 上に  その 年齢 彼の ペーキュス(45cm)を 一?
28 ・そして 関して 纏う 何を あなた方は心配し続けている? あなた方は徹底的に学べ その 百合 その 野の どうして 彼らが生え出続けている。 無い 彼らが疲れ果て続けている  無いも 彼らが紡ぎ続けている。
29 ・私は言い続けている も あなた方に それは 無いも ソロモン 手です 全て その 栄光 彼の 彼は回りに投げ(纏)た ように 一 これらの。
30 ・もし も その 草を その 野の 今日は 在る そして 明日は 中へ 竈 投げられるを その 神は この様に 彼が回りに着せ(装い)続けている、無い 多くに いっそう あなた方を、少ない信頼らよ?
31 ・無い そういうわけだから あなた方は心配した(為) 言っているらは、何を 私達は食べた(為)? それとも 、何を 私達は飲んだ(為)? それとも、何を 私達は纏った(為)?
32 ・全てらは そして これらは その 異邦人が 彼らが上に探し続けている。彼は知って居る そして その 父 私達の その 不可視の それは 彼らが必要であり続けている これらの 全てらの。
33 ・あなた方は要求し続けろ も 第一を その 王国を そして その 義を 彼の、そして これらを 全てを彼が確かに方に置かれる あなた方に。
34 ・無い そういうわけだから あなた方が心配した(為) 中へ その 明日、その そして 明日が 彼が確かに心配した 彼女の。十分な その 火に その 悪は 彼女の。

  ★ああ上手いことでけへんは。だれかたすけてんか!! 

枝垂れ桜公園散歩




ラブのお散歩

 昨晩からの激しい雨でラブちゃんの朝のお散歩、今日はお休みでした。昨晩も散歩に行けなかったラブちゃんはけなげに眠っていました。

  あまりにかわいそうなので、お昼にショッピングセンターに買い出しにいったついでに、しだれ桜の奇麗な公園で散歩をしてやりました。

  大変見事な枝垂れ桜の公園でラブちゃんににわかモデルになって頂いて撮影会をしました。最初の写真です。

  この公園にはこの辺りに普通に有った昔のままの溜め池が残されています。勿論今も現役の灌漑用水源です。晴れていると水がコバルトブルーになって大変美しい池です。今日はなんとなく神秘的です。満開の山ツツジが水面に美しい影を落としていました。(次の写真です。)

  この農業用水池の周囲には素敵な遊歩道があります。赤煉瓦の橋をすぎて一周したあたりには黄色い水仙が咲いていました。

  今日は枝垂れ桜の公園をラブちゃんが散歩したスナップ写真のご紹介でした。 

千里万博







今日は十数年振りに千里の万博会場に花見に行って来ました。最初の写真は広大な万博記念自然文化園の西ゲートをくぐった所に在る西大路です。

  正面がお祭り広場の跡地になりますがそこまでに一キロ位の距離が在るかと思います。石畳みの広い通路の両側にはせせらぎがあり奇麗な水が絶えず流れています。その向こうには樹高20mは有ろうかと思われるプラタナスの巨木が林立しています。最初の写真です。植えられた当初はこれが本当に森に成るのだろうかと疑問を持った小さな木でしたが、38年の歳月に育まれ皆立派な大木に成長していました。
  
  私は万国博を管内にもつ千里電報電話局に万博の前年に技術職として配属されていました。万博の閉会後も4年程在任して万博の会場の解体から公園の造成までの一部始終を目の当たりにしました。 元々この辺りは幼いころ良く遊びに来た所です。その頃は昼尚暗き竹林や雑木林で大変淋しい場所でした。

  万博期間中とその前後には仕事や見物に随分と会場に通ったものです。勿論会場の無料パスを持っていましたが、くそまじめ青年であった私は私用では一度もパスを使ったことはありません。その後クリスチャンになって、随分と考え方が変わり、今では「正直者は馬鹿を見る」と考えるようになりました。だから、今なら折角いただいた無料パスを有効に活用したこと請け合いです。

