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動物の霊 伝道者の書 3章21節

動物の霊 伝道者の書 3章21節

 リクエストをありがとうございました。早速直訳です。

■旧約聖書伝道者の書 3章21節直訳
 
21・誰 知っているは 例の 息子らの その 人 その 登るは 彼女 に 上部へ そして霊の その 家畜 その 下るは 彼女 に下向き にその 地

■70人訳ギャシャ語聖書伝道者の書 3章21節直訳直訳

21・そして 誰が 彼が知っていた 霊 息子らの その人間の もし 彼が登り続けている 彼 中へ 上方、そして 霊 その 家畜 もし 彼が下に行き続けている 彼 下に 中へ 地 

 翻訳は必要ないかと思いますので以下はコメントです。

  ★議論の前提の確認。

  先ず、キリスト教教義学の基本を確認頂く必要が在るかと思います。
それは「聖書の権威はあらゆるキリスト教教理や教義よりも優先する」というあたりまえの基本です。逆に言うと「キリスト教に関するあらゆる事の権威の根源が聖書である」と言う事です。聖書の記述されている事に反する教理や教えなどナンセンスと言うことです。

  聖書は聖典と言うことでキャノンですから聖書が教理や信仰生活に加えて社会生活の規範あるいは基準であるというのが全てのキリスト教に関わる組織団体個人の基本的建前です。ですから、本来教理や教義などのキリスト教の全ての教えは聖書に基づいてるのは当然です。はっきり言えば「教理などよりも聖書の記述は優先する」と言うことなのです。

●一点注意する事が在ります。ここで言う聖書とはあくまでも英訳や日本語訳の翻訳された聖書では無く、ヘブル語とギリシャ語の聖書記者が記した原典聖書を指しているのです。この何に関しても全てのキリスト教という名のつく団体は一致しています。

  何故、こんな事を言うかと言うと動物に霊魂の有無を議論する時西洋系のキリスト教の幾つかの教派はそれを拒否しているからです。

  ★聖書の主張は動物にも人間と同じ霊が在るとしている。  

 今日の箇所で明確なことは「人間にも霊魂があり、動物にも霊魂」があると言うことが明記されていると言うことです。

  ★霊の言語的意味(ヘブル語)
  
  さて、ここでこの「霊」と訳出されている原語に目を向けてみましょう。

ヘブル語は「ルアッハ」で本来は「風」を意味する言葉です。空気が移動する事で「息」とも訳出する事が在ります。端的に言い表すと生きている人間の鼻の穴から出て来る「風=息」を表し、これが肉体から去ると人は死ぬのです。

  人間は母親の体内から産まれ、へその緒が切れると産声をあげて息を開始してこの地上に霊=息を持つ生命となり、この息が途切れる時生命であることを止めるのです。そしてその風=息=霊は神の霊=自然の風=神の息ををらわす汎神論的理解あるいは素朴な命の単純明解な古代的理解を表しているのです。

  そして、その事は人間の飼っている家畜にも言えるわけです。

ということは聖書の原典は人間の霊と動物の霊を全く同一の物として認識し、一切の区別がなされていないと言うことです。

  ★ギリシャ語の霊はヘブル語の霊と完全に同意語。

 さて、次に見たいのはギリシャ語の霊の方です。 こちらは「プネウマ」と言う言葉でやはり「風」を表し移動する空気を表します。更に、人間の「息」をも表します。 ということは「プネウマ」と言うギリシャ語はヘブル語の「ルアッハと完全に一致する語彙の言葉である」ということです。新約聖書に於いても、旧約聖書に於いても、動物の霊と人間の霊に全く区別がないと考える事が妥当と思われます。

  ★人間の精神活動や生活はネペッシュ=プスーケ(ギリシャ語)を使う。

 勿論、霊と訳出されるヘブル語はこのほかにもネペッシュがあり、こちらは精神活動を意味します。こちらの語は人間にのみ用いられています。対応するギリシャ語はプスーケでやはり精神活動を表す生命や哲学と訳出されます。

  ★結論・人間の霊も動物の霊も、神の霊も同じ言葉で同じ意味。

  ということでここで用いられているルアッハは風であり又息であり、それはまた人間も、神も、また動物も何ら区別無く使われていると言うことです。

  この点は明らかに西洋的な二元論による聖書解釈学と東洋の思想であるヘブル語原典との認識はかなり相違する物であると言うことです。

★霊の向かう上部と下部の意味すること。

  さて次に見なければならないのは人の霊が行く「上部」と言う言葉です。これは文字通りの意味で物体あるいは一体となっている何かを、上部と下部に分けた序列を表す言葉です。

ヘブル語では「マエラー」という語で一番最初に用いられている聖書箇所は 創世記6章16節と7章20節で方舟の上部を指して使われています。

  ★動物の霊の行き場所と人間の霊の行き場所は同じ場所で上下=主従関係を指す。
 
そして、動物の霊が行くのは「下部」という言葉で文字通り一体となっている部分の下部を指します。

 ということで、この聖書箇所で言われている人間の霊が行く上部と家畜の霊が行く下部は、「天国と地獄といった二つに隔てられた隔絶した場所」をさすのではなく。同じ場所かあるいは同じ物あるいは連続した場所に於ける上層部と下層部の区分を指しているということです。

  ★結論

 ということでおそらくこの箇所で言われている人間の霊と動物の霊の行き場所は地上に於ける人間の霊と動物の霊との上下関係を指していると言うことです。

 動物、特にここに使われているベヘマアは家畜であり、家畜と人間とは地上に於いて上下関係にあることを聖書のこの箇所は記していて他の聖書の動物と人間の関係とも完全に符合しているのです。

 以上 

★何方でも何か質問等が在りましたらコメントにて遠慮なくご質問ください。

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ビワの花と蜜蜂

ビワの花と蜜蜂

 今ビワの花が満開です。最初の写真です。 
 http://bible.ne.jp/images/brog/11.jpg
寒い時にに花が咲くビワは蜜蜂達に取って貴重な蜜源です。
注意してみるといました、西洋蜜蜂が2~3匹越冬の為に
蜜を集めています。
 http://bible.ne.jp/images/brog/12.jpg
蜜蜂だけを拡大してみました。
 http://bible.ne.jp/images/brog/13.jpg
 今日は外気温が12~3度あり何とか蜜蜂たちが行動出来る
ギリギリの気温です。

 見回しましたが日本蜜蜂は一匹も見かけませんでした。
もしかしたらもう越冬に入ってしまったのかも知れません。
おそらくこの西洋蜜蜂は3.5㎞ほど離れた養蜂園から来
ていると思います。
この季節にこれだけ元気な蜜蜂を育てるのはやはり専門の
養蜂家の力がないと大変難しいかと思います。

  当地は大スズメバチが多く生息するため、大抵11月までに
群れが全滅させられることが多いからです。
 http://bible.ne.jp/images/brog/14.jpg
我が家の庭の4本のビワの木とその向こうの今私がパソコンを
打っている部屋を撮った写真です。

  私の目の前に4年程前まで蜜蜂を飼っていた巣箱か二つ在りますが、
今は蜜蜂はいません。度重なる大スズメバチの襲来に群れの殆どの
蜜蜂がやられ、残った僅かの蜜蜂では越冬出来なかった為です。
 http://bible.ne.jp/images/brog/15.jpg
  もう一度飼って見たいとは思いますが、必死で大雀蜂を幾度も
撃退した事を思い出すと、やはりもう止めておこうと思います。 
 http://bible.ne.jp/images/brog/16.jpg

こちらは先程お話しした養蜂家の店の裏で飼われている西洋蜜蜂です。
大変元気で少々の寒さにもめげずあたりを飛び回っておいしい蜜を
せっせと集めてきます。

こちらのお店のセールがもうすぐ始まります。
お近くの方は是非お出掛け下さい。

http://kanno.gr.jp

私が店長をしているインターネットショッピングの蜂蜜のお店ははこちらです。

http://store.shopping.yahoo.co.jp/bee/index.html

  今日は、越冬の為に今年最後の蜜としてビワの花に集蜜に来ている
西洋蜜蜂さんのご紹介でした。

金星と木星




金星と木星

 今日は新月。夕方の西の空には金星と木星が随分と近づき仲良く光っています。最初の写真です。下の明るいのが金星で上が木星です。

 金星は-4.1等級でこれからドンドン地球に近づいて来ます。12月30日には最大光輝の-4.3等級に成り、あれよあれよと言う間に金星は地球の軌道のすぐ内側を追い抜いて新年には夜明けの空に行ってしまいます。

