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生きているキリスト者 ロマ書6章6~8節

ロマ書6章6~8節

リクエストをありがとうございました。

早速直訳です。

06・このことを 知っているらは、それは その 古くするは 私たちの 人間は 彼が共に十字架につけられた、為に ★彼が下に非活性された(為) その 体を その 罪の、その もはや決して無い 奴隷にし続ける事 私たちを その 罪に 
07・その しかし 死んでいるは ▲彼が義とされている から その 罪
08・もし(事実に反する仮定)も ■私たちが死んだ 共に キリスト、 私たちは信頼し続けている それは そして 私達は確かに共に生きる 彼に。

翻訳にしてみます。 

06・この事が分かっている人らは、 私達の古くする人間は 一緒に十字架に付けられた。それは益々★活動しなくする為で 体を罪の、奴隷にし続けない為です私達を罪に。
07・ 死んでいるのは ▲義とされていた 罪から。
08・もし ■私達が死んだなら 一緒にキリストと、私達は信頼し続けている、それは 私達は確かに生きる 彼に。

分かりにくいので大阪弁にも訳出してみます。

06・この事がわかったはったら、わてら古い人間は 一緒に磔られたんや。そやさかい★益々止めるんや 体の罪を。いつまでも奴隷せん為なんや。
07・死んで初めて、▲義にされるんやで 罪から。
08・もしもほんまにわてらが■死んでたらな、一緒にキリストと、わてらが信頼してるさかい。そしたらわてらは確かに生きるで キリストに。

コメント

この3節でパウロが言いたかった事はキリストの十字架の意味だと思われます。

そこでのポイントは キリストの十字架の本当の目的です。

その目的の前提は6節の「この事(=5節までの内容)が分かっている事が前提で論が進んでいきます。 

  分かっている人に対するキリストの十字架の目的です。 

さて文章では一番大切な言葉は文章の中の主動詞です。(ギリシャ語では文章中に沢山の動詞が登場するが主動詞は一つです。)

6節の主動詞は★印の「活動しなくなる 」と言う言葉です。 これはアルゴンと言う言葉の動詞形で、役立たなくすると言う意味でしかありません。それに前置詞カタが付いていますので、「下方に活動しなくする。」と言う事で徐々に機能や活動が低下することを意味しています。

  ★本物のキリスト者は時間と共に徐々に罪を少なくしていくと言う事です。

7節の主動詞は▲印の「彼が義とされている」という受動形の言葉です。 注意して下さい、受動形ですから本人の行動ではなく第三者の行動の結果義とされているのです。

  ▲本物のキリスト者は自らの行為ではなくキリストの贖いによって何時も義とされていると言う事です。  

8節の 主動詞は■印の 「死んでいたならば」と言う「事実に反する仮定」を表す言葉です。逆に言うと死んでいないから私達がキリストを信頼する事もまたキリストと一緒に生きる事もまだ起きていないと言う事です。

  ■本物のキリスト者は「自分の死に向かって生きている」のであり、その「死の日こそ真実にキリストに信頼し、キリストと共に生きる事が始まる」と言う事です。    

以上です。私達が入手出来る翻訳と原文とは反対の意味になっているかと思われますが比較は止めておきます。

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栗クリキントン




栗クリキントン

 先日、家族が出かけた留守番に栗でクリキントンを作りました。

 材料は当地の名産能勢栗5㎏と砂糖500g です。(少し量が多いですが必要に応じて適当に加減して下さいね!!) 

作り方は簡単!!

★取れたての新鮮な栗を茹でます。(最初の写真です。) 直径23センチ深さ30センチの鍋にほぼいっぱいの栗です。

茹でる時間は大体沸騰してから弱火にして30分。

★次にゆで上がった栗を冷えきらない間に半分に切断して、小さなスプーンでほじくります。

・これが最大の難関です。

まだ湯気が出ているぐらいの熱いゆで上がった栗をまな板の上でエイ!と半分に切断します。

栗が冷えてしまうと実がかたくなってほじくり出すのが大変ですから、一度に10個位を手早く切ります。

切った栗を良く良く注意して、虫が食べた跡のある栗や、地面に落ちてから収穫迄に日にちがたった栗は菌が入って、腐敗しはじめている場合が多々あります。そんな栗は大抵変な臭いが有ったり、色が暗くなったりしていますのでそれらは惜しみなく捨てます。

一つでも腐り掛けた様な栗の実が混ざると出来上がりの栗キントンを台無しにしてしまいます。栗の選別は切断して中身か見える様になら無いと出来ません。だからここが美味しい栗キントンを作るポイントです。

★栗は約5㎏程在りましたので3時間位掛かって漸く実をほじくりだす事が出来ました。

栗の実をほじくりだすのに使った小さなスプーンは実をこそぎ易い様に、スプーンの縁の部分を研石の荒いもので削ってナイフの様に鋭くしておきました。少し大きめの容器にこそぎ出した栗の実を入れます。 

★ほじりだした栗には好みに応じて砂糖を加えて混ぜます。私の場合は約2㎏の栗の中身に対して500gの白砂糖を加えました。へらか何かで適当に攪拌して砂糖の固まりが目立たなく無くなる程度にしました。

★大きな蒸し器を用意して、沸騰してから15分程蒸しました。美味しい栗は雑菌も大好きですから気をつけないと直に腐敗してしまいます。長期保存の為に滅菌する事と、砂糖を溶かして栗の実と馴染ませる為にしっかりと蒸します。

★最期は保存し易い様に、適当な大きさに分けて美味しい栗クリキントンの出来上がりです。5㎏の栗で約2㎏程の栗クリキントンが出来ました。(2番目の写真です。)

・小さなタッパに入っている方は一口分は私が味見してしまいました。

栗だけで出来た栗クリキントン美味しいですね!!

★最期の写真は、使った鍋や道具類の山です。栗を茹でて蒸すだけですから道具はほとんど汚れないので片づけは簡単です。

  これ昼から取りかかって夕方までかかる半日仕事でした。

と言う事で今日は美味しい栗クリキントンの作り方の簡単なご紹介でした。

 きっと本式に作ると難しい事が在るのだと思いますが、私はこのプレーンのクリキントンが一番美味しいと思っています。

  主婦の方や、ご専門の方がおられましたら是非ご評価なり、ご指導なり頂ければ幸いです。 

新しい都エルサレム (黙示録21章9~14節)

新しい都エルサレム 黙示録21章9~14節

09・そして 彼が来た 一 出て その 7 使者らの その 持っているらの その 7 浅鉢、その 一杯であるらの その 7 打撃らの その 最後らの、そして 彼は 喋った 共に 私 言っているは、 来い、私は確かに示す あなたに その 花嫁を その 女を その 小羊の。
10・そして 彼は離れ運んだ 私を 中で 風(or 霊) 上に 山 巨大 そして 非常に高い、そして 彼は 示した 私に その町を その 聖を エルサレム 下っているを 出て その 不可視 から その神、
11・持っているを その栄光を その神の。その 発光体は 彼女の 似ている 石に 最も価格在るに、様に 石に 碧玉に 水晶の様に透明であるに 。
12・持っているは 城壁は 巨大が そして 非常に高いを、持っているは 入り口通路らを 12、そして 上に その 入り口通路らに 使者らを 12、そして 名前らは 上に書かれているらを する所らは 彼が存在し続けている その 12 部族らの 息子らの イスラエル。 
13・から 東 入り口通路らは 3、そして から 北風 入り口通路らは 3、そして から 南風 入り口通路らは 3、そして から 日没らの 入り口通路らは 3。
14・そして その 城壁は その 町の 持っているは 基礎らを 12、そして 上に 彼ら 12 名前らが その 12 使徒らの その 小羊の。

翻訳にしてみます。

09・そして彼が来た、一人が出た 7使者から 持っていたのは7つの浅鉢に満ちた7つの最期の打撃を、彼が言った「来い、私が見せましょう花嫁を 妻です小羊の。
10・彼が運んだ、私を風(or霊)が 、巨大な山の上で非常に高かった。そして彼は示した、私に町を。聖都エルサレムを 降りてきていて神の天から。
11・持っていた神の栄光を。彼女は光り輝き、高価な宝石で碧玉か水晶の透明さだ。
12・持っていた城壁は巨大で非常に高い。入り口通路が12在り 使者が12いて、使者の名はイスラエル12部族の名が掲げられていた。
13・東の入り口通路が3、北の入り口通路が3、南の入り口通路が3、西の入り口通路が3。
14・その町の城壁には基礎が12あった、そして12使徒の名が上に有った。

コメント

ヨハネがこの黙示録を記したのは紀元100年近い頃でした。その頃には、彼の地上の祖国イスラエルは消滅し、地上の都エルサレムもローマのテトウス軍によって完全に破壊され、既に30年の歳月が流れていたのです。

ヨハネにとって喪失した地上の祖国とその首都エルサレムははもう完全に失われた物でしかありませんでした。

しかし、彼には帰るべき祖国が天上に有ったのです。それを教える為にみ使いはそれが天の新しいエルサレムを見える形してヨハネに示されたのです。

そして、ローマ帝国の侵略によって帰るべき地上の祖国を失った当時の地中海世界のほとんどの人々も実情はヨハネと同様でした。彼らに対して神様は、帰るべき祖国が天にある事を明示し、その天でキリスト者がキリストの妻として永遠に生きる事を教えたのです。

だから聖書の一番最期には、キリストの妻となる花嫁が迎えられる美しい永遠の天上の都エルサレムが記されているのです。

以上。

認識出来ない神 ローマ書1章20節

認識出来ない神 ローマ書1章20節

リクエストありがとうございました。

早速直訳です。

20 ・その そして 非★可視 彼の から 創造 世界 その 作品らに 知覚されるら 彼が下に(はっきり )★見られる。する所は も 常(永遠)の 彼の 内在力 そして 神の属性、中へ その ある事 彼らを ▲非離れ勘定(弁証)できないらを。

翻訳にしてみます。

20・★認識出来ない神は、その創造した世界の作りに理解され彼が具体的に★認識され続けています。それこそが御自身の常で、内在力と神性です、その中に存在する事は、彼らは▲非弁証(証明不要)です。

 コメント

  ポイントは最初の言葉「非可視」です。 この言葉は ★ハホラタ(αορατα)と言う言葉で、★ハ(=α=非)+ホラタ(=ορατα=識別or識別 )です。

  見えない場合は普通はウラノス(=ουρανοs=不可視=天王星)を使いますのでこの認識が重要です。

  「人間が★認識も識別も出来ない」と言う事が神の本質であると言う事なのです。 これは大変な認識なのです。★認識出来ないものを人間は▲「論じる事も否定も肯定も出来得ない」と言う事なのです。 

  そこで必要なのが神ご自身によるご自身の啓示です。神様がご自身を人間にわからせる為に作られた物がこの天地万物や人間その物なのです。 これらを難しい言葉で一般啓示と言っています。

  その啓示の第一がいわゆる一般啓示=自然の世界であり、この天地宇宙の万物は神ご自身が、ご自身を啓示する為に創造されたど言う聖書の主張なのです。

  この一般啓示=自然が理解(=仕組みの解明)が正しくなされる所には神ご自身の内在力と神性が★認識されます。 

  そして、もう一つの啓示が特別啓示=聖書と言う事なのです。ローマ人への手紙ではパウロは1章を使って一般啓示の世界にいる異邦人の罪を指摘し、2章では特別啓示の世界にいるユダヤ人の罪を指摘して3章で全人類の罪と福音による救いを弁証していきます。

  以上。

神の審査基準 Ⅰテモテ6章12節

神の審査基準 Ⅰテモテ6章12節

リクエストをありがとうございました。

早速直訳です。 

12 ・あなたは▲戦闘競技し続けろ その 良い ▲戦闘競技を その 信頼の、あなたは上に取れ その 永遠の 命の、中へ する所 あなたが呼ばれた そして あなたが★同一言葉した その 良い ★同一言葉を 面前で 多くらの 目撃証人らの。  

翻訳にしてみます。

12・あなたは▲競技を続けなさい、上手く▲競技を信頼の。あなたは永遠の命を使って、そこにあなたは招かれ、あなたは★それを★そのまま★言葉しました。沢山の目撃証人がいますよ。 

 コメント

  パウロの世界観がよく分かる聖書箇所です。 ここで使われている▲戦闘競技というのは、▲アゴオニゾー(▲αγωνιζω)と言う言葉です。 これはオリンピックのスタジアムで観衆の面前で繰り広げられるレスリングの様な▲戦闘競技を指します。 

  だからこれは戦争に於ける殺し合いの戦いではありません。 

 という事はクリスチヤンの信仰生活は神様の面前で戦われる勝利の栄冠を得る為の▲スポーツと言う事になります。(栄冠に関しては以前の 第二テモテの4章1~8節 http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/35913523.html 参照)