  次の写真はその当時の電電公社の総裁から頂いた総裁表彰の記念銀メダルとお品書きです。大蔵省造幣局謹製の130グラムもある大きな銀メダルです。たしか、活躍の度合いによって金、銀、銅の三種類の表彰があったと記憶します。もしかしたプラチナもあったかも分かりません。今日の銀相場の65円/g で計算してみましたら時価8450円になりました。

  私の担当は会場にある万博電話局から本局の千里電報電話局までのデーター通信回線の保守でした。世界初のPCM-24方式によるデジタル回線の商用実用試験と言うことで鳴り物入りで大変な騒ぎでした。東京の武蔵野にあった電気通信研究所と万博会場にあった最新式の電子交換機DEX-IとDEX-IIを繋いだデジタル通信回線で日本の最先端の通信技術を世界に宣伝する為にと大変な力の入れ様でした。

  この技術が世界に広まり、今日のCDやパソコン通信などのデジタル技術革新となりました。あの万博会場の地下を貫く通信回線の中で、従来の空間分割多重方式(アナログ通信)から時分割多重通信方式(デジタル通信)への転換が静かに始まっていたのです。


  今の万博記念公園の中で、当時の面影が残っている建物を3つ見かけました。最初は、真っ黒で2階建ての小さな万国博電話局です。(3番目の写真の建物です。)今はすっかり色褪せてしまいましたが当時は万国博の黒子として会場を訪れる人々が通過する管理用メインゲートの脇の最も目立つ所に異様な姿で影の主役としての存在を誇示していました。日本政府館の隣に出品さた大きな電気通信館とは反対に建物が極端に小さくされています。日本の優れた集積技術を見せつける為ですが、地下にも巨大な自家発電設備や冷却水層などもあり立派な電信電話局舎です。

他には、お祭り広場の真ん中に聳えていた岡村太郎氏がデザインされた太陽の塔と(4番目の写真)、パビリオンで唯一永久保存された鉄鋼館(5番目の写真)が健在でした。いずれも本当になつかしい建物ばかりです。 

  鉄鋼館のあたりは桜の木が沢山植えられていて見事な花吹雪が見られました。この前で今日は桜祭りが行われていて沢山のお店が並んでいました。 

  お昼は桜祭りの会場のレストランで450円のカレーを食べました。お味は大変結構でしたが、どういう訳か量が本当に少しでした。このカレーには場所代が随分と入っている雰囲気です。きっと大阪府の幹部がここを管理する万博記念財団に天下りして、その退職金を捻出する為にはこれぐらいが限界なのだから仕方がないと諦めました。

  最後の写真は現在の万博記念公園の案内地図です。

空の鳥を見よ

今日はちょっとパイロット版のご紹介です。

マタイの福音書の6章の25節と26節のオオサカベン訳の試作品です。まあご覧ください。皆様のご意見をお聞きしながら改善していきます。また、後日にユーチューブに朗読を上げて見ます。

今回も語順は原典と同じにしてあります。訳の言葉は原典の意味を出来るだけ変えない様にしてみましたが改善の余地が多々在るかと思います。

以下はオオサカベンの試訳!

25・そやさかい 言うとくは アンタらに、 アカンデ あんたら心配したら 生活の事で あんたらなあ 何を食うか 何にい 飲むんか、アカンで あんたらの体に 何のベベを着るかも、 違うんかいな 生活は ぎょうさんやで その 養うのんの それに 体は べべのもんや 
26・あんたら みてみいや 羽根のあるやつらを 空の あいつら種蒔けへんし 刈り入れもしょらん それに 集めへんし しまえへん それでも お父はんが わてらのな みえへんけど 養いつづけとるんや あいつらを 違うんかいな あんたらは もっと 献げ物してみんかいな あいつらの。