12月の1日(月曜)には一番木星(-2.0等級)に近づき、すぐ側に来る三日月の4倍位の離隔になります。この日ヨーロッパではお月様が金星を隠す掩蔽現象が見られます(日本時間2日1時2分)が日本では残念ながら地面の下で見られません。

次の写真は金星を400倍にして見た所です。残念ながら薄雲がある上に、地平線近くであり、その上望遠鏡を山の斜面に立てて撮影したため光軸もピントも目茶苦茶です。

最後の写真は同じく撮影した木星です。 こちらもかろうじて横縞らしき物が見える程度です。肉眼ではガリレオ4大衛星も見えましたが写真には写せませんでした。

今日はこれから見頃を迎える金星と日曜日に三日月と金星と木星がランデブーする事のご紹介でした。

吉利支丹大名 高山右近 生誕地

吉利支丹大名 高山右近 生誕地

 昨日ご紹介した、国定公園の箕面の山から少し奥に入ると高山という小さな集落が在ります。

 私の郷里の隣村なので昔から何度も訪れた所です。大阪府豊能郡豊能町高山になります。 

 中学生の折り、一度だけ郷里に行くのに阪急電車の箕面駅から高山村経由の山越えを
したことが在りました。
箕面の大滝から先は細い土道が在るだけで今の箕面ダムのあたりから道らしい道もありません
でした。

 お正月でしたのでマムシや猪に出合うことも無く行き着きましたが、途中で完全に道が
無くなり、川の中を進んだのが思い出されました。
昭和37年、当時の高山の子供達はまだモンペガスリに藁草履でした。 

 http://bible.ne.jp/images/brog/8.jpg
 あたりは自然の宝庫、今回も2~30匹の野生のおサルさんの群れに遭遇しました。
 犬猿の仲と言いますがラブチャンは大きな声で吠えてサルたちは逃げて行きました。
すばしっこくて中々上手く撮れませんでしたが川向こうで背中に赤ちゃんを背負ったお
母さんざるを漸く撮りました。 
 http://bible.ne.jp/images/brog/2.jpg
 高山の村に入ると先ず目につくのが吉利支丹禁令の高札です。
  定
  一、切支丹宗門之儀ハ是迄御禁制之通固く可相守事 
  一、邪宗門之儀ハ固く禁止候事 
  慶応5年(1869)太政官
  右之通報御出願同※可相守者也 日向
  ※おそらく「つらなる」

 http://bible.ne.jp/images/brog/3.jpg
高札丈を拡大してみました。このあたり一帯は隠れ吉利支丹の里でこの高山の町も、
明田尾山の西下側にある私の生まれた旧止々呂美(トドロミ)村もそうだったとされています。

 http://bible.ne.jp/images/brog/5.jpg
  そして少し行くと、高山右近が郷里に造ったセミナリオ(神学校)の跡地です。
今はお寺になっています。

 http://bible.ne.jp/images/brog/4.jpg
藁葺きとたん屋根の建物がその跡地に建てられたお寺です。往時はここに多くの建物があり
異人のパーデレや沢山の神学生が暮らしていました。

 http://bible.ne.jp/images/brog/7.jpg
  そこから少し行くと在りました。高山右近生誕の地です。小高い丘になっていて
今は小さな祠が2つあるだけです。
 http://bible.ne.jp/images/brog/1.jpg
今はこの石碑が残るのみです。
 http://bible.ne.jp/images/brog/0.jpg
 石碑の裏面にはいわれが書かれていました。


天文21年(1552)高山友照(飛騨守)の嫡男(幼名:彦五郎)としてこの地で生まれます。
永禄6年(1563)に父飛騨守が洗礼を受け(洗礼名ダリヨ)パーデレを招いて一族、
家臣らに説教を聞かせます。翌、永禄7年には一族、家臣など150名程とともに右近
(当時12才)も受洗(洗礼名ジエスト)します。

元亀4年(1573)伊丹の荒木村重と結託し12年間2万石の摂津高槻城主。
天正6年(1578年)信長に鞍替えし4万石に加増。
天正10年(1582年)6月に本能寺の変でいち早く秀吉に着きます。
天正13年(1585)播磨国明石郡の船上城(6万石)に転封されます。

天正15年(1587)秀吉のバテレン追放令、秀吉は右近の才能を惜しみ、
茶道の師匠である千利休を遣わせてキリスト教の棄教を促します。
右近は「主君の命令に背いても志を変えないのが真の武士である」と答え、
翌年に加賀国金沢城主の前田利家に1万5千石で身を寄せます。

関が原の戦いの後、徳川家康のキリシタン禁教令で
慶長19年(1614)62才の右近は祖国日本を追放されフィリピンのマニラに行き、翌
元和元年(1615)2月5日熱病で倒れ63歳の波瀾の生涯を閉じます。

 http://bible.ne.jp/images/brog/6.jpg

最後の写真は今いとこが住んでいる止々呂美の父の実家です。私は戦後の疎開中に
この家で生まれました。このあたりは戦国時代幾たびも戦乱に合い、高山右近の領地で
吉利支丹の村でした。

吉利支丹禁令後は隠れ吉利支丹の村となり長い弾圧で皆仏教に改宗させられてしまい、
今は吉利支丹の家は一軒もありません。

今日は、私の郷里の隣村にある高山右近生誕地のご紹介でした。

箕面の滝と箕面グリーンロード







箕面の滝と箕面グリーンロードの負債

 今日は定例のギリシャ語の勉強のある日です。あんまりにも良いお天気なのでクラスの後で近くの箕面国定公園に紅葉狩りに行ってきました。

 滝におりる道に有ったモミジは綺麗に紅葉していました。最初の写真です。

 次の写真は箕面の滝の上から見下ろした所です。雄大な景色ですから6枚位の写真を合成しています。クリック頂くと拡大写真に成るかと思います。

 三番目の写真は箕面の大滝を写したものです。これも6枚程を合成した写真です。平日と言うのにものすごい人出です。

 四番目は名勝箕面の大滝に近づいてみました。落差33mで流れ落ちる水の姿が農具の箕(ミノ)に似ていることからそう命名されたそうです。私の子供時代にはもっととうとうと水が流れ落ち、水しぶきがあたりに漂っていました。しかし、上流に箕面ダムが出来、更に地下にも道路トンネルが出来た上、そこに大量の出水が起きて水量が激減しています。

 一帯は箕面国定公園に指定され美しい自然が残されていました。特にこの箕面の大滝は空海、日蓮、蓮如などが修行したと言う名勝でしたが、こんなに水量が少なくなり本当に残念でなりません。

 問題はそればかりではありません。箕面の山は年間200万人が訪れる観光地ですが、上流の地下にトンネルが出来た事による水量の大幅な減少による生態系の異変が案じられます。

 道路トンネルの名は箕面グリーンロード、新御堂筋の北端から私が生まれた箕面市下止々呂美の家のすぐ近くまでの貫通させた全長5.6キロの道路です。

 今は、トンネル内に起きた湧水をポンプで源流に戻し、滝の景観を人工的に保っているというありさまです。この箕面山は東京の高尾山、京都の貴船山と並ぶ日本昆虫三大生息地の一つとして知られており、ニホンザルなどの天然記念物などの貴重な生物が生息しているのです。

 そして、更にこの長大なトンネルは壮大な無駄遣いとなっているのも問題です。通行料は普通車600円で現在の通行量は日に平均3千台弱です。 ということは1日の通行料収入は600円×3千台=180万円です。

  建設費は総額809億円です。その内訳は国負担分が240億円、大阪府負担分が569億円です。 この大阪府負担分が問題で40年の償却期間内に返済する決まりです。このままでは40年分を総計しても259億円しか通行料金収入はありません。