スポーツですから当然審査規定があります。その審査規定を教える言葉が 「★同一言葉した」と訳出した ギリシャ語の ★ホモロゲオー(★ομολογεω)です。 この言葉は一般に告白と訳出されます。

しかし、本来の意味は違います。 「★ホモ=同一」+「★ロゲオー=言葉する」となります。「★ 言葉と同一する」と言う意味なのです。

これが、神様の前で競技される信仰の競技の★審査基準です。

もうお分かりでしょう。神様が審査されるのは、「神様の言葉と競技者の言葉が同一で在るか否か」

 と言う事なのです。正確に神様の言葉を知っている事が、天国で勝利者の栄冠を獲得するか否かの最重要ポイントなのです。

そして、当然この「★同一言葉」の「★言葉」にも大切な意味が在ります。

この「★言葉=ロゴス」は他の虚言=ムソスや、話し言葉=レーマと違って「★実言」と言う意味です。

  すなわちこの★ホモロゲオーと言う言葉で要求されているのは★言行一致なのです。

  ★言われている言葉と、実際に行った事柄の事実の一致が神様の信頼(仰)競技の審査ポイントなのです。

  正しく語る事=聖書を正しく翻訳理解する事は神様の審査基準の半分であり残りの半分はその言葉に合った行為の有無と言う事です。

  「行いの無い信仰(原文は信頼)は虚しい」(ヤコブ2章20節)と言う事です。 
   
ですから神様のキリスト者や教会の審査基準の基本は、

■聖書の学びと正しい理解、
    次が、
■聖書の言葉に合致した競技者の言葉であり。
    最期に
■競技者が語った言葉と生活の言行一致の行い、
    が問われると言う事なのです。

以上。

赦されざる罪 マタイ12章31節

赦されざる罪 マタイ12章31節

リクエストをありがとうございました。

早速直訳です。

31 ・通して この事 私は言い続けている あなた方に、全て 罪は そして 冒涜は 彼が確かに放置される その 人間らに、その も それの 霊の 冒涜は 無い 彼が確かに放置される。

・翻訳にしてみます。

31・この故に、私は言っておくあなた方に。 全ての罪と冒涜は確実に放置される 人間らには。それは その霊の冒涜は 絶対に放置されない。

コメント

ここにはキリスト教で大変な重要語句が幾つか登場します。その中で一番重要な言葉を取り上げましょう。

それは一般に「赦し」と訳出されるギリシャ語の αφιημι(アフイエーミ)と言う言葉です。これは合成語で απο(アポ=分離)+ιημι(イエミィ=行かせる)となります。 「離れて行かせる」あるいは「離れさせて存在する」と言う意味になります。

この言葉の意味が一番よく分かる用例は 第一コリント7章11節~13節で「離別or離婚」と訳出されている言葉と全く同じ言葉です。だからこの言葉の本来の意味は「そのままにする」 と言う事になります。 

そしてこの言葉はほとんどの場合罪の「赦し」と訳出される箇所に使われています。

という事は罪の赦しと言うのは罪が無くなる事ではなく、罪をそのまま放置すると言う意味である事が判明します。

だから聖書の「罪の赦し」は、まあいえば罪との離婚と言う事で離婚しても相手が消えてしまうのではないわけです。

さて、ここで問題と成るのは、赦されない罪と言う事です。

聖霊の冒涜は放置されないと言う意味になります。 という事はその様な冒涜は必ず刑罰が与えられると言う事になります。

まあそれは当然の事として聖霊を冒涜する者は永遠の滅び=地獄の劫火で焼かれる苦しみと理解して良いでしょう。

以上。

10人の花嫁 (マタイ25章1-13節)

10人の花嫁 マタイ25章1-13節

リクエストをありがとうございました。長い聖書箇所ですから見易い様に印をしました。

★は原典直訳。●は翻訳、▲はコメントです。

★早速直訳です。
01・その時 彼が確かに似せられた その 王国 その 不可視の 10 処女らに、懸かる所の者らは誰でも 取ったらは その 松明らを 自分自身らの 彼らは外に来た 中へ あう事 その 花婿の。
02・5 も 出て 彼(女)ら 彼らはであった 低能ら そして 5は 分けの分かったら。
03・その そして 低能らは 取ったらは その 松明 彼らの 無い 取ったらは 共に 自分自身らの オリーブ油。
04・その も 分けの分かったらは 彼らは取った オリーブ油 中に その 入れ物らに 共に その 松明ら 自分自身らの。
05・定期(or 遅れた)すの も その 花婿 彼らは居眠りした 全てらは そして 彼らは眠った。
06・中央の も 夜の 叫び声が 彼が起きていた、見よ その 花婿が、あなた方が出てきている 中へ 会う事 彼の。
07・その時 彼らは甦らされた 全てらは その 処女らは それらは そして 彼らは整頓した その 松明を 自分自身らの。
08・その も 低能らは その 分けの分かったらに 彼らは言った、あなた方は引き渡せ 私達に 出て その オリーブ油 あなた方の、なぜなら その松明ら 私達の 彼らは消えた。  
09・彼らは答えさせられた も その 分けの分かったらは 言ったらは、決して無い 無い 保つ(or 十分)に 私達に そして あなた方に。 あなた方は行け いっそう 方に その 売っているらを そして あなた方は買い求めろ(贖え) 自分自身らに。
10・離れ来たらの も 彼(女)らの 買い求める事 彼が来た その 花婿、そして その 準備が出来ているらは 彼らは入った 共に 彼 中へ その 婚宴(ら)、そして 彼が閉じられた その 戸。 
11・不足(or後で) も 彼らは来続けていた そして その 残されたらは 処女らは 言っているらは、主よ 主よ、あなたは開けろ 私達に。
12・その も 答えさせられたは 彼は言った、真実を 私は言い続けている あなた方に、無い 私は知っている あなた方を。
13・あなた方は見張り(or目覚まし)続けろ そういうわけだから、それは 無い あなた方が知っていた その 日を 無いも その 時を。

■翻訳にしてみます。

1・似ていますよ、見えない宙(そら)の王国は、十人の乙女らに。あかりをかざして家から出てきて花婿と合おうとして。
2・その中で5人は馬鹿、5人は賢明。
3・馬鹿らの用意はあかりだけ、取らなかった 自分でオリーブ油を。
4・賢明らは取っておいたオリーブ油を入れ物に、あかりも自分に。
5・時期が来るまで、花婿の 彼女たちは居眠りしやがて全員が眠りこけてしまった。
6・真夜中に叫び声で、見ろ 花婿だ みんな 出て来て 逢って彼に。
7・甦った 全ての乙女らは整えた 明かりを自分に。
8・その馬鹿女たちは賢明女らに言った。よこしなさいよ私達に オリーブ油、あんたらは、 だって明かりが消えたのよ。
9・言い返した賢明女らはこう言った。私達にも足りないのよ、なんであんたらに。行きなさいよ、売ってるでしょう。買ったらどう 自分で。
10・飛び出した彼女達は買えた。 かの花婿は来て 準備が出来た女たちは 彼と共に婚礼の宴の中へ、そして鍵がかけられた戸に。
11・遅れて 彼女らはやって来た。取り残された乙女らは こう言った。ご主人 ご主人 開けてくださいな 私達に。
12・言い返して彼は言った。真実に私はあなた方に言う。私はあなた方の事は知らない。
13・あなた方は見張っていなさい。それは 知りもしないでしょう、日も 時も。

▲ コメント

ポイントは7節です。 冒頭に「起きあがった」と在りますが原文はエゲイローと言う言葉で復活を表す言葉です。

本来であれは起きる=アナヒステーミや目覚めを表す、アナネフオー(2テモテ2、16 ) かエクネフオー(1コリ15:34)等を使うかと思いますがここはエゲイローが使われています。

この語は単に起き上がると言う意味だけではなく、死からの復活を最も意味する言葉です。

おそらく、この花嫁は神様を信じて死を迎えたキリスト者を指していると思われます。そしてこの事は、死後の復活後に神様を信じていた人々が二つに分けられる事を明示していると思われるのです。

天国に入れるキリスト者とそうでないキリスト者があるという事です。その違いは灯火とそれを燃え立たせるオリーブ油の準備です。

これが何を指しているのかは定かではありませんが、わかる事は花婿が来るのはかなり長い期間の後であり、大方の予想を遥に越えると言う事です。

という事は通常の用意ではなく、通常に必要と思われる倍近くの準備をして、天国を目指す事が必要であると言う事かと思われます。

そして、13節の目覚めなさいは(グレーゴレウオー)は70人訳のネヘミヤ記7章3節(エスドラ第二書17章3節)で見張りと訳出されるべき単語です。だから、しっかりと見張って=用心して、天国へ入る為の準備=オリーブ油を十二分に用意しておく事を教えていると言う事です。

オリーブ油が何を意味するかはまた諸説在りますが、信仰を燃え立たせる油で、聖霊=御言葉と考え、十分な聖書知識を差していて、

★キリスト者が天国に至るにるには★通常考えられている聖書知識の★数倍が必須であると考えるのが

  妥当かと私は思います。

最期に、このお話を一体何と捉えるのかで随分とニュアンスがわかります。「花婿を迎える10人の乙女の例え話」と言う認識で良いかと思いますが、明喩なら一つ一つの出来事に対応する意味がありますし、 陰喩なら全体で一つの真実を表していると解します。

まあ、諸説在りますが明喩としてコメントさせていただきました。

狭き門 (マタイ7章13-14節)

マタイによる福音書7章13節~14節

リクエストをありがとうございました。 

★早速直訳です。
13 ・あなた方は中へ入れ 通して その 狭い 門(or入り口) 。それは 大路 その 門(or入り口) そして 広い場所 その 道は その 離れ導くは 中へ その 滅び、そして 多くらは 彼らは存在し続けている その 中へ来るらは 通して 彼女(門+滅)。 
14 ・なぜ 狭い その 門(or入り口)は そして 狭くされているは その 道は その 離れ導くは 中へ その 命、そして 少ないらは 彼らが存在し続けている その 見つけ出しているらは 彼女(門+命)を。

★翻訳にしてみます。
13・あなた方は入れ、狭い門を通じて。大路のその門は広大で その道が 誘導するの滅び。沢山の人が そこにいて そこから入り続けている。 
14・何故か 狭い門も 狭くされている道が 誘導するのは 命の中。稀なのです 命を見つけ出しているは。

●大阪弁訳(会話文)
13・あんたらは入り、すり抜けて 狭い門を。大路やその門の広場の道はな、滅ぼすわなや、仰山の人が そっちに行くは。
14・何でか分からんけど、狭い門に狭い道が命に通じとる。ほんまにまれや、命を見つけはんのは。

  コメント

・これは実は当たり前の事で、当時の常識です。例えばバビロンのイシュタル門は巨大な門があり、その町を攻める時に、正面突破を図って、攻城機を配置し、破城槌で城門を破壊して、場内に突入するとどうなると思いますか。

  そう、その先は延々と左右に高い城壁が連なり゛上からは巨石や沸騰したアブラに、弓矢が雨あられと降り注ぎ、何万と言う完全武装の大群もたちまち壊滅させられる仕組みになっていたのです。

  戦争に明け暮れた中東の都市は全てその様な城砦構造で、全く当たり前のお話だったのです。

  敵の城を攻める時におとりの本体は正面突破を図って、広い門攻めをしている最中に、精鋭部隊は城砦の周囲を隈なく調べ、水汲みや偵察様に作られた小さな門の在り処を調べます。 

 それさえ見つけられれば、攻城は半分上手く行った様な物です。そこにある小さな門戸を破壊し、精鋭部隊を城内に忍ばせ、火を放ち、城内を混乱させその混乱に乗じて大門の閂を引き抜いて友軍を城内に突入させるのです。 

  参考第二サムエル5章7節8節 水汲みの地下道を抜けて...

 難攻不落の天国を攻め落とすには、正面攻撃(神の戒めの完全履行)はまさしく滅びで、天国の住民のみが知っている、抜け道を探す事が大切だと言う次第ナノです。

  勿論、この天国への抜け道はイエスキリストの十字架の贖いを信頼し、何一つ行い成し(神の掟の履行無し)に、安全、且つ確実に天国に通じていると言う次第です。 

  あなたは、天国正面突破をめざしますか? それとも裏口入国を目指しますか? 