上記の直訳です。

25 ・通して この事 私は言い続けている あなた方に、無い あなた方が心を配り続けろ その 生活に あなた方の 何を あなた方が食べる(為) 〔それとも 何を あなた方が飲む為〕、無いも その 体に あなた方の 何を あなた方が纏う(為)。 全然違う その 生活は より多くは 彼が存在し続けている その 食料の そして その 体は その 纏うの?
26 ・あなた方は見つめろ 中へ その 翼の在る その 不可視の それは 無い 彼らが蒔き続けている 無いも 彼らが刈り取り続けていく 無いも 彼らが集め続けている 中へ 倉庫ら、そして その 父が あなた方の その 不可視の 彼が養い続けている それらを。 無い あなた方は 勝っている あなた方は通って持ち運び(相違し)続けている 彼らの? 

皆様のご意見やご質問をお待ち致します。

雨中の夕日



雨中の夕日
 
 降りしきる雨の中、中国縦貫道の上を歩いていると沈みかけの夕日が見られました。珍しい光景なので写真に撮ってみました。最初の写真です。 その次の写真は太陽を目一杯ズームしてみました。 

 もちろん歩いていたのは空中ではなく高速道路を横断する陸橋の上です。あたりはもう薄暗くなっていて自動車は皆ライトをつけています。しかし照明灯はまだ点灯していませんでした。最初の写真の右端の光る○は暗かったのでフラッシュが作動しカメラレンズの直前に降る雨滴の一つに反射して丸く光っているのだと思います。

  私が歩いている場所は昔刀根山城のあった場所に当たります。丁度この所は城の北の谷間に当たる場所でした。子供の頃ここには5m四方で石作りの井戸のような緑に囲まれた水汲み場が有ったのです。刀根山城址はこちらをご覧ください。http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/29623025.html

  幼いころここに来ると真夏でも良くウグイスの谷渡りの声が聞かれたひっそりとして自然の美しい場所で奇麗な湧水が見られました。 

 今は大阪中央環状線(6車線)と中国縦貫道(4車線)が平行して走っており、インターチエンジにもなっています。さらにその上にモノレールも走っています。あたりは高層マンションや総合病院に加えて新興宗教の会館や大学の校舎が林立していて昔の面影はどこにもありません。50年前の静寂は嘘か夢の様です。 

朝の散歩



朝の散歩

  今日は7時頃いつものコースをラブちゃんと散歩しました。

 途中の公園に満開の見事な桜が朝日に輝いていたので、しばしラブチャンと足を止めて眺めていました。最初の写真です。

 ラブちゃんの散歩は晴れていれば私が自転車に乗り、腰のバンドにカタビラでリードをつけて車の少ない所や遊歩道を巡ります。ラブちゃんがもっと若い時は日に十数キロを散歩しました。しかし、足の爪の怪我以来少なくして朝と深夜の2回で合計5キロぐらいです。

 次の写真は満開の桜の木の下で、自転車とラブちゃんのツーショットです。この自転車かなり古いですが、一応東洋フレーム製です。大変軽く、しなやかでかなりきつい坂もありますが自転車があることを殆ど意識しないで乗っています。

  自転車に興味のある方は以下のリンクをご覧ください。

http://www.toyoframe.co.jp/index.html

と言うことで今日は毎日のラブチャンの散歩と愛用の自転車のご紹介でした。

ネヘミヤ記1~4章

ネヘミヤ記1~4章

  今週の予定箇所も今漸く直訳を終えました。今回は85節の二倍ですから合計の節数は170節と少なかったのですが結構手間取る所がありました。

  以前にお話ししましたが70人訳にはネヘミヤ記は無く、エスドラ第二書の11章がネヘミヤ記の第一章に該当します。また節の区切りも邦訳とは少し異なりますので注意が必要です。