  予定では平成23年に第二名神が供用開始され交通量が飛躍的に増大すると期待されていました。しかし、そちらも延期され現在平成30年に先送りされ、本当に第二名神が建設出来るのかどうかも危ないありさまです。そして、無事第二名神が開通しても計画日交通量の13250台が達成される可能性は少ないのです。

  何故なら、周辺の開発はいずれも頓挫しているのです。川西市の沙羅林山をバブル期に開発した伊藤忠は5000億の焦げつきを出し、造成しただけで分譲が頓挫しています。

川西市が行った道路や上下水道設備はおそらく永遠に野ざらしの無駄遣いです。また箕面市の森(シン)町開発も余野川ダムの建設中止で荒れ地が残っているだけです。また阪急と府が連携していた大規模開発の彩都は大幅な計画縮小に見舞われています。  

  返済するのは元金丈ではなく利息に加えて、道路の維持管理費も必要ですから、誰が見ても一目瞭然、利息も払えないのは自明です。

 いずれこの借金は大阪府民が返すことになるのでしょう。しかし、財政危機の大阪府の台所は火の車でそれどころでは無いのは衆知の事実です。おそらくこれら全ての負債は最終的に国民全体の税金で穴埋めせざるを得なくなるのではないでしょうか。

 次の写真は問題の長大なトンネル箕面グリーンロードの入り口です。 

 最後の写真は紅葉狩りに参加しくださった方の写真です。箕面の森はサルの名所ですのでみ皆様におサルさんの仮面をつけていただきました。

 明日は帰り道に寄ってみた私の郷里の隣村にある高山右近の生誕の地をご紹介したいと思います。

以下は関連サイトへのリンクです。 

箕面市の観光サイト
 http://www2.city.minoh.osaka.jp/SYOUKOU/STREAM/PANORAMA/taki.html

箕面グリーンロードの建設関連 

http://www.pref.osaka.jp/kansa/gaibu/H13/gaibu4342.pdf#search='箕面有料道路建設費';

http://www.pref.osaka.jp/gikai/discuss/cgi-bin/WWWdispNitteiunit.exe?A=dispNitteiunit&RA=frameNittei&USR=webusr&PWD=&XM=000000000000000&L=1&S=15&Y=%95%bd%90%ac18%94%4e&B=-1&T=-1&T0=-1&O=-1&P1=&P2=&P3=&P=1&K=141&N=1831&H=411389&W1=&W2=&W3=&W4=#L00000004_00000022/

http://www.pref.osaka.jp/gikai/discuss/cgi-bin/WWWframeNittei.exe?A=frameNittei&USR=webusr&PWD=&L=1&R=K_H18_03056601_KAI_L00000004_00000022/

元厚生事務次官殺傷事件



元厚生事務次官殺傷事件

写真上 霞が関に聳える中央合同庁舎5号館の威容(厚生労働省)

写真下 水巻町の国民健康保険税試算例

 ★厚生労働省は世界最大の組織★

 厚生労働省が世界最大の権限を持つ組織であることを知る人は少ないのではないでしょうか?

  ペンタゴンとして良く知られる米国防総省が掌握する年間予算ですら7300億ドル(約73兆円=日本の一般会計予算年総額にほぼ同額)です。厚生労働省の予算総額はなんと114兆円で米国防総省総予算の1.6倍もの規模が在るのです。

  その内訳は少し古いデーターですが一般会計に占める20兆円の予算に国民健康保険支出の約40兆円(3年前)を加え、そこにさらに国民年金の50兆円を加算し、更に介護保険金の4兆円を加えるとなんと年間予算総額は114兆円となります。おそらく本年度ではさらなる増加があることと思われます。

 この世界で最も莫大なお金の采配を振う厚生労働省の許認可権限の頂点に立つのが厚生労働事務次官と言うことなのです。

 おそらく過去の人類の歴史に登場した種々雑多な権力者の中で、最も強大な決定権を持った人こそが厚生労働省事務次官と言うことになります。そして、その強大な許認可権限の頂点に居た人物を家族毎殺害しょうとしたのが今回の事件の意味することなのです。

 この様な事を思うと、今回の事件が決して単純な原因で起きたとは考えにくいのではないでしょうか。 この事件以降はこの「強大な許認可権限の座につく人とその家族に計り知れない恐怖を抱かせる重大事件である」という事なのです。事件の背景に一体どんな事が在ったのか、捜査当局の解明を期待したい所です。

★事件の背景に勘案されること★

  犯人が自首する時に否定した様に、年金絡みの犯罪の可能性は否定出来ません。年金局の厖大な無駄遣いや、記録の改竄に加えて職員の怠慢や巨額な公金横領事件です。

  また3年前に、改正された国民健康保険料の恨みも取り沙汰されています。その改定のものすごさは以下の様な物です。

  年収500万で3人家族、課税される所得金額300万円と仮定した世帯で国民健康保険税が一気に30万~40万円増税され年額約70万円近くなった言う大増税でした。

最も負担率が増えるといわれる年収300万円の3人家族の世帯では国民健康保険税が約50万、そこに家族三人の国民年金額が約43万、更に介護保険料や医療費を加算すると全収入の1/3の100万円が一年間に厚生労働省に吸い上げられてしまうと言うのです。

勿論このほかに所得税や市民税県民税に加えて消費税を負担します。ということは所得に占める税金の割合は6割を越えてしまう事になるのです。

北欧の高税率高福祉国家とほぼ同じ税負担額です。しかし、問題は、その国税負担に見合う手厚い医療や福祉に加えて介護制度が同等に充実していないのでは無いでしょうか?

 最近の妊婦救急搬送途上死亡事件や取り沙汰されている医師不足等、日本の厚生労働省行政は不備であるのに高い負担を国民に強いるという無責任放漫行政ぶりが露呈しています。 

  この様な高額税の有無を言わさぬ徴収は全国津々浦々の庶民に重大な生活危機をもたらしています。私の住む町は市民が17万人で世帯数は約5万です。

一昨年の健康保険税律の改正時には総世帯の過半近い約2万人の市民が健康保険税の負担に耐えかねて市役所に相談に押しかけました。我が家も押しかけました。いきなり何の了解も無く過去の税額の倍近い、20万を遥に越える保険税の増額でした。市役所2階の担当窓口は長蛇の列が出来ていました。頂いた整理券の番号は朝一で250番目、半日仕事となりました。これが一月以上も続いたと言います。

 そして不思議なことにこんな全国規模ではおそらく一千万世帯を遥に凌駕する規模で展開されたこの大事件がNHKをはじめとするマスコミに全く言えるほど取り上げられませんでした。

相談に訪れた市役所の担当者の言葉が忘れられません。「日本の国民はおとなしいからこんな中央官庁の横暴にもおとなしくしている。外国なら暴動かクーデターが起きてもおかしくない!!」腹が立ちました。「だったら何故この様な徴収業務をを受託するのか、厚生労働省に徴収事務を返納しろ!!」とよっぽど怒鳴ってやろうかと思いましたが顔見知りの方も多く黙って引き下がらざるを得ませんでした。

このほかに後期高齢者医療制度によって懸念される高齢者医療の切り捨て懸念や介護保険の要介護認定の困難さなども厚生労働省に対する不満や批判がそこかしこで増大しています。

そればかりではありません。莫大な医療費や福祉費を支払う業務でもトラブルが多発しています。超高額な医療設備の導入に対する許認可権限と診療報酬の引き下げ、更に莫大な経費がかかる新薬認定に加えて薬価基準の連続引き下げによる日本医師会との軋轢など厚生労働省の周辺には金銭にまつわる紛争が頻発しているのです。

そして最も懸念される問題が、厚生労働省の管轄である、麻薬に関する取り締まり権限に対する妨害の危険性です。

厚生労働省設置法第4条(110項目ある)にこう記されています。 
三十二 「麻薬、向精神薬、大麻、あへん及び覚せい剤に関する取締りに関すること。」

最近のヤクザ絡みの麻薬取り締まりの強化に加えて、北朝鮮をはじめとする国際的な麻薬密輸組織に対する熾烈な取り締まりの強化や、学生や一般社会人に蔓延する麻薬取り締まり行政に対する妨害もこの事件の背景として考えられるのです。

これらの事を勘案すると、今回の事務次官連続殺傷事件の背後には、何やらそこ知れぬ巨悪が隠されている様に思えるのです。

捜査当局ならびに関係省庁による事件の真相解明が厳正になされることをしっかりと見守りたいと思います。

雨止み犬




雨止み犬

  今日は天気予報通り9時ごろから一日雨降りでした。

  散歩が大好きで、それだけを楽しみにしていいこにしているラブちゃんですが一つだけ不思議なことが在ります。

  それはかなり雨が降っていてもラブちゃんの散歩に行くとその間丈雨が止むのです。

  一度や二度ではありません。勿論反対にラブちゃんの散歩中に雨に降られて傘が無くてびしょ濡れになった事も1度だけ在りましたが大抵は止んでくれます。

  今日も、雨の中夕方の散歩に出かけると不思議雨がやみました。そして、ラブちゃんが30分の散歩を終わってお家に入ると、とたんに雨がざーざーと降り始めました。

  本当に不思議な犬です!! 