  キリストは天国には狭い門と狭い道を見つけ出してそこから入る様に教えられたのです。 

  以上 

マラキ書3章8節~10節

マラキ書3章8節~10節

リクエストをありがとうございました。

早速直訳です。

マラキ書3章8節~10節ヘブル語原典直訳  

08・何故 掴む(or強奪) 男は 神ら その時 あなた あなたは掴ん(or強奪し)でいるらは を私 そして あなた方は言っている 中で 何処 私たちは掴む(or 強奪)しているあなた その 1/10 そして 献高物 
09・中で呪い あなた方は 呪われているらは そして を私 あなた方は 掴む(or強奪)しているらは その 異邦人 全て彼 
10・あなた方は来させろ を 全て 1/10 に家の その 宝庫 そして 彼は 存在させよう 餌食 中で 家 私の そして あなた方は審査しろ私 中で この 彼が言っている ヤハウエ 万軍の もし 無い 私が開ける にあなた方 を 格子窓を その空ら そして 私が空にさせる 上にあなた方 祝福 まで 無い 充分   

マラキ書3章8節~10節70人訳ギリシャ語原典直訳  

08・もし 彼が踵し続けている(事実の仮定)人は 神を? この故に あなた方は あなた方は踵し続けている 私。そして あなた方は言い続けている 中で 何に 私達が踵していた あなたを? それは その 上に10ら そして その 上支配(or初犠牲)らは 共に あなた方らの 彼らが存在し続けている。
09・そして 離れ見ているらは あなた方らは あなた方は離れ見続けている、そして 私を あなた方は あなた方は踵し続けている(orろ)。その 異邦人は 彼は共に完成(or納税)させられていた。     
10・そして あなた方は中へ運び続けている 全てらを その 外運び(or外年貢) 中へ その 宝庫ら、そして 中で その 家に彼の 彼が確かに存在する その 通し引き裂くは 彼の。 あなた方は自分の為に通し指示(or監督) しろ それだから 中で この事、彼は言い続けている 主は 全支配は、もし 無い 私が確かに開く(為) あなた方 その 落とし戸 その 不可視の そして 私が確かに外に注ぐ あなた方に その 祝福を 私の 迄 その 十分される事。

ヘブル語の方を翻訳にしてみます。

08・何故男は掴む(or強奪する) 神ら その時 あなた自身が 掴んで(or強奪して)いるら 私を そしてあなた方は言っている 何故に 私達は掴んで(or強奪して)いる あなたを 1/10を そして 献高物
09・あなた方は呪われている そして私をあなた方は 掴んで(or強奪して)いる 異邦人と同じに
10・あなた方は来させろ 全ての1/10を 神殿の宝庫に そして 餌食を存在させよう 私の神殿の中に そして あなた方は私を審査しなさい この言った事で ヤハウエは万軍の主 あなた方に格子窓を開けて 私が空になるまで あなた方に祝福する 十分で無いまで。

コメント

なかなか分かりにくい表現の箇所です。 分かる事は紀元前430年頃のイスラエルの国では、国民は国税を全く支払わなかった様です。それ故に国家は成り立たない事態に陥っていた様です。

そして、その事を引き合いにして今日のキリスト教会の献金を勧める言葉としてこの言葉を引用する事はかなりの飛躍があると言う事かと思います。

時代背景としては、旧約聖書ネヘミヤ記 13章の1節から31節を参照して頂ければ良いかと思います。

以上。

行列の出来る肉屋さん





行列の出来る肉屋さん

 先日、有馬富士公園をご紹介しましたが、その折りの所用は、実はお肉の買い出しでした。 

 行き先は美味しくて安いと噂に聞いた山垣畜産です。贈答時期に行くと2時間待ちと前評判はものすごい。
  
 「グラム450円も出せば美味しいお肉が買える。」

 ということで早速でかけることにしました。 

 わが家からは北回り、南回り、山道の最短コースの3通りのルートが在りましたが、一番安全ですいていて、途中でラブちゃんのお散歩が出来る北回りに決定です。途中に安全で新鮮な野菜が買える猪名川町の道の駅も在ります。

  早速わが家=清和源氏発祥の地からから北に進路をとり、清和台、つつじヶ丘、猪名川パークタウンを抜けて猪名川町の道の駅で野菜調達。休日は凄い人出です。まだ開店直後と言うのに広い駐車場が満杯。店内は芋の子を洗う様な混雑です。

 やっとの事で清算を終え、そこから進路を西に取ります。ほぼ一本道、カーブも少なく、二車線道で快適なドライブが15分程で前回紹介した広大な有馬富士公園に到着します。

 少し西に向かい国道176を左折して南下。小さな河川になっている武庫川を渡り、道が4斜線になってまもなく道場東と南の交差点を通過しすぐの日下部交差点を右折して県道15号にはいり直後の日下部西で斜め右に右折し県道38号線を西進します。 

  しばらく、そのまま直進します。中国自動車道の下をくぐり、すぐ山陽道の下をくぐり、しばらく走ると正面に六甲北有料道路の高架が正面に見えてきます。その下をくぐった直後の上小名田交差点を左折し高速道の吉尾ランプの下をくぐり抜けた左が山垣畜産本店駐車場です。

  この駐車場100台ぐらい入れそうです。かなり車が入っています。 川向こうにも駐車場が在りその上の茅葺きの民家は山垣畜産の本家のお屋敷です。★最初の写真です。 

  駐車場横の小川の橋を渡ると在りました。噂に聞いた行列の出来るお肉屋さんです。 ★2番目の写真は山垣畜産本店と駐車場に看板です。

  店内に入ると(★3番目の写真です。)美味しそうなお肉が陳列されています。今日はそれ程の人出では無い様です。普段はお休みの月曜日でしたから幸いしたようです。それでも少し並ばないと買えません。普段は午後がやはり込むそうです。周辺に在るゴルフ帰りに奥さま向けのお土産にお手頃な様です。

  牛筋肉も在りました。1200gが700円程でした。 一家族1パック限定だそうです。他にもいろいろ買いましたがいずれも大変美味しいお肉で普通のお値段の半額以下でした。

帰りは同じ道ではなく、店舗の前の道を東に向い、4車線の県道82号線に出て東進、神戸電鉄三田線の田尾寺駅の上を通過、中国自動車道の西宮北インターも通過して 国道176号線の天上橋のT字路を左折して元来た道に戻って自宅に帰る事にしました。

  山垣畜産のホームページはこちらです。 http://www.yamagaki.co.jp 
  最期の写真は周辺地図です。 

Ⅰコリント9章24~27節

Ⅰコリント9章24~27節

リクエストをありがとうございました。

早速直訳です。

24・無い あなた方が知っている それは その 中で 競技場 走っている 全てらは(男) 一方 彼らは走り続けている、一 その 彼が取り続けている その 競技賞(ブラベイオン)? この様に あなた方は走り続けろ 為に あなた方が下に取った(為)。
25・全て も その 自分の為に戦闘競技し続けている 全てを(orらを) 彼は中で自分の為に支配(or自制)し続けている、懸かる人は 他方 そういうわけで 為に 腐敗するべき 花輪を 彼らが取った(為)、私たちは その 非 腐敗を。 
26・私は その様な この様に 私は走り続けている 様に 無い 非明示(or 人目につかない)、この様に 私は拳闘し続けている 様に 無い 空中 皮を剥ぐ(打つ)。 
27・反対に 私は下に見え(or目の下を強打)し続けている 私の その体の そして 私は奴隷戦闘競技し続けている、無い どうして 他者らに 宣言した 彼を 非精錬された 私が(自分の為に)起きた(為)。


翻訳にしてみます。

24・あなた方は知らない、スダジアムで走っている男らは ひたすら走り続ける、一人が 取れる その競技賞(ブラベイオン)? これにならってあなた方も走り続けたら、(賞を)取れる様に。
25・全員が 必死で競技しているじゃありませんか。全員が 自分の為に厳しいスケジュールを課して、そこまでしてこの人たちが目指すのは すぐ腐る 花輪を得る為に過ぎません。 私達の花輪は腐らない。
26・私はそれに倣い、こんな風に走り続けます。人目には絶対に触れずに。私は(敵を)叩きのめし続けます。空中を打た無いで。
27・逆に、目の下を強打し続けます。私の体の そして 見せ物の奴隷死闘を続けます。しない為です。他人に聖書(の教え)を宣言しながら 私自身が 試金に不的確(される様な事が) 私自身に起きたり(しない為)。

  コメント

 ギリシャ人には分かりやすいお話だと思います。 スタデアムで開催される競技大会に例えてパウロは地上のキリスト者の信仰生活を教えています。

  パウロが取り上げた競技種目はマラソンと格闘技の様です。マラソンでは、只走り続けます。敵は一緒に走っている全てのキリスト者です。 いや、自分自身かも分かりません。普段から体力をつけ、筋肉や内蔵をを鍛えます。運動量に見合った栄養摂取が勝利の秘訣です。無理の無い適切な練習スケジュールを持たないと本番は故障で欠場、なんてことに成りかねません。

  体力配分も勝利の重要なポイントです。出だしに華々しく走る人は、徐々に先を越され、棄権者が続出するタイプです。マイペースを保ち、先頭グループに水を開けられずに体力を温存し、スタデアムに戻った所ででラストスパートを仕掛けてトップグループを抜け出し、先頭争いのデッドヒートを繰り返しゴール直前にある貴賓席面前のメインストレッチで先頭ランナーを抜き去り、水を開けながら独走体制でゴールするのが勝利の栄冠を得る秘訣です。

  格闘技は勿論悪魔との戦いです。敵は血肉ではなく邪悪な霊ですから以前見たエペソ4章の目には見えない霊の武具が必須です。 敵のサタンは神の武具には対抗手段を持ちません。秘策は聖徒を霊的に眠らせて堕落に引き込み、罪を犯させて神の武具を無力化する以外に術は在りません。 

  ラオデキヤの教会の様な教会ごと富や自己満足に陥れて霊の眼を盲目にしすっかり自己満足のぬるま湯に浸して、心地よさに陶酔してまどろんみ眠りこけている所を剣で止めを刺して教会ごと地獄に陥れる事です。

  サタンは「自分自身の欲望と自己満足の落とし穴につけ込む」と分かっているのですから、敵のの策略を自覚して睡魔と戦う為に自分で自分の目の下を叩いて常に覚醒し続ける事が勝利の秘訣という事です。

  以上。

有馬冨士公園




先日所用があったので初めて県立有馬冨士公園に行ってきました。

最初の写真は入り口で記念撮影をしている所です。 中は広く70ヘクタール(70万㎡)もあり駐車場も、入園も無料でした。

この公園がいいのは犬が一緒に散歩出来る事。ラブチャンも大変ご機嫌でした。

園内は4ルートの遊歩道が在り所要時間はそれぞれ30分から2時間、有馬富士登山ルートの中にはロッククライミング出来る場所も在るそうです。

今日は初めて行った有馬富士公園の簡単なご紹介でした。

パウロの絶筆 Ⅱテモテ4章1~8節

パウロの絶筆 Ⅱテモテ4章1~8節 

リクエスのお代わりをありがとうございました。

★早速直訳です。 

01・私は通し目撃証言し続けている 面前で その 神の そして キリストの イエスの、 その まさに 裁く事 生きているらを そして 死んでいるらを、そして その 上に照らす(or顕現) を 彼の そして その 王国を 彼の。 
02・あなたは宣言しろ その言葉を、あなたは上に立て 良定時に 非定時に、あなたは咎めろ、あなたは上に価格(or非難)しろ、あなたは側に呼べ、中で 全て 太っ腹(or寛容)そして 教えに。 
03・彼が確かに存在する そして 定時が その時 その 健康であるの 教えの 無い 彼らは確かに上に持つ(or忍ぶ)、反対に 下に その 自分ら 欲望らの 彼ら自身らに 彼らは確かに上に積み重ねる 教師らを 擦り取る(or引っ掻く)らは その 聞く事を、
04・そして から 一方 その 真実を その 聞く事を 彼らは確かに離れ転じる、上に も その ★虚言らを 彼らは確かに外に戻(or 横道にそ)らされる。 
05・あなたは も あなたはしらふでい続けろ 中で 全て、あなたは下に苦しめ、業を あなたは行え 良い知らせの、その 食卓給仕を あなたの あなたは満たし運べ(or完成しろ)。 
06・私は そして 既に 私は献酒注ぎされ続けている、そして その 定時は その 上に開放される(世からの出立) 私の 彼が上に立っていた。
07・その 良いを 懸賞戦闘競技を 私は懸賞戦闘競技している、その 走(競争)を 私は完成している、その 信頼を 私は見張りをしている。 
08・残っているを 彼が離れ横たわり(or 閉じ)続けている 私に そのは その ★義の 花輪を、する所は 彼が確かに引き渡す 私に その主が 中で あの その 日に、その 義は 判決の、無い 唯一 も 私に 反対に そして 全てに その 愛しているらに その 上に照らす(or顕現)を 彼の。