以下が今週の直訳へのリンクです。

http://bible.co.jp/bible/ot/neh/neh01.htm
http://bible.co.jp/bible/ot/neh/neh02.htm
http://bible.co.jp/bible/ot/neh/neh03.htm
http://bible.co.jp/bible/ot/neh/neh04.htm

http://bible.co.jp/bible/lxx/neh/neh01.htm
http://bible.co.jp/bible/lxx/neh/neh02.htm
http://bible.co.jp/bible/lxx/neh/neh03.htm
http://bible.co.jp/bible/lxx/neh/neh04.htm

  今回一番手間取ったのは3章の31節のギリシャ語のロポポーライと言う言葉です。

 ヘブル語はロケリームで「商人」なのですがギリシャ語の方は「ポーライ=商人」と言う言葉の前に「ロポ=おそらく武器」と言う言葉を付け加えているのです。まあ死の商人は何時の時代、特に不安定な時代にはたいへんもてはやされるのでしょう。

 と言うことで今日は、今から、2400年前の時代のメドペルシャ帝国の辺境の地=パレスチナに武器商人らしき人々がいた事のご紹介でした。 

桜花爛漫




桜花爛漫

 今日は温かく我が家のあたりも桜が満開になりました。

自宅の直ぐ近くの公園の桜が今日満開です。(最初の写真です。)

良く見るとこの桜にもメジロさん達がいっぱい蜜を吸いに来ていました。(次の写真です。)

勿論夜桜も最高です。最後の写真です。今日は奮発して少し大きめの画像にしてみました。ぜひクリックして実寸でご覧ください。

「日本は、はいり口から、桜かな」(小林一茶)

 桜は何時見ても奇麗ですね!!   

春の野草





春の野草

  すっかり春になりました。庭にはチューリップやタチツボスミレが咲いています。最初の心写真です。 

  庭先のタンボの畦にはかわいらしいムラサキサギゴケやヒメオドリコソウを見かけました。次の写真です。

  そして、タンボにはレンゲも咲いています。庭に戻るとムスカリも漸く咲き始めています。 

 そして私の大好きな山椒も新芽を吹き始めました。今年は例年よりも花芽が多そうです。山椒の実の佃煮や山椒味噌が楽しみです。

  不思議なことに何時も居るアオサギはどうした訳か今日は見かけません。最後の写真です。

  その代わりにイワツバメさんが沢山飛んでいました。きっと南の国から長い長い旅をして返ってきたのでしょう。あんまり飛ぶのが早くて、努力しましたが一枚も写真は撮れませんでした。

 今日一日であたりはすっかり春になってしまいました。 

桜花爛漫の候





桜花爛漫の候 

 我が家のあたりも漸く桜が咲き始めました。最初の写真はラブちゃんと散歩の途中に何時も通る公園の桜です。何と言う品種か知りませんが早咲きで随分と色の濃い桜です。あたりに在るソメイヨシノは3~5部咲きですがこちらはもう満開です。

  満開の桜を良く見るとメジロさんが花の蜜を吸う為に来ている様です。最初の中右下あたりです。次写真にメジロさんだけを拡大してみました。周囲にも沢山のメジロさんが飛び交っていました。

  近くにはヒヨ鳥さんも遊びに来ています。次の写真です。最後は我が家のヒヨ鳥さんです。公園とは目と鼻の先なのですがその間に尾根筋があるため気候が随分と違います。まだあたりには桜はまばらで、ヒヨどりさんは以前紹介したピラカンサの木の隣に在る金柑の実をついばんで飢えをしのいでいる様子です。最後の写真です。

 金柑はまだまだ沢山なっているので当分食料の心配は無さそうです。今日は、漸く咲き始めた花便りのご紹介でした。

コゲラ



コゲラ

 我が家に良く来る鳥の中にコゲラがいます。 

  今日はラブチャンと散歩している最中にコゲラさんが新しいお家を作っているのを見つけました。

  新居の様で近くにコゲラさんがモウイッピキいて様子を伺っていました。

  最初の写真の様に、外側から中をつついたあと、次の写真の様に中に入って削り取った木屑を外に捨てていました。

 コゲラさんの新しいお家、上手く出来ると良いですね。

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