五月山 (サツキヤマ)





五月山

 今日は夕方お天気が良かったので目の前に見えている五月山に登ってきました。

 最初の写真は五月山から見たわが家のあたりの写真です。

  白い「 ↓ 」のあるあたりが我が家になります。距離は4㎞位です。 

  南西側を見たところが次の写真です。3枚を合成しました。多分角度にして90度位の範囲が写っています。左端が大阪方面で遠くに関西国際空港が見えています。真っ正面は神戸の灘あたりから西宮市の甲山と六甲山、右手は宝塚から川西の町並みです。

  手前に見えているのは阪神高速池田線の延伸部分です。この高速道路の建設当時は対策の住民団体の役員をしていました。

 大きな橋は愛称ビッグハープと呼ばれる斜張橋です。主塔の高さは川面から100m、全長は400mでお値段はなんと400億円です。大変な無駄遣いだと公団の大阪第二建設部長とさまざま交渉致しましたが、この部分は本社直轄で管轄害だと逃げられました。

 次写真は素敵な三匹の犬のスナップです。左の写真は、少し離れた箕面国定公園にある箕面ダムで見つけた鴨の長明の歌碑です。

  横に写っているお犬様は卒論に鴨の長明をされたそうでかなり詳しい様ですが、聞くと長く成りそうなので興味のないふりをしました。 

 最後の写真は歌碑を拡大した物です。 お犬様に教養のある所を見せるために....詳しい方が在りましたら内緒で教えて下さいね! 爆!! 

エンドウ豆





エンドウ豆

  わが家の菜園は冬野菜は取れた試しがありません。

  蒔いた種は大抵鳩やカラスにやられるし、芽が出るとヤトウムシに根も葉も食いちぎられ。

  双葉が出ると、ナメクジや小鳥に食い荒されて、そうしてかろうじて収穫が出来そうになるころには青虫さんがお先に失敬されてしまいます。

  そんな中、唯一エンドウマメだけは確実に初夏に収穫出来るのです。

  今年収穫したエンドウマメから保存しておいた種を先日蒔きました。

  畑は、1月位前に石灰を蒔いて線虫などを駆除し、1週間位前に配合肥料をたっぷり蒔き少し腐葉土も入れて耕運機をかけておきます。 

  蒔くエンドウはそのままでは発芽に時間がかかるのでキッチンタオルを敷いた浅いトレーにエンドウの種を並べて水をかけ一週間程日当たりの良い室内で発芽させます。

  最初の写真です。これを、畑に適当に蒔きます。次の写真です。

  3枚目の写真は、私がエンドウ豆の豆まきをして水をかけているのをつまらなそうに見ているラブちゃんです。

  これであとは冬の間にしっかりの地面に根を張り3月頃に急に蔓を伸ばし始めます。その頃に身の丈位の棒を立てて支えをします。そうすれば後は何もしなくてもおいしいエンドウマメが収穫出来ます。

 最期の写真は、昨年の11月の中旬に私と家内がエンドウの畑を作っているところを撮影したグーグルのストリートビューの写真です。

  私と家内が一生懸命野良仕事しているのがお分かりでしょうか。

  じつは、私もこの時、庭の横の道を変なワゴン車が通っているのを不審そうに見守りました。

  屋根の上に変な箱の様な物が取り付けられその一番上に黒くて半球形の物がついている車でした。

  皆様も、自分の家の近所や町中でこの不審なワゴン車を見つけられたら気をつけないと私の様にお恥ずかしい所を公衆の面前にさらされる結果となります。 爆!! 

ウグイスの巣








ウグイスの巣

  最近はウグイスさんを余り見かけません。好物の熟した柿が一杯なので何処かへ食事に行っているのだろうと思います。またそのうちに戻ってきてくれるかと思います。

 最初の4枚の写真はついこの間まで綺麗な歌声を聞かせてくれたウグイスさんの写真です。鳴いているところを撮りましたので間違いないかと思います。

  先日、良くウグイスさんが鳴いていたあたりの笹を刈っていて、ウグイスの巣を見つけました。

  次の写真です。藪の中に作られているので余程注意してみないと分かりません。次の写真は手で取って見た写真です。

 きっとウグイスの巣は見た事のある人は少ないかと思うので玄関のところに飾ってみました。最期の写真です。

  今日は、このあたりで良く見かけるウグイスさんの巣のご紹介でした。 

タヌキ





タヌキ

日向ぼっこをしていたラブちゃんが突然吠え始めました。いつもめったに吠えないラブちやんなので何事かと思って縁側の外を見ると、や!! 向こうに何か居ます。

 最初の写真です。 外に出てみるとどうやらタヌキの様です。タヌキもビックリしています。 

ここしばらくタヌキさんにはお目にかかりませんでしたが、久しぶり、2年振りぐらいです。以前は番いで、子供もいましたが、今は一匹丈の様です。

  ラブちゃんにものすごい勢いで吠えられてスゴスゴと藪に消えて行きました。

 きっとお腹をすかして、ラブちゃんが寝ている目の前の富裕柿の木を小鳥がついばんで落ちてきた柿の実を狙ってきたのでしょう。かわいそうにと思いましたが、まあ雨戸が締まってから来れば食べれると思うのでそのままにしました。

  という事で久しぶりに見かけたタヌキさんのご紹介でした。

田母神論文その3

田母神論文その3

 今まで田母神論文について2回、私見をお話しました。第一はこの論文の主張は正論であると言う事。

第二は日本が統治した満州国や朝鮮半島の日帝支配に対する肯定的側面と、住民が持つ民族的誇りと否定的心情の交錯する複雑さ、さらに戦後の両国の為政者の失政や混乱を闇雲に日帝支配に責任転嫁した反日教育を批判させていただきました。

 さて、今日は第三の点をお話してみたいと思うのです。

 それはこの田母神論文が最も紙面を割いている欧米列強の野蛮な植民地政策と日帝支配との比較です。 

  欧米列強が過去に行った侵略と帝国日本が行った政策との根本的な相違に焦点をあてる必要があると思うのです。

  欧米列強が過去に行った植民地政策では白人達が当然の如く有色民族差別し動物並にあしらいました。平和に暮らしていたアフリカの黒人達を奴隷船で運んだ酷い略奪をさす植民地政策やインドや東南アジヤを始め、英国の阿片戦争にみらるおぞましい侵略、新大陸を植民地化し移民達が米大陸の先住民と結んだ約束を悉く踏みにじって殺戮した大量殺戮侵略を見れば自明です。それを日本の朝鮮半島や満州国統治と同列に扱う事は誰が見ても明らかに不当です。

  しかし、その様な「不当な事」が「戦勝国による不法な東京軍事裁判で何故なされたのか?」と言う本当の原因を究明する事がまず必要だと私は思うのです。

  ご存じの通り、日本を裁いた東京軍事裁判で取り上げられた証拠は大変偏った物ばかりでした。本来であれば東京軍事裁判で最も問題にされるべきなのはアメリカの戦争犯罪行為です。

東京大空襲や広島や長崎に投下された原爆を始めとする無差別絨毯爆撃や一般市民の殺戮を目的にしたハーグ条約違反は理不尽にも全く議論されませんでした。

 それに反して、日本は律儀にも米国の民間船舶や補給船は攻撃しませんでした。そして、米国は、ジュネーブ条約違反の病院船ブエノスアイレス丸の撃沈を始め多数の民間船舶に対する攻撃をしています。

  そして、反対に日本軍が行ったとされる戦争犯罪ばかりが裁かれたのはあまりにも不平等です。その不平等の背後には白人達の根深い人種差別意識が露骨に在ると言う事は否定出来ない現実ではないでしょうか? 