★翻訳にしてみすます。

01・私は目撃した事を証言する。神の前にそしてキリストの前に、いま将に生者と死者を裁き、彼の支配が照らしだされようとしている。
02・あなたが宣言するのは聖書です。あなたは立ち上がり、定時にまた非定時に、咎め、批判し、諫め、太っ腹で そして教で。
03・起きるものです、常に そんな時が。教えの健全さを尊ばないし気にもしない。逆に、自分達の欲望に合った教師らを寄せ集めて、聞きたい事を掻きむしるのです。
04・それだけではない、真実を聞くと、そっぽを向いて、虚言を選び取って羽目を外す。
05・あなたは酒に溺れず、多くの苦しみを受け止め、仕事を成せ、(聖書の)良い知らせを運ぶ給仕を貫徹しろ。
06・私はもはや、屠場で血を流すのみ、定めの時で、上に放たれる私 彼は上に立ている。
07・神の懸賞競技で勝ち抜き、競技は完了、後は信頼を見守り
08・余す所は 彼が準備している 、私に 義の勝利者の栄冠を。 誰にでも彼は引き渡して下さる、 私に その主が 晴れの日に 正しい判決 私だけでない それは全員に下さる。愛するならば 上に照らし出されるを彼の。

■コメント

 ローマのネロ皇帝の迫害の最中、処刑を目前にしたパウロが一番弟子のテモテに認めた手紙がこの第二テモテです。 その末尾に記された言葉には深い感銘を覚える所です。死を前にして、語った言葉にしては悲壮感が余りありません。彼の人生観と死生観によるものです。

  そのポイントは7節の 「懸賞戦闘競技を 私は懸賞戦闘競技している」と言う言葉です。 彼は自分の一生を神様の懸賞競技と考えたのです。

  言い換えるならば、人が地上に生命を授かったのは「神の懸賞戦闘競技」に出場するのが目的だと言う事です。全ての人間に期待されている人生の目的は競技の審判者である神ご自身に勝者と認定される事だというのです。

  そして、彼は全ての人間に同様の生きかたをする様に8節で「私だけではない誰でもこの競技の勝利者になれると」パウロの生きかたに全ての人が習う事を勧めているのです。

  勿論、それに聞く、聞かないは各自の自由です。

 さて、その事を踏まえてリクエスト下さった要点は、4節の「作り話にそれるとはどういう事」かと8節の「義の冠について」でした。

  早速4節の方の直訳は「★虚言らを 彼らは確かに外に戻(or 横道にそ)らされる。」となっています。私は「虚言を選び取って羽目を外す。」としました。3節にある「欲望」に合った事を言ってくれる教師を探し出し、その教師を掻きむしって無理にでも肯定的な言葉を話させ、ますます自分の思い道理で自己満足な信仰生活を止めどなく追い求める事と思われます。 

  さて次の、8節の「義の冠について」は 「義の勝利者の栄冠を。 誰にでも彼は引き渡して下さる、」と訳出しました。 

  パウロは自分が受ける事を言いたかったのではなく、エペソの教会で神経性胃炎に苛まれながら悪魔と戦っているテモテを奮い立たせ、パウロの後継者として職務を全うし、当然受けるべき殉教をものともせずに、自己満足を求める人々の要求は無視して、真実の神の言葉を聞く人が有ろうが無かろうが頓着無く、競技の審判者である神の栄冠を得る為に、真実と聖書を語り続ける事を愛弟子のテモテに勧めたのです。

  以上。 

キリストを締め出したキリスト教会

キリストを締め出したキリスト教会 

ヨハネの黙示録3章18節 リクエストをありがとうございました。

★早速直訳です。 

18 ・私は共に企て続けている あなたに 贖った事 から 私 金を 燃やされているを 出て 火 為に あなたが富んだ(為)、そして 服を キラキラ光るを 為に あなたが纏った(為) そして 無い 彼が明らかにされた(為) その 恥が その 裸の あなたの、そして 軟膏目薬を 擦り込んだ事 その 眼らに あなたの 為にあなたが見続ける(為)。

★翻訳にしてみます。 

18・私はどうしたらあんたが 私から買うかと思案に暮れている。 火から取り出された燃える金は、あんたを富ませるし、輝く服さえ、あんたが着れば、あらわなあんたの恥部は丸見え。軟膏目薬さえ擦り込んだら あんたの目が見えるのに。

★コメント

かなり露骨な表現になりましたが原文の意味する所はこんな感じです。 これを理解するにはこの言葉が向けられたラオデキヤの教会が存在していたラオデキヤと言う町の事を知る必要が在ります。

先ずラオデキヤと言うのは「義の民」と言う意味ですばらしい地名です。この町はヨハネが島流しされたエーゲ海のパトモス島の対岸にあるメアンデル川を170㎞程小アジヤ半島の内部に遡ったコロサイという町の手前に在る由緒ある町でした。当時は重要な通商路が町を貫き商業と金融の一大中心地となっていたのです。

 紀元前60年の大地震で町は壊滅しましたが義援金や援助をいっさい謝絶して自力で復興をなし遂げ、世界にその富を誇っていたのです。 地場産業は高価な織物で特に黒羊のキラキラと輝く布地は有名でした。またメンカウルと言う偶像の神殿に併設された薬学校では眼炎に聞く事で有名な妙薬で知られていたのです。 

  この町には紀元前200年頃にたくさんのユダヤ人が移住し、早くから福音が宣教され、このヨハネの黙示録が記された時代には、立派な教会が存在していたのです。

  その事を思うと、使徒ヨハネが書き送ったこの文面には、辛辣な皮肉に満ちている事が分かります。 ラオデキヤの教会に集う人々が自分たちの教会に抱いていたイメージと正反対であったからです。

  自分たちは、経済的に豊かで立派な教会堂も在り、そこに集う人々は羽振りも良く、美しく装い、健康その物でした。

  しかし、神様は、その教会に対して完全な乞食で、素っ裸な上、その事すら見えないほど眼病が悪化している事を宣告されたのです。 

  特に、この教会の問題は教会の主・キリストを教会からすっかり締め出して、自分たちだけで礼拝ごっこに明け暮れていたのです。3章の20節をご覧頂くと分かる様に、キリストはこのラオデキヤ教会の閉じられた立派な門の外に立ち、教会の主であるキリストに門戸を開放する様に入り口の戸を叩き続けておられると記されているのです。

  ここに書かれているラオデキヤ教会の大失態は、決して誇張や冗談ではなくて、今日のほとんどのキリスト教会をはじめ、過去や未来のほとんどの教会に当てはまる、神様の目から見た真実なのだと私は思います。 

  ですから、ここに登場する金とはこの世の富と正反対の神の富を知る貧しい心、服とは自分の恥ずかしい欲望を覆う着物=罪を認め告白する勇気、目薬とは神の前の自分と兄弟たちの浅ましい赤裸々な姿をはっきりと見定め認識する霊の目の視力回復を意味しているのだと私は思います。

マタイ26章64節

マタイ26章64節

 リクエストをありがとうございました。

早速直訳です。

64・彼は言い続けている 彼に その イエスは、あなたは あなたは言った しかしながら 私は言い続けている あなたに、から 今まで あなた方は確かに見る その息子を その 人間の 座っているを 出て右らの その 内在力の そして 来ているを 上に その 雲らの その 不可視の。


翻訳にしてみますね。

64・イエスは大祭司に言った。あなた自身が言った。 しかし私はあなたに言う。あなた方は見る事になる。人間の息子が 力在る方(神)の右に座し、見えない(or空)の 雲に乗って来る。

★コメント

これはキリストの死刑が決められた、ユダヤ最高議会に於ける、大祭司によるキリスト尋問の記録です。死刑が確定する瞬間にキリストが言った大変重要なことばとなります。

この言葉で「キリストは自身を神とした」として大祭司はキリストを「冒涜罪として処刑」を決定します。この言葉はダニエル書7章13節の70人訳ギリシャ語訳文とほとんど同じです。この言葉は当時メシヤの到来を予告した物と認められていましたから、これをキリストが自分自身に当てはめ引用したと言う事は自己をメシヤとしたと言う意味になります。

これを聞いた大祭司には、キリストをメシヤとして受け入れ、その前に平伏して礼拝するか、あるいは死刑を宣告せざるを得なかったのです。 生意気で貧民にすぎない石工の小伜の足元に平伏す事は、大祭司をはじめユダヤ最高議会の全員が一致して選択する事は不可能であったと言う事です。

参考の為にキリストが引用されたダニエル書の当該箇所の直訳を記します。

ダニエル書 7章13節 写本が二種類在るので両方とも直訳してみます。以下です。

私が見ている 中で 幻 その 夜の そして 見よ ★上に その 雲らの その 不可視の 様に 人間の、そして 様に 古いの 日らの   

私が見ている 中で 幻 その 夜の そして 見よ ★共に その 雲らの その 不可視の 様に 人間の 息子の 来ているは 彼が存在している そして まで その 古いの その日らの 

写本の相違天は★印の雲の★上か雲と★共に。のみです。

新約聖書にはこの言葉の引用が6回あり、マタイ24章の30節は★上 、マルコ13章26節は★中で、使徒1章9節は ★雲が彼を★下に取った 、黙示1章7節は ★共にその雲ら、黙示14章14節 ★上にその雲ら

となっています。と言う事で再臨するキリストと雲の関係をまとめるてみます。

キリストの再臨を記した記録には、 キリストが雲の 上が3回、下に取るが1回、共にが2回となります。

まあ細かな事ですか、分かる事は「キリストの再臨の様子はそう単純ではない」と言う事が分かる次第です。

以上

エペソ6章10~18節


エペソ6章10~18節

リクエストをありがとうございました。早速直訳です。

★直訳

10・その 残っているの あなた方が中で内在力し続けろ 中で 主 そして 中で その 支配力 その力の 彼の。
11・あなた方は自分の為に纏え その 全武装を その神の 方に その 内在力させられる事 あなた方を 立つ事を 方に その 方策(メソード) その 悪鬼の。
12・それは 無い 彼が存在し続けている 私達に その 格闘は 方に 血 そして 肉、反対に 方に その 古い、方に その 権限、方に その 世の支配者らを その 闇の この、方に その 霊に属する その 邪悪の 中で その 上に不可視ら。
13・通して この事 あなた方が上に取れ その 全武具を その神の、為に あなた方が内在力された(為) 逆らって立つ事 中で その 日 その邪悪 そして 全てを 下に仕事するらは 立つ事。 
14・あなた方は立て(or(為))  そういうわけで 周囲帯びかたらは その 腰を あなた方の 中で 真実 、そして 中で纏ったらは その 胸当てを その 義の、
15・そして 下に結んだらは その 足らに 中で 準備 その 福音の その 平和の、
16・中で 全て 上に取ったらは その 大楯 その 信頼の、中で 所の あなた方が確かに内在力する 全てを その 投げ槍を その 邪悪の(その)燃やされているらを 消火する事。  
17・そして その 周囲頭(or兜)を その救いの あなた方は受けろ、そして その 短剣を その霊の、 する所は 彼が存在し続けている 話された言葉は 神の、
18・通して 全て 祈り そして 請願 祈っているらは 中で 全て 定まった時 中で 霊に、そして 中へ 彼 眠らずにいるらは 中で 全て 方に信頼に足るに そして 請願に 関して 全てらの その 聖らの、

★翻訳にします。

10・後言う事は あなた方は内在力しろ 主の中で 彼の支配の力の中で。
11・あなた方は自分の為に纏え 神の全武装を あなた方が出来る為に。対抗できるために 悪魔の方策に。
12・それは私達にとっての格闘では無い、血や肉に、逆に古い権限に 世の支配者にこの闇で、邪悪の霊に属していて不可視だ。
13・こんな次第であなた方は取りなさい 神の全武具を、 あなた方が出来る為に 逆らい得ない邪悪な日の中で 持ちこたえて仕事が出来る為。
14・立つ為に 帯をあなた方の腰に 真実の中で、 纏うのは胸当て 義の。
15・結んだら 足に 備えた福音を平和の
16・それらの全ての中で信頼の大楯は、全ての投げ槍に対して、邪悪の火で燃えている 消す為。
17・そして 頭の周囲に 救いを そして 護身用の剣を受けて これは語られた神の言葉。
18・全てについて 祈って 請願して祈って 定期的に霊の中で、 そして 眠りをこらえ 信頼出来るらの中で 聖い全ての事に関して。

■コメント

有名なパウロの獄中書簡エペソ人への手紙の締めくくりの言葉です。パウロはローマ兵に監視されたローマの獄中にいてそこでこの手紙を記しました。 彼の住まいの門前には完全武装したローマ兵がいたのです。それを見ながら記したこの手紙には、軍事用語が多用されています。

 彼が記した手紙の宛て先は地中海の彼方エペソの町の教会です。エペソはエジプトのアレキサンドリヤと並んで最も栄えたギリシャの中心都市でした。 そこに住む誇り高いギリシャ人キリスト者達にとってローマ軍の兵装は、いったいどんな意味を持ったのでしょうか?