その裁判が如何におかしいかは、細菌戦を行ったとされる731部隊の作戦等は全く不問にされていることにも現れています。

  こんないい加減な裁判が何故、世界衆知の中でなされたのかは検証されなけれは成りません。

  そのような、差別的な東京軍事裁判が行われた原因は、そこに従事した、殆どの人々が白色人種と言われる欧米系の関係者であった事に起因する人種差別と蔑視は否定出来ないと思います。

この東京軍事裁判には白色人種達の心に露骨に存在する、人種差別意識が深く影響しているのではないでしょうか?

  それ故に、彼らの心の奥深くに在る有色人種に対する自己の優越感を満足し、また蔑視に適合する身勝手な事実ばかりが集められ、それらがその様な露骨な人種差別意識によて不平等に裁かれたのではないでしょうか?

そして、彼らの人種差別意識に反する優れた事実は全て不問どこやろか故意に無視されたのではないでしょうか?

  特に、彼らが露骨に劣等なアジヤ人であると見なしている日本人が、欧米列強の植民地支配より格段優れた大東亜共栄圏と言う理念を持ち、鉄道や港湾建設を始め灌漑事業や電力などのインフラ整備を行い、教育制度を創設し、大学迄設立し、しかも、被支配民族から政治家や軍人を起用するなどという事実は彼らの心情に照らし合わせて存在してはならない不都合な真実だったのでは無いでしょうか? 

 そして、日本人が行った蛮行のみが針小棒大に取り上げられ、捏造された数多の証拠が人種差別を当然とする彼らの意にかなって採用されてしまったのではないでしょうか?

そして、この様な日本人は野蛮人で国際法に反した数多の残虐行為が有ったからそこ連合国や米国によって行われた数多の不法行為は、「正義の為のやむ終えぬ緊急避難的な正義の作戦であって当然に免責されるべきである」と言う論拠とされ、それに反する優れた真実や評価されるべき事柄は全て闇から闇に葬られたのでは無いのでしょうか?

  その上に、前回取り上げた、汚職まみれで我利我欲に凝り固まった李承晩大統領や蒋介石を筆頭とする権力闘争に明け暮れる人々にも諸手をあげて歓迎されて満場一致で結審し、東京裁判史観として固定化され、その決定が遵守される限りにおいて、札付きの劣等で野蛮な日本国が改悛しその罪の償いがなされたので新生日本となったが故に、寛大な戦勝国のお慈悲で国際社会に受け入れられる下地とされてしまったのです。

 そろそろ私達は、この様な不公平な東京裁判史観を検証し、非を認めるべき点は非を認めつつも、不公平で看過された本来裁かれるべき戦勝国側やソ連共産軍、捏造された英雄の金日成の素性なども含めて数多の違法行為を取り上げて再審させるべきなのではないでしょうか。

  今それをしなければ、先の戦争で国の為に命を捧げられた多くの英雄達の名誉が回復されない様に思うのです。 今回、問題とされた田母神氏の論文問題はその様な私達がいずれ解決しなければならない先の大戦に至った歴史の正しい認識を議論する大変時宜に叶ったことと私は考えるのです。皆様の忌憚ないご批判やご意見のコメントをお待ちしています。

紅葉







紅葉

 今日はいつも散歩している公園の紅葉が見頃を迎えました。

 見事に色づいた公園の紅葉の路を散歩しているラブチャンです。

 苔の絨毯の上には一杯綺麗な落ち葉が落ちています。

 どの一枚を取って見ても本当に芸術品です。形も色も見事で神様のパレットには一体どんな絵の具が在るんだろうと考え込んでしまいそうです。

 ラブチャンもお得意のお鼻で枯れ葉さんの臭いをクンクンかいで調べています。

 きっと甘いおいしい香りがしているのでしょう。 

  今日は、ラブチャンの散歩道で綺麗に色づいた紅葉のご紹介でした。

田母神論文(その2)

田母神論文(その2)

 皆様よりの沢山のコメントをありがとうございました。

 田母神論文に関しては述べた様に、私は「正論で何一つ間違った事は記されていない」と思います。

  しかし、懸念する点が2点あり、今日はその第一の点を皆様お話しし、皆様のご意見を賜りたく思うのです。

  第一の問題点は、中国や韓国の人々の心情です。

  私達日本人が「侵略ではない」と言っても今韓国や中国に生きている殆どの人々は現実の日本統治の時代とその前後に比較した平和や繁栄を全く知らず。その上、両国政府が国策として徹底して教育した「日帝時代の否定的側面丈しか聞き知ってはいない。」と言う現実です。

  私が初めて韓国を訪れた1974年には40代以上の全ての人が流暢な日本語を話され、しかも私がお会いした殆どの韓国の国民は大変好意的且つ親切な方々でした。

 しかし、それから10年して訪れた韓国は経済的に発展し、太田の民族独立記念館に見られる様なリアルで目を背ける様な徹底的な反日教育が国策でなされているのを目の当たりにし、青年達は無抵抗にそのジオラマを繰り返して見せられていました。そして、良かった事は何一つそこには展示されてはいないのです。 

  そして、中国にも南京等に同様の施設が作られ国策で反日教育が推進されていると聞きました。  

  しかも、両国共まずい事に日本統治の後内乱を経験し、その殺戮の凄まじさの記憶を、全て日帝支配の時と同一視させたり、あるいは日帝支配の結果の混乱で原因は日帝支配に在ると責任転嫁しそれを政府も国民も何の疑念も無く受容していると言う点です。

  更に知らなければならないのは彼らは、白色人種に敗北して支配されても、経済力も体格も、軍事力も文化も格段に優れた民族に統治されると言う白人コンプレックスの故にあきらめる事が出来たかもしれないが。反対に体格的に劣り、歴史や文化に加えて精神的、文化的に見下していた燐国の日本人に統治される言う屈辱観から、日本の統治に対する憎悪や妬みるに起因する反感感情が存在しているという点です。

  おそらく、髪の毛も目の色も肌のいろもう違うヨーロッパ列強に支配されたならば抱かなかったであろう、屈曲した彼らの民族感情に理解を示し、それを解きほぐしその当時の証言を発掘していくことを地道にしなければならないのではないでしょうか。

その当時に実際にその地で生きた人々がまだ生きておられる今、その人々の記憶や経験を記録する事を始めなければその様な日本の統治の平和と繁栄の主張を実証する事は永遠に失われてしまうでしょう。

 さて、もう一点は次の機会にお話ししてみる事にします。皆様の忌憚ないご意見ご批判などのコメントをお待ちしています。

田母神論文

田母神論文が世間を騒がせています。

私は拝読させていただきましたが正論で何一つ間違った事は記されていないと思います。以下に論文へのリンクを張りますので是非皆様も直接論文をご覧頂くのが良いかと思います。

皆様の忌憚の無いご意見をコメント下さるのをお待ちしています。

以下リンク。


もしご覧になれない方が在りましたら是非コメントにてお知らせいただければ画像にして以下に貼り付けさせていただきます。

めぐみ(再々)





[[attached(1,center)]]
                 <再生> めぐみー引き裂かれた家族の30年(予告編)


明日11月15日、横田めぐみさんが北朝鮮に拉致されて31年となる。
去年公開された映画の予告編になるが、再び掲載したいと思う。もう一度この映像と被害者家族の悲痛な
叫びを脳裏に焼き付けて頂きたい。私たちに何か出来ることはないだろうか?

至心合掌




※転載可としましたので、転載出来る方はどうか宜しくお願い致します。


転載元: 半径1メートルの世直し

柿の豊作




柿の豊作

 今年は柿が豊作の様です。お昼過ぎにお隣...(といっても200m程離れた池の向こうのお家です)のおばあ様からお電話を頂きました。

 「柿ぎょうさんなったから取りにおいで!!」元気なおばあちゃんで先日に続いて二度目のお誘いです。せっかくですので喜び勇んでバケツを持って出かける事にしました。

  最初の写真はわが家から見たお隣のお屋敷です。柿の木に実が沢山なっているのに今年はこのあたりのどこのお宅も柿は豊作でだれも取りに来ないのだそうです。

  さっそくお言葉に甘えてバケツいっぱいとその上レジ袋にもいっぱい頂きました。前回とほぼ同量頂いてきました。でもまだまだ在ります。

  これだけの柿は、柿好きで大食いの私でもとても食べきれません。明日の礼拝にこられた方々に前回同様におすそ分けする事にしました。

  最期の写真は「私のお口に柿がいくつ入るかしら?」と心配そうにしている柿大好き犬のラブちゃんと柿のツーショットです。 

造成開始






造成開始

 ラブちゃんの散歩コースにあった里山に新設される平成医療大学(仮称)の造成工事がいよいよ始まりました。

  巨大な建設機械がゴーゴーを唸りをあげて山肌を削り、何十トンという土砂を移動させています。

  後2年程すればここに沢山の青年達が学びます。そしてつい先日までは山菜の宝庫で、猪や雉、野鳥たちが飛び交っていたのがうそのようです。

  最期の写真は先日ご紹介したカエデの並木です。新設される大学への進入路となる道ですから、開校したころにはこんなにのんびりと道の真ん中で撮影会などしておられなくなる事でしょう。

満月の出





満月の出

 今日は満月!! しかもその時間が15時17分。私が部屋で仕事をしていると目の前の故郷の山(箕面市下止々呂美の五月山)に日暮と同時に月が上り始めました。あわてて倉庫に走り、望遠鏡をセットして、写真をパチパチ撮りました。

  勿論、設定も、ピントも目茶苦茶!! 

 まあ良いでしょう。ところで明日の明け方6時1分からプレアデス散開星団(スバルの事)の星が次から次へと月の後ろに隠れます。

  先月は満月の2日後に起きもう少し華々しく掩蔽されましたが、まあ明朝のスバルの掩蔽現象もかなり見応えがある所です。

 今の西の空には金星が煌々と輝きその少し東には射手座のあたりで木星も光っています。最期の真っ黒の写真をご覧ください。撮影場所は以前ご紹介した平成医療大学の開発現場です。西の山に沈む寸前の金星とその南側に輝く木星が写っています。

  真っ暗かもしれませんがクリックいただくと拡大図になりきっと金星と木星がご覧頂けると思います。

  まあ今日は満月の月の出と西の空にある金星と木星のご紹介でした。

モズ




 モズ(百舌)鳥 

 今日お隣の池の方を見ると余り見かけない小鳥が一匹枝にとまっていました。(最初の写真です。)

早速望遠鏡を倉庫から持ち出して覗いてみるとどうやらモズの様です。(次の写真です。)長い尻尾をクリクリと回していますので間違い無さそうです。

 不思議な事に池の端の蒲の茂みに入り込んで消えてしまいました。何処かに巣でも在るのかとおっもってその当たりを見回すとどうやら巣の様な物を見つけました。

 3番目の写真です。しかしこの巣はまるで鴬の巣の様な感じです。今は繁殖時期ではは無いのでまさか卵は産んでいないと思いますが、もしかしたら違う鳥の巣かも知れないのでそっとしておく事にしました。

835基

835基

これはいったい何の数かと思われる方も多いかと思います。

これは最新の防衛白書に記された最新の中国核弾頭ミサイルの配備総数です。

ちなみに同白書による極東に配備されている米軍の核弾頭ミサイル数が
982基、対峙するロシアの核弾頭ミサイル数が760基です。

詳細は以下の白書のデーターをご覧ください。
 
 http://bible.ne.jp/images/brog/kaku.jpg

防衛省の最新(平成20年版)の防衛白書はこちら。


http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/2008/w2008_00.html (トップページ) 
 
総計すると2577基と言う厖大な核弾頭が私達の住む日本の周辺諸国に何時
でも発射出来る体制で存在していると言う事なのです。

そして、このなかで特に問題なのは中国の核弾頭ミサイルです。

何故ならその多くが日本の主要都市を今も照準し、しかも即時発射可能
な固形燃料核弾頭ミサイルであると言う事です。

私が初めてその事を知ったのは10年前の江沢民国家首席が訪日(1998年
11月25日~30日)した日の朝日新聞の第一面の記事でした。

不思議な事に日本に取って中国の国家首席の訪日以上に重大な意味を
もつ「中国核弾頭が日本の主要都市を照準している。」と言う衝撃的な
記事は一面トップではなく一番下の段で数行のほとんどの人が見落とす
程小さな小さな扱いであった事です。

私は、それ以後注意して、中国の核弾頭は日本の何処の都市を照準し
ているのかを捜しました。東京、大阪、横浜、名古屋、広島、福岡、
那覇などと言う事は随所に見られましたが、正確な照準都市名の全
ては軍事機密の恒として明示されている物は見かけませんでした。

  台湾紙、聯合報2005年の報道記事によると中距離弾道ミサイル
130基以上が日本の殆どの都市を照準していると報道しています。

 http://bible.ne.jp/images/brog/tofu3.jpg

 特に恐ろしいのは平壌の少し北の吉林省通化(Tonghua)基地に24基あると
言われる東風3型(MRBM・到達距離2,650km 上記写真)です。
 
 このミサイルが搭載する核弾頭は水爆です。広島型原爆132発分の威力
があります。基地から関西まで1100㎞東京まで1300㎞で、基地の標的は
日本の都市以外に考えられません。

 この写真に写っているミサイルの斜角は丁度15度です。

 この角度で吉林省通化基地から発射すると、着弾するのは1千百㎞~
1千3百㎞です。その圏内に存在する都市は日本の近畿圏、中京圏、
首都圏以外には存在しません。

この事からの基地の水爆搭載核弾頭ミサイルは日本を核攻撃する為です。

そうしてこの写真からわかる事は、この基地では定期的に、日本の
中枢部に向けた水爆搭載核弾頭の発射訓練をしている事の紛れもない
証拠写真なのです。

吉林省の基地から斜角15度で核弾頭ミサイルが日本に向けて発射
されると平均秒速約4㎞(音速の約12倍の超高速)で飛来し★僅か5分★
で日本の首都圏や近畿圏等の都市全体が消滅します。

(参考 http://homepage3.nifty.com/kubota01/missile.htm )

防衛も迎撃もそしてたとい核シエルターがあったとしてもそこに
退避する事も不可能な一瞬の出来事です。

  こんな恐ろしい兵器が私達の国家の中枢だけでなく地方の隅々にまで
向けて、まるで抜き身の刃のよにう丸腰の私達の喉元に突きつけられてい
るのです。
 もし、首都圏や近畿圏に向けられたこのミサイルが発射されれば、
そのたったの2発でも日本の総人口の過半に当たる6000万人を越え
る命とそこに存在する全ての構築物を一瞬にして永遠に地上から消滅させて
しまうことがボタン操作一つで可能なのです。
 
  こんな恐ろしい核兵器が日本の全ての大都市に、今日も向けられてい
るのです。

 そして更に恐ろしいことには、中国の核弾頭ミサイルの生産潜在能力は
2010年には年間1000基に達すると言われています。
(米国国防総省議会報告書2005年版「中国の軍事力」参照)

 http://bible.ne.jp/images/brog/tenanmon.jpg

 また中国の軍事問題研究家として著名な元防衛研究所研究室長の
平松茂雄氏もその著書の中で指摘しておられる点が重要です。

 「過去の戦争は防衛や国際紛争が原因ではなく、自国体制維持を
目的にして一方的に開始された。」と言う紛れもない真実です。

  すなわち、「自国民に高まる政府に対する不満や反政府勢力を抹殺し、
権力者自身の保身や地位、権利を維持する為に外国に戦争を仕掛ける」
のであって、決して周辺諸国に対する防衛が目的ではないと言うのです。