パウロはこの手紙で、悪魔との戦いが熾烈である事を語っていたのでした。当然ギリシャ人達がイメージしたキリスト者の敵悪魔との戦いは熾烈なローマとの戦いを彷彿とさせた事でしょう。当然、悪魔との戦いはローマとの戦いと同様で決して容易でない事を理解したと思われます。この悪魔との戦いに勝利するには人間の力では抗し得ず、祈りによって神とキリストの力と救いに頼る以外勝利はあり得ない事を教えているのがこの所なのです。

冒頭写真はエペソに住むギリシャ人達には憎しみと屈辱を感じさせる新興国、野蛮で強大な悪の軍事帝国ローマ軍の兵士の装備です。愛する者たちを殺され、自分たちの土地や権利を奪い、6年後にはローマの圧政から独立しようとしたユダヤ独立戦争が起こり、テイトウス軍にってエルサレムは神殿ごと完全に破壊され亡国の憂き目にあおうとしていたのです。 ギリシャ人やユダヤ人キリスト者にとって敵国ローマの兵装は、具体的で差し迫った生命の脅威として感じられたのではないでしょうか?
 以 上

枯れた無花果の木 

 リクエストをありがとうございました。少し長いですが直訳と翻訳らしくしたものを以下に記します。 直訳に興味のないかたは★のコメントにお進みください。

★マタイ21章18~22節 直訳 

18・早く そして 上に上方導く(or沖へ漕ぎだした)は 中へ 町 彼は飢えた。
19・そして 見たは、無花果が 一らを(or いくつか) 上に その 道 彼は来た。上に 彼女、そして 何も無い 彼が見つけた 中に彼女 もし 無い(のほかは) 葉 唯一、そして彼は言い続けている 彼女に。もはや決して無い 出て あなた 実が なること 中へ 永遠に。そして彼は干上がされた 直ちに 無花果。
20・そして見ていたら 弟子たち 彼らは驚いた 言っているは。どうして 直ちに 彼は干上がされた その 無花果 ?
21・答えさせられたは も その イエス 彼は言った 彼らに、「真実を 私は言い続けている あなた方に、もし あなた方が持ち続けた(為) 信頼 そして無い あなた方が通し裁かれた(為)、無い 唯一 そのを その 無花果の あなた方が確かに行う、反対に そしてもし その 山に このに あなた方が言った(為) 、あなたは上げられろ そして あなたは投げ込まれろ、中へ その 海、彼は確かに起きる。
22・そして全て 全体は とにかく あなた方が求めた(為) 中で その 祈り 信頼しているらは あなたがたは 確かに自分のために受ける。

■翻訳にしてみます。

18・ベタニヤを朝早く発って町(エルサレム)に上るとき彼は飢えた。
19・見ると、無花果の木を道の側で見かけた。木の所に来たが何も見つけられ無かった、葉っぱだけ、彼はこう言った「もう実がなる事は無い、永遠に。すると枯れた すぐに無花果が。
20・見ていた弟子らは驚きこう言っていた。「何故 すぐに枯れたんだ この無花果?」
21・これを聞いてイエスは言った。彼らに「真実を言うよあなた方に、信頼を持ち続けたら、ずっと有罪で無くて、ただこれだけではない この無花果の様な事、他にも山に言ったとする。持ち上がって海の中にはまれ、そうなるよ。
22・何もかも、とにかくあなた方が求めたなら 祈りの中で 信頼している人達は その人たちは受け取る。


★マルコ11章12~24節 直訳 です。

12・そして その 翌日 出てきたらの 彼らの から ベタニヤ 彼は飢えた。
13・そして 見たは 無花果を から 遠く 持っているを 葉らを 彼は来た もし だから 何か 彼が確かに見つけた 中で彼女、そして 来たは 上に 彼女 何も無い 彼が見つけた もし 無い(or以外は) 葉らを。その そして 定時 無い 彼が存在している 無花果らの。 
14・そして 答えさせられたは 彼は言った 彼女に、もはや決してない 中へ その 永遠 出て あなた 何も無い 実を 彼が食べよ。そして 彼らは聞いていた その 弟子らは 彼の。
15・そして 来たは 中へ エルサレム。そして 中へ入ったは 中へ その 宮 彼は始めた 外へ投げる事 その 売るらを そして その 買い求めるらを 中で その 宮、そして その (両替)テーブルらを その 両替人らの そして その 座らを その 売るらの その 家鳩らを 彼はひっくり返した、
16・そして 無い 彼が放置した 為に 何か 彼が通し運んだ(為)備品は 通して その宮。
17・そして 彼は教えている そして 彼は言った 彼らに、無い 彼が書かれている それは その 家 私の 家 祈りの 彼が確かに呼ばされる 全てに その 異邦人らに? あなた方は も あなた方は作っていいた 彼を 巣窟を 盗賊らの。
18・そして 彼らは聞いた その 大祭司らは そして その 書記らは、そして 彼らが探していた どうして 彼を 彼らが滅ぼした(為)。彼らは恐れていた そして 彼を、全てが そして その 群衆が 彼が外に打た(or 驚愕)させられていた 上に その 教え 彼の。 
19・そして その時 遅くなって 彼が起きた、彼らが外へ出てきていた 外へ その 町。
20・そして 側を行ったらは 早朝に 彼らは見た その無花果を 干あがされているを 出て 根ら。
21・そして 再び思い起こさせられたは その ペテロは 彼は言い続けている 彼に、先生よ、あなたはみよ その 無花果を 所を あなたが下に言(呪)った 彼が干あがらされた。
22・そして 答えさせられたは その イエスは 彼は言った 彼らに、もし あなた方が持ち続けている 信頼を 神の、
23・真実を 私は言い続けている あなた方に それは 所は とにかく 彼が言った(為)その 山に 此のに、あなたは取り上げられろ そして あなたは投げられろ 中へ その 海、そして 無い 彼が通し裁かれる(為) 中で その 心 彼の 反対に 彼が信頼し続けている(為)それは する所は 彼が喋り続けている 彼が起き続けている、彼が確かにである 彼に。
24・通してこの事 私は言い続けている あなた方に、全ては 全体は あなた方が祈り続けろ そして あなた方が要求し続けている、あなた方は信頼し続けろ(orけている) それは あなた方が受けた、そして 彼が確かに存在する あなた方に。

■ 翻訳にしてみます。

12・翌日彼らはベタニヤを出た、彼は飢えていた。
13・無花果を見た、遠くから、葉が繁った。彼が来ると何か見つけられるかと。しかし、何も無かった、葉だけで。 それは季節では無かった、無花果の。
14・そこでこう答えた、言う事に木に 、決してないだろういつまでもお前から出る実を食べる人は。彼の弟子たちは聞いていた。
15・エルサレムに来ると宮の中に入るなり、彼は外に投げ飛ばした商売人や買い物客を、更に机も 両替人の、椅子も 鳩売りらを彼は投げ飛ばした。
16・そして放置しなかった 宮を通って運搬する人らも。
17・それから彼は教えて言った 彼らに。 書かれてないか 「私の家は 祈りの家と 呼ばれなければ すべての民族に。あなた方は宮を巣窟にした 盗賊の。
18・それを聞いた大祭司らや書記らは 探し回った 彼を殺す為に。恐れたのは 彼を全ての群衆が茫然としていた 教えに 彼の。
19・その時は、遅くなってから彼が外に出てきた 町から。
20・そして側に来た 早朝にみた無花果まで 干あがっていた 根まで。
21・思い出したペテロは言った。 あなたは見ろ 無花果を これはあなたが呪った。干あがった。
22・そこで答えてイエスは言った 彼らに、もしも持ち続けれたら 信頼を 神のを。
23・真実を言うよ あなた方に それは とにかく 言ったなら 山に この、お前は取られろ そしてはまれ 海に、そして 彼が常に犯罪されないなら心の中で 反対に 彼が信頼し続けた為 喋った事に 彼が起きる 彼が確かに成る。彼に。
24・この事の故に言う あなた方に、どんな事でも あなた方は祈り続けろ そして 要求し続けろ あなた方が信頼し続けろ それはあなた方が受ける、そして 彼が確実にそうなる あなた方に。

★コメント

 有名なエルサレルムに入城されたイエスキリストが無花果の木を呪われて枯れた時の記録です。

 「木が突然枯れるなんて」と思われる方も在りますがさほど珍しい事ではありません。わが家の無花果も3年前新芽か吹き出した初夏にある日に突然枯れてしまいました。また、楽しみにしていたブルーベリーも夏の盛りに相次いで2本とも枯れてしまいました。葡萄の巨峯も枯れたし、オリーブの木は今年の春に突然枯れてしまったのです。わが家のお隣の栗畑でも毎年の様にしてある日突然木が枯れています。

 実の成る木は、土中の線虫や、イモムシ達にとっても貴重な栄養源、管理を怠るとたちまち寄生虫や病害虫にやられて根が食い尽くすされ、水分が吸収出来無くなり、そこへ暑い日が来ると人間の熱中症の様に突然葉がしおれ枯れてしまうのです。 これは、決して珍しい事ではありません。 

 さてその事を踏まえて、何故この出来事が聖書にわざわざ記録されているのかを考えなければ成りません。

  先ず、無花果と言う木に注目する必要が在ります。この無花果の木は実は民族イスラエルの象徴とされ、パレスチナがその原産地でもあり国家、民族の象徴と考えて良いかと思います。

 当然、その木に実がならないと言う事は、イスラエル民族をこの地に入植させた農夫=「神様の意図が全く実現していない」と言う事を意味していると思われるのです。そして、この実の無い無花果が枯れると言う事はイスラエル国家の滅亡を意味します。

 キリストがこのイスラエル民族の象徴となる無花果の木を訪れた時がポイントです。その季節はまだ葉が出たばかりの春で、無花果の木に実の成る夏では無かったと言う事なのです。

 当然です。この事が起きたのはキリストが過越に十字架にかかる直前でしたから今の3月の終わりから4月の初めごろです。無花果の木に実が熟れるのは当然真夏です。まだ夏までは4ヶ月在ります。しかし、問題はその時が来ていなのに、実が無いと言う理由でキリストが無花果を枯らしたと言う理不尽さが残るのです。

  その点が一番大切です。

  もっと、はっきり言うならば、「イスラエル民族に花が咲き、実がなり、それが熟して食べごろに成る=聖書の言葉が国家を挙げて行われ、社会正義が実現し、神様の求められている神の国がそこに起きている。」 と言う時の到来が初めから神様によって予期されていない事を明示しているのではないのでしょうか。

  これは、当然今日のキリスト教会にも言える事と思われます。「キリストの福音に従ったキリスト者たちが、御言葉に従い、教会が健全な神の支配の理想を実現するべく健全に機能運営される事は、実は初めから想定されていない。」と言う事なのです。 

  なんとも理不尽な事ですが、この事を別の言い方で言うとこうなります。 イスラエルの国が滅亡(紀元70年のローマのテトウス軍によって)しますが、それは丁度イスラエルのメシヤであるキリストがこられたときに実(キリストへの従順)が無かった事に起因して神の国が滅亡したのと同じように、この世界が終末を迎えるときにも、キリスト者たちやキリスト教会が神様の御言葉に従順であると言う事は無いと言う事なのです。だから正義の神様は不義で不信仰な地上の世界を滅ぼす事がおできになるのです。

 参考ルカ18章8節。πλην ο υιοs του ανθρωπου ελθων ★αρα ευρησει την πιστιν επι τηs γηs;

直訳 しかしながら その 息子 その 人間の 来ているは だから(無い) 彼が確かに見いだされる その 信頼 上に その 地? 