ですから、その様な理由で始められる戦争にたいして外交や平和主義
は無意味であるという指摘がなされています。

  私も、聖書を長く読んできましたが、イスラエル民族が遭遇した全ての
戦争は領土問題や宗教文化の相違ではありません。何の理由も無く突然に
周辺国の軍隊が国境を越えて大挙侵略を開始して戦争が生じているとしる
されています。 

  その事を思う時に、私達は今日本の置かれている立場と周辺諸国の
政治の不安定さや、爆発寸前の貧しい人々の不満が頂点に達している
現実を確と認識して、日本の国防のあり方を考え直す時が来ている様に
思います。

  最期は、参考にした書物と中国が失ったと主張している領土です。

 http://bible.ne.jp/images/brog/hiramatuhon2.jpg

 http://bible.ne.jp/images/brog/chyugoku.jpg


・傍証記事「中国核弾頭ミサイルの照準」のヤフー検索結果は以下を参照下さい。

ヒコニャン







ヒコニャン

 先日家族で琵琶湖に行った時、久方ぶりに彦根城に行きました。

  早速、ヒコニャンが歓迎してくれました。最初の写真です。

 たまたま懐古行列や火消し衆の出し物もあり大変な人ででした。次の写真です。

 豊臣家滅亡の後に関が原の大功で18万石の敵将石田光成の居城を家康から授かったものです。天守閣は1607年に大津城から移築された物で国宝です。3番目の写真です。

 皆が天守閣を見物している間、国宝に入れて貰えないラブチャンと記念撮影です。次の写真です。

 最期の2枚の写真は安政の大獄の後桜田門外の変で暗殺された幕府の大老井伊直弼が青春時代を無為に過ごしたとされる埋木舎です

  今日は、久しぶり(実は50年振り)に訪れた彦根城のご紹介でした。

豊臣埋蔵金 (多田銀山)

豊臣埋蔵金 (多田銀山) 

 今日は隣町の白金台に行ってきました。最初の写真は白金台のメインストリートです。
閑静な住宅街で道路はスキスキです。最初の写真です。
 http://bible.co.jp//ginzan/img/1.jpg
 バブル期に造成されたこの町は大変贅が凝らされていて、交差点の陸橋もものすごく立派です。
 http://bible.co.jp//ginzan/img/2.jpg

また町の案内看板もキレイで、道路の擁壁の表面は全面が自然石で覆われています。
 http://bible.co.jp//ginzan/img/3.jpg

  この白金とは当地一帯にあった多田銀山の中心地である事を示しています。

  早速この銀山を簡単にご紹介してみましょう。

銀山の入り口
 
 http://bible.co.jp//ginzan/img/0016.jpg



わが家のすぐ近くにある間歩(鉱山採掘跡)です。

 http://bible.co.jp//ginzan/img/15.jpg

江戸時代の手掘りの間歩であたりにはこの様な採掘跡が無数に在ります。
おそらく坑道は数㎞に渡り、
縦穴も随所にあり内部は滑落の危険があり探検は厳禁と思います。
慶長20年(1615)の大坂夏の陣で大坂城が落城した時の豊臣埋蔵金の噂があり、
随分と沢山の人がこのあたりの間歩で宝探しをして、
この立坑に落ち数十m下の坑道に叩きつけられて無くなったと聞いています。

 以下は復元された間歩

 http://bible.co.jp//ginzan/img/30.jpg

その内部の坑道 

 http://bible.co.jp//ginzan/img/31.jpg

以下の3枚の写真は豊臣家の財政をまかなったと言われる瓢箪間歩です。
かなり広くそして大規模な坑道でつい最近まで実際に銀や銅が採掘されていました。

 http://bible.co.jp//ginzan/img/45.jpg

 http://bible.co.jp//ginzan/img/47.jpg

 http://bible.co.jp//ginzan/img/46.jpg

以上、ほんの一部ですが、今日はわが家の周囲の多田銀山のご紹介でした。

嘘!! 







嘘!! 

 今日は朝からいろんな事が在りました。嘘!!と言うのがピッタリの出来事です。

 最初は、朝起きるなり「ちょっと何とかしてよ!!」と言うのです。

 何事かと思えば廊下に大きなゲジゲジです。15㎝位在ります。まあ以前見かけた20㎝級に比べれば大した事はありません。

 早速新聞紙で包み込んで庭に逃がしてやりました。ゲジゲジはアブラムシ等の衛生害虫を捕食してくれる益虫、大事にしてやりました。

 お次は雨上がりのお昼です。玄関に大きなミミズが這っています。エンピツ位の太さで伸びると30㎝級です。

  こちらは手でつまんで山へなげてやりました。

 そして、最期は夕方です。車の側を通るとなにやらガサゴソ音がします。

  あたりを見ると、ヤヤ!! 後輪の後ろに何やら落ちています。ヤ!! 車の断熱材です。よもやと思って後輪の戸袋の様な所を覗き込むと何やら奥に逃げていき、ガサゴソ音がします。

  もしや、イタチではと思いエンジンをかけ、中からあたりをドンドン叩いてみました。

  でました!! イタチです。後輪の後ろあたりから飛び出して一目散に山に逃げていきました。

  まさか、車を巣にされるとは!! コノヤロー!! と追いかけましたがまさしくイタチごっこ。涼しい顔で逃げていきました。

  イタチに車を占領され配線やゴムホームをかじられては一大事です。

 全く今日は朝から嘘!!と言いたくなる様なとんでもない事ばかりでした。

  

山茶花





山茶花 

 今日、ラブチャンと公園を散歩していると山茶花の花がきれいに咲いていました。

 3枚目の写真は私が山茶花を夢中になって撮っていると、あきれながらそれを眺めているラブちゃんです。

 「私と山茶花どっちがキレイ!!」と言っているようです。勿論ラブチャンですよ!! 爆!!

  最期の写真は苔と落ち葉の道を元気に歩いているラブちゃんです。

 山茶花と言うとすぐに思い出すのが「たきび」と言う歌の2番の歌詞です。私の子供の頃を過ごした大阪のベッドタウンの北摂地域は生け垣が多く、この季節には良く落ち葉でたき火をしたものです。勿論、その中には芋を入れて焼き芋にしておいしくいただいたのが懐かしく思い出されます。

 YouTubeで見つけた物を張りつけておきますね。

「たきび」 巽聖歌作詞 ・ 渡辺茂作曲

かきねの かきねの まがりかど
たきびだ たきびだ おちばたき
「あたろうか」「あたろうよ」
きたかぜぴいぷう ふいている

さざんか さざんか さいたみち
たきびだ たきびだ おちばたき
「あたろうか」「あたろうよ」
しもやけ おててが もうかゆい

こがらし こがらし さむいみち
たきびだ たきびだ おちばたき
「あたろうか」「あたろうよ」
そうだん しながら あるいてく


干し柿(その2)




干し柿(その2)

  昨日ご紹介した干し柿ですが、今日は庭の柿の木に登って残りの渋柿も吊るし柿にしょうと思いました。

 私の部屋の目の前にある柿の木ですが、登ってみると大変!! 樋に葉が詰まり屋根に枯れ葉が積もっています。あわてて高枝切りや竹棒で屋根と樋にたまった落ち葉を掃除しました。屋根にかぶさっている枝も落とし大作業です。

 私が登っている柿の木の位置は地面から8mでほぼ3階の高さです。柿の木は昇ると危ないのですが、この渋柿は実りが少なく人一人位なら登っても折れるような心配は全くありません。

命綱をしながら、ロープにつけた鋸や高枝切りやさお竹をとっかえひっかえ、高所作業です。こうして、積もった落ち葉や繁った枝と格闘する事1時間、漸く枝を払い、積もった落ち葉を掃除する事が出来ました。

 余計な作業が終わってあたりを見ると在りました、渋柿です。ほとんど小鳥たちに食べられてしまいましたが、上の方にはまだ沢山残っていました。早速高枝切りで渋柿を切り取りました。 切り取った渋柿を台所に運んで皮を剥き、昨日の吊るし柿の棒に吊るして干し柿作りの作業は完了です。

数えてみると昨日と合わせて125個となりました。 皮を剥き縄に吊るすのに要した時間は今日だけで1時間15分でした。 昨日と合わせると1時間30分になります。田舎者の私にとって干し柿作りは幼いころからの楽しみの一つ、全く苦にならずあっと言う間に出来てしまいます。

 後は、風通しの良い場所に吊るして、鳥に食べられないようにさえ気をつければ、美味しい干し柿が食べれそうです。 

  干し柿今年も上手く出来るかな? 