翻訳 しかし、人の子(キリスト)が地上を訪れ(再臨し)たとき いくら探しても 信頼が 地上に (見いだされる事は無い)

注 ★αραは 否定の答えを期待する小接辞。

  この無花果の木の枯れた事実は終末の時代に生きるキリスト者に、堕落した背教の時代の教会(第二テサロニケ2章3節他)の信仰のありさまに満足せず、しっかり聖書に従った生活をする様に戒めているのではないでしょうか。 
 自分で責任在る判断をせず教職者などに是非の判断を任せ、教会等の組織や団体に依存する安易な信仰のあり方に警鐘を鳴らしているのではないでしょうか。 

  この箇所は「あくまでも一人一人が自覚し、自立して御言葉に従った信仰生活をする様」によくよく警告を与えているしていると言う事なのです。 

愛の真実 Ⅰコリント13章4~8節

Ⅰコリント13章4~8節

リクエストをありがとうございました。

早速直訳です。

04・その 愛 彼が大きな腹で有り続けている、彼が必要を満たす(or 親切で)あり続けている その愛、無い 彼が妬み続けている、無い 彼が自分自身を周囲周囲焼き(見せびらかせ)続けている、無い 彼が吹いて膨らまされ続けている、
05・無い 彼が非外形(or 不作法)し続けている、無い彼が求め続けている その 自分自身を、無い 彼が側で付き棒でつき(or挑発させ)続けている、無い 彼が 勘定され続けている その 悪を、
06・無い 彼が喜び続けている 上に その非義、彼が共に喜び続けている 又 その 真実に。
07・全てを 彼が(屋根で)覆い続けている、全てを 信頼し続けている、全てを 彼が希み続けている、全てを 彼が 下に留まり(or忍耐し)続けている。
08・その愛は 一度もない 彼が落ち続けている。もしなら その 預言、彼らが確かに下に仕事(or無用に)される。もしなら 舌(or異言or言葉)らは、彼らが確かに止めさせされる。もしなら 知識は、彼らが確かに下に仕事(or無用に)される。

翻訳にしてみます。

04・愛は太っ腹だよ。必要を満たすのが愛、妬まないし、見せびらかさないし、背伸びもしない。
05・不作法する事もない、要求もしない自分に、側でけしかけたりもしない 、邪推したりもない。
06・喜ばないのは不正、一緒に喜ぶのは真実。
07・全体を包みこみ、全体を信頼し、全体を望み見、全体を忍ぶ。
08・その愛にはあり得ない、落ち込むことは、預言なんか確実に無用に、異言なんか 止めさせろ。知識なんか確実に無用。

コメント

大変有名な聖書箇所ですね。この箇所のポイントは肯定文ではなく、ほとんどの部分が否定文で記されている事です。この言葉を皆逆にしてみると何の事を言っているのかが判明します。

誰でしょうかね。

妬みに支配され、見せびらかしや背伸びばかりしていたのは。不作法で、要求ばっかり、自分は手を下さないで人に勧めてばかり。何もかも悪意に取っていたのは。

不正に目をつむるどころか手を貸して、真実には全く無関心。自分の仲間や気に入ったもの以外は追放し、一部だけえり好みして総合的な評価も出来ないし忍耐も無い。見返りが無いと愛する事を止めて、預言や異言や知識ばかり追い求めていた教会の信者さんは。

そう、コリントの教会の信者さんたちでした。以下にコリント教会の現状を第一コリントの手紙に従って見ていきましょう。

1章ではパウロ派やペテロ派などに妬みによって分裂。2章では背伸びをして知識だ智恵だと自慢し合っていました。 3章では幼稚な肉の支配する教会と侮蔑されています。

4章では宣教者パウロ批判に加えて不作法のオンパレード。5章に至っては教会の有力者親子で売春婦の奪い合いです。6章で派教会内部の問題で世俗の裁判所に訴状を提出、7章では教会は離婚問題で荒れに荒れています。8章では偶像崇拝の蔓延、9章ではパウロに送る牧師給与(宣教資金)支払いのボイコット。10章では自己中心の蔓延、11章では髪形問題や分派、晩餐会の悪用、12章では賜物自慢と貶みあい。

  そしてこの13章が記されているのです。

おそらくこのコリントの教会の現状は、聖い神様の完全な基準に照らし合わして見るならば、今日の日本や韓国、アメリカを初めとする全世界のほとんどの教会に共通する実態を明示していると私は思います。

そして、当時もパウロがこの教会や牧師役員を初めとする教会全体の頽廃問題を問題として聖書に記録しなかったらなあなあ、ウヤムヤに終始し、私達の教会はすばらしい愛に満ちた神の教会という偽りの自己満足に終わった様に思います。

  誰かが御言葉に従う事を真剣に追求し、誰かが具体的に告発しない限り、上辺を見ているだけでは教会内部の深層にかくされたおぞましい罪の実態はは実際にその教会に集っているほとんどの人々に認識される事はないでしょう。

 その結果、永遠に闇から闇に葬り去られて、そこに集う人々はいつまでも神様の前の罪人の罪状がどれ程深刻で、天国と神様の基準がどれ程厳しい物であるかが分からない様に思います。

  大切な事はこの手紙によってコリントの教会の人々は自分たちが居心地が良いと思っていた教会が、神様とその聖徒たちにとってどれ程酷い教会であったかを教えられて、悔い改めて行いを真剣に改善すべく祈り行動した事です。(第二コリント・2章4節、7章8節~11節他)

   以上簡単なコメントでした。

民数記20章11節

民数記20章11節

リクエストをありがとうございました。早速直訳です。

民数記20章11節ヘブル語原典直訳 

11・そして 彼は高くさした モシエ を 手彼 そして 彼は打たさした を その 険しい岩山(=崖) 中で杖(部族) ★叩くら そして 彼らが出て来た 水ら 多いら そして 彼女は飲んだ その会合 そして 四足獣(家畜=食い尽くす)彼ら

民数記20章11節70人訳ギリシャ語原典直訳

11・ そして 上に取ったは モーセ その 地を 彼の 彼は上に切りつけた その 岩を その 棒に ▲二度、そして 彼が外に来た 水 多いの、 そして 彼は飲んだ その 集会 そして その 家畜ら 彼らの。


コメント

問題は★印のたたくと言う言葉ですね。ヘブル語は パアムという言葉で元々「叩く」と言う言葉で反復動作を現しています。

 これを双数と取るか複数と取るかで、かなり議論が在るかと思います。その違いは パアマァイムかパアマィイムかの違いで読み方の違いでしかありません。(ヘブル語の本文は元々母音が書かれていなかったが後代(書かれてからおそらく3千年以上後)に書かれたものだからです。


  70人訳はこれを明確に二度と数詞を使っていますので、おそらくウルガタ訳を初めとする歴代の訳はこの70人訳の方の本文を訳出している事が判明する次第です。

  この語=パアムその物が反復動作を現す言葉である事から、私はモーセは磐(原文は断崖)を杖で怒りに任せて繰り返し、怒り猛って幾度も打ち叩いたのだと私は思っています。

  以上です。この崖を叩くと水が出る件に関しては以前投稿したこちらをご覧ください。 
磐出水   http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/14959622.html

ヨハネ10章34~38節

ヨハネ10章34~38節

リクエスをありがとうございました。早速直訳です。

34・彼は答えさせられた 彼らに [その] イエスは、無い 彼が存在し続けている 書かれているは(orを)  中で その 法律 あなた方の それは 私が 私が言った、神らが あなた方はであり続けている?
35・もし(★事実に反する仮定) あれらを 彼らが言った 神らを 方に する所らを その 言葉は その 神の 彼が起きた、そして 無い 彼が内在力し続けている 解かれた事 その 書物は、 
36・所を その 父は 彼が聖とした そして 彼が方に遣わした 中へ その 世 あなた方は あなた方は言い続けている それは あなたは涜神し続けている、それは 私は(or彼らは)言った、息子は [その]神の 私は存在し続けている?   
37・もし(★事実に反する仮定) 無い 私が行い続けている その 業を その 父の 私の、無い あなた方は信頼し続けろ  私に。
38・もし(●譲歩の仮定) も 私が行い続けている、そしてもし 私に 無い あなた方は信頼し続けている(為)、その 業らに あなた方は信頼し続けろ、為に あなた方が知れ(or為) そして あなた方は知り続けている(為)それは 中で 私 その 父が そして私が 中で その 父。

翻訳にしてみます。

34・イエスは彼らに答えた。「書かれてないかい、あんたらの聖書の中にこんな風に 「私自身が言った、神々だ あなた方は?」
35・もし、あんな連中を神々と言った その言葉は神の言葉だ、それは無効にはならない書物。
36・ところが その父(神)が 聖として その彼がこの世の中に送った あなた方自身が言い続けている。これは冒涜だと 私が言った「息子だ神の 私が?」
37・もし、私が出来もしないなら 父の仕事を。あなた方は信頼する事は無い。
38・もし、少なくとも私がやっているなら、私にあなた方が信頼しなのか 、そして私に信頼し無い、その業にでも信頼したら 私の中に父(神)が 私が 父(神)の中だ。

コメント

なかなか面白い言い回しの所ですね。はっきりと分かる事はこれは論争の言葉で、喧嘩になっていて相当険悪な雰囲気が漂っています。キリストの言い回しには鋭い刺(or 毒)があって、こんな言い方をされるとたとい上司にいわれてもはらわたが煮えくりかえります。

10章の23節を見ると、場所はエルサレムの神殿のソロモンの柱廊である事が分かります。とするとそこには当然ユダヤの祭司達や律法学者が含まれます。 ユダヤ社会の頂点に君臨し、地位も名誉も財産にも恵まれ自他ともに認めるセレブを前にしてみなりの貧しい30才そこそこの青二才の石工の小伜が生意気な言い方をしたのですから後がどうなるかは自明です。

11章の8節に明記されている様にこの暴言を吐いたイエスに対してユダヤ宗教指導者たちの手によって即刻「石打ちによる死刑が」が執行されようとした事が分かります。

ポイントは★と●で記したギリシャ語の小辞エイ(ει)に続く動詞の法と時制で現された、皮肉です。直訳の方の括弧の中にその意味を書いておきました。

35節の出だしは平たく言うと 「神でも無いあんな連中を神らと聖書に書いておまんがな! 」

37節の出だしは 「神の業を私が行っていなわけじゃないだろうが! 」とかなり挑発的です。

38節に至っては 「私か神の業をしてるんだから、あんたらその業でも信頼したらどうだ! 」と高圧です。

以上、イエスキリストのお人柄、宗教界の大物に対しては歯に衣着せず辛辣な発言の連続です。 だから、エルサレムの宗教指導者たちははらわたを煮えくり返らせ、いきり立ってキリストを殺害する決心を硬くしたのです。

原典で読む聖書は翻訳と雰囲気がそうとう違っていて、痛快ですよ!!

5円コピー



5円コピー

 今日は珍しい物を見つけました。何の事はありません5円コピーです。大学の近くでは良く見かけますが、わが家の近くのショッピングセンターで見つけました。

 最近新装開店になった兵庫県川西市の清和台センターモールです。

 このなかにある阪急オアシスの入り口の右にあるサラダ館の川西清和台店です。 

  新しいコピー機が2台在り両方とも白黒は5円でカラーも格安でした。料金は最初の写真の左側をご覧ください。 

  営業時間は年中無休で午前9時から午後7時です。

  しょっちゅう書物等の大量のコピーをしますので、今までは大学の生協や近くのコンビニを使っていました。これからは経費がだいぶ節約出来そうです。 

  自宅にコピー機を設置しても単価は7~8円につきますし、インジエットプリンターやカラーレーザープリンターも在りますが、やはりトナーが結構高く紙代を加えると5円コピーの方が経済的で大助かりです。 

 企業の宣伝の入った無料コピー大学の近辺にはあるあるそうですがこちらは真っ白な紙ですから安心です。

  お近くにお住まいの方は是非ご利用されてはと思います。

中秋の名月






中秋の名月

「名月を、とってくれろと、泣く子かな。」(一茶) はい撮りました、名月と言う次第です。

 正確には明日の午後6時13分が月齢15の満月で、今日の月齢は14.7となります。

 明日の夕方5時ごろに月の南約4°の所で天王星の近くを通過します。月の直径の8倍位の所です。暗くなれば6センチ程度の口径の小型の望遠鏡があれば見つけられるかと思います。天王星の明るさは6等星で肉眼で見えるギリギリお明るさですが月が明るいので肉眼で見るのは無理かと思います。見かけの大きさは約4″で木星の1/10程の視直径です。

  恒星と違って光に揺らぎがありませんので根気よく探せば見つける事ができるかと思います。

  月の右の方には木星が輝いていました。このときは丁度雲が掛かってきて衛星も特有の縞模様も見る事が出来ませんでした。

  次の2枚の写真は10日に撮影した木星です。木星の4大衛星が皆片方に寄っています。後の方は400倍の接眼レンズでみた木星の縞模様です。

その次の月の写真は同じ日の物です。最期の月は400倍の接眼レンズを使って撮影してみました。一つ前の写真の右上ですが天体望遠鏡は上下左右が入れ代わり増すので実際に目で見た時の左下の部分になります。これぐらい倍率を上げると光が斜めにあたっている部分は月の表面のデコボコの様子をかなり詳しく見ることができます。

ということで今日は、中秋の名月の写真のご紹介でした。勿論この後、あんこのついた美味しい月見ダンゴを頂きました。食べてしまったので残念ながらおだんごの写真はありません。食べた数も内緒です!!

ナデシコ


ナデシコ(別名カワラナデシコ=河原撫子、ヤマトナデシコ=大和撫子、 学名:Dianthus superbus var. longicalycinus
 
  なかなか開花しなかったカワラナデシコがやっと今日開花しました。上の写真です。例年は4~5輪咲くのですが今年はどうしたわけか花芽も遅く、やっと今日咲いてくれた次第です。

  何時もとっくに咲いている8月中旬には、春先にちょっと放置し過ぎたためか、よそ様では開花の知らせをチラホラ聞くのに、花芽も一つもありませんでした。

  何でもカーネーションの仲間だそうで、花だけでなく葉や萼の形などもそっくりです。 

薬効は以下参照 http://www.e-yakusou.com/yakusou/112.htm

  今日はやっと咲いたカワラナデシコの可憐なお花のご紹介でした。 沢山の方々に支えられて先日は777投稿となり、今日はファン登録が77名と成りました。おめでたい七七尽くしです。

マタイ24章23~28節

マタイ24章23~28節

リクエストのお代わりありがとうございました。早速以下に直訳です。

23 ・その時 もし 誰かが あなた方に 彼が言った(為)、見よ ここで そのキリストが、それとも ここで、無い あなた方が信頼した。(為) 
24 ・彼らが確かに甦えさせられる そして 嘘キリストらが そして 嘘預言者らが、そして 彼らは確かに引き渡す 印を 巨大な そして 驚異を その結果 迷った事、もし 力強い(or君主)を、そして その 選ばれたらを。
25 ・見よ 私は前に言っている あなた方に。
26 ・もし そういうわけだから 彼らが言った(為)あなた方に、見よ 中で その 荒野 彼が存在し続けている、無い あなた方が外に出た(為)。見よ 中で その 宝物倉らに、無い あなた方が信頼した(為)。
27 ・のように そして その 稲妻 彼は外に来続けている から 東 そして 彼は輝き続けている まで 日没、この様に 彼が確かに存在する その 到来 その 息子の その 人間の。
28 ・何処に もし 彼が在り続けている(為) その 死体、そこに 彼らが確かに共に集められる その 鷲ら。


翻訳にしてみます。
23・その時に、誰かがあなた方に言う事があっても「見よ、ここに キリストが、いやこちらこそ。」 あなた方が信頼しないように。
24・甦えらされた嘘つきキリストや、嘘つき預言者らが、彼らは確かに印の巨大ものや驚異を提示します。その結果、迷います、首長やエリートまで。
25・見よ、私は予告しました、あなた方に。
26・だからもし(嘘つきらが)あなた方に言い、「見ろ荒野に彼が来た」外に出ない様。「見ろ、奉納物置き場だ」信頼しないで。
27・稲光の様に彼は来る、日の出から輝きながら日暮まで。このような存在が到来される人間の跡取り息子(キリスト)です。
28・何処かに死体があったら、そこには確実に集まるのは禿鷹でしょう。

コメント

前回、( http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/35594956.html )の続きですね。 その文脈は預言者ダニエルが予告した神殿に反キリストが立つときの事です。

 あの時に少しだけお話しした様に、この箇所は紀元70年のローマ軍によるエルサレム包囲の事と、終わりの日の背教のありさまの重複描写と思われます。

今日の箇所で言われているのは、嘘つきキリストと嘘つき預言者は「本物の証拠としての奇跡が行える。」と言う点です。

その奇跡には為政者おそらく大統領やエリート(官僚や宗教指導者)がみな完全に騙され彼らを信頼して、当然政治や軍事や経済をその手に委ねると言う結果が生じる様です。

対策は簡単、25節に在る様に、「そう言う予告が有った。」と言う事は「騙す人達は、言葉で嘘をついて、その嘘に合致した見える説得力在る証拠を明示して騙します。」と言う事なのですからその反対が聖書の教える事です。「人の言葉に加えて自分の目で見えるものによって人を信頼してはならない。」と言う事なのです。

キリストの到来=世界の終わりの時がいずれ来るが、その時が来たらそれを私達が知る為に言葉は不要であると言う事です。

28節は難解な言葉ですが、言っている事は簡単です。「死体(=新しい霊的命=聖書への信頼の)のない人達が大勢居るので、禿鷹(=嘘つきキリストや嘘つき預言者)が大勢回りに集まってきて幅を効かせる物なんです。」と言う理解で良い様に重います。

和三盆ロール (777投稿記念)




和三盆ロール (777投稿記念)

 今日は3時のお茶のおやつに例のファクトリーナカタの和三盆ロールを食べました。

 あっさりとした甘さに美味しいクリームとスポンジのロールはなんともいえない美味しさです。

 最初の写真は道路向から撮ったお店の写真。次の写真は私が何処かへ出かけると必ずついて着たがるラブちゃんです。お店のテラスにはペット用のフックがあり木陰になっているので助かります。

 最期の写真が3時のお茶のおやつに食べてた和三盆ロールです。

 思いつきでブロクを初めてほぼ2年で今日777投稿と成りました。昔作成していたホームページではこの倍のペースで新しいページを作っていましたが、向こうは数年前に1万ページを越えてしまっています。

初めてから10年以上になるのですが、性格のなせる技か、計画性が無く思いつきでどんどんページを作成した為、今では一体何処がどうなっているのか管理者の私にも釈然としません。

それでも毎日のアクセスが200近く在り、多くの方に支えて頂いています。しかし、いかんせん、無秩序に増えていった為、まるで都市のスラローム現象のようです。ここまで増えると管理も更新もなかなか難しくなって所々でデッドリンクや表示の乱れた物がそのままです。

  おまけに掲示板荒らしや、管理アドレスに怒濤の如きスバムメールが来て、公開してあるメールアドレスなどの一部機能は今は休止させています。
 
  今でも、向こうも実は毎日1ページのペースで更新してはいるのですが、4月に怪我をしてからはそれも滞り勝ちです。まあぼちぼち無理の無い程度にマイペースで行きますので、これからもこちらのブログと合わせて、よろしくお願い致します。

 m( _ _ )m  http://bible.co.jp

小鳥の餌場










小鳥の餌場

 以前、私のデスクの真ん前には柿と百日紅と合歓の木があって、小鳥たちの餌場になっている事をご紹介しました。こちらです。 http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/35326498.html

 色々な事があって中々小鳥たちを撮る機会がありませんでしたが、今日はどういうわけか次から次へと小鳥たちがやって来て、一日ピーピ、ピヨピヨ、チカチカと鳴いていました。

 一時に数種類が大抵20羽近く飛び回っていますのでどれがどの鳴きなのか判別は不可能です。

カメラを持ち出してすぐ近くに来たものを片っ端から撮ってみました。

 最初は多分たぶんコガラだと思います。軒近くの柿の枝に留まっています。 次の二枚は多分センダイムシクイと思われます。 4番目はホオジロそして5番目はお馴染みのメジロです。 6番目はコガラかシジュウカラでもしかしたらヤマガラかも分かりません。最期のから2番目は以前ご紹介したコゲラ君です。そして最期はお馴染みキジバトです。

 何故こんなに沢山小鳥が来るのか分かりませんが、やはり餌が豊富に在るのが原因かと思います。柿の木には山芋の長い蔓が巻きつき、そこには花が咲き、ムカゴがなっています。隣の百日紅には花や実に加えて昆虫たちが沢山居るのでしょう。一番左の合歓木にはまだ花が咲き、蝶が舞っていますので青虫も沢山居る様です。

  あと少しして北風が吹く様になると小鳥たちは何処かへ飛んでいきムクドリやメジロなどの溜鳥と冬鳥たちに徐々に入れ代わります。

  最期の写真は小鳥たちの餌場となっている3本の木とわが家です。その手前はすっかり黄色くなり収穫を待っているお隣の田圃です。こんな風にスズメよけの網をしておかないと数百羽のスズメがやって来てたちまち稲穂は食い荒らされて真っ白になってしまいます。右端でブルーシートを被っているのはこの週末に稲刈りをする為に置かれているイセキのコンバインです。今年も豊作になると良いですね。

最悪の教会 第一コリントの14章の34節から36節ついでに40節迄。

最悪の教会 第一コリントの14章の34節から36節ついでに40節迄。

33・様に 中で 全て その 教会ら 聖らの 
34・その 女ら 中で その 教会ら 彼らは黙らせ続けられろ、無い そして 彼が上に戻(or 許容)し続けている 彼女らに 喋る事。 反対に 彼らは下に配置させられ続けろ、丁度同じ様に そして その法律 彼が言い続けている。
35・もし も 何か 学ぶ事 彼らが願い続けている、中で 家 その 自分らの 男らを 彼らが尋問し続けろ、恥ずかしいが そして 彼が存在し続けている 女に 喋る事 中で 教会。
36・それとも から あなた方 その 言葉 その神の 彼が出た、それとも 中へ あなた方 唯一ら 彼が下に出あった?
37・もし ある人が 彼が意見を持ち続けている 預言者 存在する事 それとも 霊に属するは、彼は上に知り続けろ する所らは 私が書き続けている あなた方に それは 主の 彼が存在し続けている 戒。
38・もし も ある人が 彼が無い知識し続けている 彼が自分の為に無い知識し続けている。 
39・その結果、兄弟らは (私の)、あなた方は妬み(or熱心し) 続けろ その預言する事、そして その喋る事 無い あなた方は妨げ続ける 舌(or異言) らを。
40・全て(orら) を も 良い外見(or上品)に そして 下に 順番(or速やか) 彼が存在し続けろ。
(異本は34節から35節がこの後に来る→34・その 女ら 中で その 教会ら 彼らは黙らせ続けられろ、無い そして 彼が上に戻(or 許容)し続けている 彼女らに 喋る事。 反対に 彼らは下に配置させられ続けろ、丁度同じ様に そして その法律 彼が言い続けている。
35・もし も 何か 学ぶ事 彼らが願い続けている、中で 家 その 自分らの 男らを 彼らが尋問し続けろ、恥ずかしいが そして 彼が存在し続けている 女に 喋る事 中で 教会。 )

翻訳にしてみます。

33・この様に すべての聖徒らの教会では、
34・女性は教会の中で黙っていて下さい、また彼女らに喋らせないで下さい。(上に立たないで) 逆に臣下にさせられる様に、聖書(or法律) が言う様。
35・もし、学問したいなら、自分の家の中で夫を問い詰め(or尋問し)て下さい。恥ずかしいでしょう女のお喋りは、教会の中で。
36・(コリント)から神の言葉が出たのでも無いし、(コリントにだけ神の言葉が)下ったとでも言うのですか。
37・預言者と自認したり、霊能者だと言うなら、当然 私が今あなた方に書いている事が主からの警告です。
38・それでもまだ認めようとしないのは、それは嘘がばれるのが怖いだけ。
39・だから、本物の兄弟なら預言する事に熱心になれ、そうすれば異言を止めさせる必要も無い。
40・何につけても、少しは見かけも良くし、秩序もなければね。


コメント

分かる事ですがこの箇所の問題の理解にはこれ以前にこの手紙に記された11章にあるお金持ちが教会で開いた酒盛りや、12章の異言の百家騒鳴問題に繋がる文脈でである事を認識する事が大切です。

  当然その文脈から判断すれば、結婚式で良く話される13章の愛の章も、コリント教会に決定的に不足している兄弟愛の欠如を認識させる辛辣な信徒批判となります。

そして、この14章か続くのです。ここまでの手紙の記述は何処を見ても一つの事が分かります。 コリント教会にはあまりにも深刻なトラブルが頻発していたことです。 大まかにコリント教会のトラブルをを列挙してみます。

 内部分裂(1章)、 教養自慢(2章)、肉の争い(3章)、パウロ批判(4章)、不品行(5章)、訴訟沙汰(6章前半)、不純異性交遊と離婚(6~7章)、偶像崇拝(8章)、牧師宣教師給未払い(9章)、そして前半1~9章の要約と自己中心の批判が(10章)。

 そうしてこのだらしない最低の教会に心を痛めた女性たちが、ふがいない男たちを差し置いて、立ち上がり、預言者、教師として熱弁をふるっていた様子が今直訳した箇所の前提になっています。

  しかし女たちが酷い問題を解決しょうと願って語った言葉はあまりに感情的に過ぎた様です。その結果、女性たちの真剣な熱意は感情が激しく吹き出したが故に良い結果は得られずより悪い結果をもたらしたのではないでしょうか。

  悲しいかな女性たちの熱意とは反対に教会の混乱は収まるどころか、更に紛糾の度を増し、パウロの元に窮状が伝えられる事となります。

  その結果、キリスト教会の歴史に残る恥ずかしい手紙がエペソで悪魔や獣と戦っている最中のパウロの手によってしたためられ、テモテの手によって コリントに届けられたのです。(16章8節から10節)