干し柿



干し柿

  昨日のドライブで見かけた琵琶湖畔の道の駅で渋柿を売っていました。大きな柿(多分筆柿)が22個入ったネットが500円でした。 

  最初の写真は買った柿と毎年使っている棒に縄を垂らした吊るし棒の写真です。

 早速、皮を剥き始めました。22個しかありませんので物の15分で皮むきと吊るしが終わってしまいました。次の写真です。

 私が皮を剥いている間、番犬のラブチャンが物欲しそうにじっと横で私の皮むきを注目していました。この犬、実は柿が大好きです。以前、庭の渋柿を取っていて、うっかり落下させて駄目にした渋柿を放置しておいた事が在りました。

  後で片づけようと思って庭に行くとあれだけ沢山有った渋柿が一つもありません。そう、食いしん坊のラブちゃんが全部食べてしまったのです。ラブを探すと一大事!! お腹がパンパンに腫れてしまい見るからに苦しそうです。私がどうしようかとおろおろしていると、直に戻してお腹の腫れが引いたので本当に良かったと思いました。 たぶん20個ぐらい食べていたようです。

 昨日は、柿をもう一袋買おうとしたのですが、誰かさんが「今週はお天気は下り坂、どうせ又黴びさせて駄目にするのだから一袋にしなさい。」と申されて泣く泣く一袋で我慢しました。

 まあ、庭にある渋柿の木や、目の前の山にも山ほど渋柿があるので、後日にそちらで補う事にして取り敢えずは22個でガマンする事にしました。

 写真には柿と一緒に剥いた皮も写してみました。昔はこれを干してたくあんの甘味出しに使ったものですが最近はただのゴミにしかなりません。

 勿体ないと思いますがこのあと全部カブトムシがいる堆肥置き場に捨てました。

 本当は干し柿はこのあとも結構手がかかるのです。10日程して手揉みし種を抜き、干し上がると藁に2~3日入れて白い粉を吹かせると良いのですが....私はこのまま風通しの良い場所にお正月迄放置してあとは食べるだけです。

  それで十分美味しい干し柿になります。只、干してすぐに温かく雨降りの日が続くと表面に黒黴や赤黴が出来てしまいます。

  そんな時は面倒ですが表面を乾燥させてやらなければ成りません。

 吊るし柿を締め切った部屋等に移し、温風機や扇風機などで柿の表面を乾燥させてやると大抵干し柿が上手く出来上がります。

  今日は、田舎で育った私が大好きな干し柿のご紹介でした。

余呉湖


余呉湖

 今日は、京都にいる娘とドライブに出かけました。といっても娘はバイクで、家内と私とラブチャンは車でそれぞれ別行動で余呉湖で落ちあう事にしました。愚息は今日も塾のバイトが入っていて留守番です。

  余呉湖は琵琶湖の最北端にある小さな湖です。

 ラブチャンは車の指定席でご機嫌でした。

 一般道で琵琶湖を一周した事になりますが走行距離は約400㎞、所要時間は13時間でした。

  ガソリンが安いと言われている滋賀県で入れましたがリッター129円で随分と助かりました。

  今日はもうくたくたで寝る事にします。

トリカブト




トリカブト

 今日ラブチャンの散歩でいつもの道を歩いていると珍しいトリガブトの花が目にとまりました。

  この場所は市のセセラギの道で市緑化協会が募集したアダプトプログラムとして地域住民が公園管理に参加している所です。

  ここは園芸の上手なMさんの担当地ですが、まあ公園なので遠慮なく撮影させていただきました。

トリカブトと言うと 22年前に石垣島で起きた「トリカブト保険金殺人事件」が有名です。あの時初めてトリガブトと言う紫色のきれいな花が毒草であることを知りました。興味のある方は一番下のリンク先をご覧ください。

良く知られた『東海道四谷怪談』のお岩が飲まされた毒は附子=トリカブトだと言う説も在るようです。昔から猛毒としてしられ、また同時に芽吹きの頃にはセリなどと誤認されて誤食による中毒事故で死亡例も報告されているようです。蜜や花粉にも毒があるため、養蜂家はトリカブトが自生している所の開化期には蜂蜜を採集しないようにしているそうです。

と言う事で今日は当地では珍しい毒草のトリカブトのご紹介でした。

トリカブト保険金殺人事件 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%83%96%E3%83%88%E6%AE%BA%E4%BA%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6

道の駅猪名川





道の駅猪名川

  今日も野菜の買い出しに、道の駅猪名川に行ってきました。自宅から車で15分、距離にして10㎞位です。

  毎週ほぼ土曜日に野菜の買い出しをします。その理由は偏に「新鮮で美味し野菜が食べたい」と言う事です。

  広い駐車場は車で一杯、 (最初の写真です。)時々周辺まで渋滞するほどの人気です。買い物に来ている方を見ると大抵熟年層です。おそらく昔食べていた路地物の季節の野菜の味を知っているが故に、スーパーや百貨店で売っている流通を経て店頭に並んでいる野菜では到底満足出来ないのだと思います。

  わが家が今日、買ったのは大根に、子芋、水菜、菊菜、芋茎、ミカン、等々。お値段もかなり安くほぼ半額、そして量はかなり多めです。

  只、問題は路地物ですから季節毎に買える野菜が異なります。旬の時期が過ぎると直に買えなくなります。まあ、昔はそれが当たり前でした。

 次の写真は今日の道の駅の中の様子です。その次の写真は5月に行った時の中の様子です。いずれも凄い人です。これだけの人が訪れますので開店後1時間ぐらいするとあれほど大量にあった野菜は悉く完売となります。

  最期の写真は、道の駅の手前にある巨大なスーパーの店内の様子です。ここでは良く道の駅で野菜の買い物を終えた方に良く出合います。

  広大な店内に並べられて大量の商品を見る度に恐怖を覚えます。生鮮食料品や乾物、調味料等ですがこれだけの品揃えを年中保つ事に対する恐怖です。

 おそらく、商売をした事のない方には想像もつかないかと思いますが、商売で実際に生鮮食料品を店に並べて売った感覚からするとこれは異常です。

私の育った家は昔の市場に店舗を持つ商家で食品の痛み具合を知っているのです。また学生時代に親戚や知人の商店でアルバイトをした時に見た商品の日持ちの感覚から見て、「これは非常におかしい。」と思う事ばかりです。

  乾物屋、魚屋、果物屋、八百屋、荒物屋などの知識が少し在りますが、冷蔵しても今のスーパーで陳列しているほどの日持ちはせず、生鮮食料品は直に商品価値が下がります。

こんな大量の生鮮食料品をこれだけ大量に陳列し続けるには、余程の強力な食品保存料、着色料、などの大量の化学物質を使っている事は明らかです。

その様な多種多様な化学薬品を使って初めて大規模小売店が成り立つと言う事なのです。

 おそらく、そんな事を何も気にせず、スーパー等の大規模小売店で売っている食品に含まれる大量の化学物質を摂取していたら、必ずそのうちに酷い病気になってしまうだろうと私は思います。

  という事で、今日は自宅近くの道の駅と大規模小売店をみて感じた事のご紹介でした。

以下は道の駅のリンクです。 

http://www.eonet.ne.jp/~eki-inagawa/

http://www3.town.inagawa.hyogo.jp/nourin2/n-mitinoeki.htm

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