その時パウロは大きな苦しみと心の嘆きから涙ながらにこの手紙を書き送ったと後に記しています。(第二コリント2章4節)

この混乱の中にあって善意で、口を開いた女性たちの思いは、その願いや思いとは反対に男たちの反発を引き起し教会の混迷を深めたにすぎなかったのです。

だから、パウロはやむなく女性達にも、そして、自称預言者や霊能者達(37節、38節)にも沈黙を命じているのです。

そしてこの14章の沈黙命令に続く15章でパウロは驚くべき事に、今一度福音と復活の信仰の基本中の基本の初歩を語りだしたのです。13章で自称愛にあふれるの教会コリント教会にパウロが真実の愛を伝え。自称福音主義で宣教に熱心なコリント教会にパウロが福音を語ることは、厭味や皮肉を通り越して侮蔑以外の何ものでもありません。

この第一コリントの15章が教会で朗読されたとき、おそらく全会衆は自分たちが福音の初歩を忘れ、奥義だ、霊の賜物だとはしゃいでいた、幼稚さを思い知らされたのです。

そして、驚くべきことは次の事です。コリント教会に取って恥となる、パウロが手紙に書き記して公にした忌憚ない侮辱を、コリント人々は拒否しなかったのです。むしろ正反対に、これは神様からの愛による真摯な批判として受け止め、後生大事に宝物としてパウロの叱責の手紙を受け継ぎました。そればかりか世界の諸教会に神がコリント教会に語られた言葉として伝える事を恥としなかった野です。

この手紙によってコリント教会が霊的に幼稚で肉に支配された赤裸々な実態であったが、パウロを通して送られた言葉によって神様の聖い霊が腐敗した教会内部に働かれ、手厳しい批判を唾棄せず、文字通りに受け入れ、悔い改めと、死んだ教会の再生の証として後世に伝える事を選び取ったのです。

以上。 ですからこのコリント人への手紙の14章の箇所は女教師や女預言者が初代教会に存在していたことの証拠とはなりますが、それを否定する根拠とは成り得ないと言うのが私の結論です。

最南の月と木星の留



最南の月と木星の留

 昨日、蠍座の赤色巨星アンタレスの近くにいた月は、今日蠍座の尻尾の先に来ました。最初の写真です。

  月が地球を公転する軸は地球が太陽を公転する軸よりも約5度程傾斜しているので地球から見た月の軌道は太陽の見かけの軌道の傾斜23.5度を加えると地球の自転軸からは30度近い見かけの位置にずれが生じます。

  これ何を言っているか本人以外には分かって頂けないかもしれません。要するに今日のお月さまは真冬の冬至の太陽の位置よりも更に月や太陽の直径の10倍程南の一番低い位置なんです。

  という事は月の光は大気の厚い層を斜めに通過して居る為上手く写真が撮れない。

 と映りの良くない理由が腕や機材では無く月に原因があるのだと言い訳しているのです。

 はははは~は!!

  後一週間で月はその軌道=白道を90度進み丁度地球の自転面=天の赤道と交差します。

  その日がいわゆる中秋の名月。ほぼ真東から月が昇り一直線に天頂に進み深夜には煌々と大地を照らし明け方のには静かに西の地平線にその身を沈めるのです。

  中秋の名月...月よりダンゴの私ですが今年はピッタリ15日の敬老の日にあたります。

 先日ミンミンゼミをご紹介した窓の丁度蝉のいた場所に日暮と入れ代わりにお月さまが上ります。

  ということは今週の季節の花はススキです。きっと誰かさんが「ススキを取ってくれろ」と言い出すのが間近ですから、ラブチャンの散歩の度に目ぼしいものを見つけておかなければ成りません。

  最期の写真は同じ時に撮影した木星です。月のすぐ近くでいつもの様にガリレオ衛星の名前を入れておきました。

 木星は今まで見かけ上の動きが西に向かっていました(地球が太陽を回転する角速度の関係で木星が見かけ上動く方向)が今日でその動きが止まり明日からは反対に東に向かって動く様に見えます。これは地球の公転軌道の位置がすっかり木星の近くを通り過ぎどんどん木星から離れている事を意味します。

 日暮の西の空では今丁度水星と金星と火星が間近にみえて居るのですが、わが家の西は標高335mの愛宕山と標高257mの大平山を繋ぐ尾根ががあって山頂までをイノシシやマムシに加えてオオスズメバチが良く出没する1㎞程の藪道を機材を担いで登らないと観測は不可能です。

きっと何とか登れても帰りの夜道に重い機材を途中で放棄しないと戻り着かないこと請け合いです。この道はこの季節、あけびや柴栗に加えて色々なキノコがいっぱい在り、その上山芋堀りの名所です。

いつかこの山の頂上に観測ドームとそこまで車の通れる舗装道が出来ればいいのですが夢のまた夢です。

  
以下は撮影した月の諸元とリンク元です。

http://www.moonsystem.to/-

2008年 9月 8日19時 15分 0秒(ユリウス日 2454717.92782)
観測地点 北緯34度51分00秒 東経135度24分27秒
月齢 8.595 位相 99.160 輝面比 57.960 %
黄経 265.295 黄緯 -4.178 地心距離 403,793 km 平均比率 105.045 %
赤経 17.647 赤緯 -27.530 方位192.140 高度 26.992
太陽の黄経 166.135 地心距離  150,697,606 km 平均比率 100.735 %


月諸元
平均公転半径 384,400 km
近地点距離 (q) 362,000 ± 4,000 km
遠地点距離 (q) 405,000 ± 2,000 km
離心率 (e) 0.0549
公転周期 (P) 27 日 7 時間 43.2 分
平均軌道速度 1.022 km/s
軌道傾斜角 (i) 5.1454°
赤直径 3,474.8 km
表面積 3,800万 km2
質量 7.347673 ×1022 kg
地対質量 0.01230002 平均密度 3.344 g/cm3 表面重力 1.622 m/s2(0.165 G)
脱出速度 2.378 km/s
自転周期 27 日 7 時間 43.2 分
公転同期 29 日 12 時間 44 分
アルベド(反射能) 0.12 赤道傾斜角 1.5424°
表面温度 最低40K平均250K 最高 396K
大気圧 昼間10-7 Pa 夜間10-10 Pa

女は学問しなさい。第1テモテ2章11~15節

女は学問しなさい。第1テモテ2章11~15節

リクエストをありがとうございました。早速直訳です。

11・女は 中で 静けさ 彼は学び続けろ 中で 全て 下位着(服従)。
12・教える事 も 女に 無い 私が上に戻(or回転、許)し続けている、も無い 独裁君主する事 男の、反対に である事 中で 静けさ。 
13・アダム そして 第一 彼が成形された、そののち エバ。 
14・そして アダムは 無い 彼が上に苦痛さ(or 欺か)れた、その も 女は 外に上に苦痛(or 完全に騙)されたは 中で 踏み越える事 彼が起きている。
15 ・彼が確かに救わされる も 通して その 実子を産む、もし 彼らが留まる(為) 中で 信頼 そして 愛 そして 聖 共に 正気。

これ翻訳にしてみますね。

11・女は静に学問をしなさい、何に関しても下手(したて)になって。
12・女には教える事を依頼しません。男の支配者とする事も、静かにしていてもらいたい。
13・アダムが最初に形成され、それからエバです。
14・アダムは欺かれなかった、女はすっかり欺かれたので(人類に神の道の)踏み越えが起きている。
15・(エバは)確かに救われます。実子を産む事を通して、男も女も信頼と愛と聖の中に一緒に正気でいれたらね。

 コメント
いかがでしょうか。注意して原文に在る細かなニアンスや人称時制などの文法にこだわって出来るだけ原文に忠実に訳出してみました。

 分かる事はテモテが牧師をしていた教会では、相当女性の出番が有った様です。その教会はおそらく巨大なエペソ教会。当時のギリシャ文化の世界的中心都市にある騒乱の多い教会でした。

  時は西暦63年頃、時のローマ皇帝はあの残忍なネロ、この手紙の記された頃丁度ローマでは大火が起きます。そしてやがてネロ皇帝によるおぞましいキリスト教弾圧が始まろうという不穏な時代です。

  その様な緊迫した情勢の中でキリスト教会は新興勢力としてローマ帝国に驚異を与え始めていたのです。 ローマの世界支配の要となる大都市エペソにパウロは宣教し、エペソ教会が設立されました。教会の内外には問題が山積していたのです。内には世俗の有力者が幅を聞かせ、それに迎合する偽教師や偽信徒が目白押しでした。外には反キリスト教の旗頭ユダヤ人やエペソのアルテミス神殿の同業組合に加えてローマ官憲の目がギラギラ光って憎悪が渦巻いていたのです。

 パウロさえ手を焼いたこのエペソの教会にテモテはパウロの手によってその責任者に任じられていたのです。その教会のトラブルの中で神経性胃炎にさいなまれながら最悪の状況を解決する統べを模索していました。おそらく40代と思われるテモテはアジヤのキリスト教会の代表にあたるエペソ教会の矢面に立ち続けていたのです。

 エペソ教会に集うギリシャ人の富豪たちは、白眼視されているキリスト教の集会の為に自分の邸宅を開放していた様です。当時の記録には豪邸の中庭に5千人が集ったと記されています。

  その様な富豪の妻は多くの人々をもてなす立場に立たされ、配下の家令や奴隷たちを総動員して連日の様にして開催される諸集会の裏方として辣腕を奮っていたと思われます。彼女たちは当然、活気にあふれた大晩餐会に集う多くの人々の衆目を集めた事でしょう。

  彼女たちは日ごとに増し加えられる入信者に目を見張り、贅を凝らした持てなし、自宅の飾りつけ、さらには最新のファッションに時間と富を割き、いつしか教会の表舞台に引っ張りだされる始末となっていた様です。

  そこに誘惑も多く、虚栄と喧騒とそして謀略のさなかに投げ込まれて、世情に疎い貴婦人たちは、出入りのいかさま業者の格好の餌食とされてしまっていたのです。

 パウロはその様な終始のつかない混乱状況下において、いかさま業者に方弄され易い貴婦人は身の程をわきまえるようにいさめる為にテモテあてにこの牧会書簡をしたためた様です。そこにはベタニヤの町に暮らした貧しいラザロの家族の事が念頭にあったのではないでしょうか。

  キリストの持てなしに奔走して大切な御言葉を忘却したマルタに習う事を放棄し、マリヤの如く、御言葉を静かに学び、家事と育児に心を尽くす事をエペソの貴婦人たちに対してパウロは厳しく戒める文面をテモテに託したのでした。

 油食林間著「学問の勧め」でした???

わが家の大きさ自慢







わが家の大きさ自慢

 今日はわが家の大きな物を幾つか自慢して見ましょう。昨日はすっかり秋らしくなったと言いましたが、今日は暑さがぶり返し夏に逆戻りです。クマゼミやミンミン蝉がまた元気に鳴きだして驚きました。

  最初に紹介するのは私の部屋の窓の目の前に在る柿の木にとまり大きな声でミィーン ミィーンと鳴き始めたミンミン蝉の写真です。本当に大きな声で突然鳴きだしたので驚きました。

 さて次は、大きな事では多分どこにも負けないオクラの写真です。全くこんな物自慢になんぞ成りはしませんが? そう、取り忘れている間にすっかり大きくなり長さが20センチを越えて木の様に硬くなってしまっています。じつは取り忘れのオクラ他にもあり随分と惜しいことをしてしまいました。

 もう一つの大きい物自慢は良く見かける巨大ナメクジです。伸びると15センチ位のヤマナメクジです。大抵の方はこんな大きなナメクジは見た事はないかと思います。これ、そこら中に沢山いて夜になるとそこかしこと出没します。

  軟体動物門・腹足綱・有肺亜目・柄眼目だそうで、これ生で食べると心臓病などに効くという民間療法が在るそうです。イッピキ健康の為にいかがですか? でも最近は住血吸虫等の寄生虫に感染している固体があり、しっかりと塩ゆでにしてから食べた方が良いそうです。結構美味しいと言う事ですが、私はこれ食べる気には成りません。続く2枚の写真です。

 さてもう一つの大きさ自慢は20センチぐらいに成長してくれたカボチャの写真です。きっと「何だ小さいわい!」と思われる方が多いかと思いますが今までにわが家でなったカボチャでは一番大きいのです。あとは少し小さくなりますが他に6つも実ってくれました。これで暫くはカボチャは間に合いそうです。

 最期はわが家の大犬ラブチャンです。先程散歩途中に撮影した所です。こちらも体重は34キロありかなり大型です。

 以上、今日はわが家の大きさ自慢でした。

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